★ プライベート・アイby綺羅星学園 ★
<オープニング>

 ようやく全ての授業が終わって、気が抜けた時間帯。いつものようにざわめいているクラスの中で、先生がプリントを前席の生徒に配りながら、連絡事項を告げていた。
「それでは、今からプリントを配って、それで今日のホームルームはおしまいにします。学校の方でも、色々と警備を強化していますが、皆さんも身辺には十分注意して、真っ直ぐ家に帰ること。あと、むやみに学外の人に情報を流さないように。良いですね?」
 まるで小学生に告げるようなその内容に、幾人かの生徒から不満の声が上がる。
 それもその筈だ。ここは綺羅星学園、高等部。私立にしては割と自由な校風なので、厳しい私立にありがちな、先生達による駅前の見回りなどの厳しい生活指導は行っていない。だが、自由な筈の高等部のクラスで、先生が目の下に疲労の色を滲ませながらそう告げるのには訳があった。
 あの、コンサート会場での、殺人事件。
 犯人の名前までは発表されていないものの、犯人は明らかに制服を着ていたのだ。おそらく街中では犯人が分かる人物は少ないだろうが、学園の世界というものは、広いようでとても狭い。
 おそらく教師達は生徒達に対しても箝口令を敷いている筈だったのだが、どこから仕入れてきたかは分からないが、噂好きな生徒達によって、あらぬ噂は一日もたたずに学内に広まっている状況だった。
「犯人は綺羅星学園の制服を着ていたらしい」
 そんな訳で、この綺羅星学園は、常に無い緊迫状況を強いられているのである。
 どちらかと言えば、生徒はそれ程緊迫している訳でもなかったが、教師達は誰もが全身に緊迫した、または疲れきった表情を見せているようだった。
 そんな状況のクラスルームの中、窓際の席に座っている浦安映人は、頬杖をついてぼんやりとグラウンドを見下ろしていた。
 この緊迫状況に置かれている為、自主的に練習を休みにしている部活も多い。
 だからからかグラウンドは、トラックの線がぽつんと引かれているだけの、誰もいない空間となっている。
 ――それをただぼんやり眺めていたから、映人は回されてくるプリントに気が付かなかった。

「……くん、浦安君」
「――いてっ! 何だよ、嶋」
「何だよ、じゃないわよ。早くプリント取って」
 プリントの束で頭を叩かれて前に向き直った映人は、嶋さくらが不満そうに眉を上げながらプリントを突き出している事にようやく気がついて、慌ててプリントを受け取る。
 惰性で後ろを見ずにプリントを渡しながら、そのプリントに目を通した。
「コンサート会場の殺人事件について……、か」
 ぼそりと彼が呟いた時、一斉に周りの生徒が動き出していた。ホームルームが終わったのだ。
 即座に鞄を手にして教室を出る生徒、掃除器具をロッカーから取り出す生徒。がやがやと狭い空間が騒々しくなる。
「……何いつまでもぼんやりしてるの。サボってないで、早く掃除してよ。私、早く帰りたいんだから」
「ああ……」
 未だ自分の席でぼんやりとしていた映人に、さくらがモップを突き出した。それでも、どこか腑抜けた表情でモップを受け取る映人の態度に、さくらは不審に感じたのか、眉根を寄せた。
「何だか珍しいわね。浦安君が放課後になってもぼんやりしてるなんて」
「――そうか?」
「そうよ。いつもだったらさっさとバイトに向かうか、対策課に向かうかしてるでしょ? 何考えてるの? お昼からずっとそうだったわよね」
 そう言いながらさくらは首を傾げた。前の席なのだ。ずっと考え事をしていた映人の姿が目に入っていても、おかしくない。
 映人はひとつため息を吐くと、口を開いて閉じてを数度繰り返し、ようやく心を決めたかのように口を開いた。
「なあ、神谷公太って知ってるか?」
「――ああ、確か生徒会にいる、地味な人でしょ」
「地味って……そりゃあんたに比べたら、皆地味だろ。まあそれは良いとして」
 彼はそこで一旦言葉を区切った。そして、ゆっくりと考えながら言葉を紡ぐ。
「あいつ、俺の幼馴染なんだけどさ、――最近、何か変なんだ」
「変って?」
 声を潜めた映人に揃えて、さくらも声を潜めながら尋ねる。
「詳しくは分かんねえけど――、話してて、雰囲気が何か変なんだよ。あいつ生徒会にいるだろ? この前生徒会の奴から聞いたんだけど、最近特定の後輩とかに対して色々吹き込んでるらしいぜ。今まではそんな事してなかったのに」
「それで? それがどうしてそんなにぼんやりする理由になるの?」
「――……俺さ、偶然、見たんだ」
「何を?」
 そこで、彼はどこか暗い視線をさくらに向けた。いつもはあまり見せないその表情に、さくらも知らず真剣な気持ちになる。
「あの事件が起きる前の日、生徒会室で、公太と――あの女の子が二人きりで話してるのを」
「――……」
 そこまできて、ようやく映人がぼんやりしている理由が分かったさくらは、口を噤んだ。
 あの女の子というのは、今現在、生徒の間で噂の中心人物となっている、あの事件の犯人の事である。
 彼女が犯人であるらしい、という事は、高等部の噂好きな女子達を中心に広まっているらしい。 彼女が今日学校を欠席している事や、その少女を見た、という不確かな情報が元となっているようだ。実際のところは分からないのだが、噂――特に女子の――というのは、意外と侮れないものだったりする時もある。
「あの子とは、クラスが同じとか、友達とか――じゃないからそんなにぼんやりしてるのよね」
 さくらはそう言ってため息を吐いた。そう、そんな単純な理由で、二人が話し合っているのを目撃したのなら、彼が何か思い詰めている訳はないのだ。
 そして、映人は根っからの映画バカだ。女の子が好きそうな、その子が実は好きで、だから二人が親密そうに話し合っているのがショックだった……なんて理由でもないだろう。
「あいつらさ、すげぇ深刻そうな感じで話し合ってたんだ。俺はたまたま通りがかっただけだから、詳しくは見てないけど……。それにさ、あの事件の前から、公太の周りで色々とおかしな事が起きてるらしいし」
「ああ、何か最近流行ってる、いじめみたいなやつでしょ? このクラスでは起きてないけど」
「そう。この前、最近いじめ流行ってるよな、って何となく聞いてみたんだけどさ、あいつ、なんて答えたと思う?」
 映人の問いに、さくらは腕組みをしながら答えた。
「そうね。あの優等生っぽい人だし、生徒会の人だから、ああいうのは許せないよね、とか言うんじゃないかしら」
「だろ? 俺もそう答えると思った。――だけどさ、あいつ薄笑いして、『仕方ないよね』って言ったんだぜ?」
 ――まるで、いじめに遭うのが当たり前のように。
 その時の事を思い出したのか、彼はひとつため息を吐くと、何かを心の中で決意したような表情で、さくらを見上げた。
「――……公太は俺の幼馴染だし、あまり疑うことはしたくないんだ。でも、だからこそ、――俺はあいつが、最近おかしい理由を知りたい」
「だから、それを調べるのを手伝えと?」
「そう。俺ひとりじゃ、しくじりそうだからな」
 映人は、そう言って、小さく肩を竦めた。
 彼等の近くの机の上に、赤い本が、忘れ物のように置いてある。
 未だざわめく、教室。
 
 思い出したかのように、放課後のチャイムが鳴った。
 

種別名シナリオ 管理番号797
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
クリエイターコメント こんにちは、そして初めまして。

 浦安君は、どうやら幼馴染の「神谷公太」に対して、最近の行動や、コンサート事件に絡む事で何かしら不安や疑惑を持っているようです。そんな訳で、今回は浦安君に協力し、学園内で調査にあたり、彼は本当に何事かに関わっているのか、彼に対する情報を集めて頂きたいと思います。
 浦安君もどうやら詳しい事は知らない模様ですので、調査の方法などを工夫する必要があるかもしれません。また、学園内は現在大変緊迫した状況にありますので、あまり怪しい動きをしますと、警戒される恐れがあります。

 また、今回はスケジュールの都合上、募集期間が短めとなっておりますので、ご注意下さい。
 それでは、よろしくお願い致します。

参加者
蔡 笙香(caua6059) エキストラ 男 18歳 ジャグラー
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
長谷川 コジロー(cvbe5936) ムービーファン 男 18歳 高校生
古辺 郁斗(cmsh8951) ムービースター 男 16歳 高校生+殺し屋見習い
柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
<ノベル>

 二人がこそこそと話している会話の内容を聞き取ることが出来る位置に、たまたま相原圭は立っていた。
 そのただならぬ内容に、圭は二人の会話に混ざってもいいものかどうか、しばし思案したが、二人がいる席へと足を向ける。
「……なあ、その話、ホントか?」
「うわ! ――ビックリした。聞こえてたのか」
 浦安は、こそこそと話していた内容を唐突に話しかけられ、驚いた表情を見せたが、すぐにそれは引っ込められ、彼は強張ったような表情を見せて頷いた。
「やっぱりそうなのか。――オレもあのイジメみたいなやつ、が気になっててさ。出来ることがあれば、協力する」
 そう言って、圭はしっかりと頷いた。
「ホントか! 助かるぜ!」
 感極まった叫びを上げる浦安の横で、さくらはやれやれ、と肩を小さく竦めている。
 小さな探偵団が結成されている中、教室のすぐ横の廊下で、ひとり黙々とモップを動かしている男子生徒がいた。古辺郁斗だ。
 廊下では、沢山の生徒が、バタバタと足音を響かせて行き交っていた。水を汲んだバケツを手にぶら下げて走る人、早く帰ろうと早足で通り過ぎる人。廊下の隅っこでは、少女達が集まって、どうでもいいことに話を咲かせている。
 勿論、郁斗のように、廊下掃除をしている者もいるが、皆彼のように熱心に掃除をしている訳では無かった。いや、郁斗も普段は今日のように熱心に掃除をする事はないだろう。
 そして今も、どうやら彼は掃除に気を取られているようではないようだった。その証拠に、十分くらい前から、彼はずっと同じところを掃き続けているのである。
 ガヤガヤと騒がしい廊下。授業以外の時間は、基本的に廊下は騒がしいものだ。その中で、殺し屋としての優れた感覚を持つ彼はずっと、先程から教室内で繰り広げられている会話――浦安達のだ――をこっそり聞いていたのだった。
「……」
 彼の足下だけ、廊下が異様に磨かれている。
 その中で、郁斗は教室の中へと足を向けようかどうか悩んでいた。だが、その内容に興味を持ち、教室の中へと一歩、足を向ける。
「郁斗くーん! あれ、おかしいなあ、確かここで掃除してる筈なんだけどなあ……」
 モップが置き去りにされた廊下では、どこかふわふわとした表情を滲ませる少女が、きょろきょろと辺りを探しながら走っていた。柚峰咲菜だ。
 咲菜は、先程まで郁斗が掃除をしていた場所の近くまで来ると、再び辺りを見回す。そして、置き去りにされたモップに気がついた。
「あれ……これって、やっぱり郁斗君の、かなあ?」
 そうして、近くの教室を覗き込むと、携帯電話を手にした郁斗が、小さな輪の中にいるのを発見していた。
「あー、郁斗君、見つけたー!」
 そうして咲菜も、浦安達の話に混ざることになる。

 * * 

 小さな偶然で集まった二年生組は、これからの連絡を密に取るために、お互いのアドレスを交換しながら、これからどうするかについて話し合っていた。
「ひとまずオレ達以外の持つ、情報を収集することが大事だよな」
「……探偵で言えば、聞き込み、かなあ。あとは張り込みとかかな……」
 咲菜は、片手で携帯をいじりながら、うんうん、と提案する。
「聞き込みにしろ、張り込みにしろ、十分に警戒しないと危ない気がするな」
 郁斗もぼそりと呟いた。そして思い出したかのように咲菜の姿を振り向いた。
「そういえば咲菜、何の用事が俺にあったんだ?」
「え? ……あっ! そうそう」
 咲菜は、何の事だか分からない様子でしばらく首を傾げていたが、ようやく本来の件を思い出したらしい彼女が口を開く前に、軽やかな音と共に校内放送が、それを郁斗に告げた。

 生活委員会から連絡です。まだ、クラスのアンケートを持ってきていない生徒は、至急職員室まで持ってきてください。繰り返します――。

「あ、そうだった。すっかり忘れてた」
 郁斗は髪の毛をいじりながら、その場から立ち去ろうとする。
 その横で、さくらは浦安にじい、と視線を向けた。
「……持ってったの?」
「いいえ……。行ってきます……」
 浦安はこそこそと立ち上がり、机の中に仕舞いこんでいた紙の束を引っつかむと、郁斗に並ぶ。
 二人は小走りで廊下を走り出した。
「くそ。こんな時に、面倒だな」
 途中で自分のクラスへ寄って、浦安が持つのと同じ紙の束を引っつかんだ郁斗は、小さく呟きながらやや早いスピードで歩いていた。
 大またで階段を降りて、職員室へ急いで歩く。
「……誰だ、あれ」
 二人が職員室の前に辿り着いた時、郁斗は前方で、職員室の中へと入っていく三人の男達を目にしていた。いずれも職員ではないようである。
「先生じゃ、ねえよな……」
 浦安も、郁斗の不審そうに向ける視線に気がつくと、ぽつりと呟きを零した。とは言え、ひとまずは担当の職員に書類を渡すのが先だ。
 二人もさっさと中に入り、目的の職員の机を探す。何しろ綺羅星学園はマンモス校だ。生徒の人数に比例して、職員の数も多い。
 しかも、目的の職員は高校二年を教えてはいなかった為、二人は散々彷徨った挙句に、ようやくプリントの束を目的の先生に届けることに成功した。
 そうして二人が思っていたよりも時間を費やした為か、二人が職員室の入り口へと戻った時には、先程の三人組の姿はもう無かった。

「くそ、先生の机があんな所にあるから、思ったよりも時間を費やしちまった」
「ああ、それにしてもあの三人組、一体何だったんだろうな」
 二人は悶々とした気持ちを抱えながら、階段をひとっとびで昇っていった。急いで教室へと戻りたかった浦安は、廊下の向こう側を指差して提案する。
「三年の廊下、突っ切ってこうぜ」
「そうだな。さっさと戻りたいしな」
 基本的に中学生以上の学校には、上下関係が多少なりとも浮き出てくる。だから下級生は、あまり上級生のクラス付近には近付かないし、だから、二人も違う道を通って職員室には行ったのだろう。
 だが急いでいる時は別だ。
 二人は自分達のいる空間とは違った雰囲気を醸し出す、三年生の教室が並ぶ廊下を突っ切ろうとしていた。
「あ、浦安じゃん。――何急いでんの?」
 丁度三年生の教室が並ぶ廊下の半分くらいまで進んだとき、教室から出てきたらしい青年に、浦安は声を掛けられた。長谷川コジローだ。
「いやその、ちょっと……」
 曖昧にはぐらかそうとする浦安の様子が気になったのか、コジローはさらに尋ねていく。
「何だよ。もしかしてこれからデートか?」
 どこかにやり、と笑みを浮かべながら突っ込んでくるコジローに、ついに浦安は折れた。先程まで自分達の教室で話し合っていた事柄を掻い摘んで話す。
 話していく内に、コジローの表情から笑みが消え、どこか強張ったものへと変わっていった。
「おい、それ、マジかよ……。神谷公太って、あの生徒会の神谷だよな?」
「はい」
 コジローも、今学校内で噂の渦となっている、コンサート事件の犯人がこの学校の生徒かもしれない、という事は耳にしているようだった。その犯人と思しき少女と、神谷が会っていた、という話に、驚きを隠せない様子である。
「それで急いでるって訳か……。よし、オレも協力するよ」
「え、良いんですか?」
「丁度今日は、オレの所も部活休みなんだ。何も無ければ帰ろうと思っていた所だったしさ」
 そう言って笑みを浮かべるコジローの後ろから、ひとりの少女がそっと近寄ってきた。
「あの……、今の話って、本当デショウカ?」
 こげ茶の短い髪をくるくると弄びながら尋ねてくる生徒は、蔡笙香だ。どうやら、彼も話を聞いていたらしい。


 * * *


 こうして集まった七人は、学年が混在している事や、教室で話し合うのは微妙な内容の話だったので、会議の場所を学生食堂の隅に移していた。
 お昼という盛況時を外れたこの食堂は、多少の学生はいるものの、少しひっそりとしている。
「さっき、イジメみたいなもの、って言っていたじゃないデスカ。ワタシのお友達も、最近ちょっとおかしい態度を見せる子がいるんデスヨ」
 一番隅の席では、笙香が眉をひそめて呟きながら、コップの水を飲んでいる。その横に座っている咲菜は、小さく首を傾げた。
「それは、えーと……例えばどんな感じにおかしくなっているんですか?」
「うーん……例えば……、という程でもないんデスケド、他の人達を疎ましく思ってるのかな、というところが感じられマス」
 笙香はうーん、と悩むような仕草を見せながら答えた。彼自身にもよく分からない、ということなのだろう。
「それで、神谷の最近の友達関係とかはどういう感じなんだ?」
 圭の質問に、浦安も首を傾げている。
「うーん……普段とあまり変わった所とかはないんだよな……。あ、でも最近はよく生徒会とか、部活の後輩から慕われているようなところを見たことがある」
「目に見えた変化はないってことか……、さて、問題なのはその噂をどう調べるか、だよな」
 コジローも腕を組みながら、真剣な表情で言う。咲菜はその言葉に悩む仕草を見せた。
「うーん……難しいなあ……。……犯人は現場に戻るって言うし、ここはやっぱり、生徒会室を調べるのが良いんじゃないんでしょうか?」
「……確かに生徒会室は一番調べる必要がある場所だな。ただ、それだけに生徒会室はかなり警戒する必要がある」
 郁斗も頷きつつ、眉を顰めていた。
「そうデスネ。『赤い本』が最近、よく噂に上がっているようデス。もしそれが関わっているようなら、ムービーファン、スター、エキストラ、の誰かしら混ざる形で行動した方が良い気がシマス」
 笙香が呟いた。コジローもそれに同意しているようで、確かに、と呟きながら、他には……と考え込んでいるようであった。
「やっぱり聞き込みかな。オレ、自分の学年の子とかに、それとなく聞いてみる」
「オレも自分のクラスでやります。――神谷がおかしくなったのには、絶対理由がある筈だから」
 コジローの提案に、圭も頷く。笙香がコップの水を飲み干して、言う。
「確かに情報、は様々な形で集めるのが良いと思いマス。ワタシはパソコンが得意なので、学校の皆さんが使いそうな掲示板などを調べてミマス」
 そう言って、彼女は手を握ったり開いたりしていた。
「……面白そうね。手伝うわ」
 さくらも笙香の意見に同意したようだ。
「じゃあ……残りは生徒会室の調査か。公太がどいつか、教える必要もあるしな」
 浦安の言葉に、郁斗と咲菜は頷く。
「それじゃ、決まったようだし、動くか。何か分かったら、小さな事でも良い、ケータイで、お互いのグループに必ず連絡な」
 コジローがそう閉めると、彼らはガタガタと音を立てて椅子から立ち上がった。
「……?」
 笙香は立ち上がった目の端に少年を捉え、一瞬その場に立ち止まった。その少年を見ようと首を動かすと、もう目の端に捉えた姿は、無い。
 一体、今のは誰だったのだろう?
「どうしました?」
「いえ……何でもないデス」
 突然立ち止まった笙香を不思議に思ったのか、咲菜が首を傾げた。笙香は首を振って微笑むと、ゆっくり歩き出す。


 * * *


 クラスに戻った圭は、ふらふらと教室の中を見回しながら、耳をすませていた。
 未だ騒がしい教室の中では、残っている女の子達が、お喋りに花を咲かせている。
「最近、あの子もあれの対象なんでしょ?」
「らしいよ」
「やっぱりそうなんだ。コワーイ!」
 ひとつのグループの少女達は、クスクスとお互いに笑いあった。それに目を付けた圭は、さり気無くその中に混ざり込む。
「やっぱりそれって本当なんだ? オレもよく耳にするんだよね」
「……私も聞いた話だけどね」
 女子達は彼が急に入って来た時に一瞬沈黙したが、圭が興味を持っていることが分かったのか、再び圭も交えて話し出した。
「でもやっぱりイジメって、本当みたいよ」
「なかなか目に付く所ではやらないみたいで、先生も気にしてるけどどうにも出来ないみたい」
「あら、そうなの? 私は先生も混ざってるみたいな話を聞いたことがあるんだけど」
「それは初耳だな。そうなんだ」
 驚いたような圭の言葉に、その女子は肩を竦める。
「これは噂だけどね」
「……へえ。そういえば、イジメがあるって話は聞くんだけど、実際にどんなヤツがイジメにあってるんだろうな」
「私は普通の女の子って聞いたわ。あ、でも一部の人には目立ってるらしいわ」
「へえ。私は先輩。あの男の人。スターだから、目立ってるじゃない?」
「色々なんだな……」
 彼は女子達の話を聞きながら、頭の中で情報を整理していた。性別や年齢は関係なくて、目立っている人がターゲット……。
「私が聞いたのは、普通の地味な人だね。あ、でも何かの映画からって話は聞いたことがあるな」
「こうやって聞くと、結構沢山の人がいるのね」
 少女達はそう呟きあうと、怖い、と口々に囁きあった。圭はそれを耳にしながら、携帯電話を取り出す。
「それにしても、一体どうしてイジメにあうんだろうねぇ」
「うーん、どうしてかはあまり聞かないわね」
「確かに。どうしてかしら?」
 彼は、女の子達の噂を聞きながら、ポチポチとボタンを押していった。

 *
 イジメは、やはり本当にあるらしい。どうしてイジメにあうかは分からないが、比較的目立つ人物がターゲットにされているらしい。ムービースターが多いかもしれない。
 *

「ふうん」
 コジローは小さく呟くと、携帯電話の蓋を閉めた。
「ああ、ごめんごめん。それで、なんだっけ?」
 そう言って自分の周りを見回す。そこには、学校では有名人のコジロー、彼のファンの女の子達が彼を取り巻いていたのだ。コジローが、ちょっと聞きたいことがある、と言うだけでこれだけの少女達が集まるのだから、流石である。
「二年生の神谷君について、でしたよね」
「ああ、そうそう」
「うーん……二年生ですし、生徒会に属していなければ、中々知る機会は少ないんじゃないかな、と思いますよ。特に三年生は」
 女の子のひとりがそう言うと、周りの女の子達もその意見に同感だったようで、うんうん、と頷いていた。
「ああ、そういえばあの子、陸上部じゃなかったかしら」
「そういえば、そうだったわね。よくトラックを走ってるのを見かけるわ」
「そういえば、そうだな」
 生徒会などの行事で神谷と顔をあわせた事があるコジローは、それとなく彼の事を思い出しながら頷いた。
「……やっぱり目立つタイプじゃないよな……。縁の下の力持ち、って所か?」
「そうですね。困った人の悩みとか、聞くタイプかもしれません」
「そうだな。……じゃあ、あの事件に関して、あいつが関わってるとか、そんな話は聞いたことある?」
 コジローの言葉に、女の子達はしばし沈黙した。誰もが犯人の少女の噂を知ってはいるようであったが、口にするのが躊躇われたのだろう。
「あの子が犯人じゃない、って噂は聞くけど……ね」
「……それは、誰?」
 コジローが声を潜めて尋ねた。その問いに、女の子達は誰がその犯人と思しき子の名前を告げるかでしばしアイコンタクトを取っていたが、やがてひとりの少女が小さく呟いた。
「井上ユカリ……よ」
「二年生のね」
「……そうなのか。――その子、最近、目立つ行動を取ってたとかはある?」
 その少女の行動が分かる人は少ないのか、しばしその場を沈黙が包んだ。だが、やがてそれを破るかのように、おずおずとひとりの女の子が口を開いていた。
「詳しくは知らないけど……最近、赤い本を手にした、って話は聞いたことがあるわ……」
「……赤い本? 本当に?」
「ええ……」
 少女の話に、その場で少女達のざわめきが広がっていく。
「そうか……ありがとう」
 少女達の反応を見て取ったコジローは、彼女達にお礼を言うと、教室を出て廊下を歩き出した。首に手を当てながら、斜め上を見上げるような仕草を見せる。
「……蝶々サマ、神谷とその女の子がどうも怪しい行動をとってるらしいッス。どうしたらいいスかね?」
 コジローの視界に、赤いラメ入りのステージ衣装を着込んだ、蝶々サマの姿が映りこんだ。最も、それはコジローの視界のみであって、他の廊下を歩いている人々には見えていない。
 つまり、有名人のコジローが、突然独り言を呟き出したように見えるので、彼の妄想癖を知らない生徒は、引きつった表情で彼が歩いていくのを見送っている。
『そりゃ二人の共通点を探るのよ』
「……なるほど! やってみるッス!」
 コジローは口元を心なしか曲げて喋る蝶々サマ(実際には誰もいない……あ、引きつった顔をした男の子がひとりいる)に向かって勢いよく拳を突き上げると、ポケットから携帯電話を取り出した。

 *
 あの事件の犯人と噂のコは、井上ユカリらしい。最近赤い本を手にした、という話があるみたいだ。これから神谷とそのコの共通点を探ってみる。
 *

 咲菜は先頭に立って、廊下の隅からこそこそと生徒会室の様子を伺っていた。その後ろにいた浦安の制服のポケットから、重い振動音が響く。
「……へえ……」
 浦安はぱかりと画面を開いてそれを見ると、前にいる郁斗と、咲菜にそれを見せた。二人はそれを見て小さく頷くと、また前に目線を戻す。
「じゃあこっちは、上手くアイツの行動パターンを見つけられると良いな」
「……うん、そうだね」
 そうしてこそこそと目立たないように、三人は生徒会室まで行くのだが、生徒会室の中からは、賑やかな話し声が聞こえてきた。
「……結構人がいる。中に入るのは無理そうだ」
「今のところ、まだ公太はいないみたいだ」
「……じゃあ、とりあえずあそこへ……」
 三人はそれとなく生徒会室の中を見ながら通り過ぎると、手近な、生徒会室側からは見えない場所へと移動していった。
 そうしてまたひょこりと生徒会室の様子を伺う。
「……あれ?」
 再び生徒会室を覗き込んだとき、三人は、先程とは違う光景を見つけていた。
 生徒会室にごく近い廊下で、学校内では見たことのない女性が、生徒会室から出てきた女の子と話しているのだ。
「……うーん、ちょっと遠くて会話が聞き取れない……」
 必死に耳をすませようとする咲菜の隣で、眉を潜めてそれを見る郁斗の姿があった。彼の表情に気がついた浦安は、首を傾げてみせる。
「どうだ?」
「文芸部がなんとか……とか言ってるな。内容がよく分からない……」
 そう郁斗が呟いた時、その女性が踵を返すのが見えた。廊下の隅に消えていくその女性を見て、郁斗は今居る場所から飛び出していく。
「郁斗君?」
「ちょっと追いかけてみる。……くれぐれも調査してるのが悟られないように、気をつけろよ」
 そう言って去っていく郁斗。二人は彼の背を見ながら、顔を見合わせた。
「……どうする?」
「うーん……、ちょっと勇気を出して、あの子に何を聞かれたか、聞いてみるね」
 咲菜はそう言って微笑むと、すいませーん、と声を掛けながら飛び出していった。
 浦安は彼女の様子を見つつ、再び携帯電話の画面を開く。

 *
 生徒会室の調査は難航中。今、学外の人が生徒会室の前に居たから、古辺がそいつを尾行している。
 *

 静けさが保たれているパソコン室で、笙香はパソコンを操作して、あちこちの掲示板のサイトを見ていた。
 その隣で作業をしているさくらは、携帯電話の画面を覗き込んでいる。
「やっぱり、そう上手く事が運ぶわけ、ないか」
「うん? 何かメールが来まシタカ?」
 さくらの独り言に笙香は横を向いた。さくらが、メールを笙香に見せると、独り言の意味が理解できたのか、笙香は確かにそうデスネ、と小さく頷く。
「ワタシ達の力では、全てが分かる訳では無いと思いマス。大事なのは、事実をハッキリさせる事デスネ」
「……そうね」
 笙香はバッキーを授けられた訳では無い。今の問題も、出来るだけ協力するつもりでいるし、今も、自分の得意分野を生かして調査してみている。しかし、もし、調査が失敗して、あの、噂の赤い本を持った人のように、自分がムービースターへ攻撃するようになってしまうのは、流石にぞっとしない。
 笙香の脳内では、今回の調査は、どこまで踏み込むか、それの見極めが大事だろうという考えに達している。
「……――それにしても、掲示板サイトは、やはりというか……ある事ない事でっち上げられてイマスネ」
 笙香はパソコンの画面をしばらく睨みつけていたが、ゆっくりとため息を吐き出した。
 掲示板には、ハンドルネームや匿名で、様々な書き込みが成されているが、荒らしと取れるものも多く、どれが正しいのかが、あまり分からない内容であった。
「そうね。という事は、いじめなんかの噂とかは、ひっそりと広まっている、という事なのね」
「ええ、そうデショウ」
 二人は、行き詰った時独特の、閉塞感に襲われながら、それぞれの画面を閉じた。
 笙香は別のサイトを検索しながら、今まで頭の中で考えていた事をぽつりと口にする。
「先程、食堂でお話していた時にふと思ったのデスガ、神谷サンが親しくされている後輩サンは、どんな方々なんでショウカ?」
「どんな、って?」
「……ワタシの思い過ごしであれば良いんデスケド……。彼は、もしかしたらエキストラの後輩サンと仲良くしているのではナイカ、とか考えているのデス……」
「……確かに、それはどうなのかしら……」
 二人はそのまま思案の為に黙り込んだ。しばらくの間、カチカチ、というマウスをクリックする音のみがその場に響いて。
 その静寂を破ったのは、二人の隣に座っていた、ひとりの生徒だった。
「――ねえ、二人とも、さっきから面白い話をしているよね」
「……そうデスカ?」
 にこやかながらも不敵な笑みを見せる彼に、笙香の脳内に警報が鳴り響く。だがそれは、杞憂のようだった。
「あ、アナタは……確か新聞部の……」
「くすくす。こんにちは」
 彼はそう呟いて、マウスをひとつ、クリックした。

 *
 私達が利用する掲示板にはあまり情報は無かったわ。ただ、新聞部の生徒と接触を試みる事に成功。
 * * *


 生徒会室の前の廊下では、咲菜がひとりの生徒に、先程の事についての質問を試みていた。
「あの……、さっき、女の人が、何か聞いてきませんでしたか?」
 女生徒は不審そうな目つきを見せる。だが、咲菜が持つ、ふわふわとした、天然さが垣間見えるような表情に、幾分警戒を緩めたのかぼそぼそと口を開いた。
「ええ……、ムービースターが生徒会でどうとか……、文芸部には、ムービースターがいるのかどうとか……私も、よく分からない質問をされましたけど……」
「そうですか……。ありがとうございます」
 咲菜はあまり怪しまれないようにと、そこで質問を切り上げて、浦安の待つ場所へと戻っていった。廊下の隅の、ちょっとした窪みに、彼は立っている。
「どうだった?」
 首を傾げる彼に、彼女は、先程の生徒の答えを返す。そうしている内に、尾行をしていた郁斗が足早に戻ってきた。
「あ、郁斗君、帰ってきたぁ。お帰りなさい」
 ふわりと笑みを浮かべる彼女に、郁斗は小さくああ、と呟くと、肩を竦めてみせた。
「なんか、図書室への道へと向かうのは分かったんだけど、それ以上近付くと危なそうだったから、帰ってきた」
 それに、こっちの方が大事だしな、と小さく呟く彼。その肩越しに生徒会室へと視線を向けていた浦安は、小さく声を上げた。
「あ、公太だ」
 その声に、二人もくるりと生徒会室へ視線を向ける。
 視線の先では、どちらかと言えばあまり目立たない、ごく普通の男子生徒が、生徒会室へと入る所だった。
 生徒会室のドアが閉まり、三人の前から彼の姿が消える。
「あれが――そうなの?」
「ああ、間違いなくそうだ」
 三人は示し合わせたように、こそこそと生徒会室のさり気無く中が見える位置へと移動した。廊下で会話をしているように立ち、そっと生徒会室の中を伺う。
 丁度放課後である事もあり、廊下ががやがやと騒がしかったので、中で何を話しているかは聞き取ることが出来なかったが、少なくとも見たところでは、神谷が何か怪しい行動を取っているようには見えなかった。
 ごく普通に、にこやかに生徒会の皆と接している。
「……見たところ、普通そうだけど……」
 郁斗がぽつりと呟いた時、三人は不意に後ろから来た生徒に声を掛けられた。
「――何してるんですか?」
 三人が振り向くと、そこには手に沢山の書類を持った男子生徒が、あからさまに不快な表情を浮かべて立っていた。おそらく生徒会に属している生徒だろう。
「いや……、たまたまここで友達に会ったから、ちょっと話しているだけだけど」
 郁斗がごまかす為にそう口にしたが、その生徒は一層不審な表情を郁斗に向けた。郁斗はその表情を受けて、そこに入り混じるものに、ふと気付く。
 ――不快な表情に見え隠れしているのは、紛れもない、憎悪。
「……」
 郁斗が黙り込んだ時、彼の後ろからも足音が聞こえてきた。
 つまり、生徒会室から。

 * *

 幾つかの会話の他は、ほぼ黙々と仕事に取り組む音しか聞こえない生徒会室では、外の騒ぎに気がついたのか、幾人か、生徒会室から飛び出していく。
「……なるほど、ね」
 その騒ぎを垣間見た「彼」は、仕事を離れて窓辺に行くと、そっと、一冊の本に手を伸ばした。
 ――赤い本。
 何か、彼のものでは無い小さな手、足のようなものが、そっとその、本の表紙を撫でて、そして離れる。
 その赤い本は、しばらく怪しげな煌きを見せていたが、やがてそれも鎮まり、もとの赤い本へと戻っていく。
「では……こちらからも、仕掛けてみるか」
 「彼」は赤い本を手に持ち、生徒会室から出て行く――。

 * *

 コジローは、蝶々サマに言われたとおり、二人の共通点を探しながら歩いていた。女の子達に、神谷と、その彼女に、どこか似たような行動を取っていなかったか、と聞いてみたが、あまり良い回答は得られなかった。
 分かったことは、彼女が赤い本を手にした事だけ。
「ああ……難しい。蝶々サマ、共通点なんてなかなか無いっスよ」
『神谷ってヤツはよっぽど頭が良いのかしら。まるで……』
「まるで?」
 コジローは、斜め後ろに浮かんでいる(本当はいないけど)蝶々サマにそう返す。
『私のような、神様みたいにね』
 その時、コジローのポケットにある携帯電話が、鈍く振動した。
「あ、メールだ」
 彼はそれと取り出して、画面を覗き込む。
 メールは浦安からだった。

 *
 生徒会室では、ちょっと問題が起きて、今役員の奴らに囲まれている。今公太が生徒会室から出て行ったから、折を見て、俺も追っかけようと思う。
 *

「なるほど……ちょっと面倒な事になってんなあ……ん?」
 コジローが再び携帯電話をポケットに戻した時、彼の前を見たことのある顔が、横切っていった。
(あれ……神谷じゃねえか)
 コジローはそれとなく追いかけながら、前を歩く人物が神谷である事を確認すると、少し歩く速度を落とした。
 慎重に、足音をなるべく殺して歩いていく。
「……」
 神谷は、階段を降りて、廊下を歩いていく。どうやら昇降口へ向かっているらしい。
 もう帰るのだろうか。そう考えながらも昇降口へと足を踏み入れた時、ふと、前を歩く彼の足が止まった。
 そのまま、くるりと、彼は振り向く。
「……あれ、長谷川先輩じゃないですか。今日は部活は無いんですか?」
「ああ……」
 神谷は普段と変わらない雰囲気で、にこりと微笑んだ。だがコジローには、その微笑みは、今のコジローの行動を見破っての笑みであるようにどうしても見えてしまう。
 その表情を見て、コジローは腹を括ることにしたのだった。
「なあ……お前さ、最近どうしちゃったんだよ」
「……どうした、とは?」
「浦安が、お前が最近おかしいって心配してるぞ」
 コジローの言葉に、神谷は小さく笑い声を上げた。
「最近色々と生徒会の仕事が忙しかったからですかね。だから心配してるんでしょうか」
「……ごまかすのは無しにしようぜ。浦安はな、お前が、コンサート事件の犯人という噂の子と、話をしているのを見たって言ってんだよ。……何話してたんだよ」
 別にやましい事じゃ無ければ話せるだろ、と続けたコジローに対して。
 初めて神谷は、真の笑みを見せた、気がした。
「何話しているって……決まってるじゃないですか」

 * *

 笙香とさくらはパソコン室を出て、新聞部がある部室へと向かっていた。前を歩く新聞部の生徒は、こちらを振り向きながら笑う。
「僕達も、今どうやら流行っているらしい、あるいじめについて追っていましてね。……まあ色々と面白い情報を入手したんですよ」
「……そうだったんデスカ」
 笙香は小さく頷いた。彼は普段からパソコンとよく触れ合っている。だからパソコン室を使用する常連でもあったので、同じくパソコン室の常連である新聞部の彼とはそれとなく面識があったのだ。
「ええ。なかなか面白い情報でしたよ」
 ただね、と続けて、彼は新聞部の部室の前で止まり、その部屋を開いた。
「どうやら感づかれてしまったらしくて、今はこんなですけどね」
「え……」
 笙香はその光景に、ぽかりと口を開いていた。
 扉の向こうには、小さな部屋があった。
 そこは、凄まじいまでに、荒らされ、散乱した部屋だった。
 壁に貼ってあるポスターは引きちぎられ、机の上にはべっとりとペンキのようなものが零され、棚においてあるディスクは一枚残らず叩き壊されている。
「汚い部屋ですみませんね。さあさ、どうぞ」
 彼はその部屋の一角をよっこらしょ、と荷物を一気に寄せて、どこからか持ってきた、小さなカーペットのようなものを敷いた。
「こんな事が……起きているのデスカ」
 やや呆然と呟く笙香に、その生徒は小さく肩を竦める。
「まあ背負うべきリスク、ってヤツですね。部屋はこんなですけど、色々収集した情報は無事ですから、安心してください」
 彼はそう言うと、また部屋のどこからか出してきたらしい資料を見せてくれた。
 それは幾つかの写真と、そしてレコーダーらしきもの。
 写真には、ひとりの生徒を囲んで、何かを告げているらしい写真や、徹底的に机の中を荒らしている瞬間などが写されている。
「……これ、皆、赤い本を持ってイマス……」
 数枚の写真を見ていくうちに、笙香はその事に気がついた。
「そう。僕も噂を追いかけていく内に、その事に気が付きました。そして、その赤い本の出所を探している内に、とある事実を見つけたんです」
 新聞部の生徒はひとつ頷くと、一枚の写真を出してきた。
「これは……」
 それは、ひとりの生徒が、赤い本を手渡している所だった。
 隣からひょい、と顔を寄せて覗き込んださくらの表情が、驚愕へと変わる。
「これ……、神谷君じゃない……!」
「そう。僕も彼の事はノーマークだったからね。これを撮っていた時、驚いていたからか、どうも隙が出来てしまったらしい。だから今こんな目にあってるんだけど」
 彼はそう呟いて、手にしていた、小さなレコーダーのスイッチを入れた。
 ザザ……と、雑音混じりに、誰かが何かを喋っている声が聞こえる。
「……そう、スターは……危ないんだよ……。いつか、君達に……攻撃を加えるかも……しれない……。だから、その前に……僕達の、手で……。この学校を……平和に」
 その声は、生徒総会などで時々耳にする声だった。
 ――間違いなく、神谷公太のもの――。

 * *

 浦安からのメールを見た圭は、生徒会室へと走っていた。ひとまず彼の調査は目処が立っていたし、なにより彼らが危ないと踏んだからである。
 圭がこの調査に協力している一番の目的は、何よりも、いじめとやらを止めること、だったから。
 廊下を全力で走り、角を曲がると、そこには、生徒会室と書かれた札が、見えた。
 そして、幾人もの生徒に囲まれている、郁斗と咲菜の姿。
「……!」

(ほんとこいつ、何なんだよ)
(今日も縮こまっちゃって。みっともねえな)
 圭の脳裏に浮かぶ、囁き声と、笑い声。いくつもの手が彼に振り下ろされ、そして――。

「うわああああッ! やめろおおぉッ!」
 頭の中が過去の情報で赤く塗り込められた圭は、瞬間、郁斗と咲菜を囲む生徒に、殴りかかっていた。
「! やめろ!」
 圭の行動に気がついた郁斗は、瞬時に行動し、彼の腕を掴んで動きを止める。
「圭君!」
 咲菜の叫び声と、掴まれた腕に、圭の意識は瞬時にこちら側へと戻された。
「あ……、悪い」
「いや」
 掴まれた手を離して、少し俯きがちに謝る圭に郁斗は首を横に振ると、周りを囲む人々を見つめた。
「……これは、一旦どこかに退いた方が良いかも……な」
 そう呟く郁斗に、周りを囲む生徒が幾つかの囁きを落としていた。
 それは不穏な気配を伴っている。
「こいつ……さっきの動きからして……スターじゃねえか?」
「ええ、スターよ」
「スターは私達の敵……!」
 周りの異変に顔を上げた圭は、その時、彼等のとある共通点に気がついて、叫んだ。
「こいつら……、皆、赤い本を手にしてるぞ……!」
 赤い本には近付かないと決めている圭は、その場からずるずると下がる。
 生徒達の囁きは、いつの間にかひとつのうねりと化していた。
「この学園からスターを排除して学園の平和を!」
「この学園を守るんだ!」
「守るんだ!」
 郁斗は瞬時に自分がいるのは危険と判断し、その場から飛び去り、廊下を走り出した。
 それに気がついた生徒達は、彼を追いかけようと走り出す。
「郁斗君!」 
「咲菜はついてくるな!」
 飛び出そうとした咲菜を制する郁斗。その時、彼女のポケットから、可愛らしい音が鳴り響いた。
「長谷川先輩からだ……!」
 それは、途切れたメールだった。

 *
 昇降口で、神
 *

「何か、騒がしいデスネ」
 ふと部室の外が一気に騒がしくなり、三人は立ち上がった。外のドアを開いて、そこに広がる光景に目を見開く。
 幾人もの生徒が、何事かを騒ぎ立てながら、手に武器を持ち、暴れているのだ。
「な……!」
「この騒ぎは一体……!」
 笙香は何とか混乱をかいくぐり、クラブ棟からの廊下を走っていった。
 教室の周りに辿り着くが、そこでも、広がっているのは同じ光景。
 ただ、その中で、男性が二人程、この事態を収拾すべく走り回っているが見え、彼は彼らを追いかける。
「これは、一体どうしたのデスカ?」
 笙香は追いかけ、その男性へと声を掛ける。
「まずいぞ! 学校中の人間が、暴動を始めた!」
 ここも危ないと告げて、男は動いていた。
 笙香は立ち止まり、どう動こうかと、周りを見回した。
 見えるのは、ただ、いつも同じ時を過ごす、仲間達。

 ――ただ違うのは、彼らは皆、暴徒と化している事。

 * *

 郁斗と咲菜を囲んでいた生徒達の姿はあらかた消えてしまったのに、彼等の周りは不穏な気配を伴う騒がしさが広がっていた。
 いつの間にか幾人もの生徒が、先生が、手に武器を持ち、何か叫びながら暴れ回っている。
「な、何?」
 突然の事態に何が起きたのか分からず、その場で慌てふためく咲菜と圭。
 そんな二人に、駆け寄ってくるひとりの女性の姿があった。
「あなたは、さっきの……!」
 咲菜の叫びに彼女は気がついたのか、必死の形相で叫び返してきた。
「ここは危ないわ。どこかに避難を!」
「は、はい……!」
 そうして走り出す咲菜と圭。

 走りながら圭がふと目線を送った先には、ひとりの女生徒の姿があった。――手に赤い本を持った。
 彼女は圭の目線に気がつくと、ふ、と小さな笑みを見せた。
「――あなたになら、私達の恐怖が分かる。痛みが分かる」
 ――あなたは、どうする?
「……」
 圭はどう言葉を返そうか、しばらく考えている。
 その目に強い、光を湛えて。


 * * *


「――自分の身を守ることが出来るように、僕は言っただけですよ? ああ、あと、赤い本も渡しましたけど、ね」
「公太!」
 コジローと神谷のもとに、浦安が走り込んできた。その姿を神谷は、冷静な、そしてどこか冷たい目線を送る。
 コジローは神谷の答えに、半ば呆然と口を開いていた。
「神谷……お前、本当にどうしちゃったんだよ? お前、そんなヤツじゃなかっただろ?」
「そうだよ……公太、最近何かおかしいぞ……!」
 そう叫ぶ二人の声が、不意に、ぴたりと止んだ。
 彼等の間を赤い何かが走って……。
 そして、それを公太は、掴みあげて、肩の上に乗せて……。
「……バッキー?」
「いや、公太はバッキーを持ってない筈……!」

 彼の肩の上に乗っているのは、深い、深い赤い色をした、バッキーに似ているが、角と尖った尾を持つ生き物。

 それは冷たい、冷え冷えとした目線でこちらを見ていた。
 そして、――神谷も。
 二人の前に立つ彼は、明らかに、彼らが知っている彼では無かった。
「何で……信じてたのに……どうして……」
 浦安の呟きに、神谷は眉をひそめて、そして冷たく笑った。
「信じる? ――人間とは愚かな生き物だな」
 そして彼は、そのまま二人に背を向けて外へと歩き出した。
「くそっ! 神谷、待ちやがれッ!」
 コジローは彼を捕まえようと走り出すが、どこからか現れた生徒達にそれを阻まれる。それでもコジローは、神谷を止めるべく、もがいて、そこから脱出しようと試みていた。
 いつの間にか、放課後の騒がしさは明らかに不穏な騒がしさへと変わっていた。
 二人の周りには、様々な武器を手にした生徒たちが、一様に冷たい目線を彼らに向けている。
 神谷は一度振り向くと、小さく笑った。
「テイアなら、上手くいくと思ったんだけどな……。まあ良い、君のお手並みを見せてもらおうか」
「神谷あぁっ!」
「公太! くそ! 待てっ!」
 追いかけるコジロー達を見つめて笑うと、――神谷はその姿を扉の向こうへと消していった。
 その場に残ったのは、暴徒と化した生徒と、半ば放心状態の、二人――。
 そしてその二人も間もなく、暴動へと飲み込まれようとしているのだった。



クリエイターコメント 大変お待たせ致しました。ノベルをお届けさせて頂きます。
 今回はちょっと情報が少ない調査だったと思いますが、様々な調査を挙げて頂き、結果、色々な情報を拾うことが出来たのではないかと思います。実はひっそりリンクしていた、もうひとつのシナリオと重ねて見れば、真実が見えてくるのではないでしょうか……。
 学園はちょっと大変な事になっていますが、きっと皆さんなら、この困難を乗り越えられる筈です。
 それでは、ご参加頂き、ありがとうございました! 
公開日時2008-11-23(日) 01:00
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