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<ノベル>
コレット・アイロニーは、久しぶりに人通りの多い場所にやって来ていた。前後左右を行き交う人々の中で、必至に迷わぬように、道を歩いていた。
「こんなに人が多いのって、何だか不思議ね」
苦笑交じりに呟き「ねぇ、トト」と鞄に話しかけた。すると、鞄の中から真っ白なバッキーがひょっこりと顔を出し、じっとコレットを見る。
「迷子にならないように、しないとね」
コレットの言葉に、バッキーは何も答えない。ただじっと見返し、再び鞄の中へと戻っていく。
さびしがりやのバッキーなのだ。
「大丈夫よ、トト。私、ここにいるから」
コレットは優しく鞄の上からトトを撫で、再び歩き始める。暫くすると、ふと甘い匂いがする。クレープ屋だ。
「おいしそう。食べちゃおうかな」
コレットは呟き、クレープ屋のメニューを覗き込む。フルーツを使ったものや、チョコレートやカスタードを使ったもの、アイスクリームを使ったものや、ピザ風やサラダ風などといったものまである。
「迷っちゃうな。お財布と、相談してから……」
そう言いながら、鞄から財布を取り出そうとし、コレットは動きを止める。
鞄の中に、財布はある。他にも鞄に入れてきたものは全てある。
バッキーのトトを除いて。
「え……トト?」
コレットは、一瞬頭が真っ白になるのを感じた。慌てて辺りを見回すが、それらしい白い存在は何処にもいない。
「トト、どこ?」
気付けば、コレットは走り出していた。今まで通ってきた道を、人の波を掻き分けながら。
途中で足を止めた雑貨屋で、コレットはほっと息を吐き出す。白くて小さな丸いものが、ひょっこりと覗いていたからだ。
「トト」
ほっとしながら手を伸ばすが、手触りの違いに動きを止める。
ふわふわな触感は、ぬいぐるみのそれに違いなかった。
「違うのね」
小さく呟き、雑貨屋の中を今一度ぐるりと見渡した後、再び駆け出す。
「何処に、行ったのかしら」
目と喉の奥が痛くなったのをぐっと堪え、コレットは走る。
見つけた、と思ったら、違う人のバッキーだった。違う店では、ただのボールだった。似ていると思っても、違う。どれもコレットのバッキーではなく、別のもの。
「トト……!」
思わず叫ぶ。すると、一斉にそこら辺を歩いていた人たちがコレットの方を見てくる。コレットは顔を赤らめ、足早にその場を後にする。
恥ずかしかったし、寂しかった。
コレットは、とぼとぼと人通りの少ない公園に辿り着く。走り回って、へとへとに疲れてしまった。
「トトを、探さないと」
呟くものの、疲労には勝てない。空いているベンチを見つけ、コレットは腰を下ろす。
「少しだけ、休んだら」
俯き、口に出す。「少しだけ休んだら、もう一度探しに行こう」
少しだけ、ほんの少しだけ。
コレットは呟きながら、目を閉じる。まぶたに浮かぶのは、白くて丸くてさびしがりやの、バッキー。話しかけると、コレットをじっと見つめてくる。言葉を話すことはないけれど、傍にいてくれる大切な存在だ。
喉と目の奥が、じわ、と熱くなる。さっきは我慢できたのに、我慢できなくなってくる。
「トト」
呟くだけで、涙が溢れる。喉と目の奥にいた熱が、目から零れ落ちていくかのように。
「このまま、トトが見つからなかったら、どうなるんだろう」
ぽつりと呟く。とりあえず、自分が生きているのだからハングリーモンスターにはならないだろう。だけど、見つからないという事はつまり、もう会えないという事で。
白くて丸くて小さなトトの姿を、見ることができない。
話しかけると見つめ返してくる目を、見つめ返す事ができない。
もぞもぞと鞄にもぐりこんだりする愛らしい姿を見て、微笑む事も出来ない。
「トト……トト……」
コレットは立ち上がり、歩き出す。だが、すぐにその場にしゃがみ込んでしまった。上手く歩くことが出来ないのだ。
「これじゃあ、探しに、いけない」
ぼたぼたと涙が頬を伝わり、肩を震わせる。探しに行きたいのに、泣いているせいか上手く歩けないなんて。
「……何故、泣いているんですか?」
声をかけられ、コレットは涙まみれの顔を上げる。そこには、色の白い人が立っていた。顔は良く見えない。なんとなく、中性的な雰囲気だった。
「私の、バッキーが、いなくなったから」
呼吸を整えつつ、コレットは返す。「もしかしたら、トトは、私に愛想をつかしたのかも」
「愛想を?」
「そう。そして、何処か別の人のところに、行ってしまったのかもしれない」
「どうして、そう思うんですか?」
再び、その人はコレットに尋ねる。コレットは「だって」といった後、言葉を続ける。
「私は、頼りないから」
「だから、仕方ないんですか?」
仕方ない、という言葉に、コレットは大きく目を見開く。ごしごしと目をこすり、涙をぬぐう。
「私は、トトに戻ってきて欲しい」
「どうしても?」
「どうしても。私は頼りないかもしれないけど、トトが愛想を尽かしちゃうのかもしれないけど……それでも、トトに戻ってきて欲しいの」
「それは、どうして?」
「理由なんて、必要ないの。私は、トトが好きだから。トトに、感謝しているの」
コレットはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。もう、涙は出ていない。
「だから、探さなきゃ。私、トトに気持ちを伝えてない。感謝してるって、トトに伝えていないんだもの」
目は真赤だったが、強い意思を秘めていた。コレットは小さく笑い「やっぱり、頼りないかも、だけど」と言った。
すると、中性的な人は「そうですか」と言って微笑む。
「自分もずっと言いたかった。お世話になっているって」
ぽつり、とその人は呟いた。聞こえるか聞こえないか、きわどい声量で。
「え、それって」
コレットは思わず聞き返し、その人を見つめる。何故だか、妙に懐かしい気がする。初めて会ったはずの人なのに、ずっと一緒にいるかのような。
「もしかして、あなたは……」
手を伸ばす。が、中性的な人には届かない。ふわりと笑っているその人に手を伸ばしているのに。
「待って」
慌てて、コレットは走り出す。話したいことなら、沢山ある。伝えたい事も、聞きたいことも、たくさん、たくさん……!
それなのに、手が届かない。遠ざかっていく人に、追いつけない。
「待って……!」
コレットは、力いっぱい、強く、手を伸ばした。
むぎゅ。
何かを掴み、コレットは慌ててそちらを見た。見ると、自分が持っていた鞄だった。
「え……?」
コレットはゆっくりと辺りを見回す。人気の少ないベンチに座っていて、辺りには誰もいない。握り締めた鞄をそっと開くと、相変わらずトトはいない。
「……夢、なのかな」
それにしてはリアルな夢だった、とコレットは思う。探し疲れたから、あんな夢を見てしまったのか、とも。
「そう……早くトトを探さなきゃ」
コレットはそう言って、立ち上がる。すると、視界の端に白いものがちょこちょこと歩いているのが見えた。それは、コレットの方に向かってまっすぐ歩いている。
白くて小さくて見覚えのある、バッキー。トトだ。
「トト……!」
コレットは叫び、そちらへ向かって走っていく。そうして、トトを抱き上げる。
「良かった、トト」
トトは何も答えない。いつも通り、もぞもぞと動きながら、コレットをじっと見つめ返しているだけだ。
「あの夢、トトが見せたの?」
コレットは不意に聞いてみるが、トトは何も言わない。バッキーなのだから、言うはずがないのは分かっているのだが、それでも。
コレットは小さく笑い、優しくトトを抱きしめる。
「私も、いつもお世話になっています」
トトを抱きしめながらいい、コレットは再びトトを見つめる。
トトは、よく分からない、といわんばかりに首をかしげる。そうして、コレットをじっと見つめ返した。
いつもと、同じように。
<現実と夢の狭間を思い・了>
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クリエイターコメント | お待たせしました、こんにちは。プラノベでは初めてのオファー、有難うございます。 バッキーとの絆を表現できていれば、と思います。バッキーを思う気持ちに焦点を当て、書かせていただきました。 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。 それでは、またお会いできるその時まで。 |
公開日時 | 2009-02-03(火) 18:50 |
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