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<ノベル>
+ それは真実への道標 +
静かに夜が降りてくる。
時には冷たく、時には温かく感じる月も、今は静かに月下での出来事を見守るだけ。
こぼれ落ちた記憶も、愛の行方も、真実へと導かれて。
「愛されるってどんな感じ、なのかな……」
ふと心に湧き上がるのは、愛という言葉から感じる気持ち。
アンジェは温かなものだと思っている。
レディMに話を聞いて真っ先に思い浮かんだのはそのことだ。
「愛していた女の記憶がなくなるというのは、どういうものなのだろうな」
無垢な仕草で小首を傾げ、その気持ちを考えているアンジェに、シャノン・ヴォルムスは微笑を浮かべ問う。
すっと耳に入ってきたのは、自分と姿の色が似ているというのもあったのだろう。
それと愛する人に対する気持ち。
自然とシャノンの視線は胸元を飾る銀のロザリオへと辿っている。
愛おしい人を思い、もし自分が忘れてしまったらと思うのだ。
忘れてしまえる程、簡単なものだったのか、と。
「そう簡単に忘れるなんてできるものじゃないと思うがな」
ノルン・グラスは細巻き煙草の灰をトンと灰皿へと落とす。
亡くした人を忘れずにいると思うのは、ルイスが自分と同じように愛する人が残した香炉を傍に置いているからだ。
香炉が欠けて仕舞わなければ、普通に香炉の中の粉を使い切って、夢から覚める様に現実を受け入れて、愛しあった記憶を大切に胸に抱いて、未来へと向けて歩み始めたのだろう。
予期せぬ出来事で、それは違った未来へと向かってしまったけれど。
ルイスの今の状態は、もしかしたら自分も愛する人を追い求めて同じような状況ならしたかも知れない未来予想図なのだ。
IFだとしても。
滑稽だと思いながらも、ふと手を貸したくなったのは、愛する人の記憶は生きていく上で、若い頃亡くした恋人の写真をロケットに入れているノルンにとって、共感できる想いがあったからだ。
忘れてしまったとしても、愛した女が傍にいれば、思い出せるのではないか。
お互いが存在するのなら、好きあっていた者同士、再び愛が目覚めることがあるのではないか。
香炉の効果とはいえ、傍に愛する女がいるということは、羨ましく思えた。
簡単に愛した女を忘れることが出来ないという気持ちに共感する部分が多分にあるシャノンにとっては、痛い程わかった。
そしてその状況が痛ましい状況であるということも。
夢のような逢瀬を繰り返し、愛する女と共に過ごしていた時間は、男にとって何ともないただの作業。
愛。
厄介なものだと思うと同時に、抗いがたい幸せを感じさせる切っても切れないもの。
普段、それは気にはしなくても生きていける。
思いやりや親切な気持ちがあれば十分。
悲しい時もつらい時もある。
でも、愛はすぐには生まれない。
相手に好意を抱いて、少しずつ好きになっていくのだから。
「4人目のアリシアさんに聞いてみたいの」
「何を?」
「愛するって、どんなものなのかなぁ……って」
「問うといい」
優しくアンジェに言葉を紡ぐ。
シンプルな問いは、時に幾重にも紗が掛かって見えにくくなっている言葉をさらけ出す。
ごまかしではない言葉はルイスに奇跡を起こすかも知れない。
愛は特別。
伴侶となる人となると、その位置にいる人は一人だけ。
愛し愛されるのが理想だけれど、愛のかたちは人それぞれで、千差万別。
アンジェは慕っている人を思い出し、そっと胸元に掌をあてた。
心にその人を思い浮かべるだけで温かくなる。
そして、自然と柔らかに笑みを刻む。
愛しているのに、愛して貰えない。
ルイスの愛したアリシアであるのには、変わりないのに。
自分より先に生まれたアリシアは、ルイスに愛された記憶がある。
それは、3人のアリシアにとって、何よりも力になる。
ルイスからアリシアの記憶がなくなったとしても、アリシアの記憶には愛された記憶があるから。
姿かたちは同じなのに、自分だけが愛されない疎外感。
愛されているのに、愛した記憶が消えて、誰? と問われる残酷な状況は、考えただけで、きゅっと胸の辺りが締め付けられる。
アリシアはルイスに言って貰いたいのではないだろうか。
一言でもいい。
抱きしめるだけもいい。
それだけで、4人目のアリシアは両手を血に染めることはないのではないかと。
好きな人の記憶がこぼれ落ちてしまっても、4人目のアリシアの愛している気持ちはきっと変わらない。
ただ、自分以外のアリシアが羨ましく思えるだけで。
こんなに愛されるルイスは何て幸せなのだろう。
けれど、亡くなったアリシアはこんな事態を引き起こす為に香炉を残した訳ではないはず。
少しずつ自分の居ない未来に慣れて、今まで刻んできた記憶を思い返したり、アルバムを眺めたりして、笑えるようになって欲しい。
長い人生を歩んで行く先で、自分とは別の女性と一緒になってほしい。
香炉の中の反魂の粉が無くなれば、夢から覚めてくれると願って。
アリシアの少しでも自分を覚えていて欲しいという正直な気持ちと、愛されている気持ちをうけて残したのが香炉。
ルイスのアリシアを愛する気持ちを強く感じて、きっと自分の死を受け入れるのに時間が必要だと分かったから。
アリシアの死を受け入れる為に残した猶予期間。
「ルイスもアリシアも最善の未来が迎えられるようにしてやりたいな」
ルイスがアリシアを愛していた記憶全てを無くしているのか、今まで愛してきたもの全てが消えてしまっているのか。
無になったら、新しく始められるのではないかと。
アリシアだから愛されているのでは、アリシアという名であればいいという、名だけのブランドに固執する行為と変わらない。
ルイスを愛しているという4人目のアリシアにもアリシアという名を除いたとしても、存在し続けられるのなら、3人のアリシアを殺さずとも一緒に居ることもできるかもしれない。
一対一での愛の筈が、毎夜誘った為に現れた4人のアリシア。
ルイスに向ける愛に変わりはないのだろうか。
ノルンは問うてみたい。
彼に忘れられても愛し続けるのか、と。
「ほれほれ、とっとと急ぐぞ」
三嶋志郎が心なしかしんみりとした雰囲気を漂わせている面々に殊更明るい口調で急かす。
先ずは狙われている3人のアリシアの保護。
考えるのは後ででも出来る。
異能と言えるものは何ももっていないのだから、攻撃手段を封じれば、話し合いの席をもつことも出来る。
アリシアと名を持つものが3人。
同じ存在でも、生まれ出でた順番に違いがあるのかもしれない。
4人目のアリシアが生まれるまでの間、3人のアリシアが生まれるまでも、ルイスの記憶はパズルのピースが零れ落ちていくように、消えて行っていたのだから。
それに。
何時までも、幸せな時を無理矢理引き延ばすのは、亡くなったアリシアも望んではいないだろう。
ルイスには自分でその幕引きをしてほしいと思う。
断ち切って、未来へと目を向けて貰う為に。
愛していた気持ちは変わらないと思うから。
+ 欠けた愛と記憶の先に +
住宅街の外れにある一軒家。
人の姿をあまり見ることなく、渡された紙に記された住所に到着した。
静寂。
通り過ぎる風の音さえ聞こえてきそうな、そんな静けさ。
植え込みを見れば、最近は手入れされていないのか、雑草が目立っている。
窮屈そうに可憐な花が花弁を揺らしていたのが気にかかった。
ルイスの記憶の欠落が生活上に影響を与えているのだろう。
インターホンを押し、ようやく人の気配があるのが分かった。
ガラスの填め込まれた扉に人影が映る。
「はい……?」
そういって現れたのは、金髪緑瞳の女性。
「あんたがアリシア?」
「はい、そうです」
志郎の問いに頷き、少し不安げな表情で見上げた。
なかなか戻ってこないアリシアを心配したのだろう、同じ容姿をした女性が2人、やってくる。
志郎の後ろに居る3人の人物に、3人のアリシアは身を寄せ合う。
「並ばれると分からねぇ……」
思わず呟く志郎。
「今は3人だけ……?」
アンジェは、同じ雰囲気を持つアリシアだけなのを不思議そうに訊ねた。
「ええ、今は買い物に出かけているの」
「ん……? てことは普通に会話してるのか? あんたらは」
「はい。あの子もアリシアですから」
3人は4人目のアリシアも同じ存在で、4人あわせて1人という感覚なのだろう。
その内の1人が、この3人を消してしまおうと考えているとは思いもしないのだろう。
「とはいえ、今の状態がおかしいのは分かっているのだろう?」
シャノンは一人一人と目線を合わせる。
「それは……」
右側にいたアリシアが躊躇いながらも呟く。
「あたしたちはそれを解決に来たの」
アンジェが花が綻ぶ様な笑顔で安心させる。
「ひとまず中で話させてくれないか?」
どこか人懐っこい笑みを浮かべるノルンに3人は警戒心を僅かに解いたのか、招き入れた。
+++
「ちょっと、それぞれ違う格好をしてみてくれ」
志郎に言われ、それじゃあとデザインの違うエプロンを着ける。
春、夏、秋の花のモチーフが刺繍されたエプロンだ。
右から順番に並んで椅子に座って貰う。
みんな同じ顔、同じ顔、同じ思考をしているから区別する為に。
買い物に行っている4人目のアリシアは冬の花のエプロンで暫定。
彼女達に向かい合う様に座り、様子を窺う。
「ルイスはいるのか?」
シャノンの問いに春のアリシアが頷く。夏のアリシアはティーカップに紅茶を淹れている。
「今は寝室で眠っています。夜になれば起きてくると思いますけれど……」
すっかり昼夜正反対の生活サイクルとなっているようだ。
「そうか……。起こして貰うか?」
「先にこの子たちから話を聞いてからの方がいいな」
ノルンが言うと、アンジェも頷く。
「そうだな、一つ一つ片付けていくか」
いつ4人目のアリシアが戻ってくるか分からない。
直ぐに襲われもせず、この3人とごく普通に会話していたとなると、3人とはルイスに愛されたアリシアとして同じ存在だと思っているのか。
もしそうなら、4人目は普段の生活の中で凶刃を振るう可能性もある。
今は、買い物に出かけていることで、分断されている。
ガードする事も、迎え撃つ事もできる。
だが、4人目の行動を阻止する事で解決する問題でもない。
ルイスの心のあり方が問題なのだ。
「アリシアたちは、ルイスのこと好き……?」
アンジェが真摯に問う。
愛。
「はい」
3人の声が重なる。
「今ここにいるアリシアたちは3人で、買い物に行ってるアリシアも入れたら4人だけど、本当はルイスが愛しているのはアリシアだけで、1人に対して数が多いよ……ね?」
1対4という状況にルイスはどうしているのだろう。
夜、会っている時とか。
「それは……」
自分達が複数居ることにはアリシアたちもおかしいと思っているのだ。
ルイス本人は、3人のアリシアを認識して同じ部屋にアリシアが居たとしても、名を呼び愛を囁くのだ。
1でありながら3という存在。
それなら4人目のアリシアも愛してあげて欲しいと純粋に思う。
一日の差の愛。
有か無なんて残酷すぎる。
アンジェは4人目のアリシアも愛される存在なら良かったのに。
愛されないぶん、愛することでその存在を輝かせるアリシアに少しの憧れを抱く。
同時にルイスの残酷さに悲しみを。
愛していたことを忘れてしまうなんて。
忘れてしまったなんて?
そうだ。この目の前にいるアリシアたちもまた忘れられてしまったのだ。
愛された記憶を抱いて、愛した記憶を失ったルイスに接するのだ。
「時の針を正常に戻さないと……ね」
「……なんだけどさ、これ難しいんだぜ?」
志郎は秋のアリシアから捨てられずに残っていた香炉の残骸をテーブルの上に広げ接着剤で丁寧に整合していく。
僅かに残っていた香炉の灰は捨ててしまったが、香炉は運良く残っていた。
もしかすると、香炉が元に戻れば、このアリシアたちも夢の存在だったように消えて、ルイスも前に向かって進めるかもしれない。
何らかのアクションを取れればと願う。
「昨夜、買い物に出かけているアリシアが現れてから、ルイスはおまえたちの名を呼んだか?」
「昨日は……あの子が出てきてから、ルイスは月を眺めて一晩過ごし、朝を迎えました。それから眠ったままです。ルイスが私の名前を一度も呼ばなかった初めての日でした……」
記憶を辿り、ルイスの様子が本格的におかしいと気づいた様子だ。
香炉が欠けてから、少し忘れっぽくなった気がしていたのだが。
「同じ存在が複数いて、あんたたちは1人だけを見て貰おうとは思わないのか? 3人一緒にいると、気持ちを話しにくいかもしれないが」
「いえ、それは大丈夫です……。私たちは私以外のアリシアがルイスと話しをしている時、それを自分と重ねることで幸せを感じます。ルイスの愛情は本当ですから。時間がルイスの悲しみを和らげて呉れると思ったのですけれど……」
「そうはならなかったってことか。難儀なもんだな、愛ってのは」
ふう、と溜息をつくと、ノルンは再び言葉を紡ぐ。
「アリシアだから愛されるってのは寂しいと思う。亡くなったあんたも、この現状を望んだ訳ではないようだし。……だから、4人目なのか……?」
ルイスの未来と、アリシアたちの未来。
ルイスの記憶からアリシアの記憶がこぼれ落ちているのなら、ルイスが愛したアリシアという存在に固執する必要もない。
新たに仕切り直すという手がある。
愛された記憶を持っていても、忘れられてしまったのなら、目の前の3人のアリシアも4人目と同じ立場。
それに、本当のアリシアは亡くなり、ルイスと共に過ごす選択をしなくとも良いのだ。
自由。
「それにはまずは4人目に確認してから、だな」
シャノンはリビングの扉を開けて戻ってきた4人目のアリシアに向けて言った。
+++
4人目のアリシアは布のバッグを扉の傍に下ろし、出かけた時には居なかった者達を見る。
椅子に座ったままのアリシアたちには簡単に手を出すことが出来ないと分かると、溜息をそっとついた。
「あなたたちは?」
「ルイスを未来へと歩めるように手伝ってくださるそうよ」
テーブルの隅では志郎が香炉をつなぎ合わせている。
後少しで完成しそうだ。
最初に欠けて、アリシアが留まり続ける原因になった欠片も、箒で集めた時に見つかったのだろう。
余すことなく嵌りそうだった。
割れた時、大きめの欠片になったのは運が良かった。
4人目のアリシアは問いながらも、その様子から分かっていた。イレギュラーな自分たちをどうにかしようとやって来た人々だと。
そう思っていたから、アンジェに問われて真面目に考えてしまった。
「愛するってどんな気持ち……?」
「好きな人を思うだけで、あたたかくなる気持ち……ね」
「愛するひとを独占する気持ちは分からないでもないが、平和的に解決するという意志はあるのか?」
シャノンは3人のアリシアを前にして、流石に4人目が殺そうと考えていることを口するのはどうかと考え、穏やかな表現をする。
アンジェに何かあってはと、微かに前に出る。
「……大丈夫よ」
その仕草に、興味があるのは3人だからと言外にいう。
「独占した所で何の意味があると言うのだ」
愛した記憶も失われている現状、一方的なものだ。
記憶が零れていく今の状態で、再び愛するという感情に目覚める可能性は低い。
そして、万が一にも愛することが出来たとしても、その相手はアリシアとは限らない。
同一の存在を殺すというのは4人目としても、気持ちの良いものではないだろうし、この家屋内で血を流すのは避けたかった。
幸せな生活を営んでいたこの家。
ルイスはこの家でアリシアの居ない未来を受け入れ、進まなくては。
何もしなくとも来る明日。
悲しみで夜目覚める時もあるだろう。
それでも。
ルイスには逃げないでほしいと思う。
「ルイスが忘れてしまっているという今なら、あんたたちは同じスタートに立つってことだ。アリシアではなく、自身を愛して貰えるように努力してみればいい」
4人目に向けた言葉だったが、話を聞く内に3人も同じ立場になるとなれば、励ます対象は全員でいいと思った。
ノルンは少し悪戯っぽく目を細め、アリシアたちを見渡す。
「忘れられたんなら、あんたたちはルイスを見捨てて、新しい生活を選んでもいいじゃないかと思うね」
アリシアは亡くなっているし、本来ならそれで済んでいる話で、香炉の効果で現れたままになっているもの。
現れたまま留まるのなら、この子たちに新しい未来を選ぶ権利というのもあっていいんじゃないかと。忘れろとは言わない。新しい未来を選び、時折思い出として振り返る位で十分じゃないかと思うのだ。
自身が持ち続けている、かつての恋人の姿を写し取ったロケットを思い出しながら。
「よし! 出来上がったぜ」
そう嬉しそうにいった志郎がテーブルの中央にそっと香炉を置いた。
中には灰はなく、香炉だけ。
完全なかたちを取り戻した香炉は、淡く輝きを放ち、繋がれた箇所がすうっと消え、美しい輪郭を取り戻す。
「へぇ……綺麗なもんだな」
四苦八苦してつなぎ合わせた甲斐があったもの。
「君たちは誰だい?」
櫛も入れず、パジャマ姿のままで現れたルイスは不思議そうに見渡す。
「それは後で紹介しよう。今は、こちらだ」
シャノンは4人目の手を取り、ルイスと向かい合わせる。
「彼女の名は知っているか」
香炉が完全なかたちを取り戻した今なら、もしかして、と考えたのだ。
可能性にかけたい。
ルイスは、ん? と首を傾げ、ゆっくりと記憶を辿る。
「何を言っているんだい? 僕の愛するアリシアに決まっているじゃないか」
「……だそうだ」
アクションを起こされた時の為に、4人目の肩に置いていた手が震えている。
自分ではない。
4人目のアリシアが肩を震わせているのだ。
「嬉しい……」
「良かったわね」
4人目の気持ちに3人も嬉しそうに微笑む。
ルイスに記憶が戻っている。
「嬉しい……?」
アンジェが嬉しさに涙を流すアリシアに聞く。
「ええ、とても嬉しい……!」
「良かった」
自分も嬉しそうに我がことのように微笑む。
「愛されるというのはどうだ? いいものだろう?」
少し意地悪く微笑み、肩から手を放す。
4人目はシャノンを見上げ、直ぐにその意図を悟り、ルイスへと歩いていく。
3人目まで愛されて、抱きしめられているのなら、4人目も同じように愛されればと。
「ルイス」
「アリシア、どうしたんだい?」
ルイスは4人目を胸に抱き、涙を流していることを問う。
「これで安心ね」
そういった3人のアリシアは輪郭が淡くなり徐々に透けていく。
「あんたたち……!」
志郎が助けようと手を伸ばすが、身体を通り抜けてしまう。
「香炉かっ!」
「いいの」
「そうか……」
ノルンは3人のアリシアの言った言葉を思い出す。
『気持ちを重ねることで幸せを感じる』と。
それは、逆に4人目の殺意も感じていたということではないか。
嫉妬から発する殺意も、愛して欲しいという感情もすべて分かっていたのだ。
1であり4。
逆も然り、だ。
「安らかな眠りを……」
アンジェは目を閉じて祈る。
「アリシア……!?」
ルイスが抱く4人目も姿が透けていた。
夜に香炉を焚く事で現れていた存在だ。
時間を過ぎて存在していたものがあるべき過去の時間へと戻るだけ。
長い長い夢が覚めるだけ。
「私たちは夢の住人なの。ルイス、ありがとう」
そういうと4人目のアリシアもゆっくりと姿を消したのだった。
幸せそうに微笑んで。
+++
「ルイスには新しい人生を歩いてほしいな。忘れて、っていうわけじゃなくてね、ちゃんと歩き出して欲しいな」
アンジェはシャノンの取り出したポストカードを見て微笑む。
それは映画の中での二人の幸せそうな光景をポストカードにしたものだった。
朝食での風景。
「アリシア……」
腕の中で消えた愛しい存在を思い出し、ルイスは涙する。
「ルイスが呼んでいたアリシアたちも愛してあげてね」
「幸せだったと思えるのなら、前を向くことも必要だと思うが……、その気持ちはわかる。時間が必要だということも」
「あんまり泣きすぎると、困ると思うぜ?」
「女を悲しませるのも程々にな」
アリシアの死を受け入れて、それでも認めたくなかったのだろう。
けれど、よかれと思って残した香炉が思わぬ効果を生み、ルイスに変化をもたらした。
ポストカードを手にして、微かに頷く。
最初思っていた効果ではなかったのかもしれない。
それでも。
愛した気持ちだけは、本当だったと。
欠けていたものは、そこに填り、緩やかに未来へと進み始める。
いつかルイスがアリシアの思い出を楽しそうに思い出せるように祈って。
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クリエイターコメント | 大変お待たせしました。 竜城英理です。 愛って大変……とか思いました。 ハッピーエンドになったのは皆さんのおかげです。
少しでも楽しんでいただける箇所があればイイと思います。
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公開日時 | 2009-01-02(金) 17:00 |
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