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<ノベル>
(ここまで来れば大丈夫か……?)
レイは後ろを何度も振り返りながら、歩幅を緩めた。日差しはまだ勢いがあるが、風はもう秋の匂いを纏っている。
彼女を放置してきた後のことが少し気になるが、まあ、銀幕市ならば許されるだろう。小さくため息をつきながら角を曲がると、足の裏に変な感触を覚える。何かを踏んづけてしまったらしい。
「危ないっ!」
彼が事態を認識するよりも先に、大声と共に少女が『飛んで』来た。彼は、慌ててそれを避ける。
少女はすらりとした長い足で器用に着地すると、軽く舌打ちをする。
「――外したか」
「『外したか』じゃないでしょ。何でいきなり通行人にドロップキックかますのよ!」
「いたたたた……だって王子が爆発したら大変じゃないのよ」
「それとこれとは別」
茶髪の少女が、レイにキックをしてきた長い黒髪の少女に近づくと、凄みのある声で小言を言いながら、拳でぐりぐりと両のこめかみを締め上げた。
「美月ちゃんすごい! 何か格闘技とかやってるの?」
そこにもうひとり少女が追いついてくると、呑気な声を上げる。美月と呼ばれた少女は、得意気に髪をかき上げると、口を開いた。
「通信講座で習ったのよ」
「マジで!?」
「……取り込み中悪いんだが、状況を説明してくれ」
レイが見かねて口を開くと、少女たちの視線が一斉にこちらを向いた。
「ご迷惑かけてすみません。実は……」
「その通信講座のカタログってどこでもらえるの?」
「ああもう、頭が痛い」
「あんたたちはちょっと黙っててくれる?」
茶髪の少女が、勝手なことを喋っている他の二人を睨んで黙らせてから、改めて口を開こうとした時、間が抜けた声が上がった。
「剣じゃ! 立派な剣があるのじゃ!」
レイがそちらを見ると、そこにはテルテル坊主のような物体と、それを訝しげに見ている長身の男の姿があった。
「へぇ。そいつは難儀な話だな」
刀冴は、マンゴーパフェをスプーンでつつきながら言う。彼は、街を散策している最中、少女たちと一緒に歩く奇妙な物体を目にし、興味を惹かれて近づいたところ、いつの間にか巻き込まれる形となった。
一同は、近くにあったカフェのテラス席にいた。王子は、テーブルの周りをぐるぐると歩いている。
「時速5.02、5.05……意外と無駄がないな」
レイはエスプレッソを飲みながら、彼自身に内蔵されているコンピューターとセンサーを使い、王子の歩行速度を正確に計測する。
「だが、止まると爆発するってのは本当なのか? ……ちょっと試してみてぇ気はするな」
「や、やめてくださいよ!? ホントに。まあ、確かに止まったら爆発するっていう確証はないけど、爆発しないっていう保証もないし……」
真顔で物騒なことを言う刀冴に、沙羅が慌てて反応した。
「とりあえず、王子は観光がしたい訳だろ? 俺が案内してもいいぜ。移動が問題なら、俺が肩に担いで動けば問題ない」
「でも、あたしもそれ考えたんですけど、王子、すっごく重かったですよ。持ち上がらなかったから」
「重さ51.24キログラムだ」
沙羅の言葉を受け、レイが瞬時に計算をする。それを聞き、刀冴は陽気に笑った。
「そのぐらいなら余裕だな」
「ここがパニックシネマだ」
パニックシネマは、いつものように活気があった。中に入ると、刀冴は王子を床におろす。彼は、嬉しそうにちょこまかと動き回った。その姿は、何となく微笑ましい。
レイは銀幕市に現れてから、まだ日が浅いため、あまりいろいろな場所をじっくりと見て回るということをしていない。今回の観光は、ちょうど良い機会だった。そして、その一方で、王子の速度計測を続けながら、ネットの検索も行っていた。王子がどのような映画のムービースターかを調べるためだ。移動速度が時速5キロを下回ると爆発するなどという存在は、ムービースター以外にはありえない。
「あれは何じゃ?」
王子が向いた先には、売店でポップコーンを買っている親子の姿があった。
「あれは、ポップコーンという食い物だ。ここの売店で売っているポップコーンは絶品だと言われている」
「ほほぅ」
刀冴が説明をすると、王子は感心したように頷く。そして、歩いている方向にいたレイを見ると、少し考えるかのように首をかしげてから、言葉を発する。
「……ドグロザエモン。ポップコーンとやらを買って参れ」
「誰がドグロザエモンだ、クソ王子」
レイは反射的に王子を蹴り飛ばす。彼は「あ〜れ〜」と言いながら宙を舞った。刀冴は先回りすると、見事にキャッチする。
「おいおい。勘弁してくれよ」
そう言って苦笑する刀冴に、レイはニヤリと笑う。
「おまえがキャッチするのは予測できたからな。チームワークってやつさ」
「何がチームワークじゃ! 無礼者! せっかく余が素晴らしい名前をつけてやったというのに!」
しかし当人は、スカートのようになっている胴体をひらひらさせながら怒っている。
「単に俺の名前忘れてただけだろうが」
「ムムム……こしゃくな奴め! 手打ちじゃ! トウゴ、この者を斬り捨てぃ!」
レイが呆れたように呟くと、王子は歩く速度を早めながら、刀冴に向かって言い放った。
しばしの沈黙が訪れる。
「何をしておる! 早く斬り捨てぃ!」
「残念だが断る」
再び沈黙。
「斬り捨てぃ!」
「だから嫌だって」
「それが、主君に対する態度か!」
「いつの間に主従関係が生まれたんだよ」
刀冴がため息をつき、何気なく周りを見ると、女子高生三人組の姿がない。
「……ん? あいつらは?」
「あっちだ」
レイが指差した先には、ロビーのソファーに腰をかけ、ポップコーンを食べながら談笑している少女たちの姿があった。
「女は怖いな。うん」
「同感だな」
そう言って頷くレイの脳裏には、別の『女』の姿が横切っていた。
「テルテル〜♪ テルテ〜ル♪」
その後、刀冴の案内で、カフェスキャンダル、銀幕広場、市役所、カフェ『楽園』、市長宅などのほか、彼のお勧めの高級食材店などを回った。テルテル王子も喜んだが、沙羅たちもはしゃぎ、レイもそれなりに楽しんだ。
そして最後に杵間山の展望台に行くことにし、今は登山道を登っている。木々たちの香りが、鼻腔をくすぐる。
今まで通り王子は刀冴の肩に乗り、機嫌が良いのか、よく響く声で歌っていた。
「上手いな。歌手みてぇだ」
刀冴がそう言うと、梢も頷いた。
「名前は伊達じゃないんですね」
そうしてしばらく、王子の歌声と景色を堪能しながら、一同は進む。
「……暑いわ」
それまで大人しく歩いていた美月が、堪えられなくなったように言う。
「そういえばそうだね。さっきはそれほどでもなかったのに」
沙羅も頷くと空を見上げた。日差しが鋭さを増しているように思える。
「現在の気温は40.2度だ」
「マジ!? 40度超えてるの!?」
「ああ。……っとあった。王子の情報だ。『時速5キロでつかまえて』。監督はタランティーモ。――偽ブランドみてぇな名前だな。ストーリーは……」
「見つけたぞ! テルテルーノ!」
レイがそこまで言った時、突然、大きな声が上がった。刀冴は念のために、腰に帯びた明緋星の柄に手をかける。
「その声は! ルテルテーノ!?」
王子の驚愕の声に、高く響く笑い声が応える。そして、草むらから何かが飛び出してきた。
それは、テルテル王子と瓜二つの者だった。ただひとつ違うのは、逆さまであるということ。
「『ルテルテーノ・セカイサンダイテノール』。テルテルーノの弟。逆子……タランティーモ、アホだな絶対」
「テルテルーノ! 私はお前を倒し、私の王国を築く! 頭の方が重いのに、上にあるのはおかしい! 頭は下にするべきだ! ルテルテ〜♪」
ルテルテーノが美しい歌声で歌ったその途端。
スコールのような激しい雨が、ざばぁっと降り注いだ。
「余がそのような戯言に屈すると思うのか! 頭は上にあるものなのだ! テルテル〜♪」
テルテル王子のテノールが響き渡ると、雨は嘘のように消え、青空と太陽が戻ってくる。気温も一気に上がった。
「さっきまでの異常な暑さは、あいつのせいか」
「ルテルテ〜♪」
刀冴がげんなりした声で言ったのと同時に、ルテルテーノの声が走った。そして、また雨が降る。
「テルテル〜♪」
「ルテルテ〜♪」
「テルッテル〜♪」
「ルテル〜テ〜♪」
「テル〜テ〜ル〜♪」
「おまえは俺らを殺す気か!」
レイは辛抱たまらず、テルテル王子を蹴り上げた。彼は弧を描いて飛ぶと、鈍い音を立てながら、ルテルテーノに直撃する。
「ちょこまか動き回ってたとこを見ると、あいつも爆発するんだな?」
「ああ。情報ではそうなってる」
刀冴は、テルテル王子たちのもとに素早く駆け寄り、雨でぬかるんだ地面から引き上げると、こちらへと戻ってきた。もう歩き回るのは面倒なので、二人を手で持ってぶらぶらと左右に振る。ルテルテーノもテルテル王子と同じくずっしりとしていたが、彼は、良いトレーニングになると思うことにした。沙羅たちの方を横目で見ると、皆泥だらけになって顔をしかめている。
「そ……そこまでだ!」
また唐突に声がしたかと思うと、今度は木陰から黒服の男が出てきた。全身ずぶ濡れ、泥だらけで、急いで来たのか、荒い呼吸をしている。顔には、疲労の色が濃い。
「はぁ、はぁ……さあ、それを渡してもらおうか」
それ、というのはテルテル王子のことなのだろう。刀冴がレイに目をやると、彼は小さく頷く。
「そいつはテロリストだ。王子を使ってのテロを企んでいる」
「テロリスト? どんな話なんだよその映画」
「俺だって知らねぇよ! タランティーモに聞けよ」
「お、お前ら、僕を無視するな! 僕はそいつを人力車に仕掛けて、茶の間を恐怖に陥れるんだ!」
少しの間、テルテルーノとルテルテーノが揺れる音が大きく聞こえた。
「……悪いことは言わん。見逃してやるから帰れ」
刀冴は、今日何度目になるか分からないため息をつき、言う。
「人力車……まあ、時速5キロ以下で爆発させるなら、自動車とかだと説得力がなくなるよね……」
体についた泥を落としながら、沙羅も呆れたように呟く。
「うるさい! ――あれ?」
テロリストは銃を構えたが、一向に放つ様子がない。しばらく不思議そうに銃を見ていたが、弾切れか、壊れたか、いずれにしろ使えないのだろう。弱々しい声を上げながら、刀冴に向かって突進してくる。
――が、ぬかるんだ地面で足を滑らせ、泥の中に顔から突っ伏した。
周囲の木々が、さわさわと音を立てる。
「……じゃあ帰るか。本当なら展望台に連れて行きたかったんだが、この状態じゃな」
憐れなテロリストには触れず、刀冴がそう言うと、皆も頷いた。観光していただけなのに、疲労が重くのしかかってくる。
「じゃあまた、みんなで来ましょうね!」
「王子抜きならな」
明るく言った梢に、レイは間髪入れずに答えた。
何気なく見上げると、空は、茜色に煌いている。
明日も天気になりそうだ。
■ ■ ■
はい。これで迷惑な王子様たちの話はおしまい。
あたしあの日、買ったばっかの服だったんだよね……当然台無しになった。最悪。
まあ、それはともかくとして、テルテル王子は納得して、ルテルテーノは嫌々対策課に行ったんだけど、その後、窓にぶら下げられて、時々コンサートという名目で歌っては、天気を操っているとかいないとか。
それじゃ、バイバイ。
あなたの大切な日が、良い天気でありますように。
サラ
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クリエイターコメント | こんにちは。鴇家楽士です。 いつもながら、ぎりぎりのお届けとなってしまいました……すみません(汗)。お待たせ致しました。『王子様がやってきた』をお届けします。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。 改めて、ありがとうございました! |
公開日時 | 2007-09-14(金) 23:20 |
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