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<ノベル>
それは銀幕市にクリスマスソングが流れていた頃のこと。
「……客がおらんな」
苦虫を噛み潰したような顔で、ジェフリー・ノーマンは呟く。
もっとも、この男が機嫌良さそうにしていることは滅多にない。あるいは、そうであっても、もともとが苦虫を噛み潰したような顔なのだということかもしれなかった。
ともあれ、そこは寒風吹きすさぶ銀幕市内のとある公園。
ポップコーンワゴン『ジェノサイドヒル』は、時節にあわせてクリスマス風のデコレーションを施されてあり、チカチカと点滅する電飾と、雪に見立てた綿とを、迷彩柄のボディにまとわせていた。そしてご丁寧にも、店番の兵員たちは、首から下はいつもの迷彩服だが、頭には赤いサンタ帽をかぶっている。
だがしかし――、そんなクリスマス商戦への戦意満々な様子に対して、年の瀬の公園には人っ子一人、いなかった。だから当然、ポッポコーンを買いに来るものもいない。
風にちぎれてどこか遠くから運ばれてくる、クリスマスミュージックの切れ端と相まって、まったく客の訪れないワゴンは、その装飾の雰囲気があればあるほど、むしろわびしさが増すばかりなのであった。
「みんな忙しいんかなあ」
がたん、とワゴンが揺れたのは、ひとっ飛びでその屋根の上に飛び乗った人物がいたからである。
冬の風が赤いマフラーをなびかせる。
斑目漆のおもては狐面に覆われて表情はうかがいしれないが、手をかざしてあたりを見回すしぐさから、おおよそ見当はつくだろう。彼もまた、頭の上にはサンタ帽が乗せられており。
「まあ、たしかに、クリスマスだからポップコーンっていうことにもならないでしょうしねえ」
「とくに、野外販売のワゴンにまでわざわざ買いに来たりしないよな」
「こんな寒い日は家であったかいもんでも食べていたほうが……」
隊員たちが口々にネガティヴな意見を発したが、少尉にひと睨みされて黙り込んだ。
しかし、ここでこうしていても、売上が見込めそうもないことは、ノーマン少尉も認めざるを得ないところなのだ。クリスマスは書き入れ時だと思って、手伝いに漆を呼んだが、まるでそんな人出は必要なく、一日が終わろうとしている。
「こいつはどうする。……熱して、普通のキャラメルポップコーンに戻せるか?」
なにかクリスマスらしい特別な商品を、ということで、隊員たちが知恵を絞った「ポッポコーンツリー」――シュークリームタワーの要領で、積み上げたキャラメルポップコーンを水飴で固めたものが、さっぱり売れずに並んでいるのを見て、ノーマンは嘆息を漏らした。
「うーん、どうでしょう。やってみますか」
ポップコーンツリーを崩して、ポップコーン製造機で加熱しはじめると、溶けだしたキャラメルの甘い匂いがただよいはじめる。
その匂いに引かれた、とでもいうのだろうか――
「アレー、今日はこんなトコで営業してんのー?」
ふいに、出現した緑の顔に隊員のひとりがヒッと息を呑んだ。
殺人鬼はいつだって神出鬼没にあらわれてその場にいる誰かを驚かせるのが法則。
「なんか甘い匂いがするナーーー?」
クレイジー・ティーチャーは鼻をひくつかせた。
「食うか? サービスしておくぞ」
「ホント? じゃあもらおうかナ」
客だ……! ノーマン小隊がざわついた。冷え切っていた心身に、ほんのりとあたたかなものが灯る。
「毎度ありー」
ひらり、とワゴンの屋根から舞い降りた漆が、甘く香ばしい匂いを放つキャラメルポップコーンを、Lサイズのカップに盛り入れた。
それがクレイジー・ティーチャーに手渡されようとした、まさにその瞬間。
「メリィィィィィィィ、クリマスマァァァァァァァス!!!!」
誰かが叫んだ。
そして、どこからか、相次ぐ悲鳴。
それは墓標だ。
R・I・P(やすらかに眠れ)と刻まれた石の十字架が地面から立ち上がり、ポップコーンカップを突きあげて中身をぶちまける。
十字架は、次々に地面から生え出し、ねじくれた悪魔の指を思わせる枯れ木が立ち並び、空は真っ赤な月を浮かべた夜の帳の覆われた。
言うまでもなく、なんらかのムービーハザードか、ロケーションエリアの出現であった。
「ア! ちょっと、ボクのポップコ――」
ずばん、と、水っぽいものがちぎれる音がした。
★ ★ ★
「もーろびとーーこぞーりーてー、むかーーえまーーつれーーー♪」
調子っぱずれな歌声。
「ただし、まつりはまつりでも、血・ま・つ・りデェーース。ギャハハハハハハ」
ゲタゲタと、耳障りな笑い声がそれに重なる。
歌を唄っているのは、雲をつくような大男だった。筋骨隆々の体格が服の上からでもわかるが肌は青白く生気がない。大きな袋を肩にかけ、サンタ帽をかぶっている姿はサンタクロース風だったが、魁偉な容貌からするとサンタのコスプレをしたフランケンの怪物と呼ぶのがふさわしかった。
そいつの、袋をかけている肩とは反対の肩に、もうひとりの男が腰かけている。共通しているのはサンタ帽だけで、対照的に小柄な体は枯れ木のように痩せ、手足は蜘蛛のように異様に長かった。そして両手に大振りのナタをたずさえ、げらげらと下品な笑いを絶やさない。その手の刃からは、なまなましい鮮血がしたたっていた。
大男が、歌いながら、拾いあげたものは、小男がナタの一撃で刎ねたクレイジー・ティーチャーの首だった。
血のしたたるそれを、ひょい、と袋の中へ放り込む。
「首狩りサンタだと。悪趣味だな」
墓場の土を払い落しながら、ノーマン少尉が吐き捨てた。
「って、じゃあ、あの袋の中身は……」
部下が青ざめる。
「なんかわからんけど、友好的な連中でも、まして客でもなさそうやなあ。どうする?」
と漆。
「ふん。あたりをこんな墓場にされたんじゃ、ますます売上に障る。総員、用意!」
ポッポコーンワゴンもなかば墓場の土に埋もれ、墓石に取り囲まれている。ノーマン少尉の号令とともに、小隊が銃を構えた。
「ギャハハハハハ、なんかいるよ、なんかいるよ。どうする?どうする? 血祭りしちゃうーーー?」
「しゅはきませりーーー♪ しゅはきませりーーー♪」
首狩りサンタのコンビは、嬉々として小隊のほうへ向く。
横たわるクレイジー・ティーチャーの屍を踏み越えようとした、しかし、そのとき。
「ちょ――っと、待ち、なよ」
首のない死体の手が、大男の足首をがっし、と掴んだ。声は、袋の中から聞こえてきた。
「人に会ったら挨拶しなきゃダメでショー? いきなり首跳ねるのはどうカナー? っていうか、せっかく買ったキャラメルポッポコーンどっかいったし、どうしてくれるンだョ、ゴルァアアア!!」
「撃てェ!」
袋の中から漏れてくる生首の声が怨嗟の色をおびると同時に、少尉の号令がかかり、小隊の銃撃がはじまった。
血煙りをあげて、サンタコンビが吹き飛ぶ。
「だいたいなにこの悪趣味なロケエリ! ホラーなロケエリだったら、先生のほうがもっとスゴイんだからネーーー!?」
がばっ――、と、クレイジー・ティーチャーが立ちあがった(まだ首はない)。
墓標と墓標の間に、壁が生えてきた。廃墟が崩れていく光景を撮影して、そのVTRを逆回しにするように、クレイジー・ティーチャーのロケーションエリアである『夜の廃校』が展開されていく。
だが同じ場所に複数のロケーションエリアが展開されれば、それらが混じり合うのがルールだ。あちこちに墓標や枯れ木を抱え込んだまま、廃校が広がってゆく。
「ってぇぇええ」
サンタコンビが、全身が蜂の巣のまま、むっくりと起き上がった。サンタの袋の中から、ごろごろと、中身がこぼれおちて廊下の上を転がった。
「っとっと!」
クレイジー・ティーチャー(の体)は、それを拾おうとして失敗する。すなわち、自分自身の生首である。
ここへ来るまでにサンタたちが狩ったらしい無数の生首が、袋の中身だった。
夜の廃校の廊下を生首の群れが転がる。
「チクショウ、キサマらおぼえてろーーー! 必ず全員血祭りにあげてやるからなーーー!!」
「真っ赤な臓器のぉ〜トナカイさんはぁ〜〜〜♪」
クレイジー・ティーチャーが自分の首を探している隙に、サンタコンビは悪態をつき、不気味な歌を唄いながら、ドタバタと夜の廊下を逃げ出して行くのだった。
「……」
狐面のまま、漆が気配を探る。
どこか遠くで、窓ガラスの割れる音がした。
「ほかにも、おるんか。面倒やな」
そこは暗い学校の廊下。漆ひとりきりだった。クレイジー・ティーチャーのロケーションエリア『夜の廃校』の中では、つねに人々ははぐれてバラバラにされるがゆえに。
「でも、まあ、センセとは必ず出会うことになってるんやったかな? 小隊があのヘンなやつらに首狩られへんかったらええけど」
そして忍者は音もなく、夜の廊下を走りはじめる。
「あーー、もーーームカつく! 皆殺し! 皆殺しにすりゃいいんだヨ! 学校の廊下にこんなもん生やして!!」
やっと自分の首を拾って、それがつながったクレイジー・ティーチャーが、廊下から生えた墓標をがしがしと蹴飛ばしながら言った。なにげに、連中と同じ趣旨のことを言ってるので、つまりは、同類ということか。クリスマスの夜に殺人鬼VS殺人鬼IN夜の廃校+墓地になってしまった。
「クヒヒ、ま、いいか。どうせだれも逃げられないんだし。ひとりずつ殺しちゃおーっと。先生、今、行くからネーーー♪」
殺人鬼理科教師も、新たな獲物をもとめて徘徊を始めた。
★ ★ ★
「ちょっとォ、なんなのよコレぇ、いきなりガッコウになっちゃってぇ。アタシたちのパーティーが開けないじゃないのよ!!」
忌々しそうに悪態をつくのは、ボロボロの黒いドレスを着た、青白い肌の少女である。付き添うのは赤鼻のトナカイ。しかしこのトナカイ、正確には鼻が赤いのではなく、血によって鼻のところが赤く染まっているだけ。見るからに邪悪そうな表情で、女主人の悪態をクシシシと笑った。
「あんた笑ったわね! ……まだ材料集まってないけど……それともこれくらいでいいかしら?」
トナカイをこづいてから、少女は、袋の中をのぞいた。中にはどこかの不幸な犠牲者からひきずりだした臓物だった。
「首のほうは集まったのかしらねぇ。リースとオーナメントの数がそろってないとヘンよねぇ? あと2人くらいは殺したいんだけど」
物騒なセリフを、しかし、夕飯は何にしようかしらくらいの感じで言いながら、頬に手をあてて呟く。――と、そのときだ。彼女の視界の中で、なにかが動いた。
「あら」
ぶほッ、とトナカイが鼻を鳴らした。
ふと目をやった廊下で、ドアを開けて出てきた人物がいたのである。
「獲物見ーーーつけた♪ 殺っちゃって!」
トナカイが駆けだす。
ドアからあらわれた人物は夜の学校の廊下を駆け出した。しかしトナカイの蹄のほうが速い。だがしかし!
「!?」
まるで水に沈むように、追う獲物の姿が床に消えたのに、トナカイは眼をしばたかせた。そこで足を止めていれば、よかったのかもしれないが。
「っ!!」
次の瞬間には、廊下に敷かれていた網が持ち上がって、トナカイの身体を包み込み、天井近くにまで吊るし上げているのだった。
「ちょ、ちょっと!」
狼狽する少女の目の前に、ずい、と出現する影!
ひっ、と息を呑んだ彼女が見たものは狐面だ。
「こ、この……!」
ぶん、と空気を裂いて、少女はどこかに隠し持っていたナイフを振るった。漆はそれをかわし、逆手にもったクナイを――
「伏せろ!!」
野太い声が飛んだ。
今度はあちこちのドアが開いて、わらわらと姿を見せた兵隊たちから、いっせいに銃撃だ。
「無事やったか」
「なんとかな。迷ったりはぐれたりするのはベトナムの密林で慣れている」
硝煙の匂いただようなか、ノーマン少尉が言った。
どうにか廃校の中で散らばったメンバーを集めてここまで来たようだ。
「な、なんなのあんたたち! 狩られるのはあんたたちのほうでしょ、役割が違う――」
さきほどの首狩りコンビと同じく、少女も通常の人間ではないらしい。全身を銃撃されながらも、よろよろと起き上がる。
「お、おぼえてなさいよぉ〜〜〜っ!!」
そして踵を返して逃げ出そうとしたのだが。
「学校の廊下は、走っちゃだめでーーーーす。先生とのお約束〜〜〜〜」
ぐしゃ、とクレイジー・ティーチャーの鉄鎚が、少女の頭頂部を叩き割る。
「これで……3人目かナ?」
がしゃん、とプレミアフィルムの転がる音――。
「さァ、次、いってみよーーー」
楽しげに、スキップめいた浮ついた歩調で歩き出す殺人鬼教師。
「すっかり血まみれのクリスマスになったな」
その様子を見送って、ノーマン少尉がやれやれと首を振った。
「うるさいくらいに赤い」
漆はそんな感想を漏らすと、どぼん、と影の中に潜航する――。
『墓地』と『夜の廃校』の複合ロケーションエリアに、その夜、どれだけの敵がいたのか定かではなかったが、言動や風体からみて、B級なスプラッタ映画の悪役であることは明らかだった。そのままにしていれば、一般人に犠牲者も出ただろう(あるいはすでに出ていたのかもしれない)から、放っておいても『対策課』から依頼が出たはずで、その意味では、かれらの行動は結果として善行であった。
ただ、その場で起こっていたことは阿鼻叫喚の地獄絵図であったとしても。
『夜の廃校』はクレイジー・ティーチャーのホームグラウンドだ。構造はすべて頭に入っているから、それを伝授された漆と小隊が待ち伏せやトラップで、校内をさまよう敵殺人鬼たちをしとめていくのは造作もないことだった。
「ヒャッハーーーッ! 何人目?」
「10人目」
「エースだな」
「HAHAHAHAHAHA!!」
「イエーィ!」
戦いをともにするうちに戦友的な感情が高まったのか、妙に親しげになった小隊員たちに、クレイジー・ティーチャーがタッチしていく。
10機撃墜のお祝にキャラメルポップコーンが差し出されたのを受けとって、クレイジー・ティーチャーは甘い香りのスナックを頬張った。負けなしの戦いの連続なのでリラックス気味の小隊員たちがコーラで乾杯しあい、プリンにがっついて……
「…………」
……プリン?
「次はどこだ? っていうか、まだ終わらんのか」
「あと二人くらいはいるみたいやな。墓場のエリアも解けてないし、気配がする」
「場所はわかるか?」
「あっちのほうかな。……センセ?」
クレイジー・ティーチャーの赤い瞳が、ぐるり、と裏返った。指でさした先には――ノーマン小隊の一隊員がプリンを食べていたのだが。
「ん。そいつをどうした」
「え? これ、そこの冷蔵庫の中に」
はっ、と、漆が辺りを見回した。
机の上のビーカーやシャーレ。キャビネットの中には薬品の瓶。
「理科室」
「ということは……」
ノーマン小隊は理解していなかった。この『夜の廃校』でもっとも恐怖すべき存在が何であったかを。
「そ・れ・は、先生が準備室の冷蔵庫に隠しておいたとっておきのプリンでェ〜す。勝手にひとのものをつまみ食いする悪い子は誰かな? かな?」
幾多の敵を屠った鉄鎚が振り上げられる。
隊員は、喉を鳴らした。
「ヒッ。いや、そこにあったからつい……っていうか、たぶんこれ、別のプリンです」
「嘘だッ!!!!」
「ギャーーー」
投げつけられた鉄鎚がすんでのところで隊員の頭をかすって後の人体模型を粉砕した。
「わ、ちょっと、センセ!」
「てめぇ、ざけんじゃねェゾ、なかなか買えねェんだゾ、そのプリン、おいコラ待て、逃げんな、頭蓋骨ブチ割って脳漿かきまわしてやるから大人しくそこに座れぇええええええ!! F×××ing!!!!」
夜の学校に、さっきまでとはまたちょっと違う阿鼻叫喚がわきおこった。
★ ★ ★
「見つけたぞぉぉおおお、今度こそ、全員、その首狩ってやるからなァーーーー! ギャハハハハーーー!」
「ジングルベール、ジングルベール、骨が鳴るーーーー♪」
首狩りサンタコンビ再登場。
ノーマン小隊とおぼしき兵士たちを見つけると、ふたりの殺人鬼はガラスを蹴破って廊下へ飛び出し、ぶんぶんとナタをふり回しながら――
「どいてくれーー!」
軍用ライフルが火を噴いた。
兵士たちは必至の形相で、殺人鬼たちなど障害物としか見ていない様子である。
「っててて、いきなり撃つなよナーーー、そこはギャーとか言って怖がるとこでしょ! だいたいおまえら――おぶッ!」
唸るエンジンの音とともに、首狩りサンタ自身の首が胴体から離れ、傷口から鮮血のシャワーが噴き出した。
ずん、と廊下を踏みしめる足。憤怒のオーラを身にまとった、クレイジー・ティーチャーの手には、なんといつのまにかチェーンソーが唸りをあげていた!
「……!?」
もうひとりの首狩りサンタは身をすくませたが、遅かった。
無慈悲な刃が、生きながらにして彼を解体していく。
「……武器変わってるぞ」
「プリン食われてブチ切れたせいかなあ。なんていうか……覚醒体?」
廊下の角からノーマン少尉と漆が様子をうかがう。
もはやクレイジー・ティーチャーを――いや、スイーツを奪われた怒りから真の力を解放したクレイジー・ティーチャーEX(仮)を止めることは誰にも不可能に思われた。
その首が、ぐるり、とノーマンたちのほうを向く!
「そこかぁあああああああああああ!!!!」
「やばい」
「あかん」
一目散に逃げ出す少尉。影にダイブする漆。
「ぬお!!」
少尉は角を曲ったところ、なぜか先回りしていたクレイジー・ティーチャーEXが前方から向かってくるのに慌てる。
「畜生」
向かってくる殺人鬼に引き金を引く。
白衣に咲く血の花――だがこれしきの鉛玉では到底、クレイジー・ティーチャーEXの暴走を阻むことなどできはしないのだ!
「少尉ーーー!」
小隊たちから援護射撃がきた。
マシンガンが殺人鬼を、学校の廊下を、窓を、破壊していく。
しかしそれでも止まらない。弾丸に肉を削られながら、なおもチェーンソーを振り上げ、少尉に迫る。
「危ない!」
漆が影からあらわれて、少尉の首ねっこを掴んでひっぱらなければ、顔面を切り裂かれていたはずだ。
「くそォォ!」
「あ、あかん!」
チュイン、と音を立てて漆の手甲がチェーンソーを弾き、火花が散る。
「死ねぇええええええええええええ」
クレイジー・ティーチャーEXの狂気の瞳は、なにも映すことなく、ただ、その殺戮の刃を振り下ろした……!
そのとき――
気づいたものはいただろうか。
それはただの偶然だったのだから。
誰も知らなかったに違いない。
小隊の誰かが撃った弾が、クレイジー・ティーチャーEXにかすりもしなかった流れ弾が、どこかにあたって跳ね返り、跳弾となって……その写真立てに命中したのだということを。
はじけとぶフォトスタンド。
写真の中の人物たちを見たものは、誰もいないまま――……
★ ★ ★
星空に、ノーマン少尉は目をしばたく。
不思議と、さっきまでは意識しなかった寒気がおしよせてきて、ぶるりと身をすくませる。
そこは、もとの公園だった。
ポップコーンのワゴン。
忠実な小隊の兵士たち。
なにもかも、もとどおりだった。ただ周囲に、プレミアフィルムがちらばっていることをのぞけば。
「アレーーー?」
クレイジー・ティーチャーは首を傾げた。
「なにやってたんだっけ?」
その言葉に、全員が深い深い安堵の息をつく。
「なんでもない。ちょっと運動しただけだ」
少尉が、白衣の肩を叩いた。
「キャラメルポップコーンをおごろう。キャラメルフレーバー増量でな」
「え? なに? ホント?」
ワゴンの兵士がLサイズのカップにポップコーンを盛るのを見て、傷痕だらけの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「はい、メリークリスマス!」
「Thank you! あー、そういや、今日ってクリマスマス――」
カップを受け取りながら、なにげなくかけられた言葉に静止するクレイジー・ティーチャー。
ノーマン小隊はもうひとつ知っておくべきだった。
この日が誕生日でありながら、それがついぞ祝われることがないゆえに、彼が「全世界の人に祝われる12月25日」にいかなる感情を抱いていたのかを。
「あー、なんかムカついてきたなー。クリスマスってさー、ようするに、あのひとの誕生日なワケでしょ。先生も今日が誕生日なんだよねー。でもメリークリスマスっていうのは、あのひとの誕生日だけをお祝いしてるわけだよねー。それって不公平だと先生は思いまーーーす。そうじゃないかな? かな?」
「……え、いや、あの」
あやしい雲行きに、兵士は顔色を失った。
「CTさんも……おめでとう、ございます」
「嘘だッ!!!!」
「ギャーーー」
金槌を手に暴れ出すクレイジー・ティーチャー。逃げ惑うノーマン小隊。ふたたびそこは、阿鼻叫喚の巷であった。
「はい、そこまで!」
漆の声だった。
ドタバタがどれくらい続いたのかわからないが、とりあえず、公園のいくつかの遊具はクレイジー・ティーチャーの攻撃と小隊の反撃の余波を受けて破壊されていた。
「飯やで〜」
「め、飯……?」
「さ、はよぅ、みんな集めて。センセイも」
「ボクも……?」
「今日はセンセイもおらんとなぁ」
狐面で表情はわからなかったけれど、漆の声が、笑っていた。
一同が『河内荘』(ノーマン小隊の寄宿しているアパートである)に帰ってみると、いつのまにか鍋の準備がととのっていた。漆によるものらしい。
「いつのまに?」
漆は分身だけをあの場に残して、一足先に来て準備をしていたのだが、それがわからぬ小隊たちにはマジックにしか見えないだろう。
「センセイにはこれも」
冷蔵庫の中にはワンホールのケーキがあった。そしてその上には一本のロウソクが。
「これって」
「誕生日なんやろ?」
「……」
誰からともなく、拍手が起こった。
「アー……」
クレイジー・ティーチャーは、たぶん、笑ったのだろう。
あまりに恐ろしい顔なので、そうは見えなかったかもしれないけれど。
「せっかくだ。冷めないうちにな」
少尉が、皆を食卓へ促す。
銀幕市のことだ。
きっとその夜には、街のあちこちで、さまざまな奇跡や、事件が起こったことだろう。
そのうちいくつかは銀幕ジャーナルを飾っただろうし、また別のいくつかは、かかわった人々の記憶の1ページにそっと綴られる。
下町の、アパートの一室で、ぐつぐつとあたたかな鍋が煮え、それまで顧みられることのなかった殺人鬼の誕生日が、米軍の軍人と、平安朝の忍者に祝われたのも、そんなささやかな事件のひとつであった。
(了)
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クリエイターコメント | お待たせしました。『戦場のメリークリスマス』をお届けします。 そういえば銀幕広場でも殴打された人がいるとかいないとか聞きましたが、こんなところにも被害者が。銀幕市ではこの日は外出しないほうが安全そうですね? |
公開日時 | 2008-01-12(土) 22:20 |
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