★ The love dwells in the family. ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-4166 オファー日2008-08-14(木) 21:41
オファーPC ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
<ノベル>

「ラブ・コメディ? 俺にかい?」
 ギリアム・フーパーは、ゆったりとした華美過ぎない立派なソファに座りながら、目の前の青年に問い返した。
「しかも、主演」
 精悍だが柔らかい顔立ちのギリアムが、僅かに首をかしげた。
 今までにも何度か恋愛映画に出演したことはある。しかし大抵、ヒロインや主人公の兄だったり、親友だったり、信頼できる先輩や上司だったりと、こと恋愛映画に関しては主演で出たことは無かったし、ギリアムはアクション映画の方に出演する機会に恵まれていたから、正直、面食らったらしい。
「ええ。訓練中に海で溺れて水恐怖症になって退役した海兵隊員、なので、フーパーさんに是非との事で」
「それはまた微笑ましい」
 少しばかり苦笑しながら、ギリアムは差し出された企画書をパラパラと捲りながら目を通した。
 彼は自分に持ち込まれた仕事を断るという事は、まず、しない。
 だから目を通しているのも、まず概要を頭に入れることが目的だ。
「ロケ地はロスとデンマークを行ったり着たりみたいです。スケジュールは調整できますが、ちょっと大変かもしれません」
「俺は大丈夫だよ。慣れているから。気遣いありがとう」
「や、そんな事無いですよ」
 青年エージェントは照れくさそうに笑って頭をかく。
 あらすじを読むと、ライトなコメディの様で、大人からローティーンまで楽しめる仕様になっている。
「っと、この映画、受ける方向でいいですかね?」
「勿論。そう伝えておいてくれるかな?」
 答えつつ、ギリアムは内心で苦笑した。
 銀幕市に来て以来、この青年が日本のエージェントとして勤めてくれているが、彼の口癖らしい、“〜する感じで”とか“〜〜の方向で”、などの曖昧な表現に最初は戸惑っていたのだが、今ではすっかり違和感が無くなってしまっている。生まれ育ったアメリカは、物事をはっきりということが常だったから、初めて聞いたときは「どっちなんだろうか」と煩悶したものだ。
「えっと、撮影は来月からで、3週間後にロスで顔合わせて最初の打ち合わせがあります。細かい日取りは本日中か最低でも明日中にはまたご連絡させて頂きます。そしてこれがスタッフリストでこちらがキャスティング候補リストで……」
 手際よく丁寧に、ギリアムにピチリと揃えられてホチキスで止まっているA4のコピー用紙を、青年はギリアムに遽しく手渡した。
 他のキャスティング候補や監督をはじめとするスタッフの名前に目を通す。
 1、2度競演した事のある者もいれば、初めて共に仕事をする者もいる。1度は同じ現場に居たい、と心ひそかに思っていたスタッフも居た。
 映画の内容もギリアムにとっては新鮮で、楽ではないだろうが、充実した撮影期間になるだろう事を予感した。
 書類をケースに入れ、エージェントを労ってから、ギリアムは事務所を後にした。
 彼だと気づいて声をかけるファンに答えつつ、彼は家路を行く。自宅へは徒歩10分。その程度の距離ではギリアムは車は使わない。彼ほどのスターになっても、スケジュールが詰まっていたり畏まった場に行く以外は、運転手は使っていない。
 格好をつけているわけではなく、家族で出かけるときはやはり自分で運転したいものだし、運転そのものも好きだからだろう。
 もう少ししたらまた父親が長期間家を開けるということに、一人息子は拗ねるだろう。嬉しいような辛いような、複雑な気持ちだ。妻は仕事に理解があるので、文句等は言わないがそれでも寂しい思いをさせる事には違いない。そんなことは決して口に出したりはしない。
 だからこそ、仕事を終えて帰ってきて、家族と過ごす時間がたまらなく愛おしいのだ、とも思うのだ。
 妻と共に息子を幼稚園まで送り届け、妻の代わりに掃除をしてみたり、二人で日用品の買出しに出かけたり、息子を迎えに行って一緒に昼寝したりと、宝石の様な時間だ。
 きっとご機嫌斜めになるであろう息子のお土産は何がいいかな、などと、今から考えている内に自宅へ着いた。
 
 
 
 
 
 
「カァット! よし、OK! 2時間の休憩ー!」
 ギリアムの目の前で監督がモニターを覗き込んで暫しの後にOKを出す。今のシーンはギリアムが出ていたわけではないが、その前のシーンと休憩後のシーンには出るので、近くに居たのだ。
 只今のシーンは、ヒロインが友人とカフェで話しをしているという、何気ないシーンだった。だからこそ不自然さがでない様にと、気合の入ったシーンだった。
 休憩中にコンテナで珈琲でも飲もうと、一人向かうときに、そのヒロインの女優が「もう!」と怒り出した。何事かと周りが彼女に視線を注いだが、携帯電話の相手に怒っていたらしく、慌てて回りに謝っていた。
 
 
「……フーパーさん、ちょっと、いいですか?」
 コンテナの中で休んでいると、入り口から彼女―ヒロインを演じる、ブリジット・スペンサーだ。
 彼氏と喧嘩でもしたかな、とギリアムは微笑ましく思いながら、「ああ、構わないよ」と声をかけてコンテナの外にある布製のラウンジチェアへと誘う。
 コンテナの中で二人で会話をすれば、お互い疚しい事が無くても有らぬ事を書きたてて騒ぐのが仕事の人間もいる。若い彼女のためにも、の配慮だった。
 相談事がありそうだから、気詰まりのするコンテナ内より外の方が開放的だからリラックスもするだろう。
 コーヒーを淹れてクッキーと共にブリジットに手渡す。彼女はほっとしたような表情で、けれど口を曲げてポツリと話し出す。
「彼が、酷いんです。メールと留守電に、全然帰ってこないから、俺のことなんてもう好きじゃないんだろ、とかばっかり。前はそんな事無かったのに。信じられない」
 やはり彼氏か。と思いながら自分のコーヒーをギリアムは一口喉に送った。程よい暖かさが喉を伝う。
 ブリジットはその可愛らしい顔立ちを顰めて、怒り心頭気味に愚痴を言い始める。
 まだ無名と言って良い女優で、このヒロインは大抜擢といえよう。相手役のギリアム・フーパーは世界的大スターなのだから。そして大スターであるにも拘らず、こういった相談をしに来るというのは、彼女の神経が太いのも多少はあるが、それ以上にギリアムが気取らず、気さくで、誰からも信頼を寄せられる人柄であるという所によるのだろう。
 撮影中はどれだけリテイクが出ても厳しい演技指導が来ても、泣き言も愚痴の言わず落ち込む様子すら見せなかった気概のあるブリジットがここまで赤裸々に愚痴を言うとは、相当彼氏に対して怒っているらしい。
「彼は寂しいのではないかな? 君と離れているのが」
「でも、今までだって、何度も長い間撮影で会えなかったとき、あります」
「しかし今回は外国だからね。危ない目に合ってないかとか、君が寂しくないか、とか。心配も大いにしているのだと思う。それでつい、そういった態度を取ってしまうのではないかな」
「……フーパーさんも、そういう時期、ありました?」
「ああ、今でもそうだよ。家族に会いたいし、寂しいし、心配さ」
 寂しいというわりに、どこか嬉しそうなギリアムを見たブリジットは、何事かを少し考えているような表情で前方を睨み―ふう、と溜息をついて、暫く俯いた後、笑顔になった。
「フーパーさんみたいな大人でもそう思うんですもの、彼もきっと寂しかったのね。ありがとうございました!」
 さっそく電話してみます、とブリジットはギリアムに礼を言って、携帯電話片手に隅の方に走り出した。
 時差は、と聞こうとしたが、若いから夜更かしくらいは苦にならないだろうし、何より恋の情熱は激しいものだ。夜中であろうと、遠く離れた場所にいる恋人から連絡が来て飛び起きない男はいまい。
 その様子を見て、ふと、自分の若かった頃、妻と出会った時を思い出した。
 あの頃は自分も若かった。
 
 
 
 
 21の頃だった。
 それなりに裕福な家庭に生まれ、過度すぎずだが惜しみない愛情に包まれてギリアム・フーパーは、その歳になって間も無く勘当されたのは。
 理由:演劇にのめりこみ過ぎて勝手に大学を辞めた。
 両親は中々に成績優秀だった息子に、安定した職業に就いて貰いたいと考えていたようだ。しかし息子は両親の期待を他所に、ちゃんと食べていけるかどうかも判らないような職業を選ぼうとした。
 反対されていた当初は、何故そんなに賛成してくれないのかが判らなかった。子供が夢を追えば、賛成して支えてくれるのが親だと思っていた。
 勘当される少し前に、アルバイトで行ったエキストラで、撮影現場を見てしまってからは居ても立ってもいられなかった。
 派手なアクションシーン、地味だが緊迫感が敷き詰められたシーン、ほんの少しの動作で大衆を爆笑させる演技、ボタンの一つにまでの拘り。
 その中で自分も映画に参加したい、作りたい。
 子供の頃に観た、スクリーンの中に入りたい。
 この激情とも入れる思いは消せなかった。
 取り合えずオーディションを受けようにもまず事務所に登録してからではないといけないらしい。受けるとなると、映画だけでなくテレビドラマや舞台もあるだろうから、いつ何時あるか判らない。チャンスは少しでも逃したくない。
 大学に行ってそして興味も無い授業を聞いているよりも、一度でも多く受けたい。
 中退してきた、と親に打ち明けたら、母親は絶句し父親はいつもの様に厳格な顔つきのままだった。
 その時の事は詳しくは覚えていないが、父親と3度ばかり殴り合って母親を泣かしてしまった気がする。
 腫れた顔のままで着替えと僅かな日用品と財布をスポーツバッグに詰めて家を出た。
 真っ暗な夜道を歩いて、両親の理解が得られなかったこと、父親を殴ってしまったこと、何よりも、母親を泣かせたことが悲しくて悔しくて、ほんの一時だけ、ギリアムは声を殺して泣いた。
 
 
 それからは苦難の連続だった。
 何とか事務所に名前を登録したが、登録費用だけでかなりの散財になってしまった。その代わり、オーディションの開催日時の情報は絶え間なく入ってくる。
 受けても受けても、中々合格できず、苛々とするばかりだった。事務所内にある養成所でも演技の練習はつんでいて、最初は学芸会以下とまで言われたが、今では仲間内からも講師からも評価は良かった。
 アルバイトで生活費を稼ぐことも難しかった。いつオーディションがあるか判らないから、毎日働きに出るわけにも行かない。満足に食べられる日も殆ど無い、極貧生活と言っていい生活を何年か過ごした。
 何とか見つけた日雇いの道路工事のアルバイトは、ギリアムにかなり適していたのかもしれない。日雇いだから、毎日行かなければならない訳ではなく、力仕事で体を鍛えて体力をつけることも出来る。賄いも出るから一食分食事代が浮く。
 休憩中など、役者を目指しているんだと打ち明けたとき、やや乱暴に肩を叩かれて「頑張れよ!」と多くの職場仲間が言ってくれたのを励みに、挫けそうになっても頑張れた。最初に感じていた苛立ちや焦燥感の源はマイナスには働かなくなってきていた。
 そうすると不思議なもので、名前は無いが役をもらえるようになってきた。生活出来るほどの給料は貰えなかったが、確実にギリアムの心を高揚させた。
 ある日、雨が降り出して仕事が中断してしまい、いつもよりかなり早く自宅に帰った時のことだ。
 自宅と言っても、辛うじて人が住めるようなボロボロの安いアパートだったが。
 そこの大家が帰ってくるギリアムを大慌てで呼びつけ、電話に出るように促す。ギリアムは電話は勿論携帯電話すら無かった。そのくらいの貧乏だった。第一その頃はまだそれほど携帯電話は普及していなかったのだ。
 映画会社からの電話だった。
 フーパーですが、と名乗った直後に映画会社だと向こうが名乗り、途端に手が震えた。先だって受けたオーディションの映画だったから。
 受話器を握る手がじわじわと汗ばむのが判る。
 相手方が伝えたことは「合格おめでとう」、だった。
 端役だが、初めて名前のある役だった。電話の相手は必要事項を伝え、ギリアムは一言一句逃さぬようにメモをとる。向こうが電話を切ったのをまってから受話器を置いて、心配そうに見守っていた大家を思い切り抱きしめた。
 痛いよ、と大家は言っていたがとても嬉しそうにしていたのを、今でもはっきりと覚えている。
 部屋に戻り、ギリアムは心から神に祈りを捧げた。
 合格は自分で勝ち取ったものだが、それが出来たのは応援して支えていてくれる人が居たからだ。そんな人たちと巡り合えたのも、神の采配によるものだと、敬虔なクリスチャンであるギリアムは思った。
 
 
 
 その端役が切欠となったのか―度々ギリアムに仕事が来るようになった。主役ではないものの、準主役や、端役でも重要な役割を持つ役など、映画会社や監督からの指名が多くなった。
 内容はアクションやサスペンス等が多かった。体格の良さを見込まれて軍人や刑事の役が特に多かった。
 彼が準主役を勤めた映画はかなりの大ヒットを記録した。しかもギリアムの演技はかなりの高評価を受けた。
 だがそれと同等――もしくはそれ以上に重要な出会いが、その映画にはあった。
 
 映画だから当然だが、スタイリストがつく。ギリアムの担当になったのは若い、姿勢の美しい東洋人だった。
 艶やかな黒髪をきっちりと、しかし堅苦しい印象を受けない纏め方をしているのはさすがスタイリスト、と言ったところだろうか。
 意志の強そうなまっすぐの黒曜石のような瞳をしていた。
「宜しく、キョウコ・ハイバラです」
 感じのいい笑顔ですっと握手を求めてきた。
「あ、ああ。ギリアム・フーパーだ。宜しく」
 キョウコと名乗った女性のその一挙手一投足に気を取られて、その日の打ち合わせは然程頭に入っておらず、後でマネージャーに散々怒られたのは言うまでもない。
 
 
 キョウコは日本人だそうだ。ハリウッドでスタイリストを夢見て、大学からアメリカに住んでいるらしい。
 この事は、別の女性スタッフから聞いた。ギリアムに気を利かせてくれたのだろう。
 彼女はよく笑い、人の話をしっかりと聞き、勤勉に仕事をこなしていた。
 何度もギリアムはキョウコを食事に誘おうとしたのだが、いまいちタイミングがつかめなかった。
 別に普通に誘えばいいだけじゃないか、と、誘えなかった度に、ギリアムは頭を抱えて悩んだ。
 けれどキョウコの前に行くとどうにも言葉が上手く出ず、当たり障りの無い会話か仕事のことになってしまう。どこが良いのか、と聞かれたらギリアムは返答に困るだろう。
 どこがなんてレベルじゃないのだ。キョウコが笑っていると嬉しいし、仕事でミスして怒られたりしたらこちらまで居た堪れない気持ちになる。休みの日は何をしているのか気になるし、好きな食べ物や飲み物、趣味はなんだろうと気にかかる。
 ー何より、恋人の有無が。
 多少の恋愛は経験してきたが、こんな気持ちになるのは初めてだった。
 
 ある時、二人で休憩に出るときがあった。
 勿論というべきか、スタッフが気遣ってくれたのだ。スタッフ曰く、キョウコ以外には皆にバレている、そうだ。
 割と嘘をつくのが上手い―と思っていたが、こういうことには全く効果が無かったようだ。
 少しだけ先を行くキョウコに歩く速度を合わせているが、彼女はどこに行こうと約束したわけではないのにさくさくと道を行く。
 行きたい店があるのだろう、と思っていたが、キョウコが迷わず入ったのはスターバックスだった。
 ギリアムは僅かに驚いた。好きな店が同じなのだ、とドキリとした。
「……キョウコは、スターバックスのコーヒーが好きなのかい?」
「? 大好きって程ではないけど、フーパーさん、ここのコーヒー良く飲んでるから、ここがいいかなって思ったの」
 かあ、と頬が高潮するのが判って、ギリアムは天に仰いだ。いまどき中学生でもこんな照れ方はしないぞ、と自分に言い聞かせる。
 見られていた事が恥ずかしく、だが何より嬉しくて、言葉を失う。
 そんなギリアムを不思議そうに見つめていたが、「オーダーしてくるわね」とレジに向かってしまった。恙無く注文するキョウコを見ながら、ギリアムは心からスタッフと神に感謝を捧げた。
 
 
 撮影所やコーヒーショップの近くにある自然公園のベンチで、二人並んでのんびりとコーヒーを嗜む。程よく晴れた暖かい日差しが心地よい。
 何とはなしにお互いの話をする。ギリアムは極貧時代を何故か武勇伝のように語ってしまった。キョウコは目を丸くしたり腹を抱えて笑ったりしながら聞いてくれた。
「わたしの名前ね、漢字だとこう書くの」
 日本に興味がある、と言ったら、キョウコはバックから手帳を取り出して、漢字で名前を書いてくれた。
「杏の子って書くの。珍しい名前じゃないんだけど、気に入ってるの」
 柔らかい印象を受ける字体で、全く馴染みのない文字。
「母が付けてくれたみたい。でも、丁度杏がなる時期だったからっていう理由なんだけどね」
 母親、と言葉を聴いて、ふとギリアムは母親を思い出した。
 何年の前から連絡を取っていない。感動されて家を出たのだから無効から連絡が無いのは当たり前だし、第一こちらの住所を知らせていない。
 母親は良く笑う人だったのに、最後に見た泣き顔だけがやたらと思い出される。元気で居てくれているだろうか。
「……どうしたの?」
 心配そうにキョウコが顔を覗き込む。
「いや……実は」
 初めて誰かに、勘当された日のことを話した。淡々と、静かに。ずっと真摯な眼差しで聞いてくれた。
 ギリアムには離している間はとても長く感じられたが、実際には5分かかってはいない。
 話し終えた時、キョウコがあの印象的な黒曜石の瞳でギリアムを見つめた。
「連絡くらいはしても平気だと思う。ご両親もフーパーさんの事、本当は心配してらっしゃると思うわ」
 それを聞いた時、何故かギリアムは天啓が降りたように感じた。
 格別の言葉ではない。ただ、第三者の客観的な意見にも関わらず、とても救われた気持ちになったのもまた確かだ。
 ギリアムは衝動に身を任せて、キョウコの手をぎゅっと握った。
 
「結婚しよう」
 
 後日、ギリアムは何故あの時「好きだ」ではなく、そう言ったのかを良く覚えていない。
 彼女はとても驚いた顔をしたが、嬉しそうに笑って、「はい」と答えたのだった。
 
 
 
 二人が出会った映画はまずまずの興行成績を上げ、ギリアムには早速映画の以来が舞い込んだ。
 念願の主演だった。
 一緒に暮らし始めていたキョウコも飛び上がって喜んでくれた。
 この映画が終わったら正式に結婚しよう、そして―
 両親に会いに行こう、そう、決めた。
 
 幸いというべきか当然というべきか。
 初主演作は大ヒットした。正統派ガンアクションにしてミステリ要素があったのも要因だろう。凝っているのに難解ではなく、アクションは観た者が心躍らせ手に汗握る迫力があった。
 公開されてすぐに結婚した妻を連れて実家に連絡無しで帰った実家で、母親が待っていた。大分小さくなったような見えた母親だったが、息子の帰還を泣いて喜び、妻に驚いていたが、すぐに二人は打ち解けたようだ。
 父親がやがて帰ってきて、ただ一言、
「おかえり。遅かったな」
 そう言った。相変わらず厳しそうで、相変わらず父だった。
 スターになった息子ではなく、21で家を出た息子の帰還と結婚を、ただ喜んで祝ってくれたのが、何より嬉しかった。
 結婚を機に、日本の銀幕市へと移住した。こちらでの撮影も大分多かったし、日本には一度住んでみたかった。
 それから今に至る生活は順調そのものだった。子供にも恵まれ、仕事も精力的にこなしてた。
 
 
 
 
 
 
 ギリアムは冷めてしまったコーヒーを見つめながら、何故あの時、妻があんな唐突なプロポーズを受けてくれたのかが不思議だった。相手もこちらを好きだった、ということなのだろうが、聞くほどの事でもないかな、と今まで聞かずに居た。
 若いスタッフが休憩の終了を告げに来たのはそんな時だった。
 
 
 撮影は恙無く終わった。
 帰りの飛行機の中で、ギリアムは家族を思った。
 この後暫く休みがあるが、プロモーション期間で長くまた家を開けることになるので、いっそ3人で長期の旅行にでも行こうか、と計画しているのだ。自分は特に行きたいところがあるわけではなく、妻と息子の行きたいところに行きたい。息子はアメリカのテーマパークかベースボールスタジアムかな、と自然と笑みがこぼれる。
 しかし、その計画は破綻させた。
 空港で出迎えてくれた妻と息子の顔を見て、銀幕市に居よう、と思ったのだ。
 家族水入らずの旅行も良い。
 だが、家で家族のんびり過ごすことの方が、良い様に思えたのだ。
 妻と共に息子を幼稚園まで送り届け、妻の代わりに掃除をしてみたり、二人で日用品の買出しに出かけたり、息子を迎えに行って一緒に昼寝したり。
 これができるのは自宅に居るからだ。
 息子を肩車して、頭上から「こんどはいつまでおうちにいるの?」と尋ねてくる。
「当分居られるよ。暫くお母さんの代わりでもしようか」
 父親との再会と当分居ることはとても嬉しいようだが、母親の代わりは気に入ってもらえなかったようで、思い切り拒絶された。
 がっくりと落ち込む夫を見て、妻は爆笑するのを堪えていた。
「ぼくうみにいきたい!」
「!? う、海……か? まだ時期的に早いんじゃないかな……それより、野球場とかはどうだ?」
「ぎんまくしにやきゅうじょうなんてないもん。ダイノランドにいきたい!!」
「……そうだな、なら、父さんは浜辺に居ることにするよ」
「なんで? おとうさん、およぐのうまいじゃない」
 息子の指摘に、ギリアムは返答に詰まった。
 ギリアムは役に入り込んでいるから、その分鋭い演技が出来るのだが、稀に弊害も出る。
 今回の役は、“訓練中に海で溺れて水恐怖症になって退役した海兵隊員”だった為、ちょっぴりだけ、本当に水が怖くなってしまったのだ。しかし格好悪いので、息子には打ち明けられない。
 妻は何となく察したようで、肩を震わせている。
 質問攻めの息子にたじたじになりながら、こんな些細なことすら、また、幸せなのだと。
 ギリアムは幸福感を噛み締めた。
 
 
 
 プロモーションでまた世界中を飛び回っている間、一番多かった質問がある。
 
 “何故恋愛映画の終盤で爆発があるのか?”
 
 というものだった。
 
 個人としてのギリアム・フーパーと家族が切り離せないように。
 ムービースターとしてのギリアム・フーパーには、爆発が切り離せないようだった。

クリエイターコメントはじめまして、このたびはオファーありがとうございました!
お届けがぎりぎりになってしまった申し訳ございませんでした。

とっても素敵なPCさんで、優しさや人としての大きさ、家族への愛情の深さが表現できていれば良いのですが!
実はBSを拝見して以来のファンだなんて、内緒です。

重ね重ね、この度は誠にありがとうございました。
誤字・脱字、言葉遣いやイメージの違和感等ございましたら、善処させて頂きますので、遠慮なくご連絡下さいませ。
公開日時2008-09-03(水) 19:50
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