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<ノベル>
昼間の暑さが引けた夕暮れの中を、本陣雷汰と空昏が歩いていく。
二人がゾンビのお願いを聞き届けて、とりあえず表向きのインタビューのためにゾンビ対戦の現場である墓地に赴いていた。
「それも蠅が飛んで、なんかぐろいのもポイポイしているのはいやだからな。僕は争いは嫌いだ」
「それは俺もだ。止めたいという気持ちがあるな。あたらしいのも古いのもそれぞれによさがある」
「ふーん、えーと、君は……カメラの君は、いいこというじゃないか。僕もそう想うわけだ」
空昏は、どうも人の名前を覚えられないのだ。
本陣は、そんな空昏の呼び方に苦笑いしてみせた。
「それで、もう一人協力者がいるそうだが、ここで落ち合うことに」
「あれじゃないのか」
空昏が指差す。
そこに黒い影がある。
心配はないことはわかっているが、男として本陣は空昏よりも一歩はやく、その影に近づいた。
近づいて本陣は少しだけ驚いた。何事も動揺しない男であるが、さすがにこれは驚く。
片腕がなく、顔は火傷を負っている男が立っているのだ。彼は二人の姿をみるとにかっと笑った。
「こんばんは。オレ、ルイス・キリング! ゾンビの駆け落ちの協力にきたぜ」
「なんだ。ゾンビじゃないのか」
空昏が本陣の後ろから顔を出す。
「はは、違うぜ。よろしくな、お嬢さん」
からからと笑いながらルイスは空昏を見たあと、本陣を見る。
「あんたは」
「俺は、本陣雷汰。で、こっちは」
「カラカラでもクラクラでもケラケラでもない。僕の名前は空昏だ。覚えるためのメモは許可するから間違えないようにな。ん、君の名前は……」
「空昏は、人の名前を覚えるのが苦手らしい」
本陣が苦笑いと共に空昏のフォローをいれる。
ルイスは面白そうに空昏を見たあと、本陣を見た。なんとも物好きそうな男だ。ルイスは、こういう相手を見抜く眼はいい。
「さっきもいったけど、ゾビ子の駆け落ちを助けようと想うんだ」
「駆け落ちの?」
「作戦はばっちりと考えてある」
ルイスが自信ありとばかりに笑う。
「両方の親を集めた目の前でゾビ男とは違うゾンビとゾビ子と逃げるんだ。その上で、ゾビ男も消えれば、両方の親も少しは考えるんじゃないか。そのゾビ子と逃げるのは俺がやるよ。メイクをしてばっちりいいゾンビになってやるぜ」
ルイスの提案に真っ先に飛びついたのは空昏だ。
「はは、ロマンスだ。面白そうじゃないか。なぁ、えーと、カメラの君もそう想わないか?」
本陣としては、多少考えるところだ。だが、いがみ合う両方を説得するにしても、この昂ぶった気持ちのままではほぼ不可能に近い。ルイスの作戦を行って両方の熱した頭に水の一つもかけるのも悪くはないだろう。
本陣の座右の銘は、なんとかする、そして、なる、だ。
「まずは、ゾビ男とゾビ子に作戦を話して協力をお願いするべきだな。この状況からいうと、まずはゾビ子のほうに頼んだほうがいいだろう。駆け落ちしたいと望んでいるようだし」
インタビューの時間は厳密には決められてはいない。夜ならいつでもオッケーだというアバウトな約束である。さきにゾビ子のところに行って打ち合わせしても大丈夫だろう。
「じゃあ、まずはゾビ子の屋敷のほうに行こう」
旧き良きゾンビであるゾビ男の屋敷の向かい側に新しき良きゾンビであるゾビ子の屋敷はある。両者はいがみ合うためとでもいいたくなるように墓地に互いの家を向かい合うように構えているのだから、尚の事タチが悪い。
ゾビ子の屋敷の前にくると、ゾンビがぽつんと立っていた。
「そこの! ええっと……目がかたっぽない新し目のゾンビの君!」
空昏がはきはきとした声をかけると、ゾンビが動く。
「インタビューの人ですか? お待ちしておりました。どうぞ。ん?」
ゾンビが屋敷のドアを開けながらふとルイスを見る。
「新米か? いい男だが、もっと腐らないもてないぜ」
「褒め言葉は受け取るが、ゾンビは違うぜ」
ルイスが苦笑いと共に言葉を返す。今の見た目では、ゾンビ的にはいい男らしい。
通された屋敷の中は、意外なことにきれいだ。
ゾンビだから、蠅やもう見てはいけないものがぼとぼとと落ちているかと想うのは失礼なことかもしれない。
片目のないゾンビが案内してくれてたどり着いた部屋。
「ここに、ゾビ子さまがいるから」
それだけ言って行ってしまう。
とりあえず腐っても女の部屋なのでノック。
「はい、どうぞ」
思いのほかに可愛らしい声の返事だ。
ドアを開けて入ると、女性が好みそうな可愛らしい雰囲気を兼ね備えたピンク色のベッドにゾンビに必要なのかわからないが化粧台、テーブルには白いテーブルクロスがしかれ、紅茶のポットとクッキーが置かれて、そこにゾビ子がちょんこと座っていた。
小麦を叩いて煮詰めたかのようなくすみきった金色の長い髪、肌は腐った池の水のように濁っている。それにピンクのふりふりのドレスというのは、なんともアンバランス。
「どうぞ、お座りになって」
女性らしいおもてなしに一同は、とりあえず椅子に腰掛けた。
「どうぞ。食べ物は、昨日コンビニに行ってもらってきたものなの。だって店員さんが私のこと見ると失神しちゃうから、あ、ちゃんとお金は置いてきたわ」
「それは気遣い、ありがとう」
ゾビ子の言葉に本陣は笑った。ゾンビが来たとなれば、店員の恐怖を察するに余る。
「それで、ここには君のお父さんはいないね。何かに聞かれるということも」
「父は書斎よ。呼んでくるまで五分くらいはかかると想うわ。ここでの会話は腐っても聞かれないわ。安心して」
ゾビ子の言葉に本陣はルイスの作戦を打ち明けた。
すると、ゾビ子は嬉しそうによどんだ目を輝かせてルイスを見た。
「まぁ素敵な作戦!」
「俺がやるんだ。大船にのったつもりでいるといいぜ」
ルイスがゾビ子の手をとって白い歯を見せて笑うとゾビ子の淀んだ緑の頬に赤みがさした。
「あなた、きっといい腐り方するわ」
「腐り……?」
「やん、いい男って意味よ」
ゾビ子が照れたように顔をそらす。どうも、ゾンビ的には褒め言葉らしい。
「あ、けど、ゾビ男さんは、どうかしら。あの人は慎重な人だから……私が言えば協力してくれるかもしれないけど」
「だが、ここでゾビ子を連れて行くのは」
「だったら、僕が身代わりをしてやってもいいぞ」
空昏がけろりと言う。
「けど、もしばれてしまったら、あなたが大変なことよ」
「僕のほうが強いから大丈夫だ。はやく支度しろ。なぁに布でもかぶればばれないさ!」
ゾビ子はクローゼットから白い布をとりだして頭からすっぽりとかける。これでしゃべらなければ、ばれることはないだろうかと多少不安であるがやるしかない。
「ゾビ子さんは俺の後ろにいて隠そう。空昏だが」
「心配するなカメラの君、僕は、ベッドに寝ているぞ。香水と白粉をかぶった腐った顔が更にひどいことになったといえばいいんだ」
身代わりになる空昏がベッドに入りつつ、なんともすごい言い訳を口にする。
「よし、いいか、空昏のお嬢さん、腐った気持ちでいくんだぜ」
「ルイス、またむちゃくちゃだぞ」
本陣がつっこむ。
そこにドアがノックされた。返事もまたずにドアが開かれる。
ここに案内してくれた片目のないゾンビと、その後ろに思いっきり腐って蝿を従えたでっぷりとした腹をしたゾンビが立っていた。
「インタビューがあるというので、きたのだが……この地のゾンビたちの長である」
「これは、どうも」
本陣は頭をさげて、礼儀を尽くしつつも背後にいるルイスと空昏のことをさりげなく隠すことも忘れない。
「む、その白い布をかけているのは」
「ああ、俺たちの連れが紅茶を頭からかぶって、まるで顔が大変なことにとなったので見苦しくないようにかけてるんです」
「ほぉ。ん? 娘は」
新ゾンビ長がきょろきょろと首を動かして、ころりと首を落としてしまった。ころころとルイスのように首がやってくる。それを片目のないゾンビが歩いて、持ち上げる。
「お、ベッドにいるのか? だが、なぜ」
「さっき紅茶をぶちけたときについでに白粉もとんで、それがゾビ子のかかって顔が腐りきって大変なことになったんだ」
ルイスの言葉に新ゾンビ長の顔は娘に対する哀れみに満ちる。
「可愛そうに、ゾビ子……だから、化粧品は敏感肌であるお前は入念に選んでおけといったのに!」
ゾンビに敏感肌なんてものがあるのかはこの際、端っこにおいて置こう。
新ゾンビ長がベッドに視線を向ける。
「かわいい娘や、どうか声を聞かせておくれ。どんな気分なんだい。ん?」
「ぼ、いや、私はだ、だいじょうぶですわだぞ」
「なんか声がかわったような」
「香水がかかったから、喉をますます腐らせちゃったんだろう」
ルイスのフォローに新ゾンビ長はますます哀れみに満ちたように眉を顰めた。
「なんと、かわいそうな娘よ。だから香水をつけるときは体の開いている穴にはしっかりと栓をしろといったのに」
娘の不幸を本気で嘆いている新ゾンビ長。
「長、取材のことなんだが、ゾビ子さんが、これでは取材ができそうにないと」
本陣が切り出すと、ゾンビ長はそちらに視線を向けた。
「うむ。是非とも、私たちゾンビの良さを知ってもらうためにも受けようと思っているが、娘がこの有様ではな」
「それで、のちのちに旧ゾンビのほうにも取材に行くので、あなたたちと交えたインタビューもしたいと思っているんだ」
その言葉にゾンビ長は顔を思いっきりしかめた。
「あんなやつらと席を並べてなにを話せというのだ。あいつらはゾンビではない。こちらこそ、真なるゾンビ、それを自分たちが真ゾンビだといいおって。こちらこそ、正しきゾンビだというのに」
「でしたら、彼ら旧ゾンビと会話して、それを知らしめてはいかがですか? 真なるゾンビなあなたなら寛大な心を持って彼らの言い分を聞き、自分の言葉で自分こそが正しい真ゾンビだといえるのでは?」
本陣の言葉に新ゾンビ長は眉を顰めた。そこまで持ち上げられては、長としての手前、インタビューを拒絶できなくなる。
それを本陣は見越して提案しているのだ。
「う、うう」
新ゾンビ長は自分の頭を体にくっつけて、小さく唸った。
「わかった。あちらが承諾すれば、こちらとて話してもいいだろう」
「ありがとうございます」
本陣は笑みを作り、頭を下げた。
「では、俺たちはお嬢さんが心配ですし、あちらにも行かなくてはいけないので」
そういい残すと屋敷を出ていった。
外に出ると、すでに夜も深まり、冷たい風が頬を撫でる。
本陣たちは、すぐさまに旧ゾンビの屋敷を目指した。いくら空昏が身代わりをしてくれているとはいえ、長時間は持たないだろう。
「おっちゃん、中々策士だな」
「おっちゃんって、おまえな」
ルイスを軽く本陣は睨みつける。
「好きに呼んでいいが、おっちゃんはまだないだろう。俺は三十一だぜ」
「十分だろう」
「お前いくつだ」
「二十九」
ルイスが笑顔で答えるのに本陣は肩をすくめた。
「たった二つしか違わないぜ」
「二つも若い」
ルイスの言葉に怒りよりも笑いが漏れてくるのを本陣は噛み締めた。
「そのうちお前もおっちゃんになるんだぜ。イカしたボーイ」
本陣の反論にルイスがけらけらと笑った。
「そのとき、あんたはおっちゃんじゃなく、おじいちゃまだな」
「はっ、確かにな。……ついたな」
屋敷の前に来ると、二人は軽口をたたき合うのをやめた。ゾビ子のところ同様にゾンビが一人屋敷の前におり、自分たちのことを名乗ると早速屋敷の中にいれてくれた。ゾン男の部屋まで案内されてなかにはいると、こじんまりとしたベッドと来客用のテーブルの置かれた小奇麗な部屋には、これまた淀んだ池のような肌の色に両目が白く濁り、蝿がたかりまくったゾン男が歓迎してくれた。
「どうぞ。あれ? その白いテーブルクロスのは」
「ゾビ男さん」
「ゾビ子さん」
二人の腐った若い恋人たちは再会の喜びに景気よく目玉なんてすぽーんと飛ばして、互いの目を交換し、そして腐った両手で抱きしめあった。ちゃんとそのとき、交換した互いの目も元通りにしておく。ゾンビたちの愛の儀式である。
「ああ、いつもながらこうばしい腐った匂いがするよ、ゾビ子さん」
「ああ、あなたにたかる蝿たちも、素敵よ。ゾビ男さん」
若く腐った恋人同士の涙の再会だが、どうにも生きている者は理解しがたい世界である。
「あー、二人とも、すまないが、時間がないから今から作戦について話す」
「作戦?」
ゾビ子しか眼中になかったゾン男は怪訝と尋ねてくる。
「それはだなぁ」
本陣が駆け落ち作戦のことを手短に話すとゾン男は渋い顔をした。ゾビ子がいったように、腐ってもなお慎重派であるらしい。
「けど、そんな作戦をしても……もし失敗したら」
「男だろう。愛する腐ったゾビ子のために、墓場から生き返る気持ちでいけ」
不安がるゾン男にルイスが言う。その言葉にゾビ男は数分迷ったように目玉を動かして、頷いた。
「わかりました。もう母さんに争ってほしくない。そして、ゾビ子さんと幸せになるためにも、がんばります」
ゾビ男が力強く決意を硬めて言ったあと、ドアがノックされた。ルイスが慌ててゾビ子とゾビ男を引き離して、白いテーブルクロスをかける。
「あ、そんな乱暴なことは、もし腕が落ちたら」
「見つかったほうが危ないだろう」
ゾビ子、つい、ルイスが自分に親身になってくれるのに、その腐りきった心臓をキュンとときめかせてしまう。ああん、自分はゾビ男さんがいるのに、いけないゾンビだわ、私。
いつの時代も、優しくて慎重な男よりも、ちょっと強引で、それで優しい男に乙女は胸キュンさせてしもうものらしい。たとえ腐ってもゾビ子とて乙女である。
「まぁ、インタビューの方ですね」
旧ゾンビ長らしい黒いちりぢりの髪に破れたドレスを纏った片目がないゾンビがはいってきた。
「これは、お会いできて光栄です」
本陣が言うと旧ゾンビ長は頷いた。
「今宵はご苦労さまです。さて、インタビューと聞きましたが」
「ええ、新旧のゾンビのインタビューをしているんです」
「まぁ」
旧ゾンビ長の顔がやや険しくなる。快く思っていない新ゾンビもインタビューされているというのがいやなのだろう。
「それで、よろしかったら、両者を交えたインタビューをしたいと思っているんですが」
「まぁ、あんなナマ腐ったゾンビと話すことなんてありませんわ! あの人たちは、私たちという存在がいてようやく出来上がったというのに、この私たちを差し置いて、自分たちこそが真ゾンビだといいはってるんですよ」
旧ゾンビ長が声をヒステリックに叫ぶように言うのに本陣は慎重に言い返した。
「ですから、その両者のどちらの考えも知るべきではないでしようか。自分たちこそ正しいのだというのでしたら、相手と席を共にしても臆することはないでしょう」
「まぁ、なんて失礼な方なの、あなたは」
「母さん、この方の言うとおりだよ」
ゾビ男が本陣に加勢する。
「一度、ちゃんと話し合うべきだ」
「まぁ、ゾビ男、貴方まで、そんなことを言うなんて! ……別に、私たちとて戦いたいわけではないのよ。ただあちらが私たちを差し置いたことをいうから」
旧ゾンビ長も息子には弱いらしい。なんとも渋い顔をするが、頷いた。
「いいですわ。あたらがこちらの屋敷に来てくださるならば、こちらとて腐ったゾンビ、お出迎えし、ちゃんと相手をしましょう」
「ありがとうございます」
本陣は礼儀を尽くして頭をさげると、旧ゾンビ長はつんと顎をあげて踵返して出ていった。
「よし、一度戻って、空昏と合流しよう」
本陣が下唇を嘗めると、拳を握り締めた。
旧ゾンビの屋敷をあとにすぐさまに新ゾンビの屋敷に戻った。とにもかくにも、すぐさまにゾビ子の部屋に赴く。
「だが、問題は、あちらの屋敷にどうやって、ここの長を連れて行くかだな」
本陣が眉を顰めていう。どちらも揃ってのインタビューには応じてはくれたが、だからといって相手の屋敷に行くのはいやなのだろう。敵地に乗り込むわけなのだから。あの旧ゾンビの長は本陣の言葉を承諾するふりをして、難題をつきつけることでなんとかインタビューをやめさせようとした節がある。
身代わりを勤めてくれていた空昏のいる部屋に入った。空昏はベッドから顔を出してにこりと二人に笑って見せた。
「大丈夫だったか?」
「はは、僕は強いんだよ。なにもないさ! それで、そっちはどうなったんだい」
心強い空昏の言葉に二人は手短にあったことを話すと、彼女は腕を組むと鷹揚に頷いた。
「うん。うまくいったようでなによりだ」
「だが問題はインタビュー、くるかってことだよなぁ」
ルイスが頭をかく。
「それでしたら、私に任せてください。お父さんは、私に甘いから……私から頼んでみます」
ゾビ子がにこっと苔色の歯を見せて微笑んで出ていった。
その十分ほどで、一応失敗した場合は、そのまま駆け落ち乱暴な作戦も考えていた三人に骨の見えた腕でブイサインをしたゾビ子が戻ってきた。
新ゾンビの屋敷の前まで来ると、周りのゾンビたちは驚いていた。日々争っている新ゾンビの長と娘、それと二人の護衛だけで来たのだから、驚くだろう。
約束は約束としてすぐさまに来客用の部屋に通された。清楚さのある部屋にテーブルとソファ。
数分ほどして旧ゾンビの長と息子が二人の護衛を連れてやってきた。
「おや、護衛は二人で」
新ゾンビの長がいうと、旧ゾンビの長が眉を顰めた。
「私たちはフェアな精神を重んじているし、ここには争いにきたわけではないでしょう」
出会って早々に火花が散っている。
「あら、あのゾンビ手前の色男さんは」
旧ゾンビ長が目ざとく向かいのソファに腰掛けながら尋ねてくるのに、本陣は焦った。ルイスは今特殊メイクをしてゾンビ手前ではなく、本物のゾンビになっている最中だ。
「あーあ、腕のない顔の火傷の彼はな、持ち病のしゃっくりで苦しんで早退したんだよ」
素早く空昏が言うのに陣本も頷いた。
「ああ、そうなんだ。持ち病のしゃっくりで」
このとき、しゃっくりで苦しんでいなくなるというのは、ちょっと苦しいかと思ったが、ゾンビたちは生きた者の有様を知らないようだ。
新旧のゾンビたちも互いに顔を見合わせて
「それは、お気の毒に」
ゾンビが生きている者について無知でよかった瞬間である。本陣はさっそく取材というようにメモをとりだしてあらかじめ考えていただろうことを口にした。
「まず両者の日ごろ争っている真なるゾンビというものの定義について教えていただきたい」
「それだったら簡単ですわ。私たち旧いゾンビは自分たちの生み出されたことを誇りとして、自分たちのあり方を大切にしているんです」
「ふん、それだからだらだらと歩くしかできないんだろう」
「なんですって」
新ゾンビ長の言葉に旧ゾンビ長がむっと顔を歪めた。
「われわれはゾンビといえども侮られたりしない、素早い動き、強い力! だらだら動くだけではだめなんだ」
両長の間で火花が散るのに本陣が双方を宥めて核心をついたことをさらりと言う。
「まぁまぁ、だが、貴方たちのお子さんは、互いにその良さをわかっているようだが」
「それは、この腐れゾンビ娘がうちの息子を誘惑して」
「なにをいう、そっちの腐れ息子が誘惑して」
「待ってください」
長同士がにらみ合い、今にも爆発しようというとき、ゾビ子が声をあげた。その場にいた全員が視線を向ける。
「私、ゾビ男さんよりも気になる腐った人がいるんです」
「なんだと! そ、それは誰だ」
「それは俺だぁ!」
声と共にドアが力強く蹴られた。が、開かない。そのとき、誰もがあれ、開かないと声はすれど姿の見えない相手に首を傾げてしまった。そのドアの前では、大変なことが起こっていた。
ぽき。――何かが折れる音がした。
かっこよくドアを蹴り破ろうとしたゾンビの足が折れていた――ルイスが特殊メイクしたゾンビ姿の足が折れた。大怪我を追って再生中に無理は禁物である。そのためルイスはドアに体当たりをして、なんとかドアを開けた。それも勢いあまって床に倒れたのをかっこいいのかと聞かれるとうーんと唸ってしまうものである。
このワンテンポ遅れての思わず唸ってしまう登場したゾンビに静寂たる室内の突き刺さる視線。が、そんな些細なことは気にしない。
「ゾビ子! 迎えに来たよ。ハニー!」
呼ばれて慌ててゾビ子は慌てて駆け寄っていくのに特殊メイクルイスもけんけんで駆け寄ると、がしっとゾビ子を逞しい腕で抱きしめ持ち上げた。乙女の憧れのお姫様抱っこ。が、しかし、ルイスは片腕であることをころっと忘れていた。
思いっきり片腕のないことからゾビ子が床に落ちて、腰を打ち付ける。そのとき、ついゾビ子の片目が落ちてしまったが、そんな些細なことは気にしない。
「ほら、ハニー、目玉を落としちゃだめじゃないか」
ルイスがすぽっと目玉をゾビ子の目にいれてあげ、そのあと、がしっと片腕で抱き返した。
「しっかり捕まってろよ、ハニー!」
そういうとルイスはゾビ子を抱えて、素早いけんけんで部屋を出ていってしまった。
一瞬、何がこの部屋で起こったのか理解するのに腐った脳を持つゾンビたちと共に作戦をした本陣、空昏も唖然としてしまい、対応に遅れた。
「あ、あー! しまったぞ。目の前で駆け落ちされてしまったぞ!」
空昏が叫ぶのに本陣も我にかえる。
「あ、ああ。思わず追いかけるのも忘れちまったな、あんなすごいのは」
いろんな意味で追いかけたり止めたりするのを忘れたというべきか。
本陣がゾビ男を睨んで合図する。
「ひ、ひ、どい。ゾビ子さん」
墓地からむくっと起き上がったゾンビのように我に帰ると、ゾビ男はわっと部屋を飛び出していってしまった。
「ああ、ゾビ男!」
旧ゾンビ長が慌てて叫び、そのあとを追う。その数分後、旧ゾンビ長は一枚の紙を持って戻ってきた。気のせいか、その顔は先ほどよりも死人らしく青白くなっている。
「ゾビ男が、部屋を見たら、もう死んでいく気が起きないと……こんな置手紙を残して」
がっくりと肩を落とす旧ゾンビ長は、きっと顔をあげて、娘が駆け落ちしてしまったのにショックを受けてている新ゾンビ長を睨みつけた。
「あなたの、あなたの娘が、うちの子を、よくも跡取りを」
「なんだと、うちの娘を悪く言うのか」
長の周りにいるゾンビたちも目を虚ろと身構える。
「ここは僕に任せるといいよ」
空昏が言い放つと同時にゾンビたちの攻撃が開始された。口からビィムを吐き出すゾンビと腹からミサイルを発射する者の真ん中にいくと、ぱんと扇で弾き防ぐ。
「だから僕は争いは嫌いだといってるじゃあないか!」
扇を大きく動かし、風によってゾンビたちを吹き飛ばす。空昏にしてみれば相手を傷つけないための軽いものでも、ゾンビたちは壁に飛ばされてしまう。
「ああ全くやり辛いよ君たちは! なんでそんなに壊れやすいのか」
「おのれ、小娘め」
「くっ、なんて邪魔な」
新旧ゾンビ長が言うのに、空昏は片手をあげた。
「えーと、カメラの君! 目を閉じているがいい!」
空昏は本陣にそれだけ告げると、技を放った。かっと驚くほどの光が部屋を満たす。まるで太陽をそのまま連れてきたような眩しさだ。だがそれは空昏が加減しているのか、音も熱もないただの光の放射であった。それでも十分ゾンビたちには効果がある。それもものの数分で収まっていく。
「はい。注目、注目! 君たち話を聞きたまえ! 争いあっている暇があるなら、少し考えないか!」
凜とした空昏の声にゾンビ長たちはその場に力なく崩れた。
「あの子がいないなんて」
「ああ、ゾビ男……」
大切なものを失って二人の長のゾンビは嘆いてた。
「お前らが争ってそれに二人は胸を痛めていた。お前たち互いに腐りあった仲だっていうのにな」
いつの間にか――空昏の光のどさくさに紛れて戻ってきたルイスが言う。
「互いにないところを補う。それがあの二人は出来たのに、あなたたちは出来ないはずないだろう」
「けど、二人はいなくなってしまった」
「あ、それは、嘘」
さらっとルイスがばらす。
今までの衝撃があったたけに二人の長ゾンビは驚くが怒りはしなかった。失ったものが戻ってくるかもしれないという希望のほうが大きいらしい。
「あんたたちが争うこともないように、ひと芝居うったんだ。意地を張らずに仲良く出来るようにさ、荒療法だけどな」
「あ、あの二人は、どこに」
二人の長が縋るように訪ねるのに本陣が手招いた。
「ついてくるといい」
墓地にあるなだからかな坂の上にある丘の上。そこにゾビ男とゾビ子はいた。それを見つけた両方の長は慌てて駆け寄り、息子と娘をしっかりと抱きしめた。
「あなたたちは映画から実体化して日が浅いからわからないかもしれないが、この世にあるものにはみんな意味があると俺は思ってる。あなたたちゾンビがいなければ映画は輝かない。あなたたちこそ影の主役だ」
本陣が歩み寄り静かに言いながら、丘の上から下を見下ろす。そこには連日のように争いあうゾンビたちの姿がある。
「あなたたちに会えたことを俺は嬉しく思う。だが、ここから見える光景はどうだ。周りのことをかえりみずに争いあって。……近所では貴方たちは迷惑者だといわれている。旧き良いものがあるからこそ新しいものが生み出される。互いに素晴らしさを認め合い歩み寄るべきだ。子供たちのように」
その言葉に両長は互いに気まずい顔をして見合った。
「……私たちは、新しいから、旧いあなたたちから作られたから、それを認めてほしくて」
「俺たちは旧いものを忘れて、新しいものばかり見てほしくなくて」
長たちは互いにぎこちないが、それでも互いを認め合うことは出来たようだ。
これでゾンビたちのはた迷惑な争いも終止符が打たれるだろう。
「写真をとらせてくれないか。ジャーナルに載せないとな」
両方の長とそして子供たちが頷きあうのに、本陣は新と旧ゾンビの両方が肩を並べあった姿を愛用のカメラで撮った。これが双方の歩み会う第一歩としての記念だ。
「うまくいったな」
「うん。めでたいことはいいことだよ」
「さて、俺たちもそろそろ戻るか」
「ア、待ってください」
三人が戻ろうというのにゾビ子とゾビ男が歩み寄っていくとぺこりと頭をさげた。
「三人ともありがとう。これで私たちは結婚も出来そうです」
ゾビ子がちらりとルイスを見る。
「あの、ルイスさん」
「ん?」
「あなたの気持ちは嬉しいけど、私、腐った人が好きなの」
「えっ?」
「ごめんなさい」
「ルイスさん、あなたのおかげです。式には是非来てくださいね。同じゾビ子を好きなもの同士、友達としてびっくり」
ルイスがすっかり自分を好きだと勘違いしているゾビ子とそのゾビ子に事情をきいたゾビ男はそういうとゾビ男と手をとり行ってしまう。
「え、いや、俺は」
「ふられたな。えーと、片腕ない君……ははは、まぁ落ち込むな。ここにはゾンビはごろごろしているぞ」
「そうだぞ。ルイス、失恋の痛手は新しい恋だぞ。いいゾンビもきっといるさ。もし交際したら教えてくれ。写真をとってやるからさ」
すっかりそうなのかと思っている空昏と左肩をジョークにのっかってにやにやと笑う本陣が叩いた。
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クリエイターコメント | ゾンビをお届けします。 みなさんの愛と勇気とちょっぴり笑いのおかげさまで、丸くおさまりました。これでハエの被害もおさまることでしょう。
愛言葉はラブとホラーです |
公開日時 | 2008-09-05(金) 18:50 |
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