★ アリストテレスはかく語りき ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-1072 オファー日2007-10-26(金) 00:54
オファーPC 結城 元春(cfym2541) ムービースター 男 18歳 武将(現在は学生)
ゲストPC1 ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
<ノベル>


 結城元春はゆっくりと市内を歩いていた。
 高い位置でくくった髪がかすかな風と慣性に従って僅かに揺れる。
 今時まだ少年ともとれる年頃の青年が正月でもないのに紋付袴で歩いている様は少々物珍しいが、銀幕市では特に誰かが注目するわけでもない。大小もさしていたが、これも別段珍しくはない。
 よくよく彼を観察すれば、どこか物寂しそうな表情だったのに気付いたかもしれない。だが彼は武士である。 不器用なまでに真っ直ぐで時に愚かしいが、人前で弱い所を見せないものなのだ。
 季節は完全に秋へと移行している。大分肌寒くなってきている。
 元春は時折感じる寒波に僅かに首をすくめる。
 空を見上げると、所々に雪のように白い雲が青空を漂っている。吐く息はまだ白くはない。
 ここは一体何処なのだろう。
 何度目かも判らない、疑問とも諦めともつかない一言が頭を過ぎる。
 この街はあまりにも異質だ。映画の人物が実体化したからとか、そういう段階ではなく、元春の居る世界からあまりにかけ離れているのだ。
 元春の世界には、勝手に走る乗り物はないし、映画なんてものもない。悪夢と言うには楽しい事もあるから、やはりここはまどろみの中だとしか思えない。
 結城の家の者は無事だろうか。これから戦が始まり、結城家嫡男たる自分が先陣を切らねばどうする、臆病者の謗りを受けたら、その汚名は何として雪ぐ。その汚名は自分だけに着せられるものではない、結城家、そしてYAMATO国全土に注がれるのだ。そんな汚濁にはとても耐えられそうにない。
 眼の前にあるブランコの鎖を軽く引っ張る。ぎぃと鉄くさい音を立ててそれは元春の方へと引き寄せられる。ゆっくりとした、だが無駄の無い所作でブランコに腰掛ける。
 ぎぃぎぃとブランコが揺れる。YAMATO国でも似た様な物があった。鎖ではなく丈夫な縄という違いはあったが、元春がごく小さな頃に彼の側仕えが作ってくれたものだ。稽古や勉学の合間の休憩にそれで遊ぶのが、元春は気に入っていた。
 ふと目線を上げると、そこには一匹の大きなトナカイが立っていた。
 悠然と佇むその仕草に、引かれずには居られない。何より元春は大の動物好きなのだ。
 すいと立ち上がり、トナカイの側に近寄る。
 「おお……素晴らしい毛並みをしておるな、そなた」
 ゆっくりと優しく、トナカイの背中から腹に掛けての毛並みを撫でる。
 「お前は一人か? 俺は一人だ。これからどうすれば良いのだろうな……結城の家の者も、無事だといいのだが……」
 真情を吐露し、改めて不安や寂寥感を認識したのか、元春の目元には涙が滲む。
 周りには誰も居ないし、居るのは大きなトナカイのみ。油断しているのか安心しているのか、徐々に涙だけでは済まなくなってくる。
 「……ぐすっ」
 ポロリと大粒の涙が一滴だけ、落ちる。
 「ヘイ、ボーイ。何がそんなに哀しいんだ?」
 低く貫禄に満ちた声が元春の耳に届く。
 驚いて顔を上げると、そのトナカイはニヤリと笑った。長い下睫が印象の、(元春からすれば)いやらしい笑い方をするトナカイだった。



 ルドルフは悠然と街を闊歩していた。
 実体化してから然程の間は無いのだが、市役所の配慮で好物のイネ草は満足に食べられている。そう、あれはやはり最高の草なのだ。ルドルフはトナカイだから、肉だって食べられない事もない。トナカイって実は草食性の強い雑食。しかしルドルフが愛するものはイネ草とウォッカとイネ草と可愛らしい女の子。
 銀幕市に実態してからと言うもの、彼の言う所の“バンビちゃん”、つまり可愛い女の子に歩く度に囲まれたり、「おじ様、背中に乗せて!」と頼まれたりと、正直ちょっとウハウハなのだ。
 戸惑いがなかったとは言えない。
 だが幸いにもこの銀幕市は彼の居た世界と似通う部分が殆どだ。生活するのに不便は無い。唯一大変だという事は、住処にしている公園の芝生をついつい食べてしまって管理人さんに叱られてしまう事だろうか。
 仕事の方も、以前同様に宅配便の運び屋をしている。給料はそこそこ上がってきた。なにせお子様に大人気だし、若い女性にも重宝がられている。
 ルドルフとしても誰かの喜ぶ顔はいい酒の肴になる。
 のんびりとポクポクと蹄を鳴らして、最近の塒であるこの公園へと帰ってきた。今日・明日と久しぶりの連休である。なので昨夜はちょっと小洒落たバーでじっくりと飲んだ。いつもならストレートのウォッカなのだが、たまたま出会ったバンビちゃんと飲んだので、カクテルのウォッカ・マティーニ。度数は36度、辛口。
 大人の男には似合いのカクテルだ。ステアでなくてシェークで。
 ルドルフは紳士なので、滅多矢鱈とお持ち帰りなんて無粋なマネはしない。背中にバンビちゃんを乗せて家まで送り、その後は別のバーに行き一人でまったりとウォッカを嗜んだ。
 お酒が入ってご機嫌だし、仕事を終えてご機嫌だし、バンビちゃんと飲んでご機嫌だ。
 カポカポと歩いていると、目の前には見慣れない少年とも受け取れる青年がブランコに腰掛けていた。
 どうにも落ち込んでいる雰囲気だ。
 なんだか珍しい格好をしている。着物だと言う事は知っている。
 なんとはなしに凝視していたら、向こうから寄ってきた。
 断りもせずにルドルフに触りだす。しかしその手つきは優しく、そして心地良いものだった。
 するといきなり泣き始めた。ついついルドルフはからかいたくなる。
 
 「ヘイ、ボーイ。何がそんなに哀しいんだ?」
 
 
 
 元春はビックリして、その双眸を瞬かせた。
 トナカイが―ルドルフが人語を解するなんて思ってなかったのだ。無理もない。
 「べつ、別に哀しくなど無い!」
 「何言ってんだい、ボーイ。その瞳から零れる雫はいったいなんだ?」
 「こっ、これは、その。……心の汗だ!」
 ぐいっ、と乱暴に目元を拭う。手の甲には紛れもなく水分が付着していて、誤魔化しようがない事に気付く。しかし人前で涙なぞ見せられないから、ルドルフを怒鳴りつけて誤魔化す。自分でも恥ずかしくて情けない。
 武士たるもの、人前で泣くものではない。
 厳格な父に、物心付く前からそう言われてきた。元春自身もそう思うし、父の教えは絶対だ。
 「ははは、まあボーイの歳なら、パパやママが恋しくても仕方ないさ。なあ?」
 にやにやと笑いながら、ルドルフはその立派な蹄で元春を軽く小突く。
 元春の顔にさぁっと朱が差す。パパやママと言う単語は、学校に通っているうちに知った。
 両親や故郷が恋しいのは確かにそうだ。
 だがそれを第三者に指摘されるのは、元春にとって屈辱以外の何物でもない。
 「なんだったら、俺が慰めてあげようかい?」
 立派な角を軽く元春の頬に当てる。
 「う、煩い!!貴様には関係ない!!!」
 「つれないね、ボーイ。寂しいんだろ?」
 ルドルフはますます元春をからかいたくなる。反応が素直すぎて面白いのだ。
 「何度言えば判る!俺はそんな惰弱者ではない!」
 きっ、と元春はルドルフを睨みつける。ルドルフからしてみれば、自分の半分も生きていない年頃の少年が精一杯肩肘を張っているのが楽しくて仕方がないのだ。勿論悪気なんてない。
 「おや、難しい言葉使うねぇ。何もそんなに起こる事ぁないだろ?寂しいのは仕方ないさ、ボーイ」
 大きな蹄で起用に元春の身体を突く。
 元春はルドルフを睨みつけたまま、やはり怒鳴りつける。最早彼にとってルドルフは、可愛い動物ではなく、単なる嫌味なオッサンだ。オッサンなんて言葉は使わないが、そうなった。
 「黙れ黙れ黙れ、この無礼者!!」
 「どこがだ、ボーイ?俺はお前さんを……」
 「黙れ!」
 元春の鋭い声が響き、その途端辺りが一瞬にして様変わりする。
 辺りは銀幕市にある公園ではなく、荒涼とした大地に。
 はっと見渡すと、元春を中心して騎馬隊が出現する。自身も一際立派な馬体をした軍馬に乗っていた。
 「……お前さんのロケーションエリアってやつかい?」
 「二度とその毛塗れの顔を俺に見せるなー!!」
 若干……というか、確実に泣きながら元春は軍馬に跨り空を翔る。他の騎馬隊も倣って元春の後を付けて行く。
 「ったく、なんだい。あのボーイ……」
 呆れつつボソリと呟いた直後、ルドルフは体の変化に気付く。
 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 絶叫。クールで落ち着いた彼にしては非常に珍しい事である。しかし叫ばずにはいられない。
 何故なら。
 ルドルフは。
 元春のロケーションエリアに巻き込まれて。
 
 軍馬と化していたからだった。(しかも格好だけである)

 トナカイであるという事に、誇りを持っているルドルフとしては、これこそ耐え難い汚辱である。
 「ちょっと待てぇぇぇぇえええい!」
 怒鳴りながら、ルドルフも天を翔ける。
 傍から見たらとても不思議な光景だ。騎馬隊を軍馬のコスプレしたトナカイが追うのだから。
 
 
 
 
 「ヘイボーイ!!よくも俺を馬なんぞにしてくれたな!?」
 「喧しい!馬の扱いで喜べ!!」
 「誰が喜ぶか、俺はトナカイだ、馬と一緒にするんじゃねぇ!」
 「トナカイシカ鹿科ではないか!馬はウマ目ウマ科だ!」
 「誰が鹿だっ!?俺はトナカイだ、鹿の奴らとなんか一緒にするなと何度言えば判るんだ!」
 晴れた銀幕市の大空で、馬群の中で罵りあう。建設的とはいえないが、お互い言い負かさなければ気が済まない。
 追いかけるルドルフ、逃げる―もとい、目的地を探す元春。
 それほど高くは飛んでいないので、結構人目にはつく。
 「あれなんだ?」「馬じゃね?」「いや馬空飛ばねっしょ」「じゃ鳥か?」「とくれば飛行機か?」「なら俺、(検閲により削除)っていえばいいのか?」「つか人類じゃなくて馬だろ、アレ」
 ・・・・・・等など、好き放題いわれている。
 それらには勿論気付かずに、二人(一人と一頭)は空を翔る。 勿論、軍馬郡も一緒に。
 銀幕市民は、そんな光景には慣れっこだったから、噂話以外の反応はとらなかったけれども。
 
 
 
 凡そ、30分。
 元春のロケーションエリアが過ぎ、ルドルフも軍馬から立派なもふもふトナカイに戻った。
 降り立った場所は山の中だった。大分郊外までは飛んできた様に思える。
 元春とルドルフ氏隣り合わせに立っている。勿論視線は合わさない。ぷいと反対方向を見つめている。
 森の合間から遠くを眺めると、随分遠くに銀幕ビバりーヒルズや市立病院が小さく見える。
 ち、とルドルフは小さく舌打ちをする。色々な事柄について。
 「ヘイボーイ。街へ帰ろうぜ。俺達にはこんなシャバい場所は似合わない」
 「……帰りたければ一人で帰れ。俺は散策していく」
 「なに意地張ってんだ、乗せていってやるぜ?」
 普段は相棒のニコライかバンビちゃんしか乗せないルドルフだが、この場合は別だ。人命がかかっているというほどではないが、こんな山の中で子供(ルドルフからしてみれば)を置いて行く事は出来ない。ロケーションエリアも一日一度だけだから、先程の軍馬に乗って帰る事もできないのだから。
 「いらんと言っている!何度いえば判る、この駄馬!」
 「鹿でもなければ馬でもないっ!そっちこそ何度いえば判るんだ?」
 クールなトナカイらしくもなく、つい激昂してしまうのはトナカイである矜持故。
 「喧しい!勝手にしろ!俺も好きにする!」
 くるりと踵を颯爽と返し、元春は山の中へと入って行く。
 そこまで言われて、追いかけるほど甘くもなれないルドルフも、その立派な蹄で1度地面を掻いて、そのまま元春とは別方向へと歩いていった。
 
 
 遊歩道はある程度コンクリートで舗装されていたので、ルドルフが歩く度にポクポクと可愛らしい音がする。 元春が苛立っていた理由を、道中暇なので考えてみた。
 きっと、不安なのだ。
 家族と離されて。行く当てもなく。何を成すべきかも判らず。まだ二十歳にも満たない子供が。だからつい苛立つのだろうし、正面を突かれると図星だから返す言葉が見当たらず当たるしかない。
 現に、そんな事も言っていた。少しからかい過ぎただろうか。
 ふう、と休憩がてらに吐いた息は既に白い。山の中の林道だから、街中よりも大分寒い。夏は快適だろうが冬は体に堪えそうだ。人間には。ルドルフには立派な毛皮があるから別段どうと言う事はない。
 ふと、相棒のニコライを思い出す。彼は寒さや暑さなど気にしない奴だった。今頃何をしているのだろう。機にならないといったら嘘になる。彼は自分と同じ様に、仕事に高い誇りを持っている。だからこそ物騒な場所や危険な行動もとれたのだ。口から出るのは毒舌の応酬だとしても、そこには深い信頼関係がある。
 ある日突然この銀幕市に呼ばれて、ムービースターと呼ばれて。戸惑いがなかったといえば嘘になる。
 だが現状、何をどうすればよいのか誰も判っていないし、ルドルフ自身に心身ともに変化があるわけでもない。嘆くだけは時間の無駄だ。ロケーションエリアと言う能力が付随したが、それすら生きていく上では差し支えはない。
 それならばいっそ、精々この街で楽しんで生きるのが、より有益ではないだろうか。それがイカした男の生き方さ、とルドルフは述懐する。
 カサ、と枯葉の音が背後から聞こえた。
 草食性の強い雑食とはいえ、肉体的にはほぼ草食動物だから、当然ルドルフの視野は広い。左右どちらかにいればもっと早くに気づく事ができたかもしれないが。
 振り返ると、深く黒い色の毛皮を纏った一頭の狼が、感情のこもらない瞳でルドルフを見つめていた。
 体が強張る。
 被捕食者の宿命だろうか。捕食者に見られては食われるという本能が記憶している恐怖から逃れることはできない。立ち向かうことも後ずさる事すらできず、喉の奥を低く鳴らした狼が、そんなルドルフを見て、一瞬確かに、笑った様に、そう、見えた。
 
 
 元春は立ち去ったと見せかけて、実はルドルフの後を付けていた。
 帰り道を調べるには骨が折れそうだったから、あれの後を付けて帰れば迷う事はないだろうと言う目論見である。ちょっと小賢しい手段の気もしたが、「これは戦術の一環だ」と自分に言い聞かせている辺りが、元春のまじめさを方って言うようにも思える。
 こっそりと尾行している間、先程の結城家の騎馬隊を思い出す。ロケーションエリアを展開した時にだけ会える。だが滅多矢鱈と使っていては、女々しいと思われるだろう。それだけは避けなければならない。自分は、男なのだから。
 ずっと苦しさや寂しさを押し込んでいたのに、あのトナカイときたら、初対面で人の心にズカズカと踏み込んでくる。なんと無神経な奴なのだろう。
 元春の視線に全く気付かないでぽくぽくと歩くルドルフの後姿を思わず可愛いなんて思ってしまったのはここだけの話。第一そんな自分の考えに、元春は大きく頭を振って否定する。
 その時。
 元春の視線の先。同じ後方にいながらもお互いを認識するには些か遠い位置に。
 立派な毛並みと体格をした狼がいた。
 ルドルフを狙っているようだ。
 あの馬鹿、なんで逃げない! 戦えるのか?!
 怒りつつもルドルフを見やれば、彼は4本の足全てをガクガクと震えさせている。黒く大きな瞳にも涙が浮かんでいる様だ。
 ―いい気味だ。
 そう、思った。
 しかし。
 弱き者を見捨てる事は、武士としての在り方だろうか?
 例え気に食わない奴であろうとも、困っている者に手を差し伸べてこそ、男子であり、武士であるのではないだろうか。
 父の教えを思い出す。
 一瞬の精神統一の後、元春は大刀の柄を握った。
 
 
 
 「何をしている! 早く逃げぬか!」
 凛々しくよく通る声が、林道にこだまする。
 ルドルフが反射的に顔を向けると、木々の間から元春が俊敏な動きで前に降り立つ。
 立派な刀を構え、怯む様子など欠片も見せず狼を睨みつける。
 その眼光と刀に戦いたか、狼は笑みを止めた。ルドルフにはそう見えた。
 元春が一歩踏み出す。
 狼が僅かに身動ぎした後、後ずさる。
 何も言わずに元春はまた間合いを詰める。狼は。
 ルドルフはまだ震えの止まらない体で、じっと成り行きを見つめている。
 時間に換算したら、僅か数秒だっただろうが、ルドルフには何分にも数十分にも感じられる時が流れた。
 そして雌雄は決した。
 狼が、文字通り尻尾を巻いて逃げたのだ。
 元春は逃げた後も長い間去った方向を睨んでいたが、物音も気配も無くなってからやっと、ルドルフを見上げた。
 「……奴は去った。安心するがいい」
 ぶっきらぼうに言い捨てる。恩を売りたくて助けた訳ではないから、礼を待っているなんて勘違いされたら、屈辱だ。ルドルフの進行方向であったと思われる方へと、爪先を向ける。
 「ありがとよ、お陰で助かった」
 心底安堵したルドルフの声に、元春は振り返り、彼を見る。ルドルフは照れた様子ながらも、深い感謝がこもっている瞳を元春に向けている。
 「俺ぁどうにも、あいつ等は苦手でね。お前さんに対して偉そうな事を言っておきながら、俺もまだまだ未熟者って事かね?」
 「そ、そんな事はないだろう!誰にだって、苦手なものの一つや二つはあっても不思議ではない!」
 想像もしなかった言葉が、勝手に口から飛び出る。
 ルドルフと言う奴は、今まで元春の周りにはいなかった。苦手なものを見られたからと言って卑屈にもならずに告白する。弱点なんて在るべきではないと思っていた。
 しかしこのトナカイは。
 「さっきは悪かったな。ちょいとからかい過ぎた」
 素直に謝罪する。
 それを耳にした時、不思議なくらい怒りが冷えて溶けていくを感じた。
 「いや、俺こそ馬などと言って申し訳なかった」
 それを受けたルドルフは、「気にするなよ、ボーイ」と言わんばかりに頭を振り、少し屈んだ。
 「どうした?」
 「乗れよ。いや、乗ってくれるかい。街まで戻ろう」
 男を乗せる気になったのは、いつくらい振りだろうか。勿論、相棒は別だ。
 元春は暫く驚いていたが―すぐに破顔した。しかしきゅっと顔を戻す。武士たるもの、すぐに笑ってはいけないのだ。
 馬に乗る要領で、ルドルフに跨る。
 馬の背よりももっと柔らかく温かい。そっと掴んだ鬣もなんともいえないさわり心地だ。
 「じゃあ行くぜ。寒いのは少し我慢してくれ」
 「う、うむ。気にしなくていいぞ」
 返事を受けて、木々の合間からルドルフは空へと翔ける。
 騎馬隊よりもできるだけゆっくり、空を舞う。
 銀幕市にまだ今一つ馴染んでいないだろう元春に、この街を見せてやりたくなった。
 ここは確かに自分たちムービースターと呼ばれる存在にとっては、異郷の中の異郷だ。しかし、食べるものも美味しいし、可愛いバンビちゃんは沢山いるし、そう捨てたものではない。
 それを、少しだけ感じて欲しくなったのかもしれない。
 
 
 
 ゆったりとした空中散歩が終わり、二人が出会った公園へと戻ってくる。
 元春はルドルフに足が当たらないように注意を払いながら、彼の背から下りた。
 「ありがとう、とても気持ちが良かった」
 騎馬隊で空を飛んでいるときには、楽しさを感じる余裕などなかったからか、元春は僅かに笑みを浮かべて素直に謝意を表した。
 「なぁに。これくらいどうって事ぁないさ。また乗りたかったら言ってくれ。お前さんならいつでも大歓迎……っと。俺はルドルフ。お前さんの名前は?」
 「これは申し送れた。俺は結城少輔次郎元春だ。宜しく頼む」
 丁寧に礼をしながら、元春が名乗る。ちょっと堅苦しいな、とルドルフは心の中で苦笑したが、それだけ元春が礼儀正しいという事だろう。
 「……俺がベソをかいていた事は、父上や皆にも秘密だからな……?」
 「オーケイ。この蹄に誓って」
 すっとルドルフが右手(右前足?)を差し出す。
 やはり彼は笑っていたが、その笑みはからかいの意味合いはなく。むしろ頼もしさすら感じされる笑みだった。
 元春もそれにつられたか、歳相応の笑みを浮かべた。もしかしたら、無意識に。
 そして差し出された蹄に、自分の握りこぶしをかつんと合わせて、お互いニヤリと笑いあった。
 
 銀幕市に着てから、やっと、安堵することができた様な、そんな気が、した。

クリエイターコメントはじめまして、この度はプライベートノベルのオファー、まことにありがとうございました。
受理から納品まで、大分時間をかけてしまって申し訳ありませんでした。

初めてのプライベートノベル、こんな素敵にお二人。
生真面目な青年と素敵な叔父様はたまりませんね!(真顔)
二重に嬉しい初プラノベでした。

ほんの少しでも楽しんで頂ければ、何よりの幸せです。
お二人のこれからのご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
公開日時2007-11-23(金) 22:10
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