★ 寺島のアパートでXmasキャンドル百物語 ★
<イラスト/穂坂ナツメグ>


<参加者>

鬼灯柘榴(chay2262) ゆき(chyc9476) 吾妻 宗主(cvsn1152)






 どかんどかんと惜し気もなく投入されていく食材を、至福に満ちた面持ちの寺島がうっとりと見つめている。
 吾妻宗主はぶつ切りの鶏肉を土鍋に投入しながら横目に寺島を見やり、おっとりと頬を緩めて笑みを浮かべた。
「知人が九州に行ったそうで、お土産にたくさんいただいたんです。宮崎の地鶏なんだそうですよ。家で少し試食してみたんですが、結構イケます」
「ふおおおおお、宮崎地鶏……! こ、これはどげんかせんといけませんよね……っ!」
 宗主の言葉に、寺島は必要以上に首を大きく縦に振る。そうしている間にも、鶏肉は出汁の中でふつふつと美味そうな気配を滲ませていた。
「寒い日にはやっぱり鍋に限るのう」
 言いながらふたりの後ろから顔を覗かせたゆきが、宗主が手にしている皿に指を伸べて長ネギを土鍋に放り込む。これもまた立派な長ネギだ。火が通るにはそれなりに時間を要するだろう。
「出汁は何にしたのじゃ?」
「味噌味に仕立ててみました。唐辛子も用意してきたから、辛いのが大丈夫な方には辛味噌鍋なんていうのもありかもしれないね」
「辛味噌……!」
 いよいよ待ちきれなくなったのか、寺島は意味もなく宗主の顔を見つめて目をキラキラと輝かせている。
「ゆきさんは辛いものは大丈夫ですか?」
 不意に話を振られて、ゆきは心持ち驚いて視線を持ち上げた。
 寺島は、鍋の完成を脳内で妄想しているのだろう。全身からあふれ出す幸福オーラできらきらと輝いている。
「大丈夫じゃよ」
「それじゃあ、初めから唐辛子を入れちゃっても大丈夫かな。――ああ、でも、一応、柘榴さんたちにも確認してからのほうがいいのかな」
 しらたきの用意を始めつつ、宗主は肩越しに後ろを見やった。視線の先には鬼灯柘榴と読売とがいる。
 ふたりはこたつでみかんを剥いていた。みかんはゆきの手土産だ。なんでも、ゆきの住んでいるアパートの庭先で採れたものだという。わりと大きめで艶もよく、味も文句のつけどころがない。
「私も大丈夫ですわよ」
 何とはなしに台所で交わされていた会話を耳にしていたのだろう。宗主が振り向くと同時に顔をあげ、柘榴はにこりと笑って首をかしげた。
「読売さんも、別に好き嫌いなかったですよね」
 待ち侘びた鍋が、もうじき完成するのだ。寺島の声は、今や弾んでいると言っても過言ではない。
「はぁ」
 肯いた読売に肯きを返し、寺島は弾かれたように宗主に目を向けて満面の笑みを浮かべる。
「ぼく、コンロの用意をしてきますね!」
「では、わしは箸と飲み物を並べてくるのじゃよ」
「それでは私もお手伝いいたします。寺島さん、お皿なんかはどちらにありますか?」
「食器棚は冷蔵庫の隣です」
「……ああ、これですね。……まあ、いかにも独身一人暮らしな男性の食器棚なんですね」
「……ほっといてください」 
 柘榴の言葉に少しばかりうなだれた寺島の横で、そのとき、ゆきが、食器棚の上に置かれてあった小さな紙袋を見つけた。
「信夫、これはなんじゃ?」
 言いながら指をさしたゆきに、寺島が「ああ、それは」と言いながら目をしばたかせる。
「ご近所さんからいただいたんです。クリスマス用のキャンドルなんですよ」
「へえ、クリスマス用のですか」
 仕上げにかかったのか、鍋にふたをしつつ、宗主が興味深げに紙袋に目を向ける。
 寺島に促されて紙袋を開けたゆきが取り出したのは、確かに、赤や緑、それに金に彩色されたキャンドルだった。覗き込んでみてみれば、本数はざっと十本ほどだろうか。
「商店街のイベントで使ったものの余りなんだそうです。たまに挨拶するオジサンが、昨日、たまたま通りかかったぼくに声をかけてくれて」
「もしかして、それって、処分に困ってたのを寺島さんに押し付けたとか、そういうんじゃ」
「吾妻さん、それは言いっこなしってえもんですよ」
 言いながらみかんを口に放り込んだ読売に、宗主は苦笑い気味に頬を緩めて肯く。
「しかし、くるくると螺旋になっていて、色もきれいなんじゃよ」
 赤いキャンドルをひとつ手に取って、ゆきが嬉しそうに目を細めた。それを受けて寺島もまた同じように笑う。
「そうなんですよ。でもぼく、クリスマスなんかこれまでずっとひとりでしたし、キャンドルなんかもらってもどうしようかと思っていたんです。良かったら、ゆきさん、何本かもらってくれませんか」
「いいのかの? じゃあわしはこの赤いのをもらうのじゃ」
「私もいただいてよろしいかしら」
 コタツに受け皿を並べ終えた柘榴が不意に口を挟みいれた。
「ロウソクは仕事とかでも結構使いますから。うふふ」
 艶然とした笑みをたたえつつ、けれど、柘榴のその表情はどこか禍々しい。何事かを想像したのだろうか、寺島が小さく「ひい」とおののく。
「――ああ、鍋も出来ましたよ。今日はクリスマスですし、紅白のつみれを用意してみました。ちゃんと人数分足りたし、良かった」
 言いながらガスの火を止めた宗主に、寺島が再び歓喜の色を満面に浮かべた。


 ☆ ☆ ☆


「そういえば」
 宗主が持参してきた食材はどれも高価なものばかりで、しかも腕も良いためもあり、鍋はとても美味かった。酒の数もそこそこ揃っていて、ゆき用のシャンメリーも用意されていた。
 締め(しめ)の雑炊をかき混ぜながら、思いついたように、宗主がふつりと呟く。
「キャンドルっていえば響きもいいけど、そうか、柘榴さんみたいに、ロウソクって言い換えると、こう、……怪談っぽい感じになるんですね」
「百物語って言うんじゃよ」
 出来上がった雑炊を宗主から受け取りつつ、ゆきがにこにこと無邪気に応えた。その横で、寺島がまたしても「ひい」とおののいている。
「なるほど、百物語ですかい。そいつぁまた、なにやら懐かしい」
 酒の入ったコップを口に運びながらニヤリと口角を持ち上げたのは読売で、その目は愉しげな色を浮かべてまっすぐに寺島を捉えていた。
「まあ、なんだか楽しくなってきましたね」
 読売の横を陣取って座っている柘榴が三日月の形に目を細めると、なんだか部屋の空気が一息に冷えたような気がする。
「……あの、やめませんか、そういうの。……ほら、食後にケーキもありますし」
 背中がぞくりと粟立って、寺島はヒーターの風向きを自分の方に向け直す。そうしてコタツの掛け布団を腰上までかぶりなおし、ほわほわと温かな湯気を立てる雑炊を勢いこんで口の中に放り込んだ。
「信夫は苦手か?」
 寺島の隣、ゆきが、そわそわと落ち着かない寺島を仰ぎ見て首をかしげる。
「に、苦手なんてことは……あ、ありませんが」
 ゆきの目を受け、寺島は明らかに視線を泳がせている。
「そんな事ありませんよね?」
 にっこりと微笑む宗主の傍らでは、柘榴がいそいそとキャンドルを並べ始めていた。
「いや、ちょ、柘榴さん!?」
「ああ、だめですよ、柘榴さん。食器類を片付けてからでないと」
「あら、それもそうですわよね」
 にっこりと微笑む宗主に、柘榴もまた穏やかに頬を緩めた。
「いやいやいや、あの、柘榴さんも宗主さんもあわわわw」
「百物語なぞ、久し振りじゃのう」
「楽しいもんですよねえ」
 ひとりであわあわと慌てふためく寺島をよそに、ゆきと読売が顔を見合わせて微笑みを交わす。
「じゃあ、食後のケーキの前に、ちょっとしたイベントですね」
 追い込むように、宗主がにこりと微笑んだ。


 ☆ ☆ ☆


「ところで、百物語というものは果たしてどのようなものであるのか、皆さん、ご存知ですか?」
 綺麗に片付けられたコタツの上、柘榴によってキャンドルがひとつひとつ立てられていく。
「ロウソクを立てて、ひとりずつ怪談を話していくんでしたよね。それが百話集まった後に怪異が起きるとか」
 部屋の明かりを消すため、宗主はひとり立ち上がり、柘榴に応えた。
 柘榴は宗主を見上げて首を縦に動かす。次いで、並べ終えたキャンドルのひとつひとつに火を点けて、血のように赤い唇をにいと横に引き上げた。
「始まりは室町時代に遡るとされています。怪談文学と呼ばれて、江戸の頃には一大ブームを起こしたともされていますわ」
「正しいやり方があるのかの?」
 柘榴がキャンドルひとつひとつに火を点けていくのを見つめつつ、ゆきが問う。柘榴はゆきを見やって唇を歪めた。
「新月の晩、数人が寄り合って、出来れば三間、あるいは二間の部屋を用いてするのが伝統的な方法だとされていますわね」
「二間」
 ゆきの隣ですっかり背を丸くしている寺島が低く落とす。寺島の部屋は1DK、条件には届いていない。
「こ、ここは1DKですし、じょ、条件を満たしていませんよ!?」
「台所を数えるなら、ちゃあんと条件は満たしていますよねえ」
 読売がちゃちゃを入れた。
「それで言うなら、机の上に置く鏡もありませんし、ロウソクではなく、青い紙を張った行灯を用いるというのが本来ですわ」
 三つ目のキャンドルに火を灯しつつも、柘榴は口を噤まない。「大丈夫ですわ。要は、怪談を持ち寄って、ひとつ話すごとにひとつロウソクを消していけばよろしいのですもの」
「ぼぼぼぼぼくは怪談なんか知りませんよ〜!」
 寺島の声が裏返る。が、そうしている間にも柘榴の手は止まらない。
「大丈夫じゃよ、信夫。わしがついておるからの」
 寺島の手をちょこんと握り締めながら、ゆきは寺島を勇気付けるように微笑む。
「確か、あれでやすよねえ。怪異に限らず、不思議話や因縁話でもイケたはずじゃあありやせんでしたか」
「さすがは読売さんですね。その通りですわ」
 最後の一本に火を点け終えて、柘榴は読売を見やり、満面に怪しげな笑みをたたえた。
「さあ、……では始めましょうか。……ふふ、楽しみですわね。……ああ、本来は九十九話で止めるものなんだそうですよ。武家なんかで試されていた肝試しとか、そんな扱いで広まったものですしね」
 柘榴のその言葉を合図に、宗主がひどくあっさりと電気を消した。
 寺島の悲痛めいた声が小さく闇を伝わった。


 ☆ ☆ ☆


「小学生だった頃、俺、家に帰る前によく立ち寄ってた家があったんですよ。帰り道からは外れた、わりと静かな場所で。そこの、一人暮らしだったお兄さんと仲良くしてたんですよね」
 ゆらゆらと揺れるキャンドルを前に、おもむろに口を開けたのは宗主だった。
 キャンドルの火は宗主の吐息を受けて小さく揺らぎ、今にもふっと消え落ちそうだ。寺島の部屋の中は、今や、ひっそりとした闇に包まれており、光源と呼べるようなものは頼りないキャンドルの揺らめく灯だけとなっている。
 寺島がすがりついてくるので、ゆきは、小さな手で、倍の大きさもある寺島の手をぽんぽんと宥めるように軽く叩いた。
 柘榴は時々わざとキャンドルの火を顔の下からあてて寺島の恐怖をあおる。その横では読売がコップを手に、ひとり酒を口に運び続けていた。辛うじて窺い見ることの出来るその表情からは、どうやら場の空気を楽しんでいるらしいことが見てとれる。
 宗主は、ややの間をあけて静かに息を吸い込むと、そこから口を開いてさらに言葉を続ける。
「いつもなら友達とふたりとか三人で行くんだけど、その日はたまたま俺ひとりだったんですよね。それで、ヒマだったし、お兄さんのところに遊びに行こうと思って。……お兄さんをびっくりさせようかとね、思ったんですよ、俺。それで、こっそり玄関のドアを開けて……こっそりと部屋の中に入ったんですよ」


 少年は足音を鳴らさないようにと気を配りながら男の部屋へと忍び込んだ。
 男が、日頃なにをしているのかは、少年には知るべくもないものだった。ただ、一人暮らしのわりに、その男はアパートではなく二階建ての古い借家を住処としていて、部屋数も不必要なほどに多くあった。だからこそ余計、少年達の遊び場に使われてもいたのだろうけれど。
 男は一階の一番奥の部屋にいるようだった。少年は息を殺しながら踏み入り、そうして、そこに広がっていた光景を目の当たりにして絶句した。
 
「転がってたんですよ、……たくさん」
 ゆっくりと、息を殺すような演出を入れてぽつぽつと話す宗主に、どこからか「ひぃぃぃ」という情けない声があがった。
「女のひとの生首や、ぐちゃぐちゃに切り刻まれた洋服や……そういったものが、本当にたくさん」
「ほう、生首」
 読売が小さく喉を鳴らして笑う。

 結局、その生首はマネキンのものだった。散らばっていた洋服の切れ端も髪の毛も、”お兄さん”が美容や服飾に関する勉強をしていたというだけのことだったのだが、それでも、子供の目に、あれは確かに戦慄の光景に映ったのだ。
 寺島以外の誰も怖がる様子のないのを検めて、宗主は頬を緩め、そうして目の前のキャンドルをひとつ吹き消した。


 ☆ ☆ ☆


「寺島さんがいちいち驚くものですから、途中から、皆さんがどういったお話をなさっておいでだったのか、まるで聴こえませんでしたわ」
 切り分けられたブッシュドノエルにフォークをつき立てながら、柘榴は少し不服そうな面持ちで寺島を見た。
 寺島は申し訳なさげに柘榴を見返して「すみません」と消え入りそうな声で呟く。
「悪気はないんじゃよ」
 色々な意味で肩を落とす寺島を、ゆきがそっと宥める。「ただちょっとばかり気の弱いだけなのじゃ」
「けれど、今どき、人面犬の話であそこまで驚くひとなんて、そうはいないよね」
 コップにシャンパンを注ぎいれながら、宗主は小さく思い出し笑いをしていた。
「……すみません。でででも、犬が喋るんですよ!? 怖いじゃないですか!」
「そんなの、銀幕市ではさして珍しくもないことでしょう」
 間髪いれずにツッコミを返し、柘榴はぷいと顔を背けてしまった。百物語を粛々と進められなかったのがよほどに不満だったらしい。
「……すみません」
 寺島はすっかりしょげている。
 宗主は、安物のコップの中で弾ける高価な酒を持ち上げて、
「まあまあ、もう終わったことですし。百物語はまた場所を変えてやりましょう」
「……それなら、今回は特別にこらえることにいたしますわ」
「楽しそうじゃな。わしもお呼ばれしたいのじゃよ」
「ええ、もちろん。その時には読売さんも、もちろん寺島さんも。――ね?」
「え、えええええ!? ぼぼ、ぼくは行きませんよ絶対行きませんから!」
「ところで、あれは何かの?」
 言って、ゆきは宗主が持ってきていた大きな包みを指差した。宗主は穏やかに笑ってそれに手を伸べる。
「望遠鏡です。今日はクリスマスだし、もしかしたらサンタも見れるかもしれないでしょう」
 そう言いながら包みの中から取り出したのは、確かに望遠鏡だった。
「まあ、ロマンチックですのね」
 柘榴はようやく機嫌を直したらしい。
「寺島さんも、天体観測だったら大丈夫ですよね」
「はい、それならぜひ!」
 肯いた寺島を見て、宗主もまた小さく肯き、笑った。

 クリスマスの夜は静かにのんびりと更けてゆく。
 彼らがサンタを見れたかどうかは、彼らだけが知っている。 

<ノベル/高遠一馬>





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