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<ノベル>
●ショッピングに行こう!
その日、泉は近くの商店街へ買い物に出ていた。
居候をしているガーウィンの事務所で家事を担当している彼女にとって、献立を考えながらの買い物は手慣れたものだ。
買い込んだ食材を手に道を歩いていると、幾人かの少女とすれ違った。
ふいに立ち止まり、行き過ぎる少女達の姿を振り返る。
特に派手な格好をしていたというわけではない。
ただ、季節を象徴する少女らのアイテムが、泉の眼をうばったのだ。
高らかに響く靴音。
襟元を飾る温かな巻きもの。
頭にはふわふわと編み込まれた被りもの。
泉はあわてて辺りを見回した。
営業中と思しきスーツ姿の女性も、子ども連れの主婦も、制服姿で駆けていく女の子も、皆一様に季節のアイテムを身につけていた。
泉は買い物袋を手にしたまま、己の姿を顧みる。
いつも通りだ。
そう、『いつも通りの姿』だ。
「……!」
危機感を覚えた泉は、何かを決意したように口をひき結ぶ。
すぐに走り出し、ガーウィンの待つガレージへと急いだ。
「ガーウィンさん、買い物に行きたいんです」
「今、行ってきたじゃねえか」
外出先から戻った泉の第一声に、ガーウィンは思わず真顔で返す。
手に持ってる買い物袋は何だと言わんばかりだ。
「そうじゃありません。咲菜ちゃんを誘って、一緒にお買い物に行きたいんです。つまり、『ショッピング』に行きたいんです」
「しょっぴんぐぅ……?」
何を言い出すのだと、ガーウィンが眉根を寄せる。
普段、特にそういった事を申し出ない泉にしては珍しいことだ。
しかし、彼女が買い出しから戻って開口一番にそう告げたということは、外で何かを見て、感化されたのかもしれない。
「だめですか?」
なおも問いかける泉の声に、ガーウィンは少し考える。
日ごろの泉の働きをみるに、特に反対する理由があるわけでもない。
むしろガーウィンは、泉のおかげでこまごまとした雑務から解放されている。
財布の管理などは家主以上にしっかりしたもので、十分すぎるほどに家計を助けていた。
もともと、しっかりとした経済観念のある泉である。
「……まあ、たまには良いか」
告げるとすぐに歓声があがる。
「ありがとうございます! じゃあ私、咲菜ちゃんに連絡してきますね」
泉のはしゃぐ様子に、ガーウィンが理解できないと嘆息する。
「たまの買い物が、そんなにいいもんかね」
そして数日後。
ガーウィン、泉、咲菜、聖稀の、四人揃っての買い物――もといショッピングが実現したのだった。
●乙女の買い物は戦争です
約束の日はすぐにやってきた。
朝からおあつらえむきの青空に恵まれ、一行は目的の大型ショッピングモールへと足を運ぶ。
銀幕市でも随一の店舗数を内包すると評判で、買い物をするならここは外せないというショッピングスポットだ。
「ここ、凄く可愛い服屋さんが入ってるんです。あとで一緒に見に行きませんか」
咲菜の言葉に、泉が応える。
「喫茶店もあるから、疲れたら甘いものも食べたいよね」
まだ買い物をはじめる前だというのに、女性陣二人のテンションは高い。
入り口で入手したフロアガイドを手に、知ったお店があるとかないとか、すでに巡る店舗の選定に入っているようだった。
「どうやら、俺たちに選択権はないようだぜ」
「まあ、そんなことだろうとは思ってたけど……」
それぞれの連れとして同行したガーウィンと聖稀だったが、女性陣のハッスルぶりを見るに、彼らに行動の自由はないように思えた。
暗に『荷物持ち』を申しつけられたようなものだとぼやくガーウィンに、聖稀は知らず嘆息をこぼす。
なんともやる気のない男性陣の様子に、女性二人が叱責する。
「ガーウィンさん、ほら、行きますよ!」
「聖稀。離れて歩いて、迷子になったり、しないでね。居なくなったら、館内アナウンスで呼び出しするからね……?」
呼び出しをするとしたら、俺たちではなく貴女方なのではという言葉を胸中に秘め、男性二人は女性たちに従い、大人しく歩き出した。
泉と咲菜の取り決めにより、行きたいお店は絶対に押さえることを前提に、とにかくひととおりの店舗を見て回ることになった。
一階から順次巡るべく、女性二人は早足で進んでいく。
何しろ大型のショッピングモールなので、ワンフロアだけでも多数の店舗が入っているのだ。
それが四、五階まで続くのだから、ゆっくりと歩いてはいられない。
1階ではアパレルブランドを中心に、季節柄、冬もののジャケット・コート類が大々的に展開されていた。
泉と咲菜はお互いを取っ替えひっかえ、試着を楽しんでいる。
鏡の前を陣取り、目に付いた品をとっかえ、ひっかえと羽織る。
「かわいい!」「良く似合います」などと声を掛け合うものの、それらのどれひとつとしてレジに持っていく様子はない。
やがて隣の店舗に目移りし、今度はワンピースなどと一緒に、ストールやマフラーを多く扱う店に入る。
今年はチェックの柄が流行っていることもあり、店内にはワンポイントにチェック柄をあしらった衣装が目立つ。
ストール類は千鳥格子のものが例年に続き人気で、咲菜が手にとって首に巻いてみている。
「……これはどうだ?」
そばに居た聖稀が、いくつかあるストールの中から似合いそうなものを手にする。
あらかじめ値段を確認し、手頃な値段で、かつ咲菜に似合うようなものをと選んていた。
聖稀の見立てならと、咲菜が鏡の前で巻き比べてみる。
泉は買い出し途中に見た少女が被っていた毛糸の帽子を見つけ、思わず手に取る。
自分に似合うかはさておき、流行ものは一度はチェックしておきたいものだ。
手近にあったマフラーと合わせ、鏡を前に合わせみる。
これはこれで手に入れたいアイテムではあるが、値札をめくると驚愕の数字が並んでいた。
諦めて他をあたるしかないようだ……。
「あ、泉さん。あっちにアクセサリー屋さんがありますよ」
聖稀の見つけた掘り出し物のストールを購入した咲菜が、目に付いた店を示す。
そこは天然石のアクセサリーを扱ったお店で、完成品はもちろん、パーツの別売りも行われているところだった。
数年前から手作りアクセサリーは根強い人気を誇っている。
手作りともなれば自分好みのものを作ることもでき、高級ブランドのアクセサリーに比べれば敷居も低い。
天然石ごとに効能のようなものがあるらしく、店員の手書きと思われる説明書きを手に、これは泉さんに良いかも、こっちは咲菜ちゃんに良さそうと、商品棚を見ていても飽きない。
それでも、最後にはどの品も棚に戻して、さあ次へと移動をするのだ。
バッグを専門に扱ったお店では、この形は良いけど色がない。ポケットが足りないと厳しめの意見が飛び交い、靴屋では履いてみなければ損をするといわんばかりの勢いで、目に付いたブーツに片っ端から足を入れていく。
並べられた商品はすべて百円という雑貨店では、使う予定もない小物を前に、これは自分の部屋に置いても雰囲気が合わないし……といらぬ心配をしてみたりする。
後を追う男性陣が、口を挟む暇などなかった。
もっとも、女性たちにしても、彼らの意見など必要とはしていない。
その証拠に、メンズウエアのフロアでは、男性二人を鏡の前に立たせ、あれこれと着せ替え遊びを楽しんでいた。
まさか自分たちを巻き込んでまで女性達の買い物道中が展開されるとは思いもよらない。
着せ替えの最中に身動きを禁じられた男性二人は、女性陣の興味が他へ移ったのを機に、最寄りのベンチでぐったりとうなだれるばかりだ。
「……女子の買い物って、凄いな。楽しそうだからいいけど」
「良くねぇって……。俺このままじゃ過労死しちまう」
こうしてベンチに座っていられるのも今のうちである。
泉と咲菜の興味が他へ移れば、彼らはまた立ち上がり、続かなければならない。
遅れれば叱責が飛ぶ。
はぐれないようにという配慮の上の声掛けなのだとは思うが、声をかけられる方にしてみれば、それは館内アナウンスと同じくらい恥ずかしいものだ。
ガーウィンも聖稀もいらぬ恥をかくよりはと、女性陣とつかず、離れずの距離を保つことを選び、ここまできていた。
「……なあ、なんで俺ら、こんなに気を遣ってるんだ?」
いつもはこんなはずではないのにと、ガーウィンが首を捻りながらうめく。
自らの現状を現す言葉として『金魚のフン』という単語が脳裏をよぎったが、彼はあえてその言葉をに気づかなかったふりをした。
買い物に来ているだけなのだ。
自分で自分をおとしめる必要がどこにあろう。
しかし、両手に縄をかけられたようなこの居心地の悪さはどうだ。
「今を耐えればすぐだ。時間なんてすぐに過ぎて、気がついたら夕方になるだろう」
聖稀は聖稀で、先ほどから黙々と女性二人の後をついて回っていた。
着せ替え人形となったときも特に不平を漏らさず、彼は良く耐えていた。
我ながら優秀な荷物持ちだと、妙な自信を持ち始めていたところだ。
しかしその表情が、どこか修行僧めいた面持ちになってきていることを、ガーウィンは指摘しないでおくことにする。
まだ若い少年に、その指摘はどうにも酷なように思えた。
二人がベンチでそんな不毛な会話を交わしていると、女性陣が二人を手招きしている。
「この先に喫茶店があるんです」
「皆でお茶をしながら、休憩しましょう」
●ここは俺たちの楽園
喫茶店に入り、店員に四人席に案内されると、ガーウィンと泉、咲菜と聖稀が横並びに席についた。
それぞれが注文したのは次の通りだ。
ガーウィンはコーヒ−。
泉はチョコパフェ。
咲菜が苺パフェ。
聖稀はコーヒーゼリー。
「聖稀、本当にそれで良いの?」
「まあ、他に食べたいものもないし」
かといって、ガーウィンのようにコーヒーを飲むものなんだかもったいないような気がした。
ともあれ、パフェを食べるのもなんだか違う気がする。
そうなると、コーヒーゼリーくらいしか選択肢が残されなかったのだ。
ガーウィンも同じ心持ちらしく、早々に到着したコーヒーを口に運び、ゆっくりと椅子に座れる時間を満喫している。
続いてコーヒーゼリーが。
次に届いたのが苺パフェで、咲菜は泉のものが揃うまではと、かたくなに手を付けずに待った。
やがて泉のチョコパフェが運ばれてくると、女性二人は幸せそうにほおばりはじめた。
崩れないようにとそっと上の方からスプーンを入れ、ひとくちひとくちを笑顔でつついていく。
パフェの中から大きな苺をすくいあげた咲菜が、聖稀に向かって口を開けるように告げる。
差し出されたスプーンを遠慮無く口に含み、聖稀は「美味いな」と一言。
それを見たガーウィンが、もの言いたげに泉を見やった。
「俺には分けてくれねぇんだ?」
「まさか。そこまでケチじゃありませんよ」
泉が同じようにパフェをひとすくい、ガーウィンの口に運ぶように差し出す。
ぱくっとさじを口に含んだガーウィンが、「うん。なかなか美味い」と短く感想を告げる。
泉は再びパフェの征服に戻ろうとして、はたと、自らがした行いに気づき、真っ赤になる。
からかうように笑うガーウィンに、顔を赤く染めた泉。
咲菜と聖稀が不思議そうに二人を見つめ、休憩時間は楽しく過ぎていった。
買い物と甘味を満喫した一同は、屋上にある遊技場へと来ていた。
そこは子ども向けのちょっとした遊び場で、屋上のそこかしこに、ミニサイズの乗り物やら遊具やらが設置されている。
「小さいころって、こういう場所が大好きなんですよね」
遊ぶ子ども達を目で追いながら、咲菜が懐かしそうに目を細める。
さすがに今となっては遊具で遊ぼうという気は起きないが、それでも、幼い頃に抱いていた特別な場所への憧憬は、今もその胸に残っている。
懐かしさを堪能し終え、買い物に戻ろうかと思えば聖稀の姿が見えない。
どこへいったのかと思えば、彼はパンダの乗り物の間近に立ち、ひたと熱い視線を向けている。
「聖稀君、どうしたの?」
泉が声をかけてみるものの、「いや、ちょっと」と、あいまいな答えを返す。
最後に食品売り場へ寄って帰ろうと伝えたかったのだが、乗り物へ向ける熱い少年のまなざしに、言い出すことができなかった。
それは、子どもから無理やり玩具を取りあげてしまうような、残酷な行為に思えたのだ。
「まったく。しょうがねぇ奴だなあ」
見かねたガーウィンが「連れてくる」と、短く告げ、聖稀の元へ向かう。
ガーウィンが声をかけ、その声に聖稀が振り返る。
男が口を開く。
少年がその言葉に反論するように、手振りを交えて話しだす。
時に、パンダの乗り物を指し示しながら。
時に、熱く熱弁をふるいながら。
――そうして、数分後。
そこには、子ども用の乗り物ではしゃぐ、いち男性の姿があった。
共に乗り回している子どもと競っては、勝った負けたと騒々しいまでの一喜一憂を繰り返している。
そばでは聖稀がパンダの乗り物の傍に立ち、ぺたりと車体に触れては笑みを浮かべている。
遊技場の案内員が「ぜひご乗車ください」としきりにうながすものの、聖稀は最後まで車体を眺めるに留めていたという。
それを見た女性陣二人の脳裏に浮かんだ言葉は、どちらも『大人げない』だった。
ふたりの間でどんなやりとりが行われたのかは知らないが、こうなっては気が済むまでやらせるしかないだろう。
今度は女性陣ふたりがベンチに座り、彼らがこちらの世界へと戻ってくるのを待った。
やがて童心にかえっていた男性陣が現世に戻ってきたところで、一同は今度こそと、地下の食品売り場へ足を運んでいた。
時刻は夕方とあって、主婦を中心に多くのひとの姿がごったがえしている。
みな、四人と同じように夕食の食材を買いに訪れているのだ。
「今日は何が食べたいですか」
ショッピングカートを押しながら泉が優しく問いかければ、
「すき焼き! 高いのな!」
ガーウィンの威勢の良いリクエストが飛ぶ。
泉がその声を笑顔で受け止めると、
「グラタンですね。分かりました」
有無を言わせぬ微笑で、柔らかく『訂正』が行われる。
ともあれ、その日は『聖稀』という名の財布が同行していた。
皆で晩餐を共にできるのであればと、彼も予算の一部を負担することになっている。
「聖稀は何を食べたい?」
「デザートになるけど、何か果物を買っておきたいかな」
堅実に食材を選ぶ咲菜に、聖稀が答える。
その横から、ガーウィンがアイスやビールをこっそりとカゴに放り込んでいた。
後にレジでの精算が行われた際、彼の放り込んだ雑多な食品があまりにも多かったために、泉の手によって粛正されたのは言うまでもない。
夕暮れ時。
大型ショッピングモールを後にする面々は、夕焼け空の下をそろって歩いていた。
誰もが疲れた足を引きずって、しかし皆の顔には笑顔が浮かんでいる。
「また一緒にお買い物にこようね」
「はい。次もぜひご一緒させてください!」
「まあ、たまに……なら、こういうのも良いんじゃねえかな」
「荷物持ちとか着せ替えは勘弁だけど、皆一緒だと、楽しいしね」
ひとそれぞれ、買い物のしかたは千差万別。
それでもまた一緒に買い物に行きたいと思うのは、合間、合間に交わされる会話や、思いがけなく起こる出来事が楽しいからだ。
それは、たったひとりの買い物では、決して味わえない楽しみとも言えるだろう。
四人は、今日一日のことを振りかえりながら家路へと急ぐ。
買い物の後は、夕食パーティーが待っているのだ。
一日の疲れはひとまず置いておいて、今は皆、引き続き訪れる、その幸福な時間を楽しんでいた。
了
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クリエイターコメント | この度はご依頼いただき、誠にありがとうございました。 そして長らくお待たせをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
なんだかんだ言っても、やっぱりお買い物は 一人で行くより多人数で行くのが良いよね。 ……というのを、感じられる作品となっていれば幸いです。
それでは、またの機会にお会いしましょう。 銀幕市の平穏と、PCさまの幸いを祈って。 |
公開日時 | 2008-11-26(水) 19:20 |
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