★ 泡沫の夢 ★
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号103-6778 オファー日2009-02-23(月) 23:09
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

 ファレル・クロスが帰宅したのは、またひとつ事件を片付けた後だった。人がまばらな明け方の道を歩く。朝日がやけに眩しい。
 銀幕市に実体化した後、自分のようなムービースターには色々な仕事が回ってくることを知った。それは全く抵抗なく受け入れることが出来た。任務があるなら遂行する。ただそれだけのことだ。
 一息つき、棚からインスタントコーヒーを取り出すと、カップに入れ、湯を注いだ。一口飲むと、ほろ苦い味が口の中に広がる。この味が、今自分がここにいるのだということを実感させてくれる。
 簡素なベッドに腰掛けると、横になる。ぼんやりと天井を眺めていると、心地良い眠気が、さわさわと押し寄せてきた。
 ファレルは、そっと目蓋を閉じる。

 ◇ ◇ ◇

 コレット・アイロニーは、大学の帰りにひとりで街を散策していた。辺りはずいぶんと春めいてきたが、まだ多少、風が冷たい。
 手をつないで歩く親子を見て微笑ましく思いながら角を曲がると、見慣れない店があった。そういえば、この場所はずっとテナント募集をしていた記憶がある。店舗は緑を基調とした配色になっていて、観葉植物がセンス良く配置されている。どうやら、カフェのようだ。
(素敵。入ってみよう)
 コレットは、そう思い立つと、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
 店主と思われる四十代くらいの男性が、落ち着いたトーンの声で迎える。コレットが一人だと言うことを告げると、奥の方の小さなテーブル席に案内された。店内にも、ところどころに植物が置いてある。
 やがて、水とおしぼり、メニューが運ばれてくる。メニューの『オリジナルブレンドティー』のところに『お勧め』と書いてあったので、コレットはそれを頼むことにした。
 しばらくして、ティーポットに入った紅茶がテーブルに置かれた。一杯目は店主が淹れてくれる。コレットはお礼を言ってから、カップに口をつけた。
(美味しい)
 豊かな香りが口内に広がり、鼻腔をくすぐる。その時、カウンター席にいた男性と店主の会話が耳に届いた。
「ここのコーヒー、いい味ですね」
「ありがとうございます。オリジナルブレンドなんです」
「これ、豆でも売ってます?」
「はい」
(コーヒーも美味しいんだ)
 そう思ったら、ファレルの顔が浮かんだ。彼は確か、コーヒーが好きだと言っていた。ここの豆を持って行ったら、喜ぶかもしれない。
 コレットは、また楽しみを見つけたような気がして、少し嬉しくなった。

 ◆ ◆ ◆

 ざぁ……ざぁという音が聞こえる。何の音だろう。それは、呼吸の音にも似ていた。
 どこか懐かしい、音。
 ああ、と思った。これは波の音だ。
 無邪気にはしゃぐ声が聞こえる。きらきらと輝く水面が眩しくて、その姿は良く見えなかった。黒い影はもつれ合い、じゃれ合い、離れ合いながら、動き回っている。
 ああ、あれは仲間たちだ。
 そう、思った。
 そして、これは夢だと。
 それに気づいた時、意識が急速に引き上げられ、小さな影たちは遠ざかった。

 天井。
 見慣れた――いや、もう慣れ始めた天井だ。
 誰かが言っていた。この街には海があると。だから、あんな夢を見たのかもしれない。
 窓から明るい陽光が射している。時計を見ると、もう午後だった。ファレルは食パンをトースターに入れ、残っていた野菜で適当にサラダを作り、コーヒーを淹れる。
 海に行ってみよう。
 そんな考えが脳裏に浮かんだ。海に行ったからといって、何があるわけでもないだろう。けれども、一度も行ったことがないから、興味があった。
 少し焦げてしまったパンを頬張り、コーヒーで胃の中に流し込む。
 そして、出かける支度を始めた。

「ファレルさーん!」
 家を出た途端に耳に届いた聞き覚えのある声に、ファレルは足を止める。そちらに目を向けると、案の定、コレットの姿があった。
 彼女は、笑顔を浮かべながら、早足でこちらに向かってくる。ファレルは彼女が到着するのを静かに待った。
「こんにちは、コレットさん」
「こんにちは、ファレルさん。……どこかお出かけですか?」
 ファレルは、静かに頷く。
「はい。海に行ってみようかと思いまして」
 すると、コレットの顔が一瞬、輝いたように見えた。
「海、お好きなんですか?」
 彼女の問いに、ファレルはどう返答しようかと少し迷ったが、率直な気持ちを述べることにした。
「興味はあります。ただ、好きなのかどうかは分かりません。まだ、実際の海を見たことがないですから」
「じゃあ、一緒に見に行きましょう!」
「でも、何かご用事があったのでは?」
「それは、後でもいいんです」
 勢い込んで言うコレットに、ファレルは戸惑いながらも首を縦に振る。それを見ると、彼女はまた朗らかな笑みを見せ、「こっちの方が近いです」と言い、軽やかな足取りで歩き始める。
 本当は、ひとりで行ってみたいという気持ちもあった。それに、彼女にも色々と都合があるのではないだろうか。そう思いながらも、ファレルの足はコレットに従う。
 出会ってまだ間もないのに、気がつけばいつも、彼女のペースに巻き込まれている。でも、それは悪い気分ではなかった。
 どこかから飛んで来た花びらが、ふわり、と目の前を横切った。


 ざぁ……ざぁという音が聞こえる。
 初めて見る海は、思ったよりも大きく、躍動感に溢れていた。波がうねり、叩きつけられ飛沫となり、引いていく。
「ファレルさん、もっと近くまで行きましょう」
 ぼんやりと立っていたファレルに、コレットはそう言うと、石造りの階段の方へと向かった。どうやら、それで近くまで降りられるらしい。ファレルも後に続く。階段を下りた先は、白い砂で覆われていた。さらさらとしていて足が沈み、少し歩きにくい。一方のコレットは、慣れた様子で楽しげに歩いていく。周囲を見渡すと、多くはないが、ちらほらと人の姿が見えた。
「よく海には来られるんですか?」
 ファレルの問いに、コレットは頷いた。
「ええ。好きなんです。ボーっと海を眺めたり、素敵な貝殻を探して拾ったり……大きな海を見ていると、ああ、自分の悩みなんてちっぽけなことなんだなって、元気をもらえるんです」
 いつも明るく振舞う彼女にも、そういう時間が必要な時もあるのだろう。悩んでいるかどうかなど、周囲からは分かりはしない。
 自分も、少しは彼女の力になれているだろうか。そんなことを思い、ファレルは遠くに目をやった。海の端が、緩やかな曲線を描いている。
 先ほど見た夢が思い出された。仲間たちがこの景色を見たら、どんな感想を述べるだろうか。楽しそうに笑う声が、やけに耳に残っている。
「あっ」
「どうしました?」
 その時、コレットが小さく声を上げた。ファレルは彼女に近寄り、声をかける。すると、彼女は手のひらに何かを載せ、こちらに見せた。それは、薄桃色の小さな貝殻だった。
「これ、薄いからすぐ割れちゃって、なかなか綺麗なままのを見つけるの、難しいんです」
「そうなんですか」
 ファレルが相槌を打つと、コレットは彼の手を取り、そっと貝殻を載せる。
「はい、どうぞ。初めての海の記念」
 ファレルは、思わず手のひらの上の貝殻とコレットを見比べる。
「いや、でも、綺麗なままのものを見つけるのは、難しいんでしょう? コレットさんが持っていた方が……」
「私は幾つか持ってますし、いつでも見つけられますから」
 そう言ったコレットの表情が、少し寂しげに映ったのは気のせいだろうか。
 ファレルは、渡された貝殻を指でつまむ。確かに薄くて、ちょっとした衝撃で簡単に割れてしまいそうだった。
「では、いただきます。ありがとうございます」
 そう礼を述べると、ジャケットの胸ポケットに貝殻をそっとしまう。
「あら?」
 コレットがまた声を上げたので、ファレルがそちらを向くと、彼女の視線は砂浜に座って海を眺めている少女に向かっていた。
「……やっぱり。あの子、ファレルさんの家に行く前に見かけたんです。さっきはお母さんと一緒だったけど、ひとりなのかしら?」
 そう言うと彼女は、ファレルの返事も待たずに、少女に近づいていく。ファレルも黙って後に続いた。
「こんにちは」
 コレットが声をかけると、少女ははっとしてこちらを向く。その目には、涙が浮かんでいた。
「さっき、あなたのこと見かけたの。お母さんとはぐれちゃったの?」
「ママなんか知らない」
 少女はコレットの言葉を突き放すようにして、膝に顔を埋める。小学生くらいだろうか。笑顔とスポーツが似合いそうな少女だった。
 コレットは、しばらく黙ってから、再び口を開く。
「……もしかしたら。もしかしたら、だけど、お母さんに、何か……嫌なこと、されたの?」
 その声は、微かに上ずっていた。まるで聞いてはいけないことを聞くかのような口調だった。
「嫌なこと?」
 しかし、少女は不思議そうな表情で聞き返してきた。ツインテールの髪が、ひょこりと揺れる。
「嫌なことっていうか……ケンカしただけ」
「そうなの……お母さんは、優しい?」
「うーん……どっちかと言えばね。ちょっと頑固だけど、パパと離婚してからも一生懸命仕事して、わたしのこと養ってくれてるもん」
「そう。……良かった」
 安堵の息をつくコレットを見て、ファレルは違和感を感じた。彼女は、何を怖がっていたのだろう。それを表情から窺い知ることは出来ない。
 それに、分かったとしても、自分には何とも出来ない問題なのかもしれない。けれども、いつか力になれたら……そんなことを思う。
「引っ越さなきゃいけないの。友達とも離れなきゃいけないし……それが嫌で、ママとケンカになったの」
「友達とは、もう絶対に会えないんですか? 連絡手段も?」
 話し始めた少女に、ファレルが尋ねる。すると、少女は笑って首を振った。
「まさか。電話だってメールだってあるし、出そうと思えば、手紙だってあるし。ちょっと遠いけど、外国に行くわけでもないし」
「なら、会おうと思えば、いつでも会えますよ」
 ファレルの言葉に、「そうだね」と言って少女は笑った。
 彼女は、自分とは違う。同じ世界に行き来出来る、連絡出来る距離に友人たちがいる。
 だからといって、自分を憐れに思う気持ちもなかったし、今の状況を呪う気持ちもなかった。
 仕方がないことなのだ。もう、そうなってしまったのだから。
 今の自分に出来ることは、この世界で精一杯生きること。
「手を出してください」
 ファレルが静かに言うと、少女は目を瞬かせながらも、素直に右手を差し出す。ファレルは胸ポケットから貝殻を慎重に取り出すと、少女の手の上に置いた。
「この貝殻は、薄いからすぐ割れてしまって、なかなか綺麗なままのものを見つけるのは難しいんだそうです」
「キレイ……わたしにくれるの?」
「はい。海の記念です」
 すると、少女の顔がパッと輝いた。
「ありがとう! えっと……」
「ファレルです。こちらはコレットさん」
「わたしはユキ。ありがとう、ファレルさん、コレットさん!」


「すみません」
「え?」
 ユキと別れた後、ファレルが謝ると、コレットが驚いたような顔をする。
「せっかくいただいた貝殻、あげてしまいました」
 それを聞くと、コレットは笑顔になり、首を横に振った。
「いえ。すごく嬉しかったです。ファレルさんの貝殻は、また探しに来ましょう」
「はい」
「あ、それから」
 コレットはバッグの中を探ると、ビニール袋に入った包みをファレルに差し出す。
「渡し忘れていたんですけど、これ、コーヒーです。すごく美味しいんですって」
 コレットの細やかな心遣いが、とてもありがたかった。けれども、それは彼の表情には微塵も表れない。
「ありがとうございます」
 この日常は、海面に浮かぶ泡のように儚いものなのかもしれない。自分も、泡のように消えてしまう存在なのかもしれない。
 でも、自分に出来ることは、今この時を精一杯生きることだ。改めて、そう思った。
 視線を送ると、コレットが穏やかに微笑む。
 ざぁ……と、後ろでまた海が鳴った。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
この度はオファーありがとうございました。お待たせ致しました。ノベルをお届けします。

今回はお任せということで、少し緊張しましたが、楽しく描かせていただきました。少しでも気に入っていただければ嬉しく思います。

それでは、ありがとうございました!
公開日時2009-03-11(水) 19:00
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