★ カレンとXmasはしご酒ツアー ★
<イラスト/ミズタニ>


<参加者>

柊木 芳隆(cmzm6012) ユージン・ウォン(ctzx9881) クレイジー・ティーチャー(cynp6783)






 ダンッ、と大きな音を立てて、女はショットグラスをテーブルの上に叩き付けた。グラスは割れなかったが、カウンターの向こうの女バーテンダーは顔をしかめていた。
 そして彼女は言う。──カレン、今のが3杯目よ。
「だから?」
 白いチャイナドレスを着た女は、顔を上げて相手を睨みつける。長い黒髪で隻眼を隠した彼女はカレン・イップ。犯罪結社の女ボスは、誰も連れずに独りで、このショット・バーでグラスを傾けていた。店内には他に客も無く、抑えたジャズが流れている。
「ウチが3杯しかお酒出さないの知ってるでしょ。もうアナタに出すお酒は無いの」
「何だよ、このあたしを追い出すッてのかい?」
「今夜はクリスマス・イブよ、カレン。どこに寄ってきたのか知らないけど、もう足元ふらついてるじゃないの。さっさと帰ったら?」
 手からゆっくりとグラスをもぎ取られ、ムッとするカレン。彼女が何か反論をしようとした時、店の扉が音を立てて開いた。新しい客が来たらしい。
 マーサの視線を追って振り返ったカレンは、ギョッと目を見開く。
「やあ。メリー・クリスマス」
 そこに立っていたのは、スーツを着た壮年の男──柊木芳隆だった。上機嫌な様子で、カレンに向かって手を挙げてみせる。
「外から覗いたら君がいたものだから。独りで飲むのはつまらないんじゃないかと思ってねー。付き合うよー?」
「か、帰る!」
 だがカレンは一万円札をテーブルに叩きつけると、スツールから滑るように降り立った。自分の白いロングコートを手に取り、慌てて柊木の脇を通り過ぎようとするが──。
「柊木さん。もう店じまいの時間なの。アナタに出すお酒も無くなっちゃったわ」
ふいに、マーサが言った。「二人とも、もう出て行ってくれる?」
 カレンはピタリと足を止め、抗議するようにマーサを振り返る。
「……だってさ?」
 対する柊木は、微笑みながら肩をすくめて見せた。マーサに目配せすると、タイミングが悪かったねぇーなどと言いながら、カレンの腕をそっと掴む。
「いい店があるんだ。そこで飲みなおそう」
 離せ! と嫌がるカレンを連れて、柊木はそのショット・バーを後にした。

「何を飲む?」
「要らないッ」
「じゃあ、IWハーパーでいいね」
 不機嫌そうなカレンの様子をものともせず、柊木はバーボンをロックで二つ、と注文した。
 彼の行き着けの場所であるその店は、黒で統一されたセンスの良い店だった。照明も抑えられ、各テーブルを仕切るように熱帯魚の泳ぐ水槽が配置されている。まるで、闇の中を魚たちが泳ぎまわっているようにも見える。
 柊木は黒曜石の灰皿を引き寄せ、ライターで煙草に火を付けながら、カレンに話しかけた。
「明日はカフェでパーティがあるらしいよー。君も来てみたらどう?」
「そんなの、行くわけないだろ!」
「ケーキは? もう食べた?」
「食べてないッ」
「じゃあ、今頼んだら食べる? 甘いもの嫌いだよね?」
「嫌いじゃないよッ」
 あっ、とカレンは自分の口を押さえた。
「そうか、甘いもの好きなんだー」
 にっこり微笑んだ柊木は、ちょうどグラスを持ってきた店員に、クリスマス期間限定のケーキを持ってくるように注文した。

「甘いものとウィスキーって意外に合うんだよねー」
 さっそく店員が持ってきたケーキは白い生クリームに苺の乗った“伝統的な”ホールケーキだった。すでに6ピースに切り分けられている。
「二人しかいないのに、誰がそんなに食うんだよ」
 足を組んで左手にロックグラスを手にしたままのカレン。まあまあと言いながら、柊木はケーキの1ピースを皿に移し彼女の前に置く。
 と、その時だった。
 二人の目の前で、小さな銀色のものが空から降ってきてホールケーキに突き刺さった。生クリームの上で、ぴちぴちとのたうつそれは──。
「魚?」
「──ワッ、ごっめーん。おサカナさんが、元気になりすぎちゃったよォ! HAHAHA!」
 突然、彼らの目の前に現われたのは、白衣の男。ぼんやりと光る人魂を連れた殺人鬼理科教師こと、クレイジー・ティーチャーその人だった。
「アアア゛ッ!」
 唖然とする二人の前で、彼はテーブルを見下ろし、いきなり奇声を上げた。
「ケーキにおサカナが刺さってる! なにコレ、有り得ないヨ!!」
 有り得ないのはお前だろッ、と誰かがツッコんだが、彼の耳には届かなかった。
 クレイジー・ティーチャーは小さな熱帯魚をケーキから引き抜くと、彼にしては素直に二人に謝った。
「ゴメンゴメン。ボクの可愛い生徒たちが、アレ、なんつったかナ? ミントタブレットをおサカナにやったら元気になるかもって言うもんだから、つい実験したくなっちゃってサ」
と、彼は目前のケーキに目を落とし、「もちろん、責任を持ってボクがこのケーキを食べるよ……。甘いもの好きのボクとしては見過ごせないからネ!」
「いやあ。いいんだよ、CTくん。気にしないで」
 気を取り直した柊木は煙草の火を消すと、殺人鬼にニコッと微笑みかけ空いた席に座るように促した。ずずとホールケーキを彼の方に押して、フォークを差し出す。
「二人で食べるには、量が多いかなと思ってたんだよー。ちょうど良かった。……でも、その魚は食べちゃダメだよー?」
 カレンの分は無事だったので、柊木は全く気にした様子も無かった。クレイジー・ティーチャーは悪びれずに、ホントに!? と手にした魚を手近な水槽の方向へポイと放り、フォークを握り締める。
 殺人鬼が嬉しそうにケーキを食べ始めるのを見ると、柊木は隣りのカレンを見やり囁いた。
「賑やかになって良かったねぇー?」
「どこがだよ!」

 クレイジー・ティーチャーはケーキを楽しみ、柊木は胸ポケットから小さな花を出したりして手品を披露し、カレンはひたすらバーボンを飲み続けて、三人はそれぞれ楽しんでいた。
 ……美味しいねェこのケーキ。ちょっと塩っぽくて。新感覚ゥ? お前の味覚がおかしいんだよボケ死ね。クリスマスらしくていいねぇー、こういうの。
 だが、楽しく談話をしていたの三人の前に、黒い影が立ちはだかった。いつの間にそこに立っていたのだろう。それは、三合会の幹部、ユージン・ウォンだった。
 彼の姿にいち早く気付いたのは柊木だった。
「やあ、王大哥じゃないか。君もこの店に?」
 返事は無かった。なぜか小刻みに震えている彼は、ぐっと握った拳を前に突き出し開く。
 ぴゅっ。小さな銀色の熱帯魚が、彼の手から跳び立ち、また水槽へと飛び込んでいった。
「……魚が、私のグラスの中に入ってきた」
「そんなにトンじゃったのかい、ヒャハハハ!」
「ざまあみろ!」
 途端にカレンが立ち上がって、あざけるように言った。「お前みたいなクソ野郎、魚入りの酒でも呑んでるのがお似合いだよ!」
 と、言いつつもふらふらとカレンはまた椅子に座り込んだ。すでに泥酔状態である。彼女の言葉に、ワォそれ意外にオイシイかも! と言いながらクレイジー・ティーチャーがバンバンとカレンの背中を叩いて喜んでいる。
「柊木」
ウォンは右手でサングラスを直しながら言った。「こんなビッチ、とっとと売春宿にでも放り込んでしまえ」
 ははは、と柊木は上質のジョークを聞いたかのように笑った。
「王大哥。君は何を飲んでいたんだい?」
「ワイルドターキー、レア・ブリード」
「僕が奢るよ。ここで飲み直そう」
ウォンが何か言おうとしたのを手を挙げて制し、柊木は店員を呼んだ。隣りのカレンが何か不満を漏らし、殺人鬼は殺人鬼で何か意味の分からないことを言って一人ハイになっている。
 現われた店員は注文を聞いたあと、非常に言いにくいのですがと前置いて、四人にある申し出をした。
 その結果、彼らは次の酒を最後に、店を追い出されることになった。
 
 次の場所は店ではなく、鉄道ガード下の屋台になった。おでんの四角い鍋の前に四人は並んで座って、それぞれ杯を傾けている。野外も野外。雪が降ってきそうな空の下。みなコートを着たままだった。……約一名の殺人鬼を除いては。
「マァったく、クリスマスなんてフザけた日はこの世から消し飛ぶべきだネ!」
「ッるさい、お前が消し飛んじまえ! その金槌を貸しな、手伝ってやる!」
「まあまあ。賑やかでいい日だと思うよー? 大姐、熱燗は?」
 柊木がカップ酒をおしぼりで包んで、カレンに手渡しながら言う。彼女はそれを受け取ると、ううと呻きながら空いた手で額にやって肘をつく。ずいぶん酔いが回っているようだ。
 それを見かねたのか。ひょいと手を伸ばして、ウォンが彼女の酒を奪い取った。あっ、とカレンが見ている前で口を付ける。
「……こんなビッチに飲ませたら、この旨い酒が泣くぞ」
「何だと!?」
 カレンは、ダンッとテーブルを叩いて、ウォンのスーツの襟を掴んだ。
 彼女がとっさに右手で掴んだものは──クレイジー・ティーチャーの首から下がっているアレだった。
「ネエ、これボクのだヨ?」
「貸せ。本来の目的に使ってやる」
 いいけどォ。柊木が止める間もなく、カレンは殺人鬼から凶器をレンタルした。
 が、そのままウォンに向かって振り上げようとした時、彼女の手には金槌は無くなっていた。──間髪入れず、ギャッと悲鳴を上げたのはカレン本人だ。自分の足に凶器を落としたらしい。犯罪結社の女ボスは足を引き寄せ、撫で始めた。すっかり涙目だ。
 プッとウォンが吹き出すように笑った。つられて、クレイジー・ティーチャーも、柊木も笑い出した。
 何だよ、笑うなよッ。カレンが何を言っても周りの三人は笑っている。慰めようと柊木が彼女の頭を撫でたが、でも笑ったままだ。
 やがてカレンは口を尖らせブツブツ言いながら、テーブルに肘をついた。が、すぐに柊木のカップ酒を奪って飲み始める。ほどほどにしろ、とウォンがそれを奪い返すと、カレンは猫のように彼に掴みかかった。奇声を上げないの、と柊木が彼女をなだめようとしているその後ろでクレイジー・ティーチャーがゲラゲラ大笑いしている。
 彼らが、最後の屋台を追い出されるのにも、大した時間はかからなかった。

 夜道を歩いていると、突然カレンが、休む! と叫んだ。彼女はふらついたまま、道の脇にあったバス停のベンチに座り込んでしまった。
 コートのポケットに両手を入れて。女はすぐに寝息を立て始める。
 男三人は、それを見下ろして一様にため息をついた。
「あれ、寝ちゃったヨ?」
 クレイジー・ティーチャーが、カレンの顔を覗き込みながら言う。
「ネ? ちなみに今さらだけど、この彼女ダレ? 二人のトモダチ?」
「……」
 柊木はゆっくり殺人鬼の顔を見、目をパチパチやった。ウォンは肩をすくめてみせた。ただそれだけだった。
「こんなクソ溜めでも、酒に酔えているうちはまだ幸せだ」
 顎でカレンの方をしゃくりながら言う。
「そうだね。──この街の魔法が解けたら、我々は消えてしまうのだからね。酒に酔うことも出来なくなるし、友人たちとも別れなきゃならない」
彼は手を伸ばし、眠るカレンの髪を撫でた。「でも、僕は僕に出来ることをする。それしかないと思ってるよ」
 魔法なんぞ、と言いかけてウォンは口ごもった。
「いっそ解けてしまった方が、清々する」
「王大哥」
にっこり微笑んでみせる柊木。「嘘はいけないな」
 ウォンは無言で目を伏せた。
 何か続く言葉を紡ごうとして──ふと、彼は遠くからこちらを見つめる視線に気付いた。
「迎えが来たようだ」
 彼の言葉に柊木が振り返ると、充分な距離を保って男が一人、ぽつんと道に立っていた。街路灯の明かりの下で、幽鬼のようなその姿を浮かび上がらせて。
 ああ、と柊木はそれがカレンの腹心、サイモン・ルイであることに気付く。
「――上手く背中を押してやってくれ。そいつがこの街で再び飛べるようにな」
 ウォンは柊木にそう声を掛けると、軽く手を挙げてサイモンと反対の方向に去っていった。
 柊木は彼の背中を見送ると、足元にしゃがんでいた殺人鬼の襟首を後ろから掴む。
「さあ、CTくん。もう行こう」
「エ、いいの?」
 クレイジー・ティーチャーは、カレンの髪で彼女の鼻をコチョコチョやろうとしていたところだったが、柊木に引き摺られるようにして立ち上がった。
 ネ、もう離して、ダイジョブだから、と殺人鬼が何か言っているのを。そのままずるずると引き摺り、柊木はふと振り返った。
 彼らが角を曲がるところまで来ても、サイモンはカレンに近寄ろうとせず、ただその場に立ち尽くしていた。目元は見えない。だが彼の姿はひどく禍々しく見えた。まるで彼自身が、そこに闇を生み出しているように。
 柊木は、彼の姿に何か嫌な予感を感じてしまうのを禁じえなかった。

<ノベル/冬城カナエ>





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