★ のぞみの望み ★
<オープニング>

 夢……夢……夢……夢。
 
 夢の中が私のすべて。
 
 寂しいなんて思わない。
 
 時間も経った。
 
 目が覚めたって、喜んでくれる人もいない。
 
 

 
 誰かに分かってもらおうなんて思わない。

 愛する人もいない私には夢の中がお似合いだから。
 
 私の居場所なんて何処にもない。
 
 だから私は夢の中にいるの。

 ★ ★ ★

 銀幕市市役所の会議室に3人の人影があった。
 1人は、「映画実体化問題対策課」の現場責任者、植村 直紀。
 1人は、「秘書課」の市長秘書、上井 寿将。
 彼は、つい先日、【眠る病】から解放され職場復帰していた。
 そしてもう1人と言っていいのだろうか?
 本来は神のアイテム、死の神タナトスが操る死の軍団の3人の将軍の1人、その第一席、「死による沈黙と静寂」を司る、黄金のミダス。
 彼等は、円卓に座り、一つの事件の報告とこれからの対策について話し合っていた。
『上井とやら、その少女に夢の中で会ったというのは、本当のことなのかね?』
 尋ねるミダスの手の中では、あの奇妙な、魔法バランスを図る装置がゆっくりと動いている。
「ああ。間違いなく、のぞみだった……俺が間違える訳ねーよ」
 寿将が確信を持って言う。
「しかし、何故、上井さんは以前から、美原 のぞみさんの存在を知っていたのですか?」
 直紀が素朴な疑問を口に出す。
「ああ……たまたまな。あれは、俺が市役所職員になって少し経った頃だったか。俺は、秘書課希望だったからな。毎朝、柊市長がいらっしゃるのを待って、挨拶するのが日課だった」
 そこで、一口、茶に口を付ける寿将。
「そんなある日に、柊市長は言ったんだ」

『私の娘にも君のような元気な友達がいてくれたら、病気も治るかもしれないね……』

「柊市長に娘がいるなんて、初耳だったから当時の第一秘書の爺さんにそうっと聞いたんだ、そしたらさ」

『柊市長には別れた奥様との間にお嬢様がいらっしゃいます。お嬢様は大変お身体が弱く、一年の大半を中央病院の病室で過ごしていらっしゃいます。……上井君、この事は誰にも言っては、いけないよ。私だって、柊市長が気に入っている君にだから話したのだから……』

「まあ、その爺さんも1人で秘密を抱えているのが辛かったんだろう。実際、この事を知っている奴は皆無だった」
「それで、どうしたんです?」
 寿将の話を聞いていた、直紀が続きを促す。
「一年の大半を病院で過ごす……正直可哀想だと思ったね。だから、柊市長の娘について、俺なりに調べた。その娘は、美原のぞみと言って中央病院の特別病室にいることまで調べがついた。で、早速、見舞いに行ったね」
『ほう』
 ミダスが相づちを打つ。
「扉を開けたら、まだ幼いがとても可愛い……いや違うな、綺麗な少女がいたんだ。俺は、たまげたね。そして、自己紹介した訳よ。市役所から来た、上井寿将だよって、そしたら」

『しやくしょ?おとうさんにたのまれてきたの?』

「のぞみは言った。だから、俺は『違うよ、のぞみと友達になりたくて来たんだ』って。そしたらさ、のぞみ、めいいっぱいの笑顔で懐いてくれた。そんなある日、のぞみがさ」

『なんでひさまは、じかんがあるとわたしのところにきてくれるの?』

「って聞いてきた。そこで俺は口を滑らせちまった……」
 寿将の中に未だに抱き続けている後悔の念が押し寄せる。
「俺、言っちまったんだ。『毎日、お見舞いに誰も来ないなんて可哀想だろ』って。そしたらのぞみは、今にも泣きそうな顔になってな」
 ふぅ、と溜息をつく。

『ひさまもみんなといっしょね。……わたしがかわいそうだから……どうじょうしているだけなのよ……ともだちになろうなんておもってない……ひさまなんてきらい!もう、にどとこないで』

「って、追い出されたよ。それ以降も時間が出来る度、のぞみに会いに行った。その度に追い返されるようになっちまったけどな。それ以来、のぞみの人に対する接し方も変わってきてな、病院のベッドの上で沢山のDVDをただ毎日見ながら過ごすようになった。そして、2006年8月。『ディスペアースリープ症候群』と言う名と共にのぞみは、目覚めない眠りについた」
 そこで寿将は、茶を一気に飲む。
「そうですか、私達が新人だった頃、職場にプレゼントらしきものを結構な頻度で持ってきていたのは、その所為ですか」
 同期の直紀は知っている。
 やけに浮かれていた、新人の頃の寿将を。
 そして、朝から浮かない顔だった寿将を。
「のぞみは本当に信じられる友達、仲間が欲しいんだと思う。同情なんかじゃなくて、自分自身を見てくれる友達が……俺は失敗したけどな」
 寿将が悔しそうに言う。
 するとそれまで黙っていたミダスが、
『あの少女は、ネガティヴゾーンに深い関わりがある。彼女の絶望が、ネガティヴパワーを強固にもしている』
「それは、やはり最近流行っている【眠る病】ものぞみさんの影響だと?」
『おそらく』
「それでは、どうすればいいんですか?ミダスさん?」
 問われミダスは、抑揚のない声で。
『やはり、夢だ。あの少女の……美原のぞみの夢の中に直接入り、直接少女を夢の中から救い出すしかない……ただ』
「……ただ?何ですか?ミダスさん?」
 直紀の問に、
『少女は、自分の存在を否定し絶望と共にあることを選んだ。この街にかかった魔法がそれを助長している部分もある。彼女の夢の中は、絶望の一端だ。大変危険な場所となるかもしれぬ……』
 そして、ミダスは<ニュクスの薔薇>を一輪出すと、
『少女は悪ではない。ただ、夢の中が自分のあるべき場所だと、信じきっている。その鎖を解かなければ、少女は目覚めない』
「つまり、のぞみのことをみんなが必要だと思っているってことを、のぞみ自身に気が付かせればいいんだな!」
『左様』
 寿将の問に、ミダスは軽く頷いた。
『だが、危険だぞ。行く地は、予想の付かない夢の中なのだから』
 ミダスが念を押す。
「大丈夫ですよ、ミダスさん。銀幕市の人達は強い思いを持って、のぞみさんを救ってくれるはずです」
「ああ、夢の中なら思いの強さがきっと力になるしな」
 直紀と寿将が言う。
『そうか、ならばあとは信じることだ』
 そう言って、<ニュクスの薔薇>を直紀に渡し、ミダスは椅子を立つ。
『少女の夢が光を放つことを祈っている』
 ミダスは会議室から去っていった。
 残った、直紀と寿将は、直紀の手の中にある<ニュクスの薔薇>を見て、
「それでは、協力者を募りましょう」
「……のぞみ、みんながお前を待っているからな」
 そして、二人も会議室をあとにし、対策課へ向かった。
 美原のぞみの夢の中へ入る有志を募る為に。

 ★ ★ ★

 少女は1人、静かな空と海の世界で海に立ち風景を眺めていた。
 その姿はとても美しく儚かった。

「私は、永遠に1人なのよ……」

 少女の呟きが見渡す限りの空に吸い込まれていく。

種別名シナリオ 管理番号977
クリエイター冴原 瑠璃丸(wdfw1324)
クリエイターコメントはい、どうも〜。
冴原です。

「【眠る病】市長秘書の秘密」で上井の夢から、去っていったのぞみを救い出そうと言うのが今回の目的です。
のぞみの夢の中に入って頂きます。
どうやら彼女の夢の中にはネガティヴゾーンのような風景が広がっているみたいです。
一体何が起こるか一切分かりません。
どうか皆様、ご油断無きようお願いします。
のぞみを救い出す最後のチャンスになるかもしれません。
気を引き締めて行って下さい。

夢の中ですが本来持っていない力を使うということは出来ません。
その代わり、バッキーやファングッズ、通常武器は、持ち込めます。

それでは、御参加お待ちしております。
よろしくお願いします。

なお、今回のシナリオは締めきりが非常に短くなっておりますので、ご了承の上、お気を付けください。

参加者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
ルヴィット・シャナターン(cbpz3713) ムービースター 男 20歳 見世物小屋・道化師
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
<ノベル>

●のぞみの病室

 中央病院、特別病室。
 美原 のぞみの病室。
 その室内に、8人の人物が集まっていた。
 1人は、『対策課』植村 直紀。
 1人は、『市長秘書』上井 寿将。
 そして、残りの6人は対策課からの依頼の元に、集まった協力者達。
 依頼とは、『美原 のぞみ』の夢の中に入り、彼女を救いだして欲しいということ。
 ここ、銀幕市にかかった魔法の一端を握っていると思われる少女の夢の中に入るという、危険を伴う依頼。
 だが、協力者の6人は、それぞれの思いに従い、この依頼を引き受けることにした。
「みなさん、事情は説明したとおりです。皆さんには、これからこの<ニュクスの薔薇>を使って、美原 のぞみさんの夢の中に入って頂きます。しかし、ミダスさん曰く彼女の夢の中は、どんな世界が待っているか分かりません。充分に注意をはらって行ってください」
 直紀が神妙な面もちで皆に言う。
 それに合わせて6人が強く頷く。
「俺からもいいか? のぞみは、自分は必要とされていない、要らない人間だと思っているふしがある。この世には、要らない人間なんて居ない、みんながのぞみの帰りを待っていると言うことを、のぞみの心に伝えて欲しい。俺は足手まといになるから行けねーけど、のぞみとお前等の帰りを待ってるから」
 いつもと違う、眼差しで寿将は6人に願う。


「のぞみちゃん……ネガティブゾーンみたいなところにずっといて、大丈夫かな。元の病気が、酷くなっていないといいんだけど……」
 コレット・アイロニーが少女の身を心配する。
「正直、私が彼女の立場であれば、『放っておいて欲しい』と言う処ですね。しかし、この状況ではそうも言っていられませんし、何とかしなければなりませんね」
「ファレル! なんて事言うの! 私は、のぞみちゃんと一緒に過ごしたいわ!」
 同行者のファレル・クロスの発言にコレットが反論する。
「怒らないで下さいよ。私の場合を仮定しただけですよ。のぞみさんはちゃんと起こしますよ」
 苦笑いしながら、ファレルがコレットの機嫌を取る。
「コレットさん、ちょっといいですか?」
 寿将の夢の中で一緒に協力した、森砂 美月が優しい声でコレットに声をかける。
 今日の美月は、白シャーリングブラウスと黒のジャンパースカートを基調にしたクラシカルなロリータスタイルと言った風貌だ。
 先程、病室に入って来た美月を見て、寿将が『どうしたんだ? その格好? 派手じゃねえか?』と聞いたくらいだ。
 いつもの美月もフリルやリボンが好きな女性だが今日は、一段と激しい。
『似合ってませんか?』
『いや、……似合ってるけど。……急にどうしたんだよ?』
 美月の質問にしどろもどろに答えて、質問を返す寿将。
『これは、特別な服なんです。思いと覚悟、そしてあの頃の気持ちを忘れないように……。のぞみちゃんを助けなきゃいけない。正念場だからこの服を着てきたんです』
 美月がそう言うと『そっか』とだけ言って寿将は、のぞみの美しい顔に視線を戻していた。
 そんな心情でこの依頼に参加した、美月には不安があった。
 声をかけられた、コレットは?マークを出しながら。
「何、美月さん?」
「コレットさん、あなたはのぞみちゃんのことが心配だと言いましたね。それは、同情からくるものですか?」
 美月がはっきりとした口調で言う。
「同情なんて、私はただ、のぞみちゃんと仲良くなりたいだけだよ」
「そこに、可哀想といった感情は、ありませんか?」
 コレットの答えに更に問いかける、美月。
「えっと、それは、ずっと病気でベッドの上なんて可哀想だと思うけど……」
 コレットがおずおずと答える。
「そこです。今回のぞみちゃんと接するに当たって、同情心などは、持たないようにして下さい。のぞみちゃんは、自身を可哀想と思う人に敏感になっています。彼女自身可哀想じゃないと、自信を持たせてあげることが重要なんです」
 そして、メンバーを見回すと一息ついて。
「今回は彼女と同じ目線に立たないと彼女の心を開くのは無理だと思います。上から声を掛けたりするような真似は厳禁と言えます。もちろん、一方的な正論等は論外です」
 心理カウンセラーの美月の見解だった。
「オーケイ。美月君。僕達も配慮しようじゃないか」
 顔の右側を仮面で覆っている、ルヴィット・シャナターンが場を和ますように笑顔を作る。
「夢は自分の心だ。彼女が絶望しているというならば、彼女の夢は…なんて悲しいんだろうね」
 そこでルヴィットは目を伏せ。
「早く目を覚まさせないと彼女自信が壊れてしまうかもしれないね」
「そんなことには、させないよ!」
 取島 カラスが力強く言う。
「あの娘は、ちょっとした迷路で迷っているだけなんだ。みんなの気持ちが伝わればきっと、俺達の元に帰ってくる……きっと」
 カラスの言葉には願いがこもっていた。
「みんなの気持ちは、分かったから。早く行こう。少しでも早く彼女を連れ帰った方がきっといい」
 それまでみんなの話を聞いていた龍樹が切り出す。
「そうだね、早くいこっか」
 ルヴィットはそう言いながら簡易ベッドに横たわる。
「そうですね、早く行きましょう。あとのことは任せましたよ。植村さん、上井さん」
 そう言って、ファレルもベッドに横たわる。
「あ、はい。のぞみさんをよろしくお願いします」
「じゃあ、<ニュクスの薔薇>を火にくべるぞ」
 直紀の声に答え、寿将が<ニュクスの薔薇>に火をくべる。
 たちまち、不思議な色の煙と何とも言えない香りが病室を埋め尽くす。
 そして、そっと2人の市役所職員は、病室を出て行った。
 眠りを誘う煙を嗅ぎながら、龍樹は夢に落ちる狭間で考えていた。
「(魔法の元になった誰かってのは一人じゃないのかもなぁ…)」
 睡魔が一層強くなる。
「(そして、悪夢も一人でないのかもしれない……それなら、なおの事迎えに行ってあげないと……)」
 ……伝えたいことがある……。
 そこで、龍樹の思考は途絶えた。

●吹雪舞う雪と氷の世界

 6人が同時に目を開いた時、目の前に広がっていたのは、雪と氷に包みこまれた銀幕市だった。
「ここがのぞみちゃんの夢の中。だけど、これって銀幕市じゃないか」
 カラスが呟いた。
 その時、『キィーン! キィーン!』と金属音が周りに響いた。
 龍樹がアンクレットにして装備していた、『ゴールデン・グローブ』が働き始めたのだ。
 と言うことは、ここはネガティヴゾーンなのか?
 そして、ムービーファンの3人がハッとする。
 ネガティヴゾーン内では、ムービースターはムービーキラー化する。
 どうする!?
「ファレル!」
 片膝をついている、ファレルにコレットが駆けよる。
「……大丈夫ですよ。眩暈がしただけで……」
「………………」
 ルヴィットは、仮面で隠れていない方の顔を隠し、苦しそうだ。
「二人とも。早くこれを身に着けるんだ!」
 そう言って、龍樹がブレスレット型の『ゴールデングローブ』をムービースター二人に手渡す。
 『ゴールデン・グローブ』を受け取ると早速身に着ける、ファレルとルヴィット。
 ゴールデン・グローブを着けるとファレルとルヴィットは、落ち着きを取り戻す。
「いや、助かったよ。龍樹君。夢の中自体がネガティヴゾーンになっているとは、思いもしなかったよ」
 ルヴィットが言うと、
「彼女の夢はネガティヴゾーンに最も近いと言われていた、だから念の為持ってきておいたんだ。予備も持ってきていて、良かった」
 龍樹がにこやかに言う。
「ファレル立てる?」
「もう、大丈夫ですよコレットさん」
 コレットがファレルに肩を貸している。
「くしゅん。それにしても、寒さも現実と一緒ですね。のぞみちゃんは、一体何処にいるのでしょう?」
 美月がそんなことを考えていると、どこからともなくぺたぺたと足音が聞こえてくる。
「何?」
 コレットがバッキーのトトを繋いだスチルショットを構えるとその方向には、皇帝ペンギンやイワトビペンギンと言ったペンギンたちが列を作って近づいてくる。
「あら、可愛い」
 コレットが唇をほころばせた瞬間、、ペンギン達は無数の弾丸となってコレット達に向かってきた。
「ここが、ネガティヴゾーンって事はやっぱりこいつ等もディスペアーって事だね」
 カラスが日本刀を構え臨戦態勢を整える。
「数が多すぎます。ここは、私に任せて下さい」
 そう言って、先程まで苦痛を味わっていたファレルは立ち上がり、両手をペンギンの方へ向けた。
「纏めて、潰れて下さいよ!」
 そう言って、ファレルが念を込めると掌から、絶大な重力が発生した。
 その重力下に入った、ペンギン達は次々と潰れていく。
 そして、潰れたペンギン達は、黒い霞となって風に流されていく。
「凄いわ。ファレル」
 ファレルの手を握り褒めちぎるコレットに対してファレルは、
「大したことじゃ、ありませんよ」
 と、言ってそっぽを向いた。その耳は、真っ赤になっていた。
「ディスペアーへの攻撃が、のぞみちゃんへの拒絶と取られなければいいのですが……」
「ワタシ達がのぞみちゃんに会えないことには、どうしようもないからね。仕方がないと思うよ」
「そうですね……それでどうしましょうか、のぞみちゃんを探さないと」
 美月が言うと、ルヴィットが答え、美月も納得する。
「とりあえずあの、雪と氷の銀幕市に行ってみようか? 何か手がかりがあるかもしれない」
 龍樹が提案する。
「そうだね〜。行ってみようか」
 それに、軽い口調でルヴィットも賛同する。
「他にも何かあるかもしれませんから、私が先頭を歩きます。ルヴィットさんは一番後ろをお願いします」
 ファレルが一歩前に出て指示を出す。
「リョウカイ」
 そうして、6人は雪と氷の銀幕市に向かって歩き出した。

 歩くこと数十分、銀幕市内に入った6人だったが奇妙なことに気付く。
 何処も朽ちていて、銀幕市のなれの果てと言った風なのだが、探索していてあることに気付く。
 自分達が知っている施設がいくつか存在しないのだ。
 正確には、2006年以降ムービーハザードとして現れた施設が一つも存在しない。
「ここは、3年前で時間が止まっているのか?」
 カラスが頭を捻る。
「そうよ、ここは、私の大好きな銀幕市。私が眠ったと同時に眠りについたの」
 少女の声が聞こえてくる。
「この声は、のぞみちゃん!」
 コレットが叫ぶ。
「のぞみちゃん! 出てきて! お話がしたいの!」
 美月も叫ぶ。
 すると、ビルの上からふわりと弾むように、のぞみが降りてきた。
 その姿は、パジャマ姿だが長い黒髪の端正な顔、美少女という形容がふさわしかった。
「そんなに、叫ばなくても聞こえてるわ。あら、会ったことがある人がちらほらいるわね」
「のぞみちゃん、一緒に帰りましょう」
 のぞみに接触出来たことでコレットは、前に出ようとする。
 が、それを、ファレルが止まる。
「まだ、彼女の攻撃が収まったと確認出来ていません。先に説得を試みましょう」
「そうね……」
「私に考えがあります」
 そう言って、ファレルは両手を複雑に動かし、のぞみの前に巨大な光のスクリーンパネルを発生させた。
「あら、これで、何を見せてくれるの?」
「あなたを心配している人達ですよ……百聞は一見にしかずです」
 そう言って、ファレルはスクリーンに画像を映し出す。
 そこには、入れ替わり立ち替わり、のぞみの見舞いに来る銀幕市民の映像が映し出された。
 多くの銀幕市民が彼女の病室を訪れている。
 ……だが、しばらくすると、スクリーンに映し出される映像に変化が表れた。
 コレットの映像が極端に多くなってきたのだ。
 コレットが花瓶の水を変えている所。
 コレットがのぞみに本を読んで聞かせている所。
 コレットが、のぞみの顔を拭いている所。
 終いには、コレットがのぞみの相手をしているシーンしか、無くなってしまった。
「これで分かったでしょう。あなたがどれだけの人に支えられているか」
 ファレルは自信を持って言ったが、のぞみの顔は真顔のままだった。
「よく分かったわよ。あなたが、そこの女のことしか考えていないって事が」
「な!? そんなことは、ありません!」
 動揺するファレル。
「今の映像が全てを語っているじゃない? あなたは、私のことなんてどうでもいい。ダシに使ってるだけじゃない。あなたの言う事なんて、信じられないわ。信じられる訳ないじゃない!」
 そう言うとのぞみは、両手をファレルの後方5人に向けた。
「待って、のぞみちゃん!」
 美月がありったけの声で叫ぶ。
 が。
「楽しい旅の始まりよ」
 すると、5人を囲むように光の輪が発生した。
「ファレル!」
「コレットさん!!」
 呼ぶ声空しく、5人は光と共に消えてしまった。
「あなたはここで1人雪に埋もれて暮らすの。じゃあね」
「待って下さい! のぞみさーん!」
 その場には、ファレルの空しい叫びだけが残った。
 そして、ファレルは体験することになる。
 絶望の中で1人であると言うことを。
「……コレットさん」

●空と海の世界

 光の輪に取り込まれた瞬間5人は、別の場所へ移動していた。
「……ここは、第1のネガティヴゾーン」
 美月が呟く。
 歩ける海に、ただただ伸びる青い空。
 だがその空気は安寧な安らぎを与えてはくれない。
 間違いなく、あのレヴァイアタンが支配していた空間だ。
「どうしよう、ファレルと離ればなれになっちゃった……」
「大丈夫だよ。コレット君。自分達がのぞみちゃんの心を開くことが出来ればきっと、彼も返してくれるよ」
「……うん、そうね」
 ルヴィットに言われ気丈に答える、コレット。
「あら、あなたは絶望していないのね」
 海の上に踊るように立つのぞみが現れて言った。
 彼女を見て思わずコレットは、
「のぞみちゃん、お願い。私とお話ししましょう」
「お話。……いいわよ」
 言うと、のぞみは片手を皆に向ける。
 すると、コレットを除く4人の周りに光の輪が現れる。
「また、強制転移か!」
 龍樹が叫ぶが、声と共に姿が消えていく。
「これで二人で話せるわよ」
「そうね……二人っきりの方がいいかもね。のぞみちゃん、この海を見ながらお話ししましょう。隣に座ってくれる?」
「……いいわよ」
「あのね、のぞみちゃん。私も、お父さんとお母さんにいらないって言われた時、私の居場所なんてどこにもないんだって思ったわ」
「え?」
 唐突なコレットの発言に思わず聞き返す、のぞみ。
「でも、今はそう考えなくてもいいって思える。だって生まれてきたから、のぞみちゃんに友だちになろうって言うことが出来るんだもの」
「友達?」
「そう、友達」
「嘘、嘘よ。あなたには、あの、ファレルって人が居るじゃない。いつでも守ってくれる人が居るじゃない!」
「友達は沢山いても良いと思うよ」
「私にはいないもの、心配してくれる人なんて!」
 激情で大声になるのぞみ。
「銀幕市のみんなが心配してるわ」
「心配しているのは、銀幕市の未来だけよ! 私なんておまけよ」
「そんなこと無い、お父さんだって、お母さんだって……」
 その言葉を聞いて、のぞみは拒絶反応を起こした。
「嫌い、嫌い、嫌いよ! お父さんもお母さんも大嫌い!」
「のぞみちゃん、落ち着いて」
「あなたは、お父さんとお母さんに要らないって言われたって言ったわ。私と一緒だと思った。でも、違った。あなたは、色んな人に愛されてる」
「聞いて、のぞみちゃん! 誰かと一緒にいると、傷付くこともあるかもしれないけど、嬉しくなることも、きっとあるわ」
 コレットが必死にのぞみをなだめる。
「分からない。私には、分からないもの……」
 そう言うと、のぞみは溶けるように、消えていった。
「のぞみちゃん……」
 海の上には、コレットだけが残された。
 ただただ静かに時間は過ぎていく。

●大樹に浸食されし世界

 光の輪に包まれた4人は、今度は巨大な木に浸食され、道路やビルにも根っこが生えた世界に移動させられていた。
 周りを見てみる限りやはりここも、銀幕市のようだ。
 しかも、『ゴールデン・グローブ』の反応が強い、油断は出来ないようだ。
「目的地がないと動きようがないね」
 カラスが言う。
「二人のことも気になりますしね」
 美月がコレットとファレルの身を案じる。
「大丈夫よ、二人ともひとりぼっちを味わってるだけだから。私と一緒……」
 道路の直線上に疲れた感じの、のぞみが言葉と共にそっと現れた。
 音もなく風のように。
「私ね。分からなくなっちゃった。あなた達なら、答え知ってる?」
「答えではないかもしれないが、俺はのぞみさんに話したいことがある」
 龍樹が一歩前に出る。
「そう、それじゃそこの3人は邪魔ね。ちょっとの間、3人ともバラバラの世界に行って貰える」
 言うがいなや、のぞみは両手をカラス、ルヴィット、美月に向けた。
 そして、3人の体の回りに別々の色の光の輪が現れる。
「頑張って、龍樹君」
 カラスが消え際、龍樹に声をかける。
 それに龍樹は、微笑みで返した。
「話って何?」
 のぞみは、道路から生えている根っこに腰をかけると、複雑な顔をしていた。
 そんな、のぞみに、龍樹は一輪の花を渡した。
「これは?」
「俺の愛する人の象徴で希望を示すと言う青い薔薇だ」
「何故、これを私に?」
 のぞみは不思議そうに首を傾げる。
「ありったけの感謝を込めてこの花を」
「感謝?」
「あぁ、いきなり土足で入る様なまねをして悪いとも思うし、いきなり何を言うかと思うかもしれないが、言わせてくれ」
「言うって何を?」
 龍樹と話していると、のぞみの頭の中には?マークばかり浮かぶ。
「ありがとう」
「ありがとう?」
 言った龍樹は晴れやかな笑顔だった。
「何が、ありがとうなの?」
「この街の魔法は俺と俺の愛する人にたくさん素晴らしいものをくれた、だからかな? 終わる前に伝えたいんだ、この感謝を……」
「感謝って、私はあなた達を苦しめもしたわ」
「だが、それも俺達は乗り越えてきた。君を目覚めさせたいと思う一心だった者も少なくないだろう」
「そんな、私は私の為だけに……私が寂しくないようにしていただけなのに……感謝なんて」
 動揺するのぞみ。
「確かに良い事ばかりでなく、悪い事もある、でも目を閉じていればそのどちらも感じれない。もう一度目を開けてみて欲しい、貴方を大事に思う人がいることを、感じて欲しい暖かな気持ちを」
 その言葉を聞いたのぞみは、一筋の涙を残して、風となって消えた。
 龍樹は、爽やかな笑顔のままその時が来るのを待つことにした。

●腐った森の世界

「ここは、第2のネガティヴゾーン」
 調査に行っていた、カラスが呟く。
 腐敗臭、おどろおどろしい緑の絨毯。
「みんな、無事なんだろうか。……のぞみちゃんの心の中には、いくつものネガティヴゾーンがあるようだし」
 バラバラになってしまった仲間達を心配するカラス。
「心配だけしていても仕方ないし、俺は、ここを探索するか」
 そう言って、カラスは苔に覆われた銀幕市を歩いていく。
 片手には、日本刀を構えて。
「ここがネガティヴゾーンなら、ディスペアーの強襲があるかもしれないからね」
「……その、心配は無いわ」
 のぞみの声だった。
「のぞみちゃんかい?」
「ええ」
 のぞみの声は、最初会った時より弱々しい声になっている。
「こんにちは、のぞみちゃん。俺の事、覚えているかな? 顔を見せてくれないかな?」
 カラスがそう言うと、苔のびっしり生えたバスの陰からのぞみが現れた。
「あなたもお節介ね。何で、こんな所まで来るの?」
「それは、のぞみちゃんのことが大事で、のぞみちゃんと、一緒の時間を過ごしたいと思ったからだよ」
 のぞみの質問に、優しい笑顔で答えるカラス。
「……そう。私、あなたの話も聞かなきゃいけないと思った。だから、その剣しまって。大丈夫よこの世界には、あの悪夢のような怪物達は出ないから」
「この世界にはディスペアーはいないのかい?」
 カラスが聞くとのぞみは、悲しい顔で、
「ええ。……あの凶暴な生き物達を私が操ってる訳でもないし。それに、……この世界には王様が居ないもの。あなた達が消しちゃったでしょ?」
「王様って、ベヘモットのことかい?」
「そうね、あなた達はそう呼んでいたわね。……だから安心して」
「そう言うことなら」
 言いつつ、日本刀を鞘にしまうカラス。
「あなたは何しにここに来たの?」
 のぞみは、夢に入った当初からは比べられない程、疲れたような、混乱した表情をしている。
 そんな様子の、のぞみを見たカラスは、優しい笑顔を浮かべ、苔の生えた椅子に座る。
「あのね、のぞみちゃん。今の銀幕市にはね、不思議な魔法がかかってるんだ」
「……そうなの?魔法がかかっているなんて私が夢で描いた世界のようね」
 のぞみの言葉を聞きながら、カラスは続ける。
「あの時に会ったムービースター……映画の中の人達はね、今、銀幕市の中で実際に存在しているんだよ。俳優さんじゃなくて、そのものの人達が」
「……ムービースター……私が、願った夢の世界が広がっているのね」
 のぞみは、寂しそうに呟く。
「ね、この子を見てごらん」
 カラスはそう言うと、自分の真っ黒な愛バッキー、黒刃をデイバッグから、出してのぞみに見せる。
 黒刃は、キューキュ鳴きながら、のぞみの傍に寄っていく。
 そして、黒刃はのぞみに近づくともう一度キューと鳴く。
 そんな黒刃を、のぞみは抱きかかえると、一言。
「……可愛い」
 と、呟く。
「夢のような出来事が、実際に起こっているんだ。俺達にとってはこれが現実なんだ」
「そう、あなた達の現実が夢のような世界なら、私の現実は悪夢のような病気を抱えた現実だわ」
 のぞみが、黒刃を撫でながら言う。
「目を覚ますのが怖い? なら、僕が君の手をしっかりと握っているよ。だから、一緒に帰ろう?」
「怖いの……そう、怖いのよ……。ここなら、私は自由に動ける。だけど、目を覚ましたら、ベッドの上で毎日を過ごすだけ、誰も私の事なんて構ってくれない……」
 のぞみが自分の不安を吐露する。
「去年のクリスマスはたくさんの人達が君のもとに集まって一緒に過ごしていたよ」
 カラスが優しく言う。
「……嘘」
「嘘じゃないよ。みんな、君が大好きなんだ。嘘だと思うのなら、君の目で確かめてごらん」
「……私、怖い」
 その瞳は、少女のそれだった。
「君は独りぼっちじゃないんだ。君の傍にはお父さんもお母さんもいるよ。……そして君の事を心配している人達もね」
 それを聞いて、のぞみの肩がびくんと震える。
「お父さんもお母さんも私なんて必要じゃないわよ。二人とも仕事の方が大事なのよ……」
「そんなこと無いよ……」
「そんなことあるの!!」
 カラスの言葉を遮り、のぞみが叫ぶ。
 そうしてのぞみが叫んだ瞬間、のぞみの身体は光って消えた。
 辺りには腐敗臭だけが残った。
「のぞみちゃん……」
 のぞみが居た場所には、バッキーの黒刃だけが残され、キューキューと鳴いていた。

●黒い虹の架かった世界

 空には、黒い虹が架かっている。
 モノクロ写真のような世界。
 ビルも、公園も真っ黒で、色というものが黒しかない世界。
 そんな世界で、ルヴイットは、小鳥の姿をしたディスペアー達と闘っていた。
 小鳥と言っても、嘴は鋼鉄のように尖り、羽は一枚一枚が鋼鉄の刃だった。
 右手に蒼い炎、左手に紅い氷を発生させ、一匹は燃やし尽くし、一匹は凍りつかせる、それを繰り返して数十分は経つだろうか。
 数は随分減ったが。
「流石に疲れてきたねえ。ここは、一つ纏めて消えてもらおうかな?」
 そう言いつつルヴィットは林檎大の箱『空ノ箱』を取り出すと、箱を開ける。
 すると、ディスペアー達が抗えない力で吸い込まれる。
「何処に行っちゃったかは、ワタシにも分からないけどご愁傷様」
 ルヴィットが箱を閉めると、声がかかる。
「ムービースター……映画の中の人達って色んな力を持っているのね」
 黒い虹をバックにのぞみが立っている。
「やっと、自分の所に来てくれたね。ワタシも君と話したいことがいっぱい、あったんだ」
「そう。ここに来た人は、みんな私に何を教えようとしているの?」
「教える? そんなんじゃないよ。伝えたいことがあるダケだよ」
 のぞみの質問にルヴィットが害意のない笑顔で答える。
「ボク等は皆、銀幕市の民だ。誰だって繋がっているんだ。確かに違う者もいる。けれど知っているかい? 世界は広い。嘘だと思う? そうだろうね。信じられない、信じたくないことはある。けれど知っておいて、共に喜怒哀楽を感じあえるワタシ等がいると」
「共に感じる……?」
 ルヴィットは、更に続ける。
「君が生まれた、どうしてだと思う? 必要だからさ。そして今、君が居る。必要とされて生きてきたから。たったそれだけでいいじゃないか」
「必要とされている……こんな私が」
「そうさ、人はたった1人に必要とされるだけでも凄いことなのに、君は大勢の人から必要とされている。これは、奇跡のようなことなんだよ」
 ルヴィットは言いながら考えていた。
「(一人ぼっちで、しかもどんなことも全て嘘、幻…そう考えたら、彼女の夢は、絶望するのに最適の場所じゃないか)」
「ねえ、あなたにとって私は必要?」
 のぞみが不意に聞いてくる。
「もちろんだよ」
「……本当?」
「本当だとも。出来れば君の好きな物を一つでも教えて欲しいな」
 ルヴィットが小首を傾げて聞く。
 のぞみは少し考えると。
「…………遊園地」
「遊園地? それは何故だい?」
「……私が、小さい頃みんなで行ったの。お父さんとお母さんと…………お父さん……お母さん……」
 そこで一呼吸おくとのぞみの口からボソリと。
「…………会いたい」
「なら、会いに行けばいいんだよ。ここから抜け出して」
 ルヴィットが言うと。
「駄目……駄目……もう、あの頃には戻れないもの!」
 そう、辛そうに叫びのぞみは黒い虹の橋を渡っていった。
 残されたルヴィットは、彼女の笑顔が見たいと心から思った。

●中央病院カウンセリングルーム

 美月がのぞみに飛ばされた場所は、中央病院だった。
 しかもカウンセリングルーム。
 美月は悟った。
 ここに彼女は来る。
 何故なら、心に傷を持ったものを救うのが自分の仕事だから。
 自分の思いとのぞみの願いが自分をこの場所に運んだのだと思った。
 椅子に座り、美月はただひたすら心に傷を負った少女が来るのを待った。
 そして彼女はやってきた。
「あなたで最後よ」
 のぞみが光と共に現れて美月に言う。
「待っていたわ、のぞみちゃん。さあ、座って」
「ええ」
「みんなとは、もう話したの?」
「ええ」
 のぞみがこくりと頷く。
「それで、どうでした?」
「いらいらしたり、不思議な感じがしたり、寂しくなったり」
「それで?」
「みんな、何で私になんか構うの?私なんて居たって居なくたって、一緒でしょう?」
 のぞみがまくしたてる。
「それは、違うわ。のぞみちゃんが生まれてきたのには、意味があるのよ」
「……仮面を付けた人にも言われたわ。だけど意味って何? 病弱な体で、ずっと病院にいて、それで意味があるの?」
 のぞみの心からの叫びだった。
「のぞみちゃん、確かにあなたは今、病魔に侵されている。だけど、絶望しちゃ駄目なの」
「駄目って、何故?」
 美月はのぞみの頬に両手を当てると。
「あなたには、未来があるからよ。私にもあなたの未来がどうなるかなんて分からない。だけど、これだけは、言える。未来は、まだ決まっていない」
「あなたは、なんでそんなに強いの?」
 のぞみが疑問を口にする。
「私にも辛い時期があったわ。だけど、今、私はこうして生きている。あの頃には思いもつかなかった人生を歩んでいる。これって凄いことなの。だから、のぞみちゃんの未来にも希望があるの」
「希望?」
「ねえ、のぞみちゃん。あなたが今、一番したいことは何?」
 のぞみは、少し考えると一言。
「……お父さんとお母さんに会いたい」
「そう……なら、眠ってちゃ駄目。目を覚まさなくちゃ。今のあなたなら、目を覚ますことが出来る。きっと」
 美月が優しく手を握る。
「みんながあなたの目が覚めるのを待ってるわ、行きましょう」
「……うん」
 のぞみがそう言うと、のぞみと美月は光に包まれた。

●夢の中の、のぞみの病室

 病室全体が光り輝く。
 すると、夢の中に入った、ファレル、コレット、龍樹、カラス、ルヴィットが部屋の中に次々と現れた。
「コレットさん無事だったんですね?」
 ファレルがコレットの無事を見て安堵する。
「ファレルこそ、一人とり残されて心配だったんだから」
 コレットもファレルの無事に安堵する。
「ぼく達の気持ちは伝わったのかな?」
 ルヴィットが龍樹に尋ねる。
「どうだろう? 俺は、俺の感謝を彼女に伝えただけだから」
「信じよう。彼女に俺達の気持ちが伝わったことを」
 カラスが、真摯な瞳で言う。
 しばらくして、また病室が光に包まれる。
 そうして、美月と手を繋いだのぞみが現れる。
「皆さん、無事だったんですね」
 美月が、のぞみの手をぎゅっと握り微笑む。
「さあ、のぞみちゃん」
 美月に促されのぞみがおずおずとみんなの前に出てくる。
「あなた達のこと、私、お節介だと思ってたわ。放っておいて欲しいって。だけど違った……線を引いてたのは私だったって気付いたの。……ありがとう。これで、私、目を覚ますのが怖くない。みんなが……友達が居てくれるから」
「そうだよ、俺達が君の傍に居るから」
 カラスが優しく言う。
「ありがとう、それじゃあ。私が目を覚ましたら仲良くしてね」
 愛らしく微笑むのぞみ。
 そして、みんなが見守る中、ベッドに入ると目を瞑る。
「……おやすみなさい」
 これで、のぞみは現実で目を覚ます。
 皆がそう思った。


『ガッシャ――――――――――――ン!!』


 硝子の割れる派手な音が病室に響いた。
「何?」
 コレットが誰に聞くでもなく叫ぶ。
 硝子を割ったのは『触手』というのだろうか、白く滑った長い紐状のもの、それが空から現れ、眠りについたのぞみに巻き付き、窓から空に連れ去った。
『のぞみちゃん!?』
 みんなが叫んだ時には、のぞみは空の彼方へ連れ去られた後だった。
 そして、何も考えられぬまま、みんなの意識がフェイドアウトしていった。
 暗闇の中へ―――――。

●のぞみの病室

『のぞみちゃん!?』
 みんなが叫びながら目を覚ます。
 その声を聞いた直紀と寿将が病室に入ってくる。
「のぞみさんは、どうなりました?」
「のぞみは、目を覚ましたのか?」
 一気に質問してくる。
 が、6人は夢の中で起こったことを自分の中で整理するのが精一杯だった。
「そうか、失敗したのか……」
「違うんです!!上井さん!」
「違うって?」
 落胆する寿将に美月がすぐ否定の言葉を出す。
「のぞみちゃんは、私達に心を開いてくれました。目を覚ます……寸前だったんです!」
「いきなり現れた触手が彼女を攫ってしまったのだよ……」
 ルヴィットが、自分でも確認するように言葉を紡ぐ。
「触手がのぞみを攫ったー!?」
 にわかには、信じられない事実に寿将が大声を出す。
「夢の中の、のぞみさんが攫われたと言うことですか!?」
「はい、植村さん。信じられないかもしれないけど本当なんです!」
 コレットがはっきりと言う。
「いきなりだった……あんな事が起こるとは、思わなかった」
 龍寿もまだ信じられないという風に言う。
「それでは、のぞみさんの体の中にはのぞみさんの心は今は無いということですか?」
「……そう言うことになるねぇ」
 直紀の質問に、苦しそうにルヴィットが答える。
「事態は、悪化してしまったようだ」
 カラスがが唇を噛みしめて言う。
「のぞみちゃん! のぞみちゃん! 起きて!」
「無駄ですよ、コレットさん。のぞみさんの夢の中の心は連れ去られてしまって、多分……のぞみさんの体の中には無いんですから……」
 必死に呼ぶ、コレットに、冷静に言うファレル。
「くそっ、折角のぞみちゃんと現実で会えると思ったのに! あんな事が起こるなんて!」
 カラスが壁を叩く。
「……皆さん。状況は分かりました。……今回は、お疲れ様でした。……状況としては、あまりいいとは言えませんが、のぞみさんが皆さんに心を開いたというのは、一歩前進です……」
「あとは、のぞみの心を攫った奴から、のぞみの心を奪い返せば、のぞみは目覚める……きっと」
 直紀と寿将が言う。
「ミダスさんにも相談してみます。また、ご協力をお願いすることがあるかもしれませんが、その時は、よろしくお願いします。今日の所は、皆さん帰りましょう」
 直紀が、頭を下げる。
 そうしてみんなが病室を出ていく中、美月がのぞみのベッドに近づき、
「のぞみちゃん、きっとまた、助けてあげるからね。きっとだから」
 優しく、その端正な顔に手を当てるのだった。



 攫われたのぞみの心。
 空から現れた触手。
 銀幕市の魔法のバランスが崩れる前兆なのか。
 災いの前触れのように、空は曇り雨が降り出していた。
 中央病院は、雨の中、静寂に包まれた。

クリエイターコメント皆様どうも〜。
冴原でございます。
という訳で、皆様の説得や好意的な行動でのぞみは心を開きました。
目を覚ます勇気を手に入れたようです。
が、何者かにのぞみの心は攫われてしまいました。
打開する方法は、不明です。
ですが、これからの皆さんの頑張りで、何とかなると思います。
頑張って下さい。

今回、皆さんのプレイングによって登場シーンに少々偏りがありますがご了承下さい。

誤字脱字、感想、ご要望等ありましたらメール下さると嬉しいです。

それでは、御参加ありがとうございました。
また銀幕の世界でお会いしましょう。
公開日時2009-03-30(月) 18:00
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