★ ただあこがれを知るものだけが ★
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号103-7575 オファー日2009-05-10(日) 21:19
オファーPC ディレッタ(cdae2640) ムービースター 女 13歳 サンプル:ランク-F
<ノベル>

 どうしてあたしたちの世界には、色がないんだろう。
 海はターコイズ、草原はライムグリーン、太陽はトパーズ。
 そのきらめきは、目の中ではじけて、あたり一面に広がるという。
 黄金色の麦畑、瑠璃色の鳥、赤いブーゲンビリア。
 世界に色があるって、どんな感じだろう。
 きっと、触れた時のやわらかさも、噛み砕いたみずみずしさも、耳をはじく残響も、今よりももっともっとずっと、素晴らしいものなのだと思う。
 見てみたい。この目で見てみたい。
 一度だけでも、いいから。

 ◇ ◇ ◇

 ディレッタが顔を上げると、空には、重く垂れ込めた灰色の雲が広がっていた。
 いつもの世界。色のない世界。
 しとしとと降る雨は、相変わらずぬるぬると髪や肌にまとわりつき、嫌な臭いがした。
(逃げなきゃ)
 彼女は我に返ると、壁にもたせかけていた体を起き上がらせ、走り出す。
 こんなところで夢想に浸っている場合ではない。自分は追われているのだ。
 足を踏み出すたびに、道路に溜まった水がはねる。靴越しに伝わってくる地面の感触。冷たい、無機質な大地。
 彼女は灰色の道を、ただ走った。

 幾つものビルを追い越し、息が上がってくる。
 振り返ると、魔物との距離は縮まる一方だった。もうこれ以上逃げられない。何とかしなければならない。
 ディレッタが立ち止まり、体を向けると、それはびちゃびちゃと気味の悪い音を立てた。もしかしたら、笑っているのかもしれない。ドロドロとした灰色の液体をぶちまけたような姿で、そこから時折、触手のようなものが伸びる。体内には幾つもの冥い光が灯っていた。
 じり、とディレッタが地面を踏みしめた音が合図になったかのように、魔物は触手をこちらへと伸ばしてきた。ディレッタは近くにあった瓦礫の小さなものを手に取り、投げつける。すると、それに当たった触手は水のはねるような音を立て、辺りに飛び散った。ディレッタが咄嗟に避けると、彼女のいた辺りが、じゅうと音を立て、煙を上げる。背筋が寒くなった。あれを喰らえば、自分の身体も溶けてしまうだろう。
 ディレッタはなるべく距離を取りながら、近くにあった石や鉄屑などを投げていく。魔物はそれを全て触手で叩き落した。どのくらいのダメージになるのかは分からないが、少なくとも体に当てたくはないのだろう。
 ディレッタは魔物に背を向け、再び走り出した。幾つかの建物の脇を通り、角を曲がる。そこで彼女は立ち止まり、自分の右腕を魔物化した。腕は大きな刃のようになる。すぐに、魔物も角を曲がって来た。
「はあっ!」
 ディレッタは気合とともに、魔物の体を目掛けて刃を振り下ろす。鈍い手ごたえがあった。魔物の体は二つに分断される。
「――!?」
 嫌な予感がし、ディレッタは後ろへと跳んだ。それを、触手が追いかけてくる。触手のひとつが、ディレッタの左腕を焼いた。ディレッタは痛みを堪え、足を踏ん張り、着地する。
 ディレッタの刃は魔物を捉えた。けれども、魔物は本体をずらし、それを避けたのだ。ディレッタが切り落とした部分は蒸発し、魔物の体は一回り小さくなっていた。
 今度はきちんと本体を狙わなければいけない。
 ディレッタは魔物との間合いを取る。先ほどと同じ手は、使わせてはくれないだろう。魔物も少し警戒しているのか、すぐには襲っては来ない。
 その時、ディレッタは軽いめまいを感じた。慌てて左腕を見る。
 傷口が、ぶくぶくと泡立っている。ディスペアーの疾患が進行したのだ。
 絶望が体を這い上がってくる。体が震え、息が荒くなった。
 その隙を、魔物は見逃さなかった。ディレッタが我に返った時には、目の前に、魔物の大きく広げた体が迫っていた。中央には、鋸のような牙がたくさん生えた大きな口がある。
(あたし――)
 死ぬのか。――そう、思った。
 ここで魔物に喰われずとも、完全にディスペアー化すれば、どちみち死以外の救済はない。
 不思議と、怖さや悔しさよりも、仕方ないか、という諦めの方が強かった。
 仲間たちの顔が浮かぶ。
 共に、この世界を元に戻そうと戦ってきた。この灰色の世界を、美しい世界に戻そうと。
 一度だけでもいいから、色のある美しい世界を、この目で見てみたかった。
 ディレッタは無意識に、胸に着けたペンダントを握り締め、兄のように慕う者の名を呟いていた。
 意識が、遠ざかっていく。

 ◇ ◇ ◇

 初めて世界の元の姿の話を聞いた時、あたしは今よりずっと子供だったけど、「ウソだぁ」って笑い飛ばした。
 だって、信じられなかったから。
 空にはたくさんの色があって、まぶしい光が地上に降り注いでいたなんて。
 雨は恵みを与えてくれるもので、さらさらと心地よく、生命をうるおしていたなんて。
 大地は豊かで、多くの木々や植物や、動物たちを育んでいたなんて。
 それは、安っぽいおとぎ話よりも、もっと滑稽な物語だと思った。
 でも、熱心に語るみんなを見ているうちに、信じてもいいかなって思うようになった。
 死の病や、淀んだ空気や、灰色の街並みが広がる世界ではなく、あたしたちの本当の居場所は、色のある美しい世界なんだって。
 だから、戦うことにした。
 いつか、そこに帰ることにあこがれて。

 ◇ ◇ ◇

(――!?)
 ディレッタの意識が引き戻される。どうやら、まだ自分は生きているらしい。
 急いで首を巡らせると、少し離れたところに、魔物の姿があった。自分が引き離したのだろうか。
 不思議に思ったが、そんなことを気にしている場合ではない。逃げなければ――と考えた時、目に留まったものに彼女は愕然とした。
「木――?」
 それは、全て枯れ果てたはずの木だった。見るのは初めてだったが、資料などで知ってはいる。ライトに照らされたそれは、青々とした葉をつけていた。
 頭上を見上げる。昏い空には、満点の星たちと月。
「嘘――!?」
 そう。嘘に決まっている。こんな世界があるはずがない。彼女は何気なく左腕を見た。そこには、魔物に受けたはずの傷がなかった。
 これは夢なのだろうか。それとも、死後の世界というものだろうか。それならば――と、彼女は振り返って思う。何故、魔物までいるのだろうか。気のせいか、魔物も戸惑っているように見える。
 気がつけば、ディレッタは走り出していた。この世界が夢でも幻でも、魔物に捕まるのは嫌だったし、逃げなければならないと思った。ちらりと後ろを見ると、魔物も追いかけてきている。
(どうしよう……)
 出来れば戦いたくはない。どこかの陰に隠れてやり過ごそうか。しかし、魔物との距離は少しずつ縮まっている。隠れたところですぐに見つかるだろう。しかし、このままずっと走っているのでは、体力的に持たない。
 幾つもの路地を抜け、角を曲がる。どこを走っているのかなんて、最初から分からない。やがて、目の前に壁が迫ってきた。道は左右に分かれている。
(右!)
 直感的に右に曲がる。そのまま突き進み、やがて足は止まった。
 目の前には一軒の家。行き止まりだった。
 ディレッタは慌てて振り返る。魔物が、びちゃびちゃと笑い、誘うかのように触手を伸ばしたり縮めたりしながら近づいてくる。だがもちろん、そんな挑発に乗るはずもない。ディレッタは魔物との距離を取りながら、周囲の様子を窺った。
 左右の壁は、それほどの高さはない。少しジャンプして掴まり、よじ登れば簡単に越えられるだろう。だが、その間魔物が黙って待っていてくれるはずもない。後ろにある家は、奥の方に庭のようなものが見えるが狭そうであるし、その先にはやはり壁がある。逃げ道はない。
 大声で叫んで応援を呼ぼうかとも思ったが、無関係な者を巻き込むわけにはいかないし、味方が来るとも限らない。ここがどこかすら分からないのだ。
 結局、戦うしか選択肢はない。覚悟を決め、右腕を刃に変える。
 先に仕掛けてきたのは魔物だった。数本の触手で、ディレッタの刃を絡め取ろうとする。ディレッタは地面に倒れこむようにしてそれを避けた。そこを狙い、また新たな触手が来る。ディレッタは慌てて立ち上がり、地を蹴る。
 どうやら触手は体がある限り、幾らでも出せるようだ。これでは逃げ回るのが精一杯で、本体に近づけない。このまま戦いが長引けば、先にディレッタの体力が尽きるのは目に見えている。早く決着をつけなければ――そう思って視線を走らせると、再び周囲の壁が目に留まった。
 一か八か。
 ディレッタは壁に向かって走ると、壁を蹴り、魔物に向かって跳んだ。触手の対応は間に合わない。
(行ける――!?)
 そのまま魔物に向かって刃を振り下ろす。しかし、魔物は体をうねらせると、横に跳んだ。ディレッタの刃はむなしく宙を切る。そして彼女はそのまま、地面に倒れこんだ。咄嗟に受身の態勢を取ったが、体を強く打ち、一瞬息が出来なくなる。
 そこに、魔物はまた嫌な笑い声を立てながら、覆い被さって来た。
 飲み込まれる――そう思った時、魔物は突然奇声を上げ、動きを止めると、後退った。触手が伸びては縮み、砕ける。何に対してなのかは分からなかったが、ディレッタには狼狽えているように見えた。
 いずれにしろ、この機を逃す手はなかった。ディレッタは勢いをつけて立ち上がると、渾身の力で魔物の体に刃を叩きつける。断末魔の叫びと共に、魔物の体は溶けて消えた。
(終わった……)
 そう思ったら、全身から一気に力が抜けた。ディレッタは思わず膝をついて、大きく息を吐く。そして顔を上げ――そこで、体が凍りついたように動かなくなった。
 空の色がゆっくりと変わって行く。
 淡い紫から落ち着いた青へ。煌きに照らされて、燃えるような赤みを差し、透き通る青へ。
 そして。
(太陽……)
 トパーズ色の輝き。目が眩むような太陽の光。
 そして、光は街並みをゆっくりと色彩に染め上げて行く。
 若葉の緑、花の紫、鳥の橙――それは、まさしく色の奔流。
 ディレッタの目からは、いつの間にか涙が溢れていた。


 それから数日後、公園の片隅に、簡素な家を作るディレッタの姿があった。
 初めは自分たちの世界に色が戻ったのかとも思ったが、ここは銀幕市という街なのだと知った。病も治ってはいないが、色のある美しい世界に来られたことが、素直に嬉しかった。
 今の家も、要らない木材をもらって作っている。木の欠片とはいえ、直に触っていることが不思議で、新鮮だった。そして周囲を見回せば、豊かな土があり、生きている木や草、花があり、どれも明るい色彩を放っている。
 自分が来られたということは、仲間たちもいずれ、こちらの世界に来られるかもしれない。淡い期待ではあったが、持っていたって悪くない。
 少し作業に疲れて、水飲み場へと向かう。驚くことに、この世界では、ただで飲める綺麗な水が豊富に手に入る。
 広場では、子供たちが元気にはしゃぎ、遊んでいた。それを母親たちが眺めながら談笑している。
 空は目に痛いほど青く、白い雲が幾つも泳いでいた。そして輝く太陽の光が、地上に燦々と降り注ぐ。
 世界は、とても美しかった。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
この度はオファーをいただき、ありがとうございました。
お待たせしました。ノベルをお届けします。
今回は、『色』が重要な要素だったので、その描写で結構悩みました。上手く表現できていると良いのですが……。
ノベルを少しでも楽しんでいただけることを祈ります。
それでは、ありがとうございました!
公開日時2009-05-19(火) 22:00
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