★ キミと僕の距離 ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-3214 オファー日2008-05-22(木) 22:09
オファーPC 鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
ゲストPC1 天月 桜(cffy2576) ムービーファン 女 20歳 パテシエ
<ノベル>

6月に入ったばかりのその日は良く晴れた日だった。
午前中から4時まで、は天月桜さんのお店【ハピネス】でバイトする日だったから、まるで俺の心を空がうつしたかのように晴れていた。
桜さんの店でバイトだなんて、そりゃあテンションが上がらないわけがない。元々接客業って好きだし、それに何より、嬉しいんだ。 仲の良いムービースターが居るって言うのも勿論、あるけど、それだけじゃない。
自然に顔が綻ぶのを自覚しながら、俺はバスから降りて駆け足でバイト先に向かう。
バス停からは少し離れた、住宅街の一角に佇む、“カフェ・ハピネス”。
そこが今日のバイト先。
「おはよーございまーすっ!」
しゃらん、と涼しげな音が、ドアを開けると響いた。
あれ、音が違うな。
と見上げると、いつものドアベルではなくて、違うものが掛けられていた。
前はカランカランって鳴っていた様な気がしたんだけど。
じっと上を見上げていると、声を掛けられた。
「おはようございます。もう夏だから、変えてみたんですよ、ウィンドベルっていうみたいです」

桜さんだ。
柔らかそうな髪を清潔に纏めていて、それが動きに従ってふわりと舞う。お持ち帰り用のムースを運んでいる。季節柄か、最近は涼しげなムースが多い。今も持っているのはトマトのムースだ。
トマトなのに、薄い桃色をしていて、見た目がとても可愛らしい。女の子のお客様に大人気だ。−トマトの苦手な子は除いて。 俺は凄く美味しいと思うけど、苦手なヒトにはどうしても受け付けないらしい。
それでも、これを食べてトマトを好きになった、という子もいるようで、この間桜さんが嬉しそうに話してくれた。桜さんが作ったお菓子で、苦手なものを克服してくれるのは、俺にとってもとても嬉しいことだ。
桜さんが嬉しい、っていうことがとても嬉しいから。笑ってくれるから。だから嬉しい。
今も軽く微笑んでいて、朝から俺ラッキー!幸せ! とこっそり心でガッツポーズしているのは秘密だ。

はた、と気が付いて、俺は慌てて桜さんの下に駆け寄り、ムースを乗せたトレイを無理矢理受け取る。
「あ」
「俺が運びますっ! 任せて下さいっす!」
特別力が強いわけではないけれど、女の子の桜さんよりはあるわけで。
……別に、男らしい所を見せたいとか、格好良く思われたいとか言うのではない。多分。
全く無いというのは勿論嘘だ。
我ながら、何が本音なのかいまいちよく判らない。けれど、桜さんに格好いいって思われたい、役に立ちたいっていうのは紛れもなく事実だ。
好きな人には、頼もしいって思われたいし、頼りにして欲しい。誰よりも。
俺の方が年下だから、少し難しいとは思うけど。もう少し大人になれば、3歳くらいの歳の差はなんて事はないんだろうけど、17歳と20歳は結構大きい。
いや、でも。そのくらいの歳の差なんて気にしていられない。差があるのなら、俺が自分を磨けばいいだけなんだ。うん。
「ありがとうございます。 私、他の分を運んできますね」
今までは、俺はバイトだっていうのに、何でか結構申し訳無さそうに用事をくれてたけど、最近、キッチリ任せてもらえるようになってきた気がする。
信頼、されてきたのだろうか。いや、仕事の上で。
人としてならされていると思う。尤も、本来誰かを疑うような人じゃないんだけどね。
前までは、俺が雇ってもらっているのに、バイトの身なのに、「悪いですよ」って言われていた。桜さんの優しさからきているとは判るけど、店員としてはまだまだなのかな、と密かにへこんだりもしていた。あくまで密か。
でも、段々と仕事を任せてもらえるようになったりするのは素直に嬉しい。仕事を覚えていくのも楽しい。元々接客業は得意で好きだし、だから余計、ハピネスでの仕事は好きだ。
お客さんに「美味しいです」って胃って貰えると、俺が作っているわけでもないのに、凄く誇らしい気持ちになる。
俺は作るのは、桜さんほど巧く出来ないけど、ラッピングしたり並べたりするのは得意だ。
より美味しそうに、見栄えがするように、何度もディスプレイの前に行ったりして位置を確認する。奥に見える厨房では、桜さんが細々とした作業をしていた。
珈琲や紅茶の用意だろう。
「……あ」
ふいに桜さんが呟く。
「……どうしたんすか?」
「いえ。お弁当持って来るの、忘れちゃって。買いに行かないとって」
照れくさそうに笑って桜さんは財布を手に取った。他の従業員が来たら買いに行くらしい。
「ついでにお買い物してこなくっちゃいけませんし」
ピコンと気が付いた。
なんてラッキー。



「すいません、お付き合いさせちゃって」
「いーえっ、気にしないで下さいっす! 買出しには慣れてますし」
トイレットペーパーやキッチンペーパー等、重くは無いがかさばるものを抱えて歩くのは少し大変だが、苦ではない。
見慣れた商店街を桜さんと歩く。何気ないけど心が弾む会話をして、和菓子屋さんのワゴンセールでうっかり衝動買いして、お互い苦笑する。皆へのお土産にしようね、なんて言い訳する。

……なんか。恋人か夫婦みたいだぁ、と。つい、思う。

な、何考えてるんだ俺!!
あー……恥ずかしい。顔が火照るのが自分でもはっきりと判る。そうなれたらいいけど、こればっかりは相手がいることだし。いやいや、だからこそ振り向いてもらえるような努力は惜しみたくない。
まずは男らしさをアピール、みたいな。
俺より少し背の低い桜さん。横顔とか正面顔とか、よく見える。
肌が白くて柔らかそうで、時々、触ったら気持ち良さそうだなって思う。時々だから、あくまで時々。

「……といいですね」
「え!?」
しまった、ついボーっとしてた。というか桜さんのことで頭がいっぱいだった。隣にいるのに。バカバカ、俺のバカ!
 桜さんはといえば、気を悪くした様子も見せず、もう一度話してくれた。
「これ。福引券、何か当たるといいですね」
そういって一枚のチケットを見せてくれる。
あ、そうだ、さっき行った店で、サービスってくれたんだっけ。娘さんが桜さんのケーキの大ファンだからって。照れていたけど、桜さん、嬉しそうだった。そんな桜さんを見て俺も幸せになったのは言うまでもない。
「そうっすね! どんな商品があるんだろ。欲しいものがあるといいっすねー」
「はい。楽しみです。私、福引とか、大好きなんです。凄くわくわくするんだもの」
「俺もっす。あんま籤運良くないんすけど、ウチだとアイツが……」
居候の王子は何だか引きが強く、福引やら何やらでよく当てる。前にも懸賞でちょっとお高いジュースを2ダース当てた。
福引開場は商店街の端、出入り口だろうか、その辺りにあった。そこそこの人だかりが出来ていて、けれど、抽選品は見えた。
一等は韓国旅行ペアチケット 1組2名様。
二等は大型液晶テレビ。
三等はビール。缶と瓶と二ケースずつ。
四等は銀幕★ランド一日フリーパスペアチケット 1組2名様。
五等は商店街にある中華料理屋の食べ放題券 2名様。
……等々。六等以下は、お菓子の詰め合わせだったり、ティッシュだったりと、良い様な、特に欲しくはない様な、でも外れよりはマシかな? という、そんな感じのものだった。
一等と三等はもう当選者が出ていて、赤い札が貼られていた。
四等までは各一つらしい。
二人で並んで順番を待つ。俺、籤運はそんなに良くないけど、福引も好きだし順番待ちもワクワクして好きだ。
桜さんの番になって、券を渡して「では三回どーぞ。左側からまわして下さーい」とあまりやる気を感じない言い方の受付のおばさんの指示に従って、桜さんはゆっくりとガラガラと回す。
そういえば、コレの正式名称って何ていうんだろう。
ガラガラ、ポロ。
白い玉が出てきた。残念賞でティッシュだ。
ガラガラ ポロリ。
黒い玉が出てきた。完全なはずれだ。
「最後はなんかいいのがくるっすよ! 残り物には福があるっていうし!」
少ししょぼんとしている桜さんを励ます。意味合いは多少違うのかもしれないけれど、きっと最後にはそこそこ良い物が当たる機がする。勘だけど。
「…そう、ですよね。 一緒に回しませんか?」
「え」
後ろに並んでいる人がいないから、ゆっくりとできる、のはいいけれど、まさかの提案。
一緒に回すということはそれすなわち、手を。
桜さんの手を。
美味しい洋菓子を作り出す桜さんの手を。

握るということであって。

「いいんすか!? 大好きなんで嬉しいっす!」
「え!?」
「え。 ……あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいや、別に変な意味じゃないっすよ!?」
「い、いえ、そんな、こちらこそ。すいません、何か、変な事言ってしまって」
うわーうわー。
告白みたいなことしちゃったよ。いや、桜さんを好きなのには間違いないけれど、まだ告白する自信はない。自身というよりも、今はこういう関係なのが気持ちいいっていうか。
どう思われているのは凄く気になるけど、嫌われてはいないと思うし、結構、好かれている……気もするし。それが友達としてであっても。
「あ、じゃ、じゃあ。一緒にいいっすか?」
「はい、勿論です。お願いしますね」
にこりと笑う桜さん。
ズボンで手のひらをゴシゴシと拭いてから、その白い手の上に手を重ねる。
柔らかかった。
前に何度か手をつないだ事はあるけど、何か、今日は、一段と柔らかかった。
ドキドキした。きっと、顔も真っ赤になっていたんじゃないだろうか。暑かったから、誤魔化せるとは思うけど。
ぐっと力を入れて回す。
−あの景品のなかで、桜さんが一番欲しいモノが当たりますように……!
それを一番に願って、ガランという音の後に出てくるであろう、玉の色に期待した。

ガラガラ、ガラ、ポロリ。

出てきたのは、水色。なんだろうと顔を上げて、玉の色と景品を確認する。
四等だ。銀幕★ランドのフリーパスチケット。
チラリと横顔を見ると、凄く嬉しそうだった。
「良かったっすね! おめでとうございますっ」
「はい! ココさんが一緒に回してくれたおかげですね」
そんな事はないと思うけど、喜んでくれているのなら、俺はそれで満足だ。


やはりやる気を感じないおばさんから、景品のチケットを受け取り、ハピネスへの道を行く。
…嬉しそうな桜さんを見ると、嬉しくなるのは本当だ。
でも今、その桜さんを見ていると、複雑な気持ちになる。
誰と行くんですか?って聞けばいいんだろうけど、何ていうか、ううん。
女の子の友達と行くのかな、とか。もしかして、男子と行くのかなぁ、とか。
俺らしくないよなぁ、とか思うけど、でも気になる。という悪循環だ。
本当は、「連れて行ってください」と言う事が出来ればいいんだけれど、実は俺、乗り物酔いが酷くて、正直遊園地は苦手だ。
そうそう、銀幕★ランドは、潰れた遊園地を、ムービースター有志がアトラクション運営をしている所だ。銀幕市の最近のデートスポットでもあるし、市外からの観光客も多く訪れている。
ムービースターは見られるし、ロケーションエリアを展開した特別ショー等もあって、かなり盛り上がるらしい。いったことが無いから、噂だけなんだけど、あまり不評は聞かない。
「ココさん」
「はい」
「あの、良ければ、一緒に…行きませんか?」
「………………え。ぅぇ、えぇぇぇ!? 俺とっすか!?」
「はい、お嫌でなければ。是非」
「嫌なわけないじゃないすか! 嬉しいですよ!!」
突然の申し出に声がひっくり返る。慌てて首を振ったから、少しフラフラした。
乗り物酔い? そんなことより、桜さんと遊園地に行くことのほうが肝心だ! あんなもの、市販の酔い止めでも飲んでおけば問題無い!
桜さんには言っていない筈だから、心配もかけずに済むし。 そうだよ、言わなかった理由は格好悪いって思われたらどうしよう、という理由だよ。
と、誰にとも無くちょっぴり言い訳しつつ。
「それで、その。日取りなんですけど、二十日は開いてますか?」
「えーと……あ、はい。大丈夫っす。その日は一日社長の所なんで、別の日に変えてもらえますんで」
記憶の中のカレンダーを引き出す。社長は結構融通が利くのでありがたい。その分、別の日にこき使われることは、ままあるけど。体力的にキツイだけなら一晩寝ればすぐに回復する。だから問題は無い。
「無理言ってすみません……」
桜さんは申し訳無さそうに言う。
けど、ハピネスがあるから、そう簡単には休めないのは知っているつもりだ。きっとその日が一番都合付けやすい日なんだろう。
だとしたら、合わせる事は苦痛ではない。俺にしたって、無理にズラすわけではないのだから。
「そんなことないっすよ、それに丁度、こないだ休み代わったから、いつ休みいれようかなー、なんて思ってましたんで!」
「……そう、ですか? ありがとうございます!」
やっと笑ってくれた。
それにしても。
たまたまとはいえ、二十日に桜さんと出かける事が−デートできるなんて、最高の誕生日になりそうだ。
桜さんに見えないようにガッツポーズをしたのは、やはりここだけの話ということで。







それから暫くした、六月二十日。
いつもよりだいぶ格好に気をつけて、且つ財布の中身にも余裕を持って、待ち合わせの改札口に向う。
財布に余裕があるといっても、別にアレだ、疚しい事を考えているわけではなくて、食事をグレードの高いものにした時とか、足りなくなるとアレだからであって、うん、それ以外の何物でもない。
……って、誰に言い訳しているんだろう、俺。
前に映画を見に行ったときは、桜さんが先に来ていた。早めに行ったつもりだったけど、今回はもう少し早めに家を出た。
懐中時計を見ると、二十分前だ。普段は五分位早目に付けば良いかな、と思って出かけている。
駆け足気味で改札口にたどり着いて辺りを見回す。桜さんのあの特徴的な髪は見当たらない。
よし、待たせていない。
そう一息付いた時。
ポン、と軽く肩を叩かれた。
そこには、夏らしい色合いのワンピースとジーンズの桜さんと、スカイがいた。



電車で二駅揺られて、銀幕★ランドにたどり着く。
よく晴れた日なのに意外と空いている。平日だからだろうか。
良かったですね、なんて声を掛け合って、パンフレットを兼ねた案内図を見て何から乗るか検討する。
「桜さんは何に乗りたいっすか?」
「そうですねー……どれも面白そう。悩んじゃいますね」
苦笑する桜さんが可愛くて、つい見つめてしまう。
笑った顔、可愛いんだ。三歳も年上には見えない。同い年くらいにしか見えない。本人はどうもそれを気にしているみたいなんだけど。可愛いのにな。
じゃあ、と桜さんが遠慮がちに示したのは、所謂ジェットコースター、つまり絶叫マシン。
……怖いわけじゃないぞ! 酔うだけで!
そもそも、酔い止め飲んできたから平気だし! ……多分。
一番の人気アトラクションである所為か、そジェットコースターは空いている割に混んでいた。急いでいるわけでもないし、こういう長蛇の列って遊園地の醍醐味でもあると思うので、最後尾に並ぶ。
「喉乾いたっすね……俺、なんか買ってきます。さっきジドハンあったし。桜さんは何がいいっすか?」
「あ、ありがとうございます。んーと……紅茶、がいいな」
「了解っす! ちょっと待ってて下さいね!」
長い列とはいえ、一度に動く量が結構あるから急ぐのに越した事は無い。しっかりと位置を覚えて、蒼拿と一緒に奪取で買いに行く。
意外と道は覚えているもので、すんなりジドハン−自販機を、見つけられた。
少しでも冷えたものを、と桜さんの分は後回しに。俺の分の青いコーラを買い、そしてミルクティを。ペットボトルなので持ちやすいし飲みきらなくて良いのが良心的だ。
買いに行くときよりもっと急いで戻る。
並んでいた場所には居なくて、だから少し先を探した。
と。
桜さんが列の外に居る男二人に話しかけられていた。咄嗟に「知り合いかな?」と思った。しかしその割りに、何だか困惑しているような表情だし、周りの人達も戸惑っている様子に見えた。
「……その人に、何か?」
声をかけると、男二人は顔を見合わせて−

「ンだよ、彼氏待ちだったのか」

そう言って、さっさと立ち去った。そうか、あれがナンパって奴か。
って、それどころではなくて!
「大丈夫でしたか!? すいません、俺が……」
俺が側に付いていればって言えるほど強くは無いけど、それでも彼氏持ちかって言って引き返すわけだから、俺が居れば……。
ん?

彼 氏 持 ち ?

「あ、そ、その。大丈夫ですよ、声をかけられただけですし……」
「な、なら、良かったっす! うん。 あ、これ、ミルクティっす!」
ドキドキしているのを隠すように、俺は桜さんの顔を直視できずに、やけに饒舌になっていた。
ひょっとしたら、もしかしたら。
俺が彼氏と間違えられて嬉しかった様に、桜さんも俺が彼氏だと思われてドキドキしたのかなって、そんな都合のいいことを考えてしまったから。
だが。
そんな俺の甘い思考はすぐに打ち破られた。

ジェットコースターという、スピードの悪魔によって。



「最高でしたね! アップダウンも激しかったし、乗っている時間も長かったし!」
見るからにご機嫌の桜さん。
俺はといえば、大概フラフラになっていた。
……あんなに激しいとは思ってみなかった。ゆっくり登って行ったかと思えば急降下。いきなり止まって一心地付いたところで、息をつくのも大変なほどの猛スピードで走っていく。
酔い止め飲んでおけば平気、だなんて、高くくり過ぎだった。
「次はアレ乗りましょう!」
楽しそうな桜さんを見ると、もう一回乗ってもいいかな、なんて思ってしまう。
スカイもご機嫌そうだし、蒼拿も俺とは違って絶叫マシンは平気そうだ。いやむしろ、スカイと一緒に居られてご機嫌なんじゃ?
「行きましょう!」
きゅっと手をとられる。
駆け足で次のアトラクションに向かう。手をつないで。
一緒に遊びに来られただけでも最高の誕生日だと思ったのに。
なんと表現すればいいのか判らない嬉しい気持ちが胸の中に広がる。
そしてそのまま−手をつないだまま−次のアトラクションに並んだ。



「……顔色悪いですよ? 大丈夫ですか……?」
「あー…や、大丈夫っす…よ?」
絶叫系アトラクションを三つ四つこなして、とうとう限界が来た。リバースまでは行かないけれど、結構フラフラになってしまった。
桜さんの前で不甲斐無い。
「大丈夫そうには見えません。 ベンチあるから、休みましょう?ね?」
「……なら…ちょっとお言葉に甘えて…」
ヨロヨロと椅子に腰掛ける。日が当たっていて温まっている。思うより気持ち良い。
「なにか冷たいもの、買ってきますね。待っていて下さい」
言うなり、桜さんは近くの店に駆け込んで、何か買ってきてくれた。
凍らせたペットボトルと新しい飲み物だった。
隣に座った桜さんは、俺の肩を優しく叩いてから、ゆっくりと俺の体を横倒しにした。
−暫く自体が飲み込めなったけど。少し逡巡した後、膝枕されている事に気が付いた。
「……っ!?」
「駄目です、暫く動かないで下さい?」
ピトリと凍らせたペットボトルを俺の額に当てて、桜さんは優しい手つきで俺の頭を撫でてくれた。顔つきも、慈愛っていうイメージが似合うような、安らかな気持ちになれるものだった。
子供の頃も、似た幸福感を味わった事がある。
似ているけれど違う幸福感に包まれて、泣きたくなる程、幸せだった。とても。



一時間もしないうちに落ち着いてきて、ゆっくりと園内を見て回ることにした。
途中、ショーや大人しいアトラクションを楽しんだりした。
なんかおなか空いたね、と話して、時計を見ると、二時を回っていた。
色んなレストランがあったけど、近くにあったパスタ屋に入る。
遊園地のレストランにしては、どころか、かなり美味しい店だった。俺はペペロンチーノ、桜さんはカルボナーラを食べて、少しずつ交換した。どちらの味も文句なしに美味しかった。スカイと蒼拿にもおすそ分けしてあげたら、ご機嫌そうに食べていた。

お昼はまったり過ごして、お土産店を冷やかして回る。
流石というべきか、バッキーマスコットやバッキー用のアクセサリも売っていた。そこの店でスカイと蒼拿にいくつか見繕う。折角だからお揃いにしようと、色違いで同じアクセサリを買った。二人(二匹?)の反応を見ると、喜んで居てくれているらしい。
店を出て、暫く歩いていると、少し、陽が翳っていた。その割りに肌寒くはない。すっかり夏なんだなぁ、と改めて思う。
「あ」
「どうしました?」
「入りません? なんか面白そう」
歩いている先に見つけたアトラクションを指で示す。桜さんが一瞬固まる。
「今並んでいる人も居ないし」
「………そ、そう、です、ね……。うん、ココさんも、私の好きなのに付き合ってくれましたし……」
あれ。もしかして嫌いなのかな。

お化け屋敷。

「や、怖いなら別にいいっすよ? ものっそい入りたいわけじゃな」
「いえ! 怖いわけじゃないです。はい。行きましょ!」
何かを吹っ切るような勢いで桜さんはお化け屋敷に向かって歩き出す。
−実は負けず嫌いな面もあるんだろうか?
新しい一面を発見したようで、申し訳ないなぁと思いつつ、それ以上に可愛いなって、そう思った。



出て来た時、俺はスカイを左肩、蒼拿を右肩に乗せて、桜さんが左腕にしがみ付いた状態だった。肩で大きく息をしている。
「……お、思った以上、でした……」
「設定が怖かったっすよね……廃病院だなんて……」
お化け屋敷系は結構得意な俺だけど、これは怖かった。いい感じに怖かった。ので、苦手(だと思われる)桜さんにはさぞかし怖かっただろうと思うと、提案するんじゃなかったかな、と後悔。
「すいません、俺が入ろうだなんて言ったから」
「いえ。 ……じゃ、次、あれに、乗りませんか?」
少し調子を取り戻した桜さんが望んだ乗り物は−



「わぁ! 眺め良さそう!」
「そうっすねー、まだ低いのに、遠くまで見えるし、灯りも点ってきたから」
大観覧車だった。
意外と狭い滑車の中で向かい合い、外を見る。
暗くなり始めた外が、美しくライトアップされていくのが幻想的で美しい。
「……ココさん」
「はい」
すっと水色のラッピングがされた箱を差し出される。
??? と困惑している俺に、桜さんは少し頬を染めて言った。
「……お誕生日プレゼントです。気に入って貰えると、嬉しいんですけど」
「え。え、ちょ、いいんすか!?」
「勿論です!」
出来るだけ、出来るだけ丁寧な手つきで、桜さんから箱を受け取る。了解を得て、また丁寧にラッピングをはがす。
立派だけどそれ過ぎず、けれど見栄えは素晴らしい箱に入っていたのは、

真っ白な宝石ー多分真珠だーと乳白色の綺麗な石だった。
先端に付いてあり、ネックレスになっている。女性的な美しい装丁ではなくて、シンプルながらも格好いいデザインに仕上がっている。
あまり興味はなくて、今は桜さんとお揃いのブレス以外、アクセサリはつけないいんだけど、これは身に着けていたいと思う。
「いいすね……! 凄く気に入っちゃいましたよ! でもいいんすか、こんないいもの」
「ココさんのお誕生日ですもの。喜んでもらえたら、それでいいんです。無理もしていませんから、ご心配なく」
にこりと笑って、先手を打たれた。
照れくさいという気持ちもあるけど、それ以上に嬉しい。
お互いそうらしく、目が合うと、頬が赤くなるのがはっきりと判った。どちらともなく吹きだして、やがて笑いあう。
「……あ、見て、ココさん。パレード、始まったみたいですよ」
桜さんが下を指差す。 お、と思って下を覗き込もうとしたけど、止めた。
ひとつ大人になったのだから、少し勇気を出そうかと思ったんだ。
揺れない様に立ち上がって、緊張しつつでも表に出ないように、思い切って桜さんの隣に座る。
桜さんは少し驚いていたけど、微笑みながら、「ほら、あの辺り」と示してくれた。
バッキー達はコロンと寝転がって、寝息を立てている。
俺と桜さんは、物理的にも心理的にも、今朝より近づけた、そんな気がする。
それはきっと期待ではなくて、確信。



プレゼントの石が、真珠とブルームーンストーンだと知ったのは、帰宅してから、居候に教えてもらった。
意味は、真珠は純潔・ムーンストーンは純粋な愛。

それを教えられて顔が真っ赤になった俺は、赤毛の居候と氷雪の王子に悪意のあるなし関わらずにからかわれたのは、言うまでもない。



クリエイターコメントいちもお世話になっております、遠野です。

ギリギリになってしまって、大変申し訳ございません。
お二人の大切な日に、二度も関わることが出来て、大変光栄い、そして嬉しく思っております。
今後のお二人の動向にも目が離せません。
恋人未満の関係も、素敵ですね。

少しでもお心に沿うように、少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
この度は誠にありがとうございました!
公開日時2008-06-20(金) 22:00
感想メールはこちらから