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<ノベル>
本屋の料理コーナーで、ファレル・クロスは固まっていた。
(ありすぎだ)
目の前に並ぶ料理本は、本棚にびっちりと入っている。どれから確認していけば良いのか、迷ってしまうほどに。
下に平積みされているものにも目を向けるが、美味しそうに撮られた写真が表紙を飾っている本たちは、どれも同じように見える。
(どれが分かりやすいんだ?)
ファレルは、小さなため息をつく。
いつもは、適当にパンや惣菜を買って食べていたのだが、その日訪れたスーパーでたまたまテレビCMが流れていた。
体を元気にする為に、栄養は偏らない方がよい、といった内容だ。
ファレルはそれを見て、改めて買い物籠を見る。パンや惣菜の入った、偏った内容のものを。
「自炊、するか」
そうして気付けば、ぽつり、ともらしていたのだった。
自炊を決めたのはいいものの、何をどうしていいのかがいまいち分からない。ならば調べればよい、と向かったのが今いる本屋なのである。
「こんなに種類があるとは」
予想外だった、とファレルは呟く。料理をした事すらないので、まず何が必要なのか、何があれば何が出来るのか、という基本の情報が欲しかったのだが、この状態ではどれがファレルの目的に合う本なのかが判断付きづらい。
ファレルはため息をつき、適当な一冊を手に取ろうとする。時間がかかるかもしれない、と覚悟しつつ。
「あら、ファレルさん。こんにちは」
突如かけられた声に、びくり、とファレルは体を震わせる。聞き覚えのある、明るいトーンの声だ。
振り返ると、そこにはにこやかに笑うコレット・アイロニーの姿があった。ファレルは慌てたように「コレットさん」と言って、軽く頭を下げる。
「学校帰りですか?」
「うん。何か、面白そうな本がないかと思って。ファレルさんは?」
「あ、俺は」
ファレルがそこまで言った所で、コレットはひょいとファレルの見ていた本棚を確認する。
「ファレルさん、料理するの?」
「する、というか、しようと思いまして」
「料理、やった事ないの?」
「はい。だから、まずは料理の本を買ってみようかと」
ファレルの言葉を聞き、コレットは「それじゃあ」と言って満面の笑みを浮かべる。
「私、教えてあげる!」
「えっ」
コレットの申し出に、ファレルは思わず聞き返す。「いいんですか?」
「うん。料理本見ながらもいいけど、やっぱり最初は教えながらの方がいいと思うから」
ファレルは「それじゃあ」と言いながら、改めてコレットに向き直る。
「お願いします」
「それじゃあ、まずはお買い物に行かなくちゃね!」
コレットはそう言って、くるりと踵を返す。ファレルは「はい」と頷き、まっすぐにスーパーへと向かっていくコレットについて行くのだった。
スーパーでは、ファレルの持つ籠にコレットが適当に材料を入れていった。
「ファレルさん、嫌いなものとかない?」
「大丈夫です」
ファレルの答えに、コレットは「そっか」と頷いて、また再び籠に野菜を入れていく。
「あの、コレットさん。何を作るつもりなんですか?」
籠の中に入っている物を見ながら、ファレルは尋ねる。ジャガイモ、ニンジン、たまねぎといった定番の野菜に、お肉が入っている。
「初めてでも出来る、簡単料理にしようかなって」
「簡単料理?」
小首を傾げるファレルに、コレットは「あ」と声を上げる。
「お米、ないよね。小さくてもいいから、お米も買わないと」
米売り場の方へと、コレットは向かう。その途中にあった箱を手に取り、これも、と籠に追加しながら。
籠に入った箱を見て、ファレルは「なるほど」と言って納得する。
その箱とは、カレールー。コレットは、カレーを作ろうというのだ。
「カレーだったら、野菜切って、煮て、カレールーを混ぜるだけで良いから」
「確かに、初心者には持って来いかもしれませんね」
「そうなの。野菜の皮を剥いたりするから、その練習にもなるし」
コレットはそう言いながら、小さな米袋を手にする。ファレルは籠を一旦置き、コレットの取ろうとした米袋を手にして籠に入れる。一番小さなものとはいえ、1キロある。
「こういうのは、私が取りますよ」
「あ、ありがとう」
ファレルは「当然ですから」と答え、籠を再び持つ。米袋の入った籠は、ずしりと重くなっている。
「他に、何か必要なものはありますか?」
「材料は、これだけで多分大丈夫」
コレットの答えを聞き、ファレルは「分かりました」と答えてレジへと向かう。コレットが言うのだから、買い忘れはないだろうと思いつつ。
買い忘れはないはずだった。
材料である、基本の野菜たちも、肉も、米も、カレールーもある。
だがしかし、肝心のものが何も無かった。
「えっと……これは予想外、だったな」
苦笑交じりにコレットが言う。ファレルも肩をすくめる。
いざ作ろうと台所に立ったのはいいものの、使うべき調理器具が一つもなかったのである。
野菜を切るための包丁がない。カレーを煮る為の鍋もない。辛うじてあったのが、米を炊く為の炊飯器と、食器類だけだ。
最初に米をといで炊飯器にセットした後に、それは発覚した。今から鍋や包丁といった調理器具を買いに行くのも、おかしな話だ。
「皮を剥けば、いいんですか?」
「え? え、ええ」
戸惑うコレットに、ファレルはにんじんをひょいと空中に放り投げる。そして空気の刃を発生させ、器用に丸々一本、皮を剥いた。
「わあ、すごい!」
思わず、コレットは手を叩く。ファレルは少し照れたように「ジャガイモとたまねぎもですね」と言い、同じように空中に放り投げようとする。
「あ、待って。ジャガイモは洗ってから、たまねぎは外の皮を剥いてからじゃないと」
「皮は、今から剥くつもりだったんですが」
不思議そうに言うファレルに、コレットは小さく笑う。「そうじゃなくて」と言いながらたまねぎを一つ取り、ぺり、と外の皮を剥く。
「たまねぎは、手で剥くんですよ」
コレットの言葉に、ファレルは「へぇ」と感心したように答える。そして、コレットの指導通り、ジャガイモは洗ってから皮を剥き、たまねぎは手で皮を剥いてやった。
「それぞれを一口大の大きさに切ってね。多少大きめでもいいと思う」
「これくらいですか?」
ファレルはそう言って、再び空気の刃で野菜たちを切っていく。
「あ、ジャガイモはこの丼に入れてください」
水を張った丼を差し出しながら、コレットは言う。
「ジャガイモは水にさらした方がいいんです。煮崩れや灰汁、変色を防ぎますから」
「なるほど。最初に切るのは、ジャガイモがいいんですね」
ファレルは頷き、ジャガイモを切る。ぽとぽととコレットの用意した丼に、ジャガイモが吸い込まれていく。
続けて、たまねぎとニンジンも一口大に切っていった。
「次は煮るんですけど……どうしたらいい?」
コレットが尋ねると、ファレルは「じゃあ」と言って、大き目の丼を取り出す。中に野菜、肉、水を入れる。
「空気を振動させて、熱しさせましょう。そうすれば、鍋で煮るのと同じような状態になるはずです」
そう言いながらルーも入れようとすると、コレットは慌てて「待って」と止める。
「ルーは、煮てから入れたほうがいいんです。とろみがあるから、爆発しちゃいます」
「じゃあ、先にこちらを」
ファレルは頷き、ルー以外の材料に振動を加える。あっという間に、丼の中がぐつぐつと煮え、野菜が柔らかくなる。
「ルー、入れるね」
コレットはそう言って、丼にルーを入れる。沸騰する湯の中でほろりとルーは溶け、くるりスプーンで回して完璧に溶けさせ、再びファレルに熱してもらう。今度は、緩やかに。
そうして、カレーは完成した。調理器具を一切使っていない、能力によるカレーだ。
丁度良く、米が炊ける。コレットは皿に装い、丼の中のカレーを装う。丁度、二人分だ。
「いただきます」
二人で揃って手を合わせ、食べる。一口食べ、コレットは苦笑交じりに「うん」と頷く。
「教える事、ないね」
ファレルもカレーを食べ、ゆっくりと首を横に振った。
「たくさん、教えてもらいましたよ」
「ううん、私は本当に豆知識みたいなことを言っただけで、殆どファレルさん一人で作れたから」
コレットの言葉に、ファレルはスプーンを皿の端に置き、真っ直ぐにコレットを見つめる。
「そんな事はありません。能力で作った料理は、味が素っ気無いですから」
「美味しいよ?」
「いえ、ちゃんと調理器具で作りたいんです」
きっぱりと言い放つファレルに、コレットは「そっか」と頷き、笑う。ファレルは再びスプーンを取り「コレットさん」と話しかける。
「今度、調理器具を買ってきます。だから、また料理を教えてください」
「うん。私でよければ」
にこ、とコレットは笑う。ファレルもそっと、小さく笑う。
「今日のカレー、次は調理器具で作れるといいね」
「そうですね。包丁をちゃんと使えればいいんですが」
「大丈夫。ファレルさん、初めてでこんなに綺麗に作れたんだもの」
コレットに言われ、ファレルは「ありがとうございます」と礼を言う。
能力で作ったと思えば、確かに素っ気無い味がした。だが、目の前にはコレットがいて、また次に料理を教えてもらう約束をして、何より二人で食べている。
口に運んだカレーは、今まで食べたものとは比べられぬほど、美味しく感じられたのであった。
<約束を噛み締めつつ・了>
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クリエイターコメント | お待たせしました、こんにちは。この度はオファーを頂きまして、有難うございます。 能力を使ってのカレー作りでしたが、ちょこちょこと豆知識を入れさせていただきました。ほのぼのとした雰囲気になっていれば、幸いです。 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。 それでは、またお会いできるその時まで。 |
公開日時 | 2009-04-08(水) 19:00 |
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