★ 白い色をした初夏の影 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-6322 オファー日2009-01-12(月) 16:35
オファーPC 有栖川 三國(cbry4675) ムービーファン 男 18歳 学生
<ノベル>

 有栖川三國は、もふっとベッドに突っ伏して小さく呻き声を上げた。疲れたのだ。もともとあまり体力もない方で、運動もあまりできる方ではないので余計に体力がなくなっていくというちょっとした悪循環の中にいる。しばらく突っ伏していると、もそもそと彼のバッキー……ミッドナイトのミナが着ていたパーカーのフード部分から這い出て来て、しょうがないなという様に彼の頭に乗っかった。三國はそれに少しだけ笑うと、ミナを掴んで起き上がる。身を起こした拍子に、足が何かにぶつかった。それは一本のDVDだ。何気なくそれを持ち上げて、指先をのばすとプレイヤーの電源を入れてセットし、プロジェクタのスイッチを入れて再生ボタンを押す。窓の方に腕を伸ばして厚手のカーテンをひくと、大して広いわけではないその部屋は、小さな劇場に変わった。それは慣れた仕草で、何の気なしにしたことだった。友人に借りてきた映画か何かだと思ったのだ。

 ふつんと唐突に、スクリーンに光が宿った。

「あ……」
 スクリーンにするために壁一面に張った真っ白な布に、広い草原とその先に見える街が浮かび上がる。それは水路の張り巡らされた、煉瓦造りの街。そこへ向かう一人の青年が、荷物を背負いなおして歩き出した。声はない。風と草のすれる音と、その初夏の輝きのように跳ねるピアノの高音だけだ。それは慣れた絵柄のアニメーションだった。繊細な、線の細い絵で紡ぎだされる物語。
 ピンで留められたように三國はぼうっとその画面を眺めていた。これは、確か――

 ◇

 水路の橋の上で、白いワンピースの裾を風に揺らして少女が歌う。その歌声は青年の足を止め、その灰色の瞳を少女へと向けさせる。目が合った少女は微笑み、青年は少し戸惑うような表情を見せた後、つられるように微笑んだ。少女は、日に透かすと琥珀色になる茶色がかった長い黒髪を押さえて、橋を降りてくる。戸惑う青年の腕を掴んで、彼女は駆けだした。

 ◇

 そのアニメーションは、イラスト自体はどこか凡庸ではあるが、画面構成や編集はそれなり。それは、彼が以前作ったアニメーションの短編映画、だった。しばらく前のもので、すっかり存在を忘れていたのだ。淡い色彩で彩られたそのムービーは、やわらかく物語を紡いでいく。なにか気になるのか、肩と頭のあたりでうろうろしているミナを頭の上に載せてやりながら、三國は呟いた。
「懐かしいな――これ、ミナに会う前に作った……」
 そう、沢山の友人と会う、前の自分。……物語の青年はどこか、三國に似ていた。その物語は、心を通わせた少女と青年が、けれど最後には別れる。少女が似るのは、両想いだったのに別れた彼女。別れてしばらくしてから、作ったものだったことを思い出す。

 白いワンピースの裾が、軽やかにはためく。光の粒が、ゆらりと煌めいた。

 いつから彼女のことを忘れたのだろう。完全に忘れることこそ無いだろうが、普段そのことを意識しなくなったのはいつからだろうか。あんなに、大切な記憶なのに。
 ――寝てしまったのか、丸くなったミナが頭の上から落ちてきた。それに苦笑してバッキーを傍らのクッションに降ろしてやる。人に比べて小さな、夢を食べる生き物。もしいずれ銀幕市の魔法が解けたら、それすらそのうち忘れて日常が過ごせるようになってしまうんだろうか。……あの夏の夜の夢も、銀幕を抜け出して隣に並ぶ、あの笑顔も。この小さな生き物のことも、一緒に過ごした時間のことも思い出すことなく、日々を。

 もしかしたら魔法は解けないかもしれない。三國は仄明るく輝くスクリーンに瞳を細める。でも、もしそうなったとしても自分は一生この街にいるのだろうか。ここへは映画を学ぶために来た。もちろん自分のホームタウンのように思ってはいるが、ホームタウンではない。――そしてこの街の外に、魔法はない。

 ◇

 少女は微笑む。消えゆくその姿に指を伸ばす青年は痛みを感じたように瞳をゆがめた。やわらかい笑顔を向けられて、青年は無理に笑顔を作ろうとするがうまくいかない。

 ◇

 そのときも自分は、こんな風に痛みを覚えるんだろうか。なんだか考えることに、現実味が無かった。夢の神の子の魔法は今でも続いている。……あれから、ずっと。そしてきっと、これからも。
「その時にならないと、わからない、か」
 ただの白い布に戻った部屋の壁を見つめて呟いた。傍らでは、ミナが目覚めて(あるいは丸くなることに飽きて)のたのたと起き上がる。その黒い塊を抱きあげて肩に乗せると三國は立ち上がり、カーテンを引きあけた。ついでに窓もあけると、身を切るような風と、夕焼けの真っ赤な輝きが部屋に満ちる。

「とりあえず、明日頑張ろう」
 吹っ切れたようにふと微笑むと、彼は窓を閉じた。

 季節は冬。部屋に一瞬だけ現われた初夏の残像が、夢のように掻き消える。残り香のように、消し忘れたプロジェクタの電源が黄緑に輝いていた。




クリエイターコメントオファーありがとうございました。
お楽しみいただければ、幸い。
公開日時2009-01-14(水) 19:50
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