★ ハッピィ・スノゥウィ・ナイト ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-6321 オファー日2009-01-12(月) 14:22
オファーPC コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゲストPC1 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
<ノベル>

「昨日からずっと雪が降っているのね……」
「うん、寒いわけだ」
 二人して傘をさして、並んで歩く。まだ明るい時間なのに、やや薄暗く見える空を眺める金髪の娘は、コレット・アイロニー。マフラーに首元をうずめ、白い息を吐き出しながら相槌を打つ銀の瞳の青年は、梛織。二人はビニール袋を手に提げて、冬の銀幕市を歩いていた。年始も過ぎてしばらくした市街は、ようやく落ち着いた雰囲気を取り戻し始めている。街灯といくばくかの窓から漏れる明かりが、空から落ちてくる雪を映しだしていた。
 角を曲がり、二人は一つの建物のドアを押しあける。そこはコレットの暮らす児童養護施設だった。――今日は、少し遅めのバースディ・パーティだ。

 *

「俺、何手伝えばいいかな?」
「今日は梛織さんの誕生日のお祝いなのよ?」
 キッチンに入って手早くエプロンをかけているコレットに梛織が訊ねると、彼女はくすっと笑いながらそう言ってきた。しかしその後に屈託なく微笑み、でも、手伝ってもらっちゃおうかな、と付け加える。
「材料を量るのだけど、一緒にお願いできる?」
「ああ、任しといて」
 秤を並べて、小麦粉やチョコレートの袋を開けて量っていく。卵を溶いて、バターを切り分けて……
「こっちのチョコレートは?」
「そっちは飾りに使うの。スプーンでこうやると、くるくるってなるでしょ?」
「おおー、ホントだ」
 生地を型に流し込んで、オーブンで焼く。あとしばらくすれば、香ばしいチョコレート・ケーキの香りが漂ってくるだろう。
 何気ないことを話しながら使った道具をいったん片付けているうちに、オーブンが鳴った。あたりに、軽やかで優しいチョコレートの香りが満ちる。
「……焼けた?」
「綺麗に膨らんでる。これならきっと大丈夫」
 少し心配そうな表情を見せた梛織に、コレットが微笑みかけた。焼けたケーキを取り出して中ほどで割ってこれまたチョコレートクリームとフルーツを挟み、外側もチョコレートホイップと削りだしておいたチョコレートで飾れば、チョコレート・ケーキの完成だ。
「はい、出来上がり」
「おおー! 美味しそう」
「んーと、じゃあ来客室の方に行きましょう。あそこはテーブルもあるし」

 *

 来客室のテーブルにケーキを置き、二人がそれぞれにソファに腰を下ろしてから、あれ、という様に顔を見合わせた。何となく、さっき買ってきたはずだったのに何か足りない気がしたのだ。
「……あれ?」
「あっ、蝋燭だわ! やだ、私ってば」
 ぽむっとコレットが手を叩いて立ち上がる。今にも駆けだそうというのに慌てて梛織が、
「あ、俺とってくるよ」
「駄目。梛織さんは蝋燭を消さなくちゃいけないんですもの」
「え? あ、うん」
 立ち上がりかけて何となくまた座らされてしまった。まぁ、いいかと思いながら梛織は小さく微笑んだ。まさか、こんな風に祝ってもらえるなんて考えていなかったのだ。誕生日は確かに去年の終わりと共に過ぎてしまっているが、ケーキを焼いて祝いたいと言ってくれた彼女の暖かさが嬉しかった。

 と、その時唐突に、明かりが消えて暗闇が訪れた。

「……あら?」
 ちょうどその時キッチンを出たばかりだったコレットは慌てて窓に駆け寄り、外を確かめる。――暗がりに沈んだ街は、いつもと違う静けさを持っていた。停電、らしかった。持っている蝋燭に火を点けようか……一瞬そんなことを考えてから、懐中電灯を取りに行くために彼女はキッチンに戻った。いざというときのために備え付けてある懐中電灯を手にすれば、僅かな明滅のあと、頼りない控え目な白い輝きが暗闇に沈んだ室内を丸く切り取って浮かび上がらせる。
「電池が……梛織さん、大丈夫かしら」
 来客室に残してきた青年のことを思い、こんな懐中電灯でもないよりはましとコレットは足早にキッチンを出た。来客室はそう遠くはない。懐中電灯の明かりを頼りに廊下を駆けて行くと、ちょうど来客室を出てしばらくした梛織と鉢合わせた。
「コレット嬢、大丈夫?」
「梛織さんこそ、明かりもなにもないのに」
「いや……ヒューズが飛んだのかと思ったんだけど、停電みたいだね。雪の所為かな」
 窓から外を窺いながら、梛織。ええ、とそれに頷いたコレットは、手元を見て声を上げた。手の中の懐中電灯が、弱々しげに光をちかちかとさせたあと、ふつんと消えてしまったのだ。
「あっ、懐中電灯が……」
「あー……。電池切れかな?」
 梛織ものぞき込みスイッチをカチカチ言わせるが、電球は一瞬ついただけでまた消えてしまった。窓の外は、少ない月明かりに雪が輝いてうっすらと仄明るい。ガラスの向こうで音もなく踊るように雪が落ち、ただ声もなく並んで立ちつくした二人の周りを静寂で満たした。
 ――どれだけ時間がたったのだろう。じじっ、と短い音がして、廊下に明かりが灯った。

「あ……戻った」
「良かった。あまり長く続いたらどうしようかと思ったわ」
 安心したように息をついて、二人は顔を見合わせるとくすくすと互いに笑いだした。なんとなく、特に理由もなく。けれど、その笑みも二人で来客室に戻ってから途切れることとなる。
「あ、あれ?」
「あら?」
 来客室に戻ってきた二人の目の前から、忽然とチョコレート・ケーキが姿を消していたのだ。
「停電前はあったのに」
「誰かのいたずらかしら……?」
「とにかく、部屋の中を探してみよう」

 *

 来客室の隅々まで探してもケーキは見当たらない。仕方なく来客室を出てケーキの探索を始めた梛織は、すぐに犯人と遭遇することとなった。
「あーっ、こらっ!」
 それは広間の方の隅にこっそり隠れていた少年で、ケーキを隠し持ったまま小さくなって身を隠していたのだ。
「人のものとっちゃいけない、って言われなかったか?」
 相手が子供ではあまり強引に出ることもできず、梛織はなんとか言い聞かせようと腰に手を当てて考えた。と、そこにぱたぱたとコレットがやってくる。
「見つかったの? ……あら」
 コレットはケーキを抱える少年を見つめた後、口を開こうとした梛織の腕に触れて制止し、少年の前にしゃがみこんだ。
「あのね、人のものを黙って持って行っちゃうのは、いけないことなの。……今度からは、欲しかったら欲しいって言わないとだめよ?」
 そうしてから、彼女はにっこりと微笑んだ。
「食べたいのなら、それはあげるわ」
 彼女はそのまま呆気にとられている梛織の腕を取って歩きだした。そうして、彼に向ってにっこりとして見せた。
「材料はまだあるし、もう一度作ろう」

 *

「今度は、私の部屋のほうがいいのかも」
 また二人で作りなおし、結局残っていた材料でできたのは先ほどのより一回り小さいケーキ。私室に勝手に入る子はいないから、とコレットはケーキを抱えて苦笑しながら言った。扉を開いたその部屋は、いかにも彼女らしい部屋。
 小さなテーブルにケーキを乗せ、蝋燭を立てる。電気を消して火を燈すと、それは小さいながらも暖かく揺らめいた。
「ハッピィ・バースディ・トゥ・ユー」
 リズムに合わせて手を叩いて、コレットが歌を口ずさむ。
「少し遅くなったけど、誕生日おめでとう」
 促されて、梛織が一息に蝋燭の明かりを吹き消した。暗闇の中に、ぱちぱちという小さな拍手が響く。
「おめでとう、梛織さん」
「――ありがとう」
 照れたように少し笑って、梛織が口を開いた。ぱちりと部屋の電気を入れ、コレットはまた腰かけた。ケーキにナイフを入れ、切り分ける。
「梛織さん、こことこれとどっちが好き?」
「えーっと……そだな、こっち」
「じゃあお皿に、と。はい、どうぞ」
「ありがとう」
 ポットから紅茶を注ぎ、フォークを手に取る。一口食べると、優しい甘い香りがした。
「うん、美味しい」
「良かった」
 ぱっと笑顔になった梛織に、コレットもにっこり微笑む。彼女も自分で一口食べ、顔を綻ばせた。
「コレット嬢、料理上手だよね。作ってる時も手付き良かったし」
 二口目を切り分けながら言う梛織に、紅茶のカップを手に取りながらコレットが微笑む。
「ありがとう。――でも、梛織さんも上手。手先が器用なのね」
「そうかな。……ね、得意料理とか、あるの?」
「得意な料理? うーんと――」
 頬に手を当てて小首を傾げる。得意料理や、普段よく作るもの、そんな料理の話から始まってどんどん話題が広がっていった。
「じゃあ、誕生日は二人で?」
「うん。……同じ日なんだよ」
「まあ、素敵」
 くすくすとコレットが笑う。ゆるやかに流れる時間。梛織はふと目にした時計が思わぬ時間を指していたことに気付いた。そのやや驚いた表情に気付いて、コレットも壁に掛けてあった時計を見上げる。
「あ……そろそろ帰らなきゃ」
「あら、もうこんな時間なのね」

 *

 雪はまだ降り続いていた。風が無くただ静かに舞い落ちてくる。うっすらと道に積もった雪は、誰も踏んでいないらしく跡一つない。そこを二人で並んで歩きながら、コレットは雪の降ってくる空を見上げていた。
「今年も寒くなったよね……」
「ええ」
 ふわり、と白い息を吐き出しながら梛織が微笑む。
「その前の年もそうだったし、きっと次もそうなるんだろうなぁ」
 次……来年。コレットは視線を空から引き戻して、隣で前を見ている青年を見た。マフラーに鼻先をうずめている彼は、時折白い息を吐き出しながらさくさくと雪を踏んでいる。その『来年』に、もしかしたら彼の姿が見えないかもしれないという思いが一瞬飛来して、コレットは小さく首を振った。来年は、そうしてみるとすごく遠くにも思えた。

「ありがとう、ここらへんでもういいよ。暗いから、女の子の一人歩きは危ないし」
 別れ際、梛織がそう言って立ち止まり、同じように立ち止まったコレットは、口を開いた。それに少し首をかしげて梛織が言葉を待つ。
「――来年も、またお祝いしようね」
 口を衝いて出たのは、その言葉だった。
「……うん。ありがとう」
 にっこりと微笑み、梛織が頷く。
「じゃ、約束だな」
「ええ、約束」


 ふわりふわりと舞う雪に、言葉が静かに染み込んでいく。
 来年への約束――それは近くて遠い、未来への祈りだった。




クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!
静かに雪の降る、幸せな一日。

楽しんでいただければ、幸いです。
公開日時2009-02-01(日) 09:10
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