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<ノベル>
1
「わ、このへん道、暗いなー。よく見えない……」
「……ライトつけたら?」
「あ、気がつかなかった! 太助くん、えらい!」
「……」
ここへ来るまでの間も、いろいろスリリングな思いをした太助であるが、多くは語るまい。どうすれば、三月薺に、あまり向いているとは言えない車の運転をやめさせられるのか、彼は考えたけれど、妙案は浮かばなかった。
ともかく、ふたりはそうして、再び、『黒薔薇館』にやってきたのである。
「わあ」
門の前で、本日の同行者と待ち合わせていたが、その姿に、薺は声をあげた。
それはさながら、時代ものの絵巻をもとにした、ひと夜のまぼろしのようだった。
申し合わせたわけではないようだが……、
斑目漆は漆黒の紋付袴。白く染め抜かれている門は九字の印だと知っていたものがいたかどうか。しかもよく見れば、生地には点々と桜の花が散っているのである。ただ首もとの赤いマフラーだけがいつもの漆だった。薺たちに、かるく手をあげて、挨拶する。
一方の少女は、白姫と名乗った。彼女は十二単にも似た豪奢にして華麗な衣装だった。かさねられたうすものは白に紅。
「知ってるぞ、『桜のかさね』っていうんだ」
太助は指摘すると、くるりととんぼを切って、自身もまた、同じ色合わせの狩衣姿になった。白姫がゆるりと微笑めば、髪に飾られた、真珠と銀のかんざしがゆれる。
一方、薺は、桜色のワンピースだ。連れているバッキーのばっくんにも桜のリボンを飾ったり、指にはめたシルバーリングにも桜の花びらの刻印があるのは細かい遊び。
それぞれに趣向をこらし、桜のいでたちをした4人の客は、黒薔薇館の門をくぐった。
雲がかかった青白い月影が、古めかしい館を、どこかなまめかしく照らし出す夜のことだった。
「ようこそいらっしゃいました。お目にかかれて嬉しいですわ」
スカートをすこし持ち上げて、オフィーリアは礼を述べる。
黒薔薇館のあるじは今夜も、ふんだんにレースをあしらった黒いドレスで客人を出迎えた。ただ、はしばしには銀糸で刺繍がされていることで、夜会の装いにふさわしい大人びた風情をかもし出している。そして前は流していたゆたかな髪を、この日は結い上げて、そこに留めた飾りが、桜の枝と花を模したものなのであった。
彼女が4人を招き入れたのは、先日の応接間とは違う広い部屋だ。
どうやらダイニングのようだが、ダイニングテーブルではなくて、低い応接テーブルとソファーとが運び込まれていた。
部屋の一方は庭園に面したガラス張りで、カーテンはすべてとりはらわれて、冴え冴えとした月光が差し込んできている。
そしてガラスの向こうにはきっちりと造りこまれたトピアリーからなる庭が見渡せた。植村の言っていたとおり、桜の木などはないようだが……。
「せっかくの夜会でしたけれど、今日のみなさんはお酒は上がられないようですわね。ワインは下げさせて、まずはペリエをお持ちしますわ。あとで何でもお好みのものを申し付けて下さいませね?」
皆にソファーをすすめ、自らも、そのひとつに腰を下ろす。
テーブルの上には、銀のトレーの上に並んだカナッペと、漆塗の盆の上にひと口大のかわいらしい手毬寿司とが用意されていた。
「わたくし、みなさんとお会いできるのをとても楽しみにしておりましたのよ。……薺さんと太助さんは、またいらしていただいて有難う」
「こちらこそ」
薺は微笑み、太助も、はにかみを見せた。
「そして漆さんと……白姫さんとおっしゃったかしら」
「お招きありがとうございます」
白姫は言った。
テーブルを挟んで、ちょうど対面にかけた白姫とオフィーリアは、さながら、和洋の姫君が時空を越えて邂逅したかのように見え、趣深いとりあわせだった。白姫の衣装にもどこか無国籍なところがあるし、オフィーリアも、桜の髪留めなどをつけているから、ふたりはまるで正反対の部分と、似通った部分を兼ね備えた姉妹のようにも見えた。
「僭越やけど、俺の今日の着物は『夜桜』にかこつけてみたんや。今日は、この屋敷の夜桜が見られるちゅうて聞いたんやけども」
「ええ」
オフィーリアはにこりと頷いた。
「まずはお目にかけないとはじまりませんわね。どうぞご覧になって下さいませ。黒薔薇館の――わたくしの桜を」
窓側のカーテンはとりはらわれていたが、そのかわり、広い部屋の、奥を、分厚い緞帳のような布が仕切ってあった。
青白い顔の執事服の男があらわれて、紐をひけば、その緞帳が、まさに舞台の幕そのままに、するすると上がってゆく。
そしてその向こうに――桜があったのだ。
「わ……」
「すっげーー」
「ほう」
「……」
薺は息を呑み、
太助は素直に感嘆の声をあげ、
漆はなるほどこういう趣向かと頷き、
そして白姫は興味深げにそれをじっと見つめた。
枝を左右いっぱいに広げ、満開の花がその枝を埋め尽くす。まさに咲き誇る、という形容がふさわしい咲きぶりである。いや、それとも――咲き狂う、そんな言い方のほうがふさわしかったかもしれない。背景は夜のぬばたま。そこに、霞がかかったように、ぼうっと、燐光さえ帯びて浮かび上がる桜の樹は、妖美というほかはない婀娜な風情であった。
「すごい。これ……誰が――」
誰が描いたのか、と、薺はそう問おうとした。
そう――。
実に120号はあろうかという、それは巨大なペイサージュのカンバスに描かれた、一枚の絵であったのだ。
黒薔薇館の夜桜として、オフィーリアが用意したのは、絵に描かれた桜の樹であった。
しかしなんと巧みで、凄まじいとさえいえる筆致だったろう。
枝ぶりは今にも、夜風にざわざわと揺れ、花の重みにしなりそうだし、雪のようにこぼれおちる花びらは、見る間にはらはらと、ダイニングの床に積もっていきそうではないか。
オフィーリアはただにこにこと、どこか謎めいたような笑みを見せるばかりで、薺には何も答えなかった。画家の名前を聞いたところでわからないだろう、という意味なのか、それとも、そのような質問自体が野暮だと思ったのか、それとも他の意図があるのか。
とにかく、ただこうして、絵画の桜を前に、夜の無聊を語らいによって慰めたいというのが、オフィーリアの今宵の趣向であったのだった。
「さ、どうぞ、召し上がってね。他にほしいものがあったら何でも用意させますから。……それから、ゆっくり、みなさんのお話をうかがいたいわ」
「あ、そうだった。何から話そうかな。……このあいだ、SAYURIさんっていう、きれいな女優さんがアメリカから来てね……」
話しはじめる薺。
オフィーリアと漆は話に聞き入り、太助はまず手毬寿司を遠慮斟酌なく、ぽいぽいと口の中に放り込んでいく。
そして白姫は、ただじっと、カンバスの桜を見つめていた。
その美しいおもては無表情に近かったけれど、血の色のような赤い瞳だけは炯炯と輝きを灯しているのだった。
2
夜は更ける。
黒薔薇館には、どうにも、あまり人の気配がなく、森閑しているのだが、存外、多くの人間がオフィーリアには仕えているらしく、入れ替わり立ち代り給仕があらわれては空いた皿を下げたり、飲み物を注ぎに来てくれたりした。皆一様に、整った眉目秀麗な容貌と、優雅な身のこなしを備えていたが、まるで人形のように気配を感じさせない男たちだ。
「これは、俺がキョウトでお館はんにこき使われとった頃の話や……」
だから一同は、場で語られる話のほうに、注意を集中することができた。
漆が語ろうとしているのは、彼がかつて存在した世界の挿話――。
テーブルの上にはいつのまにか人数ぶんの桜餅と、透き通った中にさくらんぼを収めたゼリー、そして、熱い日本茶が供されていた。
「都でいちばん、といわれたそれは見事な枝垂れ桜があった。その頃、その桜の近辺で、子どもらが次々に神隠しに会う事件があってなぁ……」
漆の語りが真に迫っていたからか、それとも、月光の差し込む中、あやしいまでに生々しい桜の絵画を前にしているからか、面々は、桜が舞い散る京の都の風景を、たしかに見た――と思った。
子どもが、泣いている。
はらはら――、はらはら――、と、桜の花びらが散る。
平安のみやこのはずれは、呑まれるような深い深い闇。
その漆黒を背景に、うかびあがる枝垂れ桜。
ああ、子どもが泣いている。
闇から闇へ、影から影へと飛び、風さえ越えて駆けてきても、漆の粋が弾むことはない。赤い首巻きだけが、闇夜の中にあざやかな残像をのこした。
「待ちや」
漆は声をかけた。
女は、ゆっくりと、漆に顔を向ける。
子どもは、女の腕の中で泣きじゃくっていた。
彼女は、子を抱いて、あやしている様子であったが――
「やっぱりおまえの仕業やったんか。緋櫻太夫」
にいっ、と朱をさした女の唇の端が吊り上った。
美しい女である。
女は、花魁だった。目にも綾な金襴の着物を着ている……というより、羽織っている。帯はとうにほどけ、着物の前も、襦袢も、すっかりはだけてしまっているのだ。そしてそこからのぞく肢体の、ゆたかなふくらみと、透けるような柔肌の白さが夜目に眩しい。
「男に裏切られて迷うたか。おまえはたしかに死んだはずやろ。この桜のしたで、自刃してな」
漆の言葉が聞こえているのかいないのか、女は、泣きやまぬ子どもを抱く腕に力をこめた。
「……! 待ちや。やめ……!」
異変に気づいて漆が叫んだときには、おそろしいことが起こっていた。
抱きすくめられた子どものからだが、その泣き声ごと、ずぶずぶと、女の身体の中に呑まれてゆくではないか。またたくまに、子どもをひとり呑みこんで、女の腹はまるで孕んでいるようになった。
「ややが、おったんよ」
いんいんと響く声で、女は告げた。
「あのひとの、ややが」
いとおしげに、膨らんだ腹をさする。
「あたしの……あたしと、あのひとの」
「……おまえは死んだんや。赤ん坊も生きてへん。……だからか。だから、子どもを……!」
ごう――、となまぬるい風が吹く。
桜吹雪が視界を埋めた。
「ま、待て!」
漆が叫ぶ。
桜吹雪の向こうに、女が身を翻すのを見たからだった。
身重とは思えぬ身のこなしで、女は闇の中へと跳んだ。
そしてあとを引く、狂おしい哄笑。
「そ、それで……?」
怪談じみたあやしい話のなりゆきに、薺は身を乗り出して聞き入る。
太助も興味深く話を聞きながら、ごくり、と桜餅を飲み下した。皿に手を伸ばすが、それを最後に彼のぶんはもうなかった。しかし、白姫が無言で、微笑を浮かべ、自分の皿を太助の前に滑らせる。狸は、満面の笑みを浮かべた。
「それから一晩、追い続けて、とうとう、最後はしとめた。もののけいうても、別嬪やったしなあ、後味はええもんやなかった。でも、ほんまに、後味がわるかったんは、そのあとや――」
茶で喉をうるおし、漆は続ける。
「それまでに神隠しに遭うた子どもらが、桜の下で見つかった。……実は、さらわれた子らはどれもこれも、たちの悪い、流行り病にかかっとったんや。それが、見つかった子らは、俺が助けた一人もふくめて、みんな、できもんひとつないきれいな身体で……病気は治っていた」
「それじゃあ」
「腹の中で、病を消してくれたんやなあ。……いちどは、ややを、おのれの腹のなかで死なせた。その償いに、今度はおのれの腹で、子らを生かして返しとったとはなあ……。女の執念ちゅうか、母性の凄さっちゅうか……」
物語のしめくくりに、漆は、懐中から出した手を開いて、ふっと息をかけた。
まるで、語りの中の、闇に消え行く緋櫻太夫の場面そのままに、部屋中に、桜吹雪が舞った。
漆の、ちょっとした演出だ。
オフィーリアは、ゆっくりと、拍手をしてみせた。
「お見事でしたわ、漆さん」
夢みるような表情で、はらはらと降る桜の雨をてのひらに受ける。
「でもその魔物は、さらった子どもを返すことになったのよね。漆さんは執着とおっしゃいましたけれど、魔物にまでなったのだから……それならどうあっても、子どもを自分のものにしたいと思うのが、本当の執着ではないかしら」
3
「あれ……どっちだっけ」
薺は、ぽかん、とあたりを見回す。どうも見覚えがない。
あの後、花吹雪に、文字通りの雪を連想した太助が、「そういや、大雪が降ったときさー」と、今年はじめの雪まつりの話をはじめる。どうやら、雪合戦で、見事、相手チームの旗を奪取した武勇伝を語りたいようだ。
薺はそっと席を離れた。部屋の入口に控えている執事に手洗いの場所を聞けば、能面のような顔の執事は無言で暗い廊下のつきあたりを指すのだった。
それで、用を足したのはよいが、どうも、この広い建物の中を、迷子になってしまったらしい。
「困ったな……」
などと呟きながらも、あまり困ったふうでもなく、散歩でもするつもりで、薺は歩く。
窓から差す月光に、壁に等間隔に飾られた額が照らし出されていた。今になって気がついたが、黒薔薇館には、やたら絵が多いのである。
ちょっとした画廊並みにはあるだろう。
ひとつひとつ見ていくが、この廊下に架かっているのはおもに静物の絵であるようだった。
「そういえば、男爵どうしてるかな」
などという思いが、通じたのだろうか。
(あ――)
なにげなく、開け放たれた戸口が気になってのぞきこめば、暗いナイトスタンドの灯りの中に、見覚えのあるずんぐりしたシルエットがよこたわっているのを見る。
「こんなところに」
そっと足を踏み入れる。板張りの床が、ぎし、と軋んだ。
妙に殺風景な部屋だった。
他の部屋はあんなに豪華なのに、と薺は首を傾げる。もっとも、男爵は、前はボイラー室に寝かされていたわけだが。
ベッドに近づく。
前に見たときと変わらぬ様子で、カエル男爵はそこに眠っていた。
(よく寝てる)
じっと寝顔を見つめる。
「……もう桜の季節なのにね……」
思わず、そんな言葉が口をついて出た、そのときだった。
「ウ――」
「!?」
低い、誰かの呻き声のようなものを聞いた気がして、薺はびくりと振り返った。
入ってきたときは気づかなかったが、部屋には、もうひとり、人間がいたのだ。壁にもたれ、足を投げ出した人型が、かずかに身じろぎする。
「あ……、すいません、勝手に入ってきちゃって……」
「……ウウ……」
「……? あの……」
おそるおそる近づいていく。
ナイトスタンドの灯りに、かろうじて見えたのは、そこにいたのが男であること。まだ若く、そして、どうやら白人であるらしいことだ。
「どうかしました?」
「……ここ……どこ、だ……」
「え? どこって、黒薔薇館ですけど」
「黒――薔薇……知らない……」
「あのー」
なにか様子がおかしい。どうするべきだろう。
「なんだよ、こんなとこで何やってんだ?」
ふいに声をかけられて、飛び上がる。太助が部屋にとてとてと入ってきた。
「……誰?」
「さあ。でもここがどこかわからないって。どうしよう。オフィーリアさんに知らせたほうがいいのかな」
「あ! 男爵だ!」
太助の興味は、カエル男爵に移った。
「男爵〜。まだ寝てんのか〜? もう啓蟄もとっくに過ぎたってのに……」
ぐに、っと皮膚をつまんでひっぱった太助だったが、はっとした表情で、手を離した。
「太助くん、男爵、起きちゃうよ……って、どうしたの?」
「……カエルって……変温動物か……。じゃあこんなもんか」
自分に言い聞かせるように呟く。
薺は、つられるように、男爵にふれた。そして、太助が言わんとしていることに気づく。――つめたい。カエルの肌は……あたたかいものではなかったかもしれないが、こんなに冷え切っていてもいいのか? これではまるで――
「あれ。あいつ、いないぞ?」
「はあ?」
今度は、もうひとりの男だ。
ちょっと目を離した隙に姿を消している。
薺は微妙に泣き顔めいた表情を浮かべた。いったい何なの? 太助がいなかったら、幽霊でも見たのかと悲鳴をあげていたかもしれない。
「へんだなあ」
くんくん、と太助は鼻をきかせる。
「なんだこれ……。なんか、ポップコーンの匂いするんだけど」
4
「そう、それは硝子と金属でつくられた桜でした」
ダイニングでは、白姫の話が続いている。今度は、彼女がもといた世界での話だ。
「わたくしたちの世界には、擬似的なものしか、植物などはありませんでした。マスターは、それでも、ご自身が愛した桜の姿を、そこに創造されたのです」
赤い瞳が、その記憶をスキャンするように、まばたきをした。
実際、彼女の脳裏――というべきか、キャッシュとでも呼んだほうがいいのか、とにかく呼び出された情報をためておく領域には、その美しい光景の記憶(ないし記録)が浮かんでいたのだろう。
舞い散る映像の花びらたち。そっとふれればすり抜けてゆく。ときに、情報の誤差が、映像をブレさせ、花びらの表面に走査線を走らせる。
「そしてときには、死者の記憶を、そこに映しだすことさえしました。……長い時の間には、この桜を手中に収めんとする輩があらわれることもございましたが――」
白姫の、ピジョンブラッドのような瞳と、オフィーリアのオニキスのような瞳とが、中空で交錯する。ふたりの少女は、そのせつな、お互いだけがわかる言葉をかわしたとでもいうように微笑み合った。そして白姫は続ける。
「そうした輩は、桜に呑まれました」
それがなにかの比喩なのか、文字通りの意味なのか、文字通りだとすれば、いかなる出来事があったというのか、白姫はそれ以上は語ろうとはしなかった。ただ、最後に、
「永遠をはき違え、玩ぶ方は、代償に永遠が持つ虚無に呑まれるのでございましょう」
という言葉で結ぶ。
しばしの、沈黙。
ずず……、と漆が茶をすする。はずしていた薺と太助が戻ってきたようだ。
「コーヒーを入れさせましょうか」
オフィーリアはふわりと笑って言った。
「チェリータルトもあるのですけれど、召し上がる?」
給仕に命じたあと、あの謎めいた微笑みのままソファーに体重を預けているオフィーリアは、月光をあびて、その白い肌はなにかぬめりさえ帯びているように見えた。
「それでも……」
そして、ふいに口を開く。
「永遠とは美しいものではないかしら」
白姫が顔をあげた。自分の言葉への返事とわかったからだった。
「たとえいくばくかの代償が必要なのだとしても……真の永遠のまえには、何であれちいさなことだわ。それならわたくしは永遠がほしい。そうは思わなくて、白姫さん?」
「わたくしの永遠は、マスターによって与えられたもの。拒みはしませんが、希求するのとは、すこし違うものかと」
静かに、夜会の時は過ぎていった。
むろんときには、笑いも起こった。薺は桜の花言葉を話題に出し、「『優れた美人』っていうのがあるんですって。オフィーリアさんみたい」といって、彼女を笑顔にさせた。
「今夜はとても楽しかったわ」
そして、もうだいぶ夜も遅くなり、頃合になると、オフィーリアはそう言って、夜会の終わりを告げる。
「みなさん、本当に、有難う」
「こちらこそ。お菓子もとってもおいしかったし」
「またいらしてね、薺さん」
「ええ。……あの、オフィーリアさん。カエル――」
「あなたが話して下さったSAYURIさんという方のこと、とても興味があるわ」
「…………え……」
「本当は黒薔薇館にお招きしたいけれど、それは無理かしら。薺さん、どう思う?」
「そうですね……お忙しいと思うけど……」
「でもいつか、お目にかかりたいわ」
「こっちから会いに行ったら?」
なんの気なしに、太助が言った。
オフィーリアは目を細めて頷く。
「そうね。それもいいかもしれないわね……」
「ふわぁ、なんや長居してもうたなぁー」
あくびまじりに、漆。
夜空の月の傾きを見て、館で過ごした時間を計る。
「それに、なんかこう……不思議な時間やった。それこそ、もののけにでも化かされとったみたいな……べつに悪いことはなんもなかったのに、そんな気がする。ほら、ようあるやろ、宿屋に泊まったつもりが、翌朝起きたら草原に寝とった、いう」
「それはタヌキのしわざだーい」
太助がくすくす笑って言った。
「ああ、うん……そうやけど……」
ぼりぼり、と漆は頭を掻いた。
「うまいこと言われへん。せやけど、なんかあのお嬢ちゃんは……」
「終わりを――望んでいない」
ぽつり、と白姫が言った。
「へ?」
「この館にあるものは、何ひとつ、誰ひとりとして、終わりを望んでいません。……わたくし、ここまで徹底的に拒否されたことはありません」
「ええ!? それってどういうこと?」
なにやら剣呑にも聞こえることを白姫が言い出したので、薺は驚く。
「べつに怒ってはいません。システムを使うも使わないもユーザーの自由ですから。ですが、わたくしはここではまったく不要なシステムと判断されたようですね。……ここでは、一切の終わりが拒否されている。……拒否させられている、のでしょうか」
白姫の独特の物言いを、はっきりと理解することは他の面々には難しいことだったし、白姫も特に説明しようとはしなかった。
そうして、夜会の客たちは、その場を辞する。
あとにはただ、月光が、黒薔薇館の輪郭を黒々と夜に浮かび上がらせているばかり。
そして、月明かりの差すダイニングでは、桜を描いたカンバスの前に、ゆっくりと、緞帳が下がり、黒薔薇館の夜桜を覆い隠してくのだった。
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クリエイターコメント | リッキー2号です。『【サクラサク】黒薔薇館の夜桜』をおとどけします。 桜にちなんだ衣装や、お土産話をありがとうございます。 漆さんのお話がちょっとすごかったので、作中作っぽい感じに入れてみました。 オフィーリアも満足したことでしょう。また機会がありましたら黒薔薇館を訪れていただけると、嬉しく思います。 |
公開日時 | 2007-04-20(金) 21:20 |
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