★ ドクターDと中央病院のラウンジで星空ティーパーティー ★
<イラスト/槻耶>


<参加者>

流鏑馬 明日(cdyx1046) ランドルフ・トラウト(cnyy5505) レイ(cwpv4345) ヘンリー・ローズウッド(cxce4020)






「ようこそいらっしゃいました」
 白亜の塔の入り口で客人たちを迎えたのは、白衣を脱ぎ、フォーマルな装いとなったドクターDと、そしてクラシカルな執事やメイドの服に着替えた研究棟のスタッフだった。
 誘われるのは、この日のために飾り付けられた中央ラウンジのティーパーティであり、そこで待っているのは、お伽噺にでも出てきそうな光景だ。
 箱庭にしつらえられたガラスの天窓、そこに広がる星々は、降り注ぐほど鮮やかに夜空を飾っていた。
 天球の、目眩がするほどに美しい光景を引き立てるように、普段は陽光を取り込むこのラウンジもぐっと明度を落し、今は燭台に明かりを託す。揺らめく光。足元にも、テーブルにも、ガラスにも、幻想的な光が散りばめられ、プラネタリウムさながらの幻想性だ。
 そうした中に浮かび上がる白いクロスのテーブルには、シュトーレン、クリスマス・プディング、スコーンにサンドイッチ、切り分けられたケーキや小ぶりのタルトが豪華に並べられている。
 さらに艶やかさを意識して赤や黄といった明るい色を基調としたテーブルフラワーが、並ぶスイーツをより美しく演出していた。
 ランドルフ・トラウトはいくぶん窮屈そうに席に収まりながら、辺りを見回し、そうして、隣に座った流鏑馬明日へと視線を止めて。
「あの、明日さん」
「なに?」
「ええと、その……」
 声をかけたにも拘らず、すぐに視線を天窓へと逸らす。
 普段は見せる事のない彼女の、ゴシック調のドレス姿を何とか褒めたいと言葉を探すのだが。
「星、すごいですね。いい眺めです。あ、これ食べましたか? 美味しかったですよ」
「ありがとう」
 結局、本当に言いたいことを言えないままに、照れ笑いを浮かべて他愛のない世間話をふり、ケーキの皿を差し出した。
 自分自身はすでに、山のようにスイーツを盛られた皿に囲まれながら。
「そういえば、ドルフ、あなたもお菓子を持参していたのよね?」
「あ、ええ、そうなんですよ。ぜひ明日さんやドクターに食べていただきたくて」
「じゃあ、それをもらおうかしら?」
「は、はい!」
 ほのかな笑みを向けられ、ドキドキしながら、ランドルフはさっそく切り分け作業に入ろうと周りを見回す。
 そのタイミングを測ったかのように、給仕係がナイフとともに取り分け皿や、彼の持参したブルーベリーやフワンボワーズといったベリー系がたっぷりと乗った特大パイケーキをワゴンに載せてやってきた。
「ドクター、あなたもどう?」
「ええ、ではぜひ。お願いしてもよろしいですか、トラウトさん?」
「よろこんで! あ、ドクターはそのまま座っていて下さい。私がやりますから。いえ、やらせてください」
「やあ、張り切ってるねぇ」
 腕まくりをしそうな勢いのランドルフを、ヘンリー・ローズウッドはテーブルごしに愉しげに眺め、それからするりと立ち上がり、ドクターのもとへやってくる。
「やあ、今宵はお招きありがとう。こんなふうに一緒にクリスマスを迎えられるなんて光栄だね」
 普段と変わらない灰色のスーツとシルクハットという出で立ちでにこやかに空を振り仰ぐ。
「ほら、星も降ってきそうだ」
 彼の手の中には華奢な白磁のカップがおさまっており、そこからふわりと紅茶の芳香が立ちのぼっていた。
「わたしもあなたに来てもらえて嬉しいですよ、ヘンリー。招待状への返事、あなたが一番最初でした」
「驚いてもらえたかい? 返信までのタイムラグがわずか数秒、なんていうのもね、面白い演出かと思って仕込んでみたよ」
 くすりと、目を細めて奇術師は笑う。
「あら?」
 ふと、明日の視線が、遠くに佇む青年に止まる。
 手にはカップも皿もなく、ただ、まるで惚けたように頭上に広がる星空に目を奪われ、立ち尽くす彼の姿には見覚えがあった。
「もしかして、レイ?」
「久しぶりだな」
 これといってかしこまった服装ではなく、グレーのコートの裾を軽く揺らし、するりと彼女のもとへやってくる。
「あなたも招待状を?」
「いや、何の気なしに立ち寄っただけだ。可愛い子がいたんで声をかけたら、ここに案内されたってわけだ」
 ぐるりと客人たちを見、軽い笑顔で手を振ってみせる。
「どうも。はじめましてがほとんどだよな?」
「ようこそ、ティーパティへ。よろしければこちらにお掛けになってください」
 ドクターはふわりと微笑み、彼に席をすすめ、
「はい、はじめまして。あ、わたしはランドルフというものです。以前、明日さんとご一緒に依頼を受けられていた方ですよね?」
 ランドルフは彼の前にケーキの皿を差し出す。
「お、サンキュ。そういうアンタは美女と野獣コンビの野獣担当だろ?」
「野獣担当というのもその、ええと、いえ、覚えてくださっていることは光栄です」
「やあ、ミスター。お近づきのしるしに、よかったらこれをどうぞ」
 にこりと笑って、ヘンリーが空のティーカップをひとつレイに持たせ、そして指を鳴らす。
 ぱちん。
 音に合わせて空のカップの中に美しい薔薇色の紅茶があふれ、ヘンリーの手にしたティースプーンの上で、角砂糖がブランデーの香りをまといながら青い炎に包まれていた。
「おまけ」
 ぽちゃん。
 炎がブラウンの中に溶けて消えていく。
「あんた、マジシャンか?」
「奇術師と言ってもらった方が嬉しいね。ああ、そうだ、ケーキはどうかな? 今夜は世界各国のクリスマスケーキが揃っているからね」
 どれをオススメしようかといった素振りで笑いながら、彼はドクターの隣に立ち、
「やあ、これがおいしそうだね」
 わざわざその手を掴み、そのフォークに刺さったものをパクリと食べる。パイ生地にアーモンドクリームとオレンジを乗せたタルトの、ほのかな酸味と甘みが口の中にほわりと広がった。
「ん、コレはかなりいいね」
「気にいったのならもうひと口食べますか、ヘンリー?」
「食べさせてくれるなら喜んで」
 にぃっと笑って、まるで子供のように口を開いて催促する彼へ、ドクターは何のてらいもなくフォークを運ぶ。
「お前ら、面白いことするな」
「羨ましいならやってあげようか、ミスター?」
「いや、男にそういうことをしてもらう趣味はない。かわいいナースか、かわいく着飾った明日にしてもらうなら歓迎だけど。な、どうだ、明日?」
 鏡面サングラスの下に隠れて見えないが、どうやらウィンクを飛ばしたらしい。
「レイ、あなたも子供みたいね」
「そういう時は、男のロマンだって言ってくれないか? な、ランドルフ?」
「は、はい? な、いや……えっ?」
「見事に真っ赤だな。いっそ新鮮だぜ、その反応」
「か、からかわないで下さい、私は別に、そのっ」
 ランドルフとレイのやり取りを微笑ましげに眺めるドクターに、ちらりと明日は視線を向ける。
 彼の手もとでは、パルがころころと転がるようにたわむれていた。十人は楽に横に並べるだろう広いテーブルの上で、アッチに行ったりコッチに行ったりと、楽しそうだ。
 別の皿に取り分けられた甘みを抑えたガトーショコラを口に運び、ほろりとほどける食感につい口元をほころばせつつ告げる。
「そういえばこの間あなたに貸してもらった小説、読み終えたわ。海に沈んだ密室の話」
「いかがでした?」
「あなたやヘンリーがよく口にする、“美しいロジック”ってあのことを言うのね。とてもキレイだと思ったわ。文章が、というよりも、語り手の感性が、なんだけど……」
 そこでふと一瞬口をつぐみ、一拍置いて首を傾げる。
「もしかすると、あれは恋愛小説だったのかしら?」
「ああ、やはり流鏑馬さんはソレに気づいてくれましたか」
 ふわりとやわらかく嬉しげに微笑みかけられ、つい明日の視線が彼から逸らされる。
「……何となく、そう思っただけよ……本当に、何となく……」
 パルがそんな彼女を不思議そうに見つめ、会話の接ぎ穂にでもなろうというのか、ランドルフやヘンリーとじゃれあっていたレイがニヤリと笑いながら加わってきた。
「何の話かと思ったら、あの作家のヤツか。俺もこの間手に取ったんだぜ? 紙媒体って新鮮だよな」
「それは、あの、私も読んでみた方がいいのでしょうか……」
「やあ、奇遇だね。なんと僕はそれをいまここに持って来ている。貸してあげようか?」
「え」
 一冊の本を巡り、いつのまにかひとつの輪が出来上がっていた。
 密室の定義からはじまり、研究員たちまで巻き込んでミステリー談義に華が咲く。
 紅茶とお菓子を供にして広がっていく他愛のないおしゃべりの合間に、明日はそっとドクターを見、この日を用意してくれた彼に感謝する。
 そして、この夢に、魔法に、優しい時間に、すべてに、そっと静かに言葉にならない想いを込めて感謝する。
 天上に、地上に、自分の傍らに、星々がきらめいていた。
「あ」
 誰かの洩らした声に引かれ、つられるように空を降り仰げば、天球から数多の星が流れ、落ち、こちらにむかって降り注いでいた。
「……キレイ」
 思わず溜息がこぼれるほどに美しい。
 誰もが目を奪われ、言葉を失い、しばしの沈黙が降りた。
 魔法がなければ、こうして同じ時を過ごすことなどできなかっただろう、奇跡の一夜。甘やかなクリスマスのティータイムはいつまでも、許される限りの優しさとともに続く。

<ノベル/高槻ひかる>





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