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<サンプルなど>
◇サンプル『紅い死神』
「辛気臭い町だな、おい」 日も暮れてきた頃にであった町に入って開口一番、レイはそう独りごちた。 遠景ではそれなりの大きさに見えた町だったのだが、夕暮れ時だというのに通りには数えるほどの人しか歩いておらず、この時刻には必ずあるはずの夕食の支度による煙もまばらにしか立ち上っていない。これでは、レイが辛気臭いと言ってしまうのも無理からぬことだった。 人通りもほぼ皆無だったため、レイは宿の場所を人に聞くのを早々に諦めて大通りを歩く。 と、突然横道から子供が飛び出してきて、その後を追うように男も一人飛び出してきた。そしてそのまま、レイの前で立ち止まって問答を始めた。 「ガキィ! 人にぶつかっておいてごめんだけで済まそうってぇのか? あぁ!?」 怒気をはらんだ男の声が辺りに木霊する。その騒ぎにも町の住人は家から出てくることなく、ただまばらに歩いている何人かが遠巻きに見ているだけだった。 子供が、助けてくれと言わんばかりにレイを見つめていた。が、レイは顔色一つ変えずに、躊躇する事無く騒ぎの中心にいる三流悪役丸出しの男と絡まれている子供を放置・迂回しようと足を危険範囲外へと向けた。その瞬間、レイの目に飛び込んできたのは『龍の牙亭』という、宿の看板だった。 途端、レイの思考は『厄介ごとに関わる気はないし迂回して進む』というものから『なんで俺がわざわざ遠回りして進まねばならんのか』というものへと移行していった。 そして、その思考の元、レイは迂回する事無く真っ直ぐに宿に向かって歩き出した。見ている側からすれば、レイが突然男に向かって突っ込んでいったように見えただろう。事実、そうなのではあるが。 当たり前に、レイは未だに子供にすごんで文句を言っている男とぶつかることになった。既にいくつかの死線を越えてきているレイ。町のゴロツキとは鍛え方が違っている。レイは何事もなく歩き続けていたが、男の方は不様にしりもちをついた。 「すまん」 その一言だけ小さく呟いて、レイは立ち止まろうともせずに宿へと向かおうとした。しかし、当然ぶつかられた男の方は、はいそうですか、とは通してくれなかった。 「まてよ、この野郎!」 勢い良く立ち上がって、男はレイにすごんできた。 はぁ〜…と大きなため息をついて、明らかに面倒くさそうにレイは振り返る。その行動は、未だ収まらぬ男の怒りの火に油を注いだようだった。 「てめぇ、今ため息ついただろう! 俺を『狂い闇』の一員だと知っててため息なんかつきやがったのか!?」 そう言いながら、男はレイに詰め寄ってくる。レイの視界の端には、さっきまで男に絡まれていた子供がそそくさと立ち去っていくのが見えた。 「知らん。そもそも大通りで立ち止まって騒いでいる方がどうかしている。それに、謝罪はしただろう」 それだけ言って、レイは再び宿に歩いて行こうとする。 「て…て……てめぇっ!」 完全に頭に血が上ったのか、文字通り顔を真っ赤にしながら、男は懐からナイフを取り出してレイに向かって走りよってきた。 遠巻きに見ていた何人かから悲鳴が上がる。が、当のレイ本人はやれやれといった様子で、振り返りつつ軽く体を横に移動させる。そのレイの真横を、男がすれ違う。その刹那、レイの様子が一変した。 男の体が通り過ぎた瞬間、レイの目は先ほどと打って変わって細まり、スッ、っと視線が男を追う。 ジャァァ…ッ! 鍔鳴りと、鞘から刃を引き抜く音が重なって聞こえた。続く、刃が空を切る音。レイの右手には、引き抜かれた長剣が握られ、高々と掲げられていた。 「刃物を抜いたのも、襲ってきたのも、どちらもそっちが先だ。俺が謝ったにもかかわらず…な」 意味ありげに、レイが言葉を発した。その次の瞬間、男の絶叫が響き渡った。 「あぁぁぁぁ!!! いてぇよ!!! 俺の…俺の腕がぁぁぁ!!!」 左腕で右の肘を抑える男。男の肘から下は、幾分かの筋組織で繋がっているような状態だった。 「刃物を抜いて襲い掛かってくるということは、そういう結果になっても文句を言えないって事だ。その覚悟がないなら…刃物なんぞ抜くんじゃねぇ…!」 血に濡れた自分の剣を見つめながらそう言って、この剣も寿命だな…、と続けて呟き、自らが腕を半切断した男を顧みることもせずに宿へと歩き出した。
「部屋を一つ頼む」 宿へと足を踏み入れたレイは、血に濡れた長剣の刃を持っていた布で拭いながら、カウンターにいる男に告げる。 「あ、あんた…さっき『狂い闇』の男と揉め事を起こしただろう…?」 何かに怯えるように、カウンターにいる宿の主人はレイと視線を合わせる事無く問いかけてきた。 「部屋を頼む」 主人の問いに答える気配を微塵も見せないで、レイは再び、今度は少し強い口調でそう告げる。 「悪いことは言わない。今すぐにでもこの町を出てった方がいい。あいつらを怒らせたら、酷い目に遭うぞ?」 部屋の手配をしようともしないで、主人はそう続けてきた。 それを聞いて、レイは面倒な奴に手を出したかとわずかに思ったが、クソみたいな組織に属しているらしいゴミみたいな人間のせいで自分の都合を変えることを良しとしないレイは、主人の忠告と思われる言葉に耳を貸すことはなかった。 「部屋を頼む、と言っているんだが? 実力行使しないと部屋を用意してもらえないのか、この宿は?」 血を拭った長剣を鞘に収めて、レイは主人を見据えながらそう言った。 「あ、いや…」 それだけ言うと、主人は慌てた様子でカウンターの下から鍵を取り出して、二階の一番奥の部屋だ、とレイに伝えた。 ようやく出された鍵を無言のまま受け取って、レイは側にあった階段を上っていった。
「紅毛の男、出て来い!」 荷物を置いて部屋で剣の手入れをしていたレイの耳に、そんな言葉が飛び込んできた。 「なんだ、意外と早かったな」 誰もいない部屋でそう呟き、ベッド横に立てかけていた長剣を手にして、ゆっくりと部屋を後にした。 階下では、数人のゴロツキ風の男がテーブルやイスを蹴るなどして暴れまわっていた。 「クズが人間の言葉を喋ってやがる」 階段を下りながら、レイは暴れている男達に暴言を投げつけた。当然、男達は一斉に、あぁ!? とすごみながらレイを見る。 「てめぇか、俺たちの同胞を傷つけた紅毛の男ってのは」 カウンターに腕をかけていた男がゆっくりとレイに近づいてくる。その男がまとめ役なのだろう、他の数人は一様に静かになった。 「はて…道に落ちてたゴミを片付けた覚えはあるが、人を傷つけた覚えはないなぁ」 とぼけた口調で、レイは男にそう返した。 「いい度胸だ。同胞の恨みは晴らさせてもらうぞ」 そう言うと、男は腰に下げていた小剣を抜き放つ。それに倣って他の男もそれぞれ刃物を抜く。 「おぉおぉ、ゴミがいっちょまえにやる気出してやがる。やってやってもいいが、ここじゃ狭すぎる。ついて来い」 そう言って、レイは宿を出る。その瞬間、レイの背後から男達が襲い掛かってきた。 それを予測していたのだろう、レイは軽いステップを踏んで宿を出た瞬間に左に跳ぶ。そして着地と同時に体を沈ませ剣を鞘から解き放つ。 自由を得た刃は、レイの手が導くままに平行な軌道を描き、背後から襲い掛かってきた男の左足を的確に捉える。その剣筋は、男の左足に当たって止まる。レイはそのまま力を込めて薙ぎ払う。 男の体は左に傾き、左膝から下を残して倒れこむ。数秒も経たずに残った左膝から先も白い石畳の上に赤色を撒き散らしながら音も立てずに倒れた。 「てめぇ、よくも仲間を!」 他の男が叫んで宿から飛び出してレイを取り囲む。 後ろから不意を衝いておいて何を言うのかと思ったが、それよりもレイは自分の剣の切れ味のなさにため息をついた。研いだ直後でこの切れ味。いくら剣は斬るというより叩き切る事に主眼を置いているとは言え、比較的切れ味のいい長剣でこれでは買い換えることも念頭においておかねばならないことの方がレイにとっては問題だった。 そんな事を考えているうちに、すっかり周りを囲まれてしまっているレイ。まとめ役の男が右手を上げて合図すると、囲んでいた男達が一斉に切りかかってきた。 四人か…。 相手の数を冷静に確認すると、レイはそのうちの一人に向かって跳躍する。 ビュンッ! 力強く剣が風を切る音。男がその音を認識する頃には、レイの振るった刃は男の首を捉えていた。 さすがに力任せに首を切断するという無茶なことはせず、レイは少し力を入れて刃を首の表面に滑らせた。 鮮血が撒き散らされる。その血を浴びながらも、レイは動きを止める事無く次の獲物に向かう。 剣を頭の上に移動させながら、レイは右に向き直り走り出す。小さな斧を手にした男の目前で脚を止めると、頭上に掲げた剣を振り下ろした。 剣は男の体の中央を通り、通り過ぎた後に血の道筋を作り上げた。 「ひぎゃあぁぁ!」 悲鳴とも絶叫とも判断しにくい叫び声をあげて、男は石畳の上を転がりまわった。 そこでレイは一旦動きを止めて息を吐く。それと同時に剣についた血を払おうと軽く振る。 ピピッ、とささやかな音を立てて血の玉が道にいくつもの斑点を作る。 「な、なんだこいつ!?」 「あっという間に二人も…!」 残る二人の間に動揺が走る。仲間が二人も一瞬でやられたら当たり前の動揺と言えなくもないが。 「お前ら、逃げようなんて思うなよ…?」 まとめ役が放った一言。その一言は、二人の男を支配しかけていたこの場を離れたいという気持ちを押さえつけた。それは、『狂い闇』という組織における上の命令の絶対性の想像を容易にするものだった。 「うあぁぁっ!」 半ばやけくそ気味に、二人のうちの一人が大きな体躯を揺らしてレイに突っ込んでくる。普通なら、その無意味な吶喊は相手の戦意を奪って消極的な戦い方にしてもおかしくはないものだったが、レイにとってそんなものは皆無だった。彼は、自分に敵対するものに対してはどんな理由があろうとも叩き伏せるというポリシーの持ち主だった。例えそれで相手の命を奪うことになろうとも、戦いという命の取り合いの場において至極当然のことだと、そう思っているからだ。そこに、妥協や情など一切入り込む余地はない。 その信念の元、レイはわずかに腰を落とし手にした剣を構える。そして交錯。 レイの剣は男の腹部に当たり、一瞬勢いが止まる。その時、常に右手だけを使っていたレイが初めて左手を柄に添えた。そして一気に力を込める。 レイの手に、筋肉を引きちぎる感触が伝わる。刃は徐々に男の腹部にめり込んでいき、そして完全に腹部を通過した。 男の上半身が下半身と別れ、大地と抱擁をしようと崩れ落ちていく。その後ろ、崩れ行く上半身の影に最後の男が短剣を片手に突っ込んでくるのが見えた。体格の大きな男が先に突撃し、その後ろで同時に突っ込んできていた小柄な男を隠していたのだ。 いい作戦だ。レイは素直に賞賛した。 「だが、相手が悪かったな」 そう言って、レイは自分の剣の柄で短剣を持つ男の手首を打ち上げる。その衝撃で男の腕はまるで上段に振りかぶったように大きく振り上げられた。そこに、間髪いれずレイの剣が閃く。 男の両の手首は、永遠に体に別れを告げた。叫び声をあげながら、男は地面に倒れてうずくまった。 左足を失った、生死のわからぬ男。 首筋から大量の血を噴出させて絶命している男。 体の真ん中に血の道筋を作られてもだえる男。 胴を両断されて息絶えている男。 そして、手首を失いうずくまる男。 レイの周りは、さながら地獄絵図のような光景が広がっていた。辺りの石畳には真っ赤な血が海のように広がり、返り血を浴びたレイは死神を連想させるに十分だった。 「残るはお前だけだ…」 そう呟いて、レイはまとめ役をしていた男に向き直る。その姿と迫力に押され、男は一歩後ずさった。それに合わせ、レイは一歩踏み出す。 「うわぁぁー!」 叫び声と共に、男は一目散に逃げ出した。当然追いかけようと足を踏み出したレイだったが、手首を失った男が最後の力を振り絞ってレイの足に絡み付いてきた。 後を追うタイミングを逸したレイ。ちっ、と一つ舌打ちをして、レイは男の一人が持っていたナイフを拾い上げ、逃げる男の背中に投げつける。ナイフは狙い過たずに男の背中に突き刺さった。 しかし男は、一瞬体勢を崩したものの、それを上手く立て直して再び走り出した。 「そんなになってもなお邪魔するとはな。その根性に敬意を表して楽にしてやろう」 そう言うと、レイは剣を逆手に持ち直し、男の喉元に突き立てた。 ぎゃっ! という叫びを残して、男の意識は二度と戻れぬ深い闇へと落ちていった。 「…おい」 レイは、恐々と様子を伺っていた宿の主人に声をかける。主人は裏返った声で返事をしてきた。 「その、なんだ。『狂い闇』とか言うクソ組織のアジト、わかるか?」 静かな口調で、レイは問いかけた。主人は何かもごもごと小さく呟いていたが、レイの 「小さくて聞こえん。知っているのかいないのか、どっちなんだ!?」 という、少し声を荒げた言葉に、主人はアジトが町長の家だと言った。場所を聞くと、主人はそれも簡単に教えた。なるべく関わり合いを避けようという気持ちからだった。 レイは短く礼を言うと、持っていた浴布で返り血を拭い、剣の血は倒れた男の一人の服を使って拭った。 そうして軽く身支度を済ますと、レイは主人に聞いた町長の家へと歩き出した。もちろん話し合いをするためではない。自分にけんかを売った事を後悔させるためである。 町長の家へと向かう道の途上、次から次へと『狂い闇』のメンバーが襲ってきた。よくもまぁこれだけ無駄死にしにくるものだと、レイは半ば呆れ気味に思った。 切り伏せ、叩き伏せ、幾人もの屍と四肢を失ったものを作り上げながら、レイはようやく町長の家へと辿り着く。そこには、誰の趣味なのか『狂い闇』という看板までつけてあった。 「よくここまで来れたなぁ…」 感心したように、玄関前の階段に腰掛けていた男がレイに声をかけた。周りには、十人のゴロツキが薄ら笑いを浮かべてたむろっていた。 「お前がこのクソ組織の頭か?」 男の言葉にこれといった反応も返さず、淡々と自分の言葉を発するレイ。その態度に、男は気分を害したらしかった。 「俺の話を聞けよ、このボケが。俺はアヴァカー。『狂い闇』のリーダーにして、世界を支配することになる男だ。覚えてお…」 「うるさい、ボケが。御託並べてないでさっさとかかってこい。すぐに殺してやる」 自分の言葉をレイに遮られて、アヴァカーは一瞬にして怒りを露わにした 「てっ、てっ、てめぇぇ! 殺す! 殺してやるっ! お前ら、ぶっ殺してやれっ!!」 怒髪天を衝くとはこういうことを言うんだろうな、と、冷静に考えながら剣を抜き放った。 レイを殺そうと殺到する十人のゴロツキたち。そのゴロツキたちに向かって、レイは静かに告げた。 「死にたくなければ去れ、なんていうつもりは無い。俺に歯向かった時点でお前らの死は決まっている。死にたくなきゃあ、本気でかかってこい」 そして、レイは向かってきた一人に向かって剣を振り下ろした。その男の死が、乱戦の合図となった。 乱戦。それはレイが意図して作り出したものだった。敵のリーダーを憤慨させ、冷静な判断力を失わせた上で乱戦に持ち込む。それがレイの、一対多数の戦いの基本だった。 乱戦になれば、数に勝る側は同士討ちを懸念して自然、戦い方が消極的になる。その点、一人の側は力いっぱい武器を振り回しても味方に当たる事は皆無。全力で戦うことが出来る。 とは言え、敵の体に当たって武器が抜けない間に攻撃されたりすることもあるので、自分の力に自信がないと試せない方法ではあるが。 ともあれ、ゴロツキ十人相手のレイは鬼神のような戦いぶりだった。 右から切りかかってきた男の小剣を弾き返して即座に胸の辺りを切り裂き、後ろから突いてきた男の腕を取って前に陣取っていた男の胸に刺し、そのまま取った腕を折る。そして左から向かってきた男の腹部に剣を突き刺し、それを足場に上空に跳躍、右から来た男の背後に着地して腕を取ってその腕に握られたナイフを使って首を切り裂いた。 そしてそのまま走り、先ほど刺した腹部の剣を引き抜いて勢いを殺さずに右側へと薙いで一人屠る。たった今切り裂いた男の体を蹴り、その後ろにいたもう一人を足止めしている間に後ろ蹴りで背後にいた奴を仰け反らせてから、左の逆手に剣を持ち替えて喉に突き立てる。そしてその手から持っていたナイフを奪い取ると、先に足止めしておいた男に投げつけ、右目に突き刺さるのを確認して喉の剣を引き抜いて右手に持ち直した。 直後、正面から突っ込んできた男の横薙ぎの小剣を体を沈めてかわし、右足でその男に足払いをかける。体勢を崩して倒れこんでくる男に向かって剣を突き出し顎から脳天にかけて貫き通した。そのまま顔を蹴り、勢いで剣を顎から引き抜き力いっぱい上空に跳躍、残った一人の姿を確認してそこめがけ剣を振り下ろしながら落下、左手を柄にかけて全体重を剣に乗せる。 骨を砕く音と共に男の頭部が二つに割れる。同時に、使っていた長剣も高い金属音を立てて中ほどから折れた。 「…ふぅ」 息を吐いて立ち上がり、レイは半分になった剣を投げ捨てた。剣は軽い音を立てて地に転がる。 その様子を見ていたアヴァカーは、まるで夢でも見たみたいな顔で放心していた。 命令を出してから、まだ数分と経っていない。それなのに、今彼の目の前では十人にも及ぶ手下達が、倒れ、息絶え、もだえ苦しんでいる。 「化け物か、てめぇ…」 ようやく、喉の奥からそう言葉を吐き出す。 「御託はいいと言った。次はお前の番だ…」 そう言ってレイは、右拳を前にして腰をわずかに落とす。無手での戦いの構えである。 「は…はは…ははははははっ!」 そんなレイの姿を見て、アヴァカーは大声で笑う。 「まさか、この俺と素手でやり合う気か? この、俺と!?」 そう言って立ち上がったアヴァカーの手には、左右一本ずつ剣が携えられていた。 左手には、わずかに短い剣身の、細身の小剣。右手には、はるか東の国で使われているという『刀』と呼ばれる片刃の剣を持っていた。 「見ての通り、俺は二刀流の使い手だぜ? その俺と、素手で、やり合おうと?」 ニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべるアヴァカー。負けるなどという考えは毛頭ないようだった。 「何度も言わせるな、かかってこい。勝負ってのは、武器の有無や数で決まるものじゃないってのを、教えてやろう」 そう言って、レイは右手の人差し指を軽く振り動かす。来いよ、と言わんばかりである。そして、その動きが戦いの幕をあげた。 「ハァッ!」 両手を胸の前で交差させたまま、強く息を吐いてアヴァカーは地を蹴った。勢い良くレイに迫る。途中、左右の腕を振って武器の鞘を打ち捨てて両手を左右に広げた形になる。 「チィエェェイッ!」 気合一閃、アヴァカーは右手を左に向かって、反対に左手は右に向かって、それぞれ薙ぐ攻撃に移った。狙っているのはレイの首。左右からの同時攻撃で一気に首を刎ね飛ばそうという算段だった。が、殺った、と思った瞬間、眼前からレイの姿が掻き消えた。素早く視界を動かしてレイの姿を探す。そして、下方にその姿を見つけたときには、既にレイは攻撃のモーションに入っていた。 低い体勢から、体を伸ばすことによって得られるバネの動きの力を加えた左掌底の一撃がアヴァカーの顎に入った。数歩たたらを踏んだものの、アヴァカーはこらえて踏みとどまる。そして、こらえた彼がレイを見たとき、レイの右の蹴りがアヴァカーの右手にヒットする寸前の光景を見た。 右手首に強い衝撃が走る。その衝撃に刀を持つ力を維持できずに手が開く。当然のように、刀はアヴァカーの手を離れて宙を舞う。 「チィッ!」 舌打ちをして、アヴァカーは左手の小剣でレイに向かって突きを放つ。 絶妙のタイミングで繰り出された突きは、レイを捉えるかと思われたが、当のレイは体を後ろに仰け反らせてアヴァカーの左腕を取り、右足で地を蹴った。 ふわり。 そんな音が聞こえるように静かに、軽く、レイの体は掴んだアヴァカーの腕を支点にして浮き上がる。そのまま、レイの右膝がアヴァカーの顎に叩き込まれた。 軽い威力だったが、頭を揺さぶられたアヴァカーは数秒、意識を持っていかれた。その間にレイは間合いを取っていた。 「もう許さん。本気で殺す」 最初から許す気などなかったのだが、相手に押されていたという事実を認めたくなくて、アヴァカーはそう強がる。それに対して、レイはただ軽く笑っただけだった。 無言で、アヴァカーはレイに向かって突っ込んでくる。しかも、両手を自分の後ろに隠したまま、である。 (どちらの腕で攻撃してくるか読ませない気か。ならば…) レイは突っ込んでくるアヴァカーに対して正面から受け止めようとしているかのように待ち構えた。 (バカめ!) アヴァカーは心の中でそう叫んだ。 後ろ手に武器を持って向かっていけば、相手のとる行動は大きく二つに分けられる。一つは『避ける』だが、これは避けた後に意外な隙が出来る。レイがその方法を取るとは思えない。ならば、奴が取る行動はもう一つ…。即ち、『ギリギリまで待って、どちらから攻撃が来るかを見極めて反撃に出る』。 自分の想像通りだとほくそえんで、彼は後ろ手に持った小剣を二つに割った。否、二つに分けられるように作られた武器だった。 これで、片方で攻撃すればレイは必ず反撃に来る。そこへもう片方の攻撃を見舞えば、攻撃のモーションに入っている奴に避けられる道理はない。 そう確信して、アヴァカーは左での一撃をレイに見舞おうと力を込める。 (さぁ、これを左右どちらかにステップを踏んで避けるがいい。そこに右の攻撃をぶち込む!) しかし、アヴァカーのそんな考えを、レイは上回っていた。 アヴァカーの体がレイに達する前に、レイ自らが一歩踏み込んできたのだ。そのままアヴァカーの両肩を掴むレイ。驚いたアヴァカーは攻撃を出すタイミングを逸した。 タンッ、と地を蹴るレイ。その体は、アヴァカーの上に逆立ちしているかのように浮き上がる。 アヴァカーの頭上で停止したレイは、そこで左右の手を入れ替え、まるで振り子が返るようにその体をアヴァカーの背後へと倒す。そしてそのまま、呆然とするアヴァカーの背中へと両の膝をめり込ませた。 これが致命傷になった。脊髄をへし折られ、アヴァカーは動くことが出来なくなった。呼吸も困難になってきていた。 レイは、ゆっくりとアヴァカーの側へ歩み寄る。 「紅い…死神……」 レイの姿を間近で見たアヴァカーは、一言そう呟いて、そして事切れた。 確かに、返り血で真っ赤に染まって不敵な笑みを浮かべたレイは、死神と形容してもおかしくは無い状態だった。 「紅い死神か…悪くない」 そう言って、レイはその場を後にしようと一歩を踏み出した。と、その足に何かが当たった。 それは、アヴァカーとの戦いの最初に、レイが弾き飛ばさせた刀だった。 「…俺の剣も折れたことだし…しばらくはコイツを使わせてもらうか」 そう言って、その刀を拾った。それはまるで、レイの為に作られたかのように手に馴染んだ。 不思議な感覚だったが、レイとしては武器として有能であればそれでよかった。見たところ刃こぼれもしていないし、錆もない。 (まぁ、壊れたら次を探せばいいだけか) などと思っていたが、この時は、その刀が生涯の愛刀になるとは想像だにしていなかった。 「今日は疲れた。宿に帰ってさっさと寝るか…」 刀を鞘に収めながらそう呟いて、レイはその場を後にした。 後にこの事件でのイメージから彼の渾名がつく事になるのだが、それはまだ少し、先の話である…。
種別名 | プライベートノベル |
管理番号 | 458 |
クリエイター | 陸海くぅ(whxr5851) |
ゲストPC制限 | 0人〜3人発注PC以外に追加できるPC数 |
オファー費用 | 1000チケット + ゲストPC1人あたり1000チケット |
製作日数 | 15日 + ゲストPC1人あたり 5日 |
クリエイターコメント | サンプルは私が過去に執筆した短編ファンタジーです。あぁ、こいつはこういう風に書くんだな、程度の参考にしていただければ幸いです。ちょっと血みどろシーンも入ってますが、それは主人公がそういう性格だと言うことでひとつ納得していただけるとありがたいです。 ファンタジーやアクションモノは好物ですが、SFや推理モノは苦手です。脊髄で書いてます(苦笑 恋愛モノなどは……書けない事はないですが、かなり甘酸っぱくて妄想的になるかと思います。
こんな私ですが、受けた以上は頑張って楽しめる作品にしようと思いますので、よろしくお願いいたします。 |
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