★ 足並み揃え、息合わせ ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-5498 オファー日2008-11-27(木) 22:09
オファーPC 榊 闘夜(cmcd1874) ムービースター 男 17歳 学生兼霊能力者
ゲストPC1 掛羅 蒋吏(csyf4810) ムービースター 男 19歳 闘士・偵察使(刺客)
<ノベル>

 榊闘夜と、掛羅蒋吏。二人が初めて顔をあわせたのは、あるムービーハザードがきっかけだった。
 これは本来であれば、対策課に連絡が行き、そこで解決の手が探られる……という。通常の手順が取られるはずであった。
 しかし、この両者が現場に居合わせたために、対策が練られるより早く、解決されてしまったのである。それは、喜ばしいこと……であるはずだった。あくまでも、市民から見れば、であったが。

「面倒。それだけ」
「……疲れた。本当に」

 事件を解決へと導いた、当人たちから見れば、これは突発的な災害に過ぎない。不愉快な災難であり、骨折り損のくたびれもうけ。率直に発言すれば、そのような感想しか出てこなかった。
 詳細について、訪ねられた時。榊は一言でこれを表し、掛羅も疲労を口にするだけ。お互いに、騒動に価値を見出していない。それが確認できれば、もう過ぎたこと。いちいち掘り返さねばならぬ理由は、対策課にもなく、ここで調査は打ち切られた。……勿論、それ以前に痕跡を掻き集め、報告に充分な要素を満たしていたからこそ、問題視されなかったのだが。
「不器用な奴」
「おまえが言うな。……まあ、いい。腕は、確かだった。その点だけは、褒めておこう」
「それ、お互い様。あともう一度、同じことやれって言っても、無理だから」
 榊と掛羅は、この件をきっかけにして、交流を持つことになる。あるいは、それだけでも。このムービーハザードには、意味があったのかもしれなかった。



 榊がハザードに巻き込まれたのは、ちょうど散歩に出ていたとき。途中で気が変わって、いつもと違う道を選んだことが、始まりだった。
 ちょっと表街道を外れて歩いていたら、一瞬にして近代的な町並みが、薄汚れた都の風景に変わっていた。
「……は?」
 彼が現実を受け入れるのに、数秒を要したほどである。あまりに劇的であり、あまりに極端すぎた。異常には慣れているつもりだったが、目の前でこの非常識さをアピールされると、どうにも受け入れがたくなる。
 それでも榊は、ため息をついて、現状の理解に努めた。この点は、さすがムービースター、と賞賛できよう。

――さっさとここから出たい。面倒、だけど、仕方ない。

 季節に変化はないようで、気温は変わらず。しかし、周囲を良く見回し、そこかしこを歩き回ってみれば、この事態の異質さが見て取れる。
「どう見たって、日本じゃない、よな」
 建物の様式からして、日本のそれとは微妙に違う。デザインというか、機能性というか。妙に外国らしく、見慣れない部分が多く見られたのだ。
 それでも、まったく接点が見られないわけではない。受けるイメージとしては、近代の西洋。このハザードの大元となる世界観は、それに近い物と推測した。
「――おい」
 ここまで思考を進めながらも、榊は警戒を怠らない。人の気配を感じてすぐ、彼は口を開いた。
「出てこい。見られているのは、わかってる」
 ちょうど、街路樹と建物の角で見えにくくなっている部分。そこに向かって、榊は呼びかける。
 悪意は、感じられなかった。もしかしたら、同様に巻き込まれた奴がいるのか――と思ったのだが。
「……これで、いいか?」
 どうも、その予想は当たっていたらしい。出てきた相手の外見は、この西洋的な風景からは、ひどく懸け離れていた。
 間違いなく、この事件の元凶などではない。それを察することが出来れば、結論は容易に出る。
「あんたも、巻き込まれた側?」
「と、いうことは、そちらもこの変容について、なんら知ることはないようだな。……観察していたことは詫びる。だが、この状況。少しでも情報が欲しかったのでな」
 その容姿は、東洋。中華的というよりは、日本的。しかし文化の折衷なのか、あるいはまったく別の概念が入っているのか……。日本人の榊でも、彼の服装は見慣れぬものに思える。
 頭や首にも数珠、編みこまれた紅い紐のような物を巻き施し、顔の目周りに朱の化粧を施している。武装は刀と十手か。出典は不明だが、日本的な武術の心得があると見て、まず間違いないだろう。
「申し遅れた。掛羅蒋吏という。見知り置いて、頂きたい」
「……榊 闘夜」
 ぶっきらぼうに名を告げると、そのまま会話に移る。
 掛羅に話を聞いてみれば、彼がこのハザードに巻き込まれたのは、榊より十数分早かったらしい。時間的なずれか、場所と距離の問題か。
 ともかく、彼が榊に先んじて、周辺を動き回り、異常を調べていたことは事実である。そうして、二人は情報を共有した。その上での、結論。
「原因を突き止めて、解決する。単純でありきたりだが、これ以外にないだろう」
 掛羅が得られた情報は、そうたいしたものではない。せいぜいが周辺の景観と、内部構造。住民などは、まるで見かけなかった。
 これで判断できることなど、たかが知れている。結局、こうした大雑把な指針しか決められない。
「……賛成。だけど、面倒」
「愚痴るな。この場は積極的に動かなければ、いつ家に帰れるか、わからんぞ。……何しろ、まったく解決のめどが立っていないのだからな」
「わかってる。……わかってるから、本当に」
 榊は、口で言うほど嫌がっているわけでも、面倒くさがっているわけでもない。実際、やらねばならぬことに対しては、最大の努力を発揮できる男である。
 ただ、なかば口癖と化した言葉であることと、やはり手間のかかることは好ましくない、という嗜好が、彼に愚痴を叩かせていた。
「しかし、原因……といっても、手がかりは?」
「ないでも、ない」
「……」
「胡散臭そうな目で見るな。――そら、何か、聞こえないか?」
 耳をすませてみると、確かに。誰かの人の声が、聞こえるようであった。
 しかし、これは……。
「戦い?」
「その、ようだ。どこの誰かは知らんが、手の届く場所で、戦闘が行われているのは間違いない。……探りに行くか?」
 手がかりといえば、これ以外にそれらしいものはない。榊は頷くと、掛羅の後ろについて、その場所へと向かった。



 まず、その戦いについて理解したければ、このハザードの大元となった映画について、語らねばなるまい。
 聖暦19××――人外が幅を利かせ、黙認されている架空の国が舞台となる。そこは、近代西洋の世界観に近い。その国では人間だけではなく、人外が幅を利かせており、作中にも多くの種族が出てきていた。
 ただ、人物以外の点では、まったくファンタジー要素皆無であった。これは、少々異質といってよい。よって、出てくる武器も、短い刃物や銃器に限られる。大型火器も無くはないが、この辺りの描写はあまりなかった。
 したがって、戦闘の様子といえば、純然たる戦争音楽。鉄器が擦れ合う硬い音と、銃声。それに悲壮な人の叫びのみである。
 これを、二人は建物の影から見ていた。覗き見する以外にも、幸いにと言うべきか、榊には式神を使役する能力があり、これを持って偵察することも、可能であった。
「魔術、呪術が入り込む余地は、ないか。しかし問題は、どちらの勢力が主人公側なのか。それさえ、わからないことだな」
 しばらく眺めていたのだが、目の前の争いが、何の為の物か、どういった原因で起こった物か。まるで判断がつかない。
 それに掛羅が戸惑うのも、当然であったろう。この戦闘が、ハザードに深い関わりがあることは、容易に知れる。しかし、加勢すべき相手がわからぬ以上、静観するしかない。東國民族の族長候補であり、刺客として培った経験が、この場での軽挙は好ましくない、と判断させていた。
「……いや。あれ、かな?」
「うん?」
「あちら側は、どちらかといえば、人外の数が少ない。それに、向こうと違って、悪人面がまったくといって良いほど、ない。――たぶん、あの連中が、主人公側」
 榊は、指差して印した。戦闘中であるためか、こちらには注意が向いておらず、気付いた様子はない。
 素のままの表情、訓練された動き。それらを良く見ると……なるほど。榊のいうとおり、一方は悪人面の人外集団であったが、もう一方は普通の人間が中心であり、人外はいても凶悪な面構えの者は、一人としていなかった。
「なるほど、わかりやすい」
 元がムービーであるだけに、主人公と敵の差別化は、かなりわかりやすくしてあるのが普通である。
 榊の意外な鋭さに、掛羅は舌を巻いた。ただの怠け者では、ないらしい。
「行く?」
「……そうだな。どうしても、情報は欲しい。ここで恩を売るのは、悪い手ではあるまい」
 決断すれば、後は早い。彼らは一騎当千……とまでは行かずとも、当百の戦果は軽く挙げられる実力者であった。
 近代戦に対しても、奇襲による速攻をかければ、たやすく撃ち滅ぼせる。観察したところでは、双方ともに百名程度の隊規模。これなら、万が一にも後れを取る不安はない。
 榊は愛用の槍を手元に呼び出し、敵と見定めた連中の背後に突撃。水土焔風の術を目くらましに使い、姿を捉えさせずに敵を翻弄。全体をかき乱した。
 掛羅も負けじと、武器に魔力や霊力を付加、強化して縦横無尽に駆け、人外どもをなぎ倒す。佩刀で斬り、長十手で守る。派手な特殊能力こそ用いなかったが、その堅実な戦い方は、安定した成果を導き出した。
「これで、全部」
「掃討したな。――さて」
 突然割り込んで、戦っていた相手を潰したのだ。残った勢力の方も、こちらを警戒していることだろう。
 事実、銃口を向けて、様子を窺ってくれている。問答無用で撃ってこない辺りが、善玉らしい。榊の判断の正しさは、この時点で証明された形になる。
「銃を、下ろしてくれ。俺たちは、この騒動に巻き込まれた側に過ぎない」
「というか、味方してやったのに、この待遇は何?」
 挑発してどうする、と掛羅は榊に言ってやりたかったが、今はそれどころではない。
 ともかく、対話する意思がある事を、明確に示しておく必要があった。この上で、話し合う場を設ける。真実を追求できるのは、その後になるはずであった。
「――わかった! 話し合おう! ……二人とも、ついてきてくれ」
 しばらくの空白の後、彼らは榊と掛羅を受け入れた。
 話し合おう、という結論が、さらに彼らの判断の正しさを、裏付けてくれている。二人はその呼びかけに頷くと、指示に従って、彼らと共に行動した。
 そして、見るからに寂れたビルに入ると、中の一室まで、案内される。
 中身自体は非常に強化された、近代的な基地らしい印象を受ける。ただ、ぞろぞろとその他大勢がくっついてくるので、堅苦しいこと、この上なかったが。
「では、状況を説明しよう。君たちが何者なのかは、それから聞く。……みんな、適当な資料を持ってきてくれ」
 ようやく、二人は事情を知ることになる。状況を打開する為にも、知るべきことは、ここで吸収する必要があったから。


 まず、彼らは、『レジスタンス』と名乗った。ムービーらしく、現存しない国家の物語が元であると、二人は察する。
 だがリーダーが不在であるという事実に、多少嫌な物は感じた。また、この者たちは、戦闘に際しては烏合の衆に近いものだと、きちんと自覚していたのである。
「つまり、俺たち以外に、頼れる奴がいないってこと?」
「恥ずかしながら……」
 先ほどの戦いぶりからして、あまり期待できないことは、何となく察していた。途中で割り込むまでは、相手方の方が優勢であったし、放置しておけば、負けていたであろうことも、容易く想像できる。
 訓練が行き届いていないというか、兵の練度に差がありすぎていた。動ける者は、効率的かつ能動的に、戦えていたのだが……そうでないものは、酷い有様である。これでは、リーダーに依存する部分が、かなり大きいだろう。
 そのリーダーがいない現状では、レジスタンスの行動の幅も狭まる。はっきりと断定するが、事態の解決に役立たない。そう言い切って、良いだろう。
「まあ、いい。それならそれで、敵の情報だけでも提示してくれ。後は、こちらでどうにかする」
 申し訳なさそうに、連中は敵と、その首魁の情報を差し出した。榊にしろ、掛羅にしろ、相手の態度にはもう微塵も興味は無かったから、遠慮なく資料を引っつかんで、確認する。
「……あまり、尊敬できる手合いではないな」
「ていうか、悪役にカリスマが足りない。なんか小物っぽい」
 掛羅は、まだしもオブラートに包んだ言い方をしたが、榊はばっさりと斬り捨てた。
 架空の国とはいえ、こんな奴が権力の座に居座っているようであれば、レジスタンスが組織されるのも、無理なからぬ所であろう。
「敵首魁は、権謀術数を駆使する策士。味方を駒と見なし、罠や騙し討ちを多用する……か。典型的だな」
「闇討ち、不意打ち、騙し討ちは悪党の三原則。わかりやすい」
「あと、追い詰められたら味方を盾にして逃げる、という部分を満たせば完璧だな。――まあ、敵対勢力の情報については、よくわかった」
 兵に関していえば、人外、魔物に、少数の人間。全てが一定の水準を満たした、見事な軍隊であるらしい。
 この点は、さほど深く掘り下げる部分がない。それだけ、完璧な集団といえるのだろうが……。
「まともに、相手にしてられんな」
「同感」
 調べた限りでも、やはり数が多すぎる。敵拠点に討ち入るにしても、正面から乗り込む手は、なるべく取りたくない。そう思わせる程度の規模は、あったのだ。レジスタンスとは大違いである。
「潜入して、その首魁を懲らしめてやれば、ハザードも収まるか?」
 実際の潜入方法は、現場に出向いてから考えればよい。それにしても、ハザードそのものの解決方法が、曖昧なのは不安であった。
 しかし、当座の目標はできたから、神経質になって探る必要もあるまい。黒幕がいる雰囲気ではないし、捕まえて尋問すれば解決することだろうと、前向きに掛羅は考えることにした。
 さっそく【羅針】を取り出して、目標の人物を探る。これは掛羅の固有能力であり、東西南北の方位・位置を示したり、知ることが出来る道具だ。また特定の人物を探ることも可能なので、こうした諜報活動に役立つ。
「む……?」
 どうしたことか、それが上手く機能しない。確かめたが、壊れているわけでは、ない。
 ならば、何か別の力が、働いていることになるのか。
「たぶん、無駄。俺の式神も、こっちに来てからは臍を曲げてる。……出せて、一つ。それも、近距離に限られてる」
 付け加えるなら、目くらましに使った術も、普段以上に扱いづらかった。戦闘で用いるにしても、ひどく頼りない。
「強化については、問題なく効いたが」
「俺たちは、別物だから。自分に掛ける分には、制限はかからないと思う」
 榊の言うとおり、身体能力の強化だけは、普段と変わらない。この場では、それが唯一の救いであった。
 これは、ハザードの特性とでも呼ぶべき現象であろうか。細かい原理については、流石にわからない。ただ、現実として特殊能力が抑制されている。封じられる力がある分だけ、こちらに不利だといえよう。
 ……と、二人して考察を続けていたのだが、ここでレジスタンスが割り込んでくる。
「それで結局、手助け、してくれるのですか?」
「結果的には、そうなる。ああ、別に支援などは期待していない。ここで待っているといい」
「こっちはこっちで、勝手にやる。……勘違いされると困るから言うけど、俺は、さっさと帰りたいだけだから」
 それでも、彼らにとっては救いの手であることには、違いが無かった。
 大げさな感謝と共に、二人は労われ――そのまま、送り出された。この調子のよさと、無意識下の打算的な行動は、ある意味では評価に値する。
 邪魔をしない、というだけでも、割と助かるもの。何しろ、これから敵拠点に侵入し、首魁を捕らえに行くのだ。足手まといは、いらない。冷徹な言い方だが、掛羅も榊も、同じ意見であった。



 レジスタンスのアジトを出て、敵拠点のすぐ傍にまで、二人は来ていた。近くに来るとわかるが、やはり銀幕市の景観ではない。印象の近いところを挙げるとすれば、自衛隊の基地がもっとも似ているだろうか。ともかく、彼らの知る銀幕市には、ありえない建物である。
 これも、ついさっきハザードと共に出現したと、考えるべきか。ハザードらしい不条理を前に、二人はかえって納得したほどだ。
「二手に分かれよう」
「……なんで?」
 掛羅の発言に、榊は首をかしげる。
 面倒は面倒として受け入れるしかないが、一緒にやれば手間は減るし、場合によっては押し付けることだって出来る。だから、彼としては二人で突破するのが最善だと思っていた。
「お互いに、連携は得意ではないだろう? 初対面の相手と共に行動しても、足を引っ張り合うのが関の山だ。ここは一人一人、好きにやった方がいい」
「……あ、そう」
 掛羅の言い分も、わからないではないから、榊はあっさりと引き下がった。
 ムービーの悪役というものは、総じて過激なもの。とすれば、戦いが命の取り合いになる可能性が高い。己の生命を危険に晒すわけだから、よほどの信頼がなければ、背を預けることはできない……と。考えてみれば、もっともな意見である。
「じゃあ、俺は裏口でも探す」
「そうか。こちらはこちらで、上手く潜入するとしよう。――最悪俺が倒れても、お前がいれば希望は残るだろうからな」
 掛羅は、ただ榊との相性を考えて、戦力の分散を口にしたわけではない。
 二人で行動していれば、助け合える代わりに、敵も戦力を集中してくる。囲まれるだけならば対処もできようが、罠に引っ掛かった場合が恐ろしい。二人まとめて一網打尽にされれば、そこで命運は尽きる。
 だが一方が罠に絡めとられても、もう一方が無事であれば、救出の算段が付く。敵は、策謀に長けた男。その裏をかくためにも、それぞれが自由に戦術を組み立てるべきだろう。
 掛羅と榊は、こうして別れた。再会する時が来るとしたら、おそらく全てが終わった時か、どちらかが窮地に陥った時だろう。
 願わくば、前者の方を選びたいものだ……と。そう、掛羅は思った。



 己の頭脳に自信を持つ手合いは、大抵頭が固い。優秀すぎる実績が傲慢を呼び、傲慢は油断を根付かせる。この弱点を突くためにも、最初は単純馬鹿のように見せかけるのが、もっとも簡単だ。その後で臨機応変に動き、敵を惑わせる。相応に有能らしい、首魁を討ち取る機会を作るには、これが一番適しているだろう。
「ふむ」
 ……と方針を決めたのは良いが、具体的に細部までは、方策が浮かばない。初めは勢いでどうとでもなろうが、後の方になればなるほど、具体性は薄れていく。
 もしかしたら、それが掛羅限界であったのかもしれない。戦記物語の軍師とまでは高望みしないが、せめてもう少しは、頭が切れるようになるべきか。

――今更、愚痴ることでもあるまい。

 敵の数は、多い。正面突破を最初に諦めたのは、それゆえであるが……何も、突撃ばかりが脳ではない。敵に見誤らせる程度には馬鹿らしく、しかし現実的な突破案が、掛羅の胸中にあった。

――あいつもそろそろ、侵入路を見つけた頃合か?

 榊が移動する時間を鑑みて、邪魔にならぬ程度の間隔をあける。発見されるのはこちらが先でも良いのだが、警戒が強まる前に中に入ってくれた方が、助かるのは事実である。
 人格的に合う合わないは別にして、それくらいの気遣いは、できる男であった。
「行こう」
 決意を口にして、掛羅は行く。
 入り口には、門番が二人いる。これも人外で、人間以上の感覚をもっているのだろう。小細工は、不要。まずは一手で、黙らせる。
 全力で突貫し、一人を刀の鞘で殴り、気絶させた。返す刀で、もう一人に一振り。声を上げる暇も与えず、彼らは意識を飛ばす。

――良し。

 監視カメラの類も、見受けられない。懐を探っても通信機は見つからなかったから、情報の伝達は人手を持ってしか行われていないのだろう。
 これも、油断というやつか? あるいは、罠なのか? ……悩むだけ、無駄というものであったが。
 倒れた門番たちを引きずり、建物の中からは、見えない場所へと移動させる。縛る時間も惜しいので、このまま潜入行動へ。慎重に人目と、電気の光を避けて、内部に入り込む。

――警戒は、ひどくザルだな? 完全に、攻め込まれることを考慮していないのでは……と。そうも、疑いたくなる。

 途中で見つかった場合は、一旦基地から遠ざかり、敵を外におびき寄せてから、改めて内部への侵入経路を探る――と。そこまで、想定していたのだが。
 上手く行き過ぎるのも、困ったものである。このまま順調に敵に見つからず、目標までたどり着いてしまったら。ソチラの方が、よほど戸惑うだろう。馬鹿らしい考えかもしれないが、このときは本当に、そう思ってしまったのだ。

――人の声? いや、人外の、魔物の会話だ。

 基地内は、意外と清潔で、設備も整っている。廊下、部屋、備品。あらゆるものが、不足無くそろっているのだが……肝心の運用する側の心得が、まるでなっていない。

――暇だからといって、同僚とギャンブルに耽るとは。緊張感が、欠片もないではないか。

 向こうから死角になっている地点に伏せ、敵兵の会話に耳をすませる。大半がくだらない雑談であったが、聞くべき点はあった。
「お前、まだ基地内で迷ったりすんのかよ。地図ならそこの食堂の前とか、仮眠室に置いてあるから。後で見ておけよ」
 これを元に、地図を手に入れられたのは、幸運だった。
 首魁に出張ってもらう為に、人質なり挑発なりを実行するつもりだったのだが。しかし、これで目標の場所は把握できた。ボスはボスらしく、贅沢に私生活の空間を、広く設けているようで。
 地図にもその旨が書かれており、決して近寄らぬよう、注意があった。これを元に進めば、簡単に首魁と対面することができるだろう。探索が順調すぎることに、なかば疑念を抱きながらも、掛羅はそこに向かおうと思った。
 サイレンが鳴り響いたのは、ちょうどその瞬間である。
「まさか……?」
 見つかったのは、自分ではない。周囲に不穏な空気は感じられず、ただ慌ただしく遠ざかる、いくつもの足音が聞こえるのみだ。

――榊!

 それ以外、考えられなかった。これから加勢に向かうのは、容易い。
 しかし、好機であることもまた、事実。彼はこの事態にどう向き合うべきか。それを、考えねばならなかった。



 榊は、掛羅ほど慎重に動こうとは思わなかった。
 敵を打倒して、首魁を捕まえることが、帰宅の早道であるならば。遠慮せずに最短距離を突っ走る。そういう、型の人間であった。
「……弱い」
 裏口の門番を、速攻で潰すところまでは同じ。だが、彼は敵への情け容赦がなく、手加減の必要性を感じることも、皆無である。
 そんな榊が、突入に際して多くの気遣いを期待できるだろうか? 答えは、否である。

――数も活かせなきゃ、同じ。一対一が百回なら、余裕。

 暴れに、暴れた。まるで敵の注意を引き付けようとするかのように、敵への損害を第一に、最大の努力を為したのだ。
 外の狭い路地から、廊下と部屋を移動し続け、射撃の狙いを定めさせない。それでいて罠に引っ掛かるわけでもなく、超人的な感性で、危なげなくそれらを避ける。たまに振り向いては槍で反撃したり、弱いところを狙っては突き破るなど、攻勢の行動にも出た。それがまた敵を怯ませるようで、榊の良いように、戦況は推移している。
 逃げながら戦うことは、至難である。だというのに、榊はその至難を実行し続けた。この器用さ、掛羅が見たならば、素直に賞賛したかもしれぬ。
 しかし、けたたましく鳴るサイレンの音と、人の怒号。自己の存在をアピールし続ける榊の行動に、掛羅は今、助けに向かうべきか、目的の為に突き進むか悩み、翻弄されているところであった。
 そう考えると、率直には、褒めなかったかもしれない。やはり、当人とってはどうでも良いことではあったが。

――統率する奴は? この様子だと、とても近くにいるとは、思えないけど。

 統制がまるで取れていないのは、首魁が手腕を振るっていないせいなのだろう。このままの状況が続けば、榊だけでも全員を相手取ることができそうである。
 だが、やはりそれはただの楽観。己の縄張りを荒らされて、黙っている穴熊はいない。
「一斉射撃!」
「うぉッ!」
 突如として、正確な射撃が一点に打ち込まれる。これには榊も驚き、とっさに身を隠した。
 一瞬でも遅れていれば、死んでいたであろう。あまりにも素早すぎる敵の変貌に、彼は首魁の存在を強く感じた。
「無礼なる鼠め。人は人らしく、家畜のように大人しくしていれば良いのだ!」
「……なるほど。あんたか」
 見るからに、只者ではないことがわかる。
 まず、人ではない。狼の顔に、引き締まった肉体。それに見栄えのする、良い生地で編まれた軍服を着ていた。どちらかといえば、魔物に近いか。しかし魔物らしくない知性が、その瞳には宿っている。
「あんた、ではない。クルーフ、と呼べ。高貴なる、支配者の名である。魂に刻むが良い」
 とりあえず妄言は無視して、榊は槍で突きかかった。クルーフと呼ばれた魔物は、統率者らしく兵の隊列を整えると、即座に彼の突貫を押し留めた。
「一人で、この防壁を突き破れるかね? 無駄な行為はやめたまえよ」
「……うざい」
 もともと、基本スペックは人間を超えている、人外の群れである。混乱していたからこそ、榊にあしらわれていた訳で、冷厳なる指導者が指揮すれば、この弱点はまず突けなくなる。
 ここから、いかにして逆転の目を引き寄せるか。榊は、諦めが悪い方である。不利な情勢でも、なるべく分の良い賭けに、持っていこうと、全知全霊を振り絞るのであった。



 掛羅は結局、榊を助ける為に動いていた。
 地図を元に、首魁を探そうにも、おそらく特定の部屋にはおるまい。榊の暴れようからして、そろそろ現場に出てくるのではないかと、思えたからだ。

――ち。榊の言葉を借りれば、面倒という他ないか。

 この時点で、掛羅はもう隠密行動を諦めている。もたもたしている暇はないし、積極的に戦力を削っていかねば、榊の手助けにもなる。
 格別に思い入れのある相手ではないが、この場でいがみ合う理由も無い。むしろ協力し合わねば、敗北につながるとさえ思っていた。
 だから、適当に見つけた端から、叩き伏せていたのだが……これが存外に難しい。
「撃て、撃てェ!」
「多少は巻き込んでも構わん! 奴をこの先に行かせるな!」
 拙かった敵の戦術が、いきなり効率的になり、火力を集中させてくる。しかも連中は、味方のことなどお構い無しに、銃を向けてくるのだ。
 不殺生という信条を持つ掛羅には、いささか厳しい状況である。自分が手を下すわけではなくとも、自分が原因で敵が死ぬことは、やはり受け入れられない。
「く――ッ!」
 致命傷を避けさせるために、倒れた敵を引っつかんでは投げ飛ばし、前をさえぎる敵は、跳ね飛ばすように打ち据えた。己に銃口が向いているのはわかっているから、せめて軌道から外れるようにと、考慮した結果の戦術である。
 しかし。

――まずい。

 銃弾が、掛羅の身を貫く。
 やられたのは肩、これでは攻撃に支障が出る。足を撃たれて機動力が落ちるよりは、まだマシだといえようが……問題は継続中である。
 冷や汗をかくような状況に陥ったのも、一度や二度ではない。掛羅の不審な行動から、心情を見破られたのか。どうにもそこにつけ込んでくるように、敵は動くのだ。
 それが、掛羅にはたまらない。仲間を思う心さえ、奴らにはないのか……。

――前評判どおり、か。罠は稚拙だが、味方を駒と見なして、惜しげもなく消耗させる戦い方。反吐が出る。

 治癒能力の高さは、健在である。古の血が、うずく傷の治癒を補助してくれる。もっとも、この場で完治はやはり不可能。痛みをこらえながらも、彼は走った。
 足首に、追加の銃弾が打ち込まれる。しかし構わず、掛羅は駆けた。
 敵を射線からどかせる為に、突き飛ばす。その隙に、三度目の負傷。脇腹をかすめる軽症だが、続いて受けた四度目の銃創で、掛羅の耳は大きな穴が開いた。
「――ッ!」
 ここで、全面的な攻勢に出られたら、どんなに楽であろうか。
 だが、不殺生の理念は捨てられぬ。結局彼は、榊の元に(あるいは首魁のクルーフの前に)たどり着くまでに、相当の傷を身に受けねばならなかったのである。



 榊は、その能力の大半が抑制されていた。よって、単純な技量と身体能力のみで、この戦いを切り抜けねばならない。
 彼はムービースターだが、耐久力自体は、普通の人間とそう変わらない。心臓を打ち抜かれれば死ぬし、頭を砕かれて生きていられるほど、人間をやめてもいない。
「……くそ」
 攻撃には決定打を欠き、防御には不安が残る。術は目くらまし程度にしか使えず、しかも連続して使えるものではない。彼は、自分が徐々に追い詰められている事を、自覚せざるを得なかった。
 だから、掛羅が駆けつけてくれたときには、榊にしては珍しく、現金にも希望を見出した物であるが……。
「あんた、なんでそんなに死にそうな訳?」
「助けに来てやった者に、かけてやる言葉がそれか?」
 物陰で、二人は射撃から身を隠し、やりすごしている。この状況で再会できたのは、まだしも幸運といって、良いのかもしれない。双方の消耗と、負傷が、それにつりあえばの話であるが。
「いや、だって。見るからに助けが必要なのは、むしろそっちの方」
「信念の結果だ。貫き通せば、それも誇りになる」
「……ふーん」
 傷の大きさと、数。榊よりも、掛羅の方が重傷者のように見えた。榊とて、無論無傷ではなく、銃弾をかすめたり、跳弾で腕に銃弾がめり込んだりと、割と酷い有様だが。
 掛羅のそれと比べると、どうも見劣りする。これが言うとおりに、信念の結果であるとするならば。掛羅という男を、ある程度は認めてもいいかもしれない。榊は場違いながら、そんな風にも思った。
「さあ! 観念したまえ! いまならば名誉ある銃殺刑に処してやろう!」
「……ああ、うざい」
「同感だな。黙らせるか」
 クルーフの、良く通る大きな声が、耳朶に響く。芝居がかった口調も、この際は不愉快だった。
 だが、声が鮮明に届くということは、それだけ近くに首魁がいるということ。この油断が、今は最大の好機であったろう。
「できる?」
「愚問だ。この際、文句はつけん。お前を相方にするのは、少々不安があるが……戦術の補助は、任せるぞ」
「……やな言い方」
「悔しければ、実績を見せてみろ。それ、行くぞ!」
 飛び出す掛羅。物陰から物陰へと、飛び回るように、俊敏に移動していく。
 銃が射撃でそれを追うが、これも間に合わぬほどに、素早い動きであった。
「いで!」
「なんじゃ?」
 榊の式神が、敵の行動を妨害する。密かに忍び寄り、彼は制限された式神を有効に用いた。滅多に見ない超常現象に、誰もが目を奪われ、過大評価する。
 これを限界まで飛ばし続けて、敵を惑わす。一瞬の隙を突いて、自らも働くことを忘れない。闇から伸びてくる槍は、確実に敵の戦力を削いでいった。
「ええい、うっとおしい! だれぞ、なんとかせんか!」
 式神には、明確な命令を向けるのも難しかったのだろう。クルーフはいいように翻弄されつつも、掛羅の対応に追われた。この場で不運だったのは……彼以外に、指揮官がいなかったことか。
 後進を育てなかったことを責めるとしたら、むしろ原因は彼にあったと見るべきかも知れぬ。おおくの配下を抱えながら、統率するものが一人だけ、というのは厳しい。
 自分の他に有力者を作りたくなかったから、といえばそれまでだが、そのおかげで彼は窮地に追い込まれているのだ。
「おい、なんだ。この状況は。いつのまに、こんなことになっている」
 実際には、戦力的にはそう不利な状況というわけでもない。だが、堅実に指揮下の兵と、自分とが切り離されていく。戦闘不能になるか、情報網が寸断され、効率的に動けなくなっていく。
 動きが鈍り、命令が行き届かなくなれば、クルーフが扱える兵力も減る。その実感が、さらに彼に危機感を覚えさせていった。
「こいつ、手間をかけさせて……」
 無論、なんの代償もなく、ここまで来れたはずがない。榊も掛羅も、かなりの傷を負っていた。
 血が滴り落ち、地を染める。流れ落ちた量だけでも、ペットボトル一杯は超えるだろう。痛々しい傷跡は、常人ならば完治まで、いかほどの期間がかかることか。
「ひどい、面」
「ひとのこと、いえるか」
 それでも二人は健闘の末、クルーフを捕らえることができた。榊が槍の柄でぶっ叩き、掛羅がその身を拘束する。
「離せ、私は、我は神聖なる指導者なるぞォォォ!」
「うっさい」
「黙れ」
 拳骨をくれて黙らせると、この有様を、周囲に見せ付けた。それだけで、部下どもは戦意を失ったのか。散り散りに逃げて、いなくなった。
 後は、これをレジスタンスのアジトに護送すればよい。異変が解けるかどうかは微妙だが、そろそろ対策課も動いている頃合だろう。救助の手がくるまで、そこで休んでいればいい。
「……どうにか、うまくいったな?」
「どこが。……痛い」
 彼らは相応にレジスタンスの歓待を受けたが、堪能する間もなく、眠りに落ちる。
 そして起きた頃には、ムービーハザードは解除され、対策課から事の推移について、色々と聞かれることになったのだ。


「やっと、帰れる」
「本当に、ようやく、だな」
 全てが終わり、面倒な報告からも介抱されて、二人は帰宅の徒につく。
 榊にしろ、掛羅にしろ、このハザードに価値など認めてはいなかった。だが、何故か。この奇妙な相方と出会えたことに、何らかの意義を感じてもいる。
 それがまた、どこか可笑しかった。
「今度は、戦場以外の場所で、出会いたい物だな」
「もう、会わなくても良いけど」
「そうか?」
「……いいって、別に。でも、たまたま会えたら、その時は……仲間に紹介するくらいなら、してもいい」 
 これは、榊の照れ隠しであったのか。
 掛羅の方も、これは喜べば良いのか、どう反応すべきか、少し困った。
 しかし、この件で付き合って、わかったことがある。掛羅にとって、榊は別に嫌いな型の人間ではない、と。榊にとっても、それは同じなのだろう。
 そう確信する程度には、彼らも深く付き合った。この感覚だけは間違っていないと、信じられる。

――たまたま会えたら、その時は、か。

 悪くない。掛羅は、その時が来るのを、密かに楽しみにすることにしたのである……。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、真にありがとうございました。

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公開日時2008-12-23(火) 14:10
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