★ 凪がれゆく灯火 ★
クリエイター能登屋敷(wpbz4452)
管理番号174-1696 オファー日2008-01-23(水) 22:02
オファーPC 李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
<ノベル>

 曇り空が刻々と薄暗くなっていた。いずれ雨が降ると思われる天気だ。
 李 白月(リ・ハクヅキ)は自身の嫌な予感に身を震わせる思いで足を進めた。
 聞いたところによれば、「ハピネス」の近くでムービーキラーが出没しているらしい。もちろん、噂だ。だが、被害にあっているという人間もいる。
 白月はハピネスの近くまで来ると周囲を見回した。特に異常は見られない。早朝のため、店はまだ開いていなかった。
 緊張していた白月の神経が緩んだ。
 やはり、所詮は噂だったということだろうか。彼は腰の棍棒に添えていた手を離した。
「――イヤアアアアアァァァ!」
 甲高い悲鳴が白月の耳に届いた。
 ハピネスの裏である。白月は手を再び棍棒に添え、駆け出した。束ねられた白髪がまる演舞のように舞った。
 そこには女が一人尻餅をついて倒れていた。更に、先に見えるのは剛毛に纏われる人影の姿。
 疾走。白月の足が地を蹴った。棍棒を抜き出し、人影に横薙ぎを一閃する。同時に、女との間に割って入った。
「早く逃げろっ!」
 女は白月の切迫した声を聞くと、絞り上げたような声を発して逃げ出した。
 これで心配はない。文字通り一騎打ちだ。白月は再び剛毛の人影を見つめた。
 ――
「あんたは……」
 白月は目を見開いた。
 自分はかつてこのムービーキラーを見たことがある。
 いや、見ただけではない。共に歩み、共に生きた存在である。
 ムービーキラーは唾液と獰猛な牙を剥き出しにしていた。琥珀の瞳が睨み付けている。そこには憎悪と闘争心が見え隠れし、まるで獣そのものであった。鮮やかなオレンジの毛並みが、白月を魅せつけていた。
「……虎博(コハク)」

                           1

 広さを確保するには森林が一番であると判断した。
 醜悪の鋭い疾走で、後ろから虎博が追いかけてきていた。白月は負けず劣らずの速さでそれを撒いていく。
 考えてみれば、自分が銀幕市に実体化しているのであれば、虎博も実体化していておかしくはない。しかも、それがムービースターとしてだけではないとしてもなおさらだ。
 甘かった。いや、心のどこかで自分は諦めていたのかもしれない。
 虎博が生きているはずはないと。
 映画の中で虎博が死んだとき、それは己自身の中で虎博が死んだと同義だ。
 また――殺すのか?
 冷静にそんなことを聞いてくる自分がいる。
 判っている。ムービーキラーがどんな存在なのか。そして、それがこの世界にとって脅威になりうるという事も。
 森林の広々とした空き地に白月は身を降ろした。虎博はそれに続き、彼を襲おうとしたが躊躇した。
 戦闘思考だけはなくなっていないらしい。状況を冷静に判断して行動するその様はまるで映画の中の虎博と同じだ。
 白月は棍棒を構えた。足の幅を大きく取った、棍の構えである。
 考えても仕方がない。
 白月は足の幅を一定に保ったまま、地を蹴って跳躍した。上空からの突。虎博はそれを常人ではない速さで避ける。
 無駄のない動きは紙一重で棍棒の傍を過ぎ去り、鋭利な刃物と化した爪が白月の肩を引き裂いた。
「がああぁぁ!」
 更に畳み掛けるように虎博は白月の肩を掴んだ。
 激痛が走り、まるで陶器が割れたかのように集中が切れる。虎博は白月を振り投げた。地に叩き落された白月はそれでも棍棒を離すことはない。一息の呼吸が彼の神経を研ぎ澄まし、痛覚を一刻の間だけだが遮断する。
 瞬間――棒の構えを取った白月は歩幅を短く取り、駆け出した。
「グオオオオオォォォッ!」
 虎博は威嚇の雄叫びをあげた。
 白月目掛けて走り出し、ダンプカーの如く突撃を試みる。だが、次の時には白月は地面に棍棒を突き刺していた。
 棒の先を支点に、白月は虎博を上空から通り越して背後に回りこんだ。
 気づいたときには遅い。振り返ろうとする虎博の脇腹に突を捻り込む。加えて、それを好機に白月は突の打撃を幾重にも与えた。
 減り込んだ肉の跡が痛々しく感じる間もなく、虎博はそのまま気を失ったかのように地へ倒れこんだ。
 白月は虎博の上に乗りかかり、その頭部に向けて棍棒を構えた。
 これを突き刺せば、ムービーキラーが一人消える。
 白月の手が震えていた。
 俺は……また親友を殺してまで、生きるのか?
 いっそのこと、自分が殺されるべきではないのか。
 白月の心中で、親友が自分を罵っている。また、お前は俺を殺すのか!
「――!」
 時既に遅し。
 意識を取り戻した虎博の巨大な掌が、すかさず白月の首を握り締めた。
「虎、ハク……」
 苦しみ喘ぎながら、白月は親友の名を呼んだ。
「白……ヅキ……?」
 虎博の手の力が緩んだ。
 白月を絞め落とそうとしていた手は彼を離し、自分の顔を覆うように宛がう。
「アアアアアァァァァ!」
「虎博! 分かるのか。虎博っ!」
「ガアアアアアアァァァアッ!」
 意識の奔流が虎博を蝕んでいた。
 闇の底で叫んでいる。憎悪。悲壮。絶望。衝動。殺戮。
 虎博が虎博であったものは、もう無いに等しかった。
「コロ……ゴロ、シデ……グデェ」
「虎博……」
 白月は虚ろに親友の名を呼ぶ。
 分かっていた。もう、親友はいない。
 いまいるのは、ただのムービーキラーの一人だという事。虎博が、こんな姿で生きるのを望むはずがなかった。
「グ、グギャアアアアアァア!」
 虎博はまるで意識を痛覚で相殺するように身体の毛を毟り取った。
 そのまま、勢いに任せて白月へと襲い掛かる。
「嗚呼、殺してやるよ」
 白月を中心として、光が周囲に拡散した。
 景色が次第に変化し、塗り替えられていく。ロケーションエリア展開。空間そのものが変貌し、いつしかその場は森林から緑の草原に変わっていた。
 闇の背後に――白い満月を浮かべながら。

                           2

 雨が降っていた。やはり雨雲という予想は間違っていなかった。
 雨の下に白月は佇んでいた。目の前には黒いフィルムが雨を深々と受け止めていた。濡れた髪と服。そして肌。頬に流れる涙を雨が隠していた。
 黒いフィルムを持ち上げると、それはまるで砂漠の粉塵のように崩れ落ちた。もう、ここに彼はいない。
「これで、良かったんだよな……?」
 白月はまるで誰かに問いかけるように口にした。
 誰も答えてはくれなかった。
 空を見上げればそこに月は見えない。
 闇から降る雨はまるで邪悪な何かを洗い流してくれるようだった。
 それが、白月の心なのか、はたまた虎博の残した残留なのか。
 白月は叫んだ。狼の雄叫びの如く。
 叫ぶことだけが、虎博に届く唯一の言葉だと思えた。
 

クリエイターコメントこの度はプライベートノベルオファー、有難う御座いました。

執筆者である自分が感情移入してしまうほどの友の友情に、どこか羨ましいものを感じていました。
虎博が具体的にどんな人物であったのかは計りえない小説として完成させましたが、それを抜きにしても彼が素晴らしい人物であると感じられれば幸いです。

それでは、また機会があればご依頼ください。
ご意見、ご感想等ございましたらお気軽にご連絡ください。
ありがとうございました。
公開日時2008-01-24(木) 21:40
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