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<ノベル>
■■
それは、こんな風に始まった――。
「どうしてこんな処にキノコが……?」
昨日まではなかったはずの畑の片隅に、にょっきり生えたキノコを前に、山下逆鬼は首をひねった。見たこともないキノコに興味を引かれ、傷めないようにと根元に手を添えてそっと採集し、いろいろと検分してみる。
キノコは小ぶりで、色はごく薄い茶色。ころんとした丸っこい形をしている。
「食べられるのか? これ」
鼻に近づけてみると、土の香と共にマッシュルームに似た匂いがした……。
あるいは、こんな風に――。
「おはよう」
エプロンをつけた父親が、妙に上機嫌で食卓を指した。そこには、ごはん、みそ汁、焼鮭……等々、典型的な日本の朝ごはんが並べられている。
「作ったの? 珍しいこともあるもんだね」
そういった途端、浅間縁の脳裏をいやな予感がよぎった。これまでにもこんな事なかったっけ……? 父親のすることときたら、いつも余計なことばかりで、今まで何度迷惑を蒙ってきたやら。
「……いらない。学校行ってくる」
冷たく拒絶して家を出ようとしたのを止められて、朝食抜きは身体に悪いからせめて味噌汁だけでもと懇願され、仕方なくキノコの味噌汁を飲み下した……のが縁の不運。
「珍しいキノコだね。何て名前?」
「さあ? 家の庭に生えてたんだ。元手いらずで美味しい朝食が食べられる、これぞまさに一石二鳥! 驚いたか!」
えっへんと胸を張る父親に、縁は愕然とした。まさか……知らないのだろうか。これだけ銀幕市を騒がせた事件のことを?
「……驚いた」
「そうだろ?」
「あんたの状況理解の程度の低さに驚いたっつーのよ、この馬鹿親父!」
ゴスッ。鈍い打撃音と共に怒りの拳を叩き込むと、縁はさっさと家を出た。
「もうっ、これだからあの親父は……」
毒づきながら振り回した腕から、ブレスレットがすっぽ抜けて飛んで行く。慌ててその行方を目で追えば……ぽちゃん。お気に入りのブレスレットは欄干を越えて、川の中に落ちた。
「ちょっと……」
焦りながら欄干へ向かおうとすると、思うように走れずに道路にべちゃっと転んでしまう。それもそのはず。縁の足元は履き替え忘れた室内用のスリッパのままだった……。
■■
この季節にしては珍しいくらいにすっきりと晴れた暖かな日。
杵間山の登り口には、嶋さくらをはじめとするドジっ娘キノコの犠牲者と、その犠牲者を助けようとする者とが集まっていた。
「ドジっ娘キノコかぁ……。私、噂のキノコを食べる機会が無かったからちょっと羨ましいなぁ」
そう言ってから七海遥は、あ、ごめん、と口に手を当てた。困っている人の前でこんな事言っちゃダメ……と思いつつも、興味はやはり食べ損ねたキノコへと戻る。
「どんな味だった? 美味しいのかな?」
「ああ美味しかったわよ、美味しかったですともっ!」
縁は自棄のように答えた。
「旨味があって、食感もなかなかのものだった」
ぽつり、と言った逆鬼に、もしかして……、と視線が集まる。それに答えたのは妹の山下真琴だった。
「道端に生えてる怪しいキノコなんて食べるからこんなことになるんですよ。まったく世話が焼けるったらありません」
「山下さんがドジっ娘……」
堪えきれずにさくらはふきだした。
「笑い事じゃないんです。兄さんのドジのツケは全部私に回ってくるんですから」
「確かにこのキノコはタチ悪いわ。周囲までドジに巻き込むし、のべつ暇なくドジさせられるしで。お陰でこっちはレディM断ちする羽目になったんだから、もう最悪」
縁は真琴の言葉にうんうんと深く頷いた。
「キノコとレディMにどんな関係があるの?」
不思議そうに尋ねてきたさくらに、縁は説明する。
「ドジってDVD壊したり、限定ポスター破ったりしたら目も当てられないでしょ?」
「そうね。私もお気に入りの物、いくつダメにしたか……」
はふっ、とさくらは力なく溜息をついた。ドジ、というと可愛く聞こえるが、当人にとっては、それも連続して降りかかってくるとなれば大迷惑だ。早くこの事態にケリをつけなければ。
「みんなが無事に三枚岩に着けるように私も頑張るから、宜しくねっ。山登りは初心者だけど、地図を持ってきたから何とかなるはず。……あれ?」
広げた地図をぐるぐる回した後、間違えちゃった、と遥は呟く。遥はドジっ娘キノコは食べていないはずなのだけれど……。
「中に案内板が立ってるんじゃないかしら? とりあえず行ってみない?」
早くキノコの影響から逃れたい一心のさくらは、そう言いながらもう山道の入り口へと足を踏み出していた。そこに。
「あいや、待たれい!」
大音響の制止がかかった。声の主は2m近くありそうな巨漢の僧。いや、僧と言い切ってしまうには、余りにも風貌が怪しすぎるか。綺麗に剃髪された頭ではなく、坊主頭が無造作に伸びたような短髪。首にはこれ見よがしに巨大な数珠をかけている。そして何よりもその醸し出す胡散臭い雰囲気。
彼が大またに近づくその動きで、手にした錫杖の輪がしゃらんと音を立てた。
「杵間山に登るだと? 茂霧山では怪獣が暴れておるというのに悠長なことを」
漏れ聞こえてきた話に物言いをつける僧に、さくらはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
「……っていうわけなの。私にとってはある意味、怪獣よりも切実な問題なの」
「それは難儀な事じゃ。だが、杵間山にもキノコ怪人の手合いが出ぬとも限らぬ。おぬしらだけでは心配だから、わしが付いて行ってやう。わしは杵間山に居を構える幻燈坊と申す者。この辺りはわしの庭みたいなものじゃ」
「良かった〜。これで地図なくても大丈夫だねっ」
幻燈坊が請合うと、遥は嬉しそうに間違えて持ってきた地図をしまいこんだ。
「うむ。そうと決まればまずその格好を何とかせねばならんな。適した履物と動き易い格好が必要じゃ。こんなぴらぴらした物を穿いていては、山は登れんぞ?」
幻燈坊にぴらっとスカートを捲られて、さくらは小さく叫んで飛び離れた。
■■
幻燈坊から山道を行く際の心得を伝授され、装備を調え終わるといざ出発。
「もうすっかり紅葉してるね〜」
茂霧山を登った時には、キノコ怪人に会ったりでゆっくり景色を見ている余裕もなかったけれど、今日はそこまで事態は危険でない筈だから、紅葉狩りを楽しみながら歩けそうだと、遥の足取りはうきうきと軽い。
幻燈坊は杵間山の廃寺に勝手に住み着いていたが、あまり身近過ぎる故に山の景色を気にしてはいなかった。遥の声に周囲の景色を眺め渡し、漸く山に訪れている季節の美しさを知る。
「ほう、何時の間にか紅葉の時期となっていたのだな」
山吹、唐茶、朽葉色、真朱、銀朱、小豆色……木々の葉の彩りが空を飾り、歩けば地に散り敷いた葉がかさかさと音を立て。こんな時でもなければずっと見入って居たいような秋の彩だ。
「三枚岩まで行った後はゆっくり紅葉を楽しもうねっ」
「そうね。三枚岩まで辿り着けさえすれば、このキノコの効果も消えるはずだから……きゃっ」
遥に頷きかけたさくらが落ち葉に足を取られてずるっと滑る。
「危ないっ!」
手を出しかけた縁もまた、キノコの影響下から抜け出せておらず、一緒に坂を落ちかかり、思わずつかまった逆鬼までもそれに巻き込まれ。
「むむっ」
団子状になったドジっ娘たちを、幻燈坊が両腕を広げて止めた。勢いで幻燈坊は尻餅をついたが、両腕に抱えた縁とさくらの身体は離さずに、しっかりと抱きとめる。
幻燈坊の腕から漏れた逆鬼は、
「これは予想の範囲内だ」
と呟きつつ、妖の能力を借りて上げた身体能力で悠々と地面に突き出た木の根を掴み、落下を止め……たはずが、すぽっ、と根はあっけなく抜けて、そのはずみで逆鬼の身体は道を逸れて斜面を転げ落ちて行った。
大丈夫かと皆が見守る中、枯葉を全身にまといつけた逆鬼ががさがさと斜面を登ってきた。
「連続で来るとは予想外だった」
「面白がってる場合じゃないでしょう。ほんとにもう……」
どこか楽しげな逆鬼を軽く睨みつつも、真琴はぱたぱたと身体についた枯葉を払ってやった。
「良かった……。で、幻燈坊さん、止めてくれたのはありがたいんだけど、いつまでそうしてるつもり?」
縁に言われた幻燈坊は、どさくさにまぎれて縁とさくらを抱いたままだった両腕に目をやった。後ろから抱え込んだ腕がちょうど2人の胸元に回されており、今更ながらにその柔らかな感触に気付く。
「おっ、これは役得役得……」
つい、へらっと崩れた頬の両側に、縁とさくらの平手打ちが同時にきまった。
「とんだ生臭坊主もあったもんだわ」
すっかりむくれたさくらは、幻燈坊の腕から逃れると、ずんずんと歩き出した。
「何処に行くんじゃ? 其方では無いと言うておろうに」
後ろから呼びかける声も、さくらの耳には入らないようだった。
……そして。
「だから違うと言うただろうに。」
「……ごめんなさい」
ドジっ娘が適当に歩けば、その先にあるのは迷子。道を外れた覚えもないのに、この山で暮らす幻燈坊も知らぬ場所へと一行は迷い込んでいた。幻燈坊はナウマクサンマンダ・バザラ・ダン・カンと真言を3度唱え、この迷いを振り払おうと試みる。
「大丈夫。こんなこともあろうかと、お弁当と飲み物持ってきたからっ」
何かお腹に入れてひと休憩してから正しい道を探そうと、遥は紅葉の綺麗な場所を見繕って敷物を広げた。
「私もお弁当持ってきたの。良かったら食べてね。……炭になったのとかは入れずにちゃんとしたのだけ選んできた……つもり」
事前に言っていたとおりにさくらは弁当を持ってきて、皆の前に広げた。見た目はそれほど危険そうではないが……。
「いっただーきまーす」
早速からあげをつまんで食べた縁の口の中で、ゴリッと厭な音がした。ざらざらした溶岩でも齧ってしまったかのような食感……。
「こんなの食べたら歯が折れるわよっ」
縁が放り出したからあげは、岩に当たってカチンと硬い音を立てて弾んだ。
「ぐわぁっ……」
「兄さん、どうしたんです?」
急に苦しみだした逆鬼を真琴が心配そうに覗き込む。
「これ……砂糖と塩、間違ってる……げほっ」
見た目はまともであっても、まともに食べられる物とは限らない。
「さすがドジっ娘料理ね。……効果が切れる前に、親父に何か作って食べさせてやれば良かったかしら」
蒔いた種の一部なりとも刈り取らせてやれば良かったと思いつつ、縁はドジの詰まった弁当の中身を検分する。
「てへっ。失敗しちゃった」
可愛くポーズを取ってから、さくらは愕然とした。
「……今私、何やった?」
ドジっ娘キノコは食べた者にしっかりと根を下ろし、その言動までも変化させる。こんな状態が続いたら、キノコの効果が消えてもドジっ娘が染みついてしまいそうでさくらは焦って弁当を片づける。
「休んでなんていられないわ。一刻も早く三枚岩に行かないと」
「落ち着かんヤツじゃのぅ。まあ、大体方向の見当はついたから、後はわしに任せておけば心配無用じゃ。もし危険があった時でも、わしが守ってやるから安心せい。ムービースターのようにはいかんが、多少は腕におぼえはあるわい。惚れても知らんぞ?」
にやりとする幻燈坊に、さくらは片づけの手は休めずにべーっと舌を出した。
「山の中で暗くなっても困るし、さっさと終わらせた方がすっきりもするわよね。行こ」
縁は身軽に立ち上がると、まだ名残惜しそうに紅葉に見とれている遥の手を引いた。……つもりだったのだが。
「?」
なんだろう、この腕の太さ。そして毛むくじゃらな感触。いやぁな予感をおぼえつつ振り返った縁の目に映ったのは……自分より大きな熊の姿。熊は縁の腕をふりほどくと、両腕を威嚇するように高く掲げ、戦闘態勢に入った。恐ろしく気が立っているようだ。
「はわわ〜っ!」
縁の挙げたドジっ娘悲鳴に気づいた真琴が、即座に熊の時間を止めた。
「逃げて下さい!」
時間が止められるのは数秒。縁は今度は間違えずに遥の腕を引いて走り、さくらもそれに続く。危険があったら守ると言っていたはずの幻燈坊は、ちゃっかりと熊と距離を置いてから、錫杖を突きつけた。
「苦魔駆逐 急々如律令!」
逆鬼は真琴が時間を停止させるのと呼応して熊へと迫り、その妖の腕を解放する。腕がしなり、ざくりと熊を切り裂く……はずが、
「ほえ?」
すかっ、と腕は空振りし、そのはずみで逆鬼は転倒した。
「ドジっ娘してる場合ではないでしょうに」
真琴は兄の姿に呆れながらも、足下にあった石を投げつけて熊の注意を自分に引きつける。その隙に体勢を立て直した逆鬼が、真琴に突進しようとする熊を袈裟懸けに切り払った。どさりと音を立てて熊は地面に倒れる。それを背に、真琴と逆鬼はその場から急ぎ足に離れ、皆と合流したのだった。
■■
降りかかるドジの波にはきりがなかったが、それでも彼らはなんとかこの試練を乗り越え。
「ほれ、そこが三枚岩だ」
幻燈坊の指すところには、そびえ立つ3枚の岩があった。
ヒーロー、ヒロインを目指す者は一番大きな岩に触れ、二枚目俳優を目指す者は二番目の岩に触れ、そして三枚目を目指すものは三番目の岩に触れて願をかけると叶うと言われている三枚岩。そして、ドジっ娘キノコの効力を消す湧き水はと見れば……それはお約束のように三枚目の岩を伝っていた。
「私が目指してるのは三枚目じゃないんだけど……」
恨めしげに言いながら、さくらは湧き水を手に受けて飲んだ。清らかに澄んだ水は手が切れそうに冷たいが、すっきりと喉を潤し、そして体内に巣くっていたキノコの効果を消し去った。
「よかったねっ。これで安心して紅葉を楽しめるよっ」
遥は自分の事のように嬉しがり、幻燈坊はすべては自分のおかげだと胸をそびやかす。
逆鬼はどこか残念そうに手に受けた水をじっと眺めていたが、早く飲むようにと真琴に横から促されて、しぶしぶのように水を口にした。
「これでドジっ娘ともお別れ。はれてレディMに専念できるってことね」
縁は勢いよく水を飲み下すと、
「待っててレディM! 今帰るわ!」
と高らかに宣言した。これで何の心配もなく、レディMのファンができる。
「よかったら皆でレディMの映画でも見に行かない?」
「そうね。気分がすかっとする映画を見たい気分だわ」
さくらも乗り気で頷いた。
見に行く作品はもちろん『エレガントエージェント』シリーズ最新作。ドジっ娘とは対極の彼女の活躍を見れば、ドジに振り回されたここしばらくの鬱屈も吹き飛ぶに違いない。
往路と違って易々と、皆は紅葉真っ盛りの杵間山をピクニック気分で下りていったのだった。
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クリエイターコメント | はた迷惑なドジっ娘キノコ騒動もこれで一件落着ですわね。お疲れ様でしたの。 楽しいプレイングが多くて、思わずくすくす笑ってしまったりという事もありましたわ。参加してくださった皆様、本当に有り難う御座いました。 |
公開日時 | 2006-12-03(日) 12:10 |
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