★ 【封印の城】夜の女王の果樹園 ★
<オープニング>

『忘却の森』の奥に眠る壮麗な城。
 鏡のような湖に、まるで浮かぶように建つそれは『封印の城』と呼ばれているのだという。『封印の城』には、王侯貴族も騎士もいない。それどころか、生きている人間は誰もいない。
 そこはただ、ひとの追憶がやすらぎ、たゆたう場所。
 中でも、恋の思い出と、愛の物語が、永遠の時を刻むところだというのだ。

 そして今、一艘のボートが、ゆっくりと、湖を渡ってゆく。

 この城を訪れるためには、そのボートに乗るよりない。しかし、ボートはひとつにつき、ふたりまでしか乗れないうえに、人が乗るとひとりでに動き出し、城にいくつもある入口のどこかへと、乗るものを導く。
 そこで何を見聞きすることになるのか、それは、ボートに乗り、城を訪れてみなければわからない。

 ★ ★ ★

 そのボートは、『封印の城』の中でも夜の女王の果樹園と呼ばれている区域に、乗るものを連れていく。

 そこは密やかな夜の静寂で包まれた広い果樹園。夜の女王が管理しているとも云われるその場所には一年を通して様々な果樹が生い茂り、香り高い果実が夜風を浴びて揺れている。
 不思議と、手入れをしに来る者の姿は確認されたためしがないという。夜の女王の持ち物であると云われつつも、しかし、そこにたまたま何者かが立ち寄ったとしても、とりたてて罰が加えられるわけでもない。

 密やかな夜の空気を内包した恵みの空間。

 そこはかつてキャピュレット家とモンタギュー家それぞれの女と男とが密会を繰り返した場所であるとも云われているが、それは知る者ぞ知る、虚言とも真実ともつかない噂話。

種別名シナリオ 管理番号45
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
クリエイターコメント「ロミオとジュリエット」をモチーフとしたシナリオとしています。
静かな夜の果樹園で、ロマンチックなひとときをお楽しみください。

制作日数を少し追加させていただいています。
ご了承ください。

参加者
ゴーシェナイト(crfs7490) ムービースター 男 24歳 泥棒(絵画・宝石専門)
田町 結衣(chdh2287) ムービーファン 女 16歳 高校生
<ノベル>

 舵を取るまでもなく、ゴーシェナイトと田町結衣のふたりを乗せた船は、ひとりでに夜の水面を音もなく滑り出した。
 岸が遠くなってゆく。
 幾人かの人影が船を見送り、手を振ったり声をかけたりしているのを眺め、ゴーシェナイトは密やかに微笑んだ。
 人影の中に見知った者があるのか、結衣は満面の笑みをもって彼らの見送りに応じている。
 その人影の中に、ひとり、他の者とは確実に異なる様相をもって佇んでいた青年の顔を思い起こし、ゴーシェナイトは穏やかに目を細ませた。
「いやいや、皆、若いねぇ。……うん、いい事だ」
 ぽつりと落としたゴーシェナイトに、結衣が肩越しに振り返って目をしばたかせる。
 ゴーシェナイトは安穏とした笑みで頬を緩め、小さく首を傾げた。
「寒くはないですか、結衣さん」
「あ、は、はい、大丈夫です。一応、それなりに着込んできましたし」
 慌てて応え、結衣はもう一度振り向いて岸の方を確める。
 岸はもう随分と離れてしまったのだろうか。振り向いたそこには眠りについた木立ちが立ち並び、船はその間を縫うようにして漕ぎ進んでいた。
 時折小さな水音が響く。それに驚く結衣を、ゴーシェナイトは頬を緩めたままで宥める。
「魚がいるのかもしれませんね。あるいは、もしかしたらもっと不思議ななにかが住んでいるのかも」
「不思議ななにか、って?」
「ここは不思議な森の中から通じた、不思議な城へ向かう場所ですからねぇ。……ああ、見えてきましたよ、結衣さん」
 結衣の問いかけに曖昧な返事を述べて、ゴーシェナイトは船の向かう先を指差した。
 つられるようにして視線を向けた結衣の目に、夜の闇の中、ぼうやりと浮かぶ古城の影が映りこむ。
「……ふわあ」
 息をのむ。
 遠目ながら、目に映るその城は、まさに童話などで描かれるそれを現出したようなものだった。
 尖塔をいただいた、荘厳たる西欧の城。
 おそらくは白レンガを積み上げて造ったものなのだろう。闇の中にあってもなお白々とした色を放つ壁の中、ところどころに窓があるのが見えた。
「灯りがついてるみたい。……誰か住んでるのかな」
 窓の向こうでゆらゆらと灯る小さな光を見遣りつつ、結衣はぼうやりとそう呟いた。
「どうでしょう。人の気配はないようですが……ああ、どうやら船が着岸するようですよ」
 ゴーシェナイトがそう告げたのと同時に、船はゆっくりと着岸した。

 着岸したその場所は、実に多様な果樹が枝葉を伸ばす、静謐たる果樹園の一郭だった。
 夜露を含んでしっとりと眠る草の上に踏み入って、ゴーシェナイトは結衣の手をとり、結衣の足を導くようにして優しく引いた。
「ありがとう……ございます」
 先導され、触れた指先に気恥ずかしさを覚えながら、結衣もまた果樹園の中へと足を寄せる。

 闇の中に広がる果樹園には、季節などといったものなどまるでお構いなしといったように、様々な果実がなっていた。
 林檎に蜜柑といったもの、あるいは梨や柿、サクランボ、無花果、柘榴、葡萄に桃。果樹はなにも高い位置にばかり実を揺らしているわけではなく、中には低木のものもあった。
 夜に眠る枝葉は、しかし、夜風が流れるたびに果実の香を巻き込んで闇を充たす。
 葉の揺れる音に耳を寄せながら、結衣は静かにその中を歩き出した。それを追うように、ゴーシェナイトもまたゆっくりと足を進める。
 果樹園の中には、時折思い出したように、ランタンが提げられていた。それが落とす仄かな光を頼りに、結衣は枝葉の隙間から覗く夜空を仰ぎ見た。
「ここって、誰かが生活したりしてたんでしょうか」
 近くの果樹――それはたまたま林檎の樹だった――に手をかけて、枝葉をしみじみと見入りながら、結衣はふつりと落とすようにして呟く。
「どうでしょうか。……ランタンが提げられていたり、城内に灯りがあるのを見る限りでは、全くの無人というわけでもなさそうですが。……しかし、人の気配はまるで感じられないな」
 アーモンドの樹に手を触れながら、ゴーシェナイトもまた静かに言葉を落とす。
 その時、ふと、結衣は触れていた林檎の幹に何かが刻み込まれてあるのを目にとめた。
「ゴーシェナイトさん、……あの、これ」
 示され、ゴーシェナイトは結衣の傍らへと足を進める。
 示されたその場所には、誰かが刻みいれたものだろうか。短い、便りのようなものがあったのだ。
「”もう一度話しておくれ、輝く天使。まさしくそうだ。あなたは人々がうち退いて見つめる、天上からやってきたお使いのように、ぼくの頭上にいるのだから”」
 朗々と、奇妙に演技がかった口調で、ゴーシェナイトがそれを読み上げる。
 隣に立っている結衣がわずかに頬を染めた。
「な、なんか、ラブレターみたいです」
「実際、そうなんだろうね」
 応え、ゴーシェナイトはひとしきり林檎の幹を確めてから、隣の無花果の樹を確めに向かう。そうしてしばしそこかしこの幹を確めてまわった後に、
「ご覧、結衣さん。ここにも」
 それは葡萄の樹だった。
 ――どうしてあなたはロミオなの?私を想うなら、あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。そうすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう。
 そこにはそう刻み込まれ、違う幹にはまた違う言葉が刻まれていた。
「これ、私、知ってます。ロミオとジュリエット」
 結衣が告げる。
 ゴーシェナイトは小さく頷いて、遠目に見える城の影に目を向けた。
「まさしく、これは、ロミオとジュリエットの中の台詞だね。ロミオはジュリエットに会うため、ジュリエットの家の塀を乗り越えて、果樹園を通り抜けていたのですよ」
「それじゃあ、ここってもしかしたら」
「そうかもしれませんね」
 ふわりと笑い、ゴーシェナイトは何かを思案するような面持ちを浮かべた。
 結衣は感心したように頷いて、それから目についた幹をいちいち確めてまわりながら、ふと思いついたように口を開けた。
「ロミオとジュリエットの恋って、とてもロマンチックですよね」
 告げた言葉に、ゴーシェナイトの応えはなかった。が、結衣は構わずに言葉を続ける。
「大好きな人に会いに行くのって、とても勇気の要る事なんですよね。会うと、胸がぎゅっと苦しくなって。でも会わないではいられないの」
「結衣さんにも好きな方が?」
 ゴーシェナイトの静かな声音がそう訊ねた。結衣は顔を真っ赤に染めて、それから慌てたようにかぶりを振る。
「いえ、いい、いえ、あの、あの、……バレンタインにチョコをあげたりとかした事はあります」
 気恥ずかしさのためか、語尾が風の声に飲み込まれていく。
「……それだけでも、すごく勇気が要りました」
 結衣がぽつりと落とした言葉に、ゴーシェナイトが頬を緩めた。
「それはそうでしょう。心を明かすのは、とても勇気を必要としますからねえ」
 賛同を得られた結衣は、こくりと小さく頷いて、それから再び視線を持ち上げる。
「この果樹園が、もしもロミオとジュリエットの恋の舞台なら、この果実たちはふたりの恋をずっと見つめていたのかもしれないですよね」
「有名な恋物語の目撃者というわけですね」
「きっと、ジュリエットは、夜がくるたびに苦しくて、切なくて、でもそれでもロミオに会いたくて、」
 結衣が言葉を紡ぐと、果樹の枝葉たちが静かに歌を歌いだした。
 ランタンが仄かな明かりを灯しながら揺れる。
「……この果樹園も、きっと、ロミオの来るのを待ってたのかもしれませんよね。もしかしたら、今も、ずっと」
 風が枝葉を揺らす。
 ゴーシェナイトは、応える事なく、静かに結衣の言葉に耳を寄せていた。
 生い茂る草を踏みしめながら、結衣はあちこちに刻み残されている恋の記録を確めてまわる。
「林檎の花言葉は名声、誘惑。柘榴は優美。葡萄は陶酔、あるいは信頼。そして蜜柑は花嫁の喜び」
 不意に、ゴーシェナイトが謳うような口ぶりでそう告げた。
 結衣が足をとめて振り返る。
「ここには、恋の記憶が残されている。ふくふくとした芳香や情熱的な言葉と共に。……なるほど、封印の城というのは、先人たちの記憶を封じた場所であるようだ」
 朗々と謳い終えた後、ゴーシェナイトは静かに片手を差し伸べ、微笑みを浮かべた。
「ならば、それをいつまでも長く留まり、踏み散らすのは無粋というものかもしれません。恋人に宛てた手紙は、他人には決して暴かれたくないものですからね」
 帰りましょう。そう続けたゴーシェナイトに、結衣もまた静かに頷いた。
「その、戻る前に、ひとつだけ。……ひとつだけいいですか」
「ええ、どうぞ」
 許しを得て、結衣はくるりと踵を返し、夜の内にある城の方へと視線を向けた。そうして祈りを捧げる姿勢をつくり、ゆっくりと睫毛を伏せる。
「ここにある記憶がいつまでもずっと素敵な物語でありますように」
 
 船は、来た時と同じく、再びゆっくりと漕ぎ出した。
 水面は静かな眠りについたまま。あるいはそれを囲う景色の全ても、永いまどろみに落ちたままだ。
 音もなく波紋を広げていく水面に指先を触れて、ゴーシェナイトは穏やかな笑みで頬を緩める。
 結衣は遠ざかっていく城と果樹園とを見つめたままで、あれから口を開こうとはしない。
「ロミオとジュリエットはヴェローナという街が舞台なのですが、私はフィレンツエの出身です。ヴェローナも素晴らしい街ですが、フィレンツェもまた素晴らしい街です」
 不意に口を開いたゴーシェナイトに驚いたのか、結衣がゆっくりと視線を向けた。
 ゴーシェナイトは満面の笑みをもって結衣の視線を迎え、首を傾げる。
 結衣もまた微笑んで、その言葉の続きを促した。
 朗々と謳うように語り始めたゴーシェナイトの言に頷きながら、結衣は、ふと、肩越しにわずかに振り向いて果樹園の影を確める。

 封印の城、そして忘却の森。これはしばらくの間しか存在する事が出来ない場所なのだという。
 朝が来れば終わってしまう、ロマンに溢れた空間。否、あるいは、それだからこそよほど浪漫を抱き、幻想的であるのかもしれない。

 考えながら、結衣は再びゴーシェナイトに視線を戻す。
 
 いつか自分も、そんな素敵な場所に記憶をとどめおけるような思い出を作りたい。
 ――祈りにも似た気持ちを、心の奥底に刻みいれながら。

クリエイターコメントはじめまして。【封印の城】夜の女王の果樹園をお届けいたします。

今回ご参加いただけたおふたりは、恋人といった間柄ではないようでしたので、今回はその辺も考慮して書かせていただきました。
ゴーシェナイトさんが、思っていたよりも少し違ったキャラに(?)なってしまったように思えます。…ごめんなさい。でも楽しかったです。
結衣さんは、ひたすらに可愛い方だと思います。そしてとても優しい方なんですね。
同乗されたゴーシェナイトさんがムービースターでしたので、結衣さんの態度とかをもう少し考えたほうがいいのかなとも思いましたが、今回はこのような感じで書かせていただきました。

少しでもお気に召していただけましたら、幸いです。

それでは、またいつかご縁をいただけますようにと祈りつつ。
公開日時2007-01-09(火) 10:00
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