★ 愛しき想いに翻弄されし鬼との事 ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-1318 オファー日2007-11-24(土) 20:42
オファーPC 斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
<ノベル>

 京のやんごとなき姫から、旅に出たきり戻らぬ乳母を捜して欲しい、という依頼が舞い込み、漆がそれを担当することになった。
 彼の任務は、その乳母を迎えに行き、姫の前まで連れて行く事。これは、主である道満からの、厳命である。

『お前でなくては、務まらぬであろうからな』

 その言葉には、ひととき喜色を覚えたものだが――思えば、内容がいかにも自分向きではない。別の者にやらせた方が、よほど効率的だと思いつつも……やはり主からの直々の命であれば、従うのが筋。困惑を隠して、それを受ける。
「捜索、か。仕事は実質、他の御庭番衆に任せることになるんやろなぁ」
 御庭番衆とは、偵察行動を主眼とした、諜報員――俗世間で言う所の、忍者集団を指す。必要とあらば皇族、公家の内情は勿論のこと、諸役人の行状や風評・素行調査まで詳細に調べ上げることが出来るだろう。
 さらに、その規模は日本各地に及ぶ。道満の勢力の大きさが、いかほどのものか。我が主の事とはいえ、真剣に考えれば薄ら寒い感覚を覚えそうになる。

――この程度の調べもの、連中にかかればパッパと片してしまう。問題は、お館様の思惑やな。

 漆とて、道満直属の御庭番衆。その手の探査・捜索活動も不得手とは言わない。――が、己はどちらかといえば実働部隊。単騎で敵と対峙し、殲滅する方に特化している。この件についても、漆は部下に情報収集を命じていた。そうせよと道満が言った訳ではないが、これが一番現実的な方法であると、理解は示しているだろう。
 そもそも彼を用いるなら、暗殺なり戦闘なりに使うのが、一番効率的なのだが……それを理解せぬ主ではない。なんらかの思惑があると、予想するのは当然の流れであった。
「ああ、でも……どうなんやろな」
 さらに思考を費やす。手はずは既に整えていた。乳母の情報を待つだけの身であるからして、時間はある。
 自分でなくては、務まらぬと、道満は言った。それの意味する所はなんであろう? その乳母とやらを連れて来る最中、戦いが起こるとでも言うのだろうか。

――特別な、何かがある。

 そして、それはおそらく自分が知らなくても良いことなのだ。
 むしろ、知ってはならぬことであるかもしれない。だから、道満は余計な情報を与えず、簡潔な命のみを与えたのか?
「ああ、そうか。そんなら、簡単なことやないか」
 余計な事を考えてしまった。その事実を、漆は恥じる。
 主が言わずに済ませたなら、その意を汲むべきだ。余計な詮索は不敬。彼は、無心に報告を待つ。そして……。

――来た。

 目の前に、部下の御庭番が現れた。この時点で、もたらされる情報の正確性は、疑うべくも無い。御庭番衆とは、そういう存在なのだから。
「良し、わかった。行ってええで」
 部下を去らせ、漆は動く。気負うことなく、不安一つ無く、彼は乳母の元へと向かった。
 すでに彼は、この捜索の依頼が、凄惨な結果に終わるであろうという事を、早くも予感していた。



 乳母の生い立ちについては、すでに割れている。
 名を井沙良(いさら)といい、京の生まれである。貧しい家で育ちながらも、奉公先の主人に能力を買われ、姫の近侍にまでなりおおせた。その経緯についても、部下は詳しく記してくれていたのだが。
「めんどい」
 の一言で、漆はさらりと流し読みする程度に留めている。実際、そこまで詳しく知った所で、意味は無い。出奔するまでの井沙良については、最低限の情報で事足りる。問題は、彼女が姫の下を離れてからのことだった。

――人食い、なんてな。一体どうしたら、そんな風に変われるんや?

 姫に仕えていた頃の井沙良に、不審な点はまったくない。第一、食人の性癖があるなら、もっと前に騒ぎを起こしているはずである。……しかし、それまでの彼女にその傾向はなく、むしろ良く仕えていたといえる。評判も良い。なれど、それが出奔後となると、がらりと人柄が変わったかのように、凶行を繰り返している。
 朽ちかけた庵に定住し、たまたま通りがかった旅人や、行商人を招く。そして、寝入った所を惨殺し、喰らうというのだ。
 その庵の周りはあまり人通りの多い場所ではなく、近くには街もない。ただ、その地理上、近道にも使える道筋に面しており、まばらに人がやってくる。――そういう場所と知って陣取ったというのであれば、これは計画的な犯行といって良いだろう。

――ま、会えばわかるやろ。狂人でも、連れ帰れっちゅうなら、そうするまでやからな。

 漆の足は、今、その狂人のいる庵に向かっている。目に映っているそれは、確かに朽ちてはいたが、人が住むには充分なように思えた。
 遠目からだが、人がいる形跡も、いくつか見受けられる。立てかけられた鍬や、吊り下げられた大根など。初見の者であれば、とても食人鬼の住処であるとは思うまい。
「さ、て」
 ここで、漆は手持ちの武装を確認する。
 身につけている赤い襟巻きは、装飾に過ぎない。だが、狐面には物ノ怪の瘴気を遮断する術式を、裏面にびっしり布いてある。防備に関して、不足はない。
 さらに忍装束は、左腕のみ対妖怪用防備を、肘から手の甲までぎちりと鎧で固めている。攻撃、防御の要となる武装であるから、これも必須である。あとは、いくつかの暗器、符を体に仕込んでいる。これは決定打とはなりえないが、戦術としての活用の幅が広い。持っていて、損の無いものだ。
 奥の手――と言うべき能力も、この身に備わっているが、今回はそこまで必要になるとは思えぬ。警戒さえ怠らねば、如何様にも対応できよう。
「ほな、やろか」
 庵の前で、戦闘態勢に入る。相手は人食いの婆だ。穏便に連れ帰るなど、どう夢想してもありえない。力ずくで取り押さえ、無力化。その後に護送する。
 この線で、もう作戦は固めていた。ならば遠慮はいらぬであろう。初撃を叩き込んだ所で、気絶させるのが理想的。漆は持ち前の身体能力を全力で発揮し、玄関を打ち抜いて庵の中へと飛び込んだ。


 庵の内部は静まり返っていた。舞う埃の中、漆は忍としての感覚を頼りに、人の気配を探ったが。
「うん?」
 いない。少なくとも、目に付く所には、乳母の姿は確認できなかった。

――なら。『こっち』で見よか。

 漆は、意識的に『目を切り替えた』。それは、現代人にとっては、眼鏡のレンズを取り替える行為に近い。あるいは、日差しから目を守る為に、サングラスを持ち出すようなものか。
「よぉく見えるで……隠れても、無駄や」
 共感覚、というものがある。それは、人間であれば誰でも持っている根源的な感覚であり、脳の障害などではない。ただし――その働きを意識的に認識できる者は、一握りに過ぎぬ。
 人によってその現れ方は様々だが、漆の場合、嗅覚が言語として認識でき、聴覚が色を帯びる。体臭が「ここにいるぞ」と伝え、かすかな衣擦れが「紫の煙」のように立ち上るのだ。索敵には絶好の能力といってよい。
「そぉら!」
 天井に向かって、クナイを投げつける。それが戦闘開始の合図となった。
「ぎぃや――」
 井沙良は、天井から降って来た。庵の天井に張り付き、そこから奇襲をかけようとしていたのか。結果としては失敗だが、相手が漆でなかったならば、どうだったろうか。
 しかし、それは仮定に過ぎない。とにもかくにも、漆は目の前の敵に対処するのみだ。

――こいつ。なんちゅう格好、や。

 ここで、先ほどから舞っていた誇りが収まり、その姿を確認することが出来た。
 井沙良の姿は、まさに鬼女、鬼婆というに相応しかった。
 纏った服は薄汚れ、どす黒いシミがいたるところに付いている。禍々しい事に、赤黒い塊までこびり付いていた。この最近のうちに、『誰か』を解体し、喰ったのだろう。
 その目は殺意に満ち満ちており、口元は苛立ちから引きつっている。まさに修羅の形相であった。しわがれた手に、異様に伸びた爪。その中には、鋭い刃物が握られている。
「包丁一本で、俺と渡り合うって? ……悪い冗談やで、そいつは」
 今度は漆から仕掛けた。
 一足で踏み込み、左腕の手甲で当て身を食らわせる。鬼婆が咳いた所で、さらに追撃。
「しゃッ」
 痛烈な蹴りが側頭部を襲った。
 鬼婆は蹴っ飛ばされ、庵の壁に体を打ち付ける。さらに駄目押しとばかりに、針で両手両足を打ち抜いた。
「……と。まあ、こんなもんやろ」
 包丁は音を立てて床に転がった。井沙良も意識を失ったようで、立ち上がる気配もない。

――もうちょっと、手ごたえがあるもんだと思ってたんやけど。

 適当に縛り上げて、担ぎ上げる。庵を出て、護送用の荷車に乗せた。あとは、これを姫の元に連れて行けば、それで済む。
 あっけないと思いつつも、漆は淡々と作業をこなした。井沙良に刺さった針は、自由を奪ってはいたが、命にかかわるほどではない。

『お前でなくては、務まらぬであろうからな』

 道満の言葉が、脳裏に蘇る。
 しかし、今は任務を遂行する。それが、もっとも大事なことであった。



 井沙良は、護送中に目が覚めた。
 一時は暴れもしたものだが、これから姫の元に連れて行かれるのだということを知ると、人が変わったかのようにおとなしくなった。

――なんや、こいつ。

 漆としては、狐にでも化かされているような気分である。それほどまでに、井沙良の変貌は激しかった。
「姫様は、生きて、いる?」
「死んでたら、依頼なんかできへんやろ」
 実際、その姫とやらに面識はない。確かなことはいえない筈なのだが、ここで機嫌を損ね、暴れられては困る。
「そう。本当に、生きて、くれていた。だったら、私のしていたことは、なんだったのでしょう」
 知ったことではない、というのが漆の率直な感想だった。特に追求もせず、護送を続ける。
「ああ、あの」
「なんや?」
 しかし、井沙良の方は、話したりないらしい。狂気に染まりきっていた、先ほどとは随分と態度が違う。物腰は柔らかくなり、落ち着いた雰囲気がある。血染めの着物を纏っているというのに、禍々しさはもうない。
 それどころか、理性の存在さえ感じ取れていた。良く見れば、気品のある顔立ちである。とても生まれが悪いようには見えない。
「私が、何をしていたか。わかります?」
「人を殺して喰っとった、って聞いてる。違うんか?」
「――はい。でも、それは仕方がなかったのです。そうしなければ、いけなかったから」
 ここで、一旦井沙良は黙った。目を閉じ、何かを思い返しているようにも見える。……こうなると、やはり、気になるものは気になるのである。
「その理由、聞いてもええか」
 興味がわいた、のとは少し違う。ここに来て、道満の真意が読み取れるかもしれない。そう思えばこそ、ここで手がかりを掴みたかった。その為なら、鬼婆から情報を聞き出すくらい、なんでもないことである。
「姫様の、為。……姫様は子供の頃に、たいそうな難病にかかられて。特効薬が、必要だったのです」
「わからんなぁ? それなら薬屋に頼めば良いやないか」
「薬師にはどうにも出来ません。――その特効薬というのは、人の肝なんですから。どうしても、殺して腹を割く必要が、あったのです」
 漆は目を細めて、井沙良を見やる。面越しだから、彼女は漆がどんな感情を抱いているか、解りはすまい。
「それも、適当な人のではいけない。特別な人でなければ」
「普通とか、特別とか、肝にそんな違いがあるんか?」
 その問いに、井沙良は明確な口調で答えた。
「ある」
 狂気が、再び彼女を犯していくようであった。熱を帯びた調子で、口を動かす。
「あります。姫様から聞いたから、それは確か。……でも、駄目だった。私は役に立てなかった。肝がなくても、姫様が助かったのなら、それでいいのでしょう」
 穏やかに見えたが、やはりどこかおかしい。漆は、確認の為に問うた。
「あんたの殺戮は、無駄だった。それが、わかってんのか?」
「ええ、罪を犯した私は、もうどんな裁きを与えられても、しかたない。でも、姫様が無事なら、それだけで、充分です」
 漆は、井沙良を軽蔑することに決めた。

――馬鹿や。

 従者であるならば、こんな方法でしか主を助けられないことを嘆くべきだ。ついで他の手を見付けられぬ無能な己を恥じるべきで、無為に殺した者達に命を賭して詫びるのが筋のはずだ。
 それが、『仕える者』の矜持ではないか? 主の無道を、いくらかでも軽減するように動くのが、真にあるべき姿ではないのか? ……だが、彼女にそんな意識はない。それが、どうにも腹立たしかった。
「けったくそ悪いわ」
 姫がどんな風に、必要な肝について述べたのか、それは知らない。知らないが、それを理由に罪悪感を誤魔化して良いと言う事にはならない。何を晴れやかな顔をしているのか。どうして満足そうな声で、己の処遇を受け入れられるのか。もう、その姫とやらも、井沙良という女も、汚らわしく思えて仕方がない。他にも疑問はあったのだが、こんな奴から情報を聞き出すなど、絶対に御免だった。




 姫の前に引きずり出したときは、流石の狂人も涙を流した。漆は、姫君とは初対面であったが、やんごとなき事情のある物特有の、妙な雰囲気を感じ取っていた。平たく言えば、やはり気に喰わぬ、ということになるのだが。
「姫様……!」
 そんな彼の感想などお構いなしに、井沙良は感涙し、愛情のこもった声を吐く。
「離れてから、もう十年にもなりましょうか。命を受けて野に下った後、私なりに努力いたしましたが、それも報われず。こうして失態をさらしたこと、お許しください」
 言葉とは裏腹に、声が弾んでいる。罪悪感など、本当にあるのかどうか疑いたくなるほど、喜色が現れていた。
 しかし、それとは対照的に、姫君の対応はさっぱりしたものだった。
「井沙良」
「はい!」
「肝はどうした」
 感情のこもらぬ、冷たい声だった。姫君は、さらに見下すような視線を井沙良に向ける。
「得られなんだか。やはりな。その程度よな、お前は。――放り出して、正解だったわ」
「え?」
「わからぬか? ――もう良い。どうせ、その内裁きにかけられる身の上であろう? 下がらせよ」
 きびすを返し、姫君は去っていく。その後姿を見つめながら、井沙良はさーっと、血の気が引いてゆくのを自覚する。顔が青ざめ、体が震える。何を言われたのか、理解する事を体が拒んでいるかのように。
「もう終わりかいな。……さ、行くで」
 拍子抜けした漆が、井沙良を促した。が、彼女は動かない。
「おい」
 縄の拘束を引っ張って、さらに促す。しかし、井沙良は止まったままだ。ただ呆然と、姫の後姿を見詰めている。感涙は、いつしか血の涙となって、彼女の頬を赤く染めていた。
「嘘。嘘でしょう姫様。私、わたしはあなたのために、殺してきましたのに。どうして? どうして――」
 ぎちぎちと、縄が鳴る。不審に思い、漆が確かめると、それは徐々に千切れていく。目を見張って、縄から手を離した。危険を感じたのである。
「ああぁぁぁ――」
 ついに、縄の拘束が引きちぎられ、井沙良は解き放たれた。そして、そのまま姫に向かって突貫する。彼女が異変に気付き、振り返ったときには、もう遅かった。
「き、いさ」
 貴様、と言おうとしたのか。あるいは、井沙良と答えたかったのか。言い終える間もなく、姫君はその身を貫かれた。井沙良の腕が、腹を突き抜けている。
 漆は、依頼主を助けることが出来なかった。失態だとは思いつつも、同情はしない。とにもかくにも、この事態を収拾せねばならぬ。

――消したる。あとかたも、なく。

 彼女は、仕える者として、絶対にやってはならない事をした。主殺し。その事実は、彼を駆り立てるのには十分過ぎる。
 懐から小刀を取り出して、彼は再び鬼女となった井沙良と相対した。



 井沙良は、自ら手に掛けた主人を貪っていた。内腑をぶちまけ、肝にむしゃぶりついているのは、どういう皮肉か。
「ぐ、ふふ、ぅ……がふ。が、がっ」
 漆は、彼女の『食事』を無感動に見つめる。彼には、それを邪魔したい、という気持ちはなかった。ただ冷静に、事実を認識するのみ。

――ああ、なるほど。そういうことなんやな、お館様。

 ここに至って、漆は己の役割を理解した。おそらく、道満はこの展開を予想していたのだ。乳母が姫に拒絶されることも、その結果、彼女が妖(あやかし)に変ずることも。
 意識を戦闘用に切り替え、鬼婆へと歩み寄る。
「が。あぁ?」
 もう、井沙良の目に正気はない。狂ったとさえ、もはや言えぬ。
「食事中悪いんやけどな、あんた、死んでくれへんか? ――妖に情けは、かけられへんからさ」
 すでに、井沙良は出来上がっていた。積み重ねた罪業と、この場での主殺しに喰人が、彼女を人から妖へと変生させていた。
 血走った目は、もう元の輝きを戻すことはなく、真っ赤に染まりきっている。肌は青ざめる、という表現を通り越し、青の肌へと変色。口は裂け、犬歯は伸び、肉食獣が可愛く思えるほどの凶暴さを主張していた。これでさらに頭に角が生えれば、誰もがコレを鬼と認知するだろう。
 そして、その鬼は、漆の姿を認めると、これを餌と認識。すぐさま食いつきに掛かった。――が。
「阿呆」
 瞬間、消える。そして。

「逝きや」

 背後から突如現れ、井沙良の首を刎ねた。
 左手に持った小刀には、血が滴っていない。まるで、血液が付着する間さえ与えなかったような、神速の抜刀。鬼女は何が起こったのか、理解できぬまま、首だけで宙に投げ出され、回る。まるで、独楽のように。

――知性を無くした奴は、始末も楽でええわ。

 物影や人影に潜んでの空間移動。それが、漆の奥の手であった。この時、彼は鬼女の影に瞬間的に移動し、そのまま首を薙いだ。彼の暗殺における、常套手段であり、最高の絶技。いかに妖とはいえ、なりたての半端者が対応できるようなものではないのだ。
「ふッ」
 べたりと地に付いた所で、蘇ることの無い様、念入りに頭を踏み潰す。……これにて、彼の戦いは終わりを告げた。

――お館様。後始末、お任せしますわ。

 漆は帰還した。乳母の死骸も、姫の遺体も、すべてはそのままにして。
 彼は、自分が求められた役割を達した。それだけで良いのだと、確信していた。



 道満への報告は、簡潔に済ませた。ただ、ありのままに起こった事を述べただけだが、やはり問題は無かったらしい。
「良く、やった」
 頭をたれて、恭しくお褒めの言葉を頂く。漆にとっては、褒美はそれだけでも事足りた。苦労といえる苦労は、していない。経緯を鑑みれば、決して損な役割ではなかったとさえ思う。
「これで、あの姫君も助かろう。所望の肝がようやく手に入ったのだからな」
「――今、何と?」
 にやり、と道満が哂う。
「お前のことだ。あの井沙良が何故出奔したのか、察しておろう?」
 すでに、井沙良自身から聞いていた。人の肝を探していた、という。しかし、今思えば、それで人を喰う、というのはいかにも妙だ。殺して肝を取り出す、ならわかるのだが。
 漆の思考を読み取ったのか、道満はそれを補足するように言った。
「肝はな、特定の条件を満たした者から取り出さねばならぬ。それも、死後すぐにだ。……お前は、あの者を首を刎ねて始末した。見事な手際であったぞ? まさに、期待通りの働きよ」
 漆は、らしからぬ動揺を表した。意味を理解したからである。
「乳母は、多くの人を殺し、血肉をその腑に収めた。無念、恨み、悲哀、苦痛、殺された人が抱く、あらゆる負の感情と共に。……わざわざ人喰いをさせたのは、そうして妖に成り代わる様、しむけていたのであろうな」
 そして、それが容易に出来るよう、呪術などで意識を弄くっていたかもしれぬ、と道満は補足した。
「しかし、肝心の姫は殺されて――」
「それが最後の鍵だったのだろう? 乳母は、主殺しによって、見事に鬼と化した。……影武者でも使ったと見るのが、妥当であろうよ」
 そして、漆に殺され、躯をさらす事と相成った。
 道満の手の者とは別に、その戦いを監視していた者がいて、漆が去った後、即座に井沙良の肝を取り出したに違いない。

――哀れんで、やるべきやったな。

 ここで、漆は井沙良に同情する気になった。蔑みもしたが、事が収まって真相を知れば、彼女だけが悪いのではないと理解できる。
「しかし、そのような、治療に鬼の肝が必要となる病など」
「漆」
 道満は、制止するように呼びかけた。謎解きはここまで、と言うように。
「それ以上は、聞いてくれるな」
「……は」
「やんごとなき地位にいる者は、それだけ危険が多くなる。知られたくないことも、増える。つい興が乗って話したが、これまでとしよう。――下がれ」
 漆に反抗する意思はない。命に従い、道満の前から消える。


 任務は完遂した。しかし、漆の胸には苦い物がこびりついているようで、気持ちが悪い。
「救われんなぁ。……どっちも」
 それが、正直な感想だった。井沙良は結果として、姫を救ったことになるのだろう。しかし、それには当人の絶望が必要だった。
 救われる姫の方も、外道な手段を井沙良に強いて、多くの無辜の民を犠牲にしなければ助からない。……しかし、人が生きようと思う意志。生かしてやりたいと願う心まで、彼は否定出来ない。
 少数を助ける為に、多数を殺すことは、きっと間違っている。だが、自分に置き換えてみれば……どうか。

――お館様の命が掛かってたら、同じような事をしでかしかねんよな。俺も。

 彼には、もはや冥福を祈る程度のことしか、思いつかなかった。あの世とやらが、どんなものかは知りようはないが。
 せめて、犠牲者たちがそこで救われているようにと、漆は願うのだった――。

クリエイターコメント ラストはお任せ、との事でしたので、このような出来に。
 元となった話を混ぜて、ある程度の整合性を持たせられたのではないか……と思います。楽しんでいただけたのなら、幸いですが、いかがでしょう?

 構想も展開も、なんとか練り上げました。
 しかし、口調は上手く出来上がったかどうか。古語には詳しくありませんし、関西弁にも、苦労しました。
 もし、問題があればご報告を。すぐに訂正したいと思います。
公開日時2007-12-11(火) 19:10
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