★ 命宿りし玩具と戯る聖夜の事 ★
クリエイター能登屋敷(wpbz4452)
管理番号174-1374 オファー日2007-12-01(土) 13:56
オファーPC 斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
<ノベル>

「ほう……。ほんじゃこの熊を届けりゃいいんやな」
 斑目漆(まだらめうるし)はお面の奥の双眸で広告を見つめていた。
 気だるげ雰囲気を醸し出す、童顔の若者の身体中には、術式の刺青が施されていた。やる気なく着込んでいる着物の隙間からそれは血の色を見せ、また同様に彼が常に身につけている狐面にも、微かに裏が施されていることを知れた。
「熊ではない。熊井さんじゃ」
 布団に寝込んでいる老人は、斑目を睨み付けた。
 場所は住宅街の中でも一際大きな屋敷。住人はこの老人しかいない。話によると、妻にも先立たれ、息子夫婦は自分達の新居を持ち、今では緊急時にはヘルパーに介護されながら過ごす日常だという。もちろん、ぎっくり腰で動きままならない現在もそれは例外でない。
「熊やろ?」
「熊井さんじゃ」
「熊――」
「熊井さんじゃ」
 斑目はあくまでも熊井さんで通す老人に呆れながらも、仕方なしに意識を変えた。そう、これは熊井さんちゅうこっちゃ。
「ほな、行ってくるわ」
 斑目はすくと立ち上がり、面を撫でながら戸に近づいた。
「まかせたぞ」
「俺を誰やと思ってん。御庭番衆忍頭、斑目やで」
 老人の訝しげな目に答えると、斑目は部屋を出て行った。
 時はまだ正午にてクリスマスの前夜。舞台は夜となろう。斑目のいなくなった部屋に、隙間から冷気を孕んだ風が入り込んだ。老人は寒気に震えると、毛布を身体に包んで寝込みについた。

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 夜の暗闇に群集の光が集まっていた。クリスマス前夜となっては街も色鮮やかな街灯とイルミネーションを灯し、人の喧騒が騒がしいことこの上ない。斑目はビルの屋上からその様子を眺めて呵々と笑った。楽しそうなもんや。
「さて、良い具合や。まさに忍び日和ちゅうもんやな」
 左腕の手甲が煌いていた。彼の愛用する紅葉のような赤いマフラーは夜風に靡き、それこそ、闇に舞う木の葉を思わせた。そんな忍装束の斑目に唯一似合わないのは、その頭にあるサンタの帽子である。案外空気を重視する人間ではあるのだ。キリストなどに信仰があるわけではないが、たまにはこんな聖なる夜というものに肖るのも悪くはない。
 一瞬、狐面の瞳が光ったように見えたが、それは彼の奥に潜み眼光であった。研ぎ澄まされた感覚と肉体が飛躍し、彼は飛んだ。街に植えられた巨大な杉の木の数々や看板に足を降ろし、途端に跳躍する。その速さは尋常のものではなく、叩かれる音に気づいた人々が視線を向けたときには、既に斑目の姿はない。
 やがて彼が降り立ったのは、銀幕市の中でも有数の大きさを誇るトイショップであった。
 既に閉店しているトイショップの前は嫌に静かで、それでも隅から聞こえてくる街の喧騒が静寂までは生んでいなかった。トイショップの玄関から直接真上に跳躍し、斑目は三階の窓を開錠した。ピッキングツールなど野暮なものは使わない。彼には手芸の針一つで十分であった。
 窓からショップ内に入れば、更に内部は暗闇に覆われていた。ぼんやりと光るのは非常階段を示す緑色の発光程度だった。
 斑目は夜目が利く。闇も昼間も、彼にはさほど相違はなかった。
 ふと、気づけば斑目は違和感を感じていた。どこか淀みのようなものだ。まるで闇の中で更に漆黒に染まるような、中心の淀み。斑目の涙のように描かれた術式が疼いているようであった。なんや……?
 途端――斑目に背後から襲い掛かったのは風を裂く鋭利な物体であった。瞬間に前方へ距離をとった斑目が見たのは、シンバルを持つサルの玩具だ。だが、その目には生気が宿り、斑目を見据えてシンバルを構えていた。愛嬌を奪われた玩具は、明らかに斑目に敵意を持っている。
「あん?」
 訝しげな声を上げたのも束の間。眼光を光らせた生気漲る玩具達は、一斉に斑目へと襲い掛かってきた。
 恐竜のぬいぐるみから歴代ヒーローの人形、あまつさえどう考えても人間を襲うのは場違いだと思われる着せ替え人形までもが近接戦闘を用いてくるのだ。斑目は彼らの猛攻を掻い潜って逃げた。どうやらムービーハザードのようである。種類から言えばホラーだと窺える。
「あかん、面倒くさいことになりおったな……」
 溜め息一つ。斑目は恐竜や車、犬、猫、様々な人形が殺気を滾らせてくるぬいぐるみコーナーへ壁を蹴って移動した。
 全ての人形が襲ってくるというわけではないところからして、どうやら性質が分かれているようだ。視野を巡らせて熊のぬいぐるみを見つけた斑目は、その場に降り立った。
 見つけたで、熊井さんや……!
「おい、ほら、行くで」
 有無を言わさない斑目は熊井さんに言い放った。
 他のぬいぐるみ達と密集を作り、彼らを守るように両手を広げている熊井さんは、斑目の言葉に顔を振った。しかし、横に、であったが。
「ぬいぐるみの癖に生意気なやっちゃな」
 斑目は眉を顰めた。
 仲間を見捨てて置けないのか、ひたすらに斑目の視線を熊井さんは拒んでいた。
 しかし、そんなこと知ったことではないのが斑目である。手刀一撃で熊井さんを気絶させた斑目は、直ぐに縄で彼を巻きつけ、持参していた袋に詰め込んだ。無茶苦茶なサンタである。
 時間を無駄にしたところを狙い、玩具達が斑目を狙ってきた。斑目はそれを再び掻い潜ると、入り込んだ窓からそそくさと退散した。
 後は病棟に行くだけである。闇に紛れる忍者は、跳ねていく玉のように街中を跳躍した。これでもう終わりか――と思ったのは甘い認識だ。
 ふと振り返ると、眼前にまで暴虐たる玩具が迫ってきていた。
「しつっこいッ!」
 斑目は咄嗟に軌道を変えて人込みの中に紛れ込んだ。
 だが、それでも玩具達はしつこく大多数で彼を追いかけてきていた。
 玩具を破壊、もしくは消滅させることは可能だが……それでは後々何を言われるか分かったものではない。損害賠償を要求されたらかなわんしなぁ。斑目は背後に気を使いながら、人の波の隙間を掻き分けていた。人々は強風が通ったのかと目を見開き、更に玩具の飛び交う姿に今度は驚愕する。騒がしかった喧騒は更にその大きさを増したが、玩具達を何かのイベントか何かと自然に納得していた。
 斑目の袋の中で目覚めたらしい熊井さんが暴れだした。
「少しはおとなしくしろっちゅうねん」
 やがて見えてきたのは大型病棟であった。
 小児病棟の窓をすばやく開け、斑目は玩具達と共に雪崩れ込んだ。集団が掻き鳴らした騒音は、病棟内の子供達を起こすには十分であった。
「だ、だれ?」
 呻きのような声を上げて立ち上がった斑目に、一人の少年が声をかけた。
 華奢な体つきの少年であり、怯えた表情をしながら布団を握り締めていた。斑目は少年を見据え、安堵の溜め息を吐いた。見つけたぁ……。
「ほい、これ」
「え……?」
「爺ちゃんからのクリスマスプレゼントや」
 暴れきって汚れている白の袋から、斑目は縄で縛られた熊井さんを取りだした。さすがにむごすぎやな。斑目は改めて縄を解いて少年に手渡した。
「これ、爺ちゃんから?」
「そや。大事にしいや」
 熊井さんは場の状況を理解したのか、少年の布団で立ち上がった。手を上げて紳士的に挨拶のポーズを取った。
「すごい、すごいやぁ、これ!」
 少年はそう叫ぶと、熊井さんを握り締めて至福の笑みを零した。
 気づけば、目を覚ました他の子供達も無邪気に玩具と遊んでいた。この小児病棟は生まれつき身体の弱い子供たちが多く入院している。彼らにとって、意思を持った玩具というのは何よりのプレゼントであったのだろう。……いっさい斑目にそんな意図はなかったが。
 玩具達も子供達の喜ぶ顔で自分達の元々の役割を思い出したのか、彼らと楽しそうに遊んでいた。
「これぁ、この夜だけの魔法やからな」
 斑目は子供達に静かな口調でそう言い残すと、窓から音も立てずに消え去った。
 どことなく、彼は仮面の奥で微笑を浮かべていた。たまにはこんな役回りも悪かないな。

                エピローグ『爺さんと請求書』

 庭に面する床の間で、斑目は煙管片手に一服していた。着物を崩し着して一服するこの一時こそが、彼の心安らぐときでもあった。
「病棟も子供達は今でもあの玩具で楽しそうに遊んでいるそうじゃぞ。もちろん、わしの孫もな」
「そりゃよかったなぁ」
 茶を飲みながら話す老人に、斑目は気だるげに答えた。
 今回は中々に後味が良い。斑目は肺まで行き届く煙を実感しながらに思った。
「また何かあったときは頼むからの」
「ああ、まかしときぃや」
 空は青く澄み渡っており、斑目はそれを見上げた。いや、もしかしたら、空が自分を見下ろしているのかもしれない。
 あの空をベッドの上で少年と熊井さんも見ているのだろうか。
 ――待てよ。俺は熊井さんに恨まれてるんちゃうか? 思えば、熊井さんにしたことは手刀と縄縛りと拉致だけのような……?
 斑目の見ていた空は、彼にとってどことなく澄んでいない青に見えた。
「ところで、あんな玩具の数。一体どこから金が出たんじゃ?」
「あぁ……、あれは、まぁ、あるところには、あるっちゅうこっちゃ」
 
 その頃、数々の玩具の請求書が送られてきたお偉いさんは、
「何、これ……」
 と額に汗を流して呟いていたとさ。

クリエイターコメント迷いの森の執筆家、能登屋敷です。
プラノベオファーありがとうございました。

関西弁のキャラクターは初めて執筆しましたので、口調には色々考えさせられました。
いわゆるエセ関西弁になっているかもしれませんね……。
個人的に斑目とはこんな奴なんじゃないかと思われる、能登屋敷版斑目で書かせていただきましたが――いかがでしょう?

もしも不都合等ありましたらご連絡ください。すぐに訂正いたしますので。
それでは。
公開日時2007-12-12(水) 19:00
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