★ ディア・マイ・グリッタリング・スター ★
<オープニング>

 その日は久しぶりにちょっとした友人が自宅を訪れていた。それなりに気の知れた仲だって言うか、まあノートパソコンだけど。
「由佳さんまた原稿ですか、大変でございますね」
 うん。まあ、趣味だから大変なのが嬉しくもあるんだけどと答える私はどこか遠い。なんでだろうと思うけど、そんな考えにあまり意味はないので私は飽きてすぐに放棄してしまう。原稿に貼るスクリーントーンをハサミで切って貼りつける。はみ出たところを切り取ろうと、カッターに手を伸ばした。
「――そんなものでしょうかね。ところで、近況を聞いてない気がするのでございますが」
 ……近況? 誰の?
 最近ジャーナル読んだら御贔屓のスターが活躍しているみたいですごく嬉しい、って言った気がしたんだけどな……?
「誰のって、由佳さんのでございますけど」
 ああそうか、私ね。……私か。
 ぼんやりと私は、悩む私を見つめている。彼女はカッターの刃をちき、と少し出すと悩んでいるふりをした。考えてないことぐらいすぐにわかる。だって私だもの。

 ……じゃあ何で私は、私を見ているの? 私、最近何してた?

 映画は夢であり世界そのものさと、耳元で声が蘇る。そうか、私は『エキストラ』……
 ちきちきちき、ちき。
 耳慣れない虫のように、カッターが鳴く。
 ちきちきちき……かちっ。
 ああ、そうか。
 隣で輝く星の煌めきが、あまりにも美しくてあまりにも綺麗であまりにも強いから。
 
 ぼんやりとカッターを見つめる私を、私は見つめる。

 *

「植村さん植村さん」
「……何ですか?」
 例の如く対策課にいた植村直紀は、カウンタの向こうから呼びとめられて振り返った。そこにいたのはフェアガンゲン・フェアシュピーレンで、相変わらず本体を大事そうに抱えている映像だ。いつになくシリアスな表情で(そいってもそれは映像なのだが)、そいつは口を開いた。
「植村さんは、刺されたことございますか?」
 刺されるとは……蚊か蜂だろうか? 刺されてより困るのは蜂だろうと見当をつけて答える。
「蜂ですか? まあありますけど」
「虫ではございません、その……人に」
 ひと。植村はぼうっとその言葉の意味を探り……
「ってそれは犯罪じゃ……!?」
「ええ。そんなわけで一応対策課の耳にも入れておいていただこうかと思った次第でございまして――」
 そう前置きすると、フェアは先日のことを淡々と告げた。
「原因がよくわからないのでございますが、由佳さんにカッターで刺されました」
「……はい?」
「二宮由佳さんに、カッターで切りつけられたのでございます。……ただ、彼女と喧嘩もしてませんし、かといってもともと刺されるような何かがあったわけでも……ない、と思いたいのでございますが」
 言われて植村は唸った。これはもしかしたらと、いやな予感が耳元で囁く。
「――三件目かもしれません」
「……はい?」
 今度はフェアがそう聞き返す番だった。
「最近、ムービースターがエキストラに危害を加えられる事件が起きています。……実はそれに、共通点があって。それは被害者がスターであることと、犯人がエキストラであること。あとそれと……」
 歯切れ悪く言う植村を見つめて、フェアは次の言葉を待っている。
「誰も、その理由がわからないんです。襲った方も襲われた方も」
「襲ったほうもってことは――」
「その方々は銀幕市の魔法を受け入れて喜んでいたくらいなんです。だからムービースターという存在そのものを狙ったわけではなさそうですが、それにしては本人までもが『動機が分からない』という始末。……それに今回はまだ分かりませんが、それが今までの二人は口をそろえたように、『何かふわふわしていた』というんです。あと、『何かがすごく綺麗だと思っていた気がする』とも」
「ふわふわ……」
 フェアが悩み始めたのを見て、植村は訊ねた。
「なにか、思い当たることでも?」
「彼女、そのときぼうっとしているみたいだったんでございます。疲れているのかと思っていたのですが……」
 そのとき、市役所のロビーの方で声が上がった。

「誰か手を貸してくれ! 外で男が暴れてるんだ!!」
「何事です? ヴィランズですか!?」
 顔を出して叫び返した植村の声に、誰かが答える。
「いや! ……よくわからんが、襲われてるのはスターで、襲ってるのが――」

 いやな予感が、的中する。
「――エキストラらしいぞ!!」




種別名シナリオ 管理番号856
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントこんにちは、有秋在亜です。
今回はなんか珍しくシリアスかつ事件めいたシナリオを持ってこさせていただきました。

どうでもいい補足としては、フェアは映像なのでダメージ一つありませんでした。
特に気にせず、放っておいていただいて全く構いません。
今までの事件については、関係者を探すのはそう難しくないでしょう。

それでは、皆さまのご参加、お待ちしております。

参加者
ウィリアム・ロウ(cyzs7997) エキストラ 男 56歳 俳優
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
<ノベル>

「やめてください! 怪我をしますよ!」
「止めるなっ! 俺だって、俺は――!」
 銀幕市市役所前。一人の男が、羽交い絞めにされて叫んでいた。意味をなすことのできなかった言葉の羅列が、虚しくあたりにまき散らされている。
「何があったんですか!?」
 騒然となった市役所前に、役所の中から一人の娘が飛び出してきた。やわらかく揺れる金の髪を片手で押さえて、彼女は状況を把握しようと辺りを見回した。一人の男性が、地面で頭を抱えて呻いている。もう一人は、何かを叫びつつ羽交い絞めにされている男性。そしてもう一人がそれを取り押さえている。娘……コレット・アイロニーは、振りかえって市役所の中から他にも応援が来ているのを確かめ、ともかく倒れている方に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「手ひどくやられたよ……いや、でも大丈夫だ。ありがとう」
 彼は呻きながら、信じられないものを見るように、いや、まさしく信じてなどいないような目で、数人に取り押さえられてやっと大人しくなった男を見つめた。
「なんで――」
「一体、何が起こったのでしょう……」
 最初に暴れていた男を取り押さえていた男性……ウィリアム・ロウは、服の皺を軽くはたきながら呟いた。横目にするのは、今や魂が抜けたように座り込んでいる男だ。彼のそばに、あとから駆け付けて一緒に取り押さえていた青年が屈みこんでいた。
「……大丈夫ですか? さっきまで暴れていた方と同一人物とは思えないのですけど」
 青年……ファレル・クロスのその言葉にも、男は両手で頭を抱えるようにして、市役所の壁に寄りかかったままうずくまってしまった。

 *

 近くにあった椅子に座らせた先ほどの関係者……といっても一人はまだ放心状態で、一人は頬に痣を作っているので早々に病院に行った方がいいという結論にはなったのだが……を囲んで、ウィリアムとコレット、それにファレルは説明を聞いていた。対策課から駆け付けた植村による短い間でのやり取りで、最近起こっている、エキストラによるムービースターへの動機の不明な加害事件の一つであるらしいことが判明したのだ。何かふわふわしていたと感じていたという情報は、結局先日のものも含め三件までが一致することとなっていた。おそらく、たったさっき起きた事件も共通するだろうという見込みだ。流石に対策課が乗り出し、彼ら三人が依頼を受けることとしたのだった。
「私は彼らと一緒に病院に付き添って行きたいと思うのですが……」
 ウィリアムは頬にとりあえず氷水をあてている男性に向かっていいですかと尋ねた。彼としては、銀幕市で起こった出来事は深入りせず、傍観、観察しているだけのつもりだったのだが、彼は先ほど争っていた二人と市役所の少し手前で会い、彼らと談笑していたところだったのだ。そのまま立ち去るわけには、いかなかった。
「このままじゃ、もっと悲しむ人が出てくるかもしれないわね……。早く、解決してあげないと」
 真っ白なバッキーを連れたコレットが、話を聞いて口を開いた。
「私は……前にムービースターさんを襲ったっていうエキストラさんのところに行って、話を聞いてみようかなって。事件の前後のこととか、もう少し詳しく教えてもらいたいし、襲ったムービースターさんとはどういう関係だったのかとか……聞いてみたいの」
 コレットのその言葉に、ファレルがそれなら、と言う。
「それなら、私も彼女と一緒に以前の事件関係者に会ってみたいと思います」
 スターを襲う直前または以前に、何らかの物や人物と遭遇しなかったか――また、襲われたスターや、エキストラ周辺にも話を聞いてみたい所だ。本人では気付けない異変に、気付いている可能性もある。
「周辺の人々にも話を聞いてみたいですし……ええと、」
「私は、サイラスと申します。……これでも、手品師でして」
 ウィリアムは青の瞳に僅かに笑みを浮かべて、手を軽く広げて見せた。それは彼が演じた役の名前だ。少年に手品を教える、手品師。
「ではサイラスさんは彼らに付き添って病院の方に、コレットさんと私は以前の事件関係者の方に。そして時間を見てまたここで落ち合いませんか?」
 ファレルが淡々と提案し、そうしてから、申し遅れましたが私はファレル・クロスと言いますと付け加えた。
「ええ、ではそうすることにしましょう」
 口を結んで、ウィリアムは立ち上がる。事件自体に興味が無いわけでは、無かった。

 *

 所は変わって、病院の待合室。手当てを受けたスターの男性と、医者に診てもらいやっと我を取り戻したらしい男性と一緒にウィリアムはソファに腰かけていた。医者の診断は曖昧で、医学的な根拠は乏しいが、症状としては離人性に近いのではというものだった。今までのエキストラもどうやら同じだったらしく、今のところ普通の生活をしていて支障はないだろうとの意見だ。スターの方は、湿布を貼ってもらっていた。
「……すまない」
 ぽつりと、エキストラの方が口を開いた。
「何がなんだか、わからなくなってしまって……自分じゃなかったみたいでなんて言ったらいいわけになるよな」
「いや――もう大丈夫か?」
 言われた言葉に、彼はこくりと頷く。が、その眉根を寄せられていて、何か考えているようだった。その横顔に、ウィリアムはそっと問いかける。
「あのとき君は、どう思っていたんだい?」
「何か思っていたのかな……? でも、綺麗なものが」
 そこまで言って彼は口をつぐみ、悩むように寄せた眉間に指をあてた。
「美しい、んだ」
 ぽつりとそう言ってから、探るように首をかしげた。隣のスターも、ほんのわずか、その面に探るような色を浮かべる。
「なるほど、美しいもの……」
 話に聞いた事件の特徴と一致しているようだ。美しいものとは、ムービースターへの憧憬の表れなのだろうか。自分には起こりづらいだろうなと、話を聞きながらウィリアムは思っていた。俳優である彼にとって、映画から抜け出してきた姿は幻影としかとらえられないからだ。フィルムに焼き付けられた、映画という名の夢の亡霊。しかし……憧れが銀幕の上でなく隣に立った時、こんなことも起こるのか。
「美しいものは何?」
 やわらかいウィリアムの問いかけに、エキストラはやや間を置いてから言葉を探しつつ口を開いた。ウィリアムの上品さと知的な印象に加えて、親しみやすいその雰囲気が答えやすくしたのだろう。彼は悩みつつも思いついたことから口にしているようだった。
「よく、わからない。今思えば馬鹿みたいな気分かな……綺麗だって思ったのは、きっとそいつのことだろうけど、でもそうじゃない気もする」
 そいつ、のところで、傍らで神妙な表情で腰かけているスターを示しつつ、彼は言った。
「言葉にしきれない感覚だが……存在として美しいモノを、壊したくなった?」
 ムービースターへの憧憬。かつてそれは、自分も抱いていた感覚だ。そして、親友を失ってから色褪せた感覚でもある。それに対して危害を加えるということは、その憧憬のせいでそのものを破壊したくなったのだろうか。だがその予想は、エキストラが首を振ったことにより否定された。
「壊したくなったわけじゃ、無いんだ……壊すことなんてできるはずもないんだ。彼らが壊れるなんて、でも、俺がそこにいるのは身分不相応なんだよ。一緒に居る訳にはいかない、世界が――」
 顔を僅かにしかめたまま、そして言葉の意味に全くまとまりがつかないまま、彼は続けた。
「世界が、映画みたいな――俺は『エキストラ』、だから」
「つまり……スターが世界の中心だ、と? そして自分は端役だという感覚……?」
 なんとか言葉の意味を拾ってウィリアムが訊ねると、彼ははっとしたように顔を上げた。そうしてから、確かめるように頷く。
「そう……そうかもしれない。そんな風に感じた気がする」
「いつも、何となくそう感じていたのかい?」
「いや、そんなことはない……かな」
 疑念がゆっくりと形を持って影を落とすような感覚をウィリアムは感じていた。彼のその返答とこの連続して起こる事件は、何かが故意的にこの一連の事件を起こしていると考えられるのではないか……?

 *

「ムービースターの人たちの存在を喜んでて、だから動機がわからなくって、ふわふわしてて……それって、まるで、そのエキストラさんがエキストラさんじゃなかったみたいね」
 ファレルと並んで歩きつつ、コレットは考えながら言った。
「そうですね。彼らを狂気させたモノの正体がわかれば対応のしようもあるとは思うのですが……ああ、あそこですね」
 目指すカフェに、数人の影があった。市役所から連絡を入れ、会えることになった関係者たちだ。賑やかに談笑しているところを見れば、なにか恨みのようなものがあって事件が起こったとは思い難い。
「今日はご協力、ありがとうございます」
「いえ、対策課の依頼ですもの……なにか協力できることがあれば」
 ムービースターらしき女性が、笑顔で二人を迎えた。
「よろしければ、事件の前後のことをお聞かせ願えませんか? あと……」
「事件の以前に何らかの者や人物と遭遇しなかったか、周辺になにか異変が無かったかなどを聞きたいのですが」
 コレットがファレルを振り返り、彼は頷いて言葉を引き取った。連続事件とこれを捉えるならば、きっと共通のものか人物と接触しているに違いない。
「遭遇……?」
「ええ、なにか特別なことはなかったですか? 些細なことでもいいんです」
「なにかイベントとか、普段行かないところに行ったとか、ありませんか?」
 コレットが重ねる。彼らは顔を見合わせていたが、突然先ほどの女性が声を上げた。
「あ、ほら、映画見に行ったじゃない?」
「うん、行ったけど……?」
 その言葉に、集まった人のうち彼女の知り合いらしい数人が曖昧に頷く。彼らにとってはおそらくは、映画鑑賞などは日常茶飯事なのだろう。
「違うの。確か初期の白黒映画で、解説がついてて……」
 彼女の言葉に、いぶかしげな顔をしていた数人は納得したようにああ、と声を漏らした。
「解説ですか?」
 ファレルが訊ねると、彼女は頷く。
「普段見る新作とかじゃなくて、評論家の方の解説公演がセットになってたんです。それをみんなで見に行ったんですけど。でも、変わったことって言ったらそれくらいかな……」
 彼女の言葉に、ファレルはもうひと組の方を向いた。
「ええと、皆さんは……?」
「いえ、それをやってるのは知っていたけど、行ってません。それに特に変わったことなんて……」
「そう言えばこの間大学に行かなかったか?」
 友人のコメントに、ファレルに応えていた青年は困ったように頭をかいた。
「行ったっちゃ行ったけど……普通に綺羅星でやってる公開講座だよ。でもそれはかなり前から行ってるし……」
「そうですか……あ、えっと、ところで皆さんのご関係は?」
 公開講座。……いくつか開いてはいるが、綺羅星で定期的に行われているのは映画入門の講座だ。先ほどの評論付き映画と共通するだろうか……悩むように手を握りながら、コレットは顔を上げた。質問には、そろって友人同士だという答えが返ってくる。スターが実体化して以来の知り合いらしい。
「なのに、何であんなこと――」
 当事者のエキストラだと名乗っていた青年は、どちらかといえば悔しそうに呟いた。その姿にファレルは訊ねる。
「事件後、正気に戻ったと思われたのはいつですか?」
 気になっていたことの一つだった。エキストラの話が要領を得ていないところが、もしかしたらまだ『ムービースターを襲う状態』のままなのではないかと思わせたのだ。
「しっかりした切っ掛けがあった訳じゃないけど、しばらくしたら何をやったか気がついて……瞬間的にキレた時に似てたかな……」
 思い出すようにして青年は答えた。その言葉に、スターの女性の隣にいた娘が頷いている。すくなくとも今この瞬間には正気であることらしいことはうかがえた。その言葉が消え入るのと一緒に、僅かに沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは、コレットだった。
「あの、綺麗なものって言うのは、ムービースターさんたちのことではないのでしょうか?」
 考えた結果だった。ふつうの人からすれば、ムービースターはキラキラした存在だ。綺麗なもの、という表現に当てはまるだろうとコレットが思い切って訊ねると、エキストラ二人が悩むように首をひねった。
「ムービースターのような気もするし、そうじゃない気もする……なんだか、まともに考えられなかったんです。今でも良くわからなくて」
 その言葉に、青年が頷いた。
「うん……操られたって言うより、そこからすっぽりと、自分が抜け落ちたような気がしたんだ」

 *

「……というわけで、はっきりと誰か、あるいは何かに接触したというものが無かったんです。綺麗なものも、ムービースターだと思うけどそうじゃない気もする、って……」
「それは私の方も一緒でした。……が、すこし興味深い話が聞けましたよ」
 銀幕市市役所、対策課。三人は集って自分たちの得た情報を交換していた。二人に続いてウィリアムが病院で聞いた話……壊したくて攻撃したわけではないことや、何か背後にありそうなこと……を話すと、コレットが悩むように続けた。
「とりあえず、公開講座と映画に共通点かしら……公開講座は、教授や準教授の人が持つけど、客員教授のこともあるし、ほとんどが映画解説だから……」
 綺羅星の大学生ならではの情報だ。手掛かりが、一つ。
「映画、ですか……。どうも、この間起きた赤い本の騒ぎの部類のような気がしますね」
「ティターン神族、でしたっけ」
 ウィリアムに続いてファレルが呟いた時、対策課の入り口で動きがあった。一人の男性が戸を潜って入ってきたのだ。その姿を認めた三人は、思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
「どうも後手後手にまわっていてすまない。……その件について、少し話がある」
「――あなたは」
 現われた男……白銀のイカロスは、視線を一身に受け止めて口を開いた。
「この件には彼の言う通り、どうもティターン神族が動いているようだ」

 *

「皆なかなか見ないけど、白黒はまた違う魅力があるのに。そう思わないか、スミシィ」
 その部屋は、今は薄暗い。先ほどまで映画が流されていたのだ。チェアに腰かけた男は、眼鏡を押し上げて傍らの小さな影に話しかけていた。それは、小さなバクのような生き物。
「……ああ、そのビラ? 今度の講演会ね。……いいよ、連れて行ってあげる」
 彼は立ち上がり、部屋の電気をつける。無垢そうな瞳を向けてぺたりと座り込んでいるバッキーが、彼の方を向いた。

 ――その色は、深くに人を誘い込み、人に己を迷わせる森のような深緑。




クリエイターコメントこのたびはご参加ありがとうございました!

ここにも暗躍する影が、一つ。
どうも気になる幕切れですが、
お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-01-03(土) 21:50
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