★ 雪の妖精 ★
クリエイター吉永 咲(wupu1958)
管理番号884-5868 オファー日2008-12-14(日) 17:09
オファーPC コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゲストPC1 植村 直紀(cmba8550) エキストラ 男 27歳 市役所職員
<ノベル>

「さて……と。今日はこのあたりにしておきますか」
 植村直紀は、誰もいない対策課で自分のデスクに座ったまま、ぐうんと背筋を伸ばした。
「ふう……」
 疲れからか、思わず小さな息がもれる。
 無機質な壁にかかっている時計を見上げると、勤務時間はとっくに過ぎていた。

 夢の神の娘リオネによって魔法をかけられたこの銀幕市の市役所で、日々巻き起こる事件の多くを取り仕切り、解決依頼や報酬手続きなど全ての業務において、直紀の存在はかかせないものだった。
 しかし、彼も生身の人間である以上、積み重なる疲労の色は隠せない。
 残った仕事を持ち帰るため、書類を鞄に詰めながら、自分でも気づかないうちに再び小さくため息をついていた。

「ふう……。なんだか、ちょっと冷えてきたような……。もしかして、暖房のスイッチを切られちゃったのかな……」
 こんな時間まで残って仕事をしているのは、市役所広しと言えども自分ぐらいなのかもしれない。
 いくら忙しい部署だと言っても、公務員である一般職員は、きちんと定時を守って帰って行く者も多くいる。
 しかし、直紀は毎日残業続き。
 片付けているつもりなのに、一向に減らない書類の処理に追われ、有事の際の連絡係として、休憩時間でさえほっと息をつく暇もない。
 振り返ってみると、ここ数年、定時に帰れたという記憶もなかった。
 プライベートな時間にも、緊急の事件があれば夜中でも呼び出されてしまう。
 実際、銀幕市の混乱における負担が、彼に大きくかかっているのは公然の事実だった。
 けれど、直紀の温厚な人柄や、仕事の正確さを信頼する者も多く、やはりこの銀幕市にとって彼はなくてはならない人だった。
 そして直紀自身も、そのことを自覚している。
 なので、この生活環境は自分の職務にとって当然でもあると考え、常に自分のことは後回しにしがちだった。
 そのせいで、もう長年恋人と呼べる人もなく……。

 直紀はロッカーを開き、コートを着込んだ。
 自宅マンションまでは徒歩で通える距離だ。それでも、この寒空の季節は疲れた体とすきっ腹に堪える。
 自分の靴音だけが響く薄暗い廊下を歩きながら、今晩の夕食のことを考えていた。
(何か食べて帰ろうか……。駅前の店なら、まだ開いてるだろうし)
 そんなことを考えながら、市役所の重いガラスのドアを開けた。
とたん、冷たい風が頬にあたり、鼻の奥までツンとするような寒さに包まれる。
 一瞬、体がこわばったものの、その場に立ち尽くしていても仕方がないので、小走りになって短い階段を駆け下りようとしたその時だった。

「植村さん! 」

 凍てつくような寒さを従えた冬の夜に、全く似つかわしくない柔らかな声が聞こえた。
 風の音かと思ったけれど、同時に誰かがこちらに駆け寄る気配も感じ、直紀は振り向いた。
「ああ、良かったっ。まだお仕事してらしたんですね。入れ違いになっちゃったかと思って……、ちょっと不安になってたんです」
 コレット・アイロニーは、豊かなブロンドの髪を白いファーの帽子に包んで、同じく白いコートを着込み、真っ白な肌を少し蒸気させながらほほ笑んでいた。
 まるで寒さなど感じていないような笑顔に、直紀は驚いてしまった。
「コレットさん? ど、どうしたんですか、こんなところで……?! 」
 こんな夜更けに女子大生が一人、市役所の前で自分を待っていたことに、直紀は戸惑いを隠せない。
「待っていたんです。植村さんを」
 コレットは笑顔のまま少し小首をかしげて、自分より背の高い直紀を見上げた。
「ええ、それは、わかりますけど……」
 まだ驚いている直紀を見て、コレットはくすりと小さく笑った。
「びっくりさせてしまってごめんなさい。私、今日は寮監さんに、門限の延長許可をもらってるんです」
 直紀はコレットのその言葉で、孤児である彼女が銀幕市の養護施設で育てられ、今もそこから大学へ通っているということを思い出した。
 魔法がかかる前の銀幕市役所にも、彼女は養護施設の行事や、各手続きのためによく通ってきていたのだ。
 そこで直紀とも顔見知りになり、会えば親しく話をする間柄であった。
「そ、そうですか……。でも、どうしてまた……」
 直紀はあまり事態を把握できないまま、そうコレットに聞き返した。
 直紀がひどく驚いている様子を受けて、コレットは少しうつむきがちに言った。
「あの……。前から気になっていたんです。植村さん、いつも忙しそうだし。ご飯とか、ちゃんと食べてるのかなあって……」
 その言葉に、直紀はますます驚いた。
 まだ中・高校生だった頃から知っている妹のような女の子が、自分の生活を気にかけてくれるほどに成長していたことを。
「……そうだったんですか」
 直紀は、コレットの伏せた瞳をしばし見つめた。
 きっと、思いついた勢いで行動を起こして、寒空の中自分を待っていてくれたんだろう。
 しかし、こうして顔を合わせて少し冷静になってみると、コレット自身、少し恥ずかしさも出てきてしまったようだった。
 そんな女の子が可愛らしく思えて、直紀は一つ提案をした。
「じゃあ、コレットさん。今から、一緒に夕食でもどうですか? 駅前に食べに行こうと思っていたんですよ」
 直紀がにこやかに誘うと、顔を上げたコレットの表情は、花が咲いたように明るくなった。
「あ、だったら! 私、お夕食作ります。簡単なものしかできないけど……。その、もし良かったら」
 その言葉を受け、直紀はきょとんとして聞き返した。
「作るって……。え? それって、私の家に来てくれるっていうことですか? 」
「は、はい! ご迷惑でなければ……」
 コレットは寒さで赤くなった手を、自分の胸に押し当てるようにして言った。
 その赤く冷えた指先を見つけた直紀は、少しの戸惑いの中、彼女の気持ちを思った。
(手袋もせずに、この子はどれくらいここで待っていたんだろう……)
 成人男子として、年頃の女の子を夜に家へ招くのは、多少なりとも抵抗がないわけではなかった。
 けれど、彼女とは古い付き合いであり、妹同然のように思っている人だ。
 自分がしっかりしていれば、何も気にすることはないのかもしれない。
 直紀は、彼女の優しい気持ちを受け取ることにした。
「わかりました。じゃあ、スーパーに寄ってから家に行きましょう。帰りはちゃんと施設まで送って行きますから、大丈夫ですよ」
 そう答えた直紀に向かって、コレットが嬉しそうに笑った。
「本当ですか! 良かった……」
「深夜営業の食料品店が近くにありますから」
「はい。連れていってください」
 二人がにこやかに肩を並べて歩きだした時、直紀の頬に冷たいものが落ちてきた。
「わあ。雪ですね! 」
 少しはしゃいだようなコレットの声で、直紀はようやくその懐かしい感触の正体を思い出した。
「ああ。本当だ……。寒いはずですね」
「ええ。でも、すごくきれい」
 コレットが細い指先を空に伸ばすように、舞い遊ぶ雪の欠けらをそっと受け取る。
 全身に白い衣服をまとい、息までが白く染まったコレットは、まるで雪の妖精かと見まごうほどだった。
 あまりの可愛らしさに、直紀はほほ笑ましい気持ちで言った。
「なんだか、今日のコレットさんは映画から実体化したムービースターのようですよ」
「え? 私がですか? 」
 コレットは驚いたように、大きな緑色の瞳を丸くして直紀を振り返った。
 ムービーファンである彼女は、もちろん映画のスターではない。
「そんな。私はただの大学生ですよ」
 コレットが直紀に向かって、恥ずかしそうに言った。
「ええ。わかっているんですけど。一瞬、雪の妖精に見えました」
 それを聞いたコレットは少し沈黙し、直紀の2,3歩前を歩いてふいに振り返ると、すねたように小さな声で言った。
「……私、こう見えてけっこうしっかりしてるんですよ。もう大学生です。そんなに頼りなくって、儚い感じに見えますか? 」
「あ、いや。そういう意味じゃなくて……」
 コレットが悲しそうな目をしたので、直紀は少し焦って弁解した。
「違うんですっ。雪がとてもよく似合って、綺麗だなと思ったんです。それだけなんですよ? 」
 直紀の弁明の仕方があまりにも真面目で誠実だったので、コレットは小さく噴出してしまった。
「ふふっ。……わかっています。ごめんなさい」
 コレットは再び直紀の隣を歩きだした。
 雪は道路に薄く積もり始めている。
 直紀はコレットの帽子に積もりかけた雪を、手のひらでそっと払ってやった。
 頭を撫でられたように感じたコレットは驚いて、直紀を見上げる。
 直紀はその視線に優しく答えた。
「お店で傘も買って帰りましょう。晩御飯は何にしますか」
「……私は、なんでも。植村さんは何が食べたいですか」
 「うーん」と少し考えて、直紀は手のひらをポンと打った。
「お鍋なんてどうですか。一人暮らしじゃなかなか食べられないんです」
「あ。良いですね! じゃあ……、雪の中を植村さんと歩いた思い出に、きりたんぽ鍋なんてどうですか? 」
 コレットは、直紀を見上げて嬉しそうに提案した。
「良いなあ。決まりですね。じゃあ、きりたんぽと、野菜と鶏がらスープを買って帰りましょう」
 二人は雪の降る街をゆっくりと歩き、スーパーへ向かった。

☆☆☆

買い物を済ませた後、また少し歩いて二人は直紀のマンションに到着した。
「すみません、散らかってるでしょう。なかなか片付ける時間がなくて……」
 コートを脱ぎながら、少し照れたように直紀が言った。
 部屋を見たコレットは、
「先にお掃除ですね……。とりあえず、座る場所を作ります! 」
 そう言いながらはりきった様子でコートを脱ぐと、重ね着されたニットのワンピースを腕まくりして、部屋の中を簡単に掃除し始めた。

 散らかった部屋を一通り片付けた後……。
 しまいこんであった土鍋を直紀が発掘する頃には、コレットが小さなキッチンでだし汁を作り、野菜やきりたんぽを切り分けて、鍋の準備を整えていた。

「そろそろ、火が通って来た頃ですかね? 」
「はい! ごぼうも柔らかくなってきたし、味も染みてると思います」
 セッティングされた器と箸を持って、直紀は湯気の香る鍋の中をそっと覗き込んだ。
「きりたんぽ鍋なんて久しぶりです。醤油の良い香りがしますね」
「どうぞ、たくさん食べてください」
 コレットはそう言って、にこにこしながら直紀に料理を勧めた。
 直紀がとり肉をほくほくしながら味わっている顔を見て、コレットは満足そうにつぶいやいた。
「良かった……。植村さんに、食べて欲しかったんです」
「え? なにをですか?」
「……愛情料理です」
「ごほっっ! 」
 直紀は思わず、ネギを喉につまらせそうになってしまった。
 タイミングよく、直紀のかけている眼鏡が湯気で曇る。
 コレットは直紀のあわてた様子を見て、くすくす笑った。
「だって、植村さんは、本当に毎日お忙しそうですよね。依頼を受けに市役所に行っても、あまりゆっくり話す時間もないし……。あの様子だと、ご飯もちゃんと食べてないんだろうなって、ずっと気になってて……」
 コレットは、幼い頃から兄のように慕っている直紀のことを心配していた。
 幼い頃から両親がなく、心細い想いを抱え続けていたコレットにとって、就学時における手続きや、市役所での書類の発行など、全て自分一人でしなければいけないという事実は、彼女を強くするものでもあり、同時に孤独を実感することでもあった。
 けれど、市役所のカウンターに出向くたび、
「いつも頑張っていますね」
と、優しい笑顔で出迎えてくれる植村直紀は、成長とともにコレットを支えてくれる大きな存在になっていた。

「最近、学校はどうですか? 楽しいですか」
「今度、施設であるお祭りに私も仕事で参加するんです。コレットさんはバザー担当でしたよね? 」
「コレットさんの成績なら、奨学金も受けられると思います。自信を持って、夢にチャレンジして下さい」

 直紀の気遣いは仕事の一貫でもあるけれど、コレットには彼の優しさが本物だと感じられ、それはお互いにとって大切な交流だった。
(私にも何か、植村さんにしてあげられることがあれば良いのに……)
 コレットは長い間、その小さな胸の中で、直紀への感謝や信頼を暖め続けていた。
 今日、それを少しだけ表すことができて、コレットは幸せな気持ちを抱きしめたいほどだった。
「コレットさん? 食べないんですか」
 大口を開け、つみれとマイタケを同時に食べようとしている直紀を見て、コレットはくすくす笑う。
「たくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「美味しいですよ〜。そういえばきりたんぽって、切る前はただの「たんぽ」なんですよね。案外、知りませんよね」
 学生時代に所属していた映画研究部で鍛えたのか、意外とマニアックな雑学を持っている直紀が薀蓄を語りだしたので、コレットはまたころころと笑った。
「……楽しいですか? コレットさん」
 直紀が急に優しい目になったので、コレットは少しドキリとして、
「はい、とっても楽しいです」
 お箸を片手にお椀を持ち直しながら、笑顔で答えた。

 直紀とコレットは、テーブルの上で一つの温かい鍋を囲む。
 窓の外では音もなく雪が降り積もり、玄関には一本のビニール傘が立てかけられてあった。

★★★

 後片付けをした後、直紀がコレットのコートをハンガーからはずし、手渡しながら言った。
「帰りは、施設まで送って行きますからね」
「あ……。ありがとうございます」
 コレットはコートを受け取り、ぺこりを頭を下げた。
 直紀はラフなダウンジャケットをはおると、二人は玄関を出た。
 二人はそれぞれ傘をさし、コレットの住まう施設まで雪を踏みしめながらゆっくりと歩いた。
「……ちょっとだけ、遠回りして帰りましょうか」
 直紀の言葉に、コレットは聞き返した。
「え? 遠回りですか? 」
「ええ。イルミネーションが綺麗な住宅街があるんです。せっかくだし、そこを通って行きましょう」
「えっ! そうなんですか。……嬉しい! 」
 コレットが喜んだので、直紀も満足そうにほほ笑んだ。
「道路沿いのお宅が、揃ってイルミネーションを始められると、それを観光に来られる方もいらっしゃいますから。車が渋滞したり、騒音やゴミ問題だったり、苦情のもとにもなっちゃうんです。やっぱり私のところは、対策関係の情報が集まるんですよね」
 直紀が苦笑しながら話している横顔を、コレットは静かにほほ笑み返しながら聞いていた。
 コレットにとって直紀は、やさしいお兄さんであり、銀幕市役所であらゆる事件を解決に導くために奔走する、心強いヒーローでもある。
「植村さん。私、いつも応援していますから。体に気をつけて、がんばってくださいね」
 突然のやわらかな声援に直紀は少し驚いたけれど、コレットを見つめ返し、
「ありがとう」
と一言、ゆっくり答えた。
「コレットさんも、対策課の依頼を受けるときは重々気をつけてくださいね。やっぱり……心配ですから」
 市役所としては、日々巻き起こる重大事件を解決しなければならず、そのために有志を募るのは致し方ないこととは言えど……。
 コレットのように年若い女の子を危険な任務に就かせることは、直紀の本意ではない部分もあった。
 すると、コレットは傘を持っていない方の細い腕を折り曲げ、力こぶを作るような仕草を見せて言った。
「大丈夫ですっ。こう見えて私、けっこう役に立つんですから」
 ムービースターもムービーファンもエキストラも、みなそれぞれに自分の役割を担い、力の限りこの街を守っている。
 直紀はコレットの意思の強そうな瞳を見ながら、そんなことを思った。
「そうですね……。私も、みなさんを信じています」
 直紀の言葉に、コレットはまた静かにほほ笑みを返した。

 目の前には、空から生まれ落ちたばかりの柔らかな雪で彩られた、長い道が続いていた。
 イルミネーションの光が遠くに見えて、二人は無邪気な笑顔になる。
 直紀は、雪と光の魔法に包まれたようで不思議な心地さえ感じた。
 そしてやはり、今となりで笑っているコレットのことが、毎日仕事を頑張っている自分へのご褒美に、雪が連れてきた妖精のように思えた。






END


クリエイターコメントこのたびは素敵なプライベートノベルのオファーをいただき、ありがとうございました!
納期ぎりぎりになってしまい、大変申し訳ありません…(;;)
心を込めて、雪の日の暖かい夜を書かせていただきました。
穏やかな二人の場面を思い浮かべると、なんだかこちらまでほっこり胸が満たされるような想いでした。
PL様にも気に入って頂けると幸いです。
本当に、ありがとうございました!
公開日時2008-12-29(月) 23:10
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