★ ハロウィンがやってくる ★
<オープニング>

「10月31日の夜、時間空いてるかしら?」
 台詞だけを聞けば、まるでデートの誘いだが、その言葉を口にした嶋さくらには艶めいた所はまったくない。いつものようにバッキーを肩に乗せ、さばさばした様子で話しかけてくる。
「もし空いてたら、手伝ってもらえないかしら。リオネから依頼を受けたんだけど、わたしだけでは手が回りそうもないの」
 言いながらさくらは手にしたパンフレットの表紙を向ける。黒地にシンプルなオレンジの文字で書かれたその題名は『ハロウィンの悪夢』。齧られたジャック・オー・ランタンが片隅に小さく転がっているだけの表紙からは、ハロウィンモノの映画なのだろうという程度のことしか伝わってこない。
「これはね、子供が少なくなって、ハロウィンの催しも行われなくなった過疎の村が舞台のホラー映画なの。伝統の祭が行われない村を、死者の霊や悪霊、妖魔や妖精が横行し、人々を恐怖に陥れるというのがその内容で、恐怖と共に、外に知られずに滅びていく村の寂しさが描かれた作品でもある……って書いてあるわ」
 さくらも詳しくは知らないのだろう。説明のほとんどはパンフレットの謳い文句からの引用だ。
 説明の為にさくらがめくったページには、田舎の村の風景、主役の若夫婦、近所に住む年配の夫婦達、青白い光の中で踊る異形のもの、等の写真が載っていた。異形のものの中でひときわ目を引くのはねじくれた角を持つ妖魔の王子で、ある程度有名な俳優をもってきている所からしても、その身にまとう豪奢な衣装からも、彼が悪夢の中心的存在なのだと思われる。
「リオネの予知によると、10月31日の夜にこの映画のムービーハザードがあらわれるらしいの。銀幕市の一角にハロウィンの悪夢が蘇り、霊が闊歩するようになる。この区域をムービーハザードの被害から護って欲しいというのが、リオネからの依頼よ」
 ムービーハザードに巻き込まれた場所は、否応も無くその影響下に飲み込まれてしまう。現れた霊は映画と同じように人々を襲い、悪夢でこの地域を覆うだろう。
「霊を防ぐ為には、過疎の村でできなかったハロウィンの催しをすればいいそうよ。霊を怖い仮装で追い払ったりお菓子でごまかしたりしてこの夜を乗り切ることができれば、悪夢は終わるわ。楽しそうだと思って引き受けたのはいいんだけど、わたしだけで区域全部をカバーするなんてとてもじゃないけど無理。ね、もしこの日の夜に予定がなければ手伝ってくれない?」
 さくらはそう頼んだ後、歌うように口ずさむ。
「Trick or treat?」

種別名シナリオ 管理番号18
クリエイター福羽 いちご(wbzs3397)
クリエイターコメント ムービーハザードの範囲にいる人達にも協力してもらいつつ、派手にハロウィンしましょう、というシナリオです。
 出現する霊は、ムービースターではなくムービーハザードの影響で生まれるものなので、バッキーに食べさせることは出来ません。
 ハロウィンの行事をしていれば、ムービーハザードは日付が11月1日になった瞬間に終わります。なので、現れる霊たちへの対処をしていただいてもいいですし、楽しく遊んで夜が過ぎるまでの時間を稼いでいただくのでも構いません。
 賑やかにやりたいので、最大受注数を多めに設定致しました。皆様のご参加お待ち申し上げております。

参加者
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
山下 真琴(czmw8888) ムービースター 女 18歳 学生兼巫女
山下 逆鬼(caxw3696) ムービースター 男 18歳 学生兼霊媒師
<ノベル>

■■
 日本ではなかなかハロウィンは定着しないと言われる。キリスト教が盛んではない為に万聖節自体が知られていないことや、仮装をして余所の家を回ることに対する抵抗などが理由ではないかとされている。
 だが、家々を回るトリックオアトリートこそ行われないけれど、年々ハロウィンの飾りつけは盛んになり、特にお祭ごとが好きな人々が多い銀幕市ではこの時季、あちこちにジャック・オー・ランタンが置かれ、ハロウィンムードに包まれる――。

「手伝ってくれる人がいて助かったわ。今日はよろしくね」
 礼を述べる嶋さくらの扮装は、魔女っ娘。つばの広いとんがり帽子に黒の可愛いワンピース。頭蓋骨の形の指輪を嵌め、足元のブーツには蝙蝠を象った革細工までついている。こんな時にもお洒落を忘れないのが彼女の主義だ。
「配布用のお菓子を用意してきました。これだけあれば足りるでしょうか?」
 長い黒髪を巫女装束の背にかからせた山下真琴が、ラッピングされたお菓子が入った袋を開いてみせた。掌に乗る大きさの包みはきっちりと几帳面に包まれている。巫女装束はいつもの真琴の服装だが、ハロウィンの街の中ではどことなく仮装めいてみえる。
「トリートか。いかにもハロウィンらしいね。俺も1つもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
 顔の右側を覆い隠す仮面をつけ、正装した取島カラスは真琴から受け取った包みを眺めた。取島の普段はざんばらにしている髪も、衣装に合わせて後ろに撫でつけて1つに括ってある。今日はカフェでもハロウィンパーティが行われる為、これはそちら用の扮装でもあった。
「あ、いいな。わたしにも頂戴」
 さくらが差し出した手に真琴がお菓子を乗せるのを一瞥し、山下逆鬼がぼそりと問う。
「……食べられるのか? それ」
「当たり前でしょう」
 そんな兄妹のやりとりにくすっと笑った後、さくらはそういえばと言いながら周囲を見回した。
「エディさんも来てくれるっていう話だったんだけど……」
 まだかしら、と続けるつもりだったさくらは、こちらに近づいてくる大きな花束に気を取られ、その先を口にするのを忘れた。赤、オレンジ、黄色、ピンク、白……色とりどりの花が、それを持つ人の足取りに合わせて揺れ。不意にその花が下げられた向こうから、エディ・クラークの顔が覗く。
「準備に手間取ってすまない。待たせてしまったようだね」
 エディの言う準備とは、腕一杯の花と幾つものかぼちゃ。これをどう使うつもりなのだろうと、逆鬼はエディの持ってきたかぼちゃに鋭い視線を向ける。
「まさかそれを無駄にしようと言うんじゃないだろうな?」
「そんなことするはず無いじゃないか」
 エディは心外だとばかりに首を振った。さくらの方はといえば、かぼちゃよりも花が気になるようで、顔を近づけて匂いを嗅いだり、指先で花びらに触れたりしている。
「綺麗……でも、こんなに沢山のお花、高かったんじゃない?」
「代金? そんな小さなことキニシナイ!」
「今日はお祭りなんだから、大盤振る舞いもいいわよね」
 平気な顔で笑うエディにつられて同意しているさくらだったが、この請求書が対策課に回されていることを彼女はまだ知らない……。
 エディの目は何も知らないさくらから離れて取島へと向けられ。その途端、その目が輝いた。
「その扮装はまさしくファントム・オブ・ジ・オペラ!」
 世界で一番チケットが取り難いミュージカルと言われているオペラ座の怪人。ミュージカルスターを夢見るエディにとってそれは、尽きせぬ憧れだ。今にも飛びつかんばかりのエディの喜びぶりから取島は身を避け、彼が展開するロケーションエリアにだけは巻き込まれまいと、固く心に決めたのだった。
 そんな取島の内心には気づかず、さくらは明るく呼びかける。
「メンバーも揃ったことだし、そろそろ回る?」
 日もすっかり傾き、空は夕色から紺へと塗り替えられてゆく頃。そろそろハロウィンの悪霊達も目覚め、動き出すだろう。
 この場所を映画に出てきた過疎の村のようにしない為にと、彼らはムービーハザードに飲み込まれた地域を回り始めた。

■■
 ハロウィン――それは一夜限りの魔物の刻。
 明日になれば消え行く身なればこそ、今宵一晩世界を魔の色に染め上げようぞ。
 明日になれば消え行く身なればこそ、次に巡り来るまで消えぬ恐怖を残そうぞ。

「トリック・オア・トリート?」
 いたずらかごちそうか。ハロウィンの台詞を投げながら家々を回る。
 訪問を受けた側の反応は様々だ。ハロウィンだと思い当たったように急いで菓子類を探し出す人、迷惑そうに顔をしかめる人、何だか訳が分からずきょとんとしている人。
 ハロウィンを知らない人に、逆鬼はその由来を教えた。無闇に怖がらせるのもまずいかと、この区域がムービーハザードに飲み込まれていることは伏せておき、ただ事情があってハロウィンの催しに参加して貰いたいのだとだけ説明して、市民の協力を仰ぐ。
「もし誰か来たら、これをあげて下さい」
 急に言われてもと戸惑う住人に、真琴は用意してきたお菓子を渡した。訪れた悪霊達にこれを渡せば、伝統通りに彼らは帰ってくれるはずだ。
「次はお向かいの家……」
 言いかけた真琴は、ジャック・オー・ランタンをしげしげと見ている兄に気づいて、何かありましたかとそっと尋ねたが、逆鬼はすぐには答えず、厳しい顔でランタンに視線を注ぎ続けた。それは本物のかぼちゃをくりぬいて作った本格派のもので、目や口の細工も見事に出来ていた。切り口の乾き具合からみて、作成してから4、5日といった所だろう。
 十分に観察してから、逆鬼は視線はそのままで真琴に問う。
「……このくり抜かれた中身は食べられたのか捨てられたのか、どちらだと思う?」
 逆鬼にとってかぼちゃは大切な農産物であり、おもちゃにするものではない。真剣な表情の兄に真琴はちょっと肩をすくめる。
「捨てたんだと思いますけど」
 オレンジ色のハロウィンかぼちゃは基本的に観賞用。中は手で掻き出せるくらいどろどろとしていて、食べられない事はないだろうが食べたくなるような味ではない。人が食べるとしたら種をローストしたものぐらいだろうか。
「そうか……」
 逆鬼は小さく呟いてかぼちゃの上にかがめていた身を起こした。

■■
 ハロウィンの夜……密やかに流れる霊気が凝り、形を成す。
 それは暫しその場にたゆたった後、生気に引かれて1軒の家へと向かった。
 移動するうちにも、その身を形作る白い霞は濃くなり、ぽかりと暗く開いた眼窩までがはっきりと確認できるまでになった。
 万聖節になれば魔の時間は終わり。その前により多くの道連れを……そう思って踏み出した悪霊の動きがぴたりと止まった。
 家の庭で白いものが踊っていた。
 ひらりひらり……3体の魔が怪しげな歌を歌いながら、庭を跳ね回っている。
 思わぬ先客の姿に、悪霊は物憂げに身を翻し、庭から離れていった……。
「はい、もっと元気に歌って跳ねて。Oh、素晴らしい」
 悪霊が去った後の庭にパチパチとエディの拍手が響く。シーツから顔を出した子供達は、演技指導のエディに褒められて嬉しそうな顔になった。
「これならば本物のおばけにも負けないよ。さあ、ハロウィンを楽しもう! 合言葉は?」
 未然に防がれた危険も知らず、子供達はきゃっきゃと笑ってエディに答える。
「トリック・オア・トリート!」

 街路につむじ風が木の葉をかさかさと巻き上げ。
 乾いた葉が乱舞する中に子鬼が2匹、取っ組み合いをしながら現れた。片方がごろりと道に転がされ、もう片方が肩を揺らして耳障りな笑い声を挙げる。そして2人揃って偶々目に付いた家へと走っていった。
 ドンドン、ドンドンドン。
「はい?」
 ドアが叩かれる音に無防備に玄関を開けた女性は、其処に立つ小柄な2体の小鬼を見ると……ああ、と笑顔で頷いて先程真琴から貰った菓子包みを出してきた。
「はい、トリートね。だからいたずらはダメよ」
 小鬼達は顔を見合わせたあと、お菓子を受け取ると、ぴょんぴょんと跳ねながら街路に消えてゆく。
「まあ、本物の小鬼みたいだわ」
 一体誰がやっているのだろうかと、近所の子供の顔を思い浮かべつつ、女性は扉を閉めた。

 ひゅるるる……白く凝った霧が長く尾を引いて街を飛ぶ。
 そしてそれは帰宅途中の背広姿の男性へと向かい、その周囲をぐるりと蛇のように取り囲む。
「な、なんだ?」
 戸惑い立ち竦む男性を囲む霧の蛇が、すうっとその螺旋を絞った。
 霧に口をふさがれて息が出来ず、男性は両手の指を握っては開きして、掴めぬ霧を掴もうともがく。
 実体は無いのに空気を遮断して息を詰まらせ、ひんやりと冷気を伝えてくる死のくちなわ。徐々に男性の意識は遠のき……そこへ。
「そいつを放せ」
 霊気までも凍り付いてしまいそうな鋭い声がかけられた。声の主は仮面のファントム。仮面に隠れていない顔は確かに取島のものなのだが、その醸しだす雰囲気は先ほどまでとがらりと違う。この世のものならぬ霊を前にしても怯むどころか、挑戦的に足を踏み出す。
 その動きに呑まれたのか、霊は男性を放して取島が前に出た分、じりっと下がり。目の前にある獲物と、自分を超える者の気配とを計るようにゆらゆらと揺れた後、すい、と男性を離れて逃げ出した。
「あ、ありが……とう。助かった……よ」
 まだ苦しそうに喉を押さえて礼を言う男性に、取島はきょとんとした表情を向けた。
「ありがとうって、何が?」
 そう問う声はいつもの取島に戻っている。危機が逃げ去った今、暗き側の彼もまた去ったのだ。その間ひとときの記憶と共に。

 取島から逃げ出した霊は、風の速さで街を進んだ。ほとぼりが冷めた頃、再び速度を緩め、新たな獲物を物色する。
 その目が街路を歩いてくる不思議な装束をまとった少女の上に止まった。願ってもない獲物に、霊は歓喜の形に口を開け、先ほどと同じように霧の蛇と化して少女の身体を取り巻いた。
 だが……。
「かかりましたね」
 恐怖に慄くはずの少女は微笑し、巫女装束の袖を翻す。
 何か様子がおかしい。そう気付いた時には、霊の周辺の時間はぴたりと静止する。
「兄さん、早く!」
 真琴の呼びかけを待たずして、逆鬼は妖の右腕を解放した。時は真夜中近く。彼の力が最も強くなる刻限にかかっている。
 ザッ……
 真琴に絡みついたまま動きを止めている霊体を斬り下ろすように、逆鬼の腕が振るわれる。妖の腕が通った箇所の霊は引き千切られ、次いで残っていた部分も拡散して夜の中に消えた。

■■
 街に出現したムービーハザードからは、次々に魔が生まれてくる。骸骨がカタカタと骨の音を立てて歩き回り、狼男が遠吠えをあげ。小鬼が街路でとんぼをきる。
 幸いにして、彼らの動きによって悪霊が街の人々に害をなす事は防がれてはいたが、魔物たちは際限なく湧き出、街を我が物顔に行き来していた。
「だいぶ状況は苦しくなってきたけど、あと少し……もうすぐ日付が変わるわ。それまで頑張って」
 さくらが見ている腕時計をエディも覗き込む。10月31日も残すところあと半時間。霊の数も増えてきて厳しくなってきているけれど、この30分を乗り切りさえすれば人騒がせなムービーハザードも終わりを告げる。
「オーケィ、さあ、それじゃあ始めようか!」
 街にかぼちゃや花々を並べ終えたエディがパチンと指を鳴らし、ロケーションエリアを展開した。
 すると、かぼちゃは馬車に……ではなく、ジャック・オー・ランタンに変わり、声を合わせて歌い始める。
「ミュージカルは遠慮しとくよ」
 流れ出す音楽と歌声に、取島は巻き込まれまいと急いでエディから離れ、エリアに入らない部分の霊達の対応に取り掛かかった。
 エリア内はすっかりミュージカルの舞台に早変わり。

 「♪ トリック・オア・トリート 今夜だけの夢を見よう
    人は悪夢というけれど それはぼくたちだけの楽しいパーティ
    ほらご覧 月だって笑っているから ♪ 」

 エディが高らかに歌い、魔物たちの間を踊り巡る。
 骸骨の手をとって、タップダンスのステップを踏み。
 狼男と洒落たブレイクダンス。
 魔女っ娘さくらを高々とリフティング。
 吸血鬼の格好になった逆鬼とハウスダンスでキックを決めて。
 真琴の手を取ってくるりと回せば、豪奢なドレスの裾がふわりと華やかに広がる。
 霊が花を巻き上げながらエリア内を飛び駆ける。
 どこからともなくスポットライトが照らされ、光の輪が街路を交錯する。
 魔物の時間はあと僅か。
 これが最後のショータイム。
 エリアに巻き込まれた皆と肩を組み、全員でのラインダンス。その途中で……。
 シンデレラの鐘が鳴った。
 聖なる日の訪れが、街から魔物を一掃する。と同時にエディのロケーションエリアの効果も消え、街は先ほどまでの騒ぎが嘘のように、ひっそりと静まり返った。
「これで終わり、かしら。街の人に被害が出なくて良かったわ」
 さくらはとんがり帽子を取って周りを見渡すと、ほっと息をついた。無事、街は守られたのだ。
「……終わったね。ショーはこれでおしまいだ」
 エディは寂しく笑った。幕が下りるときはいつだって寂しいものだけれど。
「とても楽しかったよ、ありがとう」
 ハロウィンの夜、共に過ごしたものたちへと……エディは一輪の薔薇を捧げたのだった。

クリエイターコメント魔物のお祭りであるハロウィンの楽しい処、其れが終わる時のそこはかとない寂しさ。どちらも皆様のプレイングに在った事が嬉しくて、大変楽しく書かせて戴きましたの。
わたくしからも、街の方々からも、そしてハロウィンの魔物からも……有難う御座いました。
感想、御指摘等御座いましたら、是非お知らせくださいませ。
公開日時2006-11-19(日) 11:29
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