★ 道楽博士のいつもの一日  ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-5618 オファー日2008-12-06(土) 14:24
オファーPC ルーファス・シュミット(csse6727) ムービースター 男 27歳 考古学博士
<ノベル>

  男の子って何でできてる?
  男の子って何でできてる?
  カエルにカタツムリ、子犬のしっぽ
  そんなもんでできてるよ


 アベルがやってきて、ベッドの端に手をかけ、身を乗り出すのは、主人に食事を求める合図だ。
 昼前にしか起き出してこない――当然、それまで食事のお預けになる――主人を持つアベルは不幸な犬だろうか? しかし、とうにそれが習慣化しているせいか、彼の瞳の無垢な輝きが翳ることはないようだった。
「ああ……、もうそんな時間ですか」
 欠伸を噛み殺し、ルーファス・シュミットは応える。
 極端な夜型で、おそらく低血圧であるルーファスは、日が高くなってからもそもそと起きだし、ベッドに半身を起しても、すぐにはそこから出ていけない。
 ことに、この季節は暖かなベッドから出るのはおっくうになるものだ。
 昨晩読みさしのまま眠ってしまったらしく、そばに投げ出されていた本を拾い上げ、いまだ半覚醒の状態で、それでも無意識に頁を繰っているうちに、いたずらに時間が過ぎてゆき、忠実なアフガンハウンドがやってきた。
 もちろんルーファス自身の胃も空腹を訴えていて……、この賢い犬は自分の食事もさることながら、主人が食事を忘れないがために呼びに来たのではないかと思わせる。
 のろのろとベッドを出て、とりあえず、愛犬のための食事を用意した。
 それからおもむろに、ルーファスは自身の身支度を始めるのだった。
 窓の外は冬景色。
 銀幕市の冬はロンドンのそれよりははるかに過ごしやすいけれど、それでも木枯らしは裸の枝を震わせる。
 ボウタイを締めながら、そういえば注文してあった本が用意できたと、昨日、馴染みの古書店から電話があったことをぼんやりと思いだしていた。

 散歩がてら、アベルを連れて近所のカフェへ出かけた。
 かつては、目が醒めれば執事が食事の用意もしてくれていたが、銀幕市ではそうはいかない。しょうことなしに、ルーファス自身が厨房に立つこともあるが(ルーファスのなにより強い味方である本たちがあれば、彼はたいていのことはできる――ということになっている)、店に出かけてしまえば片付きはいい。
 通りをのぞむ窓際の席で、フレンチトーストとカフェオレの遅い朝食。
 この店はペット同伴が許されているので、アベルは足もとに寝そべっていた。
(さて……)
 砂糖たっぷりのフレンチトーストを咀嚼し、脳に糖分が補給されるにつれ、ようやくルーファスの思考のエンジンが動き始める。
 まずは注文した本を取りに行こう。それからどうするか……、本日の予定を考える。対策課によってみてもいいが、本屋に行ったら余計なものも買い込んでしまうに違いない。どのみち一度は帰ってこなければならない。
 道楽博士と呼ばれるルーファスのありようを、言葉であらわすならば、いわゆる高等遊民というものだ。日々を好奇心の舵のままに、知の大海を漂っている。

 ★ ★ ★

「またとない出物だよ。まさか手に入るとはねェ」
 なじみの店主はそういって、古めかしい大判の書物をどすん、と置いた。
 埃っぽい店内は薄暗く、本だけでなくいろいろあやしげな品物で棚が埋め尽くされていた。いかにも好事家に好まれそうな店であって……というより、好事家の類しか訪れないような店だった。
 だいたい店の場所からして、古書店街のはずれの路地裏にある雑居ビルの細い階段を上った先の、わかりづらい看板しかかかっていないドアを開けた先なのだ。
 少なくとも、ふらりと通りすがりの客が入ってくる店ではない。
 それなのに、ルーファスは、実体化して間もないころのある日、「ふらりと通りすがりで」この店を見つけたというのだから恐れ入る。まさに好事家の嗅覚と言わずして何と言おう。
「本物なんでしょうね。いつぞやの『ナルディノフ草稿』ときたら」
「何を言うんだ。みろよ、あきらかに中世期の写本だろ。イタリアとリヒテンシュタイン国境の山中にある某修道院の地下書庫から発見されたのさ。入手経路はちょっと言えない約束なんだがね」
「イタリアとリヒテンシュタインに国境なんかあるもんですか。接してないんですから。……いや、しかし、紅茶で染めて偽装したわけではないようですね」
 ルーファスは、手袋を嵌めて、慎重に本を開いた。古々しい紙の匂いが鼻を突く。
 いまだ活版印刷がない時代に、一文字一文字手で写本された書物のようだった。あやしげな挿絵が随所に散らばる。
「状態はよさそうです。出所はともかく期待できるもののようですね」
「これだけじゃないよ」
 店主はにやにやしながら、次々に古書を取り出して並べた。
「これは!」
 眼鏡の奥で、ルーファスの目が輝く。
「『テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム3世の技法書』ではないですか!」
「さらに『辺獄の薬草全集・全8巻』、『被造物と霊質』、『原動天におけるエーテルの構造』、『幻獣進化論』……これだけ揃えば――」
「ホムンクルスでも造れそうですね」
「材料が揃えばねえ。あ、知ってると思うけど、パラケルススの方法はダメだよ。あれはわざとうまくいかないように書いてあるんだ」
「ええ、私もその説に同意です。……ひとまず、これはすべて頂きます」
「毎度あり」
 店主は嬉しそうに揉み手で応えた。電卓を取り出し、素早く叩いて見せようとしたが、ルーファスは目もくれず、他に掘り出しものがないか、棚から棚へ視線をさまよわせていた。
 埃っぽい床に寝そべって待っているアベルが、くしゅん、とくしゃみをひとつ。
 主人は店の一角に置かれている、引き出しの薬棚を勝手に開けて、なにか得体のしれない生物の干物やら、鉱石やら、粉末やらをあらためていた。
 まだ買物は終わりそうにない。
 その後、店主が入れてくれた奇妙な香りのお茶を片手にひとしきり話し込んでから、ようやくルーファスは重い腰を上げた。
「では帰りましょうか、アベル」
 彼は上機嫌だ。
 買った本は、全部合わせると相当な重さになる。大股に歩いて古書店街をあとにする、両手で抱えた本の塔が崩れないか、傍を歩くアベルは気が気でないが、こういうときに限り、ルーファスの痩躯は尋常でない体力を発揮するのだった。
 屋敷に戻ると、さっそく準備にとりかかるルーファス。
 何の準備か。……むろん、実験の、だ!

 机の上に積み上がっていた本をとりあえずどける。
 どけようとした先にもすでに先客の本の山があったので、そのまま行き場をなくして、床の上に積む。するとあとからその山を越えていった先の棚にある品物が必要になり、またごうとしたがついひっかけて雪崩を生む。それでもルーファスは気にせず、いそいそと机の上に実験器具を並べていく。
 蒸留器を一揃い。そして材料だ。
 ジャコウ、虫入り琥珀、乾燥アルラウネ、夜光キノコ、ネアンデルタール人の骨の化石、サラマンダーの消炭……。
 書見台に買ったばかりの本を開く。
「『テオフラストゥス(略)ホーエンハイム3世の技法書』は、錬金術の極意を、きわめて実践的にまとめた書物です」
 誰に聞かれるでもなく、ルーファスは虚空に語りかける。
「しかし、かれらにとってあまりに当たり前とされた事実については記述に省略がありますので」
 キャスターのついた黒板をがらがらと引いてきた。
「補う必要がありますが、どの部分を、何をもって補うか――、これについて、長年、隠秘学者の間で論争が続いているわけでして」
 見えない聴衆に向けて講義が続く。
 別の本を開いて、黒板になにやら書きつけていく。
「私の考えでは、霊液の調合については『被造物と霊質』の記述を参考にすべきであり、惑星霊の影響について算出するさいには『原動天におけるエーテルの構造』の計算式を用いるのがもっともよいと思うのです」
 天球儀を置いて、回しながら、アルコールランプに火を入れる。起きぬけの緩慢な動作からは想像もできぬくらい、やたらと手際がいい。
 るつぼの中で材料を混ぜ合わせる。
 ビーカーの中で、あやしい液体と合わせれば、それは形容しがたい色を発し、およそ嗅いだことのない匂いが部屋に漂った。
「ホムンクルス――人工的な生命の創造は、人類が求めてやまぬ永劫の命題のひとつです。しかし、正史においてはただの一人とて、それに成功したものの名をみとめることはできません」
 カッ、カッ、カッ、と、チョークの音。複雑な計算式が黒板を埋め尽くしていく。
「しかし、隠秘学の書物や、禁書、偽書の類は、中世の錬金術師たちの中には、その秘法に至ったものがあると伝えます。そしてそれが、あまりに大いなる禁忌であるがゆえに、歴史の闇の葬られたのだとも」
 星図を回し、数式に代入する。
 天秤測りで正確に計測しただけの材料を、ひとつ、またひとつと、ルーファスは投入していく。
 色褪せた背表紙の並ぶ棚に落ちる影はまさにマッドサイエンティストのそれ。
 それでは、この、彼が正体不明の液体を混ぜるフラスコの中で、ついにそれが成し遂げられようとしているのだろうか。
 すなわち……ホムンクルスの誕生が!
 雷鳴が轟いた。
 稲光が、ルーファスの実験室を真っ白く照らし出す。
 時ならぬ冬の雷雨が窓を叩くさまは、あたかも、禁断のわざに手をふれようとするものへの天の戒めのようでもあった。
「さあ、いきますよ」
 アルコールランプにあぶられたフラスコの中で、刻々と色を変え、こぽこぽと泡立つ謎の液体。手袋を嵌めたルーファスの手が、厳かにフラスコをとり、別の液体が入ったビーカーの上にかざす。
 ゆっくりと……フラスコの口が傾く。
 そして七色の液体がしたたり、ビーカーの中でまじりあった。
 ごくり、と喉が鳴る。
 見よ、世紀の瞬間を……!

「お」

 ぽふん、と赤い煙を、ビーカーが吐き出す。

「おお」

 続いて、青い煙が。

「おおお」

 咳込むように、立て続けに吐き出される、黄色、緑、紫、桃色――

「!?」

 液面があやしく波立ったかと見えるや、それが、まるで生き物のように立ち上がり――かけて……。
 ぼふん、と大きな音とともに灰色の煙が――それまでとは比較にならぬくらいの大量に、立ち上がって、ルーファスの顔から何からを包み込んだ。
「……!」
 げふんげふん、とこんどはルーファスが咳をする。
「ああ……」
 見れば、ビーカーの中身は、すべて、灰になってしまっていた。
 いつのまにか、足もとにアベルが寄り添ってきていた。
 いや、もっと前からいたのかもしれない。
 黒い瞳が、ルーファスを見上げる。
「失敗みたいです」
 犬の頭をなでたら、くぅん、と鼻を鳴らされた。
 いつのまにか雷雨は嘘のようにぱったり止んでいて、かわりに、窓の外はもう夜だった。
「そういえば」
 眼鏡のずれを正して、ルーファスは呟く。
「お昼を食べてませんでした」
 食事にしますか、と言って、犬をともない、部屋をあとにする。
 ……と、そのまえに、通りがかった本棚から一冊をひっぱりだし、無造作にページをめくる。
「ふむ。……白ワインでボンゴレビアンコ。いいですね」
 レシピ本だったらしい。
 魔女狩りの歴史と城砦建築の論文の間になぜレシピ本があるのかなぞ、聞いてはいけない。
 彼は道楽博士――ルーファス・シュミット。知の遊興者。
 あるいは≪ロング・ギャラリー≫でなら、実験も成功したのかもしれないが……、そうでない状況下でどこまでできるか、ということを確かめたかったのだ、という気もする。
 主人と犬が出ていったあと、静まり返った部屋には、摩訶不思議な実験の残骸だけが残った。
 やがて窓からは月明かりが差し込み、階下からはオリーヴオイルの匂いが漂ってくる。
 そんな中――
 ぼこり、と、ビーカーの底にたまった灰が、うごめいた。
 そして、その中から、なにやら生白い、たしかに人型をしたものがよろよろと立ち上がり……そして次の瞬間には、それもまた灰に還って崩れ去る。
 それこそ、悠久の歴史の中で人類がただの一度たりとも成功したことのなかった、人工生命の、ほんのまたたきの間であったとしても、その誕生の瞬間だったのだが……。

 この奇跡の一瞬を見たものは、誰もいないのであった。



(了)

クリエイターコメントおまたせしました。『道楽博士のいつもの一日』をお届けします。
うらやましい生活だなあ、と思ったり思わなかったり(笑)。

また機会がありましたら、お会いできるとうれしいです。
公開日時2008-12-22(月) 18:00
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