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<ノベル>
ACT.1★大騒ぎのモーニング・タイム
「あらあら、大変なことになりましたね」
御津谷静音は、さして大変でもなさそうな口ぶりで、頬に手を当て、おっとりと小首を傾げる。背でひとまとめにした艶やかな黒髪が、美しい流線を描いて揺れた。
品の良い和服をさらりと着こなし、すうと背筋を伸ばしたその姿は、まごうかたなき茶道家の姿勢の良さである。
「皆さん、どうか避難を。早く!」
「お待ちくださいな。せっかくの珈琲が勿体ないですから」
焦る植村を気にするでもなく、モーニングセットについてきたブレンドコーヒーを、まるでここがお点前の場であるかのように丁重に飲み干し、ふっと足もとに視線を落とす。ピュアスノーのメカバッキーが1匹、静音を見上げてぱたぱたと尻尾を振っていた。
「まあ……。うちの子にそっくり」
ふと、右肩を見る。そこには自分のバッキーが、丸い目をきょとんと見開いてしがみついていた。足もとにいるメカバッキーも、肩にいるバッキーも、どちらも同じピュアスノーで、何やら表情や動作も似ている気がする。
このメカバッキーのことをとても他バッキー(?)とは思えず、静音は穏やかに声を掛けた。
「お腹が空いてるのですか? 困りましたね、わたくしのモーニングはもう残っていないんですよ。コーヒーカップも、空になってしまいましたし」
納得させるように、コーヒーカップをメカバッキーに見せたとたん。
――がぶっ!
ピュアスノーのメカバッキーは、陶器のカップに飛びついて、静音の手から引ったくり、ばりぼりと平らげてしまった。
「何てお行儀の悪い……。そんな子に育てた覚えはありませんよ」
そう嘆いてみても、メカバッキーの方とて静音に育てられた覚えはなかろう。静音の肩では、まるで自分が叱られたかのようにバッキーがびくりとし、ぺこぺこと頭を下げ始める。
「……へえ。おまえたち、可愛いじゃないか」
同じテーブルにいる友人に、チャーミングな仇名をつけるのを楽しんでいた一条優芭は、大挙して現れたメカバッキーの群れを見て立ち上がった。紺地に金茶で鳳凰紋を描いた狩衣を、腰で結わえた長い銀髪が華麗な装飾品のように覆っている。そのさまは、中性的な美貌を持つこの陰陽師を、いっそう冴え冴えと見せていた。
二匹の式を両肩に乗せたまま、まるで愉快ないたずらを思いついた少年のような表情で、優芭はメカバッキーたちを観察する。
ムービースターである優芭の回りには、いつしか遠巻きにメカバッキーたちが輪を作り、しかもじわじわとその輪を縮めている。そんな危険な状態だというのに、優芭はとても楽しげであった。
「『愛玩用ぷりてぃメカバッキー(仮)』ね。よし、おまえは今日から『ぷっきー』だ!」
一番手近にいた、ボイルドエッグのメカバッキーを指さして、まるで厳かな神託のように告げる。思わず狼狽えたメカバッキーは、左右を見回してから「ぷきっ?」と不安げな声を上げた。
「……それにしても、面妖なもののけどもよ」
幻燈坊の錫杖が、しゃらんと鳴った。
巨漢の拝み屋はそれまで黙々と、都合3人前はありそうなモーニングセットと格闘していたのである。メカバッキーに食べられてなるかぁ! という一心からであったのだが、ようやくひととおり食べ終わったので、さてそろそろ悪霊調伏の仕事(……ではないのだが)に乗り出そうというわけだった。うまく片づいたら飲食代をチャラにしてもらおうという、ささやかな思惑もある。
「宜しい、わしが退治てくれようぞ。八百万の神等共に聞食しめせと恐み恐み申すーっ、喝ッ!」
大祓詞の最後の言葉など引っ張り出し、それっぽく発するのは単なるパフォーマンスであって、いつもなら実際に行動するのは彼のブラック&ホワイトのバッキーである。あやしげな呪文の後、おもむろにバッキーにムービーハザードを食べさせて一件落着、というのが、幻燈坊の拝み屋ビジネスパターンであった。
しかし、原因不明の理由で暴走中のメカバッキーについては、バッキーに食べさせる方法での解決は無理そうである。
現にブラック&ホワイトのバッキーは、ぬぼーっと成り行きを見つめたまま、動こうとしない。
「うぬう。どうするべきかの?」
思案する幻燈坊に、次々にメカバッキーたちが近づいて来る。メカバッキーは容赦なく、こっちの脚絆、そっちの手甲、とばかりに、僧侶の服に齧りつく。
「ぬおお、こ、こら、わしが、高野山で空海上人より授かった、ありがたい衣の裾をかじるでない!」
もちろん「高野山」とか「空海上人」とかは営業上のフレーバーである。
とりあえず幻燈坊にできるのは、錫杖を使って「えい! やあ! はあ!」と、メカバッキーを片っ端からもぐら叩きすることだけであった。
しかし、叩いても叩いても、機械仕掛けのぬいぐるみたちに効果はない。叩き疲れた幻燈坊はとうとう錫杖を放り出し、今度はどんと優芭の前に結跏趺坐した。
諸肌脱いで自らメカバッキーの標的となり、狙われている優芭の身代わりになろうという心意気である……が。
「食らいたくば、わしを食らうがよかろう! 釈迦も餓えた虎におのれを与えたというわい」
そんな『捨身飼虎』の天晴れ犠牲的精神も、いざ、メカバッキーたちに、二の腕や太ももをかぷっ、と囓られた途端氷解し、
「やめーい! わしよりも、若いものの肉のほうが軟らかくて旨かろう!」
などと悲鳴を上げてしまうあたり、悟りへの道は厳しいと言えようか。
「遅刻だ遅刻だちこくー!」
……そんな非常時に、セーラー服を翻して駆け込んできた少女がいた。そのすがすがしいドジっ娘ぶりは珊瑚に勝るとも劣らない中学生、白石雷音である。
「あああ、でもでも、モーニング食べたーい! 珊瑚ちゃん、『スキャンダル風モーニングセット』厚切りトースト2枚追加でおねがーい!」
ばーん! と勢いよく開かれたカフェの扉は、ちょうど入口付近にいた植村の背に当たり、ついでにメカバッキー3匹を巻き込んだ。
よろめいた拍子に植村は壁で顔を打ち、メカバッキーたちは、ぴぎっ、ぶぎっ、ぽきっと悲鳴を上げながら、壁に叩き付けられた。ラベンダーとサニーデイとハーブ、3匹が等間隔にきれいに並んで壁を彩る。
「おやぁ、雷音。お早うですえ。……はて、今日は確か、そなたの学校は期末てすととやらの日では? 時間は大丈夫ですかの?」
天然全開で、珊瑚が声を掛ける。青い瞳を細め、雷音はにこっと笑った。
「いいの。だって、ここのモーニング好きだし、お腹ぺこぺこなんだもん」
一応、家でも朝食を取ってきたようなのだが、食べ盛りの女子中学生にとって、カフェのモーニングはまた別腹らしい。
「あいわかった。少々お待ち下さいですえ」
「……あのお、白石さん。お気づきでないようなので申し上げますが、今現在、このカフェは、暴走したメカバッキーによるムービーハザードに見舞われ……」
植村が鼻をさすりながら訴えるのだが、その声はくぐもって届かない。
雷音は鼻歌を歌いながらテーブルにつく。成り行きでメカバッキーを3匹、退治してしまったことにも気づいてないようだった。
ACT.2★お味はいかが?
「ええい! 埒があかぬわ!」
雷音が3匹倒したとはいえ、メカバッキーの全体数から言えば、まだまだ僅かである。幻燈坊は力まかせや犠牲愛以外の方法を取ることにした。
「……よし。こうなったら、わしの法力で調伏してくれようぞ」
すたすたと厨房へ入っていき、『純国産塩:伯方産銀幕印の塩』という、いまひとつ産地不明ではあるが、つまりは塩を持ってきた。
「おんあぼきゃべいろしゃのう まかぼだらまにはんどま じんばらはらばりたやうん」
呪文系であれば、神道・密教関係なくひととおりマスターしている幻燈坊は、今度は光明真言をとなえ、花咲じいさんよろしく塩を撒き始めた。
メカバッキーたちの背に、塩が白く降り積もる。
(所詮こやつらは機械だからな。塩が隙間から入れば、故障もしようというものぞ)
かなり科学的な発想であるが、もしうまくいったあかつきには、見たか、わしの法力を! と、主張するつもりだった。
だがメカバッキーたちは、ふるふると身体を揺すって塩を払い落とし、何事もなかったように暴走食事を続けている。
「いったいこれ、どういう仕組みで動いてるんだろうね。知りたいなあ」
目をらんらんと光らせたメカバッキーたちに狙われながらも、優芭はどこ吹く風で『ぶっきー』と名付けたボイルドエッグのメカバッキーのお腹を撫でている。このメカバッキーだけは先刻から優芭に全面服従し、子犬のように『降参』のポーズを取っているのだった。
「俺はむしろ、何であんたがこいつを手なづけられるのか、知りたくてたまらんがね。陰陽師の坊ちゃん。いや、嬢ちゃんか?」
「……さあ、わからないよ。そして、どっちなんだろうね?」
源内の問いにくすくすと笑いながら、優芭は今度はピーチのメカバッキーを指さし、「おまえの名前は『ぴっきー』だ!」と叫ぶ。
とたんに、それまで大暴れしていたメカバッキーはおとなしくなった。
「まあまあまあまあ! 源内様、もしや、これ、からくりで動いてますの!?」
それまでおっとりと穏やかだった静音は、急に人が変わったように、きらーんと目を輝かせた。
「それならそうと仰っていただかないと! わたくし、機械系には興味津々ですのよ!」
「あのぉー。ですから、最初からそう言って……」
横合いからおずおずと植村が言うが、もちろん、聞いていない。車等のハンドルを握ると人格が豹変し、態度も言葉遣いも暴走気味な人物というのは時々いるものであるが、静音はまさしく、そういうタイプであった。
「こうなったら何としても1匹、捕獲しなければ。さ、ハンティングの時間ですよ?」
猟犬をけしかける猟師のような口調で、静音は肩の上を見る。普段からさりげなくご主人様仕様に調教されているバッキーは、決死の表情で肩から飛び降り、そろりそろりとメカバッキーの群れに向かった。とはいえ、根は猟犬ではなくあくまでもバッキーなので、その足は震え、気絶寸前ではあるが。
胡乱げに顔を上げたココアのメカバッキーが1匹、ふんふん鼻を鳴らしながら近寄ってきた。それを見るやいなや、静音は、しゅたっ! という軽快な音を立てて帯から扇子を取りだし、まるでハリセンのように構える。
大きく口を開けて、バッキーが迫り来る。それをバチバチバチと、扇で叩いて追い払うのだった。
「きゃぁぁぁ! ふえーん。あたしのモーニングセットぉぉぉぉ!」
突如、カフェ『スキャンダル』中に、雷音の絶叫が響き渡る。
いつもの平和な朝と何ら変わらぬ調子でテーブルについていた雷音は、珊瑚が運んできた山盛りサラダとトーストとスクランブルエッグを、いざ、食べようとしたところだった。その細い身体のどこに収まるのかという量であったが、当然完食するつもりで、わくわくしながらフォークを手に取ったのである。
嗚呼、それなのに。
雷音のバッキーと同じ色の、ピーチのメカバッキーが、ひょいとテーブルに飛び乗ったかと思うと、なけなしのモーニングセットをまくまくまくと食べてしまったのだ。
「ばかぁ! いじわるっ!」
食事を邪魔された中学生の怒りは凄まじかった。雷音は涙目になりながらメカバッキーを叩き落とし、床にぶつけて壊したのである。
しかし次の瞬間、雷音ははっと我に返り、動かなくなったぬいぐるみに謝り始めた。
「そんなつもりじゃなかったんだよ。……ごめん。ごめんね」
「……さても、強き娘御であることよ」
すっかり美しい誤解をし、ほとほと感服した幻燈坊は、雷音に丁重に一礼した。
「その若さにして見事な身のこなし、隙のない間合い、必殺の技。さぞ名のある武芸者とお見受けするが」
「え……?」
しかし雷音は涙を拭きながら、
「……体育の成績は普通だよ? あたし、学校では美術と音楽が好きなの」
と、不思議そうに幻燈坊を見たのであった。
ACT.3★Names and natures do often agree.(名は体を表す)
「植村さん! 原因がわかりました」
『対策課』の新人課員が、カフェにやってきた。プリントアウトしたての資料を、植村に見せる。
「どうやら、『愛玩用ぷりてぃメカバッキー(仮)』の(仮)がよくなかったみたいですね。仮名しか持ってないので住民登録もできず、さりとてあきらめきれないまま、市役所近辺をうろうろしてしたムービースターが何人かいまして」
眉根を寄せ、植村は考え込む。
「しかし彼らは、ヴィランズというわけではないだろう?」
「ええ。ですが、刺激してしまったようなんです。これが、たった今行った聞き取り調査の結果です」
★ ☆ ★ ☆ ★
・(仮)とはいったい何事だ! 何にでも(仮)をつけるなぁ!
【ムービースター 年齢不詳 驚く野次馬(仮)】
・メカバッキーにまで(仮)とは、嫌味が過ぎますわ。
【ムービースター 20代前半 シャワーシーンの女(仮)】
・(仮)の恐ろしさを思い知るがいい。というか、やっぱり登録は無理だよね?
【ムービースター 年齢推定不可能 漂う人魂(仮)】
★ ☆ ★ ☆ ★
「それでわかりましたわ。優芭様が名前をつけたとたん、おとなしくなったわけが。つまり、こういうことですわね」
大きく頷いた静音は、ピュアスノーのメカバッキーを1匹、じたばたもがくのも構わずに抱きかかえた。
「あなたの名前は、『白雪』です!」
静音がそう叫ぶと同時に、メカバッキーは嘘のように従順になった。くふんと鼻をならし、甘え始める。
「ほらね。(仮)に縛られたムービースターのせつなさが、メカバッキーに影響し、暴走させたのでしょう。ですから」
「そうか。名前を求める気持ちが、きっかけだったんだ。それなら、まかせてよ」
優芭は、意気揚々と大ネーミング大会をはじめた。
「君たちは、右から順番に『ぺっきー』『ぽえっきー』『ららっきー』『ときめっきー』だよ」
「ほほう。それではわしも。『優香』『梢』『真里菜』『由里』……それからええと」
どさくさ紛れに幻燈坊は、煩悩を隠しもせず、女性名ばかりを連ねていく。
「あ……。あたし、4匹も壊しちゃったみたいで……」
がっくりとうなだれた雷音は、タイミングよく顔を覗き込んでいたメカバッキーを、がっくりのついでに思いっきり弾き飛ばし、またも床に叩き落してしまった。
「わーん。ごめんなさい」
「大丈夫だよ、嬢ちゃん。こいつらは機械だから、修理できる」
源内が請け負い、ようやく雷音は笑顔になった。
「じゃあ、あたしも名前つけていい? えっとね、『聖徳太子』『推古天皇』『法隆寺』『十七条憲法』」
「これはまた。なにゆえに、そんな渋い名前をつけるのですか?」
目を瞠る珊瑚に、雷音は恥ずかしそうにうつむく。
「今日の期末テスト、歴史なの」
ACT.4★可愛がってくださいね?
4人が一致団結して、命名に奔走したおかげで、さしも大量だった『愛玩用ぷりてぃメカバッキー(仮)』たちの(仮)は、すべて取れた。
そして、事態は収束したのである。
原因となった(仮)なムービースターの皆さんについては、まだ事情聴取と責任追及が残っているけれども、そこらへんの対処は『対策課』の仕事であろう。
なお、メカバッキーのからくりにいたく興味をしめした静音と、協力した謝礼としてメカバッキー1匹を請求した優芭には、それぞれ、『白雪』と『ぷっきー』をお持ち帰りいただくこととなった。
ともあれ、源内の就職(内職?)活動が失敗に終わったのは、確かなようである。
謎のまま残ったのは、幻燈坊が平らげたモーニングセットの料金が、果たしてカフェ『スキャンダル』もしくは『対策課』持ちになったのかどうかということと、雷音は期末テストに間に合ったのか、そしてその結果は? ということであるが、それはまた別の調査を要しよう。
珊瑚は当分、カフェでのアルバイトを続けることとなり、やがて、例のキノコ・スパゲッテイ事件に繋がっていく。
その顛末は、この記録を読まれている貴方の、ご存知のとおりである。
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クリエイターコメント | 改めてこんにちは。神無月まりばなと申します。 なんか長ったらしい名前の記録者がいる、と覚えてくだされば幸いです。 この度は、モーニングタイム中の、カフェ『スキャンダル』でのご活躍を記録させていただき、ありがとうございました。 からくりフェチ茶道家、御津谷静音さま。最終兵器ドジっ娘、白石雷音さま。煩悩も魅力のうち、幻燈坊さま。仇名エキスパート陰陽師、一条優芭さま。大変お疲れ様でした。
書かせていただいている間にもさまざまな事件が起き、一層、銀幕市はにぎやかになっている様子。これからの皆様のご活躍が楽しみでなりません。 |
公開日時 | 2006-11-24(金) 20:20 |
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