その一週間――
夜が更けても市役所の灯りが消えることはなく、市内の至るところでは避難する市民の姿が見られた。
「今日、帰りに『対策課』寄って行くんだけど」
浦安映人――綺羅星学園は、とりあえず、授業は続行されていた。むろんその日は休校にせざるをえないだろうが――は、学生食堂で見つけた嶋さくらをつかまえて、そんなことを言った。
「そう?」
「……シンデレラ――灰田さんに、ファングッズの使い方教えてもらおうと思って」
「じゃあ、17日は残るのね」
「さくらは?」
「……。決めてない。けど――、ピラミッド事件の時のこと、私は忘れてないわ」
「不粋なことねぇ」
ロイ・スパークランドの運転するオープンカーの助手席で、SAYURIはため息をついた。彼女のレイバンに、銀幕市上空に浮遊する巨石の姿が映り込む。
「ねえ、ロイ」
「なんだい」
「当日なんだけど、市境まで車を出してもらえないかしら」
「What?」
「市に立ち入らなければ安全なのよね? ……どうしても、見届けたいの。私たちは、そう――まるで映画のように、この危機を見物することだってできる。でもそうできないひとたち、そうできるのにあえてしないひとたちのために、私たちは自身の心を示すべきではないかしら」
「そ、そんなあ。わたしも残りますよ、編集長!」
「バカを言え。いくら魔法で生き返るってもだな……。臨死体験の記事なんぞ載せんぞ。ウチはオカルト雑誌じゃない」
「で、でも……編集長一人じゃ危ないですよぅ」
「蔵木を連れてく」
「……それはそれで心配なような……」
「なに、ほんの一日だけのことさ」
盾崎時雄はそう言うと、くわえ煙草で、熱心にカメラのレンズを磨きはじめた。七瀬灯里はどうすることもできず、彼のデスクの前に立ち尽くすしかない。
時は刻々と過ぎてゆく。
戦いの幕開けは、すぐそこに迫ってきていた。
★ ★ ★
「慌てるな! ゆっくりと避難しろ。怪我して逃げれませんでしたじゃ、本末転倒だぞ」
冬月真が、避難する市民たちに声をかける。
戦いはたった一日。
オネイロスの魔法がかかるその一日を過ぎれば、戦いの被害はなかったことになる。だからほんの一日、銀幕市の外に出ていればいい。
「スターと有志が日ごろの感謝の意をあらわすために、大規模な“清掃活動”をするだけですよ。あなたは旅行を楽しんでいらっしゃい」
神月枢はそう説明した。
だがそれは、魔法の効果時間内に、戦争を終わらせられればの話。
そうでなければ、街は滅びるしかないだろう。
司令部は市役所に置かれ、救護拠点として銀幕市立中央病院が選ばれた。
市役所のカウンター内では、まるで職員のように収まった浅間縁が、希望者に通信機や、ムービースターが提供したアイテム類を配ったり、市内の作戦地図――補給物資や罠の位置を記したもの――を市役所のパソコンで作成したりしていた。
レオ・ガレジスタは黙々と、集めてきたスクラップから武器を製作している。
一方、中央病院では――
「あー、だめですよぅ」
「違う、違うんだ、ちょっと出来心で……許してくれえ!」
病院の厨房で炊き出しの準備をするキュキュが、物資を運んできたついでにつまみ食いしていく赤城竜をみとがめ、触手でとらえているところだった。
準備と並行して、不思議な出来事がひとつ。
この非常時に、銀幕市民ホールで演奏会が開かれ ることになった。
『タナトスなんてぶっとばせ』――そう銘打たれたコンサートには、市に住む音楽関係者のほとんどがかかわったといってよい。
企画には萩堂天弥が奔走した。
来栖香介の歌を皮切りに――
ディズが率いる聖なる楽団の演奏、十狼の奏でる仙胡とそれにあわせた刀牙の演武、フェイファーのうたう天界のアリア。途中、ノリン提督が姿をあらわしたせいもあって、ステージは異様な高揚感に包まれていた。
舞台の上の、そして客席にいる人々を眺めながら、理月は、これが負けられない戦いなのだと、あらためて強く思う。
★ ★ ★
戦いの準備や避難には時間と手間を要し、なんとか整ったのはほとんど当日の朝といってもいいくらいだった。
決戦の日。
銀幕広場で、市役所で、中央病院で。
人々がその日の訪れを知り、上空のタナトス神殿へと目を向ける。
メェェェェエエエエエエエエエエエエエエエ〜〜〜〜〜〜〜
ひどく間延びしたその声を、銀幕市にいたすべての人が聞いた。
当日まで、ただ市役所の床をうろうろしているだけだった羊は、ひと声啼くと、のったりと床にその身をよこたえ、眠りはじめた。
そして。
まるで、それを待っていたかのように、雷鳴が轟いたのである。
|