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<ノベル>
――データ閲覧――
2008/1/15 23:00 更新
ムービーキラー『フランキー』討伐部隊
コードネーム〈スティンガー〉
登録者リスト
竹川 導次(crbv1703)
ケイ・シー・ストラ(cxnd3149)
ケイン・ザ・クラウン(cnwe4072)
リゲイル・ジブリール(crxf2442) 流鏑馬 明日(cdyx1046)
ヴェロニカ(csat8734) 小日向 悟(cuxb4756)
赤城 竜(ceuv3870) 月下部 理晨(cxwx5115)
原 貴志(cwpe1998) 片山 瑠意(cfzb9537)
イェータ・グラディウス(cwwv6091) 太助(czyt9111)
梛織(czne7359) エルヴィーネ・ブルグスミューラー(cuan5291)
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) コレット・アイロニー(cdcn5103)
ジャック=オー・ロビン(cxpu4312) 風轟(cwbm4459)
真船 恭一(ccvr4312) リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886)
2008/12/26 23:00
作戦開始
2008/12/27 2:44
状況終了
詳細を表示しますか? →YES / NO
★ ★ ★
竹川導次とケイ・シー・ストラは、18人の隊員から受け取った作戦概要に目を通して、それから、調達された物資に目をやった。18人の出で立ちを見てもドウジは特に何も言わなかったが、ストラは微妙に怪訝そうな表情だった。
「その格好はなんだ? わが同志として迎え入れろとでも?」
「冗談はよしな、ロシアン・ドッグ」
「そのとおりよ、とんでもないわ。あんたたちなんかと組むのはコレが最後!」
ヴェロニカとリカがほとんど反射的に否定した。
ストラがそんなことを言ったのもムリはない。〈スティンガー〉の隊員18名全員が、テロ集団『ハーメルン』と同じ格好をしていたのだ。黒い迷彩柄のアサルトスーツに防弾ベスト、そしてS10レスピレーター。銃のかわりにファングッズをたずさえている者もいるが、あたかも『ハーメルン』のメンバーが一夜にして2倍になったかのような光景だった。
「アサルトスーツは確かに丈夫で熱にも強い。ベストは戦場では必需品だ。しかし、われわれに合わせる必要があったのか。いや、この際ハッキリ訊くとしよう。なぜ貴様らはわれわれの装備を選んだ?」
「え? あ、えっと……ソレは……」
「なんでだっけ?」
「概要に書いてなかった?」
「誰ひとりとして理由を書いていない。……まあ、ソレはいいとしよう。百歩譲ってな。問題はアレだ」
ストラは作戦概要書をヒラリと振ったあと、リゲイルが手配した無人ヘリをアゴで指した。無線で操縦する小型のヘリだ。
「アレでなにをするつもりだ?」
「陽動にと思って」
隊員の答えに、ストラは溜息をついてかぶりを振った。
「われわれが1階で陽動し、貴様らはそのスキに魔法で飛んで屋上から侵入するのだろう。ヘリのローター音がどれほど大きいか知らないハズもあるまい。ヘリなど飛ばせば上空からも接触があるとバカでも気づく。1階でわれわれが陽動する意味はどこに消えた?」
「あ……」
「そしてヘリを誰が操縦するかも誰ひとりとして名乗りを上げていない。われわれが操縦するのか? そのような指示は受けていないぞ。仮に指示を受けていたとしてもおそらく却下していた。前途多難とはこのことだ」
「そんなに言うなら、あんたも作戦会議に参加してくれりゃよかったじゃないか。プロなんだろ?」
思わず瑠意が口答えした。ストラは刃物のような視線を瑠意に返す。エルヴィーネは――彼女はハーメルンの格好をしていても、傘を手放していなかった――これみよがしに小さく溜息をつく。しかしストラが瑠意になにか言う前に、ケイン・ザ・クラウンがアタフタと間に割って入った。
「ままままま、気が立っているのはわかりますが、今はもうやるっきゃねえんでごぜえますよ。ケンカするならあとです、あとあと! 今は仲良く頑張るときですだよぉ。ハーメルンのこすぷれする理由なんてそんなに大切じゃねえんでしょうし、ヘリは必要ないなら飛ばさなきゃいいんでごぜえますだ。よろしゅう?」
「大丈夫ですよ、ケインさん。ケンカじゃないです。片山さん……、こうしてちゃんと指摘してくれるってことは、ストラさんも真剣に今回の作戦について考えてくれているってことじゃないかな。――ストラさん、他になにか気になる点はありますか?」
やんわりと、ケインに続いて悟がフォローに入った。
「成功の是非は貴様らの連携にかかっている。また、若干強引と感じる部分もあるが、おおむね問題はない。あとは各自が命を落とさなければ、ソレでいい」
「……なあ、すとら。おまえらはーめるんもちゃんと全員生きのこれよ。そういうふうに命令しろよ、な?」
太助の言葉に、ストラは無表情でウインクした。
「そーだヨ! 帰ったらボク、エンドレス無尽蔵チョコ生産マッスィーン作るんだ! ミンナ元気に笑顔でチョコパーティーさ、OK?」
「あぁ、いいねぇ。実にいい。すばらしいよ、チョコレートでパーティーなんて、夢みたいだ!」
「ネー!」
クレイジー・ティーチャーとジャック=オー・ロビンの殺人鬼コンビは、ふたりとも甘党だった。無尽蔵とエンドレスとは意味が重複していないだろうか、と教育者として真船はツッコミたかったが、空気を読んだ。
「ほな、準備はええか?」
「いつでもいいぜ」
ドウジの声にイェータが答え、理晨に目配せした。理晨はイェータの目を見つめ返し、強く頷く。
「よっしゃ。行くぞ!」
「おうよ!」
赤城がぐるりと肩をまわして、人一倍大きく気合を入れた。気合が勢いあまって、ほとんど無意識に、隣にいた原の背中を叩いていた。ぼぅんと鈍い音がして、体力に自信がある原も軽く前につんのめる。
ごおう、と猛々しい風が吹いた。
誰よりも大柄な背中から、白い大きな翼が生えている。仮にガスマスクをかぶっていたとしても、その黒い迷彩服の男が風轟であることは一目瞭然だった。
スターヒルズ・ホテルは、すぐそこにある。
頭痛はもう感じない。
梛織は、アズマ研究所から調達したゴールデングローブを握りしめた。自分のために持ってきたのではない。フランキーに連れ去られ、安否もさだかではないミランダのために持ってきた。
ミランダ。
梛織は彼女を助けたかった。彼女を知っている。DVDで彼女の殺陣を見た。ここ銀幕市で出会ったときには、彼女はすでにミランダではない怪物になってしまっていた。ムービーキラーとなったムービースターを救う手立てはない。しかしそれは、「今のところ」ないということにすぎない。前向きに考えようとした。
今は彼女のためなら、なんでもできる。彼女は恋人でも家族でもないけれど、彼女のためなら……。
「梛織さん、これ」
原が、天狗の隠れ蓑を梛織に差し出した。
「梛織さんはイェータさんと一緒に28階に行くんでしたよね。道中、よろしく」
「あ、あぁ。こっちこそ」
天狗のなんたるかをよく知らない梛織にとって、隠れ蓑はただのワラ束のように思える。いっぽう、原は純粋な日本男児だったので、天狗の力はほぼ無条件に信頼していた。かさばる隠れ蓑を着こみ、深呼吸する。
「なんだか……すごく大きく見える……」
無数の細い糸にくるまれたスターヒルズ・ホテルを見上げ、コレットはつぶやいた。
もしかしたら、自分が小さくなっているだけなのかもしれない。自分は無力で、ここにいる誰よりも頼りなくて――。
ふと、彼女の視界をつややかな黒がかすめた。迷彩服や防弾ベストの黒ではない。長い、女の、黒い髪の毛が、風轟の起こす風でなびいているのだ。
黒い髪の持ち主は明日だった。明日はなにも言わず、いつもの無表情で、P230のマガジンに実弾が入っているのを確認し、装填して、スライドを引く。
「行こう、パル」
明日はつぶやき、風轟から受け取った羽団扇を振った。
風が起こり、18人の身体がフワリと浮き上がる。そして、ホテルを覆う細かな糸も、音もなく風に揺られていた。
(街の希望が、すぐそこまで近づいてきている。私にはソレがわかるようだ。彼らは正義だ、私を倒すために存在している。ミランダ、きみにもわかるだろう)
(わたしは、邪悪では、なかった)
(そう、かつては。さあ、始めよう)
スターヒルズホテルは、銀幕ベイサイドホテルに並ぶクラスの高級ホテルだ。海沿いのベイサイドホテルに景観の点で劣るものの、25階から30階の高層部を占めるプレジデンシャル・スイーツの豪華さではまったく引けを取らない。
しかしそれも、過去の話になりそうだった。
ホテルは蜘蛛の巣に包まれているようにも、白カビに覆われているようにも見える。細かな糸がでたらめに織り成したヴェールを通して、ホテルの外観はうっすらと見て取れた。
「今、ホテルの上空よ。全員いるわ。敵もいないみたい」
『ダ・ヤア。こちらも突入準備は整っている』
リカの報告に、地上からストラが答える。
風轟が風力を調節しつつ誘導したおかげで、普通は空など飛べない者も、すんなりと屋上に到達できた。
「じゃ、ボクがお先に降りるね。ジャマそうだから、糸を払っておくよ?」
そう言うジャックに、
「僕も微力だが手伝おう」
真船が助力を名乗り出て、ディレクターズカッターを取り出した。
ふたりは真っ先に屋上に降りた。降りる前に、バシッ、とジャックの身体から鋭利な音がした。ジャックの腕と脚から、無数の刃が生えたのだ。片刃で細身の刃物たちは、日本刀やサーベルの刀身のようだった。
「おっ、と」
真船は思わず肩をすくめて、ジャックの刃物の間合いから離れる。
ジャックの刃物とバッキーの力は、あまりにもたやすく糸を切り裂いた。糸にはほとんど粘着性はなかったし、単なる蜘蛛の糸のように脆いものだ。ジャックが舞うように2回転し、真船が何度かディレクターズカッターを振るっただけで、残りの隊員が降りるスペースが出来上がった。
風轟が無線マイクに向かって、必要以上に大きな声で叫ぶ。
「全員無事に降りたぞ!」
『ダ・ヤア! 突入する。ジェラーユ・ウダーチ!』
ホテルの下で、爆音がした。
ハーメルンが手榴弾を投げたのか? ドウジの手下が手製の爆弾でも投げたのか? ソレを確かめる必要はなかった。ジャックが刃で、リカが火炎放射器で、階段までの糸を薙ぎ払う。
銃声が聞こえてきた。わけのわからない怪物の叫び声も。すべて、地上から聞こえてくる。時折ホテルがかすかに揺れるのがわかる。
リカは電話を取り出して、フランキーの番号を呼び出した。
しばらく反応がなかった。
無言でリカは仲間たちを促す。リカが先頭をつとめていたが、フランキーの応答を待つ間に、太助が階段につづくドアの向こう側に閃光弾を投げこむ。爆発音を確認してから、イェータと理晨、そしてヴェロニカが階段に続くドアを開けて、銃を構えながら中に滑りこんだ。
「クリア!」
一般的な日本人なら映画でしか聞かないような台詞は、ヴェロニカのものだ。
電話を耳に押しつけたまま、彼女たちにつづこうとしたリカは――そこで一声を放った。
「待って!」
フランキーが電話に出たのだ。
いや、誰かが出た、というべきか。ガチャリと回線がつながった音はしたが、相手から言葉はなかった。息遣いさえ、聞こえない。
「ハイ、リカよ。フランキーでしょ? わたしのこと、覚えてる?」
やはり、反応はなかった。
リカの後ろと前では、仲間たちがあたりを警戒しながらも、電話のやり取りに聞き耳を立てている。
「ゲームしましょうよ。バカラなんてどう?」
『……ああ、ソレはいい。バカラか……』
ラジオのチューニング音のような奇妙な雑音まじりで、男の声が、返ってきた。雑音のせいでハッキリしないが、フランキーの声に似ていたとは言える。それに、バカラをこよなく愛していた男なら、こんな反応をしてもおかしくはないだろう。
「部屋にいるのね。今から行くわ、階段を上って」
先頭に立つイェータ、理晨、ヴェロニカが、リカや後方の仲間に向かって頷く。階段に敵らしき影はない。ただ、どこもかしこも白い糸に包まれていたが。
リカは3人に続いた。さらに、フランキーとの直接対決に臨む8人が続く。屋上に太助とクレイジー・ティーチャー、ジャックと真船の4人だけを残して、〈スティンガー〉の面々は階段をソロソロと降り始めた。
「ねぇ、フランキー。カジノオーナーから女王蟻に転職なんて、ずいぶん思いきってイメージ変えたじゃない。いったいどうしたの? なにがあなたをそこまで変えさせたのかしら」
『……ウソをついているな……』
リカは思わず、足をとめた。他のメンバーもなにごとかと階段の途中で立ち止まる。
『……あまり感心しない……。ウソは邪悪だ……。リカ、きみの後ろから、銃声が聞こえないよ……。きみは1階にはいない……そうだろう……ウソをついているな……私は許しても……私の仲間は、許さない……バカラは……最高なのだが……』
リカは通話を切った。
ザワワ……ザワザワザワ……ザワ。
音が聞こえたわけではない。しかし、空気は少しずつ少しずつ、ズレるようにして変わっていく。
「なんだかヤバそうだ」
虚空に目を泳がせて、梛織が全員の気持ちを代弁した。その、一瞬の嫌な沈黙を、ストラの警告が打ち破る。
「敵の半数が動いた! 上へ向かっている。壁を這い登っていくヤツが……イズヴィニーチェ、数が多すぎて把握しきれん! われわれが囮であると気づかれたぞ! 可能な限り食い止めるが――」
「うわわわぁっ、飛んだ! 飛んでるですだよおっ、こいつら飛びやがりますあああ!」
「――緊急報告、一部の敵は飛行能力を有する! 上からも行くぞ、挟み撃ちにされる前に目標に到達しろっ! ――ハーメルン、総員弾幕を張れ! ヤツらを釘付けにしろ!」
「ダ・ヤア!」
「ダ・ヤア! 撃ちまくれ!」
ホテル1階は、文字通りハチの巣をつついたような大騒ぎと修羅場だった。
突入はケイン・ザ・クラウンの命令で、ふたりの大道芸人が火を噴きながら先行した。彼らにつづいたのは、肉体は脆いが基本的に不死身なゾンビ団員だ。ケインも転がるようにして、ハデなステッキ片手に飛びこんだ。
そして異形の蟲どもが、サーカス団とハーメルンを出迎えた。
人間とほとんど同じ大きさの、しかし図鑑にも載っていなさそうな、いびつな蟲ども。ほとんどはクモやムカデに似ていた。ゾンビは喰われながら喰い返し、ハーメルンはアサルトライフルやショットガンの実弾で挑む。竹川導次が率いる悪役会はしんがりを務めていた。
ホテルのロビーの備品はそのままだった。立派なソファーも、大きなフロントも、何もかもが白い糸に覆われていた。戦いが始まってから、黒いロビーはたちまち赤黒く染まっていく。
赤い。
サーカス団の血ではなかった、ゾンビの血は腐っていてどす黒い。ハーメルンの血でもなかった。まだ誰も深い傷を負っていない。だが、ゾンビが蟲の肉を噛みちぎり、ハーメルンが発砲するたび、血は飛び散った。
人喰いモンスターのケインはすぐに察した。コレは、人間の血だ。ムービースターのものか、それとも人間のものなのか、そこまでの区別はつかない。けれど、確かに蟲どものほとんどはヒトの赤い血を流している――。
しかし、数え切れないほどの蟲の相手をしている彼らに、血のことを気にかける余裕はなかった。
そんなときだ、ほんの数秒ばかり蟲たちがその動きをやめてから、陽動班に背を向けて、明後日の方向に走り出したのは。
1階から突入した悪役会が囮であると、敵が気づいたのだ。
バキバキと異様な音を立てて鞘羽を開き、飛び立つものもいた。
入り口の自動ドアをブチ破って飛び出しかけた蟲を、ドウジが長ドスで斬り落とす。しかし、次から次へとガラスを割ってホテルの外に飛び出す蟲のすべてを、しんがりの悪役たちがさばききれたワケではなかった。
「4体! いや5体だ、敵が外に飛び出した! 屋上を目指しているぞ、注意しろ!」
「どわぁぁあ、こっち向かってくるのもいますだ、あたしらを見逃してはくれねえようですだよぉああああ!」
「把握している! わめくな!」
ストラはケインに飛びかかろうとしていた蟲にガリルARMの全弾をお見舞いした。血と骨のカケラをぶちまけながら、蟲はケインの帽子にも触れられず床に落ちる。
「ゥワアッ……!」
ストラの斜め後ろでくぐもった悲鳴。
ストラがガリルを捨てて振り返ると、ガスマスクのひとりが、蟲に飛びつかれて倒れるところだった。ストラは銃を使わなかった。蟲の脚と脚の間、胴の横めがけて、すくい上げるような蹴りを放つ。一撃で蟲は腹を向けて床に転がり、近場にいたガスマスクがむき出しの腹にショットガンを撃ちこんだ。
グシャッ、と散弾で潰された肉と内臓が飛び散る。倒れたガスマスクはすでに起き上がっていた。
そして、3人のテロリストは息を呑む。
散弾で死んだ蟲の腹には、人間の男の顔が半分だけ浮き上がっていた。白目を剥き、苦悶に満ちた表情だった。
「リーダー……、見覚えのある顔です……」
「ああ。悪役会で世話になったな」
「まさか、この蟲は――」
そう呟いたガスマスクの後ろに、天井を這ってきた蟲がドサリと降り立つ。背中から、人間の男の腕が1本飛び出していた。腕には、和彫りの刺青がびっしりと入っていて……。
ハーメルンが反応するよりも早く、サーカス団のゾンビがその蟲に襲いかかった。
しかし、安堵するヒマはない。ストラは、異様なモノが、あまりにもすばやく近づいてくるのを感じ取った。
「3時の方向に注意! 速いぞ!」
ガリルを拾うのは間に合わない。ジェリコを抜いて右に走ったストラは、蟲が持つにはふさわしくない、刃の光を目の当たりにした。
「リーダー!」
そして、ガスマクのひとりの凄惨な悲鳴。
ストラの警告からわずか10秒。
スターヒルズ・ホテルの屋上に、5匹の異形の蟲が飛来した。カブトムシでもゴキブリでもない、不気味な姿の蟲だ。屋上に陣取っていた太助は、その姿を見た瞬間総毛だった。クレイジー・ティーチャーは逆に歓声を上げた。やっと暴れられる。
「ォオ待ちしておりましたヨォオオオオーッッ、ヒャッハーァァアア!!」
つい1秒前までは持っていなかった大ハンマーで、殺人鬼は迎撃した。飛行の勢いを倍以上の力でカウンターされ、蟲の1匹はたちまち潰れながら星になった。
「おやおやおや……」
ジャックもバシャリとすべての指を刃物に変えて、襲ってきた蟲を迎え撃つ。ほとんど一瞬で、蟲は無数の赤いサイコロに変わった。ベチャベチャと落ちるその音や色や匂いに、ジャックもクレイジー・ティーチャーも、馴染み深い興奮を覚える。まるで人間だ、人間の血と肉だ……。
「おうりゃっ!」
太助は華麗な宙返りでスズメバチじみた蟲のアゴをかわす。地面に着地した太助の姿は、少年でもタヌキでもなかった。ガスマスクをかぶった、黒づくめのテロリストだ。
長い足で繰り出したハイキックが、巨大なスズメバチを叩き落とす。
息つく間もなく、背後からコガネムシじみた蟲が飛んでくる。振り返って殴るヒマはない。裏拳で叩き落とした。太助が落とした蟲は、ジジジと翅を震わせ、フラフラになりながらも身体を起こした。しかし、今にも飛び立とうとした蟲は、二度と飛ぶことはなかった。真船がディレクターズカッターで一刀両断にしたのだ。
残るは一匹。
ソレはどんな蟲にも似ていなかった。
「……!?」
太助と真船が一瞬だけ見たその蟲には、顔があった気がする。男の顔だった。しかし。
10本以上ある脚が、4枚の翅が、一瞬で胴体から斬り離された。イモムシのようになってしまった蟲は、ホテルの屋上に落ちることはなかった。クレイジー・ティーチャーがすかさず大ハンマーで殴り飛ばしたからだ。またしても、汚い星が空で輝くことになった。
真船は眼鏡を上げて顔の汗をぬぐった。
「ふう、どうやらひとまず片づいたようだが……」
「なんだヨなんだヨー、ぜんっぜん物足りナーイ! もっと来てくれればイイのに! ボクらは楽しいし下のミンナはラクだし、イイことづくめじゃないカァ!」
「……先生……」
「その意見にはまったくもって賛成だけれど、ちょっと予定が狂い始めた、かな? もう少し陽動に引っかかってほしかったのにねぇ。脱出口を開けておくよ」
ジャックが指の刃を伸ばし、屋上の床――30階の天井を切り裂き始めた。
太助は、ほんの一瞬だけ見た『顔』が気がかりで、真船がしとめた蟲を、そうっとつまんでひっくり返す。
「ぅ、あ……」
太助は弾かれたように立ち上がり、後ずさった。どうシタの、とクレイジー・ティーチャーが顔を突き出す。
「あ……」
太助は答えられない。
ソレを覗きこんだ真船も、それきり息を呑んで、言葉を失った。
潰れた蟲の腹の裂け目からは、哺乳類の腸にしか見えないものがドロリとはみ出している。そしてその腸に、上半分だけの人間の顔が埋もれていた。赤い目をした……ガラの悪い男の顔だ……。
1階と屋上から警告を受けつつ、フランキー討伐隊のほとんどは、現在、ホテル30階にいた。イェータ、理晨、梛織、原、瑠意が、階段に敵影がないことを確認してから下のフロアへ駆け下りていった。コレットは、スチルショットを抱えて、30階と29階の間の踊り場で待機した。
見取り図によれば、プレジデンシャル・スイートルームは、30階と29階でほぼ同じ間取りになっている。今はホテルの誇りであった贅沢な様相も失っていた。白い蜘蛛の糸が、これでもかと言うほどなにもかもを覆っている。
見た限りでは、糸に包まれてはいるものの、ホテルの内部そのものが変容した様子はない。見取り図に記されたとおりの位置に、エレベーターと通気口があった。エレベーターは電源が落ちていて、1階で止まったまま動かせそうになかったが、コレはほとんどの者が予想したとおりだった。なにもかもが見取り図のとおりであってくれれば、エレベーターシャフトも通気口も、29階に通じているハズだ。
「とりあえず順調ね。でも、じきににぎやかになるわ。できれば、ここが静かなうちに片づけたいところだけれどね」
「予定通り、あたしたちはここから行くわ。……リガ、準備はいい?」
明日に問われて、リゲイルは頷いた。おんぶ紐で身体にくくりつけたバッキーと一緒に、スチルショットを抱きしめる。
ふたりはエルヴィーネの力を借りて、通気口にもぐりこんだ。けっして広いとは言えないその空間も、白い糸に侵食されていた。
エレベーターは、赤城と風轟が力任せにこじ開けた。
ゴヒュウウウ、と底から生ぬるい空気がせり上がってくる。嫌なニオイがした。腐敗した水のような。
「降りてる最中にエレベーターが上がってくる……なんてホラー映画みてぇなのはナシだぜ。どうせ使わねぇんだ、切っちまおうや」
「賛成だ。ちょっとどきな」
ヴェロニカがM4をワイヤーに向けた。アタッチメントとして小型ショットガンを装着した、マスターキーと呼ばれるバージョンだ。太いエレベーターのワイヤーも、アサルトライフルの連射でアッサリちぎれた。
「そんじゃ、行ってく――うおっ!」
赤城と悟とヴェロニカが、風轟の団扇でシャフト内に降りようとしたとき、異変は起きた。29階のどこかで窓が割れる音がしたのだ。
壁を這い登ってきた蟲どもだ。思った以上に彼らの動きが速かった。
「行きなさい! 露払いは私たちの役目よ」
スイートルームのドアを破り、醜い多足の蟲どもが廊下になだれこんでくる。天狗の隠れ蓑のおかげか、すぐそばを素通りする蟲も多かったが、気配か体温かを察知しているのか、まっすぐ討伐隊を目指してくるモノも少なくない。エルヴィーネはXM8をフルオートで連射した。その反対側の廊下を、リカの火炎放射器の業火が舐める。赤城と悟とヴェロニカはエレベーターシャフト内に飛びこんだ。風轟も後を追い、シャフトの内側からドアを閉める。
暗闇に閉ざされたシャフト内を、機転を利かせて、悟が火炎放射器の炎で照らしだした。
幸い、シャフト内に蟲は侵入していないようだ。
「少し、気になるんです」
炎の灯の中で悟が言う。
「30階にはなにも……誰もいなかった。200人以上のムービースターが、フランキーを守ってるハズなのに。蟲にさらわれた人たちの姿もありませんでした。まるで……このホテルには、蟲しかいないみたいだ」
「フン、気を遣わなくてすむぶん、ムシだけが相手のほうが楽だけどね。どこほっつき歩いてンだか……まさかボスがいる29階にみっしりなんてこたァないだろうねぇ? ソレはソレで厄介だ」
「なーに、俺たち4人だけで進むワケじゃねぇ。みっしりしててもなんとかなるさ!」
ヴェロニカも赤城も、楽観視しているワケではない。ソレは、悟にも伝わっている。
悟は闇を降りるわずかな間、フランキー・コンティネントの考え方を読もうとした。しかし、できなかった。フランキーと同調しようとしても、心がぽっかり開いた暗黒の深遠の中でさまようだけ。
なにもない。
望みも、目的も、動機も。
階段組の戦闘は熾烈を極めた。ひどい有り様だった。蟲だらけだ。イェータと理晨の傭兵組は、アサルトライフルを持ってこなかったことを少しだけ後悔した。ハンドガンとナイフでももちろん戦えるし、むしろイェータはナイフコンバットに長けているのだが、蟲は虫と言うには大きすぎ、数は多すぎた。
撃っても斬っても、飛び散るのは赤い血だ。
前線で戦うイェータと理晨も無傷ではなかった。どれが誰の血なのかわからない。それでも、5人は確実に階段を下りている。
「このぶんだと、階段を爆破するだけでは不充分です!」
後ろからP226を撃ちながら、原が叫ぶ。耳障りで異様な蟲の鳴き声と銃声が、ひとりの人間の声をかき消しそうだ。
「Bのトリモチだ! 死体も使ってふさいじまえばいい」
イェータが襲いかかってきたムカデじみた怪物を蹴り飛ばし、武器をナイフからグレネードランチャーに持ち替えた。グレネードランチャーとは言っても、弾はクレイジー・ティーチャーお手製のトリモチ弾だ。彼にはアズマ研究所に引けを取らないトンデモ科学兵器を作り出す才能がある。
「とりあえず先に爆破しとくぞ!」
蟲の群れをヒラリと飛び越えて、梛織が28階の踊り場にすばやく爆弾を仕掛けた。トリモチ弾を手にした3人がいったん引いたのを確かめてから、梛織は起爆スイッチを押そうとした――そのときだ。
『警告……ッ、注意しろ、厄介なヤツが……階段に向かっ……がふッ!』
「ストラさん! どうしました!?」
数分ぶりに入ったストラの報告は、咳と苦痛混じりだった。原は顔色を変えて訊き返す。
『不覚だ……ピエロも含めて……、陽動班の大部分が蹴散らされた。動きが違う……速いぞ……』
「ケガをしたんですか!?」
『止血中だ……、済めばまだ動け――ドミトリ!? ドミトリ、しっかりしろ!』
『リーダー! 動いちゃダメです! あぁ、血が……』
ガタゴトと激しい雑音が入って、それきり通信が途絶えた。原の戸惑いと不安が、理晨の大声で打ち砕かれる。
「梛織、爆破しろ! ――なにか来る!」
ソレを見たのは、前衛に立つ理晨だけだった。イェータがすばやく理晨の前に出て彼をかばう。梛織は踊り場に設置した爆弾を起爆した。
階段が揺れ、バラバラになった蟲とコンクリートの破片が飛び散る。もうもうと立ちこめる、白い粉塵。
その白い煙を引き裂いて、ソレはあらわれた。瓦礫や死骸を跳ねのけ、血が絡みついた刃が踊る。その正体はわからずとも、5人はソレが一筋縄ではいかないことをすぐに悟った。
コイツだ。コイツが、1階で陽動班に大打撃を与えた怪物だ。
瑠意がすかさずトリモチ弾を撃ったが、驚異的な俊敏さで敵は弾を回避した。トリモチ弾は積み重なった瓦礫にぶつかり、蟲の死骸をまきこんで、たちまち硬化していく。
「い、い、行かせな、い……」
ヤツが呻いた。
「い、行かせ……ミランダ……行かせない……ぞ……ミランダの……ところ……ろ……」
「……!」
梛織は、黙っていられなかった。
その名前を聞いてしまっては。
前に飛び出した梛織の視界に、ようやくまともにソイツの姿が入る。
オオカミだった。
梛織の口から、ほとんど無意識のうちに叫び声がほとばしる。悲鳴なのか怒号なのか、絶望なのか、彼自身にもわからなかった。
ソレは蟲のようで蟲ではなかった。身体のあちこちから、赤い蟲の脚や触覚を生やした獣人である。血塗れの抜き身を持った右手は肥大化し、レザーパンツを履いた脚も奇妙にねじくれて、オオカミの頭部の口からは、膨れ上がった舌が飛び出していた。いや、舌ではなかった。真っ赤で巨大な幼虫だ。黒い獣毛とレザーファッションに覆われた身体の内側からは、ゾロゾロと赤い幼虫が這い出してきていた。
この怪物が、つい最近までブラッカという名前であったことを、梛織は知っていた。彼もまた、ミランダのことを思っていた。ミランダのために、なにかできないかといつも考えていた。
「ミランダ……い、いいい、行かせな……ガルルルルル!」
ブラッカだったモノが、刀を振りかざして、消えた。
原にはそう見えた。あまりに動きが速すぎて。
「あー、イェータだ! 階段組は足止めを食ってる。先に行ってくれ!」
イェータは29階に向かったチームに無線を通して言い放つと、トリモチ弾を捨て、ナイフを抜いた。
「理晨、29階に行け! 瑠意と貴志と一緒にな!」
「任せていいか!?」
「当たり前だ!」
刀とナイフがぶつかり合う音。
振り返った理晨の目の前に、毒々しい色合いの巨大なムカデがいた。
理晨が迎え撃つ前に、ムカデは真っ二つになった。二つに分かれて崩れ落ちるムカデの向こう側に、日本刀を振り下ろした瑠意がいた。
「ストラさん! ストラさん、お願い、返事して……!」
通気口から出たところで、リゲイルは血相を変えて無線に呼びかけた。その間、明日は周囲を警戒していた。カサカサという蟲の足音がそこらじゅうから聞こえてくる。いつ飛びかかられても対処できるよう、明日はディレクターズカッターを構えていた。
ここはスターヒルズ・ホテル29階。
そのハズだ。
しかし、とてもプレジデンシャル・スイートが入ったホテルのフロアには見えなかった。見えるのは、瓦礫と、石と、奇妙な低木と、白いカビ。廊下とスイートルームの区別などつかない。壁は壊されてしまったのだろうか。低木はもしかするとかつては観葉植物だったのかもしれないが、異様に幹も枝もねじくれて、葉という葉がカビに覆われていた。
骨の芯まで凍えてしまいそうな冷気が、足元から這い登ってくる。
「ストラさん!」
『高い声で……叫ぶな。き、聞こえて……いる』
さっきよりもますます苦しげになった声で、ストラが応答した。
『に、29階に……到達したようだな……5名か……、はあっ……、捕捉している。目標……フランキーは……29階だ……まったく移動していない……ぞ』
「け、ケガがひどいなら、すぐ病院に行って」
『……早くフランキーを……始末しろ……そのほうが…………は、や……い』
『全部聞こえてるよ。ロシアン・ドッグの言うとおりだ。いたわりあいはミッションを終わらせてからでも遅くないさ。――エレベーター組も29階に到着。テングは引き返した。通風孔付近に異状は?』
「少なくとも、敵の襲撃はないわ」
ヴェロニカの報告に、明日がいつもと変わらない冷静な調子で答えた。
明日はリゲイルの背中をそっと叩いた。進もう、という合図だ。
「ストラ。悪いんだけれど、フランキーの位置を教えてくれる?」
『つ、通風孔の、南……エレベーターからは……南西だ。がふ、っ……ブルネットのジェーブシュカ……し、正面だぞ……5メートルも離れていな、い……注意しろ……!』
黒髪のお嬢さんとは、自分のことだ。しかし明日の視界に、フランキーの姿はない。5メートルも離れていないというのが本当なら、本当に目と鼻の先にいるハズではないか。
「……、上……!」
明日は天井を見上げた。白い糸に覆われた天井を、ディレクターズカッターが放つ光が照らし出す。リゲイルが短い悲鳴を上げて、明日も息を呑んだ。どうして今まで気づかなかったのだろう。天井には、びっしり、人が張りつけられていた。
誰も彼も、死んでいるようだった。
ドザン、と大きな音を立てて、無数の白い糸を引きちぎり、黒い物体がふたりの眼前に落下した。
キチキチキチキチキチ……、
カサカサカサカサカサカカカカカカ。
ソレは巨大な甲虫だった。しかし、カブトムシでもコガネムシでもなかった。脚が多すぎたし、開いた鞘羽の下から伸びる薄い翅は、赤い血管を備えたボロボロのセロファンの切れ端のようだった。とても、地球上の生物とは思えない。
蟲は明日とリゲイルの前で首をもたげた。
音もなく蟲の巨大な姿が縮み、唐突に、細身の女の姿に変わる。
「あなたは……! ミランダ!?」
「ぁ、ぁ、ぁああああ……」
ゾンビよりもおぼつかない足取りで、両手を前にさまよわせ、黒ずくめの女は歩いた。リゲイルはスチルショットを構えていたが、狙いが定まらない。自信もない。明日はディレクターズカッターを構えたまま、ジリジリと黒い女から距離を取る。
「わ……、わ……、わたし、わたし邪悪……ぅぅぅうがっ!」
ミランダの身体が風船のように膨らんだかと思うと、その姿はアッと言う間にさっきの異形の蟲に変わった。蟲は長い脚を伸ばし、エイリアンのようなアゴをカチカチ鳴らしながら、翅を震わせ、明日に飛びかかってきた。
リゲイルはスチルショットの引金を引く瞬間、目をつぶってしまった。
しかし、魔法の弾丸は無視の脚の付け根に命中した。
火花が弾ける音とともに、蟲の脚が2本吹き飛ぶ。
「ギキィイイッッ!!」
蟲が上げた悲鳴は、モンスターのモノでしかなかった。少なくとも、ミランダという女性が上げたモノとは思えない。
怯んだ蟲のスキを逃さず、明日がディレクターズカッターを振り下ろす。
「おおっと」
蟲が今度は、ハッキリ男の声でしゃべった。目にも止まらぬ速さで後退し、明日の一閃をかわす。翅だ、翅で飛んだのだ。後ろに。今、蟲は、ハチのようにホバリングしている。
カチ・カチ・カチ・カチ……。
蟲がアゴを鳴らす音が、明日とリゲイルには、嘲笑に聞こえた。拍手にも聞こえた。
「うそ……スチルショット……効いてない!?」
「いえ、効いてるわ。片側の脚を見て!」
ワラワラと蠢く脚どもは、確かに、リゲイルが放った一発を食らった右側だけ、ビリビリとしびれたように痙攣しているだけだった。
明日は蟲を睨みつける。カチカチキチキチとささやく蟲は、赤い目をしていた。
突然、蟲があさっての方向を見た。その次の瞬間には、後ろに吹っ飛んでいた。
「ヘイ、遅くなったね」
ヴェロニカが明日とリゲイルにニッと笑いかける。手にしたM4のマスターキーから、硝煙が立ちのぼっていた。
「ふたりとも、ケガはない?」
「こっちだ! 早く離れたほうがいい!」
トリモチ弾入りのランチャーを構えて、悟が明日とリゲイルに駆け寄る。赤城の姿もあった。
ヴェロニカが鋭い視線で見張る中、ショットガンをまともに食らったハズの蟲が、キチキチと身体を起こした。
「ああ……左腕……が……が……まいっ……たなこれ、は……」
巨大な蟲であったハズの敵は、黒いコートを着た壮年の男に姿を変えていた。ガクガクと壊れたオモチャのように震える左腕を見て、よろめき、首を震わせて、やけに落ち着いた溜息をつく。
「か、か、カードが、持てない……これでは持てない、ゲーム……途中……う、う……」
「フランキー……おまえ、フランキーだな」
赤城が問いかけた。男は、首を震わせながら、顔を赤城に向ける。呆けたような、なにが起きているのか一切把握していなさそうな表情で、彼は赤と黒の目をしばたいた。
「誰だ? きみは誰だ? ……ウソはよくない……」
意味不明なことを口走ってから、フランキーは大きく深呼吸した。
「来てくれたのか……そうか……ありがとう。私を倒せ」
「フン、どうやらマトモに話はできそうにないね」
銃口を向けたまま、ヴェロニカが失笑する。
「できるさ。かまわない。私と話が、したいのか」
そう言って静かに微笑んだ今のフランキーは、確かに、会話が成り立ちそうだった。
聞きたいことはいくつもある。しかし悟は、フランキーの左腕のしびれが取れてきているのを見逃さなかった。
「どうしてこんなマネしやがったんだ。さらった人たちはどこにやったんだよ」
「さあ……、殺したよ」
「そ、そんな……」
「ミランダは、いっしょにいるのだが」
「全部あなたの意思なの? ティターン神族……かれらと関係があるんじゃないかしら?」
「ははは。神など。問題はバランスだよ。ティターン神族? ……なんのことだ?」
フランキーはおもむろに天井を見上げた。
白い糸、蜘蛛の巣。白カビ。それらに包まれ、苦悶の表情の人々やプレミアフィルム、気絶したバッキーが、歪んだ天井に張りつけられている。死体の間を、異様な色と風貌の蟲が、ウロウロと這いまわっていた。
「このような立場の私とミランダが、この街には必要なのだよ。私はこの街とバカラを愛している。しかし、誰が絶望を担ってくれる? 誰もいなかった。だが私なら? そうだ、もとより悪の私こそ、銀幕市の希望のために、絶望を背負うべきだったのだよ。われわれは悪なのだから。だから……私を……殺しては、ならない」
フランキーは、そこで短く息をついて、首をうなだれた。ひぐっ、と激しく息を詰まらせたようだった。彼は大きく後ろによろめいて、かぶりを振る。彼のまわりのどこからか、カサカサキチキチと蟲が這いずる音がした。
「こ、こ、……こ……」
ひぐっ、とまた彼は息を詰まらせた。
顔を上げた彼の右目が、充血していた。しかし、真っ赤になった白目の中で、アイスブルーの瞳が揺れている。
「殺してくれ、頼むから、殺してくれ。きみたちは、勝たなければならないのだよ」
そしてそのささやきのあと、一瞬で、フランキーの右目は禍々しい赤色に変じた。しかしそのフランキーの顔が見えたのも一瞬だった。彼の姿は、モーフィングよりもずっとなめらかに、しかもすみやかに、巨大な蟲に変わったのだ。
ぶぉん、と唸りを上げて、蟲は飛んだ。
赤城が、ヴェロニカが、突き飛ばされた。風圧で悟はバランスを崩したが、トリモチ弾を発射していた。狙いをつけるどころではなかったので直撃はしなかったが、脚と翅の一枚をベッタリくっつけた。ガクンと空中で傾いだ蟲に、明日はスチルショットを浴びせる。
トリモチで固められた翅が鞘羽と脚ごと吹き飛んだ。奇妙な鳴き声を上げて蟲は床に落ちた。落ちた瞬間、その姿は細身の女に変わったが、やはり一瞬の出来事だった。
地面に這いつくばった蟲が奇声を上げる。
天井から、ミシミシと音がして、死体がボタボタと落ち始めた。死体と天井の間から、黒い甲虫が次々と飛び出してくる。フランキーとミランダが変じた蟲と姿こそ似ていたが、大きさはネコくらいだ。
ヴェロニカが咳きこみ、悪態をつきながら身体を起こして、M4を乱射した。味方にだけは当てないように努力したが、ほとんど狙いをつける必要はなかった。弾丸を浴びて、ボトボト小蟲が落ちる。床に落ちた蟲は、黒いモヤになって消え失せ、死骸も残らなかった。
巨大な蟲は痙攣しながらも足掻き、ズルズルと床を這って、凶悪なアゴを開閉しながら、倒れた赤城ににじり寄っていた。
「くっそぉおおおお!」
赤城はトリモチ弾を撃つ。スチルショットは持ってきていなかった。体当たりでどこか折ってしまったのか、少し身体を動かしただけで、ひどい激痛が体内を駆けめぐる。
ネバつくトリモチが脚のほとんどを床に縫いとめた。
カチ・カチ・カチ・カチ。
蟲は異形であった。トリモチにとられていない脚が、ゆっくり伸びていく。バッタやカマドウマの脚よりも長く、関節をムダに増やしながら……。
バツッ、とその異様な脚が飛んだ。
「悪い、大遅刻だな!」
大降りなナイフをあざやかに鞘に収め、理晨が赤城を抱えて蟲の前から離脱する。
乾いた銃声が響く。リゲイルと明日に食らいつこうとしていた小蟲が、胴を打ち抜かれて床に落ちた。P226を下ろし、原がふたりに駆け寄る。走りながら、空になったマガジンを交換していた。
(当てろ。『狙う』んじゃない、当てる気で構えろ。そして、撃て)
原の頭の中では、同じ人の同じ言葉が、リピート再生をかけた音楽のように、延々と回っている。彼は撃った。手持ちの銃弾がなくなるまで撃っても――ほとんど外してはいなかったのに――敵の数はまるで減っていないように思えた。
「コレで……全員揃ったぞ。最終決戦はこうでなくちゃな――あんたも満足だろ!」
最後に駆けつけてきた瑠意が、日本刀を振り上げた。
蟲は強引に床から離れた。ベリベリバキバキと、トリモチに固められた翅や脚がもげて床に残った。瑠意の斬撃をからくもかわしたムービーキラーは、再びフランキーの姿になっていた。右腕がなくなり、灰色のフォーマルは血に染まっている。
人間の声ではない声で短く叫び、血を飛ばしながら、フランキーはよろめいた。
その姿が、甲高い声でわめきちらすミランダに変わる。
次の瞬間には、またフランキーの姿に戻った。
「本当にコレが、あなたの望みなのかな。オレにも、よくわからない……。わからないほうが、わかろうとしないほうが、いいのかもしれない。でも、あなたは、きっと誰よりも自分のキャラクターに誇りを持っていたんだ」
蟲の羽音の中で、悟は呟いた。
この声は、フランキーに届いただろうか。
「あなたを殺さなくちゃ」
そして、理晨がムービーキラーに駆け寄った。風よりも確かな動きで、一切のためらいもなく。ガードケージから取り出したバッキーが、彼の胸元にしがみついていた。
一瞬でフランキーの懐に入った理晨が、バッキーをその喉元に差し出す――。
「スノー! 手伝え!」
赤城が怒鳴り、リュックから自分のバッキーを離した。
理晨のバッキーから一拍遅れて、ピュアスノーのバッキーがフランキーの足に噛みつく。
ムービーキラーが上げた断末魔は、およそ人間のものではなかったし、どんな獣の咆哮とも違っていた。
聞いた人間たちの心胆を凍てつかせるほどの、怒りと憎悪と悲愴の塊だった。
ソレは、絶望の声、……そのものだ。
★ ★ ★
赤い目の蟲たちが、バタバタと倒れる。30階を飛び回っていた黒い小蟲は、音もなく黒い霧に変わり、窓や壁の穴から外に流れ出ていく。しかし、ホテルを覆う白い糸はそこにとどまりつづけた。床に、天井に、壁に飛び散った赤い血も、けっして消えようとはしない。
いくら待っても、姿を歪められた赤い目のムービースターたちがもとに戻ることはなかった。赤い目のまま死んだかれらは、ゆっくりゆっくり時間をかけて、黒いプレミアフィルムに変わり――そしてボロボロと、跡形もなく消えていった。
しかし。
「あれ……?」
「お、どうした? もう満腹だってのか?」
理晨と赤城のバッキーが、まだ黒い塊が残っているのに、腹を膨らませてその場に転がった。ちいさくゲップをしているので、もうこれ以上は食べる気がないようだ。
バッキーが食べ残した黒いタールの塊は、モゾモゾと蠢いていた。
「ミランダ……! ちくしょう、ミランダ! ミランダはどうなったんだ!?」
階段から、ボロボロになった梛織が29階に駆けこんできた。
フランキー討伐チームがぐったりと座りこんでいるのを見回し、梛織はしばらく立ち尽くしたあと、ゆっくり膝をついた。8人の表情が、梛織の問いに対する答えだったから。
「こんな……こんなのひでぇだろ……、こんな――」
「待って。……見て」
リゲイルが息を呑み、蠢く黒い塊を指し示す。
プツプツ泡立ったかと思うと、肉塊は黒いモヤになって消えていき――そこに、細身の女が横たわっていた。
「ミランダ!?」
ソレはまさしく、ミランダにちがいなかった。だが、その美しい顔の半分は爛れていたし、右腕も肩口からちぎれてなくなっている。そして、梛織に抱き上げられて大きく息を吹き返したあと、頭を抱えてわめき出した。
「ぅぅうああああ、あああああ、わた、わたし、邪悪! ぁああああ、ぅあああああ……!!」
梛織に遅れて駆けつけてきていたイェータは冷静だった。念のために持ってきていたワイヤーで、ミランダを拘束する。
梛織は、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。
ミランダはなんとか救い出せた。しかし彼女は、狂ったムービーキラーのままだ……。
ケイン・ザ・クラウンが、フラフラとホテルの外に出る。
作戦が終わったことはすでに市民たちに知れ渡っているようで、救急車やパトカーの赤いパトランプがそこらじゅうで回っていた。深夜だというのに、野次馬も多い。
「だれか……、だれかぁぁ。ケガ人……中に、大勢……います、だ、よ……」
太っちょピエロは声を絞りだし、ボテ、と地面に転がった。彼は不死身なのに、なぜか今は傷の治りがひどく遅いのだ。皮肉なことに、彼が真っ先に救急車に押しこまれた。
救急隊員たちが駆けこんだホテルのロビーは、まさに地獄絵図だった。
無数のプレミアフィルムが血の海の中に転がっていて、ヤクザやガスマスクがうめいている。エルヴィーネがたたずみ、ゆっくりと傘を回している。
「すとら、おい……! 救急車来たぞ、しっかりしろ!」
ストラは階段口のそばで倒れているのを見つけ、太助は駆け寄って声をかけた。ガスマスクが何人も彼のそばで座りこんでいるのがいい目印だった。ストラは刀傷を負っていて、応急処置はしてあるようだったが、ほとんど身動きが取れないようだ。うっすら目を開けて、彼は太助に尋ねる。
「作戦は……」
「しゃべんなよ。もう報告、しなくていいんだから。……おつかれ。ありがとな」
「……、同志を……、先に……、ドミトリと……ブレイフマンが……」
「リーダー。その……ドミトリは、もう――」
傍らのガスマスクのひとりが、震える手で、血まみれのプレミアフィルムを差し出した。
ストラは大きく青い目を開いて、手を伸ばした。プレミアフィルムに指先が触れた。彼はなにか呟いたが、太助にはその言葉の意味がわからなかった。
ストラの手が床に落ちる。
ガスマスクが全員一斉に狼狽したが、幸いストラはフィルムにはならなかった。
「――なによ」
その光景を見ていたリカが震える声で吐き捨てる。
「なによ、全員にもう1回ババ食べさせてあげるつもりだったのに。ついでに1杯おごってあげたってよかったのよ」
そばにいたエルヴィーネはなにも言わず、そっとその場をあとにした。
途中、涙ぐむ真船と男泣きしている赤城とすれ違ったが、彼女はやはりなにも言わなかった。
いつもよりもかたい面持ちで、ホテルから出た明日はパトカーに向かう。彼女の報告で、救急隊員と警察がホテルの29階を目指して動き始めた。
さらわれた人々は、ひとりも助けられなかった。突入する前に、皆、殺されていた。明日の報告は、ソレと同義だった。
竹川導次は、白い糸の絡まったロビーのソファに腰かけ、キセルで一服していた。彼もまた無傷ではなかったが、討伐隊の中ではまだ軽傷だ。
「お、いいのう。ワシにも一服させてもらえるか?」
歩み寄った風轟に、ドウジはチラリと一瞥をくれて、無言でキセルを手渡した。
フウ、とふたりは大きく紫煙を吐く。
「……義兄弟は、残念じゃったな」
「……」
ドウジはしばらく虚空を睨んでいたが、やがてゆっくり首を横に振った。
「コレで楽になったやろう。結局、俺らがキラーになる言うんは、苦痛でしかないっちゅうことや」
「ウム……、しかし、あの若造はどこまでおのれの意思で動いておったのかのう……」
「若造?」
「わっはっは。ワシから見れば、おぬしもフランキーもみな若造じゃ」
ドウジはそこで、やっと笑みをこぼした。
「若造の考えるこたァ、ちょっとやそっとじゃ理解でけへん」
スターヒルズ・ホテルの前から、野次馬と赤いパトランプが消えたのは、午前5時をまわってからだった。
救出されたミランダは、再びアズマ研究所に収容されている。
彼女を見守る人々の中に、ブラッカの姿はもう、ない。
ホテルの中に充満する、澱んだ悪臭は、何日経ってもいっこうに消える様子がなかった――。
絶望の中、スターヒルズ・ホテルは、永い休業期間に入った。
再開のメドは立っていない。
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クリエイターコメント | 龍司郎です。このたびはフランキー討伐作戦、ほんとうにお疲れ様でした。幸いPC様には特に大きな被害もなく、ムービーキラー・フランキーを討伐することに成功しました。 ブラッカのことが完全にスルーされていたこと、モブに200体以上相手に陽動を任せたことから、龍司郎のNPCにのみ大ダメージです。PC様が傷つかなくて幸いでした。
18名様が途中まで全員いっしょに行動しているため、『キール・ロワイヤル』『ブラッディ・マリー』共通部分が多いです。お時間があれば、個別部分も合わせて読んでみてください。今後の展開を示す情報が入っているかもしれません。 大変失礼ながら、クリエイターコメントは共通とさせていただきます。ご参加、本当にありがとうございました! |
公開日時 | 2009-01-15(木) 23:00 |
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