★ 【銀コミ夏の陣・改】お花畑殺人事件 〜バッキーは見た〜 ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-4229 オファー日2008-08-25(月) 15:58
オファーPC 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
<ノベル>


 同人誌即売会の会場に足を運ぶのは、割と限られた人達だ。
 ファンフィクションを含め、素人の創作活動を楽しむのならインターネット環境があれば事足りる。同人誌だって左クリック三回ぐらいでゲットできる。
 だが、バーチャルな世界には絶対にないものが、ここにある。
 それを求める同好の士で『銀幕平和記念公園』は埋め尽くされていた。

 この煩悩をエネルギーに転換したなら、世界経済を牛耳ることができるだろう。
 だが、そんなことは起こるはずがない。煩悩は萌えのために使うものだ。




 二階堂美樹は、バッキーのユウジと共にイベントを満喫していた。
 萌えの多い銀幕市で、存分に萌えられるまたとないチャンスだ。
 初めて会う相手とがっつりディープに盛り上がれるのもまた、イベントの醍醐味。オススメのサークルや新刊情報を交換すれば、新しい地平が開拓される。
 そんなこんなで戦利品を山のように抱えて歩いていると――
「待て、貴様!」
 腕を掴まれた。
「え? な、な……きゃ〜ッッ!」
 慌てて振り返った美樹は、途中から悲鳴になった。
 憧れのスターとご対面なんて銀幕市では珍しくないエピソードだが、自分の番はやっぱり驚く。というか驚かない方がおかしい。
 美樹のリアクションに、相手もびっくりしていた。
 彼の名前は宮沢紘人。属性で表現するなら、黒髪眼鏡ツンデレ委員長。
 古典的名作と名高い乙女ゲー(女性向け恋愛シミュレーションゲーム)の登場人物だった。発売十周年を記念して劇場版アニメが作られたものの、脚本が残念クオリティでファンの間では黒歴史と呼ばれている。
 なんて説明はさておき。
 ゲームを発売日に購入し、寝る間を惜しんで恋愛関係になった美樹にとっては忘れられない人だ。ついさっき、ゲームジャンルの片隅に追いやられた原作サークルで萌えを語ってきたところだし。
「『Flower of Love』の紘人くん! 私、ファンなんです!」
「私を知って――まあいい。貴様、医者だろう。一緒に来い」
「え、えええ?」
 腕を引かれて、美樹は歩き出す。
 普段通り白衣を着ているから、間違われたのだろうか。救護ブースは(心の)怪我人で満員御礼だから、一般人から探した方が早いのだろう。
「急げ。ぐずぐずするな」
 高飛車な命令口調は、ボイス機能なんてなかった第一作と同じで。
 胸と頭が萌えで満たされて、医者じゃなくて科学捜査官です、と訂正するのを忘れていた。




 例えるならそれは、バスケ部の部室の匂い。あるいは、剣道部の防具の匂い。エースで四番の使用済みタオルの匂い。
 スターも汗をかくのねー、と美樹はちょっと逃避した。
 紘人に連れてこられたのは男子更衣室だった。
 イベントの規模からすれば狭く、そこに着替え中の老若男獣がひしめいている。
「キャー!」
「イヤー!」
「女だー!」
 半裸、裸、ぱんつ、ふんどし、Tバック、などが体を隠しながら悲鳴を上げる。
「私だって見たくないわよー!」
 美樹は顔を手で覆いながら叫んだ。むしろ逆ではないか。
 紘人だけが冷静だ。
「彼女は警官だ。勘違いするな。……貴様、指の間から見てないで検視しろ」
「検視……って、死体が出たの!?」
 美樹は涙目になりながら、紘人を見上げた。彼は眉間に皺を寄せ、眼鏡のブリッヂを押す。
「連れが殺された」
「ええーっ!」
 美樹は叫んだ。
 オタクは基本的に、平和的な人種だ。萌えツボの違いを認め合い、キャラ間の人気格差は笑顔で嘆き、逆カップリングはスルーする。
 アグレッシブに戦うとすれば――限定品入手、ぐらいか。
「こっちへ来い」
 紘人に案内されて奥に行くと、人が倒れていた。
 十代後半の少年で、白いワイシャツがはだけて胸板が見えている。
  被害者は木佐貫光。属性表示・熱血単純スポーツマン。紘人と同じ映画出身のスター、つまりゲームでは恋愛対象の男子だ。
 懐かしさとときめきで鼻血が出そうなのを理性で我慢し、美樹はかたわらに膝をついた。
「光くん……」
 複雑な気分だった。ゲームプレイ一周目、初めて迎えたエンディングは光だった。狙っていたのは別のキャラだが、いつの間にかルートが確定していたのだ。
 お花畑でキャッキャウフフした思い出が、走馬灯のように蘇る。
 美樹の表情が、仕事用に切り替わる。感傷は脳内コインロッカーに預けて、死体を検分する。
 心肺停止、瞳孔拡散、助かる見込みは――ない。
 被害者は、右手にジュースの缶を握っていた。唇の端から緑色の泡を吹いている。
 灰色の頭脳がひらめくまでもなく、状況は薬物の摂取による中毒死。
 美樹はジュースの缶に触れた。まだ冷たい。それほど時間が経っていないようだ。ということは、会場内で入手した可能性が高い。
「警察を呼んで! 誰も出ていかないで! 現場のものに触らないで!」
 美樹は矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「乙女の思い出と萌えを踏みにじった罪……重いわよ!」
 炎を背負う彼女に、居合わせた男性陣は賛辞の眼差しを向けた。




 駆けつけたスタッフに、美樹は身分証を提示した。
「銀幕署には連絡した?」
「しました。ですが、会場周辺が混雑していて、到着が遅れています」
 捜査開始の遅れは、そのまま犯人に与えられる猶予。
「会場にアナウンスを入れて、警察関係者を集めて」
「わかりました」
「紘人くん、ジュースの入手経路は?」
 美樹は紘人に尋ねた。素人離れした迫力に彼はたじろぐ。
「知らない。……貴様、医者ではないな」
 美樹は不敵な笑みを浮かべた。
 ノリで、DP警官帽をかぶったユウジを印籠のごとくかざす。
「私は二階堂美樹、一日探偵よ!」
 ギャラリーは沸き、紘人が驚愕した。
 よく考えれば探偵を名乗るだけなら誰でもできるが、そこは場の雰囲気だ。
「スタッフは手分けして、同じ缶ジュースを売っているところを探して」
 美樹は指示を出し、声を低めて付け加える。
「無差別テロの可能性も考えられるわ」
 更衣室に緊張が走る。
 スタッフは指示に従い、飲食物を販売している場所へ散っていく。
 変わり果てた被害者を観察し、美樹は呟く。
「犯人にとって、私が居合わせたのが運の尽きね」
「ほう。ずいぶんと自信があるようだな」
 紘人の嫌味に、美樹は自信たっぷりに笑った。
「使われた薬物を特定すれば、犯人像が浮かび上がるもの」
 加えて、美樹は薬物のスペシャリストだ。
 遺体の状態を確かめると、薬物の成分が浮かび上がる。
 使用されたのはおそらく農薬――園芸用と仮定すれば、メーカー名まで特定できる。
 だが。
 その仮定は、したくない。
 犯人を決めつけるに近い行為、だからだ。
「あの……マジすいません」
 申し訳なさそうな声に、美樹は顔を上げた。
「出てもらえますか俺らもう限界ッス!」
 涙声の訴えに、彼女は周囲を確認した。
 現場=現在地=男子更衣室。
「きゃ〜っ!」
 絹を裂くような悲鳴を上げ、美樹は更衣室を飛び出した。




 会場に戻ると、相変わらずの熱気がむんむんと渦巻いていた。
 追ってきた紘人が、肩に手を掛けた。
「二階堂」
「っとと、年上なんだから『さん』をつけなさいよ」
 照れ隠しに叫んだ直後、自分が紘人の年齢を追い越していた事実に自滅する。
「……美樹さん」
 ふいうちの追い討ち。名前呼びなんて反則だ。
 本命じゃないのに癖のあるキャラで好感度を上げるのが大変だったとか、二つ目の走馬灯が過去を蘇らせる。
「紘人くん、よくも男子更衣室に連れ込んだわね!」
「それは謝罪に値する。……その、ゴメン」
 紘人は消え入りそうな声で呟き、うつむいた。耳が赤い。
 ツンからデレへの変化。
 この一瞬が永遠に続けばいいのに、と美樹は思った。むしろイベントスチルの一枚ぐらいあっても罰は当たらない。
 しかし時間は有限。瞬間は通り過ぎる。
「二階堂さん!」
 先ほどのスタッフが、美樹を見つけて早足で近寄ってきた。非常事態でも、会場は走らないという鉄則が抜けないらしい。
 デレがツンに戻り、美樹から離れてつれない態度に戻る。
「売り場を特定しました」
「よし。行くわよ!」
 美樹は紘人の手首を掴んだ。が、不自然なほど頑なに振り払われる。
「私が行く必要はない」
「何言ってるのよ。光くんとは園芸部仲間でしょ。それに医者を探すぐらい心配して――」
「うるさい!」
 派手な音がした、と思った後に頬が熱くなった。
 紘人が手を振り上げていた。ぶたれた、とわかった。
 ツンの演技でないことは、表情と震える手が語っている。
「貴様が口を挟む資格はない。私の行動は私が決める。それに人が死ぬ姿を見たら、医者を呼ぶのは当然の行動だ。それを――」
 美樹は手をパーの形にし、勢いよく振り抜いた。
 すぱぁん! と快音が響く。証言によると、ストレート百五十キロがキャッチャーミットに突き刺さるような音だった、とか。
「行くわよ?」
 呆然とする紘人に、お姉さんらしく笑いかける。
 しばらくフララブ(『Flower of Love』の通称)ジャンルに近寄れないけれど。
 究極の選択として、萌えと人助けなら後者を選ぶ。人として当たり前のことだ。
 漢……! と涙目になっているスタッフを引き連れ、売り場へ向かう。本部横のドリンク販売所だ。
「すみません、この人来ませんでしたか?」
 スタッフが売り子に、ポストカードを見せる。
「…………」
「……きゃー」
 紘人は卒倒寸前の白さになり、美樹は小さく悲鳴を上げた。
 写真が見つからなかったのはまあ、しょうがない。としても、それはない。スタッフが差し出したのは、どこぞのサークルで売っていた原作絵のポストカード。よりによって光紘。
 ジャンル内では安定した人気を誇っているが、美樹は遠巻きに眺めている。乙女ゲーの男子まで掛け算しちゃうのは、ちょっともったいない気がする。
 売り子は光の顔に首を傾げ、枠内に同居する紘人と本人を指す。
「買い物をしたのは、こっちの人にしてそこの人なの」
「違う!」
 裏返った声と必死すぎる否定。
 美樹はその瞬間、すべてを受け止めた。
「紘人くんが、光くんを殺したの?」
 答えない。それが雄弁な返事だ。
「使われた薬品は園芸用農薬。『Flower of Love』の舞台は高校の園芸部。偶然だよね?」
 捜査開始前からわかっていた手がかり。けれどあまりに短絡的で、結びつけるのは嫌だった。
 それに、恋した人が実体化して、人を殺したなんて――悲しすぎる。
 紘人はいらいらと頭をかきむしり、そして観念した。
「その通りだ。私が殺した!」




 到着した銀幕市警に、美樹は怒られた。何やってんだ科捜研、という意味で。
 手錠をかけられた紘人は、切れ切れに動機を告白する。
「映画では、あいつがミキと付き合うんだ……。何故だ……と思うと許せず、つい……。ゲームの場合はマルチエンドで、私がミキとお付き合いしていたはずだ。映画だから、あいつだけが幸せを手に入れる……と思うと、殺意が生まれた」
 知り合いの警官からいぶかしげな視線が集まり、美樹は照れながら全力で訂正した。
 映画(およびゲーム)の主人公名が『ミキ』なのだ。調書で間違えないでください、と念を押す。
 一件落着……と胸をなで下ろした美樹は気づいた。
 片付いていないことがあった。被害者の死体は、更衣室の奥に横たわっていた。
 スターの死体はフィルムになる、という絶対の理を無視して。
「連行待ってください!」
 刑事にストップをかけ、美樹は走った。
 ――カレー投票の次はマラソンが始まったのかと思いました、と目撃者は語る。

 男子更衣室では、後片付けが行われていた。犯人は逮捕され、事件は解決。いつまでも現場を残しておく必要はない。
 息を切らせて到着した美樹は、被害者の扱いに目を剥いた。運搬用の救急車が来るまでの措置だろう、が。
 ゴミ袋に入れて口を閉じられ、氷詰めのクーラーボックスに入っている。
「……何やってるの?」
「腐敗しないように、って」
「死体損壊罪になるわよ! そもそも死体じゃないのよ!」
 真っ先に気づくべきだったのだ。
「だって、光くんはスターなのよ! フィルムになってないのは死んでない証拠よ!」
 つまり、殺人事件ではなかった。発想を逆転させればよかったのだ。
 クーラーボックスを奪い取り、ホースを持ってくるよう指示を出す。
 ゲームのことばかり思い出していたが、彼らは映画から実体化した。黒歴史呼ばわりされても、彼らの人生はあそこを起点にしている。
 ホースの片方は蛇口に、もう片方は光の口の中に。
「ひねって!」
 残念クオリティな映画にあった、エピソードを思い出す。
 光は、ミキの差し入れと農薬のボトルを間違えて一気飲みするのだ。ギャグとはいえ『そこまでバカな子じゃない』とファンから苦情が殺到し、ブルーレイ版はかなり編集されていた。
 ちなみにそのエピソード、腹を下しただけで終わっていた。新人類の胃袋だ。
「生きてるんでしょ、光!」
 死体がカッと目を見開いた。大量の水を咳き込みながら吐く。がぶ飲みした農薬も一緒に。
 咳が収まり、光はがらっと雰囲気の変わった男子更衣室の状況把握を頑張る。
「あれ……オレ、紘人からジュースもらって、飲んだら腹が痛くなって……」
 美樹は有無を言わさぬ迫力で、首をひねる光の肩を掴む。
「来て、急いで!」
 え、うん、オネーチャン誰、という声は聞こえなかったものとして処理する。
 全力疾走で復路を紘人はパトカーに乗り込むところだった。
「待って!」
 美樹の声に、紘人が振り返る。光の元気な姿に腰を抜かした。
 しゃがみこんだ紘人に、光は大股に歩み寄る。
「紘人、おまえ何した?」
「聞くまでもないだろう。貴様を殺そうとジュースに農薬を入れて――」
「殺すっておま、試しただけだろ?」
「「え?」」
 美樹と紘人の声が重なった。
「わざちオレの嫌いなオレンジジュースを渡して、飲めるかって。んなもん気合いで飲み干すに決まってるだろ。だって」
 光は紘人の腰を抱き寄せ、頬ずりをする。
「オレは紘人のことが大好きだからな!」
 美樹は心の中で悲鳴を上げ、心の目で撮影した。
 オイシイ展開になった。真っ青になり悲鳴を上げもがいている紘人を除けば、周囲は歓迎ムードだ。だってここは銀コミ会場だから。
 実体化後の二人に何があったのだろう。そこは想像で補完して、ジャンル再興の燃料にするのだ。シリーズ新作の発売日も発表されたことだし。
 美樹はふと我に返り、ぐったりした刑事に説明する。
「つまり、事件なんて最初からなかったのよ。あったのは誤飲。ちょっとした事故だわ」
 かいつまんで説明すると、お騒がせカップル(一方通行)ではなく美樹が怒られた。
 なんか理不尽だ。




 光紘もいいかも、と思い直した美樹がジャンルの島へ向かうと、逮捕劇の野次馬が購入客に進化していた。
 顔写真がわりに使われたポストカードのサークルを発見し、突然の盛り上がりに戸惑うスペース主に事情を説明して萌える。
 ノーマルカップリングはいい。でも、BLもいい。萌えられる範囲が広いと楽しさ倍増だ。
「殺人事件じゃなくてよかったね、ユウジ」
 美樹は肩に手を伸ばし――空振りした。
 気づけばサニーデイの相棒がいない。どの段階ではぐれたのか。
 思い出そうとあせるほど、記憶が不鮮明になっていく。
「ユウジー!」
 美樹は慌てふためき、本部へ向かった。





                      >>>『夏とバッキーと私の取材』へつづく

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。

お任せの言葉に甘えて、99%捏造させていただきました。
男子更衣室は記録者の趣味です。ただの趣味です。
裸もただの趣味です。眼鏡男子もた(以下略
公開日時2008-09-17(水) 19:00
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