★ 漣 ★
クリエイター町井慧(wycr8570)
管理番号727-7385 オファー日2009-04-11(土) 13:28
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

 眠たい午後の空気、行き交う人々の笑いさざめく声、頭上で揺れる緑。
 銀幕市。それが今自分の住む町。ここで自分の生活が展開され、ここで日々が過ぎていく。

 黒く焦げた空、金属の冷たい輝き、彼を狙う銃口、怒声、悲鳴、爆音。
 灰色の世界。
 彼が元いた所と、この世界とではすべてがあまりにも異なっていた。

 それに、自由すぎた。

 誰も彼を管理しない。誰も彼を追ってこない。誰も彼に指示を求めないし、決断を迫ることもない。
 誰も、何も。

 突然放り出された平和と自由の中で、ファレル・クロスは戸惑いを覚えずにいられなかった。
 彼を取り巻いていたすべての敵、すべての疑問、悩み、苦しみ――そういったものが、逆に自分を定義づけていたような気さえする。
 今自分が、実体化した「ムービースター」としてどう生きていけばいいのか、まったく見当もつかなかった。

 それでも、彼が他人に頼ることを知り、心を開くことのできる性格であったなら、話はまた違っていたのかもしれない。
 だが、ただ戦場に立つためだけに、まさに道具のように育てられてきた彼にとって、そんなことはほとんど芸当の域に近かった。
 元の世界には反政府の思いを同じくする仲間が確かにいたが、ファレルは彼らを濃淡のない理性的な目でしか見ていなかった。そういった意味では、彼は絶対に個人的な感情に流されることのない、理想的なリーダーだった。

 そんな自分の在り方について、正しいとも間違っているとも思わなかった。今もどちらだとも思わない。
 ただ、突然別の世界に「実体化」することになって、その世界があまりにも生まれ育った世界とかけ離れて平和だったことが、幸せなのか不幸せなのかわからなかった。

 この町に実体化してからまだ日が浅いから、単に慣れていないだけなのかもしれない。
 そう考えるのが最も筋が通っている。
 だが、慣れていけばこの違和感が消えていくものなのかどうか、あるいはこの今いる世界に慣れていくべきなのかどうかも、今の彼にはわからなかった。

 小さなため息をひとつ逃して対策課を出ようとすると、背後からぱたぱたと軽い足音が迫ってきた。

「あの……」

 遠慮がちな声に呼び止められて、ファレルはゆっくりとそちらのほうを振り向いた。
 その先で、やや上目遣いに彼を見ている少女の、緑色の瞳と出会う。
 彼女――コレット・アイロニーと会うのはこれが初めてではない。
 出会いは劇的でもなんでもなかった。対策課に居合わせ、ふと目が合ったら向こうがちょっと首を傾げるように挨拶し、微笑みかけてきた。
 その後、何ごとか話をしたような気がするが、内容はあまり覚えていない。彼女のほうからいろいろと尋ね、ファレルが一言、二言で短く答える。あとは沈黙が流れているような、果たして会話と呼べるのかどうか疑わしい一方的なものだった。
 不愉快だったわけではない。ただ、そんな他愛のない「普通の会話」に慣れていなかった。

「また会ったわね」
 少女はにっこりと笑った。
 ファレルのほうは「ええ」とだけ返した。

 だからどうしたのだ、と思った。
 この少女が何を思って話しかけてくるのか知らないが、たまたま対策課で一度か二度出会っただけなのだ。別に追いかけてきてまで挨拶をしてもらう必要もない。どうせ会話らしい会話にもならないのに。

「あの」
 コレットはそこで何度かまばたきをして、それからすっと息を吸い込んだ。
「道、こっちよね。私もなの。……もしよかったら、一緒に帰らない?」
 ファレルは思わずコレットの顔を見つめた。
 だが、一瞬の後にはふいと視線をそらせていた。
「寄るところがありますので」
 その言葉に、コレットの表情が残念そうにふと翳った。
 コレットの唇が開きそうになるその前に、ファレルはすでに歩き出していた。


*****


 これといった理由もなく、ファレルの足は海のほうへ向かっていた。「寄るところがある」と言いはしたが、そんな場所などありはしない。もちろん、海に立ち寄らなければならない理由もなかった。
 だが、彼女がついてきている。対策課を出てほどなくそのことに気づいた。
 尾行しているというふうではなく、追っていいものかどこかで踵を返すべきなのか迷っているのだろう、そろそろとついてくる。
 それに気づいてもファレルは振り返ることもなく、かといって振り切ることもせず、彼女を無視するかたちでただ歩を進めた。
 だが、どうしたことか彼の足は家路から少しずつそれていった。

 なんとなくたどりついた星砂海岸。潮の香りとさざ波の音とがファレルを向かえる。
 そっと踏んだ白い砂は柔らかくその足を包むようで、ファレルはふと立ち止まった。
 それから、わずかにうつむいた。

 迷っているのか?
 私が?
 何に。

 ため息とともに潮風が通り抜けて、ファレルの髪を揺らしていく。
 急に厚い灰色の雲が太陽を隠し、浜辺に影が落ちた。

 ざわり、と肌が何かを感じた。
 砂上の空間が歪んだような気がして、ファレルはほんのわずかめまいのような感覚を覚えた。

 知っている。
 この、血と灰のにおいを含んだ冷たく淀んだ風。
 反乱を決めてから、常に晒され続けた冷酷な敵意。

 忘れられるはずもない。
 物心ついたときからファレルは政府の管理下にあった。特殊能力を持つ「兵器」として育てられた。だが、政府が道具として認識していた者たちは、人間としての心をもまた備えていた。自らの置かれた境遇に疑問を持ったファレルをはじめとする仲間たちは、政府に対して反乱を起こした……。

 その政府の機械兵を眼前にして、最初に浮かんだ感想は「まさか」だった。
 何度も襲撃し、また襲撃されたいわばなじみの相手だが、よもや別の世界でまで出会おうとは。

 偶然に過ぎないのだろうか。
 それとも――ここまで追ってきたのだろうか?

 一瞬呆然としたファレルの背後で悲鳴が上がった。
 ファレルがはっとなって振り返ると、ここまでついてきていたらしいコレットが立ちすくんでいる。

「逃げなさい!」

 ファレルはコレットに向かって叫ぶと、自らは砂上を進んでくる機械たちと向き合った。
 機械兵たちは、ファレルをそれと見分けたのか不気味な隻眼を赤く輝かせる。
 的をこちらだけに絞ってくれるのならむしろ好都合。被害は最小限に抑えられるだろう。
 身構え体を緊張させながら、ファレルはどこか奇妙な懐かしさを感じていた。


 一方、コレットのほうは、逃げようにも足が思い通りに動いてくれなかった。
 巨大な昆虫のように地を這うものもあれば、武器を携えた人型のもの、何を模したものなのかわからないもの。いずれにせよその全てが、コレットの胸に言いえぬ嫌悪感を呼び起こした。
 その間にも奇妙な機械の軍隊はファレルを狙って攻撃を開始する。
 機械の赤い眼のようなものがきらめいたかと思うと、ずばりと音を立ててファレルの足元の砂が黒々とえぐれた。コレットはその狙いの正確さに思わず悲鳴を上げたが、ファレルがまだ動いているのを見てほっと胸をなでおろす。ほどなく辺りには焦げ臭いにおいが満ち始めた。
 次々と追ってくる銃撃を無駄のない動きでかわしていくファレルだが、攻撃に転じる余裕はないように見えた。そもそもファレルにはあの機械たちに傷をつけられそうな武器を携帯しているような様子はなかったし、数の面でも大きさの面でもファレルに分はない。
(ああ、このままでは……)
 コレットは息を詰めて見守るしかなかった。


 表情を崩すことはなかったが、ファレルは内心焦りを感じていた。
 機械兵を構成するマテリアルの分子配列がわからなかった。もしかしたらうまく思い出せないだけなのかもしれないが、それを記憶の表面まで引っ張り出すに十分な余裕がない。ビーチには身を隠せるような物陰もなく、敵をひきつけてくれる仲間もいない。
 認めたくはなかったが、混乱しているのかもしれなかった。
 体と頭とがちぐはぐな動きをしていた。体が覚えていることと頭が記憶していることとがうまく連携せず、判断も行動も彼が彼自身について持っているイメージよりも少しずつ遅れている。
 足場が砂浜だということも不利だった。砂場での戦闘にはほとんど経験がなく、柔らかな砂に思ったよりも足をとられてしまう。
 このまま逃げ回っていても埒が明かないのはわかっている。反撃に出なければ。
 ……だが、どうやって。
 自分はこれまで、あの世界でどうやって政府軍とやりあってきたのだろう。
 ファレルの胸をふと仲間たちの顔がよぎったときには、また新たな一撃が顔面近くに迫っていた。
「!」
 反射的に横様に倒れこむようにしてかわしたところへ、砂を掻き分けて機械兵が距離を詰めてくる。
 砂を押して身を起こそうとしたファレルを、走り寄ってきた者が支えた。
「ファレルさん! 大丈夫ですか!?」
 気遣わしそうに覗き込んでくる緑色の瞳と目が合ってファレルは驚いた。
 彼女はもう逃げたものだと思っていた。たとえ逃げていなかったとして、こんなところへ走り込んでくるなど、ファレルにとってはほとんど理解の範疇を超えた行為だ。
「何をしているんです、早く逃げなさい!」
 思わず強い口調で言いつけたが、コレットは少し困ったような微笑を浮かべて首を振ると立ち上がり、ファレルをかばうように敵の前に立ちはだかった。
 華奢な背中にかかる長い髪が潮風に揺れるのに目を奪われたのも束の間。


 全てがほどけていく感覚。全てをほどいていく感覚。
 ひとつひとつの繋がりを断ち切り、再び結びつけて、変える。
 たとえば風。たとえば水。

 たとえば、もしかしたら。
 世界との関係。

 自分という存在。


 虫のような機械兵の足が迫ってきても、コレットは後悔していなかったし逃げようとも思わなかった。
 走り出てくるまではあんなに震えていた体が、今は嘘のようにしっかりしていた。
 機械の軍隊が怖くないわけはなかったが、ファレルを見捨てることはできなかった。
 おかしなものだな、と少し思う。
 何度か出会って言葉を交わしたとはいえ、ファレルのことは何も知らないに等しい。
 限りなく赤の他人に近い人なのに。頼まれたわけでもないのに。
 唇の端にちょっと笑みさえ浮かべたそのとき、耳の奥がキン、と気圧の変化を感じ取った。
 強く塩気を含んだ風とともに吹きつけられてきた細かい雫が頬に冷たく、コレットは思わず海のほうに目をやった。

 凄まじい風が海上に巻き起こった。
 穏やかだった海が突如表情を変え、高波がものすごい勢いで浜辺へと押し寄せてくる。
 コレットの背をはるかに上回る波頭から、砕けた波の欠片がばらばらと降り注ぐ。
 迫りくる波に目が釘付けになったまま、口元を両手で覆い息を呑んだとき、背後から強く腕を引かれた。
 振り返った瞬間、ほんの一秒にも満たない間、ファレルの視線と交差した。不思議な力と輝きを宿した紫色の瞳が掠めてゆき、引かれた強さから考えると驚くほど柔らかに抱きとめられた。
 何が起こっているのかはっきり把握するより先に、視界に真っ青な色が広がった。


*****


 潮が引いていくと、ファレルは大きく息をついた。前髪からぽたぽたと海水が滴り落ちていく。
 機会兵のほとんどは先ほどの高波に呑まれて波に洗われているか、砂にめり込んで残っていてもばちばちと致命的なスパーク音を時折響かせるだけだった。
 ほとんど能力の暴走といってもいい。その代償としてひどい脱力感を覚えるとともに、自分のやったことの恐ろしさを思うとため息をつかずにいられなかった。
 自分たちが助かったのも、機会兵たちより少しばかり浜側にいただけの話で、なんらかの計算の結果ではなかった。ほんの少しのことで、2人とも海に流されていたとしても不思議はなかったのだ。
 だがともかく、とファレルは少女のほうに目を落とした。

「……大丈夫ですか」
 ファレルは遠慮がちにコレットに声をかけた。
「は……」
 コレットはその声で我に返ったらしく、唐突に身を起こして立ち上がり、先ほどまで機会兵がいたほうへと振り返った。
 だが、そこにはもう脅威となるべきものは何もない。
「あら?」
 わずかに首をかしげた後、コレットは再びファレルを振り返る。
「もういないみたい、ね」
 それから今気づいたみたいに、「びしょぬれになってしまったわ」とスカートの裾や髪をきゅっと絞った。
 折りしも厚い雲が切れた。
 陽光が波をきらめかせながら海面を走り、そして砂浜の2人のところまで届いた。
 砂上にきらきらと零れ落ちていく雫を見つめながら、ファレルは心をよぎった質問を思わず口にしていた。彼にしては珍しいことだったが、考えるより先に言葉が口から滑り出していたのだ。
「あなたは、どうして……」
「え?」
「あなたはどうして、こんなことを?」
 非難するつもりはなく、まったく純粋な質問だった。
 こんなに純粋に何事かを不思議だと思ったことは久しぶりなぐらいに。
「私にもわからないの。こういう性分なのね。ただ――」
 わずかにうつむくコレットの次の言葉をファレルは待った。
 彼女の話を聞きたいと思った。
「ただ、あなたは誰かを呼んでいるような気がしたの。あなたは私を呼んだつもりはないかもしれない……別の誰かだったのかもしれないし、誰も必要ないと思っているのかもしれない」
「……」 
「でも、あなたは一人じゃないのって、そう言いたかった」
 それだけよ、とまた笑って、コレットはまだ砂上に腰を下ろしたままのファレルに手を差し伸べた。
 これまでなら、そんな手助けは必要ないと思ったかもしれない。今も、彼女の手を借りなくても何の苦労もなく立ち上がることはできるだろう。
 だが、自分でも驚くほど素直に、自然に、ファレルもまた手を伸ばした。

「ありがとう……コレットさん」

 初めて彼女の名前を呼ぶのにちょっとした努力を要した。
 その表情を見てコレットは何か言いたげに唇を開きかけたが、結局それを言葉にすることはなくただふわりと微笑んだ。

 ――ファレルの口元にほんのわずかに浮かんですぐまた消えていった、あるかなしかの柔らかな笑みに応えるために。



<了>

クリエイターコメントこのたびは素敵なオファーをいただきまして、ありがとうございました。
お二人がお近づきになるきっかけということでかなり緊張しましたが、魅力的なお二人を書くのはとても楽しかったです。

少しでもお気に入っていただけましたら幸いです。
ありがとうございました!
公開日時2009-05-04(月) 19:00
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