★ 御庭番衆忍頭、荒ぶる魂のお見合いに付き添いし事 ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-2309 オファー日2008-03-14(金) 23:16
オファーPC 斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
<ノベル>

「こんにちは。漆くんはご在宅かしら?」
 それは、とある日曜日の朝のことだった。
 斑目漆の住居であるところの、古い木造アパートのドアを誰かが控えめにノックしたのは。
「引き受けてくれるといいわねぇ、ペス? だけど、もし漆くんの都合が悪いようなら、あきらめましょうね」
「わんっ。わわんっ。わふん(訳:それじゃ困るのよママさん。あたしのゴージャスセレブ恋愛→セレブ婚のスケジュールが台無しになるじゃないっ。まったくもう)」
(……ちょお待ちぃ!)
 あまりにも意外な訪問者に面食らった漆は、ドアを開けようとして固まった。
 なぜならば、聞こえてくるその声は、ご近所の本田さんちの奥さん――とてもじゃないが27歳の長男を筆頭に3人の子持ちとは思えぬ超絶的童顔の女性である――と、飼い犬のグレーハウンド、銀幕市最強生物ペス殿――カニクリームコロッケを争っての漆との数えきれぬバトルはすでに銀幕ふれあい通り商店街名物となり、銀幕ジャーナルでグラビア特集が組まれたほどだ――に他ならなかったからである。
「漆くーん?」
「わふっ。んわん?(訳:ちょっと漆。いるんでしょ?)」
「はいな、いてますよ」
 観念してドアを開け――
「ちょお待ちぃな!」
 漆は再び固まった。
 普段から愛想のよい本田夫人は、長男とよく似た童顔にいつもの笑顔を浮かべている。
 杵間酒造の純米大吟醸『美中年』の一升瓶を携えているのが謎だが、それはまあいいとして。
 ――問題は。
 いつものほど激しい無駄吠えもせず、殺気も漂わせず、なにやら神妙なペス殿の方だ。
 
 ペス殿は……、
 ……それはそれは、
 …………美しく鮮やかに赤い、
 …………………… 振  袖  姿  だ  っ  た  の  だ。

 狐面の奧で目を見張った漆に、本田夫人は『美中年』を手渡し、両手を合わせる。
「急にごめんなさいね。でも、漆くんしか思い浮かばなくて。ご近所さんでペスが懐いてるひとって、他にいないの」
「…………………ちぃとも懐いてないで?」
「これ、ささやかだけどいつもお世話になってるお礼。このお酒、料理酒として使うと最高だって息子が言ってたから」
 夫人も含め本田家一同は、漆とペス殿を「仲良しさん」だと思いこんでいる。
 まるぎんの戦利品がらみのバトルを何度も目撃しているはずなのだが、本田家の認識は「あらあらペスったら、あんなに無邪気にはしゃいじゃって」「よかったなペス。遊んでもらえて」「へー。ペスってお兄ちゃん以外のひとにもあんなに甘えたりするんだね」なノリなのである。
「いったい、何事ですのん?」
「あのね。ペスのお見合いに付き添ってほしいの」
「見合いて……」
「今日ね、血統書付きの犬ばかりを集めた集団お見合いパーティがあるのね。銀幕ベイサイドホテルの庭園で。本当は私か、でなければ家族の誰かが付き添うはずだったんだけど」
 しかし当日になって、本田家全員が都合が悪くなってしまったのだそうだ。
 カルチャースクールで生け花の講師をしている夫人は、急遽、病欠になった他の教室の講師の代わりを務めなければならず、サラリーマンのご主人は課のプロジェクトにトラブルが発生したため日曜出勤、ベイサイドホテルの総料理長の長男は、日曜がかき入れ時の厨房を離れられず論外というかそれ以前に溺愛しているペスたんのお見合いには絶対反対結婚なんて早すぎる許しません! の立場だし、大学生の長女は漫研で発行する同人誌の入稿が差し迫っていて修羅場だし、高校生の次男は剣道部の合宿で銀幕市を離れているとのこと。
 ならば、お見合い参加を見送ればよさそうなものだが、そうは問屋が卸さない。
 なんたって当のペス殿が、このパーティを も の す ご く 楽しみにしているからである。
「この子ねぇ、理想が果てしなく高いの。美形好みの上にブランド志向なのよ。だから、なかなか出会いに恵まれなかったし、ご近所の犬とは喧嘩ばかりしてるんだけと、今回は反応が違ったの」
 何でも、本田家が定期購読している愛犬家向け月刊誌『愛犬宝島』に載っていた、パーティ募集広告のモデル犬が、ペス殿の超タイプだったらしい。その写真ページを破いて自分の小屋の枕元に置いている、というほどの熱の入れようだという。
 参加者でもあるそのモデル犬は、犬種も同じグレーハウンドで、しかもチャンピオンの直子という毛並みの良さ。如何に本田家長男が反対しようと、ペス殿とて恋に恋するお年頃。気合い十分で今日の良き日を待ち望み、本田夫人もその熱意にほだされ、勝負服として振袖をあつらえたのだそうだ。
「そないに、その集まりに行きたいんか?」
「わんっ! わわわん! わわわわふんっ!(訳:そうよ! あたし、この出会いに賭けてるの。彼ってとても素敵であたしの理想なの王子様なの。それに他にも、各種血統書付き美形犬がたくさん参加するのよっこれを逃すと一生後悔するわだからお願いお願いお願い一緒に来てよう来てくれたらもうカニクリームコロッケ横取りしたりしないから!)」
 ペス殿が何を言ってるのやら漆にはさっぱりわからないが、本人(本犬)的にかな〜り譲歩のうえ、付き添いの要請をしているらしきことは伝わってきた。
 漆は『美中年』の一升瓶を抱え直し、頷く。
「ほんならこの御酒と、今後、まるぎん帰りには戦わんゆうことで、手ぇ打とか」
 
  〜卍〜*〜卍〜*〜卍〜

 銀幕ベイサイドホテルが誇る日本庭園は、池泉廻遊式の本格的なものだ。四季折々の花がバランスよく配置され、手入れの行き届いた樹木は程よい木陰をつくっている。
 そして、今日はそこここに、いずれ劣らぬ血統と姿の美しさを誇る素晴らしい犬たちが、飼い主に連れられて、妍を競いながらも交流を図る光景が展開されていた。
 パーティの正式名称は『わん婚希望者の事前交流会』だ。つまり、ここでいい感じになった相手とは、後日ホントに結婚っつーか交配してお子さんつくっちゃうことになるかも知れないんである。妙齢の犬たちにとっては、人間同士がやらかしているなまぬるい合コンとは大違いの、シビアさも秘めた場であった。
 狐面をきっちり被ったいつもどおりのいでたちで、漆は、お振り袖をお召しになったペス殿をエスコートがてら、振り返る。
 しかしペス殿は、犬たちの輪からかなり距離を置いたまま座り込み、動こうとしない。
「どしたん? 混ざらんの?」
「……きゅうん……(訳:だ、だって……)」
 勢い込んでやってきたものの、ペス殿はがちがちに緊張していた。
 右を向いても左を見ても、まずご近所ではお目にかかれないようなイケメン犬ばかり。そして同様に、信じられぬほどの美女犬、美少女犬もたくさん参加している。
 素敵な伴侶をゲットするべく、犬たちから立ちのぼる気合い入りまくりのオーラに、本田家長男が言うところの「内気でおとなしくて純情なペス」は、気圧されてしまったのだ。
「楽しみにしとったんやろ? ほれ、あそこに同じ犬種がおるで」
「……わ、わぅん……!?(訳:……あ、彼って、まさか……!?)」
 ひときわ目立つイケメンなグレーハウンドが、すっと首を上げてペス殿を見つめている。それが、本命のモデル犬だと気づいたとたん、ペス殿はもじもじし、漆の後ろに隠れた。
「らしゅうないなぁ」
 ペス殿のあまりの恥じらいっぷりに、漆はひょいと身をかわす。
 すっと犬の輪を抜けて、イケメングレーハウンドはペス殿のそばに近づいてきた。
 どきどきおどおどしているペス殿に、モテる男の余裕で優しく語りかける。
「わうん? わんわん(訳:緊張してらっしゃるのかな? 可愛らしいかただ)」
「きききき、きゅっん(訳:あああああ、あのっ、あたし、そのっ)」
「わふ。わん、わぉん(訳:そんなにみんなから離れて。控えめでらっしゃるんですね)」
「くぅん……。きゅん(訳:いえ……。素敵なかたばかりなので、恥ずかしくって)」
「わぉん。わふ、わん(訳:僕は貴女のような、古風で奥ゆかしいかたが好みなんですよ。少しお話ししませんか?)」
「わ、わん……。くぅ(訳:ええ……。あたしでよろしければ喜んで)」

 ……とまあ、そんな感じで、2匹のグレーハウンドはほんのり接近しつつあった。
 飼い主たちからも、あら、素敵なカップル、お似合いね。という声が聞こえてくる。

 ――お名前は?
 ――ペスと申しますの。何故かときおり、『ペス殿』とお呼びになるかたもいらっしゃいますけれど。
 ――貴女の気品が、つい尊称を引き出してしまうのでしょうね。
 ――まあ……。そんな……。
 ――ご趣味をお聞きしていいですか?
 ――趣味……? そうですわね……。ちっちゃいものを追いかけて楽しく遊んだりですとか……。
 ――ああ、それは、おしとやかな貴女にふさわしい、優雅な時間の過ごし方ですね。
(注:全訳にてお送りしております)

 結果的に緊張が幸いして、犬なのに巨大な猫をかぶることに成功したペス殿を、イケメングレーハウンドはすっかり気に入った模様である。
(ええ感じやないの)
 あとはお若いおふたりで、とばかりに、漆は池を取り囲む庭石のうえに腰掛けた。お出かけ前に手早く仕込んできた、持参のMYお重を広げる。
 せっかくホテルの庭園に来たことやし元は取らな、と、付き人は思ったのである。
 本田夫人からもらった『美中年』は、飲んでも美味い酒だが、肉や魚や野菜の下ごしらえに使うと、素材のうまみを存分に引き出せる優れもので、お重の中身は絶品料理となっている。
 小春日和の昼下がり、吹き抜けるそよ風に赤いマフラーをなびかせながら、漆はささやかなお弁当タイムを過ごしていた。
 
 ――しかし。
 そんな平和な光景の水面下では、よからぬ陰謀が進んでいたのだ。
 心悪しき人間たちによる、卑近な悪巧みが。
 
  〜卍〜*〜卍〜*〜卍〜

 異変はすでに起こっていたのだが、表面化するまでには時間がかかった。
 次々にツーショットになっていく犬たちを、飼い主が気を利かせて遠巻きにしていたため、気づくのが遅れたということもある。
「……すみません、どなたか、うちのル・シフルを見かけませんでしたか? 可愛いお嬢さんと一緒に木陰にいたんですけど、なかなか戻ってこないので迎えにいったら、どこにも身あたらなくって」
 ミニチュア・ダックスフンドの雄とはぐれてしまった飼い主が、青ざめて探し始めたのをきっかけに、あちらこちらで飼い主陣が慌てだした。
「わたしも、うちのツッチーニ号を探してるんです。雄のフラットコーテッド・レトリバーなんですけど」
「誰か、僕の大事なヒトダ=マァンを見なかったかい? 毛色はチェストナット、目は琥珀色、そりゃあ綺麗なファラオ・ハウンドなんだ」
「ああ、皆様、わたくしのタ・ス・ケイタをご存じありません? それは見事なボルゾイですの――何処にいるの、タ・ス・ケイタ!」

 1匹、2匹、3匹――5匹、10匹と。
 知らず知らずのうちに犬たちが、それも雄犬ばかりが、姿を消していたのである。
 そして、とうとう。

「わんっ! わんわんわわわん! ばうっ!(訳:大変よ漆! 彼が――彼がいなくなっちゃった。ちょっとトイレに行ってきますねって席を外したきり、戻ってこないの!」
 ペス殿と一緒だったイケメングレーハウンドが行方不明になるに及んで、場は騒然となった。

 白昼堂々、ホテル内での誘拐事件――
 事態を重く見た支配人は、すぐさま銀幕市警に連絡を取った。
 駆けつけた刑事が、現場検証をしながら言うことには。
「犯人はおそらく、最近市内を跋扈している、血統書付きの雄犬ばかりを狙った窃盗団と思われます」
 いわゆる「ムービースター」の「ヴィランズ」ではないようだ。
 普通の、という言い方もおかしいが、一般的人間たちで構成された犯罪者集団らしい。良血の犬を集めた大規模な交流会がベイサイドホテルで行われるという情報を聞きつけて、こっそりパーティ会場に紛れ込んでいたものと思われる。

「わんわわん! わんっ!(訳:彼を助けなきゃ。犯人はまだ庭園内に潜んでいるはずよ!)」
「そう時間も経ってへんしな。連中はそないに遠くへは行けんはずや」
「わんっ! わわん!(訳:あたし、彼の匂いを追いかけてみる!)」
「あの犬の匂いを嗅ぎ分けられるんなら、それが手がかりや。早う探さんと」
 はからずも漆とペス殿は、言葉も通じないのに同一見解・同一判断を下し、同時に走り出す。
 赤いマフラーの忍者と赤い振袖のグレーハウンドは、まるで一対の矢のように庭園を駆けた。

 漆とペス殿の、勘と判断は正しかった。
 騒ぎに紛れ、飼い主のふりをして犬を連れ出そうとしていた連中を見つけたのだ。
 おりしも犯人たちは、庭園の裏口から逃げ出したばかり。

 う゛わん! わんわんわん!
 ぐわわわわわん! 
 う゛う゛う゛う゛わんっ! わんわんわんーーー!!!
(訳:あんたたち只じゃおかないわ。あたしの彼を返しなさいよぉぉぉぉぉぉーーーー!!!)

 地獄の番犬も震え上がりそうなほどの、凄まじくもドスの利いた吠えっぷり。
 恐れを成した犯人たちは蒼白になって浮き足立ち、抱えていた犬を置き去りにした。
 そのまま別方向に散り散りになって、追跡を撒こうとする。

「そうはいくか。ええな?」
「わんっ!(訳:OK。まかせなさい!)」
 漆とペス殿は目と目を見交わす。一瞬で意思は通じ合い、作戦会議は終わる。
 それからあとはもう――

 しゅんっ! と、分身の術を使った漆が、窃盗団全員の前に立ちふさがり、ペス殿の方へ追いやった。
 がぶうっ! と、ペス殿は、連中を囓っては投げ、囓っては投げの大立ち回り。
 支配人と刑事が駆けつけたときには、すでにぐったり状態の犯人たちが折り重なって、山ができていたのである。

  〜卍〜*〜卍〜*〜卍〜

 んで。
 ひとりと1匹は大手柄、窃盗団は数珠繋ぎでお縄になり、掠われた犬たちは無事に戻ってきたのだが。
 肝心のペス殿の恋のゆくえはというと。

「わん! ……わわん!(訳:連中はやっつけたわよ、もう大丈夫! ……じゃなかった、どこにもお怪我はありませんか? 心配しましたわ)」
「わ、わふ……(ペス殿の驚異的な勇猛ぶりを大迫力の至近距離で見てドン引きし、腰を抜かしている)」
「くぅん? きゅう?(訳:どうなさいましたの?)」
「……………(涙目のガクブル状態で後ずさりして首をぶんぶん横に振るばかり)」

 ひゅるりら〜〜〜。
 木の葉が一枚、宙を舞う。庭園の椿の花が、ぽとりと落ちる。
 ペス殿のお見合いは、不成功に終わった。

「そう、気ぃ落とさんでもええやん」
 可哀想なくらいに落ち込んでしまったペス殿の背中を、漆がぽんぽんと叩く。
「わん……(訳:漆……)」
「あんな見かけ倒しの弱っちい犬、お前にはふさわしゅうないで」
「……きゅうん。わん……(訳:ありがと。なぐさめてくれてるのね)」
「また機会があるて。ええ犬は他にも仰山おるやろう?」
「わん! きゅん。わぅん(訳:ふふ、そうね。またお見合いすることがあったら、付き添ってね? あんたが一緒だと心強いわ)」
 ペス殿は顔を上げ、吹っ切れた表情で漆を見つめる。
 幾多もの戦闘を乗り越えて、種族を越えた友情がとうとう生まれ……

 ……るかと……
   ………思われた……
      …………………のだが…………

「ええか。お前の漢らしさを判らん女衆なぞ相手にする事ないんやで?」
「………わ、ん……?(訳:………何ですって……?)」
「大体何で振袖やねん? 紋付袴にしてこいや」

 ぴきーーーーん!
 銀幕市名物、謎の重力波発生!

 この期に及んで漆が、 ま  だ  ペス殿を雄だと思いこんでいるというこの事実。
 生まれかけた友情は蜃気楼のように消えうせた。

 しかも後日、本田家に漆手縫いのペス殿専用紋付き袴が届けられ、男装だと余計な虫がつかないかもと考えた長男が嫌がるペス殿にそれを着付けてお散歩に出かけ、男装ペス殿は行く先々で美女犬・美少女犬に超もてもてになって、いっそう乙女心をブル〜にしたというおまけもついて――

 カニクリームコロッケを巡る戦いは、それからも日々繰り広げられているのだった。
 まるぎんの、タイムセールのあとに。

 
 ――Fin.

クリエイターコメントこのたびは、超素敵ネタのご投下をありがとうございました! 漆さまのエスコートでお見合いに臨むというセレブ体験ができて、ペス殿も本望であろうかと思います。

この後、銀幕市を激動の事件が襲い、漆さまが数奇な運命にみまわれても、何も知らないペス殿は、おそらくタイムセールが終わったあと、まるぎん前で待っているような気がいたします。
漆さまがほかほかのカニクリームコロッケをゲットして店から出てくるのを、虎視眈々と。
公開日時2008-03-30(日) 20:30
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