★ カエル男爵の冬眠 ★
<オープニング>

 その日、『対策課』に赴いたものたちは、オフィスの片隅のソファーに、一匹の人間大のカエルを姿を見た。
「カエル男爵……?」
 彼はムービーハザード『忘却の森』の番人であったはずの存在だ。しかし当の森は、その役目を終えたかのように、すでに銀幕市から消滅したはずだが……。
「彼はとり残された……というのか、もともとかのハザードとは実体化の原理が違うのか、とにかく、ここにこうして健在なのです」
 植村直紀はそう説明した。
「それはいいのですが……」
 今さらムービースターの一人や二人、増えたところでどうということはない、といった風情で直紀は言ったが、カエル男爵はそんなことも耳に入らぬ様子で。見れば、彼は貴族風の衣裳の上から毛布をかぶり、さっきからソファーの上でガタガタと震えているのである。『忘却の森』の中は、冬の真夜中であっても過ごしやすい気温であったが、現実世界はそうはいかない。どうやら銀幕市の冬は、カエル男爵には過酷過ぎるようだ。
「……冬眠する、と仰っているんです」
 困惑気味の、直紀。
「そうとも! 我輩は冬眠するぞ!」
 後を引き取って、カエルがわめいた。……いや、男爵は仰るのだった。
「だが寒くて眠れん! まずは暖かい場所で、しかるべき寝具を調達せねばならぬ。ベッドに枕、シーツ……クッションもいるぞ、夜着もな。我輩が使うのだから、それなりの品でなくてはならぬ。……それから食事だ。眠る前には腹いっぱいにならんと眠れぬ。むろん酒も必要だ。寝付くまで静かな音楽が奏でられるとなおよい。それから……」
 これでわかったでしょう、と言うような顔を直紀は見せた。
 それから、カエル男爵の要求は果てしなく続いた。たぶん、本当に冬眠してしまうまで、この調子だろう。このうるさいカエルを黙らせるには……いや、男爵に安らかにご冬眠あそばしていただくには、誰かが男爵の欲する品物を調達し、環境を整えなくてはならないようだ。

種別名シナリオ 管理番号47
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント『忘却の森と封印の城』の、(あんまり本編とは関係のない)後日談シナリオです。
カエル男爵のわがままをかなえてあげて下さい、という依頼。

まず冬眠できる場所を確保し、快適な環境を整えた上で、寝具や食事を用意してあげないといけないようです。OPで彼がわめいているもの以外にも、「安らかに眠りにつくためにあるといいと思うもの」があれば、ご提案いただければと思います。

それでは、ご参加お待ちしております。

→関連NPC:カエル男爵(http://tsukumogami.net/ginmaku/app/pc.php?act_view=true&pcno=238)

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
西園寺 ジェニファー(cnbv2736) ムービーファン 女 11歳 小学生
鳶城 華音(carm2949) ムービーファン 女 15歳 中学生
<ノベル>

  1

「寒くて眠れないって……、てか、冬眠って体温が下がらないと始まらないように思うんだけど」
 太助が、動物図鑑を読みながら言った。
「そうみたいだね〜」
 西園寺ジェニファーが、横合いから図鑑をのぞきこみ、『冬眠』の項目を読み上げる。
「『冬眠とは、動物が越冬のために、摂食や運動を中止して代謝活動を著しく低下させた状態になること。ヘビ、カエル、カメなどの変温動物の場合、体温は外囲の温度に並行して低下する』……だって」
「じゃあ今のままでいいじゃん。ホントのカエルは土に潜ったりするんだよな。地下室とかは?」
「地下室!!」
 太助の提案に、カエル男爵はいたくショックを受けた様子であった。
「我輩に! 地下室で! 眠れと……!! ……こ、このような侮辱を受けたのははじめてだ。こんな恥辱を受けて長らえてはおれん……!」
「いや、だって、暗いほうがよく眠れるしさ」
 ガクリ、と膝をついたカエル男爵にとりつくろうように言う。
「そのかわり、布団は、ぶ厚いのにしてさ。な?」
「でも地下室と言っても、どこの地下室ですの?」
 首を傾げたのは鳶城華音だ。
「え。地下室で決まりなんですか」
 三月薺が、面々の中では唯一、男爵に同情的な表情で問うた。
「……いずれにせよ、場所は確保しなければいけませんわね」
 華音はすこし考えてから、それならば、と口を開く。
「ホテルはどうかしら」

「わあ、素敵」
 薺が、思わず、声をあげたのも無理はない。
「おお」
 カエル男爵の口からも感嘆の息が漏れた。
 一行が訪れたのは、銀幕ベイサイドホテル――その上層階のスイートルームであったから。
 しかも、オーシャンビューの部屋だ。テラスからは銀幕湾の海と空が一望できる。
 ふかふかのソファーに、足が埋まりそうな絨毯。豪奢な調度で満たされた部屋は優雅にして落ち着いた雰囲気で、壁には由緒ありげな絵画が架かる。
「ここなら、男爵のお気にも召すのじゃありませんこと?」
 にっこりと微笑む華音の手を、カエル男爵の水かきのある手がしっかりと握った。
「素晴らしいぞ。まさに我輩にふさわしい。褒めてつかわす!」
 嬉々として、ベッドルームをのぞき、また声をあげた。
「すごいベッド!」
 薺も一緒になって驚いている。寝台は天蓋つきの豪華なものだ。
 男爵がそのうえに身を投げ出せば、クッションでその身体が弾んだ。 
「でもいいの? こんな部屋、高いんじゃ……?」
 ジェニファーがささやく。
 銀幕ベイサイドホテルといえば、銀幕市一の高級ホテル。ハリウッドから撮影のために来日するスターもここに泊るというし、つい先日まではロイ・スパークランド監督が滞在していたことでも知られている。そのスイートルームともなれば、並の値段ではないだろう。多少の経費は『対策課』が負担してくれようが、この部屋をひと冬借り切るだけの資金などは望むべくもないと思われた。
「気持ち良く眠っていただければそれでよいのですわ」
 華音は言った。
「実際に冬眠あそばされたら移動させればいいのですし。…………どこかの地下室に」
「あー……」
 ぼそり、と呟いた華音の言葉に、太助が頷く。
「か、華音ちゃん、意外に黒いね」
 ジェニファー、たじろぐ。
 そんなたくらみには気づかずに、カエル男爵と薺は、スイートルームの豪華さに目を見張り、声をあげ、楽しげに部屋を満喫していた。

  2

「えーと、私からは男爵のためにふかふかのネグリジェをご用意させていただきました」
 といって、薺が持ってきたのは、フリルがふんだんにあしらわれたネグリジェである。もこもこな素材で暖かそうだが。
「ふむ。まあまあだな」
 などといいつつ、着てみて、男爵はまんざらでもなさそうなのであるが、等身大の、二足歩行の、ネグリジェを着たカエルというのも、傍目に見て、はっきりいって、ちょっと不気味ではある。
「お似合いですよー。……あと、必要なものは……」
「男爵、抱きまくらを忘れるなー! おねむのお守りなんだぞ」
「ふむ。たしかに何か抱いて眠るものがあると落ち着くような気がするのぅ」
「そう思って、こちらを用意しましたー」
 薺が次に取り出したのは、名付けて「カエル・メイクイーン様ぬいぐるみ」。メイクイーンというのは男爵と対をなすという意味らしいが……とにかくそれは美しいマダム(?)なカエルのぬいぐるみであった。
「ふむ。そのほう、なかなか気が利くではないが。……我輩としてはもっとこう、若いほうがよかったような気もするが、手触りはなかなかのものだな」
 いろいろどうかと思う注釈をつけながら、それでも、この心づかいは男爵に受け入れられたようだった。
「よし、眠るとするか」
 ぬいぐるみを抱え、ネグリジェを着た男爵は、天蓋つきベッドによこたわった。
「では諸君。また春に会おうぞ」
 目を閉じる。

「ゆっくり休んでもらえるといいですね」
 と薺。
 男爵が眠りにつくまで、リビングのソファで待つ4人である。……というのも、眠ってしまった男爵をどこぞの地下室に運ばねばならないからなのだが……。
「で、どこに放り込みましょうか?」
「市役所には地下室ないのか?」
「どこかの撮影所の倉庫とかはどうかな?」
「……みんな、ひどいですっ。男爵がかわいそうですよ!」
 容赦のない算段をする面々に、薺が男爵の肩をもって言うのだった。
「そうだけどさー」
「でもこの部屋を使い続けるわけには――」
「しっ」
 そのとき。
 だん、とベッドルームのドアを開けて、男爵が飛び出してきた。
「眠れーーーーーん!!」
「わっ、ごめんなさい、うるさかったですか、私たち」
「そうではない。そうではないが、どうも眠る機会を逸してしまったのだ。目が冴えて仕方がないぞ」
 ぎょろり、と顔の左右についた大きな眼を指し、ぐりぐりと回してみせる。
「気持ちを落ち着けるにはハーブティーがよいと聞く。ホテルならあるであろう。ルームサーヴィスを呼ぶぞ、電話をもて」
 数分後。
 ホテルのボーイがワゴンでティーセットを運んできてくれた。
 やわらかなハーブの香りがスイートルームにただよう。4人も相伴に預かることができた。
「ふむぅ……これでリラックスして眠れるであろう。今度こそ、おやすみであるぞ、諸君」
 だが。

「眠れーーーーーん!!」
 カエル男爵が再び飛び出してきたのは、それから一時間もしないあいだのことだった。
「大丈夫?」
 心配げにジェニファーが訊ねる。
「よく考えたらカフェインたっぷりの茶など飲んでしまったら眠れんに決まっておるではないか。……それよりも腹が空いた気がするな。食事だ。食事をするぞ」
 しばしの後、ボーイがワゴンで食事を運んできた。
 ホテルのルームサーヴィスの食事であるから、それなりの値段なのだろうが……支払は後日、市役所のほうに回るのであろう。それについては、考えないことにした、とばかりに、華音たちは視線をそらす。
「ふぅ、満腹、満腹。これでぐっすりと眠れそうだわい」
 膨れた腹をさすりながら、ベッドルームに消える男爵。
 そして。

「眠れーーーーーん!!」
「またかよ!!」
「やはりあれだ、酒だ、ナイトキャップがないと眠れんのだ!」
「どこまでわがままなんだよー」
 太助があきれるように言ったが、男爵は悪びれるそぶりもなかった。
「電話をもて。……あー、ルームサーヴィスか? ドンペリを頼む。ピンクのやつだぞ」
「話聞けよ! あんまりわがまま言ってると……食っちまうぞ!」
「な、なぬ!?」
 ぷくーっと膨らませた腹を、太助がなでる。傍で、ジェニファーが動物図鑑を読み上げた。
「『タヌキ イヌ科タヌキ属 雑食性で、果実などのほか、昆虫、ネズミ、カエルなども食べる』」
「…………」
 じわり――、と、カエル男爵の皮膚に脂汗のようなものが浮かんだ。リアルがまの油。がまがえるではないようだが。
「いいから、大人しく寝ろ?」
「……うう、しかし……」
「ベッドにくくりつけたらどうかしら?」
 華音が、さらりと、鬼のようなことを提案した。
「ちょ、ちょっと、華音さんっ」
「だって……、協力は致しますけれど、限度というものもございましてよ?」
「そうですけど……、なにかいい方法は……」
「んー。子守唄でも唄ってあげたりとか?」
 ぽつり、と、ジェニファーが言った言葉に、華音と薺がぱっと顔を輝かせた。
「それだ!」

  3

「では、いきますね」
 それならとっておきのがある、と言って、小型のオーディオセットとCDを取り寄せたのは華音だった。
 ベッドに男爵を寝かしつけ、おもむろにCDをセットしたミニコンポの再生ボタンを押す。
 流れ出したのは――

「…………」
「……なにこれ」
「演歌……?」
「……しみますわ」
 うっすら涙ぐんでさえいる華音。
「あの……華音ちゃん、なんかこう……寝入りばなに聞くにはちょっと盛り上がり過ぎる気がするんだけど」
「力がわいてきますでしょ?」
 某女性演歌歌手の、こぶしが回りまくった歌声が、まるでミスマッチな銀幕ベイサイドホテルのスイートルームに響き渡った。
「クラシックとかそういうのがいいんじゃ――」
「あら、これもある意味、クラシックでしてよ!」
「演歌のよさは否定しないけど、男爵が……、って、男爵!?」
「……しみるな」
 顔の両側についた大きな眼が、うっすら涙ぐんでいた。
「さすが男爵! 日本の心もおわかりになるのね!」
 華音は男爵の手を握りしめたが、歌に聞き入ってしまって、眠るどころではない。
 やがて、華音推薦の、某演歌歌手ベストアルバムを一枚聞き終えたのだったが……
「まだ寝れないのか?」
「……うむ」
「困りましたわねぇ」
「でももうほしいものはないんだよね?」
「……うむ。なにやら、疲れたような気はするのだが……」
「うーん」
「今度はジェニファーが子守唄うたってやったら?」
「そうだね……それか、静かなクラシックの曲で……」
「あの――」
 おずおずと、薺が言った。
「演歌やクラシックもいいと思うんですけど――、男爵は森の番人だったでしょ。だから……」
 部屋に置かれていた観葉植物の葉を折って、薺は器用に草笛をつくった。
「だから、こういう素朴な音はどうかな、って」
 薺の演奏に、皆、言葉をなくした。
 草笛が、こんなにゆたかな音色を奏でるとは思わなかったから。
「どうしても眠れなかったら……それでもいいかな、とも思うんです。すぐに春は来るでしょうし。……私、『忘却の森』といっしょに男爵も消えちゃうって思って……そのとき、とてもさみしいなって思ってたから、男爵がまだ銀幕市にいてくれて嬉しいです」
 そう言って、穏やかに微笑むのだった。
「そうだね……」
 ジェニファーも頷く。
「『忘却の森』と『封印の城』……。ジェニファー、森にしかいかなくて、お城のことは銀幕ジャーナルで読んだだけだけど……とっても不思議で綺麗なところだったね。男爵は、あのお城や森で、いままであったいろんな出来事のこと知ってるの? だったらそのこと、いっぱい教えてほしいな」
 そのとき――
「お……」
「あら」
 カエル男爵は。
「……」
 4人は顔を見合わせ、頷き合った。
 そして、ひとさし指をそっと唇に。
 いつのまにか、ベッドの上では、カエルが一匹、さやさやと静かな寝息を立てている。


 結局――
 カエル男爵はそっと簡易ベッドに移し変えられ、銀幕ベイサイドホテルのボイラー室に“安置”されることになった。ここなら邪魔にならないので、ホテルも了承してくれたのである。それに、そこは二十四時間、暖かい。これなら、男爵もぐっすりと眠れるはずだ。目覚めたときになにか文句は言うかもしれないが、それはまたそのときのこと……。
 これが、ひとりのムービースターが、プレミアフィルムになるわけでもなく、しばし、銀幕市で眠りにつくという奇異なことになった顛末である。
 なお、眠るカエル男爵の姿を見学したいという向きには、ホテルのフロントに申し出れば、ボイラー室に案内してくれるそうである。
 そのときは、くれぐれも、起こしてしまわれぬよう、注意されたい。

クリエイターコメントお待たせしました。『カエル男爵の冬眠』をお届けします。
おかげさまで無事(?)男爵が冬眠することができたようです。

しかし、春になればまた目覚めますので、そのせつは、また男爵に構ってやっていただけると嬉しく思います。

それでは、そのときまで、おやすみなさい。ZZZ……
公開日時2007-01-13(土) 00:20
感想メールはこちらから