★ 【クリスマスツリーの森】I swear to you ★
<オープニング>

街にクリスマスソングが流れるようになった。
 再びあらわれた白銀のイカロスと彼のもたらした情報は――そして先日の大騒動が、市民の気持ちに影を落としていないとは言えない。
 しかしだからこそ、一方で、希望を求める話題に人々が敏くなっている面もある。
 騒乱の中心になった綺羅星学園では、事件のせいで中止が危ぶまれていた文化祭が、時期をズラして行われることになったらしい。
 そして……。

「『クリスマスツリーの森』! そうですよね!?」
 梨奈は、弾んだ声をあげた。
 銀幕市自然公園のかたすみにあらわれたのは、きらびやかに飾りつけられた『門』であった。空間型のムービーハザードであるらしく、『門』をのぞきこめば、その向こうにまったく別の世界が広がっている。
 梨奈のように、もととなった映画を知るものが見れば、その正体はあきらかだった。
 その空間は常に夜で、見渡す限り、お菓子やクリスマスオーナメントで飾り付けられたモミの木だけが立ち並んでいる。まさに、“クリスマスツリーの森”なのだ。星のまたたく夜空からはちらちらと雪が舞い、足もとは真っ白なパウダースノーが積もっているが、不思議と、寒すぎることがない。
「素敵〜。クリスマスツリーって、ひとつあるだけでもわくわくするのに、こんなにたくさんあったら、もうどうしていいかわからないくらい素敵ですよね♪」
 梨奈はおそれもせず、門をくぐってツリーの森に足を踏み入れる。
 ――と、そこで彼女は、ちいさなすすり泣きの声を聞く。
「あ!」
「……誰?」
 ツリーの木陰で顔をあげたのは、誰が見てもいわゆるひとつの『雪だるま』であった。ただ、木炭の目から、ぽろり、ぽろりと氷の粒がこぼれている。
「『スノウマン』さん! そうでしょ? ……どうして泣いてるの?」
「ああ、お客さんか……。でもすみません。おもてなしはできません」
「どうして? 『クリスマスツリーの森』では、雪だるまのスノウマンさんたちが、やってきた人たちと遊んでくれるはずでしょ」
「でも……ボク一人しかいないから……」
 しくしくと、雪だるまは泣いている。

「……というわけで、映画から実体化したのは森と――その『スノウマン1号』さんだけでした。本来、スノウマンはもっとたくさんいるそうなんですが。たったひとりであらわれてしまった1号さんがとても寂しそうなので、なんとかしてあげられないか、という話なんです」
 植村は、市民たちにそう説明した。
 緊急性のある依頼でもないし、市の命運や誰かの生命がかかっているというわけではないが……こんな時期だからこそ、こういう依頼を出したいのだ、と植村は言う。
「みなさんにお願いしたいのは『雪だるまをつくること』です。森の中央には、巨大なツリーが一本、そびえたっていますが、この木に祈りを捧げることで、森の魔法の力で、雪だるまに生命を吹き込むことができるそうです。つまり、スノウマン1号さんの友達を、つくってあげられるということですね。ツリーの魔法を発動させるためには『誰かに贈り物をしたい気持ち』が必要です。ですので、市主催の『プレゼント交換会』を合わせて行いたいと思います。みなさんは森で雪だるまをつくり、プレゼントを用意してきていただきたいんですよ。どうか、ご協力をお願いします」

 ◆

 クリスマスといえば、恋人たちにとってーーあるいは家族のいる人たちにとっても大事なイベントだ。
 クリスマスツリーの森の話を聞きつけて、雪だるまを作るため集まった銀幕市民たちは、スノウマン1号からもうひとつの伝説を聞かされた。
「実は……ビッグツリーの木には、恋を手助けする魔法もあるらしいんです」
 スノウマン1号は、木の枝の腕をふりふり、市民たちに語った。
 巨大なツリー……ビッグツリーの枝に下がる無数のオーナメント。
 そのどれかひとつを手にして、想う相手に告白すれば、恋は必ずかなうのだと。
「うっわあ、ロマンチックぅ!」
 梨奈はもう、目をキラキラさせて夢見モード全開だ。
 背景はクリスマスツリーの森、その主たる巨大ツリーの枝には真っ赤なリボンや金銀の鈴、可愛らしいジンジャーマン、ステッキ型のキャンディなど、クリスマスにふさわしいオーナメントがつりさげられている。
 そのうちのひとつを手にしての恋の告白とくれば、恋愛映画好きの彼女がときめくのは当然である。
「でしょ? でもね、告白するのはこの森のどこかでなきゃいけないんですって」
 とスノウマン。
 現われたときはさびしげだったスノウマン1号だが、大勢の人たちが雪だるまを作るために集まってくれたことで、少し興奮しているようだ。
「ボクも今は一人だけど、皆さんが仲間を作ってくれるなら、もうさびしくない。幸せなカップルが生まれたら、ボクもクリスマスツリーの森の一員として、祝福したいんです」
 雪白のスノウマンの頬が、ほんのり染まった……?
 
 銀色の粉雪が、はらはらとツリーの森に、貴方に降り注ぐ。
 恋人たちの思いを確かめるのは、今こそがふさわしい季節なのかもしれない。


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!お願い!
このシナリオに参加される方は他の【クリスマスツリーの森】パーティーシナリオへの参加はご遠慮下さい。
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種別名パーティシナリオ 管理番号861
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
クリエイターコメントこんばんは小田切です。ビッグツリーのオーナメントどれかを手にして告白すれば恋がかなうらしいです。デート場所はクリスマスの森の中の任意の場所でどうぞ♪(門の前、モミの木の下、森のはずれなど)

!注意!
このパーティーシナリオは「ボツあり」です。プレイングの内容によっては、ノベルで描写されないこともありますので、あらかじめご了承の上、ご参加下さい。

参加者
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

 クリスマスツリーの森の話を聞きつけて、雪だるまを作るため集まった銀幕市民たちは、スノウマン1号からもうひとつの伝説を聞かされた。
「実は……ビッグツリーの木には、恋を手助けする魔法もあるらしいんです」
 スノウマン1号は、木の枝の腕をふりふり、市民たちに語った。
 巨大なツリー……ビッグツリーの枝に下がる無数のオーナメント。
 そのどれかひとつを手にして、想う相手に告白すれば、恋は必ずかなうのだと。

 スノウマン1号のために、銀幕市民たちがクリスマスツリーの森を訪れて、雪だるまの友達を作ってやる……と聞きつけて、その日大勢の見物客が訪れていた。
 市民たちの作った雪だるまが魔法で動き出し、人も雪だるまもにぎやかな声をあげている。
 コレット・アイロニーは、そのイベントにやや遅れて到着した。
 そして、コレットはデジカメ片手に、出来るだけ近距離から雪だるまたちの楽しげな様子を撮影しようと奮闘する。
 彼女が暮らしている養護施設の子供が、風邪気味でクリスマスの森まで来られずに、せめて写真を撮ってきてほしいとコレットに頼み込んだのだった。
(あ、あれ可愛い……きっと真琴ちゃんが喜びそう)
 風邪で寝込んでいる少女のことを思いながら、コレットが雪だるまたちに近づこうとしたとき、
「きゃ!?」
 その足元を、小さな雪うさぎが駆け抜けていった。
 思わずよろめきそうになるコレットを、誰かの腕が支える。
「ここからだと焦点距離が約3メートル。そのカメラの機能だと、やや画像がボケる可能性が高いです」
 ファレル・クロス、何度か事件解決に共に赴いたことのある青年がそこにいた。
「あ……ありがとう」
 コレットはファレルの腕を借りて、態勢を立て直す。
「よければ私が撮りましょうか」
 ファレルが申し出た。確かに、コレットより身長の高いファレルの方が、この混雑でもいい写真を撮ってくれそうだ。
 コレットがカメラを託すと、ファレルは何度かシャッターを切ってくれ、カメラを返した。
「ありがとう。同じ施設の女の子が、風邪で今日ここへ来れなくて、とても残念がってたの。代わりに写真をって頼まれて、それで……」
 問わず語りにコレットはファレルに話していた。
 幼いころから感情をコントロールする訓練を受けてきたというファレルはいつも無表情で、近寄りがたい存在であるらしい。コレットも当初は同じように思っていたが、いつのころからか、ファレルは何となく心許せる存在となっていた。幼いころから孤独であったという共通点がそうさせるのかもしれない。
 そんなコレットの想いを知ってか知らずか、ファレルは珍しいことに口ごもりつつ、言った。
「で、この後の予定は?」
「ううん、特にないけれど……できるだけたくさんの写真を撮ってあげたくて」
「では、一緒にこの森を散策してみませんか?」
 コレットは少し驚いた。ファレルがクリスマスの森に興味を持つとは思えなかったので。
「別に深い意味はありませんよ。ムービーハザードとしては珍しい例ですし、私としても少し観察しておきたいと思ったまでです」
 いつもの無表情でファレルは言ったが……なんだか嘘っぽい気がした。

「わあ……ビッグツリーの木って本当に奇麗……こんなにたくさんのオーナメントがキラキラしていて……」
「……そうですね」
「あっ、今、珍しい雪だるまが通ったわ。火星人みたいな感じの」
「……そうですね」
 コレットは目にするすべてが美しくて珍しくて、思わずそのたびに声をあげてしまうが、対するファレルはどこか上の空。
 なにか言いたいことがあるのに、それを言い出すタイミングを計りかねている様子である。
 右手をずっとジャケットのポケットに突っ込んで、その中にあるものを取り出そうか取り出すまいか、もぞもぞ迷っている様子も見て取れる。
「ファレル?」
「……はい?」
「何か、私に……」
 話したいことでもあるのじゃない? と言いかけた時だった。
 一体の雪だるまがほわんほわんと近づいてくる。
 金髪のカツラを被せられ、ピンクのハートマークのマフラーを巻いた小ぶりなやつだ。
「ねぇねぇお兄さんお姉さん、ビッグツリーの恋のおまじない、しに行くの?」
「まさか。ねぇ、ファレル?」
 私たちはお友達同士よね、と言わぬばかりにコレットが無邪気に笑いかける。
 なぜだかファレルは石像のように固まっている。
 ちび雪だるまはおかまいなしにおしゃべりを続けた。
「ビッグツリーのオーナメントを一つ、手に持って、この森のどこかで告白すれば、絶対恋人同士になれるのになあ〜〜〜。オーナメントの中でも、特にぃ、赤いリボンがお勧め! ……あれ?」
 ちび雪だるまは、ビッグツリーを見上げて小首をかしげた。
「あれえ? 赤いリボンがない。もしかして誰かが持って行って、あれを手にして誰かに告白しようとしてるのかなあ?」
 ちび雪だるまのおしゃべりに、なぜだかひどくファレルは狼狽し。
「……行きましょう、コレットさん」
「?? どうしたの?」
 急に足早にその場を去ろうとするファレルに戸惑いつつ、コレットはちび雪だるまに暇を告げた。
 だが、恋の魔法の話はコレットにも、別な意味で気がかりとなっていた。
「スノウマンさんは、みんなの幸せを願ってくれてるけど……私が、スノウマンさんの幸せを願うことは出来るのかな……」
 金髪に降りかかる雪がレース飾りのように彼女をふんわりと繊細に飾り、しばしファレルはただその姿を見守っていた。
 コレットはスノウマン1号を思いながら言葉を継ぐ。
 一人ぼっちの苦しみには、想像するまでもなく共感できるのだ。なぜなら彼女も一人で寂しさを抱えて成長してきたから。
「みんなの幸せばっかり願っていて、スノウマンさん自身が幸せになれないのは、寂しいと思うから。ねえ、ファレル?」
「『幸せ』という概念が私にはわかりかねますので……」
 ファレルはそれだけ答えた。


 結局最後まで、ファレルは寡黙なままで。
 いつのまにか森を一周し終えて、風邪ひきの友達が気になっていたコレットは、ファレルにそろそろ帰ると告げた。
「おかげで、いい写真がいっぱい撮れたわ。ありがとう」
「……それはよかったですね。では」
 ファレルは大股に去ってゆく。
 

 これでいい、とファレルは思った。
 むしろ自分に、そう言い聞かせていた。
 スノウマン1号から、恋の魔法の話を聞いて、半ば衝動的に赤いリボンのオーナメントをもぎ取って、大切にポケットに入れていたが、いざコレットを目の前にすると告白できなかった。
 ムービースターとしての生は、人間のそれとは違う。
 もし、銀幕市にかけられた魔法が解けたなら、フィルムの中へと戻って行かねばならないさだめなのだから。
 所詮人間ではない自分、明日この街から消えるかもしれない自分が人間である彼女と恋愛をする権利などないと、ファレルは思っていた。
 恋が叶ったとしてもし自分がフィルムに戻ったら、コレットはどれだけ悲しむだろうか。
 それくらいならば、
(今夜は、一緒に森を巡れただけで良しとしましょうか)
 ファレルはポケットの中で、赤いリボンを握りしめた。やわらかなびろうどの感触。
 コレットが身につけているのとよく似たリボンだった。
 

 いつもと違うファレルの後姿が気になって、見送っていたコレットに、顔見知りの市役所員が声をかけてきた。
「向こうでパーティーやってるみたいよ。あら、さっきまで一緒にいた彼は? てっきりデートかと思って、声かけようか迷っていたのよ」
 去ってゆくファレルを指して、市役所員が問う。
「ああ、彼はね、ともーーーー」
 友達なの、と言いかけて。
 寂しげなファレルの背中を見ていると、別な感情が湧きあがってーー
「彼は……とっても大切な人」
 コレットは言いなおした。

クリエイターコメント 友達以上恋人未満の微妙な距離なのでしょうか。お二人が結ばれることを祈りつつ書かせていただきました。いつの日か「I swear to you」となればいいですね。

※このパーティーシナリオは、イベントに関連した特別なシナリオですので、ノベルの文字数が規定以上になっています。
公開日時2008-12-29(月) 02:20
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