★ snow,snow,snow! ★
クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号364-6043 オファー日2008-12-21(日) 22:30
オファーPC 流紗(cths8171) ムービースター 男 16歳 夢見る胡蝶
ゲストPC1 ガルム・カラム(chty4392) ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
ゲストPC2 シオンティード・ティアード(cdzy7243) ムービースター 男 6歳 破滅を導く皇子
<ノベル>

 これもハザードなのか、それともムービースターの誰かが降らせているのか、その日の銀幕市は局地的な豪雪を記録した。翌朝には穏やかな冬晴れが広がったものの、電車やバスのダイヤは乱れ、学校や勤め先に遅刻する人が続出したそうである。
 だが、子供たちにはそんな大人の都合など関係ない。雪を無邪気に喜び、寒さをものともせずにはしゃぎ回ることこそ子供の特権というものだ。
 「ゆ、き?」
 「うん、雪。冷たくて……楽しいの。行って、みよう?」
 「あ……待って。ちゃんとあったかくしてからね」
 ガルム・カラムとシオンティード・ティアードにマフラーと帽子をしっかり着用させ、流紗(ルーシャ)は満足げに肯いた。
 「わあ……っ」
 玄関の扉を開けてまず顔を輝かせたのはガルムだ。穏やかな陽光を受けてきらきらと光を放つ雪の中に長靴の足をそっと差し出してみる。だが、さくっという脆くも心地よい感触が不思議だったのだろう、「ひゃっ」と小さく声を上げてすぐに足を引っ込めてしまった。
 「ゆき、踏んでも……いいの?」
 肌身離さず持ち歩いている石板を大事そうに抱えたシオンが呟いた。目の前に広がる銀世界はまっさらで、踏みつけてしまうのが勿体ないくらいの白さと清らかさに満ちている。だが、心が浮き立つような雪景色を目の当たりにしても彼の愛らしい顔立ちが明るさを帯びることはない。
 「うん。踏んでごらん」
 流紗が膝をかがめて手を取るが、シオンは怯えたようにふいと目を逸らしてしまう。小さな顔は相変わらず翳りを背負ったままだ。
 それでも流紗はそっとシオンの手を引き、ガルムを促して通りに出た。
 「それ、なあに?」
 流紗が小さなショルダーバッグを提げていることに気付いてガルムが首をかしげた。
 「後からのお楽しみ。じゃ、行こうか」
 年長の流紗の右手をシオンが、左手をガルムが握って歩き出す。兄弟としてともに暮らす三人のいつもの光景だ。


 小さな公園はさらさらの新雪をもって三人を出迎えた。紗を纏ったような柔らかい色の冬晴れの下、掬って頭上に舞い上げた雪はダイヤモンドダストのようなきらめきを見せる。身を切るような寒さも息の白さも気にならない。ただ雪が降っただけだというのに、見慣れている筈の公園はまるで別世界へと変貌を遂げたかのようだった。
 流紗の手から離れ、誰の足跡もつけられていない雪の中にこわごわと足を踏み入れたガルムはお約束通りどてっとずっこけた。
 「転ん……じゃった」
 恥ずかしそうに起き上がった彼のほっぺや鼻の頭に雪がついているのもお約束だ。ぱたぱたといとけない手つきで雪を払うが、手も顔も真っ赤である。くちゅん、とくしゃみをするガルムに流紗が慌てて手袋を着けさせた。
 二人から少し離れた所でシオンはそっと雪を掬ってみた。
 「つめ、た……」
 「シオンも手袋して」
 流紗が声をかけてくるが、シオンはやはり紫色の瞳を揺らしてうつむいた。
 人の目を見ることが怖い。人の感情を言葉以上に雄弁に語る目が怖い。感情を向けられることが、怖い。
 「やあっ」
 という幼い掛け声とともに突然雪玉を投げつけられ、びくりと身を震わせる。雪を丸めて作ったいびつな形の玉が胸に当たってべちゃりと崩れた。
 「なん、で……」
 知らず、声が震える。
 物を投げる。それは拒絶と非難の証。国を滅ぼしたという負い目が、あらゆる感情に対してシオンを過敏にさせている。
 しかし、雪玉を投擲したガルムは軽く鼻をすすり上げ、ひどく無邪気ににこにことしているのだった。
 「雪合戦、だよ」
 「ゆきがっせ、ん?」
 「うん、雪を丸めて投げ合う遊びらしいよ。シオンもやってごらん?」
 遊び。それは友愛の証。
 だが、身の内に抱える傷は愛情すらも恐怖の対象へと変えてしまう。
 「あ……やったな、ガルム」
 「つめた、い」
 「シオンもおいで」
 雪を丸めては投げ合う流紗とガルムの輪の中に溶け込めたら幸せだろうとは思うけれど。
 シオンは血の繋がらぬ家族に育てられた。育ての母にはとても懐いていたし、その意味では赤の他人である流紗やガルムと『家族』として過ごす日々に馴染まないわけではない。しかしこの身を苛む『破壊衝動』から逃れることは難しい。まるで遺伝子に書き込まれたプログラムのごとき衝動に負けてしまえば、この家族すらもたやすく滅ぼしてしまう。
 だから大事なものは作らないと決めている。破壊して慟哭するくらいなら、大事なものなど最初から作らないと決めている。
 「はやくー」
 ガルムが丸めた雪玉がまた当たって、砕けた。
 大事なものは作らないと決めている。
 だが――それでも、シオンはおずおずとその場にしゃがみ込んで雪玉を丸め始めた。
 その姿を見たガルムが嬉しそうに笑ったことにも、流紗がほんの少し安堵したように息を吐いたことにもシオンは気付かない。


 雪合戦が一段落すると今度は雪うさぎ作りである。六歳児二人の手でこねこねぺたぺたと作られるうさぎはやはりどこかいびつだ。滑らかな楕円形には程遠い、でこぼこの雪の塊がひとつふたつと出来上がる。
 「むずかしい、ね」
 「……うん……」
 だが、鼻とほっぺを真っ赤に染めながら雪をこねる少年の愛らしさの前ではうさぎの形など瑣末な問題であろう。
 二人から少し離れた所で何かを探していた流紗が戻って来た。その手に握られた木の葉や赤い実を見とめて二人はきょとんと首をかしげる。
 「うさぎには耳や目がないとね」
 流紗の手によって葉の耳を着けられ、赤い目を埋め込まれれば、雪の塊も途端にうさぎらしくなる。ガルムは目を輝かせ、シオンもわずかに表情を動かした。
 「ガルムとシオンもやってごらん」
 残りの葉と実を年少の二人に渡し、流紗はしばし傍観を決め込んだ。
 覚束ない手つきで葉や実を差す二人を見守りながら、どこか儚げな、病的なまでに繊細な雰囲気を纏った横顔がほんの少し緩む。
 (今……どうしているんだろう)
 それでも――心を占めるのは共に旅をしていたあの女のことだ。
 会いたい。帰りたい。映画の中に、彼女のもとに。
 流紗の存在は恋人の彼女と共に居て初めて成立する。流紗の本体は彼女が握っているようなもの。その彼女がこの街に実体化していない以上、今の流紗は抜け殻のような、実体を伴わぬ影だけのような存在だ。
 抱える虚無は消えることはないだろう。彼女と離れてこの街に居る間じゅう、ずっと。
 「あっ」
 というガルムの声が流紗を現実に引き戻す。
 「ああ」
 「うさぎさん……」
 物思いに耽っている間につい意識が緩んでしまったのだろう。流紗がまとう火気が、弟二人のうさぎとその周囲の雪をひどく呆気なく溶かしてしまっていた。
 「あ、ごめ……」
 煉獄の門番アヌビスの寵愛を受ける流紗は高温の青い炎を操ることができる。時に流紗の身をも焼いてしまうほど強い力を持つその炎は、六歳児二人が懸命に作り上げた雪うさぎなどひどくたやすく台無しにしてしまうのだ。
 だが、ガルムもシオンも流紗を責めることはなく、すぐにまた雪を集めて来てこね始めた。
 「大丈夫……?」
 代わりにガルムが心配そうに流紗を見上げる。小さな手で雪を集めるシオンもちらちらと流紗の様子を気にしているようだ。
 「元気ない……みたい」
 大粒の瞳に顔を覗き込まれ、線の細い流紗の面(おもて)の上で苦笑いとも照れとも取れぬ微苦笑がさざめく。
 「うん。大丈夫だから」
 そっと頭を撫でてやると、ガルムはくすぐったそうに微笑んだ。
 十六歳の流紗はガルムとシオンの兄であろうと努めている。しかし二人に支えられているのは流紗のほうなのかも知れない。突然家族ができたことに戸惑っていたものの、恋人と引き離された苦しさを母や弟たちの優しさが和らげてくれている。恋人とは違う意味で、この家族もまた大切な存在だ。
 ふと視線を感じて目を動かすと、こちらを見ていたらしいシオンが慌てて顔を背けて雪をこね始める。
 あまりに繊細でどこか臆病なシオンだが、自分を気遣ってくれているらしいことだけはよく分かって、流紗は彼の髪の毛を静かに撫でてやるのだった。


 「次は雪だるま作らない?」
 流紗がそう言い出すほどには積雪量は豊富で、気温の低さも相まってか、午後になっても雪はそれほど溶け出さずに地上に留まっていた。
 小さな公園はあっという間に楽しげな喧騒に包まれる。挑戦するのは一番上が頭、下二段が胴という三段式の雪だるま。三人でひとつずつ雪玉を作って積み上げるのだ。
 流紗はともかく、体の小さな六歳児二人にとっては雪だるま用の雪玉を作るのはちょっとした重労働である。それでも何とか大きなものをと、二人は小さな体を目一杯使って雪玉を転がしていた。
 「……っくちゅん!」
 シオンがくしゃみをした途端、彼の手の下の雪玉が湿った音を立てて砕け散る。
 「……あ」
 無残に『破壊』された雪玉の残骸を前に、シオンはぶるりと体を震わせた。
 内に秘めた魔力と逃れ得ぬ破壊衝動は首のチョーカーが抑制してくれているし、シオン自身も必死に抑えている。だが、少しでも油断すれば時にこうして顕れてしまうことがある。
 「もう一回作ろうか、シオン」
 名を呼ばれてはっと我に返る。見れば、石板を抱き締めて立ち尽くすシオンの足許で流紗が雪のかけらを拾い集めていた。
 「大丈夫だよ。雪、いっぱいあるから」
 ね、と微笑みかけられ、シオンはうつむきながらも安堵したように肯いた。
 息を切らし、小さな頬を真っ赤に染めながら少年たちは雪玉を転がす。流紗が作った一番大きな雪玉を最下段に据えて全体を安定させ、年少の二人が作ったやや小ぶりなものを二段目と一段目に置く。
 だがここで問題が発生した。頭の部分の建造を拝命したのはガルムであったのだが、彼の身長ではふたつの雪玉の上に更に頭を乗せることは不可能に近い。
 「んっ……もうすこ、し……」
 小柄な体では雪玉を自分の頭より高く持ち上げることすら難しい。小さな手でどうにか抱え上げ、ふらつきながらも懸命に爪先立ちになって雪玉を乗せようとする。
 「ひゃ……っ?」
 不意にふわりと体が持ち上がり、思わずかすかに悲鳴を上げる。
 慌てて振り返ると、流紗が後ろから体を抱き上げてくれているのだった。
 「ほら。これで届くでしょ?」
 そっと微笑みかけられて、ガルムははにかんだように肯き返す。流紗とシオンが重ねた胴体の上に恐る恐る雪玉を乗せれば三兄弟の合作の完成だ。
 「あ、ありが……と」
 自分のジャンパーの裾を握り締めてもじもじしながら礼を言うと、流紗は少しきょとんとしたようだった。だがすぐに静かな微笑と一緒に大きな――ガルムに比べれば、という意味であるが――手が下りて来て、静かに頭を撫でてくれる。
 白い手の下でガルムは相変わらず恥ずかしそうに、しかし幸せそうに笑み崩れた。
 仲間は良い。だが、家族はもっと暖かい。
 映画の中の家族を忘れたわけではないが、今のこの『家族』も大切であることは間違いない。
 「どうした、の?」
 あとは飾り付けを施すのみとなった雪だるまをぼんやり見つめている流紗に気付いてシオンが声をかけた。
 「……ううん、何でもないよ」
 ふと我に返ったように応じた流紗が考えていたことに弟二人は気付いただろうか。
 雪は必ず溶ける。三人で笑い合いながら作った雪だるまも、いずれは夢のように消えてなくなってしまうのだと――十も年上の兄がそんな思いに捉われていたことを、幼い弟たちは知る由もない。


 木の葉や木の枝で飾り付けられた雪だるまはやはり少しいびつで、福笑いのような目鼻立ちをしていた。しかし完成度は大した問題ではない。不揃いな串団子のような三段雪だるまは兄弟が力を合わせて作り上げたものだ。まるで三人の絆の証であるかのようにさえ思えて、誰からともなく照れ臭そうな笑みを浮かべる。
 ずっと体にかけていたショルダーバッグから流紗が蜜柑を取り出すと、ガルムは「わぁ」と声を上げ、シオンの表情もかすかに明るい色を帯びた。
 雪に蜜柑とくれば次はかまくらだ。幸い雪の量は豊富である。小さな手とスコップで雪をかき集めては雪だるまの傍に積み上げ、叩いて固めながら少しずつ形を整えていく。
 「んん……固い」
 「大丈夫? ……あ、ごめ――」
 「雪、たくさんある、よ」
 雪をくり抜く作業にシオンが手間取れば流紗が手を貸してやる。かと思えば雪をくり抜き過ぎた流紗がかまくらの壁に穴を開けてしまい、ガルムが新たな雪をかき集めて差し出す。互いに協力し、フォローし合う様子は血縁で結ばれた兄弟よりも仲が良く、深い絆が垣間見えるかのようだった。
 「ん。これなら三人で入れそうかな」
 「入っても、いい?」
 「あ、ぼくも……」
 きゃいきゃいと笑い合いながらかまくらを完成させれば今度は中に入ってぺたぺたと内壁や天井を触る。所々凹凸が大きい部分もあるようだが、それもご愛敬だ。奥行きも高さもそれほどなく、三人が座って並ぶのがやっとという狭さだったが、自分たちの手で作り上げた雪の洞穴はまるで秘密基地か何かのよう。かまくらの中で仲良く体育座りをした三人はくすぐったそうに笑い、お尻をもぞもぞとさせながら肘で互いをつつき合った。
 「かまくら、あったかい」
 「不思議……」
 「そうだね」
 口々に感想を漏らす両脇の二人につられて流紗も雪の天井を見上げた。雪はあんなに冷たいのに、雪を固めて作ったかまくらの中はほんのりと暖かい。雪の壁が外気を遮断してくれているせいなのだろうか。
 そんなことを考えた流紗であったが、不意に「あ」と小さく声を上げた。
 「きっと……三人一緒だから、あったかいんだね」
 弟二人はきょとんとしたようだったが、シオンはかすかに照れたようにうつむき、ガルムは無邪気な微笑みを咲かせた。
 「うん……こうすると、きっと、もっと、あったかい」
 そしてガルムはおずおずと流紗の腕を取った。やや面食らった流紗だが、すぐに「うん」と肯いてガルムに肩を寄せる。逆隣のシオンも二人の様子に気付いているようだ。しかしちらちらと横目で気にするだけで、輪に加わろうとはしない。
 いや――加わろうとしないのではなく、加わるのを躊躇っているだけなのだろう。その証拠に、小さな手がそろそろと伸びて来て流紗の服の裾をそっと掴んだではないか。
 流紗はシオンの頭を軽く抱き寄せるようにしてそっち撫でてやった。人の目を見て話すことができないシオンは相変わらずうつむいたままだ。だが、返事の代わりに小さな頭がことりと流紗の二の腕の辺りに乗った。
 穏やかな暖かさが満ちる。ガルムは流紗の腕を両手で抱き締め、シオンは流紗に肩を抱かれて寄り添い、中央の流紗は両脇から温もりを受け取って……。緩やかに流れる時間の中、赤の他人どうしである三兄弟は静かに寄り添っている。
 「兄弟、って」
 ふと口を開いたのはシオンだった。「こんな感じ……なの、かな」
 流紗は金色の双眸をぱちぱちと瞬かせ、ガルムは大粒の瞳をくりくりとさせてシオンを覗き込んだ。
 「ん、その」
 二人の視線を受けたシオンは所在なげに視線を彷徨わせ、結局またうつむいてしまう。
 「兄弟が、いなかったから……分からなくて。それで」
 兄弟ってこういうものかなと思ったのだとシオンはたどたどしく説明した。
 流紗とガルムは顔を見合わせたが、二人とも明確に答えることができない。二人にも血の繋がった兄弟はいないからだ。
 「……うん」
 それでも、流紗はシオンティードの肩を抱く腕にそっと力を込める。「こんな感じなんじゃないかな」
 その短い言葉に万感の思いを込めたつもりだった。流紗の思いが通じたのだろうか、シオンはこくんと肯き、ガルムははにかんだように笑って流紗の腕に顔をうずめた。
 疲れたのだろう。ふあ、と誰かがあくびをした。ふわぁ、ふわわ。あっという間に残り二人にも伝染する。
 「シオン、ガルム、眠い?」
 「うん……」
 「すこし」
 「無理しないで、少し寝るといいよ。後で起こしてあげるから」
 「でも、みかん……」
 「蜜柑は眠った後でも食べられるよ」
 「うん」
 肯くガルムは既にむにゃむにゃと目をこすっている。片手で石板を抱き、もう片方の手で流紗の服の裾を掴むシオンもこっくりこっくりと船をこいでいる。
 「シオンも寝なよ」
 シオンは素直に肯いた。単に眠気で首が落ちただけなのかも知れないが。
 ガルムは流紗の腕を抱き込んだまま、シオンは流紗に体を預けたまま、すぐにすやすやと寝息を立て始める。両腕を塞がれてしまった流紗だが、決して億劫だとは思わない。心地良い温もりを感じながら雪の壁に頭をもたせかけて軽く眼を閉じる。
 兄弟ってこんな感じなのかな。
 シオンが口にした台詞がふと耳の奥で甦る。
 血の繋がった兄弟を知らないのは流紗も同じだ。兄弟とはどういうものであるのか、手探りで模索している部分は三人とも変わらないだろう。
 だが、絆は血縁によってのみ生まれるものではないと信じたい。
 あどけない寝息に身を委ねるうちに、いつしか流紗の意識もまどろみの中にゆるゆると引き込まれて行った。


 小鳥がさえずるような声が流紗の意識を静かに引き上げ、優しく覚醒させる。
 目を開くと、そこには流紗たちとともに暮らす母親代わりの女性の姿があった。美しい母親は冷えた流紗の頬を温めるように両手で包み込み、額にそっとキスを落とした。
 「あ、もう、夕方……」
 母の愛と彼女が纏う薔薇の香りに包まれて、流紗はほんの少しくすぐったそうに笑う。いつの間にか三人そろって眠ってしまっていたらしい。後で起こしてあげるなどと兄らしいことを言ったはいいが、自分も一緒に寝入ってしまったのだから世話がない。
 太陽はもはや傾き、一面の銀世界は穏やかな茜色に染め上げられていた。どうやら蜜柑は帰宅してから食べることになりそうだ。
 「ガルム、シオン――」
 帰るよ、と弟たちを起こしかけた流紗だったが、途中で思いとどまった。
 弟たちの寝顔があまりに安らかだったから。見ているこちらの心が穏やかになってしまいそうなほど幸せに満ちた顔をしているから、起こすのは躊躇われた。
 むにゃ、とガルムの小さな口が動く。何の夢を見ているのだろうか、石板を抱きかかえて体を丸めたシオンの顔からも普段の翳りがほんの少し消えている。
 母親も流紗と同じことを考えたらしい。白魚のような人差し指を艶やかな唇に当て、チャーミングなウインクとともに「シーッ」と合図してみせた。
 とろとろと雪景色を包み込む優しい斜光の中、母親がガルムを、流紗がシオンをおぶって帰途に着く。
 「――ねえ」
 ずり落ちそうになるシオンの体を背負い直しながら流紗は誰にともなく呟いた。
 「本当の兄弟って、どんな感じなのかな」
 母親は美しい声を転がして笑い、すぐにとびきり素敵な答えをくれた。
 絆に本物もまがいものもないのよ、と。
 「……うん」
 緩んでしまいそうになる唇をきゅっと巻き込み、流紗は小さく肯いた。「そうだね。そうだよね」
 華奢な背中におぶさったシオンの体は軽くはないが、とても暖かい。隣を歩く母親の背でガルムが立てる寝息も静かで、安らかだった。
 (かまくらと雪だるま、明日も残ってるかな)
 明日も三人であの公園に行こう。明日こそかまくらの中で蜜柑を食べよう。三人で寄り添ったかまくらも一緒に作り上げた雪だるまも、数日経てば跡形もなく溶けて消え失せてしまうだろうけれど。
 (……いずれ消えるのはおれたちも同じ、か)
 ふと胸に湧いた感慨は、甘いような苦いような不思議な感覚を連れて来る。
 夢の終わりが見え始めている。ムービースターにもたらされる終末がもし“映画の中へ戻る”というものであるならば、流紗はそれを喜ぶだろう。
 恋人との再会は無上の喜びだ。だが、その代わりにこの家族とも別れなければならない。
 (……でも)
 今しばらくはこの街に留まり、家族とともに暮らすことになる筈だ。今はそれでいい。それでも、いい。
 寝ぼけたシオンが流紗の服をぎゅっと掴む。小さな口からこぼれた寝言に流紗は耳を疑ったが、聞き間違いかどうか確かめる術はない。一方、ガルムもむにゃむにゃと寝言を言ったようで、「あら」と目をぱちくりさせた母親がにっこり笑って流紗に告げた。
 今、ガルムが、流紗とシオンの名前を呼んだと。


 (了)

クリエイターコメントご指名ありがとうございました。宮本ぽちでございます。
少年さんの少年さんによる少年さんたちのほのぼのプラノベをお届けいたします。

楽しく可愛く雪遊び…のつもりが、随所に切なげな雰囲気が(汗)。
お互い切ないものを抱えながらも楽しく過ごしていると解釈したのですが、どんなもんでしょうか…。

お三方とも初プラノベということで、大変緊張いたしました。
そぐわない部分がありましたら事務局さん経由で何なりとお知らせくださいませ。可能な限り修正させていただきます(特に雪だるまのくだりは少し改変してしまいましたので…)。
この度のオファー、ありがとうございました。
公開日時2009-01-11(日) 22:10
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