★ 【眠る病】市長秘書の秘密 ★
<オープニング>

 それは、なにかの不吉な兆しだったのだろうか――。
 銀幕市の医師たちは、運ばれてくる患者に、一様に怪訝な表情を浮かべ、かぶりを振るばかりだった。
 眠ったまま、どうしても目覚めない。
 そんな症状を見せる市民の数が、すでに数十人に上ろうとしていた。
 患者は老若男女さまざまで、共通点は一見して見当たらないが、ムービースターやムービーファンは一人も含まれていないことから、なにか魔法的なものではないかという憶測が飛び交っていた。
 そもそも、医学的に、これといった所見がないのである。
 ただ、眠り続けている。
 しかし放置するわけにもいかない。
 銀幕ジャーナルの読者と、中央病院の医師たちは、この症状にひとりの少女の名を思い出さずにはいられない。
 しかし彼女の難病とは、いささか異なる点もあるようだ。
 そんなおり――
 市役所を訪れたのは、黄金のミダスだった。

「ではこれが、ネガティヴパワーの影響だっていうんですか!?」
 植村直紀の驚いた言葉に、生ける彫像は頷く。
『すべてが詳らかになったとは言えぬが……そうであろうと思う』
 ミダスの手の中で、あの奇妙な、魔法バランスを図る装置がゆっくりと動いていた。
「では、いったいどうすれば」
『夢だ』
 ミダスは言った。
『眠るものたちはすべて夢をみている。そこに手がかりがあろう』
 装置をしまいこみ、かわりにミダスが取り出したのは、一輪の薔薇のドライフラワーだ。
『この<ニュクスの薔薇>を火にくべよ。立ち上る煙は人を眠りに誘い、同じ場で眠るものたちを、夢の世界へ導くだろう。そして人のみる夢は繋がっている』
「つまり、このアイテムを使って、眠ってしまった人たちの夢の中へ入り込んで調べる、と……そういうわけですね」

 ★ ★ ★

 それは、突然の事だった。

 いつもの日常。
 対策課、植村 直紀と市長秘書、上井 寿将が毎度の如く言い合いをしていた。
「だからですね、上井さん……」
「だーっ!植村!だから何でお前は、いつもいつも秘書課の俺に対策課の仕事を持ってくる!」
「いえ、ですけどね。柊市長からは何か困ったことがあったら、上井さんにも手伝ってもらって下さいって、言われてますよ」
 直紀がにっこりとが言うと、寿将は目を飛び出して、
「柊市長が―――!」
 市役所内部に寿将の絶叫がこだまする。
「引き受けてくれますよね?上井さん?」
 直紀が優しく言うと、息を整えた上井が明らかに嫌そうな顔で、
「仕方がねえなあ。それで、どんな問題なんだよ?」
 寿将は頭を掻き掻き尋ねる。
「これが資料です、軽く目を通してください」
「ああ……」
 寿将が資料を受け取ろうとした瞬間、寿将の身体がぐらっと傾き、直紀の身体に覆い被さる。
「上井さんっ!」
 いきなりのことだったが、直紀は必死で寿将の身体を受け止めようとする。
 しかし、巨漢の寿将を受け止めることは、中肉中背の直紀には難しく、必死で頭だけは打たないように、横にする。
「上井さんっ!上井さんっ!大丈夫ですか?起きて下さい!?」
 寿将の身体を仰向けにして、直紀は寿将の顔を覗き込む。
 気絶をしている訳でもない。
 白目も剥いていない。
 ただ……眠っている。
 スースーと寝息をたてながら。
「……眠ってる。まさか、上井さんまで、ネガティヴパワーの影響を受けたって言うんですか……?」
 直紀はそう呟くと、携帯を取りだし救急車を呼ぶのだった。
 辺りには、寿将に渡すはずだった資料が散乱していた。
 そこには、『ネガティヴパワーの影響による眠る病のまとめ』と書かれていた。

 ★ ★ ★

 寿将は、夢を見ていた。
 目の前に居るのは、市役所の職員になったばかりの不器用なりに頑張っていた頃の寿将。
 両の手一杯に大きな熊のぬいぐるみ。
 笑顔で向かっているのは、中央病院。
「何だ?何で俺はこんな昔の自分を見ているんだ?」
 現在の寿将は、頭を捻る。
 全てにおいて一生懸命だった……あの頃。
 自分のやることは、全ていい方向に向いていく。
 そう思っていた……あの頃。
 だが、少女1人の笑顔も取り戻せないと気付いた……あの頃。
 昔の寿将に着いて行く。
 ある病室に着くと昔の寿将は、その部屋に入って行く。
 途端、大きな声が聞こえてくる。
 叫び、罵声、少女の声だ。
 そして『ガッチャーン』と花瓶の割れる音がする。
『帰って!』
 と、室内から少女の声が聞こえてくると、後にびしょ濡れになった、昔の寿将が出てくる。
 溜息をつくと、昔の寿将はスーツがびしょ濡れのまま、とぼとぼと帰って行った。
 それを確認すると、現在の寿将は、おもむろに扉に手をかけた。
「俺の過去なのか?それならここにいるのは……」
 すると、後ろから声がかけられる。
「あら?久しぶりね?お節介」
 少女の声だった。
 咄嗟に振り返る寿将。
 それと、同時に薔薇の蔦が伸びてきて、寿将の四肢の自由を奪う。
「お前!?」
 少女の姿に目を疑う寿将。
「あなたがくれて、そのまま投げつけ返した薔薇よ」
 少女は、おかしそうに笑う。
「これも返すわ」
 少女が抱えていた、熊のぬいぐるみが大きく大きくなり、本物の熊のような爪と牙が現れる。
「あなたも、ここで眠るの。永遠に。ね?お節介」
「!?」
 その言葉と同時に、ぬいぐるみの熊が寿将に襲いかかった。

 ★ ★ ★

 寿将の身体は救急車で中央病院に運ばれて、すぐに様態を確認したが。
 眠り続けている原因が分からない。
 寿将の身体は個室に移動され、ベッドに寝かされている。
 付き添いで来た、直紀は心配そうに寿将のベッドの横に座り、寿将に何か変化がないか、観察する。
 すると。
「……の……み……」
 寿将が苦悶の表情で口を開く。
「上井さん!上井さん!」
 直紀が声をかけるが、眠りから覚める様子は無い。
「……笑ってくれ……」
 また、寿将が声を漏らす。
「の……み……。まさか」
 直紀が一つの答えを見出す。
「これは。急がなければいけないかもしれませんね」
 そう言って、直紀は持って来ていた鞄から、<ニュクスの薔薇>を一輪取り出して確認する。
「私の考えが正しければ、今、上井さんは非常に危険な状態だ。急がなくては」
 そう言って、鞄を閉めると急いで病室を飛び出した。
 対策課で人を集めなければ。
 自分の同期を失ってしまう。
 粗暴だが根は親切な、友人を。
 直紀は、タクシーを拾い市役所に向かうのだった。

種別名シナリオ 管理番号951
クリエイター冴原 瑠璃丸(wdfw1324)
クリエイターコメントはい、どうも〜。
冴原でございます。
【眠る病】冴原編お送り致します。

今回注意事項がありますのでご確認下さい。

・夢の中ですが本来持っていない力を使うということは出来ません。
その代わり、バッキーやファングッズ、通常武器は、持ち込めます。
そして、闘うのはあくまで夢の中の中央病院なので、そう言う能力を持っていない限り空を飛んだりも出来ません。
ムービースターの皆さんは、ゴールデン・グローブを持っていく必要もありません。
本来持っている力は、使いたい放題です。
以上です。

どうか眠ってる上井を助けてやって下さい。
眠り姫ではなく男でごめんなさい(何に謝っている)。
襲ってくるものには、共通点があるようです。
シナリオ内に出ているものだけでは無いようなので、予想を働かせて動いて下さい。

それでは、御参加お待ちしております。
よろしくお願いします。

なお、今回のシナリオは締めきりが非常に短くなっておりますので、ご了承の上、お気を付けください。

参加者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
四幻 ミナト(cczt7794) ムービースター その他 18歳 水の剣の守護者
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
<ノベル>

 植村 直紀が急いで対策課に戻って、協力者を募ったのが1時間程前。
 直紀は5人の協力者と共に、再び中央病院に戻ってきた。
 そして足早に、上井 寿将の病室に向かう。
 寿将の病室に入ると、1人の看護士が様子を伺っていた。
「すみません。上井さんの同僚の者ですが、上井さんに何か変わった事はありませんでしたか?」
 直紀が看護士に詰め寄る。
「えっ?いいえ、運ばれた時と同じ、ただ眠ってらっしゃるだけです。脈拍も体温も異常ありません。……ただ」
 直紀の問に看護婦は、
「酷くうなされてらっしゃいます」
「それは、寝言を言ってるということですか?」
 森砂 美月が看護士に問いかける。
「はい」
「具体的には、どんなことを言ってらっしゃるんですか?」
 看護士は、少し考えながら、
「止めろとかお前のしたいことはこんな事じゃないはずだ、とかでしたね。私が聞いたのは」
「そうですか」
 直紀が言うと、
「それでは、何かありましたらナースコールを鳴らして下さいね」
 そう言って、看護士は病室から出て行った。
 その後、美月は自分も寿将の顔を覗き込む。
 苦悶の表情を浮かべながら寿将の口から言葉が漏れる。
「……の……ぞ……み……」
「のぞみ。これはやっぱり」
 美月がその名を口に出すと、コレット・アイロニーが、
「上井さんが話している相手は、やっぱり美原 のぞみちゃんね」
 直紀に来る途中でのぞみの名前を聞いていた、コレットが相づちを打つ。
「でも、何故上井様が市長の娘の夢を見ているのでしょうか?」
 サマリスが疑問をそこにいる一同に問いかける。
「そうだよねー。のぞみちゃんが市長の娘ってのは、この前までみんな知らなかったんでしょ?それとも、上井さんは以前からのぞみちゃんの事を知っていたって事?」
 四幻 ミナトが思った事を口にすると直紀が、
「上井さんは、笑ってくれとも言っていました。この事から考えるに、上井さんは、眠ってしまう前の、のぞみさんと面識があったと思われます」
 直紀が言う。
「でも、植村さん。のぞみちゃんの事は、柊市長も隠してたって事だし、それを知ってたなんて」
「上井さんは市長秘書です。知っていたとしても不思議では、ありません。でも、それを誰にも言わずにいたのは、何故でしょう?」
 コレットの発言に言葉を返しながら、直紀が考える。
「それは、やはり柊市長の事を考えては無いでしょうか?」
 美月が続ける。
「市長に別れた奥さんの子供が居るのはいいとして、その子が長期に渡って入院しているなんて声高には言いたくなかったんでしょう」
「そうですね。ああいう人ですが、芯は優しい人ですから」
 直紀が寿将の顔を心配気に見つめる。
 そんな時。
「クス‥‥眠る病にかかった方は、須く悪夢を見ているようで興味深いですねえ。この仕事、引き受けますよ。早く薔薇を火にくべて下さい。植村さん」
 それまで黙って様子を見ていた、ファレル・クロスが微笑を浮かべて言う。
「そうだよ。僕はさ。上井さんのこと、ほんの少ししか知らない。でもね、それでも……放っておけないんだ」
 ミナトも決意を胸に言う。
「植村さん。私達、上井さんを救って見せます。のぞみちゃんも助けてあげられればいいんだけど……。とにかく任せてください」
 コレットが親愛の情を持っている、直紀に宣言する。
「あまり時間をかけると、夢の所為で上井さんの精神が耐えきれなくなってしまうかもしれませんね」
 寿将の苦悶の表情を見つつ、あまり時間が無いことを美月が悟る。
「それでは、私もスリープモードに入ります。必要最低限以外のシステムがダウンした状態になりますが、心配はありません。皆さん、夢とやらの中でお会いしましょう」
 そう言って、普段夢を見ないロボットのサマリスは、スリープモードに入り、瞳の光が消えた。
「それでは、植村さん。私達、夢の中に入ります。情報が少ないのは少し不安なんですけど……上井さんを放っておくなんて出来ないですし」
 美月の不安を取り除くように、ミナトが元気な声で、
「大丈夫。みんなは、僕が守るから。上井さんも絶対目覚めさせるよ!」
 言ってのける。
「私も居ますしね。誰も傷つけさせませんよ」
 そう言いながら、ファレルの瞳は優しくコレットを見ていた。
「それでは、<ニュクスの薔薇>を火にくべます。私が行っても、足手まといにしかなりませんから、皆さんにお願いします。申し訳ありません。皆さん無事に眠りから覚めて下さいね。そして、上井さんをよろしくお願いします」
 深々と礼をする直紀。
 そして直紀は、鞄に入れていた<ニュクスの薔薇>を取り出すと、銀のトレイに入れ火にくべる。
 火は、ゆっくりと薔薇を焦がし、不思議な煙を部屋中に蔓延させる。
 そして、1人病室を出ていく直紀に声がかかる。
「植村さん行ってきます……」
 コレットの声を聞き、直紀が振り向いた時にはコレットは、甘い夢の中に入っていた。
 それを見やり、心の中で『頑張って下さい』と呟き、直紀は病室の扉を閉めた。

 ★ ★ ★

 5人が目を開けると、中央病院の前に立っていた。
 空は、青くここが夢の中なのか一瞬疑うが、周りを良く見回すと、中央病院の周り以外は視界がぼやけはっきりしない。
「ここが夢の中ですか」
 夢を見ない、サマリスが初めての経験に呟く。
「そうみたいですね。ですが、身体の感覚は普段の夢に比べたら、現実感があるようです」
 ファレルが拳を握り感覚を確認する。
「早く行くわよ!上井さんとのぞみちゃんを助けなきゃ」
 ガードケージを背負ったコレットが中央病院に向かっていく。
「……のぞみさんね」
 ファレルが何かを思いながら、コレットに付いていく。
 他の3人もそれに続く。
「皆様、ここは夢の中。それも悪意に満ちた。何が起こるか分かりません。私が先頭を歩きます」
 サマリスがアサルトライフルに手をかけ先頭を歩く。
 中央病院の中に入ると何故か、いや夢の中だからだろう。
 受付にも待合室にも誰もいなかった。
「上井さんは、多分のぞみちゃんの所に居ると思うけど、病室は何処だろう?」
 ミナトがみんなに尋ねると、
「現在の、のぞみちゃんは特別病室に居るとのことですが、ここではどうなんでしょう?」
 美月が答える。
「やっぱり、柊市長の娘だし。ここでも特別病室に居るんじゃないかな。とりあえず特別病室を目指しましょう」
 コレットがエレベーターのボタンを押すと、スーっとエレベーターの扉が開いた。
 それに乗り込む5人。
 エレベーターは音をたてて上へと登っていく。
 その時、サマリスのマルチセンサに反応があった。
 それも複数。
 徐々に反応が強くなる。
 センサーは自分達と重なっている。
 だが、エレベーター内には自分達5人以外は居ない。
 とすると、答えは。
「皆様!上です!」
 叫ぶと同時にサマリスが、エレベーターの天井に向かってアサルトライフルを次々に打ち放つ。
 ズダダダダと天井に弾丸が当たり天井に穴が空く。
 すると天井から、牙の生えた林檎やバナナ、パイナップルと言った果物が複数、異形の姿で落ちてきた。
「侵入者対策ですかね?」
 ファレルが呟くと、
「そうだろうね。僕らを上井さんの所には簡単には行かせてくれないみたいだね」
 ミナトが言いながら、床に落ちたバナナを拾うとミナトの指の間でさらさらと霞に消えた。
「夢の産物は、用が済めば消えると言うことですか」
 ファレルが床で消えゆく、異形の果物達を見て言う。
「でも、どうしましょう。エレベーターが止まってしまいましたね」
 美月が襲ってきたものについてメモを取りながら、音を止めたエレベーターについて考える。
「幸い、エレベーターの綱は切れてないみたいだから、天井から出て、エレベーターのドアをこじ開けましょうか?」
「それしかないですね。時間もありませんし」
 ファレルの提案に美月が頷くと皆も頷く。
「それでは、まず私が出て皆様を引っ張り上げましょう」
 そう言って、サマリスが天井の穴から這い出る。
 しかし、サマリスの重量は100kgを超えている、ぐらりとエレベーター内が揺れる。
「きゃあ」
 思わずコレットが悲鳴をあげる。
 よろけて転ぼうとするが、ファレルがしっかり受け止める。
「ありがとう。ファレル」
「いえ、大丈夫ですか?コレットさん」
「ええ、大丈夫よ」
 そんなやりとりを二人がしていると、サマリスが天井から顔を覗かせる。
「大丈夫ですか!?皆様?」
「大丈夫ですよ、サマリスさん。それで扉はありますか?」
 美月が尋ねる。
「はい、運のいいことに天井の上は扉でした。こじ開けられます」
「そうですか、それじゃあ先に扉を開けて貰えますか?その後、私達はここから出ます」
「分かりました」
 美月に言われ、サマリスは扉に手をかけ自分の出力を上げる。
 そしてゆっくりと、ギィーという音と共にエレベータの扉が開いた。
「皆様、開きました。私の手を掴んで下さい。引き上げます」
「それじゃあ、女の子達から上がりなよ。危ないし」
 ミナトが軽く言うが、女性二人は見つめ合った。
「ミナトさん、お二人ともスカートを履いてらっしゃいます。先にお二人が上がると……」
 ファレルが言う。
 それを聞いて、ようやく思いついたのか、顔を赤くしてミナトが慌てて。
「そうだね!僕、デリカシーが無かった。じゃあ、先に上がるね」
 そんなことがありつつ、全員エレベーターから脱出することに成功した。
「ここ、何階かな。のぞみちゃんの病室の階かな?」
 コレットの問にサマリスが、
「このマップによりますと、あと一階上がった階ですね」 
 みんなに示すと。
「じゃあ、今度は階段を上がらなきゃね」
 ミナトが元気に答える。
「その前に、敵は私達を排除したいようですから……」
「排除って!相手は、のぞみちゃんだよ、ファレル!」
 ファレルの発言にコレットが異議を唱える。
 が、ファレルは、落ち着いた声で、
「ここは、上井さんとやらの夢の中です。その、のぞみさんも上井さんのただの夢の一端と言うこともありえるでしょう?」
「それは、そうだけど……」
 コレットが言い淀むと、ファレルはコレットに手をかざし固めた空気を纏わせ、壁にする。
「念には念を入れておいた方がいいでしょう。皆さんにも、空気の壁を纏わせますから、ちょっとした防壁にはなるでしょう」
 そう言いつつ、みんなにファレルは空気の壁を纏わせる。
「それでは、行きましょう。皆様、特にムービーファンのお二人は私が必ず守ります」
 サマリスがそう言って進み出す。
 5人は階段を上がると、長い廊下に出た。
 途端、右の方向からバサバサと羽音のような音が聞こえてくる。
 しかしそれは、鳥の羽音ではない。
 バサバサとページを鳴らしながら本が数冊羽ばたいてきた。
 よく見ると、表紙が刃物のように光っている。
 すぐに、みんな戦闘態勢に入るが、ミナトが一歩前に出ると、
「こんな奴等、僕1人で十分だよ」
 そう言って、持参したペットボトルの蓋を開ける。
 すると、ペットボトル内の水が生き物のようにうねり、水の剣になった。
「いっけー!新技・水飛!」
 水の剣は異形の本の一冊に刺さり切り裂く。
「凄い、、水の剣」
 美月が呟くと、ミナトはチッチッと人差し指を振って、
「水飛は、ただの剣じゃないよ」
 その声に呼応するように水の剣は方向を反転させると2冊目の本に突き刺さる。
「ブーメランさ。しかも滞空時間は僕の意志次第!」
 そう言って、更にミナトは水飛を加速させる。
 そしてあっという間に辺り一面、異形の本の残骸の山になった。
 しかし、それも時間が経つと黒い霞となって消えた。
 ミナトは、水をペットボトルに戻すとしっかり、蓋をする。
「僕もなかなかやるでしょ?」
 背の高い青年が笑顔で無邪気に聞いてくる。
「うん。ホントに凄いわ。やっぱりムービースターって格好いいわね」
「それ程でもないよー」
 コレットの賞賛に若干照れているミナトを見て、ファレルは何となく苛ついて。
「皆さん、早く行きますよ」
「待ってよー、ファレル」
 ファレルを追いかけるコレット。
「ああ、そう言う事ね」
「何が、そう言うことなの?美月さん?」
 一人合点する美月にミナトが問いかける。
「フフッ、内緒です」
 一流カウンセラーにはファレルの気持ちが一発で分かったようだ。
「私達も急ぎましょう」
 サマリスが二人に声をかける。
『はい』
 そう答えて、美月、ミナト、サマリスも走り出す。
 廊下を曲がる所で3人は前の二人に追いついた。
 そして、廊下を曲がった先に見えたものは。
 パジャマ姿で色素の薄い肌、長い黒髪、とても美しい容貌の中学生くらいの少女。
 そして、薔薇の蔦に絡め取られた巨漢、上井 寿将が巨大なぬいぐるみの熊に襲われ傷だらけになっている、光景だった。

 ★ ★ ★

「上井さんっ!」
 まず最初に動いたのは、美月だった。
 美月はぬいぐるみの熊に愛バッキー、フィーラを繋いだスチルショットを放つ。
 スチルショットが炸裂した瞬間、ぬいぐるみの熊の動きが止まった。
 それと同時に全員が寿将に駆けよる。
「……お前等……どうして?」
「上井さんを助けに来たんですよ!」
「……助けに……」
 寿将の問に答えながら、コレットは寿将の身体に絡みついた薔薇の蔦を引きちぎっていく。
 その美しい手は薔薇の刺で傷だらけになっていく。
「コレットさん退いて下さい」
「え?」
 ファレルの声に思わず寿将から一歩離れる、コレット。
 その瞬間、ファレルが手をかざし、薔薇の蔦の植物細胞の細胞壁を分子レベルでバラバラにして寿将を薔薇の戒めから解放する。
 すかさず、サマリスが寿将を受け止める。
「大丈夫ですか?上井様」
「……ああ……」
 サマリスの問に寿将は彼らしくない、弱々しい返事をした。
 その間、ファレルはコレットに近づき、両手を握る。
「こんな、血だらけになって、無茶はしないで下さい。コレットさん」
「ごめんなさい、ファレル。私、上井さんを助けなきゃと思って」
 コレットが素直に謝る。
「分かった!この夢の敵の共通点!」
「私も分析出来ました」
 ミナトが言うとサマリスも答える。
「この夢の敵の共通点それは、上井さんがのぞみちゃんへ贈った、お見舞いの品だよ!」
 ミナトがはっきり言うと、寿将が、
「……よく分かったな……その熊も俺が、のぞみに贈った物だ……」
 やはり、弱々しく言う。
 肉体的にと言うより精神的に弱っているようだ。
「上井さんしっかりして!上井さんがいるから、柊市長や植村さんの笑顔を見られるんだよ。植村さんも、上井さんのこと、すごく心配してるから。こんな所から、早く戻ってきてほしいって!」
 コレットに言われ、寿将の瞳に光が戻る。
「そうだな、こんな所で縛られてる場合じゃないよな」
 気力を振り絞り、立ち上がる寿将。
「処で……上井さんとやらは、ここが夢の中で有るという事を理解しているのでしょうか? 貴方が持ってきたぬいぐるみ等で攻撃してくるような少女など、貴方は知らない筈です。彼女は、市長の娘ではない。……彼女が本物ならば、貴方を殺そうとする筈無いでしょう」
 ファレルが言うと、それまで黙っていた少女がくすくすと笑う。
「何がおかしいんですか?」
 ファレルがキツイ相貌で少女に問う。
「私は私。美原 のぞみ。柊 敏史の娘。銀幕市の市長の娘って事になるわね。そう、ここは夢。そこのお節介の夢の中。そして私の夢でもあるの」
「どういう事です?」
 ファレルの更なる質問にも、のぞみはくすくす笑いながら。
「だって、夢は繋がっているもの。私の夢はお節介の夢。お節介の夢は私の夢。私の身体は目覚めない。だから、私は夢を渡るの。そこにいる、お節介みたいなのは、私と一緒に夢の中で暮らすのよ」
「止めるんだ、ファレル。彼女は本物の美原のぞみだ」
 寿将がはっきりと苦しそうに言う。
「だって、私ばっかり、ひとりぼっちなんだもの、映画も見れない。つまんない。だからみんな眠ればいいのよ。夢の中なら何でも自由だもの」
 のぞみが無邪気に言う。
「のぞみちゃん、何でそんな事言うの?あなたが笑ってくれるの、私も……みんなも、待ってる。あなたのこと、忘れたりなんてしないから」
 コレットが言うとのぞみはつまらなそうな顔で、
「そんな言葉、信じない。だって、私の病気は治らないもの。みんな私を忘れていくのよ。ほら、お遊びの時間の再開よ」
 スチルショットの効果が切れた、巨大な熊のぬいぐるみがコレットに襲いかかる。
「コレットさん!」
 ファレルが叫ぶが、熊の攻撃はコレットの身体を裂いた……筈だった。
 しかし、ファレルが保険にとかけていた空気の壁が攻撃を防いだ。
 だがその一撃で空気が四散する。
 すかさず熊は二撃目をコレットに加えようとする。
「水壁!」
 その声と同時に、コレットの目の前に六角形の水の壁が現れ、熊の攻撃を完全に防ぐ。
「新技その2、水壁。その壁は簡単に壊れないよ。水に攻撃したって無駄さ」
 ペットボトルの蓋を開けた、ミナトが胸を張って言う。
「コレット様、お下がり下さい。あなた方は私が守ります」
 サマリスがアサルトライフルを構え、コレットを呼ぶ。
「のぞみちゃん……」
 のぞみに目を向け寂しそうな顔でサマリスの後方に隠れるコレット。
「とりあえず、話はそのぬいぐるみを退治してからですね」
 怒りを相貌に秘め、左手をかざす。
「消えてしまいなさい!」
 ファレルに襲いかかろうとした熊は、ボンッと言う音と同時に体内から破裂する。
 そこら中にぬいぐるみの綿が飛び散る。
「凄い、凄い!どうやったの?」
 のぞみが無邪気に聞いてくる。
「内部にある綿に大量の空気中の水分を含ませてやり、中から破裂させたんですよ。次は、あなたの番ですか?」
「止めろ、ファレル!のぞみに危害を加えるな!」
 愛しい人を危険な目に合わせたこの少女が許せない。
 ファレルの心はそれだけだった。
 寿将の声など届かない。
「お願い、ファレル!止めて!のぞみちゃんを傷つけないで、のぞみちゃんは寂しいだけなのよ!今、抱きしめてあげるから」
 コレットの声にファレルの動きが止まる。
「……コレットさん」
「今、行くから……」
 コレットが近づこうとするが、のぞみの顔から無邪気な笑顔が消え、
「寂しい……何言ってるの?つまんない冗談」
「のぞみちゃん……」
 コレットの顔が泣きそうになる。
「のぞみ!他人を傷つけるな。それで傷つくのはお前自身なんだぞ!」
「上井様……」
 寿将の発言に寿将がのぞみとの対話を望んでいると悟ったサマリスは、どうにか条件を整えようと考えるが、のぞみの心を解す方法が思いつかない。
「上井さん、のぞみちゃんは試しているのかもしれません」
「試す?」
 カウンセラーの美月は、彼女の心を自分なりに分析していた。
「上井さん、少なくともあなたの思いは間違っていなかった。……ただ、プロでも笑顔を取り戻すのが難しい場合もあるんです」
 美月の心に過去の出来事が蘇る。
 自分の力が足りなかったから、自分の思いが一方通行だったから、失ってしまった過去が。
「のぞみちゃん、あなたは本当に必要とされてるのかが不安なの?だから、上井さんを自分の夢の中に閉じこめたの?」
 美月が必死に訴える。
 しかし……。
「何言ってるの?あーあ。つまんなくなっちゃった。お節介、もうあなた帰っていいわ」
「のぞみ!」
「じゃあね。バイバイ」
 そう言うと、寿将の叫びも空しく、のぞみは病院の壁をすり抜けて、彼女の夢へ戻っていった。
 寿将は力が抜けたように座り込む。
「元気出してよ、上井さん」
 ミナトが寿将に声をかける。
「過去に負い目があるのなら未来に活かせばいいじゃないですか。上井さん」
 美月が微笑む。
「まあ、何でもいいですが、さっさと目覚めて下さい。今の貴方が最優先ですべき事は、この悪夢から抜け出して私達を救い出して下さる事です」
 ファレルが叱咤する。
「……そうだな」
 そう言って、寿将は立ち上がると、背を向けていた病室の扉に手をかける。
 そして勢いよく扉を開く。
 そこには、まだ幼い過去の、のぞみがベッドで寝息をたてていた。
 寿将は過去の、のぞみの顔を覗き込むと、
「のぞみ……きっと、お前の病気は治るから。みんなで奇跡だって何だって起こしてやるから。それまで待ってろな」
 5人はただ、寿将の誓いを見ていた。
 そして、一面が光に包まれると、みんなの意識が光の中に吸い込まれた。

 ★ ★ ★

 寿将の病室では、<ニュクスの薔薇>の煙が消えようとしていた。
 淡い煙が病室に充満していたのが、少しずつ晴れていく。
 そして、寿将の夢に潜入していた5人が各々目覚めていく。
「スリープモード解除。VM-04MCSシャール・イリシュ マスターズカスタム起動」
「目が覚めたみたいですね」
「現実ですか。そうです!コレットさん!コレットさん!大丈夫ですか?」
「うん……何?ファレル?」
「やっぱり、夢の中で闘うと疲労感があるなあ。寝た気がしないよ」
 各々の起きてからの第一声は、こんな感じで各人バラバラだったが。
 次に、考えたことは、みんな一緒だった。
 寿将が目を覚ましたかどうか。
「上井さん起きて下さい」
「上井さん、起きて。植村さんも待ってる」
「上井さんとやら、さっさと起きなさい」
「上井さんおきてよ〜」
「上井様、お起き下さい」
 5人がベッドを囲んで、上井の名前を呼ぶ。
 囚われているものから解放した、これで起きるはずだ。
「上井さんってばー!」
 ついには、ミナトが上井の肩を揺らし始めた。
 すると。
「だ――――――っ!うっせぇ――――――!」
 そう叫ぶと、寿将はいきなり起きあがり、ミナトの頭をぶん殴った。
「はぁ、やっと起きましたね。上井さん」
 美月が溜息をつく。
「痛いよー。上井さんー」
 ミナトが恨めしげに上井を見る。
「あなた様のお陰で夢というのを体験出来ました」
 サマリスが未知のものに触れた礼を言う。
「まったく心配させないで下さい。起きる時はさっさと起きて下さい」
 ファレルが説教がましく言うが、
「俺は、寝起き低血圧なんだよ!」
 寿将が言い切る。
「良かった。植村さんにも知らせなくちゃ。私、呼んでくる」
 コレットが言うと、寿将が
「あー。いいよ」
「でも……」
 コレットが言い淀んだ途端、
「うっえむら――――――!どうせ居るんだろ―――――!さっさと入ってこい―――!」
 寿将が大きな怒鳴り声で植村を呼ぶ。
「何で、分かったんですか?」
 扉を開けて直紀が入ってくる。
「どうせ、お前の前で倒れたもんだから、心配して傍に居たんだろ?」
 寿将が優しい声で直紀に言う。
「ええ。まあ」
 直紀が答えると、上井は今度は顔を豹変させ、
「俺は、お前のそう言う真面目ぶってる所がだいっ嫌いなんだよ!」
 そう言われたら直紀も黙っちゃいない。
「な、何ですかその言いぐさ!だったら、心配かけないで下さいよ!」
「あの植村さんが声を荒げてる……」
 コレットは、珍しいものを見たようにびっくりしている。
 その後10分程、子供の口喧嘩のような言い合いは続いた。
 そこにいる誰として、割って入ることが出来なかった。
 一段落して、二人は肩で息をしている。
「……まあ、今日はこんな所にしてやる」
 寿将がそう言えば、直紀も、
「……はい、そうですか。次は要りませんけどね」
 と言い返す。
「なあ、植村。……夢の中でのぞみに会った」
「そうですか……間違いなく本物の、のぞみさんなんですね?」
「ああ、間違いねえ。本物の、のぞみだった。俺の夢の中にあらわれたんだ」
「ネガティヴゾーンの影響でしょうか?」
「さあ、分かんね」
「この一連の連続集団睡眠ものぞみさんが関係していると?」
「それはわからんが……。対策を練らねえと、のぞみ……どんどん悪い方に行っちまう」
「とりあえず、ミダスさんに相談してみましょう」
「だな……」
 そう、話をつけると、寿将は5人に向かって、
「今回は、助かった。ありがとうな。じゃあ、さっさと帰るか」
「上井さん、起きたばっかりですし、今日は入院した方がいいですよ」
 美月が言うと、
「そんなん、つまんねだろ」
 寿将がこぼす。
「だったら、私が付き添います。カウンセリングも必要だと思いますし」
「要らねえよ」
 美月の言葉を突っぱねる、寿将。
「じゃあ、のぞみさんと何処で知り合ったか教えて下さい。今後の為に」
「あーっ、それ僕も知りたい!」
 ミナトも手を挙げる。
「そうね。のぞみちゃんも助けなきゃだしね。ね?ファレル」
「そうですね。コレットさん」
 コレットとファレルも聞く気だ。
「私のデータベースにも記録します」
 サマリスは、データ解析の準備に入った。
「仕方ねえなあ。話すよ。話す。アレは、俺が市役所に入ってちょっとした頃だった………」
 ぽつぽつと話しだす寿将。
 空は、夕暮れへと変わっていた。
 直紀はその夕暮れを見つめ、友が無事だった事に感謝していた。
 だが、事件は解決した訳ではない、早急に手を打たなければ。
 直紀は寿将を見やり、次の手を考えなければと心に誓った。
 日は沈みかけていた。

 ★ ★ ★

 まだ、暗闇からの脱出は出来ていない。
 光を見つけなければならない。
 この街にかかった魔法の一端を握るあの少女にどうか幸せな灯火を……。

クリエイターコメントはい、どうも〜。
冴原です。
どうにか、上井は眠りから目覚めました。
色々な都合で皆様のプレイングの全てを反映出来ず申し訳ありません。
しっかしまあ、皆さん上井を心配して下さって有り難うございます。
ですが、のぞみはまだ夢の世界にいます。
まだ、解決していません。
これからの皆様の活躍がのぞみを助ける手がかりになるかもしれません。
頑張って下さい。

余談ですが、今回の執筆期間中、冴原、倒れまして救急車で運ばれて即入院という、今回の上井のような事態になりました(笑)。
冴原、病弱なんですよ。
去年も入院しましたしね(笑い事じゃねえ)。
締めきりに間に合わないかと、本気で思いました。
こうして皆様にシナリオをお贈りすることが出来て本当によかったです。

誤字脱字、感想、ご要望等ありましたらメール下さると嬉しいです。

それでは、御参加ありがとうございました。
また銀幕の世界でお会いしましょう。
公開日時2009-03-07(土) 19:00
感想メールはこちらから