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<ノベル>
1
「狸一匹よろしくー」
「ほい。もうすぐ始まるから、スタジオの中でストレッチでもして待ってて」
「あれ」
聞き覚えのある声に、太助は受付の人物をまじまじと見つめた。
黒いスウェットの上下に、なぜか赤いマフラーと、顔には狐面――。
「漆じゃん。漆も雇われてんの?」
「んー、なんか行きがかりっていうか、少尉の手伝いっつうか。身体も本調子じゃないしなー」
「そうなのか? ……あ!」
太助は、もうひとり、見覚えのある人物を見つけて声をあげた。
参加者用のマットを運んできた白人の青年は、ノーマン小隊のメンバーで、以前、太助たちがかかわったあの黒薔薇館にとらわれていたムービースターのひとりだ。
「太助の兄貴に紹介しとくわ。スコット上等兵。……小隊の洗濯係なんやて」
「よろしく。今日は楽しんで行って。結構、キツイけどマイペースにやればいいから。水分補給だけは忘れないようにね」
「おう、スポーツドリンクもってきたぞー」
そういう太助は、どこで調達したのか上下のジャージに、頭にはねじりハチマキ。軍隊式トレーニングとやらに興味津津・やる気まんまんの様子であった。
「どうかな、漆くん」
――と、明るい声がかかった。
七瀬灯里とともにやってきたリゲイル・ジブリールは、ライトイエローのスポーツウェアにカーゴパンツがいかにも様になっている。
「おー。リガ嬢、よう似合うてるやん」
「まずは形から入るものよね! ……ちょっと活発な女の子メンバーっていうポジションをイメージしてイエローにしたの」
と、得意げだが、最後のくだりは今いち万人には意味が通じ兼ねる。
「あ、あの人が隊長? リーダーなのに、何で赤い部分がないのかしら」
そしてノーマン少尉を指して真顔で聞くリゲイルに納得いく説明のできるものは誰もいなかった。とりあえず、彼女の中では軍隊のリーダーはレッドでなければならないようなのだが……。
「でもブルーはいるわね」
三々五々、銀幕スポーツクラブの、いちばん広いスタジオには参加者が集まりはじめていて、床に敷いたマットの上でウォーミングアップに励んでいる。その中に、青いコスチュームのマイティハンクの姿をみとめて、リゲイルは言うのだった。そして――
「それからピンクも」
「その件について責任者と話がしたいのだが」
「ぎ、銀二さん!?」
灯里が驚いて声をあげた。
そこに立つ八之銀二は、身長184cm・体重88kgの堂々たる体躯を、ベビーピンクのタンクトップとハーフパンツで包んでいたのである。
「……何も持たずに着たので貸出しを希望したら渡されたのがこれだ。どういうことか説明してもらおうか」
「あー、それ、本当は少尉用だったんスけど、こんなもの着れるかと言われたんで、よけといたやつです。それしかサイズがなかったんじゃないかな……?」
スコット上等兵がそんなことを言ったが、いくらサイズの問題とはいえインストラクターが「こんなもの着れるか」と言ったものを客に着せるのはどうだろうかと誰もが思った。だいたいサイズがどうのと言うわりにはこれでも微妙に銀二には小さくてタンクトップなどぱつんぱつんになっているのだ。
いや、それでもリゲイルは、
「でもピンクは必要だし」
とよくわからない理屈で納得し、灯里は気の毒がりながらもデジカメでそんな銀二の姿をばっちり納めていたので、どうあれ、銀幕ジャーナルの誌面をこのベビーピンクのタンクトップが飾ることになるのであろう。灯里のデジカメに切り取られた画面の中で、八之銀二・37歳の広い背中が声もなく哭(な)いた。
「あー、ちょっとちょっと」
ふいに、漆が呼び止めたのは、そんな銀二の傍らを過ぎてスタジオに歩み入ってきた岡田剣之進である。涼しげな甚平に、ハチマキはまあよいとして――
「その刀は……」
「ん。これか。帯刀しておらんとどうも落ちつかぬのでな。駄目か」
「んー、抜かへんのやったらええけど」
「しかし、激しい動きはしづらかろうな。ならば置いておくか。刀置はないかな」
「あるわけないやん。受付で預かっとくわ」
「うむ。頼んだぞ」
そんな一幕を挟んで、そろそろ定刻だ。
「ふぅむ、しかしこれは……」
剣之進は微妙な表情で会場を見渡した。
最初に見せられたでぃーぶいでぃーとやらでは、少尉の後ろには異人の女たちが、ずらりと並んで運動に勤しんでおり、その小麦色の肢体やら、きゅっとくびれた腰やら、動きに合わせて揺れる豊満な胸元やらに、くわッと瞠目してしばし見入ってしまった剣之進である。おなごと一緒に鍛錬もわるくない、と思ったものの、いざ来てみれば、若い女はリゲイルと灯里だけであった。
あとはアーミールックの少尉を筆頭に、マッシヴな肉体をぴったりしたスーツに包んだマイティハンクに、やはり大柄な身体を薄桃色の衣裳で包んだ37歳男性(気の毒なので実名は伏せておく)、そして他に集まったムービースターの面々も、体力自慢の男たちばかりなのである。約一匹、タヌキのおまけもついてはいたが。
ほんのりと機嫌を損ねた顔つきの剣之進は、それでも来たからには、ということでせめてリゲイルたちの近くに場所を確保する。
と、そのとき。
「あっ、銀二チャン! ぎーんーじーちゃぁーーーーーーん!!」
大きな声が呼ばわった。
スタジオは、一方がガラス張り、のこる三方は鏡になっているのだが、そのガラス部分に外側からべたっと張り付く身長2メートル超のピエロがいた。
2
「またアイツか」
ノーマン少尉が渋面をつくって言った。
「撃て」
短く命じると、参加者に混じっていた幾人かの小隊の兵士たちが、どこからともなくライフル銃を手にばらばらとスタジオの外へ走り出していく。
「ぎーんじちゃぁ〜〜〜ん! はぁーーーい、ジョニーよぉーーーん。あ、ミスター侍もいるじゃなぁーい!」
むぎゅうう、と顔をさらにガラスに押し付けつつ、ぶんぶんと大ぶりに手をふる。
「……呼ばれているぞ、八之殿」
「きみもだ岡田君」
ふたりは目を合わせてもいいのかどうか迷った。
迷っているうちに、ガラスの向こうではノーマン小隊にピエロが銃撃されるといういったい何のショーなのかわからない光景が展開される。
「きゃーーーーー! ちょ――、あいたたたた、やめ、きゃああ、いやぁああああああ、どんだけぇえええええ!?」
ダダダダダダダダと轟く銃撃音に負けないくらいの悲鳴。
ジョニーが蜂の巣になってしまわないところを見ると弾丸はポップコーン化しているようだが。
「ジョニー、なんで撃たれてんの?」
太助が素朴な質問を少尉に向けた。
「前の回に参加してんだが、周囲の迷惑になるんで除隊させたのだ。サーカス団員というからもっと動けるかと思ったが、からっきしな上に図体だけはデカイから前後左右の参加者をどついたり、突き飛ばしたりだったんでな」
「でもやりたがってんだから入れてやんなよ。俺、ちいさいから、俺の隣ならちょっと空いてるだろ」
「おまえが踏まれるぞ。だがそうだな、あそこにへばりついていられるのも邪魔だ。とりあえず中には入れてやるか」
少尉が撃ち方やめい!と号令をかけて小隊を下がらせる。太助のとりなしで、ジョニーは少なくとも入室はできることになったようだ。
「ありがとう、たぬきチャン! よろしくね、みんな」
「おう。太助でいいぞー」
ジョニーの黄色いアフロの中には、ポップコーンが星のようにちりばめられていた。
「では、はじめるぞ!」
ノーマン少尉の声がかかる。
スコット上等兵がオーディオのスイッチを入れると、軽快な音楽がスタジオに流れ出すのだった。
「カモン! レッツゴウ! カウント! ワン、ツー、スリー、フォー」
エクササイズがはじまると、参加者たちはこのプログラムが想像以上のはげしさであることを知る。
要はリズムに合わせて、各部位の筋肉に負荷をかけるような動きを次々こなしていくのだが、なにせペースが早い。
休む間もなく、矢継ぎ早にノーマンから指示が飛び、次の動きに移っていく。
「腕を水平に伸ばして、円を描くように――、サーコゥ、サーコゥ、サーコゥ! ……さあ、どうした!?」
銀二、剣之進、マイティハンクはさすがというべきか、標準以上の体力・筋力で遅れずついてきていた。
意外に健闘しているのがリゲイル。リズムに乗って軽快に動く。
うしろのほうでは漆が受付をスコットに任せて参加中。黒装束に狐面のままなのがシュールだが運動能力は申し分ない。実は腕にウェイトさえつけているのだ。
ジョニーはスタジオの隅で威勢よくかけ声をかける。
「みんなファイトよン!」
太助は、きびきび、というよりは、うねうねしたやわらかな動きで、本人は真剣だが傍目には微笑ましい狸ダンスを披露していた。しかし、その動きもだんだんと遅くなっていき……、危なっかしくふらふらする。
そんな太助以上に、ばてていたのが七瀬灯里だ。
「…………だ、だめです〜」
彼女が最初の脱落者であった。フロアの上にぺたんと尻もちをつく。
「お、俺も……」
それに触発され、意志の糸が切れたのか、くたり、と太助が崩れた。目がぐるぐると渦を巻いている。
「太助ちゃん大丈夫? Miss.記者さんも!」
ジョニーがかけつけて、ふたりの救護にあたった。まるで赤ちゃんにミルクでもやるように太助にスポーツドリンクを飲ませてやりながら、どこかから取り出したうちわでぱたぱたと灯里を扇ぐ。さながらピエロ姿の衛生兵。
「だめじゃないですか、七瀬サン! そんなんじゃ、地球の平和を守れないですよー」
「リゲイルさんって意外に体力あるのね、びっくりしちゃった」
「こう見えて『鍛えてますから』♪」
リゲイルがそんなことを言いながら謎のハンドサインを見せた。とはいえ、そういう彼女も、だいぶ息があがりはじめてはいるのだ。
「でもちょっと……なんだか――」
流れる汗をぬぐった。
「暑く……ないか……?」
漆が動きを止めて、不審げに空気の気配を探った。
「うん。おかしいね。まるでベトナムだ」
スコット上等兵が、彼自身は動いてもいないのに汗がにじみはじめるのに気づいて首を傾げた。
「間違えて暖房でも入ってるんやないか」
「そうかも。でも空調は一括で管理してるはずだけど」
「あ、じゃあ、アタシが見てきてあげるわン」
ジョニーが、スタジオを出てバックヤードへ走った。
しかしインストラクターの少尉はというと、
「次はコンバットキック、敵を倒す蹴りだ! ファイト! ファイト! ファイト!」
室温の異常にも気付かず、進むほどにテンション高くヒートアップしている。
それにならって、銀二と剣之進が足をあげた。
「そうだ、いいぞ。ワンモアセッッッ!」
「さすがだ。やるな、銀二どの」
「岡田君こそ」
男たちが目を見交わして、微笑み合った。それは極限状態を共有したものたちのあいだに芽生える、不思議な連帯感のようなものだったかもしれない。
滝のように流れおちる汗。
酷使される筋肉から湯気が立ち始めていた。
3
「よし、休憩!」
ノーマン少尉が宣言すると、ほとんどのものたちは、ぐったりとフロアに崩れた。
みな汗だくで、肩で息をしている。
「これはなかなかキツイな」
と、銀二。
「ぬおお、暑い! たまらん!」
剣之進は限界に達したようだ。
「……! きゃっ」
へばっていた灯里が、休憩の声を聞いてむっくりと起き出し、そして声をあげた。
剣之進が、甚平を脱ぎ棄て、フンドシ一丁だったからだ。
「……あ」
「ぬ」
剣之進はリゲイルと目が合った。
じっ――、と彼女の視線が剣之進の下のほうに注がれる。
「あ、いや、これはすまん。つい……」
こういうのは『せくはら』というのだと、いつか誰かに教えられたのだった。
しかしリゲイルは、
「あなたがレッドだったの!?」
と、斜め270度くらいの解釈に瞳を輝かせるのであった。
ある意味、赤フンに救われた、岡田剣之進。
「そうだ……、取材もしなくっちゃ」
よろよろと、灯里は起き上がった。
「どうですか、銀二さん。ここまでの感想は」
「かなりいい運動になるな」
「ムービースター用らしいですからね?」
「ふむ。しかしムービースターといってもだな、いろいろいるわけで……。しかし、なんでムービースター用なんだ?」
「さあ。でも、スターのひとのほうがいろいろおトクらしいです」
「解せん話だ。……もしかしてあれか、宣伝にでも使おうっていうのか」
有名なムービースターが参加しているとあれば、プログラムの宣伝にはもってこいだろう。
銀二は自分の写真や映像がCMに使われているのを想像する。
しかしそれはベビーピンクのタンクトップで。
「……」
それを思ったとたん、無口になって視線が宙をさまよってしまった。
いっそ自分も剣之進のようにすべてを脱ぎ捨てたい。
剣之進と並んで下着姿の漢ふたりがフィーチャーされたポスターになってもむしろそのほうがまだマシと思えた(剣之進がどう思うかはともかく)。
「水分はちゃんととってや〜」
しゃりしゃりと、涼しげな音とともに、漆の声が聞こえた。
カキ氷器を持ち込んで、カキ氷の差し入れサービスだ。
汗だくの参加者が殺到して行列になる。
カキ氷のカップは迷彩模様に、ジェノサイドヒルのロゴ入り。カキ氷もいいけどポップコーンもね、という意図だろうか。
「悪いね。いろいろ気をつかってもらって」
シロップをかけるのを手伝いながら、スコット上等兵が言った。
「ん。……スコットもたまには洗濯係代わってもらわなあかんで。ずっと押しつけられっぱなしは大変やろ」
「んー、そうでもないよ。オレ、実家、洗濯屋だし」
「関係ないやん!?」
「でも嬉しいんだ。……映画じゃオレ、少尉より先に死んでるし。なんか最初のほうで『戦争が終わったら実家の洗濯屋を継ぐんです』って言ったのがいけなかったんだってさ。ハハ」
「……」
「あー、なんか涼しくなってきたし、カキ氷も食って、ふっかーつ!」
元気を取り戻した太助が声をあげた。
「後半はがんばるぞー」
「わはは、いいぞ。その調子だ、ラクーンドッグ」
「野生のぱわぁを見せてやるーー」
くるり、と宙返りすると、ぼわん、と太助の上半身が膨れ上がって筋骨隆々になった。マッスル太助に手を叩いて喜ぶリゲイル。
空調もどうやら涼しくなってきたようだ。
ジョニーが裏で操作してくれたのだろうか。
そのわりには、戻ってこないな、と漆はスタジオの外へ目を遣った。
「加熱実験はこれくらいでいいんじゃないか」
「そうだな。そろそろつらそうだ」
「この気温でも数値が落ちていないのはcfcm9871だけだな」
「ああ、今日は、他は人間設定ばかりだからな。しかしcwuh7563とcfec1229はなかなかいい」
「通常の人間設定ではかなり高数値だ。……バックアップとれたな?」
「ああ、ばっちりだ」
「さて次は――」
「まず室温を常温に戻そう。冷房を入れるか」
「冷房入れてくれるのねン」
「ああ。だいぶ暑くなっているからな」
「そうなのよ、みんなもう汗だくで」
「……!?」
男たちはふりむいた。
そこには、身長2メートル3センチのピエロが立って、かれらの手元をのぞきこんでいた。
「だぁあああああ、だ、誰だ!?」
「参加者のピエロだな! ええと、ああ、そうだ、サンプルコードcbny7469!」
「なにそれ。アタシはジョニーよン」
空調を管理しているのがどこか、バックヤードをうろうろしているうちに、ドアの開いていた部屋に迷い込んだジョニーである。
そこではふたりの男たちが、何台ものモニターに向かってなにやらブツブツ言いながら手元のクリップボードに留めた書類になにやら記録を取っていたのである。
「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
「あら、そうなの? スタジオが暑いから冷房入れてもらおうと思って」
「ああ、それなら大丈夫だ。すぐ涼しくなるから戻るんだ」
「そお? それならいいけど……」
言いながら、ジョニーはあたりをしげしげと見まわした。
なにやら焦っている様子の男たち。見ればかれらは白衣を着ていて、どちらかというと線の細い、あまりスポーツクラブの社員とは思われない風体だ。
そしてずらりと並んだモニター類はいったい何だろう。
これもクラブの施設とは思われないし、なんだかごてごてしていて、どうも急ごしらえで設置したような印象を受ける。モニターに映し出されているのはブートキャンプの行われているスタジオの様子だ。いったいどこにカメラがあったのか、多方面の角度からスタジオの様子が映されている。
そして長机の上に無造作に並んでいるパソコン類には、得体のしれない数値やグラフやあらわれては、刻々と姿を変えている。
「これってなぁに?」
「あ、こら、勝手にさわるんじゃ――」
もっとよく見ようと思ったのか、つかつかとジョニーが近寄るのを、制止しようと男のひとりが動いた。しかし、そのはずみで山が積み上げられている書類の山が大きな雪崩を起こす。驚いてもうひとりの男が立ち上がったところで、パソコンのキーにふれてしまったらしい。
モニターのひとつがぱっと画面を変えた。
映し出されたロゴは――アズマ超物理研究所、とある。
甲高い電子音。
そしてまたモニターが切り替わって、そこに老いた男の顔があらわれた。
『なんだ、呼んだか?』
「……あ、しまった」
「は、博士……」
「……?」
3人(男2人とジョニー)は、モニターを見つめた。
そして、互いの顔を見合わせる。
『ん? なんだ、そいつは誰だ』
「……」
「きゃあああああああーーーーーっ」
スポーツクラブのバックヤードに、悲鳴が響きわたった。
4
「ビクトリィイイイイイイイ!!」
高らかな歓声――。
後半戦も、ノーマン少尉はハイテンションで絶え間なく動きまくり、マッスル太助はその後5分で変身がとけてもとの狸ダンスに戻ったがそれなりに頑張り、リゲイルは非ムービースターの女性としては信じられないくらいの頑張りを見せ、マイティハンクは引き続き疲れを知らぬ動きでスーパーヒーローの面目躍如といった格好になり、漆とスコット上等兵は受付でスーパーまるぎんの特売情報を交換し、灯里は体験はもう十分と残りの時間を撮影に費やし、銀二は写真をとられるたびに眉間に皺が寄りつつもベビーピンクのタンクトップがぴったり身体にフィットしてなおかつ表情は終始真顔であり、剣之進は赤フンのまま最後まで駆け抜けたのだった。
プログラムの最後は、参加者皆で手をつなぎ、つないだ両手を大きく振り上げてビクトリーと叫ぶのが習慣であるらしい。
「じゃ、いきますよー。せーの」
灯里の合図で、ノーマン少尉を真ん中に、左右に銀二(ベビーピンク)と剣之進(赤フン)を配してキメのポージングとビクトリーコールとなったのだった。
「時間ある人は寄ってってくれへん?」
漆が、参加者たちに声をかけている。なにやらアフターイベントを用意しているらしい。
シャワーで汗を流し、着替えをすませた面々がぞろぞろと、漆に先導されてクラブを出て銀幕広場へ向かう。
――と。
「おっと、いかん。先に行っててくれ。忘れものだ」
銀二が立ち止まって言った。
「ピンバッヂを外すのを忘れてウェアを返してしまった」
そう言ってクラブの中へとって返す。
それは銀二がほかならぬ漆に、昨年の秋祭の屋台でつくってもらって以来、気に入っていつもつけている狼をかたどったバッヂなのだ。
足早にフロントに駆け戻ると、ウェアは裏の洗濯室ではないかという。
バックヤードへ入らせてもらって廊下を行く銀二の視界の端に、なにやらあざやかな色合いのものがよぎった。
「……」
一瞬で――
銀二の、それまでの、ちょっと気のいい兄さん風の表情が、元極道の剣呑な色をおびる。それが八之銀二のカンだ。
だん、と、蹴り開けた扉の向こうで、白衣の男たちがぎょっとして銀二を振り向く。
ふたりが汗だくで、クラブの裏口から運び出そうとしていたものは――、す巻きになったジョニーだったのだ。
「!!!!」
さるぐつわの下でうーうーとジョニーが唸った。す巻きのまま、うねうねと暴れる。
「何をしている」
銀二の眼光に射抜かれただけで、男たちは気押されてしまったらしい。
うわあ、と悲鳴をあげてジョニーを放り出し、裏口を飛び出していく。
「待て!」
追った銀二が見たのは、二人が飛び乗った車が、急発進し、猛スピードで走り去っていくその後ろ姿であった。
「あー、ヒドイ目に遭っちゃったわン。でも銀二ちゃんがきっと助けに来てくれると思ってたわよーーーーーーン!!」
ジョニーに抱きつかれ、常人ならヘッドロックがきまって落ちそうなところ、しのいでいるのは銀二ならこそ。
「なんだったんだろうな、あいつら」
その後、ジョニーを助け、無事、バッヂも回収して、ふたりで広場へ向かう。
「さあ。みんなの様子をのぞいて、なんかやってたわよン。銀二ちゃんたちのファンじゃない?」
「……」
スポーツクラブのスタッフにも聞いてみたが、そんなやつらは知らないの一点張りだった。あきらかにクラブと結託していたのであろうが、ひとまず今は深く追求しないことにしておく。『対策課』に報告さえしておけばよいだろう。
「あ、あれじゃない? みんなーーーー」
ジョニーが嬌声をあげて駆けだして言った。
広場のかたすみ、いつもならジェノサイドヒルの迷彩ワゴンがあるべき場所に……、いや、いつも通りワゴンはあるのだが、今日はのれんがかけられ、軒先に風鈴が吊るされている。
そして――
「ほう、流しそうめんか」
「七夕の日にかふぇでもやっていたそうだが、食べ損ねたのでな。ちょうどよかった。なかなか風流なものだ」
着流し姿の剣之進がそうめんをすすりながら言った。
「ほな、次、流すでー」
「よーし、とるぞー!」
漆がそうめんを竹筒に流す。踏み台のうえで、太助が箸を構えた。
「おーい、みんな。ブートキャンプはどうだった?」
声に振り向けば、マイティハンク――ではなくてネクタイに黒ブチ眼鏡の蔵木健人。しらじらしく偶然をよそおった風で健人に戻って登場したのだが、リゲイルは、
「あ、蔵木さん、怪獣島以来ですね! 流しそうめん食べませんかー?」
と、さっきまで一緒にいたことにまったく気づいていないようだった。
ちりん、と風鈴が涼しげな音を立てる。
銀幕市は夏本番だ。
★ ★ ★
後日――。
『ジェフリーズ・ブートキャンプ』は急に終了するという告知が出された。まだ人気はあったのにと惜しむ声が多かったせいか、「メモリアルDVD」なる特別編集版の映像が販売されて好評を博したが、このDVDのパッケージにはこの日、七瀬灯里が撮影した写真が使われることになった。つまりベビーピンクと赤フンである。
(了)
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クリエイターコメント | お待たせしました。『入隊者募集! ジェフリーズ・ブートキャンプ』をお届けします。 いやー、楽しかったです(ライターは・笑)。 やはり夏は筋肉!
一部、なにかあやしい事件が起こっているようにも見えますが、そんなものはそうめんと一緒に流しちゃいましょう。
ご参加のみなさんにも楽しんでいただけたのなら、さいわいです。
ではまた、銀幕市のどこかでお会いしましょう。リッキー2号でした。
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公開日時 | 2007-07-14(土) 22:00 |
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