★ りんごのうさぎ ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-6164 オファー日2009-01-02(金) 00:23
オファーPC コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゲストPC1 植村 直紀(cmba8550) エキストラ 男 27歳 市役所職員
<ノベル>

 冬は寒い。しかし目が痛くなるような真っ白な曇天の空を見つめて、コレット・アイロニーは微笑んだ。この白色は自分のバッキー……トトの色と同じだ。手袋をはめた手に真っ白な息を吹き込んで暖め、早足で彼女は街を行く。彼女の目的地は市役所だ。――普段からよく顔を出していて、日課になっているといっても過言ではない。対策課でいくつか依頼を受けたこともある。対策課と思い出して、彼女はほんのわずか、マフラーの下の口元を緩めた。
「植村さん、いるかな……」
 ――まあ彼はそこの職員だから、おそらくそこに居るだろう。それでも慕う人物が向かう先に居ると思うと、つい心が弾むものだった。緑の瞳を嬉しげに細めて彼女は歩を進めた。吹き抜けて行く冬の風が、軽やかに彼女の金の髪を揺らす。

 *

「え、休み……ですか?」
 いつもより少し広く見え、そしていつもより少し忙しなく人々が動いている対策課のカウンタの前で、コレットは聞き返した。
「ええ、植村さんなら、風邪なんで一日休暇くださいって朝電話が」
「そうなんですか……」
 答えてコレットは対策課の中を見渡した。書類仕事からちょっとした雑事まで、ひとり抜けただけで対策課は大わらわだ。いや、常に大変そうなのだが、現場責任者の不在はそれに拍車をかけているように見えた。
「私、仕事手伝いましょうか? 市役所の大事な情報にかかわることはできないけど、人の対応やちょっとした書類作りなら出来ますし」
 思い切ってコレットが申し出ると、職員がぱっと顔を輝かせた。
「あっ、本当? 助かるわぁー。とりあえずカウンタの対応お願いして良い?」
「わかりました」
「明らかに対策課っぽくない人は他に回して、相談があるって言われたら職員捕まえてもらっていい? 住民登録は紙がここにあるから、埋めてもらうようにお願いしてくれる?」
「ええ」
 にっこりと頷いて、コレットはカウンタの内側に回った。

 対策課を訪れる人は多い。改めてその仕事の多さに触れ、目の回るような業務の一端に触れてコレットは対策課の大変さを思い知った。
「あの……落としものをしてしまって」
「ええと、遺失物は別の課の管轄ですが……何を落とされたんですか?」
「それが、私の映画とともに出てきた呪いの日本刀で」
 とか、
「どうされました?」
「それが、ええと、なんだっけ……?」
「ではそちらの椅子でとりあえずお待ちいただくということで――」
 とか、すごい音がしたから何事かと思って振り返れば紙の雪崩が起きていて。
「だっ、大丈夫ですか!?」
 雪崩れた中から書類を拾い集めて積み上げる。最近起こった事件の記録らしい。
「あちゃー……、これくらい整理しとけばいいのに。あ、ありがとうございます」
「こんなにたくさんの書類……大変ですよね」
 しみじみとコレットは呟いた。結局日本刀を無くした人は一応落し物係の方を確かめるよう勧めたら見つかったらしいし、何をしに来たのか忘れていた人は下水工事で何か奇妙な物音が聞こえる気がすると曖昧なことを言っていたが職員が対応したようだった。
「た、対策課って……大変ね」
 これ以上呟く暇すらない。また訪れた人にコレットは笑顔を向けた。……大変だが、誰かの力になっていることが、とてもやりがいになる仕事だ、とも思った。

 *

「アイロニーさん、お疲れ様。ありがとう」
 ようやく対策課を訪れる人がやや減った。みんなのためにコーヒーを配っていたコレットは、その声に顔を上げる。
「ごめんね、もしかしたら予定があったかもしれないのにご厚意に甘えちゃって。一応ひと段落したから、もう大丈夫よ。――本当にありがとうね」
 笑顔で頭を下げられて、コレットは慌てて手を振った。
「そんな……私だっていつも対策課にお世話になっているんですから」
 言ってから、ふと思いつき、微笑んだ。
「――じゃあ、業務時間まだあるのが心残りですけど、ちょっとお先に失礼させていただきますね」
「ええ。ありがとう」
 その言葉を背に受け、コレットは軽やかに対策課を後にした。『いつもお世話になっている』人はまだ、一人いる。

 *

 ためらいつつもドアベルを鳴らす。思うより早く室内で反応があったが、顔を出したのは予想と違う顔だった。
「あ、もしかして君もお見舞い?」
 コレットを見て微笑むその顔には見覚えがある。確か、市役所の職員、だろうか。彼は室内を振り返ると奥に声をかけた。
「植村さん、お見舞いの子、来てますよー。対策課の方は皆で何とかしときますんで、とにかく完全に、風邪、治してきてくださいね!」
 そう言ってからドアを押さえてコレットを通すと、失礼しますと言って彼は帰っていった。――そう、ここはその風邪でダウンしている植村直紀の自宅、である。相変わらず片付いていない、良くも悪くも『らしい』部屋。
 お邪魔しますと声を掛けて上がると、
「……ああ、あなたでしたか」
 ちょっとびっくりしたように、半身を起していた植村が呟いた。寝ていたらしいその傍らには何やらいろいろ積まれていて、それが今まで来た人たちの見舞品らしいと気付く。
「お見舞いに来ました。……あの、植村さん、何か食べました?」
 そっとコレットが訊ねると、彼は考えるように眉根を寄せた。喉がやられたのか、声は声量が無くかすれている。
「ええと……いえ、食べてません」
 そんな気がしていた。高熱を出したと聞いて、それを心配していたのだ。食欲はと聞けば、あまりない、と返ってくる。
「キッチン借りますね。……あ、植村さんはちゃんと寝ててください」
 鍋を探し出し、手際よく粥を作る。栄養を取らなくてはならないので、何か野菜はないかと冷蔵庫をのぞき込み、小さめに刻んで一緒に入れる。ふと振り返った時に、見舞品なのだろう、リンゴが目に入った。果物の方が、食べやすいかもしれない。粥の様子を見てからリンゴを取りに行くと、おとなしく植村は寝ていた。
 あれだけの仕事を日常的にしているのだ。こんな時くらいゆっくり休んでほしい。そう思いながら寝顔から目を離して包丁を握る。いつもより幅を薄く切って、リンゴはすぐぼけるから塩水に通さないと――

 *

「植村さん」
 そっと小さく声をかけると、植村が目を開けた。――もしかしたら実は寝ていなかったのかもしれない。
「簡単なものですけど、お粥作りました。食欲なくても、少しは何か口に入れないと」
 鍋から椀によそった粥に、探しだしてきたれんげを添えて手渡す。受け取って僅かに口に運ぶと、それでも植村は微笑んだ。
「ありがとうございます。美味しいですよ」
「……ありがとうございます。あの、無理して食べなくてもいいですからね?」
 慌てて付け足すコレットに、植村がくすりと小さく笑う。
「さっきと矛盾してますよ」
 返答に詰まって、コレットは先ほど切ったリンゴを取り出してきた。それは柔らかな曲線でできた、兎。
「果物の方が食べやすければ、リンゴも剥きましたから」
「ありがとうございます」
 しばらく彼が椀を開けるのを見つつ、コレットは口を開いた。
「――植村さん」
「はい?」
「いつもお疲れ様です。……それと、ありがとうございます」
 だから、今日くらいはゆっくり休んでください。空になった椀を受け取る。さくっと爽やかな音をたててリンゴにフォークを刺すと、かわりにそれを差し出した。植村の方を見れば、なにやら受け取ったリンゴを見て困ったように彼は首をかしげている。
「あ、もしかして、リンゴ苦手でしたか……?」
「いえ、そうではなくて――」
 すこし言い淀んでから、彼は微笑んだ。
「リンゴの兎って……どこから食べていいか困りませんか?」
 その言葉に、コレットは思わず笑みを浮かべた。

 それは束の間の休息。二人して少し笑った後に、やわらかな沈黙が落ちた。





クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-01-12(月) 17:20
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