★ 夢境に揺蕩うボク ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-899 オファー日2007-10-01(月) 01:04
オファーPC レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
ゲストPC1 鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
<ノベル>

 醒めなくちゃいけない夢がある。
 だけど醒めるのが怖くて。
 でも、このままでいる訳にもいかなくて。
 だから……。

 ――どうしようもなく苦しくて――



「どうしたら、いいの?」
 ふと聞こえた自分の声に、レン(レドメネランテ・スノウィス)は意識を繋げる。無意識のうちに声に出していたようだ。
「どうしたら、いいの?」
 改めて声に出してみる。見上げた夜空は雲に覆われていて月も星も見えない。辺りは真っ暗で、聞こえてくる潮騒と海の匂いだけがこの場所が海辺だという事を気づかせる。
 ぽつり。ぽつり。
 空から降ってきたそれは、自分の居場所がここではないという事を明確にレンに教えてくれる。
 そう。極寒の大陸であるレンの故郷には、それが降ることはまずないのだ。
 不意に。レンはちょっと前に来た神さま小学校の少女のことを思い出す。
 雪の神さまの娘。彼女が見せてくれた雪。
 あの白銀の雪が自分に運んだたくさんの想い。そして募らせた望郷の思い。
 故郷に帰りたくて。
 でも、「さよなら」の言葉を聞くのが怖くて。親しい人達が集まる場所にもいけずに。その想いを誰にも話せなくて。
 ただ。苦しくて。
 ぽつぽつ。ぽつり。
 次第に勢いを増すそれは、まるでここにいる自分を責めているようにレンは感じた。
「どうしたら、いいの?」
 その頬を伝うのは空の涙だろうか。それともレンの涙だろうか。
「ねぇ。ライエン」
 口を出た言葉は、そっと虚空へと消えていった。



「いらっしゃいませー」
 正午過ぎ。客足は引いてきたといえ、そこそこの人気店であるケーキショップ。その店員としてバイト中の鴣取 虹(コトリ コウ)は入ってきた客に対して笑顔で挨拶したところだった。
「あら。虹くんこんにちは」
 虹を見つけて嬉しそうに笑いかけたのは常連のお客さん。
 明るく元気。いつも楽しそうな笑顔の虹は、この店をはじめ、バイト先の幾つかの店の看板息子なのだ。
「あ、どうもっす」
「あら。新作が3つも。虹くんのオススメはどれかしら?」
 今日から販売の新作ケーキの3つを見て虹に訊ねる。
「うーん。このマロンケーキなんてどうっすか? モカクリームが絶妙っすよ。まあでも、どれも美味しいっすけどね」
 あははと笑いながら虹。
 休憩時間になり、休憩室でうーんと伸びをした時に、ポケットの携帯電話が震えた。勤務中は音は消してバイブ機能だけにしているのだ。
 液晶を見ると同居人からだった。
 自分がこの時間、バイト中だということは分かっている筈なので、なんとなく嫌な予感を感じてとりあえず出る。
「――が病院に運ばれたわ」
 繋がったと同時に喋りだしたのだろう。通話ボタンを押してから耳に当てるまでのタイムラグで重要な部分が聞き取れなかった。
 静かに、でも焦っているような口調だった。
「ん? ごめんもう一回」
 条件反射のようにその言葉を出してから虹は気が付いてはっとした。
 病院? 運ばれた? どうして同居人は自分に電話を?
 再び喋りだした相手の声が、虹の思考を全部中断させた。
「レンが病院に運ばれたわ」



 病院に着いた虹はレンの病室を確認し、そこへと向かう。
 エレベーターを待っているのがもどかしく、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
 レンが病院に運ばれた。
 同居人からその言葉を聞いて、バイトを早退して急いで病院に来たのだ。同居人も、病院からの電話でそのことを知ったらしく、詳しい事はまだ分からないらしい。自分は用事があるからよろしく。とも言っていた。
 レンが運ばれた病室を確認して、やや乱暴にドアを開ける。
「レン!」
 同時に、虹の目に映ったのはベッドで眠っているレン。点滴に繋がれたレン。
「レン! しっかりしろよ、レン!」
 虹は近寄ってレンを見る。相変わらず白い肌だけど、生気はあった。
「ご家族の方ですか?」
 声をかけられて初めて、虹は横にいた看護師の存在に気が付いた。
「え? あ、…………はい。そう、っす」
 全速力で自転車を漕いで病院まで来て、休むことなく病室まで走り。とりあえずはレンの無事を確認したからだろうか。虹は糸が切れたようにぼんやりと、ただ頷いた。
「少々お待ちくださいね。只今担当の者をお呼びしていますので」
「あ、レンは!? レンは無事なんっすよね!?」
 すぐに正気に戻って看護師に問いかける虹。
「はい。疲労などは少々ありますが、これといった問題はありません。詳しい事は担当の者をお呼びしていますので、そのときに」
 勧められた椅子に座り。レンを見る虹。
 白に近いふわふわの青い髪。雪のような白い肌に浮かぶそばかす。
 いつもどおりのレンの顔。だけどその顔がどこか苦しそうに。虹には思えた。
 やってきた医者の話を聞くと、レンは海辺で倒れていたらしい。時期が時期ということで発見が遅れたみたいだった。衣類が濡れていて、また、今朝方まで雨が降っていたということから、少なくとも朝から倒れていたのではないか。と。
 しかしレンはやや衰弱気味というだけで、熱があるわけでもなく、外傷等、目立ったところはないということだった。衰弱といっても深刻なものではなく。今眠っているのは単に過労で、じきに目を覚ますだろうと。
 虹は一度病院の屋上に出て、夕方からのバイト先に休ませて欲しいと、許可を取る。
 それまでにレンが起きて、二人で家に戻ったとしても、美味しいご飯でも作ってあげるつもりだったのだ。
 虹は、レンがここ最近何処かで夜を明かしていたのは知っていた。
 いつもは朝には家に戻っていたのだが、今朝はレンはいなかった。心配に思ったが、バイトの時間が迫っていたので深く考えずにそのまま家を出た。
 そのことを虹は悔やんでいた。あの時、探しに行っていればよかったと。
 病室に戻り、椅子に座りレンを見る虹。
 おかしいな。
 虹には自分が今ここにいるのが可笑しかった。
「厄介者……なのにな」
 ずっと思ってきたはずだったのに。
 看護師に家族ですかと問われた時。
 無意識に、頷いていた。
 厄介者のはずなのに。どこか弟のようで。
「なぁ、レン」
 手を伸ばし。レンのふわふわの髪を撫でる虹。
「はやく目、醒まして。帰ろうぜ」
「ぅ……ぁ…………」
「レン!? 気が付い――」
 小さく呻いたレン。気が付いたのかと思って立ち上がった虹の耳に、レンは譫言のように呟いた。
「ライエン……お父様…………」



 窓から射す夕日がレンの顔を赤く染め、虹ははっと時間を意識した。虹が病室に着てから四時間近くたっていた。
 あの後、レンは同じ言葉を何度も譫言のように呟いていた。
 十分くらいそれが続いたかと思うとぴたっと止まり、そのあとはただ、安らかで、それでいて苦しそうな寝顔を見せ続けている。
 そっと。虹は椅子から立ち上がってレンの頭を優しく撫でて話しかける。
「ちょっと席はずすな。レン」
 部屋を出て、虹は屋上へと出る。
 携帯電話で、レンのことを教えてくれた同居人にレンの状態とレンが目覚めるまで病院にいるということを伝えた後、電話を切って柵に背中を預ける。
 見上げたオレンジの空。ついて出た溜め息。
 レンの口から出たライエンという名前を、虹は知っていた。
 レンの出身映画の中で、レンと共に旅をする女剣士。
「辛いのかな……レン」
 最近、レンの元気がないのもどこかで夜を明かしているのも気が付いていて心配だった虹。何か悩みがあるんだろうとは思っていたのだけど、その悩みは自分が考えていたよりももっと深いものなのかもしれない。と。
 病室に戻り再び椅子に座ってレンを眺める虹。
 やがてあたりも暗くなり、面会終了時刻が来る。
 虹は病院に泊まる事にした。レンの病室に簡易ベッドを組んで眠る事ができるのだ。
「レドメネランテさんが目覚めたら、電話で連絡を差し上げる事も可能ですが」
 泊まると言った虹に対して看護師はそう言ったが、虹は一度レンを見てから笑って返した。
「いや、いいっすよ。目が覚めたときに知っている顔があったほうが、少しは安心できると思うんで」
 それにしても。
 電気を消した部屋。窓から入る月明かりにうっすらと浮かぶ時計の文字を見て虹は思う。
 朝から眠っているとしても。もうかなり眠っている事になる。
 ただの疲労。と医者は言った。確かによほど疲れているのなら。と頷けない事もないけど、それでも一度くらい目を覚まさないものなのだろうか?
 辺りが暗いからだろうか? 思考がドンドンと悪い方へと向かっていって。
「やめっと」
 区切るために敢えて声に出して仰向けでベッドに倒れこむ虹。
 眠るつもりはなかったのだけど、気疲れからか虹はすぐにうとうととし始めた。



 部屋に響いた足音に、虹は後ろを振り返る。
「おはようございます。レドメネランテさんはどうです?」
「まだ……」
 入ってきたのは看護師と医者だった。虹は弱々しく呟いて視線をレンに戻す。
 きっと。安らかな寝顔。きっと。誰もがそう思うだろう。だけど虹には、レンのその寝顔が苦しそうに見えてしかたなかった。
「流石に、ちょっと長いですね」
 レンの前に立った医者が口を開く。
 レンが目を覚まさないことを言っているのだろう。
 虹は昨日の夜、うとうとして寝てしまったが二時間くらいで目が覚めて、その後はずっとレンを見ていたのだ。
 しかしレンが目をあけることはなかった。あの譫言を何度か呟いただけ。
 医者はレンの瞼を上げて眼球を見たり脈を計ったりした後に腕を組んでうーんと唸る。
「問題は無かった筈なんですが」
「あの」
 なにやら呟いている医者に虹が話しかける。
「もし。日頃から目が覚めるのをすごく嫌だって思ってたりしてたら。こんな風に目が覚めなくなるとか、そういうのはないっすか」
 虹は知っている。レンが出身映画内でも夢の存在だという事を。だから日頃から夢から醒めるのを怖がっているとか、そういう思いがあるのかもしれない。と。
「なんらかの強い想いで目が覚めないという事は、無いとは言いませんが……あまり起こる事ではないとは思います」
「でも! ここは銀幕市っすよ! それにレンはムービースター! だからっ!」
 想いが昂ぶって叫ぶように虹。その言葉に医者は静かに言う。
「仮に、もしそうだとしたら。私達には手の施しようがありません」
「――!」
「とりあえず。もうしばらく様子を見ましょう」
 部屋を出て行く看護師と医者。虹は眠っているレンを見て掠れた声で呟いた。
「しっかりしろよ、レン」



 気が付いたとき、吹雪の中に立っていた。
 懐かしいな。そう感じた時、目の前に手が差し出された。
 その手の先を見上げると、吹雪の中、燃える炎のような赤く長い髪。優しげに微笑むその眼は右目が銀、左目が金のオッドアイ。
 ライエン。大切な。本当に大切な人。
 その手を取ろうと思った。取らなくちゃいけないと思った。
 でも、すぐに取る事は出来なかった。
 兄と慕うあの人や、居候先のあの人に呼ばれた気がして。



「明日になっても目が覚めなければ、一度精密検査をしましょう」
 看護師の言葉に、虹は無言で頷く。
 看護師が出て行った後、虹は億劫そうに椅子から立ち上がり部屋の電気を消す。窓の外からは月明かりが差し込み、眠っているレンの顔を照らす。
 二日目の夜になっても、レンが目を覚ますことは無かった。虹はこの日もバイトを休み、一日中レンの傍に居た。
 椅子に座り、ただ俯く虹。
 込み上げる気持ちは悔いだろうか?
 どうして昨日の朝のうちに探しに行かなかった。
 どうしてどこかで夜を明かすレンを引き止めなかった。
 どうして悩んでいるレンから話を聞こうとしなかった。
 何かをしていれば何かが変わっていただろうか。
 何も変わらないかもしれない。
 それでも虹はそれが気がかりでしょうがなかった。
 どのくらい考えていただろうか。
 二時間? 四時間? 六時間? 
 虹にはもう時間の感覚が掴めなかった。
 なんとなく。虹はレンを見た。
 月明かりを浴びたレンの寝顔は、いつもと違う感じで。どこか神秘的だった。
 ふわふわの白い髪も、そばかすの浮かぶ白い肌も。全て銀色に染まって、時間さえも、止まったように虹には感じられた。
 綺麗だな。
 ただ、純粋にそんなことを虹は思った。
 想いも悔いも全て忘れて。ただこの止まった時間だけが綺麗で。
 唐突に。止まっていた時間が動き出した。
 ゆっくりと。レンの瞼が――開いた。
「…………」
 虹の言葉は、出なかった。
 目覚めたレンは、視界に虹の顔を見て安堵を浮かべる。
「……ぁ…………」
 思うように声が出ないのか、レンは小さく呻いた後にそっと笑って虹に話しかける。
「ボクを呼んだのは、ココくん……だよね?」
「ああ、まったく。遅いよ。レン」
 頬に、僅かに温かみを感じながら、虹は言った。



「ねぇ。本当にいいのかな?」
「ん? いいよいいよ。どうせ後でまた戻るんだしさ」
 虹の背中で喋るレンに、後ろを振り向いて虹が言う。
 二人は病院から虹の家へと向かう途中だった。少し身体が弱っているかなと思い、虹はレンをおぶっているのだ。
 もう退院出来たのかと言うと、そういう訳ではなく、二人は抜け出してきたのだった。
 起きて早々、お腹すいた。と言ったレンに、それじゃあ家に戻ってご飯食べよう。と虹が言ったのだ。
 病院でも恐らくは食事を用意してもらえそうだったが、折角だし美味しいもの、ということで書置きを残して抜け出してきたのだ。
「ねぇ。ココくん」
「んー?」
「海、行きたいな」
 いつもと調子の違うレンの声に、虹は数秒してから答える。
「いいよ。んじゃいこっか」
 海岸の方へと方向を変える虹。
「お腹、平気か?」
「ふふ。そのくらい我慢できるよ」
 優しく笑いながらレン。
 海岸に着き、二人並んで浜辺に座る。空を見上げれば綺麗な星に月。二人は暫くの間空を見上げて感嘆の声をあげていた。
「夢を見たの」
 ぽつりと。レンは呟いた。
 空を見上げたまま。虹は無言で続きを促す。
「白枯れる季節。吹雪の中、恋しい人が……ライエンが手を伸ばしてた。ボクはライエンの手を取ろうと思ったんだ。でも、ココくんや、お兄ちゃんに呼ばれた気がして。気付いたら……此処に」
 喋り出すと途端に想いが込み上げ、震えた声でレンは続ける。
「ココくん。あの夢は何処に行ってしまったの?」
 レンはずっと考えていた。醒めてしまった夢の行き先。
 虹は無言で空を見続ける。少し待っても喋る気配が無かったので、レンは続けた。
「ボクは、この夢から醒めないといけないんだ。醒めたいんだ。あの、ドラゴンの夢に帰りたいんだ。……それでも、この優しい夢も大好きで、大切で。だから苦しくて」
 いつの間にか、その青の瞳からは涙が流れていた。月の光にきらりと銀色に光る涙は、次から次へと零れ落ちる。
 それは、まぎれもないレンの本音だった。
「ココくん。醒めてしまった夢は何処へ行くの? 消えてしまうの? 初めから無かった事になってしまうの? それじゃあボクは!!」
 昂ぶる想い。その激しい言葉に銀色の光が踊る。
 夢の存在である自分。ここでも、映画の中でも。レンは夢の存在なのだ。
「たとえボクが、醒めてしまう夢だとしても。お願いココくん。ボクを忘れないで。ここにいたボクを忘れないで」
 泣きながら、虹にすがりついて叫ぶレン。
 元々この世界にいた、確かな存在。夢である自分とは違う確実な存在である虹だから言えた言葉。
 虹はゆっくりと顔を下ろしてレンを見て言う。
「醒めた夢が何処に行くかとか、俺には分かんねーけどさ。たとえ消えてしまっても。初めから無かった事になっても。レンの事、忘れない。俺の家に住んでいるレドメネランテ・スノウィスを、俺は絶対忘れない。だけど……」
 最後になって震えだした声に、驚いたように虹を見上げるレン。
「だけど……行くなよ!! 醒めるなよ。ずっとこの夢にいろよ」
 涙を湛えて震えた声で叫ぶ虹。
「ボクのこと、厄介者じゃなかったの?」
「厄介だけど、お前らの為ならバイトだって全然苦じゃない」
「夢は、いつかかならず醒めちゃうよ?」
「それなら、何度だってまた夢を見させてやる。子守唄得意なんだ、俺」
 ははっと笑う虹にレンも微笑む。しかしすぐに沈黙。
 静まった二人の耳に潮騒が届く。その沈黙が怖くて、虹は喋りだす。
「だからさ。行くなよ、レン」
「でも、ボクは……」
 虹から身体を離してレンは言う。
「ボクは、戻って立派な王様になって、国を変えないといけないんだ。違う、そうしたいんだ。大切な人と、ライエンと約束したんだ。会いたいんだ」
「レン……」
「お父様も待ってる。ボクにとっての本当の家族は……帰るべき故郷はそこにしかないんだ」
 それは、虹にとって何よりも痛い言葉だった。
 だけど、虹はレンを絶対に帰らせたくなかった。
 大切だから。絶対に。どんなにレンが、それを望もうとも。
「向こうにも、いるんだよ」
 調子の変わった声に、レンは不思議そうな顔をする。
「実体化したときに、レンは二人になったんだ。だからもし、レンがこの夢から醒めても――」
「やめてよ!!」
 虹の声を掻き消すように、大声でレンが叫ぶ。
「どうして、そういうこと言うの。ココくん……」
 涙声でレンが言う。
「レンがどれほど向こうの世界を、人達を大切に想っているかは分かってる。いや……、多分俺が考えている以上に大切なんだと思う。だけど! レンは此処にいたほうが良いって。絶対に」
 必死に。諭すようにレンに語りかける虹。そんな虹を見ているうちに、レンは虹の想いに気がついて、静かに喋りだす。
「……ココくん、知ってるんだ。僕が21になる前に、死んじゃう事」
 それは、レンの映画内では語られる事の無かった事実。
「だって俺、レアムスグドシリーズのファンだからさ……」
「…………」
 俯いているレンに虹は早口で続ける。
「レンは此処にいろよ。此処なら、兄ちゃんとか、社長とか、他にも強い人、いるだろ? だから死なないだろ。それに俺だっているし、頼りないかもしれないけど、な?」
 レンが元の世界にいたならば、恐らくその死は絶対に避けることは出来ない。しかし、銀幕市にいるのなら、たとえそれがどんな事でも、避けることが出来るかもしれないのではないか。そう虹は思ったのだ。
「ありがとう……ココくん」
 顔をあげたレンは、笑顔で虹に言う。
 こんなにも自分を心配してくれる虹が、レンは嬉しかった。
「なぁ、レン。レンがすごく寂しがってるのは分かる。でもさ、この世界で、レンが大好きな人、思い浮かべてみろ」
 虹のその言葉に、レンは言う通り大好きな人達を思い浮かべていく。
 赤毛の少女、金髪のハンター、白髪の半獣人、兄、そして虹。
 その他にも沢山の、大好きな人達。
「別に、だからどうしろって訳じゃないけどさ。レンが大好きな人達全員。レンのことが大好きなんだ。みんな今のレンを見て、姿を見せないレンに、心配してるんだ。それでも、やっぱり寂しいか?」
 優しく、レンを引き寄せて言う虹。レンはいつのまにかぼろぼろと涙を流していた。
 みんなの想いに、気がついたのだ。虹のその言葉が嘘じゃないって、自信を持って言える位に、レンもみんなのことが大好きだったのだ。
「ココくん……」
 それだけを言って虹の胸で声を出して泣く。
「悩むななんて言わないからさ。でも、どうしようもなく苦しいならさ。誰だって良いんだ。大好きな人に相談しろよ。誰も嫌な顔なんてしないからさ」
 自分の胸で泣いているレンの頭を撫でながら、虹は優しく話しかける。
「うぅっ。うあぁ。ココくん」
「ゆっくり、解決していこうな。レン」
 虹の言葉に、レンは泣きながら、でも力強く頷いた。



 虹の家へ向かう道を、二人は再び歩いていた。
 いや、歩いているのは一人。レンはやっぱり虹の背中にいたからだ。
「……あ」
「ん? どうしたの?」
 何かを気が付いたように言った虹にレンが首を傾げて赤い目で虹の顔を覗きこむ。
「そういや、病院にチャリ置いたままだった」
 バイト先から自転車で病院まで行ったことを思い出して虹。
「あー。今から戻っても時間的には大差ないよな。でもまた行かなきゃいけ――」
「このままがいいな」
 独り言のように呟いていた虹の声を掻き消すようにレンは言う。
「あったかいから、このままがいいな」
 ぎゅっ、と。掴んだ服を握ってレンが言う。
 虹は少しだけ顔をほころばせて、無言で歩く。
 水平線から顔を出した朝日が、そんな二人を優しく照らしていた。

クリエイターコメントまず最初に、プライベートノベルのオファー。有難うございました。
オファーを頂いた時、私の過去作品に関係があるご依頼でしたので、非常に嬉しく思い、一人舞い上がりました。

レン君と虹さん。二人の素敵な物語の一片を書くことが出来て幸せに思います。

初のプライベートノベルとなりますが、如何でしたでしょう?
たとえ一瞬だけでも、幸せを感じていただけたのならば私は嬉しく思います。

それでは、本当に素敵で幸せな時間を有難うございました。
公開日時2007-10-19(金) 19:10
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