★ 楓屋敷奇譚 ★
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
管理番号899-6112 オファー日2008-12-28(日) 15:35
オファーPC コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゲストPC1 植村 直紀(cmba8550) エキストラ 男 27歳 市役所職員
<ノベル>

《#シーン1
○楓屋敷・厨房
 黙々と粉をこねている勝蔵(65)。その妻、園江(63)が
園江「あんなに熱心に頼んでいるんだもの。それもあんたの腕を見込んで弟子入りしたいって言ってきたんじゃない」
勝蔵「俺は弟子に教えるなんて柄じゃない。ただ、周りの人達が喜んでくれるから、来る日も来る日もパンを焼いてただけだ。
 あいつがパンを焼きたいのは、大きな店を持ちたいからかい? 人の笑顔が見たいっていう気持ちがなけりゃあ、うまいものは作れねぇ」》



 コレット・アイロニーは目を通していた台本をぱたんと閉じた。
 今から40年ばかり前に撮影された映画の台本だと聞かされている。
 主人公はパン職人の頑固一徹な夫「勝蔵」と、彼を支える妻「園江」という老夫婦。
 内容は勝蔵のパン焼きの腕にほれ込んだ若者が弟子入り志願してきたり、勝蔵たちが近所に住む薄幸な少女の世話を焼いたり、といったほのぼのした物語。
 この映画から、実体化したのだという。……不思議なことに、勝蔵と園江がパン工房兼用で住んでいた古風な屋敷だけが。
 ちなみにその屋敷は、映画の中では庭にある大きな楓の木にちなみ、「楓屋敷」と呼ばれていることになっていた。
「映画の内容から見ても、十中八九、危険なムービーハザードではありえないのですが、念のために調査してきてくれませんか?」
 対策課の植村直紀は言った。今日も彼はいろいろな事件のファイルを腕に抱え、多忙そうだ。
 コレットは笑顔で引き受けた。
「いいわ、やってみます。この台本、もう少しお借りしていてもいいですか? 素敵なお話みたい」
「かまいませんよ。僕もこういうジャンルの映画、嫌いじゃありません」
 植村がうなずいてくれたので、コレットはその映画……「楓屋敷にて」の台本を腕に抱えて、市役所を辞した。
「助かりますよ。じゃお願いしますね。あ、もちろん、勉強の方の差し支えにならない程度で」
 植村が手を振るコレットに声を投げた。


「ほんとに大きな、楓の木……」
 純白のバッキー「トト」を肩にのせたコレットは、そのムービーハザードの前に立って見上げた。庭ごと実体化したのに、がらんと無人だという奇妙な現象は気がかりだったが、その小さな木造の屋敷はなかなか住み心地がよさそうだった。
 庭には、この屋敷の象徴ともいえる大きな楓の木が立っていて、散り残った葉を時折風に震わせていた。
 一階の玄関に当たる部分が、ガラス張りでパンを並べるショーケースを兼ねていて、映画の中で園江が手作りしていた、
 
「やきたて」

 という陶板のプレートが窓にぶら下がっている。木枠でふちどられたガラス扉の向こうから、今にも香ばしいバターの匂いが漂ってきそうだった。
 勝蔵さんは、どんなパンを焼いていたのかしら。
 ふと思ったコレットは、ぱらりとページをめくった。


《園江「さくらちゃんを、あたしたちの養女にするのよ。だって、不憫じゃない、あんな良い子が、大好きなメロンパンを買えずに、捨て値同然のパンの耳をもらっていってかじってるなんて」》



 どきん、とした。
 このせりふは、近所の薄幸な少女を見かねて、園江がいっそ引き取ろうと勝蔵に持ちかける場面のものだった。
 「養女」という言葉は、孤児だったコレットにとって、身近なものだった。
 実際、養護施設にいたころに、コレット自身が養女に望まれたことも何度かあった。
 柔らかな金髪巻き毛の愛らしい外見と、おとなしい性格もあって、裕福な、けれど子供に恵まれなかった夫婦がコレットを引き取りたいと強く要望し、一度は本決まりになりかけたこともある。
 年配ではあったが、穏やかで優しい夫婦だった。
 よく慈善施設に寄付してくれる有力者だったらしく、市の役員が丁寧に夫婦を案内していた。
 寒い季節にコレットは夫婦と初めて出会った。
 友達とお人形ごっこをしていたコレットに、なぜか夫婦は目を留めた。
「可愛いお人形ね」
「コレットちゃんは、お勉強は何が好きかね?」
 夫婦はしきりにコレットに話しかけ、その後、施設の職員達と長いこと話しこんでいた。
 その後も何度か、夫婦は施設を訪れ、コレットのことを気にかけている様子だった。
 そしてある日、コレットは施設長に呼ばれた。夫婦が一緒にいた。
 夫婦が「コレットちゃん、おじさんたちの子供にならないかい?」と聞いてきた。
 夫婦のことはとても好きだった。とても親切な人たちだというのは、会うごとに感じていたから。
 ーーーーでも。
 コレットは、夫婦の問いに、首を横に振ったのだった。


「どなたか、いらっしゃいませんか?」
 コレットは屋敷の内へ呼びかけてみる。
 応えはなかった。
「失礼します」
 声をかけて、そっとドアのノブを回し、中へ入ってみる。ムービーハザードでなければ、不法侵入になるところだ。
 念のために市役所から、調査のための訪問である旨証明する文書はもらってある。
 年季の入った木造の屋敷である。
 廊下をゆっくりと歩くと、床が軋む。
 ここが、粉の貯蔵庫。
 ここが、居間。
 確認しつつ、コレットは歩む。
 ーーー一階は完全に無人だった。
 廊下の突き当たりの階段を、コレットは上がってみることにした。
 手作り好きという設定の、園江の刺繍作品が額に入れて壁に飾ってある。
 無人であっても、どこか暖かい雰囲気がこの屋敷には漂っていた。
 万が一にも、ここにはネガティブゾーンがあったりというような危険はありえないとコレットは確信した。
 「むしろ、住んでみたいようなおうちみたいよね、トト」
 コレットは肩の上のバッキーに語りかける。
 トトはそのとおりだとでも言うようにコレットの頬に体を摺り寄せた。
 二階にも、特に異常はなさそうだ。
 のちに弟子入り志願する青年が住み込むことになる、園江が手作り道具や、小さな机を置いている小部屋があり、寝室がある。
 そしてやはり、無人。
 きちんと片付いた小部屋を覗き込んでみる。
 部屋の奥に、階段があった。
 こんなところに?
 コレットは上ってみた。
 

 三階は窓のない小部屋だった。
 かといって物置風でもなく、明り取りの小窓があり、クッションがいくつか床に並べてあり、なぜかぬいぐるみと、チョコレートを詰めた箱がその上にちょこんとのっかっている。
 幼い女の子が人形遊びをしていて、ごはんだよとでも呼ばれておもちゃをそのままにこの部屋から出たところ、といったようなたたずまい。
 幼いころを思い出して、コレットはクッションに寄りかかりすわってみた。
 あの裕福な夫婦に、養女にならないかと聞かれた時のことを思い出す。
 養女話を断ったことで、幼心にあの夫婦に対して罪悪感のようなものを抱いた。
 子供がほしいと願いながら、子宝にめぐまれなかった夫婦だったから、寂しい思いをさせてしまったのではないだろうか、と。
 養女の話を断ったとき、子供ながらに懸命に説明したのを覚えている。

 おじさんとおばさんのことはとってもすきです。
 でも、ここのおともだちのこともすごくすきで、いまはおともだちとせんせいとしょちょうさんがわたしのかぞくです。
 
 ーーー私は私でありたいから。
 幼い言葉ながら、堅い意思が伝わったものか、夫婦は一瞬顔を見合わせ、悲しげな微笑を浮かべてコレットの頭を撫でてくれたのだった。

 「楓屋敷にて」では、薄幸の少女「さくら」はどうなったのだろうか。
 コレットはクッションに座ったまま、台本をめくってみる。

《さくら「おじさん、おばさん、ごめんなさい。おとうちゃんはだめなおとうちゃんだけど、あたしのおとうちゃんだから。でも、ありがとう」
 さくら、お辞儀をして、ドアから出る》

 −−−やっぱり、断っちゃうんだ。
 コレットは軽い失望を覚えた。
 さらに台本を読み進んでみると、のちに勝蔵たちは「さくら」の酔いどれの父親を招待し、新メニューのパンを試食させ、職人の心意気といったものを説いて聞かせて立ち直らせるストーリーになっている。
 楓屋敷に住み込んだパン職人志望の青年「信吾」も、そののちに料理コンテストに優勝し、留学するため屋敷から旅立つ。
 そして、夫婦はまた二人きりの生活に戻る。
 時が流れ、勝蔵たちが留学中の青年から久々に帰国の知らせを受け、嬉々として青年を歓迎するための準備を始める場面で映画は終わっていた。
 ほっとため息をついて、コレットは立ち上がる。
 何事もなかったと、市役所に報告しなければならない。
 チョコレートのいい香りがしていたので、ためらったが、このまま放置すれば劣化してしまいそうな気もしてとりあえずチョコの箱をポケットに入れる。
 
 
 階段を下りようとしてーーーー
「……あれ?」
 確かに階段をのぼってきたはずなのに、ドアノブが見当たらなかった。
 そんなはずはない。
 最近銀幕市では妙な事件が頻発していることから、焦りを感じた。
 まさか突然ムービーハザードが凶悪化して、閉じ込められたわけでもあるまいに……
 トトとともにコレットは部屋中を探索した。
 小さな部屋だが、照明がなく、薄暗い。いつのまにか太陽の位置が変わっていて、差し込む日差しも薄くなっていた。
 しばらく探していたが、大き目のクッションの影に梯子段が隠れていることを発見した。
 確か、普通の階段を上ってきたはずなのにーーー
 勘違いだったのだろうか。
 それともーーー
 楓屋敷が、「もう少しここで遊んでいきなさいよ」と呼びかけているとか?
 まさかね。
 コレットはふと浮かんだそんな空想を打ち消して、外へ出た。
 どうして勝蔵や園江たちは実体化しなかったのかと、楓の巨木を見上げながら考えてみた。
 ーーーーもしかしたらあなたたちは、別の世界で、本当の家族になって、毎日楽しく暮らしているのかしら。
 心の中で、コレットは勝蔵たちに呼びかけてみる。
 

 私の家族は…………
 自分を捨てた両親の記憶がよぎる。
 実の親に愛されなかった自分は、どうすれば家族を作れるのだろうか。
 

《勝蔵「それはおめぇ、これから探すんだ。てはじめに、美味いパンを焼けるようになってみな。そうすりゃいろんなことがわかってくる。たとえば、人を喜ばせるのは何も飾り立てた言葉や綺麗な顔だけじゃねぇ、手を動かして一生懸命、人様の役に立つ仕事をすることだってことさな」 》

はっとした。
 本当に勝蔵の声が聞こえたのだ。
 シーン37、失恋した信吾を励ます勝蔵のせりふだ。
 コレットは周囲を見回した。
 だが、楓屋敷は無人のまま……


「楓屋敷には、三階はなかったはずですよ」
 市役所に戻り報告したコレットに、植村直紀は不審げな表情をした。
「でも、確かに……」
「ほんとですか? 妙だなあ……。記録を見ても確かに、映画のロケ現場になった屋敷は二階建てだったんですが」
「このチョコレートは、確かに三階にあったわ」
 コレットが証拠品とばかりにチョコの箱を出してみせると、植村も首をかしげてうなるばかり。
 報告を済ませて市役所を辞し、コレットは自分の部屋に戻り、あらためてじっくりと「楓屋敷にて」の台本を読み直してみた。
「……これだわ!」
 思わず声が出た。
 
《信吾「だって、僕が間借りしていたら、さくらちゃんを養女にしたときに、さくらちゃんの部屋がないじゃないですか。僕はいいんですよ、パチンコ屋で住み込みで働いた経験ありますから……」

園江「馬鹿ねえ、せっかくうちの人にパン焼きの腕を磨いてもらいながら、どうしてパチンコ屋さんなんて行くの。前から私、思ってたの。屋敷をちょこっと改造しようってね。
 さくらちゃんのことが本決まりになったら、三階を建て増しするの。そりゃあ広々とはいかないけど、屋根裏部屋って女の子の夢じゃない? 可愛いクッションを並べてあげてさ」》

 ほんの一行だけ、園江のせりふに出てきただけだが、楓屋敷の三階は、「楓屋敷にて」を鑑賞した人々の心に思い描かれたことだろう。
 勝蔵、園江たちと暮らすさくらの姿とともに。
 さくらは結局、立ち直ろうと決めた父親と、貧しい生活を続けるのだが。
 それでも、とコレットは思う。
 「さくら」は、幸福だっただろう。
 自分の決めた道を歩み、だめな父親であっても、よき父親に一歩でも近づこうと努力する姿を見ることができたのだから。
 
 私も、きっと……
 コレットの想いに共鳴したのか、トトが小さく鳴いてコレットの頬に擦り寄ってきた。
「私も大丈夫よね、トト」
 家族はいなくても、気にかけてくれる人はいるから。やるべきこともあるはずだから。
 コレットはトトの背中を優しく撫でた。
 チョコレートの箱は、今もコレットの部屋にある。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。オファーありがとうございました。
公開日時2009-02-21(土) 23:00
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