★ 木漏れ日の君 ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-4771 オファー日2008-09-23(火) 01:08
オファーPC エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
<ノベル>

 ほんの少しずつ肌寒くなってきている、秋が近付いて来ている日だった。
 幸知子さんからお誘いが来た。
 彼女はとても柔らかな品を持つ美しい老婦人で、エンリオウ・イーブンシェンが銀幕市に着てからの下宿先の大家さんだった。
 些細な相談をしたりされたり、少しずつ頼りあって助け合って、穏やかな友情の元に二人はのんびりと暮らしている。
 銀幕市民であっても、ムービースターに好意的でない人たちは多くいる。しかし、幸知子さん宅の近辺はお年寄りが多いが、軒並みムービースターに好意的だ。
 好奇の目でみられることもままあるが、それは、外国人を見る目と変わらない。見た目がかなり違うから最初は近寄りがたいが、話してみれば自分達と内面は殆ど変わらない人間だと判るからだろう。
 奇異の目で見られることにエンリオウは慣れてはいる。だが気持ちの良いものではないから、現状のように友好関係を築けていけているのは素晴らしいと思っている。
 憎みあうよりもはるかに気持ちが良い。
 たまに――というより、しょっちゅう、近所の老人達が幸知子さん宅の縁側や軒先に集い、お茶を飲んだり持ち寄ったお菓子を食べつつ雑談や囲碁や将棋をしたりと、そうやって穏やかに暮らす日々だった。
 将棋のさし方を教わり、相手をしているときにふと、同世代とこんな風に遊んだのは何時以来だろう、と懐古しないでもない。勿論、エンリオウのほうがずっとずっと年上なのだけれど。
 そしてそんな風にぼうっとしている間に、王手を取られて負けることがしょっちゅうなのだった。


 それで、幸知子さんのお誘い。
 着物には全く含蓄のないエンリオウでも、仕立ての良さは一目で判るものだった。かといって気取りすぎた意匠でもなかった。
「たまには二人でお出かけでもしませんか?」
「ああ、いいねぇ。今日はいいお天気だし」
 縁側でのんびりとお茶を啜っていたエンリオウは、緩慢な動作で空を見上げた。
 よく晴れた秋晴れの空だった。肌寒くなってきているから、幸知子さんは上品な淡い紫のストールを肩にかけている。手には四角い箱のようなものを抱えていた。それも深い色をした布に包まれていた。
「おはぎです、作ってたんですよ。前に美味しいって言ってくれたから」
 柔らかく言った幸知子さんの言葉に、エンリオウは嬉しそうにのんびりと笑った。
「じゃあ、わたしが連れて行くよ。場所を教えてくれるかい?」
「あら、悪いわ」
 少し驚いたが、エンリオウが「いいから」と言うように笑うと、幸知子さんは丁寧に場所を教えた。
「なるほど……それじゃあ、ちょっと失礼」
 よっこらしょ、という掛け声と共にエンリオウは縁側に湯飲みを置いて膝に手を置き立ち上がる。そして騎士らしく、恭しい手つきで優しく幸知子さんを抱き上げた。
「あらあら」
 少しだけ困ったような表情の幸知子さんだったが、ふわりと浮かんでからは子供のように無邪気に笑っていた。


 細かい場所は瞬間瞬間ごとになったが、さして時間はかからなかった。
 着いた場所は、森の端にある、よく開けた空間だった。これだけ銀幕市の一部だが見渡せる場所に、人気が無いと言うのも珍しい。風の通りもよく、太陽の光を木々が遮り心地の良い暖かさだけが届く。
 古ぼけた椅子が二脚あり、幸知子さんがすすめた。
 お茶とおはぎを取り出して、二人でのんびりと食べる。
「ここはいいところだねぇ」
 美味しそうにおはぎを食べていたエンリオウがふと、そう言った。
 幸知子さんには判らないことだが、彼はそういった事が良く判るようで、幸知子さんの家に始めて招かれたときも、大黒柱に触れてとても優しい目をしていた。ずっと守っていてくれているんだねぇ、といいながら。
 幸知子さんの家はお茶屋さんだ。文字通り、お茶を売っている。そして家かなり明治時代から建っている立派なものだ。彼女の曽祖父が建てたもので、古ぼけてはいるが作りはしっかりしていて全体の改修工事は今出したことがない。大黒柱はアカガシを使って作られているもので、確かに見る人が見れば素晴らしい木だという事はわかるだろう。しかしエンリオウの言い方はどこかそういった感じとは違っていた。会話をしている、と言うとおかしいが、感じ取っているように見えたのだ。
 お茶を飲み、おはぎを食べて、いつも通りののんびりとした何気ない会話を楽しむ。
「うちの亡くなった亭主とねぇ、若い頃はたまに来たんですよ。あの人が足を悪くしてから、来なくなったけれど。それ以来かしら」
 僅かはがりの寂寥感を含んでいたが、懐かしそうでもある。悲しむことしか出来ない期間を過ぎたからだろうか。
「旦那さんと。へぇ、いいねぇ。とても素敵だね」
 何故か自分の事に様に嬉しそうな顔をして、エンリオウは笑った。木々の葉が奏でるさえずりに耳を傾けている。
「……わたしも、昔はたまにこういうところに来ていたよ。奥さんと」
「あら、そうなの? ……どんな奥様だったか、お伺いしたいわ」
 二人がそういう会話をするのは初めてだった。
 幸知子さんはたまに亡くなった夫のことを話すことはあったが、エンリオウは殆どーいや全く自分の事を語ろうとはしなかった。もしかしたら、覚えていなかっただけかもしれない。
 エンリオウは自分の事をおじいちゃん、だなんていうけれど、幸知子さんにはそうは見えなかった。時々とても齢数百歳と言うには思えない。ただ、落ち込んだときを見たときは本当に老人のようだ、と叱責した事はあるのだが。
「いったいどんなロマンスがあったのかしら」
「そんなことは何も無かったよ」
 期待の混じった問いかけに、エンリオウは苦笑して、ぽつぽつと語り始めた。
「民族衣装……っていうのかなぁ。そんな感じの服装でね。こういう椅子とか、無かったんだよ。床に直接胡坐をかいて座るようなね。勿論、絨毯とかはあったけれど。わたしが生まれたのはそんなところだったんだ」




 エンリオウ・イーブンシェンが生まれたのは、山間の小さな村だった。その当時はまだ苗字はなく、エンリオウ、という名前だけが、彼を証明するものだった。
 田舎だったが平和で穏やかな村で、獣を狩ったり、山菜や木の実、毛皮を麓の大きな街で売ったり……そんな暮らしをしているものが大半だった。神父や教師が2人いて、小さな生活雑貨屋等が少しある程度だった。
 子供の頃からエンリオウはのんびりとしていた。勉強が出来ないわけではなく、だが熱心に学んでいるほどでもない。やたらと木登りが上手かった子だった。
 村人全員が知り合いで、子供達も自然に寄り合って遊んでいた。
 エンリオウは同い年の女の子と、その子の兄といつも遊んでいた。
 女の子に付き合ってままごとをしたり、森の中でかくれんぼをしたり、他の子達と競った木登りをしたり。エンリオウはのんびりとしていた子だったからか、元気な子供にはよく苛められていた。そういう彼等からエンリオウを守ってくれたのは、女の子だった。
 やがてみんな成長していって、冬の始まりに女の子の兄が結婚した。それを見て羨ましくなったのか、女の子は儀礼用の衣装の上から、エンリオウの腕をそっと取り自分の腕を絡めた。ぼんやりしているエンリオウでも流石にどんな意味合いを持っているかは判る。それに、彼も同じ気持ちだった。
 村人達が新郎新婦を見守っている中、エンリオウははじめて彼女の白く華奢な手を握った。子供の頃とは違う、別な感情を込めて。
 今まで好きだと告白したこともないし、されたわけでもない。
 彼女は少し驚いた顔をしたが顔を赤らめて嬉しそうに笑った。その後は上手い言葉も掛けられずに、ただずっと、手をつないでいた。式が終わっても、ずっと。
 やがてそれほどの月日の流れを待たずに、エンリオウと彼女は結婚した。若かったが、別に珍しいものではない。彼等の両親や友人も、親戚も、みんな歳若く結婚している。この村ではそれが普通だった。
 エンリオウは狩りには向かなかった。
 妻となった彼女と二人で山に山菜を取りに行ったりして生計を立てていた。裕福ではなかったが、夫婦二人で生活していくには何も困らなかった。僅かばかりの魔法が使えたから、それでも少しの収入を得ていた。
 木の実の汁で染め上げた麻の服を作るのが妻は上手く、そのお陰で着るものにも困らなかった。
 穏やかでゆったりとした時間の生活だった。村人達で助け合って、不便も何も無かった。
 ただ、不満と言うものではなかったが、お互いがどれだけ望んでも子供が出来なかったことだけが悲しかった。
 仕方なかったのだ。エンリオウは突然変異の魔力異常者だった。ある程度までの歳は自然と取ったし成長もしたのだが、ふと気がついたときにはもう、同い年の妻はエンリオウの時間を越えていた。

 それでも夫妻は自然な……ごく普通の夫婦として生活していた。彼女の肉体はやがて衰えてきていたから、エンリオウは献身的に支えた。
 やがて歳を取らないエンリオウを、義兄をはじめ、村人達は奇異の目で見るようになった。少しずつ、周りは彼を避けるようになった。それは当たり前だが寂しいことだった。子供の頃から知っている相手に傷つけられている。理由は判らないでもない。こんな田舎では、魔法を使えるというだけでも珍しいのに、歳すら取らない相手はどれだけ見知った相手でもーいや知っているからこそ、異端を感じるのだろう。
 その中でも妻だけは。
 妻だけは何も変わらなかった。上辺を取り繕っているわけではなく、今までどおりに、あるいはそれ以上にエンリオウに愛情を示していた。妻はよく笑っていた。笑わなかった日は無かっただろう。風邪を引いて寝込んでいた時だって、看病するエンリオウに笑いかけていた。
 そんなある日。
「ねぇ、エンリ」
「なんだい?」
 ある晩、寒くて暖炉に薪をくべていたエンリオウの背中に、妻は語りかけた。
  「何も私に付き合って老人のように暮らさなくてもいいのよ? 貴方はまだまだ動けるし、本当はぼけてもいないんでしょう?」
 くべる手が止まった。少しだけ困ったような顔をしてゆっくりとエンリオウは妻に振り向いた。
「そんな事は無いんだけどなぁ。ぼくは見た目がそのままなだけで、もうおじいちゃんだよ」
 そのエンリオウをじっと妻は見つめていたが、くすりと笑った。
「まったく……しようのない人ねぇ」
「うーん……。そんな事は、ないと思うんだけど」
 ちょっと納得いかない様子でエンリオウはまた薪をくべた。その背中に妻は笑いながら言葉を続けた。
「でもまあいいわ。貴方といると、私まで若い気がするもの。 ふふ、もうおばあちゃんなのにね」
 そういう妻の外見は確かに年老いていた。しかし笑った顔は、どんな女性よりも、比べるまでも無いほど可愛らしいとエンリオウは確信していたのだ。その笑顔を見るだけで、エンリオウは例えがたい幸せを感じていた。
 だからこんな日がずっと続けばいいと願った。勿論永遠には無理だということは判っていたから、できるだけゆっくりと歳を取って欲しかった。

 それから然程間も置かずに、妻は天に召されていった。
 60にまで手の届かない年頃だったが、銀幕市とは違う時代違う環境だったから、銀幕市においてはまだ老いると言うにはあまりにも若い年頃であっても、エンリオウの生きた時代では老人と言って差し支えなかった。
 葬儀を挙げてすぐ、エンリオウは村を出て行った。
 妻がいない状態で村で暮らしていく事は出来なかった。生まれ育った村を出るのは寂しい。だが避けられて暮らしていくほどエンリオウは鋼の心臓を持っているわけではない。
 それ以来、生まれ故郷には訪れてはいない。





「……彼女はねぇ、優しくて穏やかな人だったよ。少し心配性だったけど、いつもいつも僕を守っていてくれた」
 冷え始めてきた湯飲みを両手でしっかりと持ちながら、中のお茶を見つめて、エンリオウは呟いた。
「……そう、守られていたんだよねぇ。だけれど情けないことに、僕がそれに気がついたのは彼女が天に召された後だった……」
 寂しそうでもあり、懐かしそうでもある。しかし心の底にはいまだ深い愛情がたゆたったいるような、一言では例えがたい表情をしていた。
 幸知子さんはその表情の意味合いが少し判る様な気がした。彼女も同じ思いを味わっているからだ。
 思い出せば悲しいが、時が経ってその相手が居ない悲しみだけに気付かされるわけではなく、共に過ごした暖かい時間や他愛も無い喧嘩を思い出して笑うことが出来たり、そんな事を思い出せるから、だろう。
 ストールに軽く手を掛ける。愛想も何も無い亭主だったけど、亡くなる少し前の結婚記念日に買ってきてくれたものだ。
「ああ、少し風が出てきたねぇ。 ……そろそろ戻ろうか?」
 まだ日は翳ってはいなかったが、底冷えがしてきた。
 森の中にあるから余計に寒く感じるのだろう。
 手際よく幸知子さんはおはぎの入っていた重箱と湯飲みなどを片付けた。エンリオウはそれを受け取り、開いている手を幸知子さんに差し出した。
 来た時とは違う体制だったが、同じように帰るらしい。

「ああ、そうだ」
 ふと顔を上げてエンリオウは呟いた。伝えたかった言葉ではなく、独り言だろう。
「彼女は……木漏れ日みたいな人だった」
 その顔がどこか少年めいていて、幸知子さんはついくすりと笑った。
 彼は気付いていただろうか。いつもは「わたし」という一人称を使っていたのに、先ほど「ぼく」と言っていた事を。大した事ではない。大して事ではないのだが、いつも飄々としている彼の一面が見られて、何となく面白かった。


 幸知子さん宅につき、間をさして置かずに彼女は夕食の支度に取り掛かった。エンリオウは重箱と湯飲みの洗い物をして手伝った。
 その晩はやたらエンリオウの機嫌が良かった。不機嫌であることの方が珍しいが、かなりの上機嫌だったのだ。


 もしかしたら、エンリオウは微睡んでいるのかもしれない。

 木漏れ日と、妻からの愛情に。

クリエイターコメントはじめまして、この度はオファーして下さってありがとうございました!
大変お時間を頂いてしまい、申し訳ございません。

とても優しく暖かい思い出、でしたので、上手く表現できていれば良いのですが!
エンリオウさんより幸知子さんを捏造しすぎてしまったような気がしないでもありません。いえ、してます。やりすぎてしまっていたら申し訳ございません…っ!

重ね重ね、この度は誠にありがとうございました。
誤字・脱字、言葉遣いの違和感等ございましたら、善処させて頂きますので、遠慮なくご連絡下さいませ。
公開日時2008-10-13(月) 23:10
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