★ 心的外傷 ★
<オープニング>

 綺麗な青空、浮かぶ浮かぶ、白い雲。
 窓の外には笑い声。
 お日様の光を浴びて、はしゃぎ回る。
 その声が、その顔が、とても不快。
 うるさい、うるさい、うるさい。
 どうしてなの。ねぇ、どうして?
 どうして、笑っていられるの?
 あたしには出来ない。
 あたしには出来ないのよ。
 嫌いだから。大嫌いだから。
 青空なんて、大嫌い。

種別名シナリオ 管理番号762
クリエイター櫻井かのと(wdhu3592)
クリエイターコメント 青空を嫌う少女の物語。
 少女は一人暮らしをしています。
 参加されるPCさま(2名様)は、とある老人に頼まれて、
 この少女の家へ、食事を届けることになります。
 少女の年齢は十二。拒食で痩せこけています。
 両親は既に他界。兄弟もいません。
 彼女が青空を嫌う理由。
 そこには、彼女の過去が関与しているようです。
 少し、血生臭い過去のようです。
 出来うることならば、この少女に笑顔を。
 歳相応の、可愛らしい笑顔を取り戻せはしないだろうか。

 少女について
 ムービースターです。『ロスタ』という映画の主人公。
 作中冒頭:彼女の両親は、強盗に殺されてしまいます。
 それも、彼女の目の前で。空は快晴、見事な青空。
 その後、彼女は絶望に打ちひしがれつつも生きていきます。
 生きること、生きるチカラを描いた作品のようです。

 銀幕市でも、少女は、このまま塞ぎ込んで生きていくのでしょうか。
 少し考えてみましょう。少女が、映画から飛び出してきたのは何故か?
 外(銀幕市)でも映画と同じように塞ぎ込み続けていますが…。
 可哀相に、と同情して欲しいのでしょうか?
 違うはずです。少女に願いがあるとすれば、それは…。

 少女の心の傷を癒す術を、あなたは、お持ちですか?

参加者
大鳥 明犀(crby5925) ムービースター その他 17歳 悩める少年
<ノベル>

「ちょいと、そこの少年」
 自分のことだろうか。
 ピタリと足を止めて、辺りを見回す。
 周囲には自分以外、誰もいない。
 そりゃあ、そうだ。
 こんな路地裏に来る奴なんて、そうそういない。
 ん? じゃあ、どうして僕はここにいるのかって?
 まぁ、いいじゃん。そんなことはさ。
 苦笑しながら振り返る明犀。
 自分を呼び止めたのは、しわくちゃの老人だった。
 面識はない。どこにでもいそうな普通の老人だ。
「はい?」
 明犀が首を傾げると、老人は風呂敷を差し出した。
 思わず受け取ってしまったものの、何だろう。
 見やれば、隙間から美味しそうなパンが見えた。
 他にも、菓子や飲み物が入っているようだ。
 もしかして、家出中だと思われた?
 もしくは、ホームレスだと思われた?
 前者なら心温まる展開になるかもしれないけれど、
 後者だった場合、とても屈辱的である。
「えぇと、あの……僕は別に……」
 空腹ではないことを用いて、遠回しに説明し誤解を解こうとした明犀。
 だが、それこそが誤解だった。
 老人はフォッフォッと笑いながら告げる。
「あそこに住んでる娘に渡してきてくれんか」
 手持ちの杖で老人が示す先には、古びた家屋。
 あんなところに人なんて住んでいるのか?
 そもそも、娘ならば自分で届ければ良いじゃないか。
 思うところは幾つもあった。
 けれど、頼まれると断れない。
 自分の性格に、明犀は小さな溜息を落とす。

 *

 老人が指し示した家屋へと赴き、様子を窺う。
 割れた窓ガラス、ヒビ入った壁、その割れ目に住まう虫たち。
 備え付けの呼び鈴は壊れているようだ。
 ボロボロの扉を叩いてみるものの、反応がない。
(こんなところに人なんて……)
 老人の戯れに引っかかってしまったのではなかろうか。
 そう思いつつ、明犀はドアノブに手をかけた。
 ゆっくりと回して、引けば。
(あ。開いた)
 ギシギシと音を立てて扉が開いた。
 恐る恐る、中へと入っていく。
 この感覚は、あれだ。
 お化け屋敷のそれに酷似している。
 一歩進む度、物凄い音を立てて軋む床。
 家屋内の部屋を巡りながら、明犀は首を傾げ続けた。
 誰もいないじゃないか。まったく……。
 引き返し、老人を叱ろうと心に決めた、その時。
 カタンと奥から物音が聞こえた。
 その些細な音にビクッと肩を揺らしてしまった自分に苦笑。
 明犀は、物音のした部屋へと恐る恐る向かった。
 大破した扉を跨ぎ、部屋へ一歩踏み入れば。
 窓際で、小さな少女が蹲るようにして座っていた。
 歩み寄り、声をかけようとした矢先。
「あの……って、うわぁっ!」
 床が陥没し、尻餅をついてしまう。
 老人から預かった風呂敷も、手元を離れ床に落下。
 風呂敷の中から、様々なものが飛び出し散乱した。
 それを拾い集めながら、明犀は少女に声をかける。
「君、何してるの。そんな所で」
 チラリと見やったものの、少女はフィッと顔を背ける。
 何とも愛想のない少女だ。
 加えて、とても陰気な雰囲気。
 少女の小さな背中は、哀愁に満ちている。
 その背中に、過去の自分を思い返してしまった明犀。
 纏い放つ空気にしても、死んだ魚のような目にしても。
 まるっきり、あの日と僕と同じじゃないか。
 そう思い返したからこそ、放ってはおけない。
 明犀は、少女の隣にストンと腰を下ろして声をかけた。
 名前を訊ねたり、年齢を訊ねたり。
 とても、うっとおしいことだろう。
 けれど、明犀は知っている。
 構わないで、近寄らないで、話しかけないで。
 そんな雰囲気を放っているのは、ただの強がり。
 本当は、構って欲しいんだ。聞いて欲しいんだ。
 そう理解してはいても、容易ではない。
 それも知っているが故に、明犀は『解放』の手段を選ぶ。
「ねぇ。君はさ、天使の存在って信じるかい?」
 明犀の問いかけに、少女は不愉快そうに顔を顰めて言った。
「そんなの、いるわけないじゃない」
「あははっ。そうかな?」
「そうよ。それに、いたとしても、見たくないわ」
「どうして?」
「天使のお家は、空だから」
「…………」
 少女の声、口調、放つ言葉や単語。
 その一つ一つに、影と理由が見え隠れしている。
 けれど、自分の力だけでは、全てを把握することは出来ない。
 明犀は淡く微笑み、自身の内に住まう天使:エステリアスを解放した。
 白い光に包まれていく明犀の身体。
 眩しさに目を細め、数秒後、少女は飛び込む光景に目を丸くした。
 明犀の姿形が、可憐な天使へと変貌していたからだ。
 背中に確認できる羽は、見るからに柔らかそうな印象を受ける。
「な、何これ……」
 驚きながらも好奇心が勝ったのだろう。
 少女はエステリアスの羽に触れながら首を傾げている。
「いるわけないだなんて言わないで。悲しいわ」
 柔らかな笑みを浮かべつつ、エステリアスは少女の頭を撫でた。
 一度撫でる度、伝わってくる少女の嘆きと過去。
 触れた箇所から、彼女の精神世界へと。
 結果、少女が心を病んでいる事実と、その理由を知る。
 そうか。そういうことだったのか。
 目の前で両親を……辛かっただろうね。
 こうして映画から外に飛び出してきて尚、その傷は君を苦しめているんだね。
 可哀相だなんて同情はしないよ。
 同情されたいわけじゃないんだ、君は。
 出来うることなら、笑いたいと願ってる。
 でも、笑い方がわからないんだ。
 笑い方を、忘れてしまったんだ。
 いつしか君は、諦めたね。
 笑うことを諦めた。
 それじゃあ駄目なんだよ。逃げているのと一緒さ。
 笑いたくなくなったわけじゃないのなら、前を向かなきゃ。
 エステリアスを身体に戻し、元の姿へと戻った明犀。
 確かに確認できた事実に、少女は驚き続けている。
「あ、あなた一体、何者なの……」
 警戒しているのだろう。少女は壁に背中を押し当てて尋ねる。
 そうか。うん、そうだね。的確な質問だよ。
 でも。ねぇ。気付いているかな? その質問が意味するものを。
「気になる?」
 クスリと笑って問い返した明犀。
 少女は一瞬硬直し、何かを振り払うかのように叫ぶ。
「べ、別に気になってないもん!」
 何かを隠すように慌てて言う、その表情。
 そこに、歳相応の可愛らしさが垣間見えた。
 明犀は、風呂敷からパンを取り出すと、
 それを少女の口へ、やや強引に押し込んだ。
「はむっ!?」
 驚き、次いで不愉快そうに顔を顰めた少女。
 不満と困惑に満ちた少女を見やりつつ、明犀は小さな声で呟く。
「過去は、消すことの出来ないものだよ」
「…………」
「過去が後ろにあるからこそ、人は前を向くんだ」
 消すことなんて出来ない。過去は消えない。
 自分が生きてきた証であり、足跡でもあるんだ。
 振り返る必要はないけれど、消そうとしちゃいけない。
 歩いてきた道を消すのは、自分を否定することと同じ。
 愛してあげなきゃ駄目なんだ。自分を。
 自分を一番愛せるのは、自分なんだ。
 愛してあげなきゃ、前は向けないんだよ。
 全部纏めて抱きしめてあげなきゃ駄目なんだ。
 嫌なところも、何もかも。
 呆れながらで構わないんだ。
 こんな自分、嫌いだよって。
 ウンザリしながらで良いから、抱きしめてあげるんだ。
 誰かが助けてくれるだなんて思っちゃ駄目だよ。
 前を向けるか、歩き出せるか。
 前を向く為の目も、歩き出す為の足も、
 全部、君のものだから。
 君が強くならなきゃ、駄目なんだよ。
 俯いたまま、動かない少女。
 明犀は、少女の頭にパフッと手を乗せて、もう一度尋ねる。
「君の名前は?」
 しばしの沈黙の後、少女は躊躇いながら返した。
「……カ、カリン」
 自分の名前なのに、自信がない。
 私の名前はカリン。そうだよね? 自分に問いかけながら。
 戸惑っている様子の少女に笑いつつ、明犀は風呂敷から飴玉を取り出した。
 甘い甘い、苺の飴。コロリと赤く可愛らしいそれを、少女の口へ。
 そう。そうなんだよ。難しいんだ。
 自分を好きになるって難しいんだ。
 だからね、必要なんだよ。
 自分を外から見てくれる目も必要なんだ。だから。
「カリン。僕と、友達になってよ」
 明犀の言葉に、目を丸くした少女。
 口の中で広がり、鼻をくすぐる苺の香りが妙に照れくさくて。
 少女はフィッと顔を背けて小さな声で返した。
「別にいいけどっ」

 *

 青空を嫌った少女に、幸せの一歩を。
 青空へ還った過去に、手を振って。
 こんなに暗いところ、もうサヨナラしよう。
 連れて行ってあげる、青空の下へ。
 大丈夫だよ。手を繋いであげるから。
 笑顔の作り方も、思い出させてあげる。
 友達たくさん呼んで、たくさん笑わせてあげる。
 楽しいこと、みんなで教えてあげるよ。
 青空の下、君の笑顔が見れますように。

「ねぇ。さっきのパン……床に落ちたやつだよね」
「え? あ、あぁ〜〜〜」
 何て的確なツッこみだろうか。
 確かに。確かにね、床に落ちたパンだよね。
 それを僕は、君の口に押し込んだね。
 確かに。確かにね。……あ〜あ。
 綺麗に纏めてシメれたぞ、と思ったのに……。
 明犀は笑いながら、ポリポリと頭を掻いた。


クリエイターコメント こんにちは。初めまして!
 参加ありがとうございます^^
 気に入って頂ければ幸いです。
 また、お会いできますように。
 切に願います。ありがとうございました!
 櫻井かのと(2008.10.10)
公開日時2008-10-10(金) 18:40
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