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<ノベル>
「おや?」
目が覚めてみれば、犬神警部は回収前の家庭ゴミと一緒に寝ていた。
ちゅんちゅん、とすずめがさえずり、各家庭から朝食のいい匂いがする。そんな時間帯だった。
「ううむ……事件の匂いがするぞ」
事件も何も、ただ単に深酒がすぎてへべれけになり、道端で一夜を過ごしただけなのだが。
「怪しい……怪しすぎる!」
一番怪しいのは、よれよれのトレンチコートを着た彼自身だ。
気持ちのいい早朝からゴミ収集所に仁王立ちになり、血相を変えている中年のおっさん。犬の散歩をしている少年が、遠回りして横を過ぎていった。
「これは迷宮入りする……お?」
ぶつぶつと呟いていた犬神警部の動きが止まった。額に、馴染みのない触感があった。鏡がないのでぺたぺたと撫でまわす。結果、わかったことは。
「キノコ?」
にょっきり生えている。昨夜の行動を必死に思い出してみる。そこにヒントがあるはずだ。
大手チェーンのファミリーレストランで夕飯を食べた。外に出たら寒さが身に染みて、ふらりと近所の居酒屋に立ち寄った。一杯のつもりが二杯、三杯、四杯と増えていき……気がつけば今に至る。
「キノコ、キノコ、キノコ……おお!」
思い出せた。道端に松茸らしきキノコが生えていて、酔った勢いで生食した。匂い松茸味シメジ、は松茸なんて香りだけ、という意味ではない。キノコの中で松茸が最高の香り、そして最高の味なのがシメジ、という意味だ。
ともかく、シメジ味を堪能して、いい気分のまま熟睡した。真冬でなかったのがさいわいだろう。凍死体になったら、自分が事件の当事者になってしまう。警官が被害者、なんて間抜けすぎる。
ぼりぼりと頭をかいて、犬神警部は自分の部屋へ帰ろうと歩き出し――
不意に動きを止めた。
少ない通行人や朝刊を取りに現れた近所の人を観客に、犬神警部は足踏みでリズムを取りだした。
「ペッパーぁ」
人差し指を親指を伸ばした――俗に「田舎チョキ」と呼ばれる左手が、ゆっくりと挙がっていく。
「警部!」
頭上から右に、そして素早く左に。
最初が完璧に踊れれば、後は簡単だ。
ミニスカートやスパンコールの眩しい衣装で踊っていた懐かしのアイドルと、動きだけは本物そっくりに曲を披露する。
ただし、彼はとてつもない音痴だった。某国民的アニメに登場するいじめっ子に勝るとも劣らない破壊音が、住宅街に響き渡る。
すずめが落ち、からすが飛び去り、犬が吠え、猫が威嚇する。
ガラスが震え、たまたま居合わせた何人かが卒倒した。
「そろそろ帰りなさい、と〜」
高音部もばっちり出る。ただ半音ずれているだけで。
「ペッパー警部よっ」
フィニッシュ。額から汗がきらきらと、陽の光を反射しながら飛び散った。
わずかな間に、正気に戻った人達は速攻で逃げる。
「やめてくれ誰か止めてくれ! うわああ、勝手に身体が動くぅぅぅ」
恥じらいと血行促進で、犬神警部の頬は真っ赤になっている。だが、歌と踊りは一曲では済まなかった。
次の曲が脳裏をよぎり、この世代といえば条件反射で踊り出す。
「ウ〜〜〜〜ウオンテッド!」
びし、とポーズが決まる。本物は可愛い子がミニスカートでやるからドキドキするが、こっちは別の意味で心臓に悪い。
この後、有名なイントロから始まった『UFO』『渚のシンドバット』『サウスポー』などが続く。
最初こそ恥ずかしがっていた犬神警部だが、ここまでくると楽しくなってくる。同じ阿呆なら踊らなければ損だ。
「今日もまた誰か、乙女のピンチ!」
銀幕市がピンチだった。
――半日後、銀幕市の依頼を受けた助っ人が駆けつけ(耳栓持参)、額のキノコをもぎとって事件は一件落着した。
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クリエイターコメント | 資料調べをしているうちに、すっかり洗脳されてしまいました。 やっぱり彼女たちは偉大です。 |
公開日時 | 2006-12-09(土) 13:30 |
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