★ 眼鏡と学生、ミステリー ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-8303 オファー日2009-06-12(金) 17:44
オファーPC 有栖川 三國(cbry4675) ムービーファン 男 18歳 学生
ゲストPC1 九条 遥那(cssz2869) ムービーファン 男 18歳 高校生
<ノベル>

 あれは確か、そう。
 魔法が解ける日まで、残された多くない時間のうちの、いつだったかな……

「あ」
「あ、こんにちは、お久しぶりです」
「おう、久しぶり」
 ぽやっと相手に微笑まれて、九条遥那は破顔した。綺羅星の図書館で借りた本を荷物に詰め、帰途につこうかと思ったところで、ちょうどドアのところで同時に取っ手へと手を伸ばした有栖川三國と目があったのだ。本を読みながら歩いていたのか、三國はページに指を挟んだハードカバーを片手にしている。互いにドアを譲り合うという微妙な現象のあと、二人は並んで歩きだした。
「……あ、それこの間出たばっかの新刊じゃん」
 人気作家の人気シリーズ、しかも久しぶりの書き下ろしハードカバー。遥那がそれに目を止めると、三國はどこか嬉しげにその本を示して見せる。
「発売前からリクエスト掛けといた甲斐があったってものです」
「何だその奥の手みたいな図書館の扱き使いようは」
「だってバイトしても気がつくと新刊買うお金が無いんですよー」
「まあ、それはわからんでもねーけどよ」
 余談だが、二人の財布の中身は大抵、本か映画に消える。本人たちはそれに気づいているのかいないのか、最近封切になったミステリー原作の映画の話で盛り上がり始めた。はたから見ると、括った灰色の髪から三連ピアスが覗き、服装もダメージ系をベースに流行を取り入れている遥那と、ゆるい癖毛の頭の上にバッキーをのせ、いつ見てもフードが背中で揺れている三國との取り合わせは、少し特異に見える。
「あのシーンは、セリフ、原作どおり言ってほしかったよな」
「あーそうですね。……もっというと、シーンの切り替え方がちょっと素直すぎた気が」
「切り替え?」
「ほら、原作だとフラッシュバックじゃないですか」
「あー! あそこな。うん。あれは俺も気になった」
 ミステリーの話とあればのめり込み、映画の話となれば現実は放置。ましてやミステリーで映画の話となると二人は周りなんてそっちのけで歩きながら話していた。なにも慣れた校内のこと、普段通りだったらそんな問題はなかっただろう。が。
「うわっ、み、ミナ!?」
「どうした? って、ヴェッダお前……ん?」
 頭を叩いても気付かない三國に業を煮やして、頭の上からずべっと顔にダイブして眼鏡を押し下げたミッドナイトのバッキーにわたわたしているのを横目に、遥那は、肩にやってきててちてちと頬を叩く、同じくミッドナイトのバッキーの方を向いた。と、そこでようやく、その『異変』に気づいたのだ。
「――こんなとこ、うちの学園にあったか……?」
「な、何がですか」
 ミナを頭の上に乗せなおし眼鏡を掛け直した三國が、言いつつあたりを見て口を開けた。そこは静かな空気が漂い、間接照明が壁に掛けられた絵画を照らす……美術館、だ。
「これは……ムービーハザード?」
「か、ロケーションエリアだよな」
 眉根を寄せる二人の前に、一枚の壁に留められた紙片が現れる。それは一見無意味な数字の羅列。そして、その紙片の端に記された小さなサイン。無論、二人はそれに見覚えがあった。
「これは――」
「アイツか!」

 *

「それ、自前ですか? ずいぶん大きいですね」
 バッグから眼鏡を取り出して掛けた遥那に、三國が首をかしげた。彼自身も常に眼鏡をかけているわけではないが、図書館にいたためか、スートの模様が入った黒いフレームの眼鏡をかけている。遥那はレンズが大きく何かを彷彿とさせるその眼鏡を押し上げると、にやりと笑って見せた。
「ん、オレの眼鏡。こういうのは形からだろ。なーヴェッダ」
 敬愛する探偵の名をもつバッキーに笑いかけ、遥那は気合を入れた。肩ではそのヴェッダが、大丈夫かなぁとでも言いたげに座っている。一方のミナ……ミッドナイトを名でも纏う三國のバッキーはと言えば、周りの風景にもう飽きたのか、彼の頭の上でうつらうつらしていた。三國が苦笑しながら暗号の書かれたカードをパタパタと振る。
「この美術館から出るには……」
「次の犯行現場を押さえてとっ捕まえるしかねーよな」
 この原因は捕まえるまで止まらない愉快犯みたいな怪盗。仕掛ける罠は数知れず、彼の残す謎が解けなければその姿を垣間見ることすらかなわない。……が。
「相手にとって不足なし、ってな」
 おそらくこの規模からして学園はまるごと巻き込まれているから、解決に乗り出した人も少なくないだろう。が、こんな胸躍る謎に直面してスルーなど、ミステリー好きの名がすたるというものだ。
「で、早速ですけどこれ、どう思います?」
「……単純に考えると何か番号か?」
「だとすると……電話じゃないし……」
「んー、例えば、展示作品の番号か?」
「あー、悪くはなさそうですね」
 何か考えるように首元から下げたペンダントをいじりながら三國が呟く。
「か、あるいは置換式暗号かも……」
「それもありそうだな。……ま、とにかくどっちでもいいから試しに行ってみようぜ。現場百回ってな。さっきの番号って解釈が間違いかどうかもまだ分かってねーんだからよ」
 言うが早いが、彼は駆けだし始めている。落とされまいと肩にしがみついたヴェッダが焦った顔で短い脚をもたもたさせていた。
「あっちょ、待って下さいよ!」

 *

 絵が展示されている区画を小走りに駆けて行く。額に収まった絵の下の説明書きに目を走らせながら進んでいた遥那は突然立ち止まった。その背中に鼻をぶつけて三國が小さく悲鳴を上げる。
「わわわっ」
「あ……悪ぃ。なあ、これどう思う?」
 それは仮の目当てとして探していた絵の額の前に、細い紐が垂れ下がっている。
「引いちゃダメな紐ですかね」
「引いてみるか」
「まあ……引かなくちゃわかんないものですけど」
 訝しげに呟く三國にちょっと下がってろといい置いて、遥那は紐の一番端を掴んだまま慎重に紐の真下から退いた。三國が天井を見上げるが、紐はそこにセロテープかボンドで張り付けたように高い天井から唐突に生えていた。遥那がぐっとひっぱる。――と、唐突にふつんとその紐は天井から切れて落ちてきた。
「……あ?」
「ん?」
 切れた紐の端が手中に残る。なにも起こらない天井を訝しげに見て、二人は顔を見合わせた。
「……ここはハズレってことか?」
「かもしれませんね」
 言いながら絵の方に近づく。二人で展示されている絵と番号とを見比べていると、不意にぎしりときしむ音がした。
「へ?」
「う?」
 二人揃ってはたと天井を見上げる。と、唐突にぱっくりと天井が開いて上から突然ざぱっと氷水が落ちてきた。
「わ、うわっ?! つ、つめた……!」
「っそ、なんだこれ……っておい、ヴェッダ!? 大丈夫か」
 肩で耳を垂れて平べったくなっているヴェッダに慌てて、遥那があごから落ちる雫を手の甲で拭いつつ掌の中にヴェッダを入れる。気絶してしまったかという彼の危惧に反して、バッキーは災難に遭ったという様にぷるぷると体を振った。その一方で、三國は背中のフードの方を見やりながら声を掛けた。
「ミナ? 起きてるか?」
 フードの中から、ひょこっとミナが顔を出す。なにかあったのとでも言いたげな表情である。安堵のため息をついて、三國は前髪から滴る水を拭いながら遥那の方に問い掛けた。
「どうします? ……ここ、『罠』だったみたいですし」
「いや、意外と無駄足じゃなかったぜ」
 彼がひらりと振って見せるのはずぶぬれだが前と同じデザインのカード。そこにはまた、別の数字が書き込まれている。
「その番号、どこですか?」
「さっき見たな……特設展示のあたりだ」
 前髪を掻き上げて遥那が呟いた。またペンダントをいじりながら、特設展示、と三國が繰り返す。
「何か共通項でもあるんでしょうか? 通った時は特に普通かなと思いましたけど」
「オレもそう思う。……あー、でも、見に行くしかねぇのか」
 後手後手に回っているのがもどかしいらしく、遥那が呻いた。三國も難しい顔で眉根を寄せていたが、それでもと言った。
「ここにとどまるよりはマシそうです。行ってみましょう」

 *

 駆け戻った特別展示のコーナーを見渡していると、ちょうど展示物に振られた番号が一つ、跳んでいた。すでに盗まれてしまったかと思えばそうではない。その欠番の作品があるはずのスペースに一枚のドアがあった。ドアの表面には何かフランス語か何かっぽいアルファベットで書いてあり、どうやらそれは一つの部屋を使った作品のようだった。
「うおお、怪しげなドアだなオイ」
「またいかにも系が来ましたね……」
 額に落ちてきた雫を拭って遥那が腕組みをする。気にくわないとでも言いたげに真鍮のノブを睨みつけていたが、ため息をひとつついて手を伸ばした。
「開けるか……」
「んー……! ですねぇ」
 似たような表情をしていた三國だったが、結局彼も納得がいかないという顔で頷いた。遥那はノブを掴むと、それを押しあける。中は不可思議な立方体と球の積み上げられた不可思議な空間になっていた。戸を開けたままの腕の下から三國が覗き込む。
「普通の展示ですね」
「ああ。……ったく、仕方ねぇ、入るか!」
 思いきるようにそういうと、彼は部屋の中に一歩を踏み出した。三國がそれに続く。中を見回す二人の後ろで、自重でか慣性だったのか、かちゃりとドアが閉まる。
「何もねぇじゃん」
「この展示自体がヒントの可能性は?」
「うっわ、暗号か……」
 かしかしと灰色の頭を掻く。立方体と球の組み合わせ、しかも色まであるとなるとこれだけで解ける暗号として成立しているとは思えない。
「ブックが必要な気がするぞ、オレは」
「グリル暗号ですかね」
 組み合わせようにもどれ一つとして同じパターンの組み合わせが無いのを見てとった三國が苦笑する。これじゃあ解ける暗号とは思えない。そしてこれが映画から現われた現象である以上、おそらくは本筋に関係ないフレーバーだ。出るか、と呟いた遥那が掴んだノブは、しかしびくともしない。
「……おいおい」
「え、本当ですか」
 三國もやってきてノブを引っ張ったり押したりするが、やはりびくともしない。飾りかとドア自体を押したりしてみるが、てんで効果なし。
「と、閉じ込められた……嘘ぉ」
 呆然と三國が呟く。遥那は一回だけドアに体当たりをしてみたが、肩が痛むだけだった。
「マジ?」
 
 *

 ぼんやりとした沈黙が落ちる。時折適当に積んで固定されている立方体をいじってみたり球をいじっては扉の様子を見に行くのだが、全く開く様子がない。
「映画じゃジョークの一つだけど、こうして見ると結構キツイなこれ……!」
「あー、嫌なこと思い出しました」
「何?」
 立方体の上にのっているヴェッダから視線を動かして遥那が問う。三國は曖昧な半笑いで続けた。
「これ映画に出てましたけど、ここに入った人たち、大団円の後まで画面に出てこないんですよ」
「っちょ、悲惨過ぎるっしょそれは!」
「どうやって出るかのヒントが作中にないのが痛いですね」
 そういってぼんやりあたりを見ていた三國だったが、突如小さく微笑んだ。その様子に遥那が眉をひそめる。
「何か思いついたのか?」
「いえ。でも、映画でトラップにかかった人のことなんて、こんなことなければ一生思い出せなかったなぁって、思っただけです」
「……魔法があってこそ、か」
 遥那も少しだけ笑って、そうしてからはたとヴェッダを見た。真っ黒なバッキーは、彼がこちらを向くのが分かっていたかのようにひたとつぶらな瞳を向けている。
「――魔法、解けるんだな」
 不意に遥那はぼんやりと口を開いた。
「……そう、みたいですね」
 応える三國は、レンズをぬぐうために外した眼鏡を、ぎゅっと手の中に握り込んだ。遥那は立方体の上から降りようと足をもたつかせるヴェッダに手を差し出していたが、掌に載ったそのバッキーを見つめて呟く。
「スターも、バッキーも、こんなに近くにいるって言うのに、消えちまうんだな」
 その言葉に、三國が球体の上で遊ぶのに飽きたミナを見つめて、瞳を細めた。
「ええ、……姿は」
 ミナがつるんと球体を滑って下の立方体にぺたんと落ちる。遥那が黙って待っていると、どこか祈るように三國は瞳を閉じた。
「思い出は残る、か」
 遥那がヴェッダを肩にのせてやると、小さな夢のいきものはそっとその頬に寄り添う。濡れて額に張り付く前髪がうっとおしい。それなのに頬にぴたりとくっついてくるヴェッダは、とても心地良かった。と、不意に目の前の立方体が不意に姿を消す。足場を無くして落下するミナを受け止めて、三國があたりを見回した。
「解けた……!」
「誰かが解除したんだな。悔しいんだけど助かったって言うか、助かったけど悔しいって言うか」
 気がつけばそこは音楽教室だ。置かれたグランドピアノを見やりつつ、二人はやれやれと言ってお互いに顔を見合せて、どちらともなしに噴き出す。
「っくく、あはは、しっかし災難だったよな」
「本当ですね……ああもう」
 バッキー二匹もお互い顔を見合せて、片方はほっとしたように、もう片方はつまんなくなっちゃったとでも言いたげにもそもそしていた。そんな小さな相棒を見つめ、ふとすれば別れを想って沈む心に、それでも唇の端に微笑を乗せて。
 二人は音楽室を後にして今度こそ帰路につく。

 笑顔で過ごせればいい。きっと。
 色も音も全て鮮やかに君を思い出す。
 その思い出の中に一番多く出てくるものが、笑顔であるように。





クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!
言葉がしゃべれなくても、想いはきっと伝わっている。

お楽しみいただければ幸いです。
公開日時2009-07-05(日) 20:40
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