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<ノベル>
Aug02.2008
○18:30−
パレットに積まれた長机が、会場中に散らばっていく。
「軍手様、軍手様。どうかお守りください」
ヒオウは合掌して、大切な防具を拝んだ。本番はもちろんのこと、準備も戦争だ。
銀コミの開催はこれで三回目になる。まさかこんなに続くとは思わなかった。申込書からあふれるパッションが、回を増すごとにエスカレートしているのは気のせいだろうか。
参加サークルが増加の一途をたどっているため、会場のレイアウトを考えるのも嬉しい悩みだった。650スペース満員御礼、ぎりぎり収めたがキャパシティは限界まで来ている。これ以上の規模拡大は無理だろう。
――まあ、次は次だ。
ヒオウは無駄な悩みを捨てて、肉体労働に向かった。
一方の緋桜は会場の隅で、太助と打ち合わせをしていた。
「では、よろしくお願いしますね」
カオスを生み出した前科をふまえ、準備会は彼に宣伝ボランティアを頼んだのだ。獲物(マスコット)が一ヶ所に留まらなければ、狩人(参加者)の集中は軽減されるだろう。
防げるとは思わない。そんな、萌えのないイベントなんてイベントじゃない。
加えて、太助はパステルイエローのバッキーコスをしていた。コスチュームBに似た衣装で、ポケットの代わりに穴が開いている。魔性のおなかが丸出しの超大型犯罪級ファッションだ。
「任せておけ! 隙を見せると、血迷った危ない奴らに極楽へいかされちゃうんだな?」
太助は胸の代わりに腹を叩く。緋桜は目を逸らして鼻梁を押さえた。
「人の熱を舐めると死ぬから、気をつけてくださいね」
「おお!」
太助だって覚えている。売り子仲間の身に起きた悲劇を。彼(?)は軟体動物で事なきを得たが、太助だったら全身複雑骨折でバッキバキだ。魂だけでなく大切なナニかもはみ出ることも間違いない。
「楽しい明日にしような」
「ええ」
○19:15−
ガリガリガリガリ、会場の隅でガリ版を刷る者がいる。兎田樹だ。
うさぎ獣人とは世を忍ぶ仮の姿、本業は本業は悪の秘密結社の幹部なのだ。イベントを足がかりに、結社のメンバーを増やす計画だ。
設営の手伝いの隙を見て、洗脳インクを使用した『Bにゅうたいのしおり』を印刷する。インクが乾くのに時間がかかるので、時間との戦いは当日コピー本より熾烈を極めている。
前日設営の会場で印刷なんて、と思うスタッフもいたが、重量感のあるロップイヤーによりすべてが許されている。
可愛いものは正義だ。悪党でも正義だ。
「むぎゅひぃ」(ふぅ……)
兎田はインクのついた指先を拭いた。
ガリ版は、正直しんどい。だが弱音は吐かない。日本を征服するその日まで、頑張るのだ。
その間にも、机の準備が完了する。
ふと顔を上げた兎田は、会場を囲む棘に気づいた。
悪意、殺気、狂乱、憎悪。
負の感情がひたひたとかさを増していく。濁った流れは突破口を求め、そして。
搬入口のシャッターが吹き飛んだ。
鉄塊に薙がれて島が二つ、壊滅する。スタッフも何人か巻き込まれた。どよめきと悲鳴の中、招かれざる人々が歪んだ笑いを浮かべている。
「めぎ!?」(ヒーローの襲撃!?)
兎田は目を白黒させた。まだ悪事を働く前だというのに。だが、襲撃者は下卑た雰囲気で正義からはほど遠い。
先頭に立つフィンチは、銀の櫂を担いでケタケタと笑う。
壊せ、壊せ、殺せ、殺せ。
スター同士が争って被害が出れば、スターを排除したい集団は活動しやすくなる。だからフィンチは極悪非道の限りを尽くす。
「派手に暴れよう! アレを狩ったらボーナス出るよ!」
フィンチは緋桜を指した。金に釣られた連中は目の色を変え、我先にと群がる。
「いっただき!」
「ざけんな、オレの獲物だ!」
「もーらいっと」
鉄パイプがうなりをあげて襲いかかる。目をつぶった緋桜の前に、一陣の風が割り込んだ。
先頭の男が宙を舞い、天井の骨組みにひっかかる。
「馬鹿は殴ってナンボだろ、なァ?」
「刀冴さん!」
肩越しに不敵な笑みを向けた彼に、緋桜は瞳をうるませた。ヒオウ共々、助けてもらいっぱなしの相手――マイヒーローだ。
数人を高々と殴り飛ばすと、血気盛んな連中もひるむ。包囲の輪が広まった。
「ただならねェ事態らしいな。何をやってるんだ?」
「詳しくは言えないけれど、イベントの準備をしていたらこんなことになってしまって……」
刀冴はオタクのオの字とも縁がないタイプに見える。そういう相手に同人誌即売会について説明するのは勇気がいる。事と次第によっては、乙女の恥じらいを時速百五十キロで底なし沼に投げなければならない。
「とにかくピンチなの」
この場はごまかすことにした。悠長に聞いていられる場面ではないから、刀冴もそれ以上は尋ねない。
夜風の吹き込む搬入口に、近衛佳織が立ちふさがった。
「今回のイベント、邪魔させるわけにはいかない!」
銀コミは乙女の祭典、という噂を聞いて、佳織は手伝いという名の下見に来ていた。不足しがちな乙女成分を補給するためだが……準備段階ではさほど栄養になるものはない。
本番は本番で、乙女っぽくないものが多量に含まれているが。知らぬが花だ。
「あの魔女もやっちまえ!」
煽動役が声を張り上げる。
「魔女ではない。この服装はコスプレだ。髪はカツラだ。文句あるか」
佳織は堂々と平たい胸を張った。黒ずくめの服装、三角帽子、手には箒。なびく銀髪はカツラ特有の嘘っぽさがまったくない。
「スターだ」
「スターだな」
「武士っぽくもないか?」
「ええい黙れ!」
佳織は箒の先端を抜き払い、仕込まれた刃をあらわにした。
「殺しちゃ駄目ですよー! 会場と備品もなるべく壊さないでください!」
ヒオウが慌てて注意した。殺る気満々だった他のスタッフにもブレーキがかかる。
生きるか死ぬかの時に甘いことを言っている余裕はないが、ここに集まっているそもそもの理由は何だ。銀コミというオタクの祭典を成功させるためだ。
「腐女子舐めんなドラドラドラァ!」
スタッフが軍手で、暴漢をタコ殴りにする。防具にも武器にもなる万能な装備だ。
「腕力がなくてイベントに通えるか!」
「修羅場を乗り切る根性を甘く見るなよ!」
殺さず、壊さず、退治する。
――ここに、市民ホール防衛戦の火ぶたが切って落とされた。
○19:30−
「グッナイ、赤鼻トナカイ宅急便の到着……って場合じゃないな」
前日搬入に来たルドルフは、会場の荒れっぷりを見て呟いた。椅子の配布が一段落した頃と思いきや、敵味方入り乱れた死闘が繰り広げられている。
全国各地の印刷所から預かった、カワイ子ちゃん(と野郎)の夢が詰まった段ボールを危険にさらすわけにはいかない。
そしてダンディズムの体現者として、困っている女の子を助けなくては男が廃る。
「男の風上にも置けねぇ連中だな。この俺が相手になってやるよ」
首から下げた入場パスを外し、ルドルフは突進した。狙いは、敵方の首魁とおぼしきフィンチだ。体重三百キロのトナカイは敵を次々と蹄にかけ、見事な枝ぶりの角をターゲットに向ける。
中心を潰せば戦力が落ちる。あと五メートル――
ルドルフは横合いから衝撃に襲われた。後肢に骨が砕けそうな激痛と重力を受け、たまらずに倒れる。
体を鞭のようにしならせ、起き上がろうとするも叶わない。見れば、土佐犬が食らいついていた。成人並みの体重に、筋肉で太った四肢。凶悪な三白眼が『今夜のごはん』を見据える。
トナカイの天敵はオオカミ。オオカミと犬は共通の祖先。ゆえに。
「へいボーイ、邪魔すると火傷するぜ」
ルドルフは軽口を叩いたが、長いまつげが涙で濡れ、体がプルプルしている。
赤鼻のルドルフ
――西暦2008年8月、銀幕市民ホールにて死亡――
「ふむぎゅ!」(そうはさせるか!)
兎田が助っ人に現れた。環境に優しいペットボトルミサイルが、土佐犬の脇腹に命中する。
ギャヒャウンッ、と土佐犬は吹き飛ばされ、邪魔者に狙いを変えた。
だが、二兎を追う者は一兎をも得ず。インスタント戦闘員の元(強力スプレータイプ)を鼻面に吹きかけられて、土佐犬はダークサイドに堕ちた。これを吸うと、三十分間だけ秘密結社Bの信徒になってしまう恐ろしい化学兵器だ。
土佐犬はしっぽを振って、兎田の横に控えた。恐るべき洗脳効果だ。
「もぎぃ」(これくらい僕にお任せなんだよぉ)
「やれやれ、助かったぜ」
ルドルフは冷や汗を拭った。兎田は敵に向き直ると、土佐犬に命じた。
「みぎゅ!」(いっけぇ!)
軍用犬並みの従順さと獰猛さで、犬は襲撃者を屠っていく。殺さない程度に。
ルドルフは、出血のせいで眩暈がするだと思うことにした。一騎当千の戦力であのまま噛み裂かれたら、なんて想像したわけではない。
「大丈夫か」
佳織が攻撃の手を休め、ルドルフに駆け寄った。女の子相手に見栄を張りたいところだが、神経繊維の白い束が見えている現状では難しい。
「回復魔術は勉強中だが、実験体になれ」
「ウィッチちゃんの頼みなら喜んで、この身を捧げようじゃないか」
ルドルフは灼けつくような足を伸べた。佳織は大アルカナの『女帝』を手に取り、呪文を詠唱する。
「魔術師マグレガーの末裔、ミラベルの娘、アイリーン・メイガスが命じる。我が呼び声に応えよ」
カードの意味は豊穣の女神。生命の流れが実を結び、喜びが潤う。
巡れる営みが傷を癒す。
「サンキュー、ウィッチちゃん」
「軽口を叩く元気があるなら、戦え」
佳織の回復魔術は、倒した敵まで癒してしまった。うめき声を発しつつ、屍(イメージ)がよみがえる。
「この蹄で逝かせてやるぜ」
「やむを得ん、貴様を斬る!」
理由は違えど、求めるものは同じ。
――銀コミを守りたい。
○20:10−
「みんなで準備してみんなで楽しむイベントを、滅茶苦茶にするのはわるいことだ! よろしい、ならば応戦だ!」
犯罪級の萌えビジュアルを誇る太助は、その強さも反則級だった。群がる悪どもを次から次へと瞬殺していく。
「くらえ、モッフリアタック!」
ぽゆん。
魔性のおなかによる顔面体当たりだ。例えようのない快感に襲われて、被害者はニルヴァーナへ至った。
「もいっちょ! トリプル! レディゴー!」
ぽにゅん。ぽにょん。もっふり。
穏やかな笑みを浮かべた死屍が、累々とつのっていく。
「どさくさに紛れて私も……」
「俺、この戦いが終わったらモッフリしてもらうんだ」
「やめてくれ、洒落にならない。でも、明日になったら一緒に逝こう」
「M・O・F・U☆ 太助ェェエ!」
味方も一部、混乱している。
「まとめて来いよ! 相手してやるぜ!」
太助は敵に手の甲を向けて、くいくいっと挑発した。血気盛んな暴漢が集中する。狸は宙を舞った。
「あちょー!」
後に目撃者は語る。パステルイエローの背中に、小さな龍が重なって見えたと。
緋桜と外見がそっくりなため、ヒオウもかなり狙われていた。
Bダッシュして二段ジャンプして、匍匐前進で本部予定地――即席アジトに逃げ込む。
カラシニコフを手にした熟練のスタッフが、絶え間なく援護射撃をしている。
「小山さん、これ」
スタッフの一人が、弾倉交換の手を休めてある物を差し出した。
受け取ったヒオウは顔をひきつらせる。
「段ボール……?」
箱の形になって本を収めたり、工作に使えば無限大の可能性を表現出来たり、極限までひもじい時には食料にもなる万能アイテムだ。
「いかに使いこなすかが、任務の成否を決定すると言っても過言じゃない」
「段ボールを制する者は作戦を制す」
狙撃班の言うことが、ヒオウにはさっぱりわからない。
「ミッションを簡単に説明してください」
「敵陣営に潜入して、敵将の油断を誘ってくれ」
「一撃で仕留める。君のことは忘れない」
「死なないから! 生還するつもり満々だから!」
全力で否定して、ヒオウはスコープを覗いた。ラスボス・フィンチは銀の櫂で飛来する弾丸をことごとくたたき落としている。バトントワラーも真っ青の回転速度だ。
あんな身体能力の持ち主と自分を、一括りにスターと呼ぶのは間違っている。ヒオウはこめかみを押さえた。
「……小山ヒオウ、行きます。でも、怨霊になったり守護神になったりはしないわ。生きて帰って、緋桜とスイーツ食べ放題に行くんだから」
両手に軍手、頭に段ボール。ヒオウは死地へと潜入する。
○21:00−
いくら倒しても敵は尽きない。
実は会場の外で人形焼き屋の屋台が占領され、粘土で兵士が量産されているのだが――味方は会場の防衛に手一杯で、供給源についてはまだ知らない。
「人気者だな俺と思って買った同人誌が総受け本だった切なさを味わえアタック!」
童顔の青年が火炎瓶を投げた。
「そうはさせねぇぜ!」
刀冴はアルミ支柱・イン・丸めたポスターを使って、火炎瓶を場外ホームランにする。あまりの球速に火も消えた。
強敵に対して、青年は涙目で訴えた。
「あんた、自分がこんな目に遭ってもそいつらの味方ができんのか!」
彼は、とある同人誌を掲げた。目撃者はもれなく悲鳴を上げた。
女性向け、十八禁、見開きページ。カラーならピンク率九十五パーセント。そんな場所に彼の顔がある。表情やポーズの説明は割愛する。
うっかり自分の顔に置き換えてしまい、寝返る男性スタッフが続出する。
刀冴は呆れたように言った。
「馬ッ鹿だなあんた、ウチの守り役なんてもっとスゲーことやってるっつの。今さら何を驚けって言うんだよ」
※その瞬間の内訳(敵味方不問)
赤裸々にバラさなくても……五割
敵前逃亡させてください……三割(主に男性)
次の新刊それでいこう……一割
以前から知っていましたよ……一割
会場が凍り付いた。
緋桜はあふれる涙を止められなかった。背中を向けて走り去りたい。出来ないなら、手をついて謝りたい。そんな衝動にかられる。
「色男さん、カワイ子ちゃんが恥ずかしくなる発言は控え目にな」
苦笑いを浮かべて、ルドルフは刀冴の肩を叩いた。
「兄さんには当たり前のことかもしれないが、恥じらいの文化で育ったバンビちゃんには刺激が強すぎるぜ。秘め事は内緒のまま、暗黙の了解は暗黙のまま。それが日本の美徳ってやつさ」
微妙な表情になった女性陣に、な? と片目をつぶる。
「さて、モッフモフにしてくれるぜ!」
「むぎゅう!」(してやんよ!)
「やんよ!」
ルドルフの背に兎田が乗り、兎田の頭上に太助が乗る。
獣合体したもふレンジャーの前に、敵などいない。洗脳が解け、敵に戻った土佐犬など撥ねてやる。馬力の限界を超えて、どこまでも行くのだ。
麻酔銃もトラばさみも孔明の罠も、一個の弾丸となった彼らの前では児戯に等しかった。
○21:20−
緋桜はふと、素朴な疑問を抱いた。
毎回カオスが生まれるのは何故だろう。
突き詰めれば、鶏が先か卵が先かという問題と同じ構造をしている。銀コミを開催するからカオスなのか、カオスがあるから銀コミなのか。
ヒットアンドアウェイの末に、緋桜は佳織と共闘していた。
戦況はスタッフの勝利へと向かっている。襲撃者の割合はぐんと減り、量産型が数を補っているにすぎない。
佳織は、勝てると確信した。
残る指揮官は、フィンチと中ボス二人だ。会場を駆け抜けたけもラッシュにより、敵は大きな損害を受けている。だめ押し一つで、敵軍は敗走する。
と、新たに四十七人の浪士が現れた。
「吉良ァ! 小山緋桜なる娘に転生したそうだな!」
「その因業巡る命、我らが断ち切ってくれようぞ!」
年の瀬でもないのに討ち入りだ。しかも設定がぶっ飛んでいる。
緋桜を発見して、彼らは一直線に押し寄せる。
「殿中でござる!」
駄目もとで佳織が叫ぶと、浪士達はひるんだ。
緋桜も便乗する。
「このタロットカードが目に入らぬか! こちらにおわすお方は、侍にして魔女の近衛佳織公にあらせられるぞ!」
「時代物違いだ」
「……調子に乗ってごめんなさい」
呼吸の合った漫才に、四十七士は逆上した。
「我らを虚仮にするか!」
「覚悟ォ!」
佳織は魔術の発動をためらった。攻撃力が高すぎて、会場設備にダメージを与えてしまう。
既に壁は傷だらけで、あちこちに備品の残骸が転がっている。だが、一人一人の心がけが大切だ。まずは自分から、の精神だ。
「ええい!」
移動しながら、各個撃破という戦法をとる。
真剣な場面だから、佳織はつっこみを封印した。緋桜の武器は指示棒だ。教師が黒板を指すのに使うアレだ。そんなチャチなもんで人間が倒せている。細かなつっこみは体力の無駄だと自己暗示をかける。
大人数相手に苦戦していると、刀冴が助っ人に現れた。
「手伝うぜ」
手にしたアルミ支柱・イン・丸めたポスターが、一本から六本に増えている。
「そ、それは……」
「握力三百なら出来るから、って渡されたけどよ。片手で三本持てとか無茶言うなァ。戦いにくいにもほどがあるぜ」
刀冴は余裕の証拠に、苦笑を浮かべた。五本を左手に携え、一刀流で戦っている。
渡したスタッフの執念か、刀の鍔飾りを使った眼帯が、ポスターにひっかかっている。
腐ってもオタクだ。
緋桜はうっかり、仲間の煩悩に感動した。
○21:30−
ボス戦は長引いていた。
「食料は肉屋で寝ていろよ!」
「かんねんしろ!」
「獣の姿でも、一人前の魂があるんだぜ?」
「めぎょ!」(食料じゃないよ!)
獣達の三位一体攻撃を、フィンチはしぶとく防いでいた。
回転する櫂の威力は、戦闘機のプロペラに匹敵する。
ずっと見ていると、季節のせいか扇風機を連想してしまう。手をつっこんだ経験がフラッシュバックして、突破の足を鈍らせる。
決着はついているのに、決定打がない。
焦りばかりが増す膠着状態は、地道に潜入した段ボールの人物(ステルス迷彩)によって破られた。
カモフラージュを脱ぎ、ヒオウは敵将の背後を取る。
「柳の鞭で打つぞー!」
「うっわ」
意味不明の脅し文句に、フィンチは銀の櫂を取り落とす。すかさず、狙撃班が三十九ミリ弾の洗礼を浴びせた。
半分強を被弾する。たまらず、フィンチは体を折った。この好機を見逃してはならない。
「食らえ、三段突き!」
蹄。ロップイヤー。もっふり。
マニア垂涎の必殺技に、敵はよろめいた。
「カワイ子ちゃんを泣かせる奴ァ、トナカイに蹴られて出直してきな!」
ルドルフは後ろ足を揃え、フィンチの顎を蹴飛ばした。彼は夜空にキュピーンと輝く星になる。シリアスな場面だったら、頭部が破裂していただろう。
「むぎぃー!」(敵将、討ち取ったりー!)
兎田が勝ち鬨を上げる。
往生際の悪かった残党が、先を争って逃げていく。
スタッフは拳を掲げ、勝利を叫んだ。
○24:00−
「途中から、全然手加減できなかったわね」
ヒオウは肩をすくめた。
「仕方ないわ。なるべく元通りにするよう、頑張りましょう?」
緋桜は困惑した笑みを浮かべる。
何でもありな乱戦で、『いのちだいじに』を頑張ると他が見えなくなってしまう。戦い慣れていない者ほど、その傾向が顕著だった。
負傷した敵はトラックに積んで、銀幕総合病院へ運搬した。救護ブース用の医療品では、軽傷者の手当てすら追いつかなかったからだ。
今はひたすら、掃除をしている。
使える机、壊れた机、凶器、凶器、凶器、美少女プリントの抱き枕。
つらい作業だが、明日のためと思えばつらくない。
ただ、過酷な戦場であらわになった価値観の差が、そのまま温度差となってスタッフの間に存在している。
星の数より多く存在する萌えポイント。自分の萌えが他人の地雷になりうる、という現実を図らずも突きつけられた格好だ。
ギスギスした空気に耳をしおれさせて、太助は佳織に近寄った。
「なぁなぁ、『ほもが嫌いな女子なんかいない』って本当か?」
「ぶッ、ばばば馬鹿なことを言うな!」
外見年齢十歳の子狸からえげつない質問をされて、佳織は面食らいつつ真面目に答えた。
「私は男同士のああ言うのには興味がない! むしろ女同士の方が……って」
ふと気づけば、会場中が二人の話に耳を傾けている。
「何を言わせるのだ!」
佳織は真っ赤になって、逃げる太助を追った。
「とーごとーご!」
太助は刀冴の肩に飛び乗った。連続して繰り出される拳を、刀冴は軽やかに避ける。
必死な照れ具合に、刀冴は妙に感心した。
「女同士か。そういう恋愛の形だってあるよな」
「べ、別に私はお嬢様に不埒な思いを抱いてなど……って!」
「好きな人がいるのか。そりゃいい」
盛大な墓穴を掘った佳織に対して、刀冴は天真爛漫に笑う。
百合魔女っ子、萌え。
失われた団結力が、一瞬にして復活した。
○25:30−
片付けは終わり、無事だった備品で出来るところまで準備をすることになった。足りない分は、明日の朝一で業者を当たってみる。
日付も変わり、眠いのはお互い様で手早く作業をする。
作業をしていた緋桜は、吹きさらしの搬入口に立つスーツ姿に気づいた。名前だけ主催者の夫、邑瀬だ。
惨状をしげしげと観察しながら、こちらへ歩いてくる。スタッフの間にも緊張が走る。
「あ、邑瀬さん、これは……」
「未成年は家に帰る時間ですよ」
しどろもどろになる緋桜に、慇懃に注意する。笑顔の黒さが普段の三倍だ。
邑瀬は会場中に聞こえるように、声を張り上げた。
「ムービースターを狙った暴行事件が同時多発的に発生しまして。対策課職員として対応に追われていたため、到着が遅れました」
そこで区切って、肝心な部分を強調する。
「不思議なことに、どの事件も主犯はムービースターでした」
「スターによる、スターを狙った犯罪……か。きな臭いぜ」
ルドルフの呟きに、邑瀬はもっともらしく頷く。
「加害者も標的もムービースター、スター以外の人間は巻き込まれただけ……という事件が、これだけ重なる偶然なんてありませんよ。ですが、わざとらしくてもネガティヴなキャンペーン活動は功を奏しましてね」
皮肉げな邑瀬に、緋桜とヒオウは顔を見合わせる。
「まさか」
「……中止?」
「自称『巻き込まれた被害者』さん達が交代で会場責任者にクレーム電話をかけ続けた結果、そうなりました。困ったものです」
膝を折る者、泣き出す者、呆然と立ち尽くす者。嘆きがあふれる。
守ったのに。あの猛攻を目撃したなら、この程度の被害で済ませた皆の努力が、いかに偉大なものだったかわかってくれるだろうに。
「私は会場責任者から呼び出されているので早々に失礼しますね。市民ホールから永久追放、で済めばいい方だと思いますよ。あ、未成年者は急いで帰宅してくださいね。自称被害者さんは、そういう小さなことも攻撃材料にしてしまいますから」
どこまでも他人事のように、言うだけ言って邑瀬は去っていった。
「許せねェ……!」
刀冴は怒りを抑えるため、瓦礫に拳を叩きつけた。
人間誰しも、ずるくて汚いところがある。けれど、相手を傷つけるためにずるいことや汚いことをするのは人の道にもとる行為だ。そんな連中がのうのうと生きていることに、腹が立って仕方がない。
スタッフ達は夏が終わったね、と呟いて、搬入口に集まった。膝を抱えて座り、遠くを見る。
「むぎゅっ!」(諦めるのはまだ早いよ!)
兎田はうちひしがれた人々を叱咤した。スタッフの虚ろな目には、希望があふれる兎田の姿がまぶしい。
太助は清々しく言い切った。
「一からやり直しだな!」
佳織は提案する。
「別の会場を探そう。絶対どこかにある」
ルドルフはニヒルな笑みを浮かべる。
「一度の失敗で挫けてたら、負け犬にしかなれないぜ」
刀冴は熱弁をふるった。
「あいつらの思惑通りに、中止にしちまうのか? 仕切り直して、手前らなんかに負けないってことを見せつけてやろうぜ! な!」
スタッフは応、と唱和した。
勝ったのに、敗北を押しつけられた。
それなら、やり直す。
倒れたら立ち上がる。また倒れたならまた立ち上がる。何度でも。力の限り。
わずかなりとも知恵が増えたなら、次は勝つ。
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クリエイターコメント | 参加してくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
五名様とも応戦を申し出てくださり、記録者として嬉しい限りでした。 ネタ的な部分はかなり捏造させていただきました。
念のために書き添えておきますと、「開催中止」という結果は私の結論であり、プレイングを受けてのものではありません。
そして……仕切り直した夏の祭典まで、少々お待ちください。 |
公開日時 | 2008-08-03(日) 13:00 |
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